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記事 3件
  • 池田明季哉 “kakkoii”の誕生ーー世紀末ボーイズトイ列伝 番外編『トイ・ストーリー4』(3)タイム・アフター・ザ・スペース・レンジャー

    2019-07-30 07:00  
    550pt

    デザイナーの池田明季哉さんによる連載『"kakkoii"の誕生ーー世紀末ボーイズトイ列伝』、番外編『トイ・ストーリー4』論のラストとなる第3回です。ジェンダー論的な「政治的正しさ」(ポリティカル・コレクトネス)を体現する本作で、ウッディやバズに代わってマチズモを象徴する役割を与えられたキャラクター・カブーンから「新しい男性性」の萌芽を考えます。 ※注意:本記事には『トイ・ストーリー4』のネタバレが含まれています。
    物語のレベルで「置き去り」にされるバズ
    『トイ・ストーリー4』は、現代におけるジェンダーと結びついた美学の問題を、おもちゃという必然性あるモチーフによって整理し、ボーというキャラクターを中心に力強く描き出した傑作です。しかし本連載の立場からは、ふたつの問題点を指摘したいと思います。象徴的にいうなら、それはバズの立場が希薄化しているということに集約されます。  ひとつは、『トイ・ストーリー3』まで展開されていた、アニメーション映画史におけるコンピュータ・テクノロジーという主題が後退してしまったこと。これは3DCGがあまりにも当たり前になったという時代の変化に対応していますし、『トイ・ストーリー3』でアンディの物語と共に完結した主題であったので、脚本上の要素の取捨選択としてはむしろ正当なものであるともいえなくはありません。しかしウォルト・ディズニーが確立したアニメーションの伝統を、コンピュータ・テクノロジーで大胆に換骨奪胎し更新していくダイナミズムによって駆動されていた前3作に対して、こうした文脈での批評性は限定的なものに留まってしまっている印象はあります。  先述のように、バズはテクノロジーを象徴するキャラクターでした。バズが物語上積極的な役割を果たす立場でなくなっているのは、テクノロジーという主題がほぼ放棄されていることと関係しているでしょう。これには90年代にはまだギリギリ「新しいもの」としてのイメージを持っていた宇宙飛行士やギミック満載のアクションフィギュアというモチーフが、現在では「中途半端に古いもの」という非常に扱いにくい存在になってしまったという難しさもあると思われます。しかしそれでも「トイ・ストーリー」シリーズが、ポリティカリー・コレクトな世界以上の「未来」を語ることができなくなっている現状には、一抹の寂しさを感じてしまいます。  もうひとつ、より大きな問題は「新しい男性性」の描かれ方が不十分であることです。これまでの作品において「新しい男性性」を象徴してきたのはバズでした。本作において、バズはほとんど物語の中心から外されています。「旧い」「新しい」という縦軸と、「男性性」「女性性」という横軸によって区切られる四象限を定義するとき、『トイ・ストーリー4』は「新しい女性性」による「旧い男性性」の放逐と「旧い女性性」の救済を描いているのですが、「新しい男性性」については、ほとんどなにも描いていません。  ギャビーを通じて「旧い女性性」を救済しつつボーに「新しい女性性」を象徴させ、「旧い男性性」の象徴であるウッディを葬る物語を描いた『トイ・ストーリー4』が語り残してしまったもの、それはアニメーションの未来と「新しい男性性」ーーバズの物語であった。これまで論じてきた本作の問題点は、このようにまとめることができるでしょう。
    デューク・カブーンとジョン・ウィック
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  • 池田明季哉 “kakkoii”の誕生ーー世紀末ボーイズトイ列伝 番外編『トイ・ストーリー4』(2)シェパーデス・オン・ザ・フロンティア

    2019-07-24 07:00  
    550pt

    デザイナーの池田明季哉さんによる連載『"kakkoii"の誕生ーー世紀末ボーイズトイ列伝』の番外編、『トイ・ストーリー4』論の第2回です。今作では、伝統的な男性性の頓挫が描かれ、フェミニズムを意識した目配せも各所にあります。その背景を、本作の製作中に起きたジョン・ラセターの不祥事による退陣を含めて読み解きます。 ※注意:本記事には『トイ・ストーリー4』のネタバレが含まれています。
    新たな「カウボーイ」としてのボー・ピープ
    『トイ・ストーリー4』で衝撃的な再登場を果たすのが、羊飼いを象った陶器製のランプであり、かつてウッディの恋人であったボー・ピープです。物語はボーとウッディの別れのシーンからはじまり、その後ボーがアンティークショップの棚の売れないアイテムという立場から逃げ出して、特定の子供との関係を求めない、自立した「ロスト・トイ」として生きてきたことが語られます。 劇中において、ボーは野で暮らしてきたワイルドで力強い女性として描かれます。身体能力が高く、折れた腕も動じずテープで直せばいいと言い切る豪快さを持ち、その知性であるときはウッディを論破しさえするし、強い意志で計画を実行するリーダーシップもあります。ある意味では「羊飼い」である以上に「カウボーイ」的といってもいい。『トイ・ストーリー4』の物語は、美学の上ではボーを中心に語られていきます。
    ▲ボー・ピープ(出典)
     ボーの相棒であり、同じく「ロスト・トイ」である小さな人形ギグルも女性で、かつ警察官というアメリカ的な男性性と強く結びついた職業をモチーフにしています。ギグルはおそらく80年代に展開されたブルーバード社(後にマテル社)のポーリー・ポケットという玩具をモデルにしていますが、ポーリー・ポケットは伝統的に女児向けのおままごと遊びという文脈のもとで開発されたおもちゃで、警察官のものはおそらく存在しないか、存在しても主流商品であったとはいえません。このモチーフの改変は、意識的になされたと見ていいでしょう。
    ▲ボーの肩に乗っているのがギグル・マクディンプルズ(出典)
     また同じ「ロスト・トイ」仲間であるコンバット・カールはハズブロ社のG.I.ジョーをモデルとしたキャラクターで、こちらも本連載で触れたとおり、軍人というアメリカ的男性性と強く結びついたおもちゃです。コンバット・カール(厳密にはそのバリエーション)は、後にある重要な役割を果たしますが、それは本稿の最後に改めて触れます。  ともあれここで注目したいのは、「ロスト・トイ」には、(羊飼い改め)カウボーイ、警察官、軍人というアメリカにおいて男性性と強く結びついたモチーフが導入されているということです。もちろん、90年代に流行した空飛ぶ妖精のおもちゃ「スカイダンサーズ」なども登場しますから、すべてがそういったイメージで占められているわけではありませんが、印象的なキャラクターにこうした要素が配置されていることは重要です。その中心であるボーは、24年の間に育まれたフェミニズムの達成が作り出した、強く美しい「新しい女性性」の象徴だといってもよいでしょう。
    ギャビー・ギャビーと母性の救済
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  • 池田明季哉 “kakkoii”の誕生ーー世紀末ボーイズトイ列伝 番外編『トイ・ストーリー4』(1)パラダイス・ロスト・オブ・ザ・カウボーイ

    2019-07-16 07:00  
    550pt

    デザイナーの池田明季哉さんによる連載『"kakkoii"の誕生ーー世紀末ボーイズトイ列伝』の番外編として、現在公開中の映画『トイ・ストーリー4』を論じます。1995年の第一作目以降、本作の〈男性性の美学〉は少しずつ形を変え、多様な価値観を包括するようになりました。トイ・ストーリーシリーズの24年間の主題の変遷を改めて振り返ります。※注意:本記事には『トイ・ストーリー4』のネタバレが含まれています。
     こんにちは。デザイナーの池田明季哉です。今回は『“kakkoii”の誕生ーー世紀末ボーイズトイ列伝』の番外編として、『トイ・ストーリー4』について論じていこうと思います。  ご存知のとおり、『トイ・ストーリー4』は前世紀末、1995年に第一作が公開された「トイ・ストーリー」シリーズの最新作ですから、世紀末ボーイズトイから現代に繋がる想像力を引き出そうとするこの連載としては、避けて通ることはできません。これまでおもちゃにとって重要なトピックを提示し続けてきた本シリーズの批評力は、今作においても健在です。『トイ・ストーリー4』を通じて、現在のおもちゃ、特にアメリカのおもちゃ文化が置かれている状況について考えていきたいと思います。  僕は故あって、現在イギリスに住んでいます。6月21日のアメリカ公開と同時にイギリスでも本作が公開され、7月12日の日本公開に先駆けてこの作品を見る幸運に恵まれました。当然見たのは純粋な原語版ということになるので、カタカナによる代替表記については筆者独自のものであり、後に公開されるであろう日本語の吹き替え・字幕の表記とは揺れがある可能性があることをご了承ください。
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