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  • 10月31日(木)まで限定冊子つき・先行予約を受付開始!猪子寿之×宇野常寛『人類を前に進めたい チームラボと境界のない世界』

    2019-10-10 19:30  

    チームラボ代表・猪子寿之氏と、評論家・宇野常寛との4年間に及ぶ対談が、ついに書籍化! 10月31日(木)まで限定で、冊子つき・先行予約を受付中です。

    ▼書籍紹介 チームラボはなぜ「境界のない世界」を目指し続けるのかーー?
    2015年からの4年間、チームラボ代表の猪子寿之氏は、評論家・宇野常寛を聞き手に、展覧会や作品のコンセプト、その制作背景を語り続けてきました。
    ニューヨーク、シリコンバレー、パリ、シンガポール、上海、九州、お台場……。共に多くの地を訪れた二人の対話を通じて、アートコレクティブ・チームラボの軌跡を追う1冊。 さらに、猪子氏による解説「チームラボのアートはこうして生まれた」も収録!
    【目次】 CHAPTER1 「作品の境界」をなくしたい CHAPTER2 デジタルの力で「自然」と呼応したい CHAPTER3 〈アート〉の価値を更新したい CHAPTER4 「身体」の境界を
  • 猪子寿之の〈人類を前に進めたい〉第34回「密度を活かしてアートを〈自然〉に高めたい」

    2019-04-25 07:00  
    550pt

    2018年最後の配信は、チームラボ代表・猪子寿之さんの連載〈人類を前に進めたい〉。今回は上海の燃油タンク跡地をリノベーションした美術館・TANK Shanghaiでオープニングを飾るチームラボの展覧会がテーマです。工業地帯からIT都市へと生まれ変わりつつある地区に、なぜ今、現代アートが集結しているのか。議論は都市とアートの関係から、密度や混ざり具合の違いが人間の認識や行動に与える影響にまで広がっていきます。
    ▲チームラボは、中国・上海のTANK Shanghai(上海油罐芸術中心)にて、オープニング展「teamLab: Universe of Water Particles in the Tank」を開催中。会期は8月24日まで。
    上海で燃油タンクが美術館になる意味

    宇野 今回は上海で3月23日から始まった「teamLab: Universe of Water Particles in the Tank」に来ているわけだけど、まずは、この展覧会のコンセプトの話から聞きたいな。
    猪子 この美術館、TANK Shanghaiは、燃油タンクの跡地の建物をそのまま使ってつくられたもので、そのオープニングのエキシビジョンのオファーがチームラボに来たんだよね。この美術館は私設なんだけど、オーナーの喬志兵(チャオ・ジービン)氏が世界でトップ200に入るような、中国を代表する現代アートのコレクターなんだ。そんな彼が燃油タンクをリノベーションして現代美術館にしたんだよね。
    この西岸(ウェストバンド)エリアは、もともと川崎みたいな工業地帯だったんだけど、都市が拡大したことで工業地帯が移転して、今はアート地区みたいになってる。有名どころだと、火力発電所の跡地を国立の美術館にした上海当代美術博物館とか、現代アートの美術館の龍門雅集とか。六本木ヒルズに蜘蛛みたいな大きな彫刻があるでしょ。あれを作ったルイーズ・ブルジョワの大規模な回顧展をこの前まで開いていた龍美術館とかがある。あと余徳耀美術館(Yuz Museum)には『レイン・ルーム』が常設されてる。Random Internationalというアート集団の、雨の中を歩いても濡れないという作品ね。あれが常設されているのは以前はここだけだったんだよね。今はドバイにもあるらしいけど。
    とにかく、ルイーズ・ブルジョワにしても『レイン・ルーム』にしても、世界的に見てもすごい作品で、それらを展示するパワフルな美術館が集まってる。この一帯は今後さらにパワーを持つエリアになっていくと思う。
    TANK Shanghaiはその地区の一番端になるんだけど、敷地内にあるタンクのうちの一つでチームラボは個展をしています。あとの二つは、中国を代表する現代アーティストたちのグループ展と、アルゼンチンを代表するアドリアン・ビジャール・ロハスの展覧会になってますね。
    会場は2フロアあります。まずは2階に上ってもらうと、燃油タンクの形状をそのまま使った、『Universe of Water Particles in the Tank, Transcending Boundaries』(以下『滝』)と『花と人、コントロールできないけれども、共に生きる、Transcending Boundaries - A Whole Year per Hour』(以下『花と人』)という作品を展示しています。燃油タンクって本当に巨大で円形だから、その中に一つの小宇宙を作りたいと思って、水の流れと生と死を繰り返す花の作品が共存している空間を作った。
    ▲『Universe of Water Particles in the Tank, Transcending Boundaries』

    ▲『花と人、コントロールできないけれども、共に生きる、Transcending Boundaries - A Whole Year per Hour』
    そして、燃油タンク沿いに階段をおりていくと、1階では『Black Waves: 埋もれ失いそして生まれる』という波の作品を公開していて、来場者がさまよって方向感覚がわからなくなるような空間の中で、さらに三つのディスプレイ作品を展示している。大枠で言うとそういう展覧会です。
    ▲『Black Waves: 埋もれ失いそして生まれる』

    宇野 まず作品の外側の話から始めたいんだよね。猪子さんが意識しているかはわからないけど、場所に意味が出ちゃうっていうこと。つまり、なぜあのタンクが美術館になったかというと、中国の沿岸部が経済発展してるってことだよね。燃油タンクって20世紀的な工業社会の重工業の象徴で、それがITを中心とした新しい産業の都市の中心にあるってことだから。
    猪子 まさにその通りで、燃油タンクの目の前に超巨大IT企業の上海オフィスが建設されている最中なんだよ。
    宇野 ITって実体を持たないじゃない? 工業社会では燃油タンクや工場といった目に見えるアイデンティンティがあったけど、IT社会ではそれを持てないから、代わりにアートで確立しようとしてると思うんだよね。ただ、自分たちのアイデンティティを、建物というモノによって記述するのは、その発想自体が工業社会のセンスだと思う。
    チームラボがシリコンバレーやシンガポールに招かれたのも、それらの都市がアイデンティティを求めていたからで、都市が新しいステージに上がって自信をつけようとしたときに、それにふさわしいアートを備えようとするのだと思う。この地域に新しい美術館がつくられているのは、情報社会に生まれ変わった上海の新しいアイコンになろうとしているからだと思う。かつて燃油タングが並んでいた場所だからこそ、たとえばアリババやテンセントみたいな巨大IT企業の支社ができなきゃいけないし、新しい美術館ができないといけない。これは猪子さんが意図していなかったとしても、結果的にそういう意味が後から追いかけてくると思う。
    猪子 なるほどね。もちろん建物を壊さずにそのまま使うのがカッコいいという、世界的なリノベーションの流れもあると思うけどね。彼らには日本のような20世紀へのノスタルジーは全くないし、世界の中心は自分たちだと本気で思っている気がする。ただ事実として、宇野さんの言うように、かつての工業地帯が今は美術館エリアになっているし、IT企業のオフィスがつくられている。
    宇野 今後、IT企業のオフィスができたとき、この地区は新しい意味を持った場所になると思う。それこそ工業社会から情報社会に移り変わったことの象徴としてのね。そのときに、巨大IT企業の支社だけでなく美術館があるというのが現代的だよね。
    以前、映像圏のカルチャーからもう一度、アートに揺り戻しが来るんじゃないかという話をしたけど(参照)、そういうことだと思うんだよね。アートというのは、鑑賞者にとっては固有の体験になるから。20世紀は、モニターの中で皆が同じ夢を見るということばかりを追求していた100年間だったんだけど、その揺り戻しが明らかにきている。そういう意味で、あそこに美術館がいくつもあることには意味があると思うよ。
    作品に「360度」包まれる

    宇野 しかしここの展示、つまり2階の、まさに燃油タンクの中にあたる部分の展示は圧巻だね。球形の空間の内壁がそのまま作品になっていて、鑑賞者が360度包まれるというのは、実は今まではあまりやってこなかったよね。いまだに僕も消化しきれていないんだけど、これはいろいろ応用できる気がする。
    猪子 ちょっと近いのが豊洲(「チームラボプラネッツ TOKYO」)のドーム(『Floating in the Falling Universe of Flowers』)だよね。でもそちらは、ドームであることすら感じさせない作品だけど、今回はタンクの形状をより意図した作品だから。
    宇野 豊洲ではどこに壁があるのかわからないような空間に没入させられるけど、今回は明確に球体の内側に閉じ込められていることを自覚せざるを得ない。視覚的にも新しいし、あの閉じ込められている感覚は面白い。床と壁が全部作品で、ぐるっと包まれている。この表現が正しいかはわからないけど、妙な安心感があるよね。
    猪子 一つの小宇宙というか、箱庭みたいだよね。
    宇野 僕はジオラマが好きなんだけど、あの感覚に近いなと思っていて。世界をまるごと手に入れたかのような錯覚。チームラボの一連の作品は自然のようなエコシステムを作り上げているわけなのだけど、それに360度囲まれるというのは、自分が一つの小宇宙を手に入れたような感覚がある。今回の作品はタンクの建物に合わせた、素材の面白さを引き出すためのアプローチを取ったのだと思うんだけど、すごく応用可能性があると思う。これは大事なことで、パリ展とかボーダレスのような大規模展示を見ちゃうと、全部あれの部分輸出に見えちゃうわけ。そうじゃない戦い方をするには街の文脈と対決する、つまり、この場所でこういう展示をするのはどういう意味があるかを追求するか、あるいは建物という素材に徹底的に向き合うかしかない。それは今後、チームラボが世界中のいろいろな都市で作品を展開していく上で重要なことだと思うんだよね。そこからはまた別の意味が出てくると思うし。
    今回の作品でいうと、この地域でやっていることの意味と、360度という作品のコンセプトがうまく組み合わさると、より重層的になるのかなと思った。場所と建物に、今回の展示は結果的にかもしれないけれどしっかり向き合ったものになっていると思う。
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  • 猪子寿之の〈人類を前に進めたい〉 第33回「近代以降失われた色の階調を蘇らせたい」

    2018-12-31 12:00  
    550pt

    2018年最後の配信は、チームラボ代表・猪子寿之さんの連載〈人類を前に進めたい〉。今回は大盛況というヘルシンキの美術館・Amos Rexの展示の話題から、人間の認知や感覚の限界へと挑戦する、計算機テクノロジーを活かしたアート作品。そして、近代以降失われた自然の色調をデジタルで蘇らせる「かさねのいろめ」の着想について語ります。
    地下と地上をつなぐブラックホールに吸い込まれる滝
    猪子 フィンランドのヘルシンキにある美術館AmosがAmos Rexという新館を2018年8月30日にオープンして、そのオープニングエキシビジョン「teamLab: Massless」を担当したという話は前にしたと思うんだけど……。
    宇野 そうだね、工事中の美術館で記者会見していたよね。
    参考:第29回 新しいパブリックを実現した都市をつくりたい!
    猪子 連日、全員が入れないほど長蛇の大行列になってるらしいんだ。ヘルシンキは80万人都市なんだけど、そのうち半分くらい来てるんじゃないかっていうくらいの大混雑。もちろん海外からの人も合わせてだけど数十万人は来場しているみたい。前にも説明したと思うけど、ヘルシンキの都市の中心にある広場の地下にできた美術館で、天窓だけが地上にボコッと突き出している非常に素晴らしい建築なんだ。天窓の地上部分によって広場はアスレチックのように立体的な広場になっている。だから、『Vortex of Light Particles』はこの天窓のかたちを使って、空間自体を活かした、地下から地上へと関係性があるような作品にしようと思ったんだよね。
    ▲『Vortex of Light Particles』



    ▲建設中のAmos Rex


    ▲Amos Rexの外観・内観
    宇野 これはどういう仕掛けがあるんだっけ?
    猪子 天窓に向かって逆さまにに水が流れる巨大な滝と渦の作品なんだよね。天井の天窓から地上方向に大きな力が空間全体にかかっていて、ドーム状の天井のかたちに沿って水が渦巻きながら天窓へ吸い込まれていく。この美術館の建物自体、かなり気合が入った設計で、ドーム状の地下空間になってる。これは柱を使わずに構造を支えるためだと思うんだけど、その特徴を活かして、内壁の形状によって水の流れのかたちが決定される作品なんだよね。地上方向に向かう力によって、地上と地下をつなぐ天窓に、滝の水流が吸い込まれていく。
    天窓は地上へのトンネルになってるんだけど、内部を真っ暗にしてるから、黒の平面に吸い込まれていく感じ。そこが穴なのか平面なのかの区別すらつかない。実際に見ると、ブラックホールみたいに見える。
    宇野 こういう展示は、その空間が箱の中であると思わせない効果があるよね。チームラボのアートって、特に最近のものは、密室に閉じ込めることで、無限性や悠久の時間、彼岸の存在を体感させ、そこが有限の空間であることを一時的に忘れさせてしまう。これはただの穴なのか、あるいは吸い込まれているのか、本当に分からなくなるような感覚をもたらすことによってそれを実現しているわけだよね。
    偶然性の情報量を計算機が超越する
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  • 猪子寿之の〈人類を前に進めたい〉 第32回「色と密度で人間の五感をハックしたい!」

    2018-10-24 07:00  
    550pt

    チームラボ代表・猪子寿之さんの連載〈人類を前に進めたい〉。今回は、豊洲で開催中の展覧会「チームラボ プラネッツ TOKYO」の展示について猪子さんと語り合いました。この展示では、個々の作品へと深く没入させるためのクオリティにこだわったという猪子さん。作品の強度を生み出すために導入された、人間の五感に訴えかける新基軸のアイディアとは?(構成:飯田樹)
    遊び心と体感的な没入がもたらす「チームラボらしさ」
    ▲東京・豊洲にて開催中の「チームラボ プラネッツ TOKYO」
    宇野 「チームラボ プラネッツ TOKYO」(以下「プラネッツ」)、すごくよかったよ。個人的にはお台場の「森ビル デジタルアート ミュージアム:エプソン チームラボ ボーダレス」(以下「ボーダレス」)よりも、こっちの方が好きかもしれない。
    猪子 へえ!
    宇野 もちろんこの二つは規模も違えば目的もそもそも違う。「ボーダレス」はチームラボがここ数年やってきた屋内でのインスタレーションや空間演出のアートの集大成で、「プラネッツ」は2年前の「DMM.プラネッツ Art by teamLab」(以下「DMM.プラネッツ」)のアップデートで、「ボーダレス」に比べれば小さい。「ボーダレス」は半日かけても回りきれないから2〜3回は行かなきゃって感じだけど、「プラネッツ」は2、3時間あれば全部観れる。でも、後者の方が遊び心があるよね。普通に考えたら「ボーダレス」の方がド本命なんだろうけど、僕は「プラネッツ」の実験性も捨てがたい。
    猪子 「プラネッツ」では世界と自分との関係を考え直させるような作品を一個一個作って、とにかく圧倒的なクオリティで没入させるようにしているんだよ。
    宇野 いや、本当にそうで。これは「小説トリッパー」(朝日新聞出版)の連載(『汎イメージ論』)でも書いたことだけど、ここ数年のチームラボは「作品と作品」「人間と人間」「人間と作品」という3つの境界を撹乱しようとしている。今回の「プラネッツ」はそのうち、「人間と作品」のところに集中していて、そこに特化しているところが面白い。
    俺なんか、そんなに他人と融解したいなんて思ってないし(笑)、批評家だから作品同士を繋げて考えるのは、作品にやってもらわなくても自分でできるからさ。でも、自分でできないのは、自己と世界、この場合は鑑賞者と作品との境界線がなくなって、作品に没入することなんだよ。
    猪子 なるほど、おもしろい。
    宇野 「ボーダレス」は「作品と作品」「人間と人間」「人間と作品」という3つの境界を全部撹乱しようとしている。なので、一番総合性があるし、完成度は高いんだけど、「人間と作品」の境界線の消滅に特化した「プラネッツ」の方が針が振り切れている。一個一個の作品で、どうなるかわからないけど遠くにボールを投げてみようとしているのは「プラネッツ」の方なんだよね。だから、僕にとっては「プラネッツ」の方が刺激的だった。
    たとえば「ボーダレス」は、入り口に猪子さんのメッセージが言葉で掲げてあって、ここから先はチームラボの演出する「境界のない世界」だってことを宣言するんだけど、「プラネッツ」はそんなお行儀のいいことはしないで、いきなり鑑賞者を水の中に入らせるとか(『坂の上にある光の滝』)、クッションの中を弾ませるとか(『やわらかいブラックホール - あなたの身体は空間であり、空間は他者の身体である』)、前回の「DMM.プラネッツ」でやっていたことのパワーアップバージョンなんだけど、「ここから先は完全に別世界ですよ」「警戒心を解いていいんだよ」ってことを問答無用で体感させる。こっちのアプローチの方がチームラボらしいと思う。
    ▲『坂の上にある光の滝』
    ▲『やわらかいブラックホール - あなたの身体は空間であり、空間は他者の身体である』
    猪子 あのメッセージはね……。「ボーダレス」はあまりにも新しい概念すぎて、関係者内覧会でクレームの嵐だったの。「地図はないのか!」って。だからメッセージを置いて、ここは今までとは概念が違うんだってことを強く示しておかないと、もう苦情だらけだから。
    宇野 それ自体がコンセプトだと分かってもらえなかったわけか。普通に迷うし、どこに何があるかも分からないから、特定の作品を観ようとしてもできないしね。「ボーダレス」も、あれはあれですごく良いんだけど、「プラネッツ」では問答無用で、しかも視覚だけじゃなくて触覚に訴えかけて入っていくところに感心した。
    だから逆にね、もう問答無用で水の中に放り込む、くらいのほうが逆にいいと思うんんだよ。というか、アートとしてはむしろそれが正しいと思う。この「プラネッツ」は触覚に訴える作品が多いけれど、こうやっても視覚や聴覚以外の触覚や嗅覚といった人間の五感をハックすることで没入感を上げる表現には、まだまだ伸びしろがあると思ったね。
    あと、『The Infinite Crystal Universe』(以下、『ユニバース』)は、今までの中でもダントツに完成度が高いと思う。
    ▲『The Infinite Crystal Universe』
    猪子 そりゃそうだよ(笑)。
    宇野 作っている本人は「そりゃそうだ」って感想かもしれないけどさ、過去にいろんなバージョンの『ユニバース』を観てきた僕からすると、やっぱり隔世の感があるよね。
    以前からずっと言っていることだけど、『ユニバース』って部屋の広さが肝なんだよね。人間の想像力が勝って「この先に壁がある」と思われたら、ああいう空間の中に人間が飲み込まれてしまうような錯覚を起こさなきゃいけないタイプの作品は機能しない。やはり作品への没入感を出すためには、人間に空間を正確に把握「させない」工夫がいる。そのためにはどうしても『ユニバース』には「広さ」がいると思う。あれはまさに規模が質を担保している作品で、あの鏡張りの天井の高さと敷地の広さによって、本当に完成度が高くなっている。猪子さんが表現したかった没入感は、あれぐらいの規模があって初めて成立するんだなと思った。
    あと、インタラクションが強化されていたのが地味に大きいんじゃないかな。目の前のインスタレーションの変化のどこからどこまでが自分に反応しているのか分かりづらいという『ユニバース』の弱点が明確に改良されていて、相当完成に近づいていると思うよ。
    『人と共に踊る鯉によって描かれる水面のドローイング』(以下、『鯉』)はいつも通りなんだけど、ビジュアルはもうちょっと派手な方がいいと思った。前回の『鯉』の方が分かりやすい。今回の『鯉』は、なんとなく色が薄くなって、ちょっと上品になった気がした。
    ▲『人と共に踊る鯉によって描かれる水面のドローイング』
    猪子 うーん、前回と特に変わっていないはずなんだけどね。解像度や輝度が上がってるから、そのせいかもしれない。あと、水を温かくしているから、気付かない程度に湯気が出ちゃうんだよね。それでぼやけているのかも。すぐ調整しよう。
    宇野 唯一そこが気になったかな。
    猪子 『冷たい生命』は?
    ▲『冷たい生命』
    宇野 原型の『生命は生命の力で生きている』の方がいいと思った。まあ、裏側のワイヤーフレームが見えていないと『冷たい生命』とは言えないんだけどさ。これは単純な話で、「3DCGであること」自体が何か特別な意味を、はっきり言えば新しい視覚体験の象徴だった時代って、とっくに終わっているように感じちゃうわけね。本当はつい最近のことなんだけどさ。だから、ああいうものを見せられたときに新時代を感じるよりも、単に「普段僕らが見ているものはこう作ってるんだろうな」っていう舞台裏を見せられた気になっちゃうんだよね。「プラネッツ」は没入感を大事にしているわけだから、舞台裏を見せられた感じになるものは置かずに、もっと別のものを置いたほうがよかったかもしれない。贅沢を言うと、あそこに「書」があった方がいいと思った。たとえば『円相』とか。
    猪子 なるほどね……面白い。
    色のハックと密度のコントロールで没入感をつくる
    宇野 今回一番良かったのは『意思を持ち変容する空間、広がる立体的存在 - 自由浮遊、平面化する3色と曖昧な9色』だね。一見、カラフルな球体が鑑賞者に反応していって、空間全体の色と音が変化するというタイプの作品なんだけど、意外といろいろな実験が試みられていて、ものすごく刺激的だった。
    特に、色の変化の中で一瞬、目の前の視界が原色に覆われて空間がまるで平面のように見えるという仕掛けが良かった。
    ▲『意思を持ち変容する空間、広がる立体的存在 - 自由浮遊、平面化する3色と曖昧な9色』
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  • 猪子寿之の〈人類を前に進めたい〉 第31回 テロの起きたパリで「境界のない世界」を実現したい!

    2018-07-04 07:02  
    550pt

    チームラボ代表・猪子寿之さんの連載〈人類を前に進めたい〉。今回は、パリのラ・ヴィレットで開催中の展覧会「teamLab : Au-delà des limites」について、現地で話しました。多文化主義を体現しているパリの街。そこから見えてきたのは、デジタル・アートならではの「接続の美」のあり方でした。「本格的に作品同士が越境する」展覧会で実現されるその形とは?(構成:稲葉ほたて)
    ▲今回は、パリの展示会場にて猪子さんに語っていただきました!(収録は、展覧会のオープン前である2018年5月13日に行われました)
    パリ、到着日に起きたテロ
    猪子 今回は、パリのラ・ヴィレットで9月9日まで開催中の大規模展覧会、「teamLab : Au-delà des limites」について話していきたいと思います。まず宇野さん、パリまで来てくれてありがとう。宇野さんに実際に展示を体験してもらったから、その感想を聞いてみたいな。
    宇野 そうね……ただその前に、昨日(5月12日)のテロ事件の話をちょっとだけしてもいい? 昨日の夜、ナイフを持った男が5人の民間人を襲う事件があって、事件が起きた時に僕はその現場から500〜600メートルのところでご飯を食べていたんだよね。全然気づかなくて、インターネットのニュースで初めてそのことを知ったんだけどさ。
    やっぱり今日は、まずその話に触れずにはいられない。それで、僕が思い出すのは、Brexitから半年ちょっと経った2017年のロンドンで、チームラボが個展「teamLab: Transcending Boundaries」をやったときのこと。あの時あの場所で、「境界のない世界」というテーマで個展をやることに、猪子さんは強い意味を感じていたわけだよね。
    猪子 そうだね。当時、この連載でも話したよね。

    【参考】猪子寿之の〈人類を前に進めたい〉 第16回「アートによって、世界の境界をとりはらいたい!」

    宇野 今のパリって、言ってしまえばテロの標的として定着してしまっていて、実際に昨日も事件が起きた。それに対して、どんな文化的なアプローチが可能かというのは、今このパリという場所でチームラボが問われていると思うんだよ。つまり、これだけ酷いことがあっても、果たしてパリにいる人々に「境界のない世界のほうがいい」と思ってもらうことができるのか――これはかなり重要なことだと思う。
    実際、カリフォルニアン・イデオロギーや多文化主義って、現状はまだ「境界のない世界」の構築に失敗しているわけだよ。カリフォルニアン・イデオロギーというのは、言ってしまえば、コンピュータと経済のパワーを使えば境界を超えられるという思想だよね。一方の多文化主義は、「境界がたくさんあっても、みんな気にしなければいいじゃん」というもので、他人は他人、自分は自分の思想。まさにこのパリという街は、後者だと思うんだけどさ。
    猪子 ただ、まだ成功と言うには力が及んでいないかもしれないけど、パリの人たちはそれを選んでいるんじゃないかな。
    宇野 そこはすごいよね。実際、僕が昨日のテロの一件でびっくりしたのは、みんな翌日も普通にランニングして、ご飯を食べて、街を歩いて過ごしていたことなんだよ。そこに、テロのようなものも日常に溶け込ませてしまう力を感じた。ある意味、慣れてしまっているということかもしれないけどね。
    猪子 街全体がとてもハッピーな雰囲気なんだよね。さっき宇野さんと一緒に行こうとして、人が多くて入れなかったカフェがあったけど、あれもたぶん誰かが演奏会をやっていることで人が集まっているんだよね。そんなふうに、今日もちゃんと日常を楽しみ続けていて、テロに全く屈服していない。
    宇野 この街の持つ幸福感は、ある意味では既にテロに勝っている気がするんだよね。多文化主義は破綻した理想だと思っていたけど、舐めちゃいけないなと思い直したよ。現に色々な問題が起こっているので、まだまだ力不足でアップデートは必要なのかもしれないけどね。
    猪子 あと、フランス人って本当に「どこの国で生まれた人間か」とかについてほとんど気にしないんだよね。肌の色が何であれ、教養があってフランス的に振る舞うならば、それはフランス人なんだよ。最低限のルールさえ守って人間らしくあれば、多様であっていい。今日も、展示会場の近くで、おじいさんと若い女性がフォークダンスを踊っていたり、若者がその横でヒップホップの練習をしたりで……カオスだったよね(笑)。
    今回のパリの展示をした場所も、元は移民街で治安が良くなかったらしいんだよね。そこに対して、ラ・ヴィレットという緑地であり、科学や音楽の専門施設や子どもの遊べる場所やアートに溢れた公園をつくって、街の雰囲気が変わっていっているんだよ。
    公園内には運河が通っていて、建築であり彫刻でもあるオブジェが点在して、アートに溢れているんだよね。隣には、昔この連載でも取り上げた、ジャン・ヌーヴェルの「パリ・フィルハーモニー」という音楽ホールもある。あのヤバい建物を見るたびに落ち込むんだよね……どうやったら、あんなかたちに行き着くことができるのか、そして、どうやったら、あれを国が建ててくれるのか全くわからない(笑)。
    ▲フィルハーモニー・ド・パリ
    宇野 昨日見たけど、あれはやばかった。変態的な建物だよね(笑)。
    それにしても、今日はこの街をぶらぶらしながら、これから日本の都市はどうなっていけばいいのか、考えさせられたよ。だって、東京ってパリに比べて歴史の長さは負けるかもしれないけど、街や人の規模と財力では勝っているはずだからね。方向性として、例えばアメリカみたいに人口100万人いかない都市を全国につくって車で維持する分散型にするか、ヨーロッパみたいに大都市集中型にしていくのかの二択があると思うけど、今回のパリでは大都市で人が集積していることのメリットの方を感じられたね。
    猪子 そんな街で大きい展覧会をやると、フランス中どころかEU中からメディアが来てくれるんだ。さっきはドイツのテレビ局が来たし、明日なんて100社以上の取材が来る。「ル・モンド」が「内覧会の前に撮りたい」とわざわざ取材に来てくれた大きな記事も出る予定だし、APF通信も大きく出してくれている。しかも今、そんなパリの街中に、チームラボのポスターが貼られまくっているんだよ。本当に優しいし、ありがたいよね。
    宇野 単純に素晴らしいよね。例えばソウルと東京の文化状況とかが、距離的には全然離れていないのに全然共有されていないこととかを思うと、ちょっとこの街に嫉妬してしまうね。
    デジタルアートは接続の快楽を生む
    宇野 さて、ちょっと前置きが長くなってしまったけれど、ここから展示そのものについて解説してもらっていいかな。まず、入り口が二つあるよね。
    猪子 「エキシビジョン」と「アトリエ」の二つに分かれているんだよね。世界の美術館って、教育的な意味合いで子どもがワークショップをするスペースがあることが多いんだけど、このアトリエというのはまさにそれ。入るとすぐに、『グラフィティネイチャー - 山と谷』の絵なんかを描く、お絵かきルームがあるんだよね。花や蝶、カエルやトカゲを描くんだ!
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  • 猪子寿之の〈人類を前に進めたい〉 第30回 ボーダレスな超大規模展示で、「立体的思考」を高めたい!

    2018-05-08 07:00  
    550pt

    チームラボ代表・猪子寿之さんの連載〈人類を前に進めたい〉。今回は、2018年6月21日から始まるお台場の大規模常設展「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: EPSON teamLab Borderless」の制作現場からレポート! これまでにない圧倒的な規模の本展示を、編集長・宇野が先行体験し、猪子さんと語り合いました。展示会で作り上げられるボーダレスな世界と、 「身体で世界を捉え、世界を立体的に考える」空間とは?(構成:稲葉ほたて/この原稿は4月5日に収録した内容です)

    ▲猪子さんに先導され、宇野もいざ現場へ!
     

    ▲展示会場の入り口で記念撮影! 会場はお台場のパレットタウン内にあり、大観覧車乗り場からすぐです。
     

    ▲会場に入ると、「Borderless World」の世界『花の森、埋もれ失いそして生まれる』が広がっています。
     

    ▲現場では、チームラボの金澤さんに案内をしていただきました。ありがとうございます!
     

    ▲で、でかい……! 圧倒的なスケールです。滝の中に花が咲いていくのでしょうか。(Untitled)
     

    ▲チームラボが海外の工場と共同で独自開発したという、『クリスタル ユニバース』でも使われているLED(超高価らしいです)を使用した新作の制作中。「宇野さん、壊さないで!」
     
     
    ▲プロジェクターで、作品を正確に投影するための調整中。こんなふうにして、作品たちはできあがっていくんですね……。
     
     
    ▲「チームラボアスレチックス 運動の森」の世界には、さらに楽しそうな空間が続々と。『裏返った世界の、つながる!巨大ブロックのまち』では、巨大なブロックで、まちを創ることができるようです。
     
     
    ▲宇野「な、なんだここは…!?」とある部屋に入ると、人の背丈よりも高い稲穂の海が。まるで無限に稲穂の海が広がっているようです。気分は「風の谷のナウシカ」。
     
     
    ▲部屋の奥に進むと、稲穂の背が低くなっていき、最終的には腰から膝くらいの高さになります。稲穂でできた迷路を進むような感覚です。
     
     
    ▲なんだろう……?
     
     
    ▲展示会場の心臓部とも言える、コンピュータ群も見せていただきました。作品ごとに何台もの機械が並んでいます。
     
     
    ▲見学後は、カフェで感想戦をしながらリフレッシュ。
     
     
    ▲森ビル株式会社とチームラボが共同で運営する「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: EPSON teamLab Borderless」は、2018年6月21日から開業。
    圧倒的規模のテーマパークがお台場に!
    猪子 今日は来てくれてありがとう。最初に説明をすると、この「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: EPSON teamLab Borderless」(以下「ボーダレス」)は、5つのコンセプトを持つ空間からできているんだ。
    1つ目は「Borderless World」。アート自体が展示されている場所から動き出し、鑑賞者の身体と同じ時間の流れを持つ。そして、作品同士がコミュニケーションすることで、境界のない1つの世界を作り上げていく世界です。
    2つ目は「チームラボアスレチックス 運動の森」。これについては後でも詳しく話すけど、一言で言うと「身体的な知」をアップデートする取り組みだね。
    3つ目は「学ぶ!未来の遊園地」。『お絵かき水族館』、『すべって育てる! フルーツ畑』なんかで遊ぶことができるよ。
    4つ目は「ランプの森」。2016年にフランスで展示した『呼応するランプの森 - ワンストローク』などを展示します。
    そして5つ目が、丸若裕俊さんがプロデュースするカフェ「EN Tea House」。ここでは『小さきものの中にある無限の宇宙に咲く花々』が体験できるよ。肥前でつくられた新しい茶「EN TEA」が注がれた茶器が運ばれてくると、その中に花が生まれ、咲いていく作品なんだ。
    宇野 なるほど。ひととおり建設中の現場を観て回ったけれど、とにかく驚いたのが、この圧倒的な規模感だよね。北京の展覧会「teamLab: Living Digital Forest and Future Park」のときでさえ「これはヤバイ情報量だな」と思ったのに、今回はそれを遥かに上回っているね。
    というか、こんなに情報量が多いとどう受け止めればいいか分からなくて、みんな愕然とするんじゃないかな(笑)。普通にレストランに入ったら、いきなり2.5食分出されたような感じだもの。
    ▲Untitled
    猪子 2.5食分どころじゃなく、1年分くらいは出してるんじゃない(笑)? これまでも机の上いっぱいに出してきたけれど、今回は壁も天も床も満杯にしてしまうレベルの物量になってる。実際に作品が入ったらもう少しピースな空間になるけれど、それでもこんな膨大な情報量の展示は、普通だったらつくらないよね(笑)。実際、今回の会場は施設面積が10,000平米と超巨大なんだ。
    宇野 作品によっては、床が鏡になっている場所もあるね。すごく面白いアイデアだと思ったけど、もしかしたら酔っちゃう人とかいそうだし、訳が分からない世界で迷子になって、泣いたりする小学生とかも出てきそうだよね。
    でも、この規模感にチャレンジしたことは、結構本質的な話だと思うよ。例えば、僕の好きな映画『アラビアのロレンス』って、完全版だと上映時間が3時間半とかあるんだよ。で、そうした1950〜60年代の『ベン・ハー』のような3時間半以上ある映画と、今のディズニーとかの90分ちょっとで絶対に終わる映画って、ほとんど別の鑑賞体験だと思うんだよね。あとは例えばジャクソン・ポロックの絵にしても、あの規模感も含めて作品になってるわけじゃない? あの絵を手元の雑誌で観ても、本来の面白さはよく分からないと思う。
    そんなふうに、今回の「ボーダレス」って、規模のレベルでこれまでとは違う鑑賞体験にならざるを得ないと思うんだよね。既存の美術展って、普通は1時間くらいで観終えられる想定のもので、これまでのチームラボの展示もほぼその範疇にあったと思う。でも今回、全部をしっかり観るには最低半日は必要で、むしろテーマパークとかに近いものになってるよね。
    猪子 それこそディズニーランドとかって、これ以上に規模が大きいわけだしね。
    宇野 あそこは飲食店や休憩所なんかで隙間をたくさんつくって、部分的な気分のリセットをするのがうまいよね。もちろん、この「ボーダレス」にも丸若裕俊さんがプロデュースする日本茶「En Tea」を飲めるカフェが入るみたいだけど、通路に至るまで全てがチームラボの作品になっているわけじゃない?
    猪子 そして、そのお茶自体もお茶の中に花が咲く、つまり作品になっていて、アートとなったお茶を飲むことになるんだ。だから、たしかに休憩所はあってもよいかも。
    宇野 実際、チームラボの作品ってこれまで意図的に「ふと我に返る瞬間」みたいな句読点を体験に入れてこなかったと思うんだけど、句読点がある展示も、それはそれで観てみたいよね。ただ、むしろそうした句読点を一切なくすことによって、凄まじい空間に振り切っちゃうのも僕は面白いと思うよ(笑)。あるいは、休憩所の一部を作品にした上でリラックスさせてみるみたいな組み込み方とかもいいかもね。
    いずれにしても、これまでの鑑賞体験とは全く別のことが求められるとは思う。1日では、作品の全てを観きれないよね。
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  • 猪子寿之の〈人類を前に進めたい〉第29回 新しいパブリックを実現した都市をつくりたい!

    2018-04-25 07:00  
    550pt

    チームラボ代表・猪子寿之さんの連載〈人類を前に進めたい〉。今回は、フィンランド・大阪・お台場……と、様々な場所でもうすぐ始まる展覧会を紹介していただきました。そして中国・深センで行うチームラボ初の「都市開発」の構想についても紹介! その都市で実現しようとしている、「新しいパブリック」のあり方とは――?(構成:稲葉ほたて)
    フィンランドの新しい美術館に展示する「巨大な滝」
    猪子 今日は最初に報告があるんだ。以前に話したパリのラ・ヴィレットでの展覧会「teamLab : Au-delà des limites」の日にちが決まったよ。まもなく5月15日から9月9日まで開催します。みんな遊びに来てね。▲2018年5月15日(火)から9月9日(日)まで、フランス・パリのラ・ヴィレット(La Villette)にて、開催されるチームラボの展覧会「teamLab : Au-delà des limites」(意:境界のない世界) 
    それから二つめ。Amosというフィンランドで一番大きい私立美術館が新しい美術館を建ててリニューアルしていて、その新館Amos Rexが今年の8月30日にオープンするんだけど、そのオープニングエキシビジョンがチームラボなんだよね。8月30日から来年1月6日までの、長い展覧会なんだ。
    ▲Amos Rex(フィンランド)のオープニングエキシビジョンで展示される作品(Untitled)
    【動画】Amos Rex opening with a teamLab exhibition in August 2018 from Amos Rex on Vimeo.

    【参考記事】 ・"Aos Rex -museo avaa upottamalla kävijät toiseen todellisuuteen – japanilaiset poikkitaiteilijat täyttävät museon villillä digitaalimaailmalla"(yle , 25 Jan 2018) ・"AMOS REX’ OPENING EXHIBITION PRESENTS THE ART COLLECTIVE TEAMLAB"(Amos公式サイト) 

    この前、まだ工事中の会場で、新しい美術館の記者会見を、Amos館長とAmos Rexを設計した建築家と一緒にやったんだ。とても光栄なことだよね。
    ▲2018年1月25日 に行われた記者会見の様子
    宇野 これは美術館の地下が展示場所になるの?
    猪子 そうそう。すごく不思議な形をしているでしょ。地上は子供たちも遊べるドーム状の広場で、その地下が展示場になるの。今回チームラボは、このドームの内側の天井に、水が逆流する巨大な滝のデジタルアート作品を展示しようと思ってる。天井には地上と繋がっている穴が空いていて、そこに渦を巻きながら地上方向に流れ込んでいくんだよ。つまり、地上の天窓方向に力がかかっている状態で、この美術館の形状によって決定された水の動きで作品を創っているんだ。
    ▲地上からみたAmos Rexの完成予想図
    宇野 なるほど、この巨大な空間全体が滝に包まれるようになっているわけだね。
    「波」の迷路で鑑賞者を迷わせたい
    猪子 そして夏には他の展覧会の予定もあるんだ。今年の7月14日から9月2日まで、大阪の堂島リバーフォーラムの開館10周年特別企画で依頼をもらって、日本画家の千住博さんとのコラボレーション展をやるの。堂島リバーフォーラムにはずっとお世話になっていて、「Music Festival, teamLab Jungle」もやったし、堂島ビエンナーレ2011ではチームラボは「百年海図巻」を展示したりしているの。そもそも最初の滝の作品である『憑依する滝』のデビューも堂島ビエンナーレ2013なんだよね。
    千住博さんは、代表作の『ウォーターフォール」は1995年ヴェネツィア・ビエンナーレで名誉賞を受賞されていて、滝のシリーズが有名なんだ。もちろん、僕も、若い頃、直島にある千住さんの作品を若いころ初めて観て、ものすごく感動したんだよね。
    宇野 芸術家一家で知られる千住家の人だよね。千住博さんは日本画家、千住明さんは作曲家で、千住真理子さんはバイオリニストという。
    猪子 すごいよね。今回、千住さんの巨大な滝の作品と一緒に、チームラボは『Black Waves』という波の新しい作品を創っているの。北京の展覧会で展示した『花の森、埋れ失いそして生まれる』のように、歩いているうちにまるで波の中で自分を失って作品で迷ってしまうような感覚になったらいいなと思って創っているんだよ。
    ▲堂島リバーフォーラム開館10周年特別企画 千住博 & チームラボ コラボレーション展「水」で展示される新しい作品 http://10th.dojimariver.com/https://www.teamlab.art/jp/e/waterness/
    宇野 さっきのフィンランドの滝の作品もそうだったけど、空間ごと水に包まれていくような演出になっているわけだね。特に『Black Waves』って平面だからこそ成り立っている作品だったわけで、それが人間を包むように再現されているのは面白いね。つまり、この単純な配置の仕掛けによって、この作品が表現する「平面と立体の中間性」がより明確に伝わってくると思うんだよ。それって、配置を参考にした北京の『花の森、埋れ失いそして生まれる』で目指していた「観客を会場で迷わせることで鑑賞者の空間把握を殺す」というコンセプトとも親和性が高いと思う。
    猪子 実は北京の展示中に、夜の時間を使って、会場で色々な実験をしていたんだ。この「波」の迷路もそのときに実験したことがあるよ。他にも色々と試していて、例えば「書」の作品の実験もやってるんだよね。
    ▲実験中の作品たち
    宇野 この実験だと、文字が読めないようになっているんだね。わりとこの「書」の作品って、読めるか読めないかが重要だと思うよ。
    猪子 どういうこと?
    宇野 これまでの連載で「書というものは立体と平面の中間だ」という話はしてきたけど、その上で、ここに表れている漢字=表意文字って、いわば「言葉と絵の中間の存在」とも言えると思うんだよ。だから、単純に考えれば、文字が読めた方が漢字のその中間的な本質をより表現できるというふうに言える。ただ逆に、漢字から言葉の要素を抜き取る方が、むしろ人間が実空間で描いた痕跡を剥ぎ取られるから良いという見方もできるなとも思ったんだよ。どちらも別の面白さがあると思う。
    猪子 なるほどね。実は読める文字ばかりの作品も作ろうかなと思ってたんだよね。
    宇野 それにしても猪子さん、ある時期「なんでこんなに北京に行ってるんだろう?」と思っていたけど、夜中にこんなことしてたんだね。
    猪子 空間があるうちに色んな実験をしたくてね。『クリスタル ユニバース』の次回作をつくるときとか、わざわざシンガポールに実験しに行ったり、そういうことは結構やってる。
    宇野 常に昼が展覧会で、夜は実験場なんだね。なんというか、チームラボらしい戦い方で僕は好きだよ。
    深センで実現する「パーソナルなものがパブリックになる」都市とは?
    猪子 そして今、チームラボの新しい取り組みとして、中国・深センでの大規模な都市開発があるんだよね。のべ床面積が300万平米と、かなり大きな規模になるんだよ。
    ▲2018年4月21日に行われた、記者会見の様子。

    【参考記事】 ・中洲湾C FutureCity 未来城市 发布启航(深圳房地产信息网 szhome, 23 Aril 2018) ・水晶森林 – teamLab与中洲集团在深圳共造个性化城市(goooood, 24 April 2018) 

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  • 猪子寿之の〈人類を前に進めたい〉第28回 新しい「シェア」を巨大デジタルアートで実現したい!

    2018-02-27 07:00  
    550pt

    チームラボ代表・猪子寿之さんの連載〈人類を前に進めたい〉。今回は、シンガポール、徳島、そしてオーストラリアで開催する最近の展示を中心に紹介していただきました。マリーナベイ・サンズで展示されている新作が体現する、新しい「シェア」のあり方とは? そして「歩く」ことがコンセプトの新作が切り拓いたチームラボ作品の新天地とは?(構成:稲葉ほたて)
    国際的なデザイン・アートメディアで2017年トップ1をとった!
    猪子 今日は早速、宇野さんに報告があるんだ。designboomというデザイン・建築・アートの世界最大のデジタルメディアが発表した2017年のアートインスタレーションのトップ10に御船山楽園での「かみさまがすまう森のアート展」が選ばれただけではなく、世界1位に選ばれたんだよ!
    ▲TOP 10 art installations of 2017(designboom, dec 05, 2017) 
    宇野 それは素晴らしいね。僕も足を運んだけれど、あれはここ数年のチームラボの集大成的な展示だったと思う。もっと行きやすいところにあればもっともっと話題になったのだろうけど、あの御船山というロケーションあっての展示だったからね……。しかし、こうしてきちんと評価されて嬉しいね。
    猪子 本当に名誉なことだよね。2016年の1位がクリストの、島の周りを歩ける布で覆うアートなんだよ。これが、もうめちゃくちゃデカくてすごすぎるから、申し訳ない気持ちになるよ。
    ▲TOP 10 art installations of 2016(designboom, dec 15, 2016) 
    宇野 でもさ、この作品の翌年に猪子さんが1位をとるのは不自然じゃないよね。このクリストの作品って本来歩けないところを歩けるようにすることによって−−つまり世界そのものに介入することによって、人間の空間感覚、地理感覚にも介入するというコンセプトのアートだと思うんだけど、それってまさにチームラボが情報技術を使ってやっていることでもあるからね。
    前も言ったかもしれないけれど、チームラボって、この作品みたいにいずれ島や街を丸ごと使った大規模なアートに行き着くと思うんだよ。チームラボはいつか、人が住んでいる生活空間とかを、まるごと包み込むような作品を作るべきだと思う。
    「Digital Light Canvas」が表現する、新しい「シェア」
    猪子 それで言うと、シンガポールのマリーナベイ・サンズのショッピングモールに「Digital Light Canvas」という超巨大な作品が、去年の12月22日から常設されたんだよ。
    この「Digital Light Canvas」は、直径15メートルのLEDでできた円形リンクと、その上空にLEDを立体的に配置して立体的に像を出現させる高さ20メートルのシリンダー(直径7m、高さ14m)で構成されているんだ。
    リンクは、もともとはスケートリンクだった場所なんだよね。しかも、地下2階のフロアにあって、そこから地上3階まで吹き抜けになっているから、たくさんの人が大空間で作品を見下ろせるようになっているんだよ。
    宇野 あわせると5階分の高さがあるんだね。迫力がありそう。
    猪子 そう。「Digital Light Canvas」では、基本的に『Nature’s Rhythm』という作品になっているんだけど、30分に一度『Strokes of Life』という作品がはじまるんだ。
    ▲『Nature’s Rhythm』
    ▲『Strokes of Life』リンクの上は人が自由に歩けるようになっているんだけど、『Nature’s Rhythm』のときは、リンク上には数十万匹の魚の群れが泳いでいて、人が動くと魚が逃げていく。特徴的なのが、上を歩く人がそれぞれ「自分の色」を持つこと。魚が近くを通るとその人の色に変わっていく。たくさんの人がリンクの上にいると、魚はいろんな色になって、群れはどんどん色が混ざっていくだよ。
    一方、上空に展示されているシリンダーには鳥の群れが立体的に飛んでいる。鳥は光でできているから、自由に飛び回っている鳥たちの群れの空間上の密度が上がれば上がる程に光輝くようになっている。この鳥がたまに下のリンクに向かって飛ぶんだけど、そうすると魚が反応するようになってて、2つの装置同士がインタラクティブになってるんだ。
    宇野 僕はショッピングモールに溢れかえる欲望にまみれた大量の人間たちを目にするのが本当に嫌いなんだけど(笑)、この作品はそうした人間の醜いソーシャルな活動を乱数供給源として使って常に変化し続けるアートを繰り上げたわけだ。
    個々の人間の自意識は多くの場合美しくないわけだけど、彼らの生物の群としての行動を引いたところから眺めるとなかなか美しかったり、面白かったりするからね。実にチームラボらしい作品だと思うよ。
    猪子 実際にアイススケート場だったというのもあって、特に、もう1つの『Strokes of Life』という作品では、人が歩いたりするさまがフィギュアスケートを滑っているかのような作品になったらいいなと思って創ったんだ。リンクの光によって逆光になるから、人間は常にシルエットにしかならないのも大きいね。
    その『Strokes of Life』では、リンク上に立つ人から『空書』が生まれて、描かれていくんだ。そして、書の筆跡に合わせて、花、鳥、蝶などが生まれていく。このとき、人間はもはや盤上に描かれる黒い書と一体化するわけだよ。実際には作品が描かれている空間を動かすことで、書を描いていて、これは新しい試みだと思ってる。
    宇野 素晴らしいね。人間が作品の一部になって書の一部、ちょっと太めのトメハネみたいに見えるわけだね。そういう意味では、この作品は一番上の階から見下ろすのが良さそうだよね。仮にここで高校生カップルがいちゃついていても、一番上からだと小さな点にしか見えなくて「昼間から盛りやがって」とか思わないで済むわけでしょう(笑)。
    猪子 ちなみに、これは50シンガポールドル払えば、特別なバージョン『Strokes of Life - Birthday / Anniversary / Marriage Proposal』もできるんだ。例えば、プロポーズをしたいとしたら、相手の名前をスマートフォンから送ると、リンクの上の人によってメッセージとその名前が空書によってリアルタイムに描かれるんだ。
    ▲『Strokes of Life - Birthday / Anniversary / Marriage Proposal』宇野 これ、暇な人が絶対に卑猥な言葉とかを入れるよね。僕が大学生だったら50ドル払ってやるかもしれない(笑)。
    (以降、50ドルで卑猥な言葉を入れる話で少し本筋を逸れる)
    宇野 でも真面目な話、こうして個人の物語が全面化してしまうような作品をチームラボがやるというのは意外だなと思った。そういうの嫌いじゃなかったの?
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  • 猪子寿之の〈人類を前に進めたい〉 第27回 「東京にボーダレスな世界をつくりたい!」

    2018-01-30 07:00  
    550pt

    チームラボ代表・猪子寿之さんの連載〈人類を前に進めたい〉。今回は、2018年夏から始まることが発表された、東京の常設展「teamLab Borderless」の構想について猪子さんが語りました。今回初めて「ボーダレス」という直接的な表現を使ったチームラボが、この展示にかけた思いとは? そして、二次元と三次元の境界を超える、新しい鑑賞体験とは?(構成:稲葉ほたて)
    「teamLab Borderless」開園!
    猪子 2018年の夏から、東京のお台場に巨大な常設展を創ることになったので、今日はその構想について話したいな。場の名前は「MORI Building DIGITAL ART  MUSEUM: teamLab Borderless」。作品群によって一つの世界を作ろうと思っている。
    ▲2018年初夏より始まる東京・お台場の常設展「teamLab Borderless」。
    ▲'Ultra-technologists' to open digital-only museum in Tokyo(CNN, 28th January 2018)
    宇野 2016年にブレグジットがあって、トランプの当選があって、世界は明らかにグローバル化と情報化のアレルギー反応の時代に突入して、これらの流れをせき止めるためもう一度「壁」を築く動きがあちらこちらで出てきている。そしてチームラボは2017年1月のロンドン展「teamLab: Transcending Boundaries」あたりからずっと、このアレルギー反応にさらに反発して「境界のない世界」を擁護する立場から作品を発表しているわけだけど、今回はついに展示会のタイトルまで「ボーダレス」になったわけだ。
    猪子 実はこれまで、「ボーダレス」という直接的に言葉は使ってこなかったんだけど……。
    宇野 いや、直球だけど、それくらいがちょうどいいよ。だっていま、境界のある世界と境界のない世界で対立が起きてることに気づいている日本人なんて、人口の5%よりも少ないんじゃないかと思うからね。「ボーダレス」という単語がなぜ選ばれたかを考えてもらうだけでも意味があるよ。それで、これはどんな展示になる予定なの?
    猪子 基本は2フロアあって、10,000㎡くらいの規模感だね。『インタラクティブ4Dビジョン』という作品と同じようにLEDを空間に埋め尽くした立体的なビジョン(以下、『4Dビジョン』)を使った巨大な新作とか、『秩序がなくともピースは成り立つ』というホログラム群の作品、そして2017年の北京の展示会で発表した『花の森、埋もれ失いそして生まれる』(以下、『花の森』)とかを展示できるといいなと思っているよ。
    今回は作品が動き出すんだ。作品は定位置に留まらず、自ら移動する。例えば、『追われるカラス、追うカラスも追われるカラス、そして超越する空間』(以下、『カラス』)のシリーズとなるような作品を創るんだけど、その作品は『カラス』の空間から飛び出していくんだ。飛び出した『カラス』の作品は、たとえば、『秩序がなくともピースは成り立つ』のホログラムの空間に行ったら、ホログラムで表現された『カラス』の新しいシリーズが始まる。あるいは「チームラボジャングル」でやった『Light Vortex』という光の線による彫刻シリーズの作品があるんだけど、その中に入っていくと光の線で表現された『カラス』が始まる。『4Dビジョン』のLEDのドットのなかに、『カラス』が入れば、光のドットでカラスが表現され、空間を立体的に飛ぶ。『カラス』が『花の森』の中を飛べば、『花の森』は『カラス』の影響を受ける。
    そんなふうに、本当に作品の物理的な境界がないどころか、作品そのものが移動先の空間やメディアによって違う様相を見せる展示にしたいんだよ。
    宇野 ある作品が他の作品に刺入することで作品間の境界が喪失する、というのはロンドン展からはじまったコンセプトだけど、今回はその発展形でひとつの作品が移動するごとに形態を変えていく。しかし、それは当然の進化だね。というかそうじゃないと本当はいけない。境界がなくなって自由になっても、そのことで自分が変わらないと意味がないのと同じだね。
    猪子 これまでは、作品は、作家の思いが物質でできたモノに凝縮されていたわけだけど、デジタルアートは物質から分離され解放されたので、作家の思いは、モノではなく「ユーザーの体験そのもの」に直接凝縮させていくという考えで創っていくことができるのではないかと思っていて。そうなったときに、モノを博覧的に並べるのではない、もっと最適な空間や時間のあり方があると思うんだよね。たとえば人間は動くことがより自然であるから、人々の体験に直接凝縮させることが作品であるならば、作品自体も人々と同じように動いていてもいいと思うんだよ。あとは、人の時間は刻々と進んでいくのに、作品の時間は止まっていたり、映像だとカットが入ったりする。その時間が止まっていたり、映像でいうカットが時間の境界を生んでいると思っていて、その時間の境界もなくしていきたいんだよね。
    宇野 言い換えると、従来の美術館アートとは、空間のコントロールだったわけだよね。つまり、人間がある位置からモノを見るという物理的な体験を提供する場で、突き詰めると、作品に反射した光を目がどう受け取るのかということでしかない。それに対して、チームラボは時間のコントロールを加えようとしてる。
    そのときにポイントになってるのが、20世紀の映像文化、たとえば劇映画のように、作品の時間に人間を無理やり合わせてないことだと思う。チームラボの展示は、人間から能動的に没入しなくても、自由に動き回る僕らに対して作品側が食らいついてくるんだよね。これって、絵画がインタラクティブじゃないという問題に対する回答だと思う。ほら、猪子さんは『モナ・リザ』を引用した名言を残していたじゃない?
    猪子 「モナ・リザの前が混んでて嫌なのは、絵画がインタラクティブじゃないから」ね。
    参考:猪子寿之の〈人類を前に進めたい〉第4回 
    宇野 そう。これは他の鑑賞者の存在で作品が変化していけばむしろ『モナ・リザ』の前は適度に混んでいればいい、という発想だったと思うのだけど、それは言ってみれば人間と人間との関係に対するアートとテクノロジーの介入なわけだ。対して、これらの作品はひとりひとりの固有の時間にもっと直接的にアプローチしているよね。人間と時間との関係に介入している。北京で展示した『花の森』がまさにそうで、「これもう観たっけ?」と思いながらウロウロする、あのとき僕らは通常の空間感覚を喪失して、さらには時間の間隔も麻痺しているのだけど、この「迷い」こそが作品体験になってるよね。
    猪子 そうそう、作品と自分の肉体の時間が自然と同調して、その境界がなくなってほしい。ただ、自分の肉体の時間と境界を感じにくい時間軸の世界を作るわけだから、それってどこかで現実世界そのものになっていくんじゃないかな、とも思うんだけどね。
    時間感覚に介入する意味とは
    宇野 ここで猪子さんが時間に注目していることは、すごく重要だと思う。
    何年か前、猪子さんが「21世紀に物理的な境界があるなんてありえない」と言っていたときから、このプロジェクトは始まっていたんじゃないかと思う。というのも現代って、モノが切断面や分割点になりにくい時代だと思うわけ。たとえば、工業社会においては、車やウォークマンを持っているかどうかで、その人のライフスタイルや世界の見え方はだいぶ違っていたはずなんだよ。
    でも、いまはどちらかというと、「Googleをどう使うか」とかのソフトウェアの影響力の方が強くなってきている。そしてそれらがコントロールしているものは、究極的には人間の時間感覚だと思うんだよ。空いた時間をどう使うかとか、買い物に行く時間をAmazonで省略するとか。インターネットが出てきた瞬間に空間の重要性はぐっと下がったから。そんなふうに、いまはモノという空間的なものよりも、時間のほうが世界を分割していると思うわけ。
    たとえば、ドッグイヤーとかいうじゃない? 東京やロンドンのような都市部の情報産業に勤めている人間と、ラストベルトの自動車工の人では全然別の時間感覚を生きていると思うんだよ。だからこそ、時間感覚に介入しないと境界線はなくならない。これはかなり本質的な変化だと思う。
    猪子 なるほど。
    宇野 あと、もう一つ付け加えるとするならば、時間はコピー不可能なんだよね。『モナ・リザ』という作品を何回も観たい人はいると思うけど、極端なことを言うと、もし記憶が永遠に続くなら一回観れば十分なわけじゃない? でも、チームラボの今回の展示って、時間感覚によって作品が変化するから、一回一回の体験が固有なものになる。
    すでに理論上、我々は人間の網膜の認識よりも解像度の高い映像を作ることができる。それは複製技術ができた時点から始まっていたと思うんだけど、そうなったらますます美しい写真や映像のような、情報に還元できるものは希少価値を帯びなくなってくる。こんなことを言うと怒られるけど、僕らはもう『モナ・リザ』の現物とほとんど変わらないモノを、簡単に手に入れられるようになる。
    そうしたときに、モノの持つアウラみたいなものは、ほとんど意味がなくなるんだろうと思う。だから、チームラボが時間感覚に介入しようとしているのは、すごく重要なことだと思うよ。
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  • 猪子寿之の〈人類を前に進めたい〉 第26回 超巨大スケールの「デジタイズド・ネイチャー」を実現したい!

    2017-12-21 07:00  
    550pt

    チームラボ代表・猪子寿之さんの連載〈人類を前に進めたい〉。今回は、パリ・中国・福岡・オーストラリアなど、国際的な場所で行われている最近のチームラボの展示を中心に、「境界のない世界」を表現するときの2つのアプローチについて考えました。北京オリンピックの開会式を手掛けたチャン・イーモウのショー『印象大紅袍』に衝撃を受けたという猪子さんが実現したい展示とは。そして猪子さんの故郷・徳島に馴染み深い「鳴門の渦潮」をモチーフにした新作にみる、新境地とは――?(構成:稲葉ほたて)
    パリに作り上げる「境界のない世界」
    猪子 来年、フランス、パリのラ・ヴィレットで展覧会「teamLab : Au-delà des limites(境界のない世界)」をします。コンセプト自体は、ロンドンで今年開催して、オープン2日目に全日のチケットが埋まった展覧会「teamLab: Transcending Boundaries」の延長だけど、会場が約2000平米と大規模になって、全く違う展覧会なんだ。

    ▲チームラボは、2018年、パリで展覧会「teamLab : Au-delà des limites(境界のない世界)」を開催。 
    宇野 会場自体がひとつの巨大な空間の作品みたいになっていて、チームラボワールドがぎゅっと凝縮されている感じなんだね。
    猪子 そう、多くの作品同士が混ざり合って、ひとつの空間を成しているんだ。
    入口は二つあって、一つの入口は、『グラフィティネイチャー』 につながっていて、その山を登って越えることで、他の作品に入っていけるようになっているわけ。他にも『秩序がなくともピースは成り立つ』や『追われるカラス、追うカラスも追われるカラス、そして超越する空間 』の発展形となるような作品の空間もあるんだけど、作品内のキャラクターやカラスたちは、他の空間に自由に出入りしていくんだよね。
    宇野 最近、チームラボは「境界のない世界」を表現するときに、二つの路線をとっていると思う。
    一つは、実空間で開放的に展示する「デジタイズド・ネイチャー」のシリーズ。そこでは、普段の生活では実感できない自然や歴史との接続面を可視化することを試みている。つまり、昼では見えない夜の世界を表現している。それは同時に、人間の身体的な知をいかに引き出していくかという試みでもある。
    それに対して、ロンドンの個展の延長線上として、作品同士の境界線をなくすという路線がある。こっちは「境界のない世界」を、むしろ情報テクノロジーで作られた閉鎖的な空間で表現しているよね。一定規模の空間に作品をかなり凝縮している。
    猪子 確かに、そうかもしれない。
    宇野 つまり、前者の「デジタイズド・ネイチャー」シリーズは人間の身体へのアプローチで、後者の作品同士の境界線をなくすというコンセプトの展覧会は、世界観の表現になっている。メッセージはどちらも同じなんだけれど、アプローチの方法が違う。
    そう考えると、2016年の展覧会「DMM.プラネッツ Art by teamLab」は、それらのハイブリッドだった点が良かったんだろうね。あと、個々の作品もすごく良かったけど、なにより最初に展示されている『やわらかいブラックホール』で、まず我々の身体にアプローチして、現実空間の認識がものすごくリセットされるわけじゃない? それくらいの仕掛けが、もしかしたらこのパリの展示にもあるといいんじゃないかなと思った。

    ▲『やわらかいブラックホール』 
    チャン・イーモウにチームラボはどう応えるか?
    猪子 話変わるけど、ちょうどこの前、中国に出張したとき、衝撃を受けたことがあって。北京オリンピック開会式の演出を手がけたチャン・イーモウの『印象大紅袍』というショーに出張先のクライアントに連れていってもらったんだけど、これが本当に凄まじかったの。

    ▲『印象大紅袍』の様子
    武夷山という山水が有名な中国の世界遺産でやってるんだけど、屋外に360度回転する巨大な客席を作って、さらにショーの舞台としても、ある方向には古い街並みまで作り込んでる。それらを、客席がぐるぐる回転しながらショーを見ていくの(笑)。
    別の方向には、客席の目の前が、崖と川、その向こうには山、つまり目の前に世界遺産の景色があるわけだよ。それで、例えば演者が「山!」と叫ぶと川の向こうの山に光がついて、川の向こうから帆船が30隻くらい来たりもして。あまりにスケールが大きすぎて豆粒みたいな大きさにしか見えないんだけど、ちゃんとその船の上にも演者さんがいて、船の上から芝居をやってるわけ。
    宇野 もう、色々とスケール感がすごいね(笑)。
    猪子 この武夷山は武夷岩茶というお茶の産地として有名なんだけど、この演目はそうした茶の歴史や文化を紐解いた物語になっている。だから、最後に演者さんがバァーと観客席に上がってきて、何をするのかと思っていると……僕らの目の前でお茶を振る舞ってくれるの! それがあまりに衝撃で、お陰様でその瞬間から僕は岩茶が世界一美味しいお茶だと思い込んでしまってるよ(笑)。
    しかもこの公演、中国の6箇所の世界遺産でそれぞれの土地に合わせたショーをやっているみたいなんだよね。世界遺産という素晴らしい場所をフルに活用して、昼は普通に散策できて、夜はその場所を生かして作り込んだ歴史的なショーをするわけ。もう、「模範解答だ!」って思ったよ。
    宇野 6箇所もあったら、全ての公演をコンプリートして観たいという欲を駆り立てられるよね。しかも絶対に一晩では、一つの場所で一つの公演しか観れないから、繰り返し行く動機になる。季節によっても様子が違うだろうし。それにしても、スケール感が圧倒的だよね。こんなこと、日本ではできないんじゃない?
    猪子 スケール感のあるショーって、たぶんアメリカ型の20世紀の舞台芸術をパワーアップさせたシルク・ドゥ・ソレイユがあって、ヨーロッパではオペラでたまに素晴らしい試みがある。今回の中国の『印象大紅袍』は、また違った形で発展させていて本当に感服した。
    宇野 経済発展をしながら北京オリンピックとかを乗り越えた中国が、世界遺産という巨大な舞台装置を使ったショーをこの規模でやれているということだよね。自信を感じるよ。
    猪子 実際、すごいクオリティだったから。
    宇野 ただ話を聞く限り、やっぱり20世紀型のショーなのは気になった。昼に自然を楽しませ、夜に人工的に作り込んだものを見せるという発想はチームラボの「デジタイズド・ネイチャー」シリーズの発想と近いけれど、『印象大紅袍』は、「作り込まれたものを観客が受け取る」という劇の根本的なコンセプトは崩してないわけでしょ。
    猪子 そうだね。
    宇野 だからこそ、僕はこれに対して、チームラボのノウハウを使って打ち返すべきだと思うよ。作品が展示された夜の街を人々が歩いていると、テクノロジーの力で可視化された歴史の文脈に接続されていく、みたいなものの方がいいと思う。
    猪子 それがさ、実際に『印象大紅袍』を観終わったぐらいの時期に、たまたまチャン・イーモウから「新しいプロジェクトを相談したいんだけど?」ってメールが来たんだよ。すごくない!? もう、どこかからチャン・イーモウに見られているんじゃないかと思ったよ(笑)。
    宇野 でも、チームラボに声がかかるのは必然だと思うよ。やっぱり20世紀って、メディア表現が異様なまでに奇形発達した時代で、今その揺り戻しが起きてるのが誰の目にも明らかなわけだよ。そこで、そもそもハリウッド映画はブロードウェイへのアンチとして始まったけれど、もはや劇映画自体が広くは終わろうとしていて、その中で舞台芸術を制作する人は自分たちのターンが回ってきてることを分かっていると思う。実際、モニターの中の情報を受信するのではなく、人々が足を運んで自分が体験するということが娯楽や文化の中心になりつつあるわけだしね。
    ただ、そこで従来の舞台芸術をやるのでは、ただの権威ビジネスにしかならないから、もっと大衆に開かれたものにアップデートする必要があると思う。つまり、表現そのものに手を入れなきゃいけないタイミングにきていて、そうした状況の中、チームラボのアートは特に魅力的に映っているんじゃないかな。猪子さんは前に「自分の最終目標はポスト劇映画としてのデジタルアートだ」ということを言ってたけれど、劇映画によって文化の中心の座から転がり落ちてしまった舞台芸術が、そうしたチームラボに声をかけてるのは面白い力学だよね。
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