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  • 「電通常勝」と彼女は言った ――『指原の乱』 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.092 ☆

    2014-06-13 07:00  
    220pt

    「電通常勝」と彼女は言った
    ――『指原の乱』
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2014.6.13 vol.092
    http://wakusei2nd.com

    初出:「ダ・ヴィンチ」2014年6月号
    今朝の「ほぼ惑」は、ダ・ヴィンチの6月号に掲載された
    宇野による『指原の乱』への評論です。
    福田雄一と、そして指原莉乃が、日本のメディアを覆う
    「テレビ的なもの」に対して行った介入とは――?
    ▲『指原の乱』vol.1 DVD(2枚組)
     
     先日、天気が良かったので気分転換に散歩に出かけた。自宅のある高田馬場からまっすぐ南下して、新宿東口にさしかかったところで平日の昼間とは思えない人ごみに遭遇した。いったい何事かと僕は不審に思ったのだが、「32年間ありがとう」という横断幕を目にしてすべてに合点がいった。その日、31日は国民的お昼のバラエティ番組『笑っていいとも!』の最終回の日であり、そのとき東口のアルタ前はこれからはじまる最後の生放送の現場にかけつけたファンでごった返していたのだ。僕は、その瞬間まで『いいとも』が最終回を迎えることを完全に忘れていたのだ。
     そして、僕は、Twitterにアップロードする写真を撮り終えると満足して、その場をあっさりと離れて行った。僕は東口のヨドバシカメラで最近ハマっているドイツの動物フィギュア(シュライヒ)を買うつもりで、ゆっくり選んで打ち合わせの時間までに高田馬場に戻るにはここで無駄な時間を過ごすわけにはいかなかった。
     僕は32年間この『笑っていいとも!』という番組を一度も面白いと感じたことがなかった。他に好きなものがたくさんあったせいか、子どもの頃から相対的に芸能界に関心が薄く、『いいとも』のあの、お互いのキャラクターをいじりあう空間を少しも楽しむことができなかった。僕にとってそれはまるで隣のクラスの内輪ネタを延々と見せられているようで、酷く退屈な代物だった。どうしても「この人たちはどうして自分たちのローカルな人間関係が社会そのものであるかのように振る舞えるのだろうか」と疑問に思ってしまう。
     もちろん、今でこそ僕も僕なりにこの番組の持つユニークさとその洗練を理解してはいるつもりだ。教科書的な解説を加えれば、国内において消費社会の進行と同時に、「大きな物語」の失効が顕在化していった80年代はテレビや雑誌といった(当時の文化空間を牽引した)メディアが、ベタに物語を語ることではなくメタ的なアプローチによってメジャーシーンを形成していった時代だった。具体的には『おしん』的な高度成長期のイデオロギーの通用しない都市部のアーリーアダプターたちに対し、メディアの担い手たちは物語のレベルでは「相対主義という名の絶対主義」をもって(80年代的相対主義、面白主義を東京のギョーカイの掲げる絶対的な価値として)振りかざし、そして形式的にはそんな「東京のギョーカイ」が「楽屋を半分見せる」ことで送り手と受け手、ブラウン管の中と外の境界線を曖昧にすることでリアリティを担保していった。糸井重里が本来添え物に過ぎない雑誌の投稿欄を主戦場に変え、秋元康が番組内でそこに出演するアイドルのオーディションの経過を公開していった。そうすることで、本来東京のギョーカイに縁のない僕らも、そことつながっているように感じられたし、そして東京のギョーカイへの憧れも肥大していったのだ。それがこの時期に隆盛した「テレビ的なもの」の本質だ。
     こうした手法は「客いじり」と「楽屋落ち」を基本にその笑いを組み立てていった萩本欽一と、彼の手がけた70年代のバラエティに起源を持つという(大見崇晴『「テレビリアリティ」の時代』)。そして70年代に萩本が培った手法はその批判的継承者であるビッグ3によって80年代のテレビシーンを、ひいては文化空間の性格を決定づけるものに成長した。そしてその最大の成果が『いいとも』だったのは間違いないだろう。台本らしい台本が存在せず、ただ、無目的で漫然としたお喋りと茶番じみた余興が、毎日のお昼休みに披露される。それはほとんど「楽屋」そのものであり、そしてその「楽屋」を共有することでその観客と視聴者もまたタモリの「友達の輪」に入っているような錯覚を覚えることができた。相対主義という名の絶対主義が、ギョーカイの内輪受けのおしゃべりという非物語が疑似的な大きな物語として機能することで、この国のテレビ文化は隆盛してきたと言っていい。
     だとすると、『いいとも』が成立していたのは、テレビがその圧倒的な訴求力と、それを背景に80年代に形成し90年代を席巻したギョーカイ幻想があってのことだ、ということになる。どれだけ「楽屋を半分見せる」いや、「楽屋そのものを見せる」手法が卓越していても、その楽屋に憧れない人間=テレビ芸能人を人気者だと思わない人間には一文の価値もないのだ。そして、消費社会の進行と情報環境の変化は僕のように感じる人間を飛躍的に増やしていったのだと思う。こうして『いいとも』は過去のものになっていったのだろう。
     実際、インターネットの若者層の間では「テレビっぽい」という言葉が「サムい」と同義で使われはじめて久しい。メディアの多様化はテレビ=世間という等式を崩しつつあり、そこに胡坐をかいた番組作りが東京の業界人の内輪受け以上には映らなくなり始めているのだ。
     
     たぶん、僕が最終回以前に『いいとも』に触れたのは後にも先にも一回だけだったと思う。それは昨年のAKB総選挙で1位を獲得した指原莉乃が、その勝利スピーチのクライマックスを『いいとも』ネタで締めたことに対して、僕は苦言を呈したのだ。
      そう、僕はAKB48がテレビに近づいていくことを、あまりいいことだと思っていない。なぜならば、AKB48はテレビとは異なる方法で人を惹き付けることに成功したところにその本質があると考えているからだ。僕が『いいとも』に出てくる芸能人たちには何の思い入れも持つことができない一方で、AKB48を応援することはできるのもそのためだ。楽屋を半分見せられることくらいでは、そもそもかつてほど「東京」の「ギョーカイ」が輝いていない現代、もはや僕らは彼らに憧れることはできない。だから『いいとも』は終わった。しかし、たとえ「クラスで四~五番目に可愛い女子」の集まりでも(いや、だからこそ)総選挙で票を入れ、握手会の列にならんで直接話すことで自分たちもこのゲームに参加しているという実感が得られる。タモリの友達の輪には入れない(入りたいとも思えない)僕も、AKB48には確実に参加できる。だから同じローカルサークルの内輪話でも、「テレフォンショッキング」には興味を持てないが彼女たちのおしゃべりには興味を持つことができるのだ。
     だからこそ、指原が自らの『いいとも』レギュラーメンバーとしてのアイデンティティを訴える姿は、僕にはあまり気持ちのいいものではなかった。あたらしい方法でポピュラリティを獲得したAKB48がその力をテレビを席巻することに行使していくこと、そしてメンバーの多くがテレビを中心としたあの芸能界に、「友達の輪」に入ることを名誉に考えていることは今現在の、まだ更新され切っていない文化状況や、秋元康プロデューサーの出自を考えればある程度はやむを得ないことだと分かってはいたものの、どこか寂しいものがあった。
     あれからずっと、僕は相変わらず『いいとも』的なものが、「テレビ的な」ものが嫌いで、いまだにテレビ=世間だと思っている傲慢な業界人と鈍感な視聴者を軽蔑していて、そのくせテレビドラマと特撮とアニメと、そしてAKB48だけは大好きだった。「友達の輪」には入りたいと思わなかったけれど握手会の列には並んでいた。僕は深夜番組やコンサート会場で繰り広げられる彼女たちのおしゃべり──他愛もない身内いじりの連鎖──を眺めるたびに、ああ、『いいとも』のようだと思っていた。だからこうして観客との結び方さえ間違えなければ、『いいとも』的な手法は、「テレビ」的な手法はまだまだ有効なのだと確信していた。
     しかし今のテレビは良くも悪くも「テレビ的なもの」を捨てつつある。たとえば現代の視聴率競争の覇者であるテレビ朝日の情報バラエティ番組のことを考えてみよう。そこに存在するのはたとえば「ファミリーレストランの人気メニューベスト5」といった類いの、静的な情報が配置されているだけのものだ。要するにそれはGoogle検索ができない人のために、その数秒もかからない検索をテレビ局が代行し、公共の電波に乗せているのだと言える。そして現代のテレビは少なくとも商業的にはこれが「正解」なのは間違いない。テレビは、Googleを使えない人たちの補助輪に成り下がったのだ。
     あるいは同じテレビ朝日の物語系の番組群を考えてみよう──「刑事もの」「時代劇」「特撮」を得意とするテレビ朝日は、ここでは逆に徹底的に作り込まれた完全な「虚構」を提供することに注力している。要するに、同局は現実そのもの=情報バラエティ番組=データベースと、完全な虚構=ジャンルドラマ群=ファンタジーという二極化することで、視聴率を獲得していると言える。これはかつてのフジテレビのバラエティ番組が象徴する、「楽屋オチ」「内輪ウケ」を中核にした番組作り──送り手と受け手、業界と非業界、現実と虚構の境界線を曖昧にすることで独特の「テレビ的な」リアリティを確保するという「思想」の真逆だと言える。そしてこの「フジテレビの思想」はいま完全に敗北しつつあり、結果的に台頭した「テレビ朝日の手法」が勝利を手にしているのだ。そしてこの状況を見る限り、現代のテレビ朝日的なものこそがこれからの「テレビ」の基本線になっていく可能性が高い。
     では、そうならない可能性は本当にないのか、というのが今回の問いだ。はっきり言ってしまえば、かなり厳しい。しかし可能性はゼロではないと思う、というのが僕の回答だ。そして僕はそんな僅かな可能性を、それもかなり露悪的かつアクロバティックなかたちで示した番組についてここで論じようと思う。
     そしてその番組の主役を務めていたのは、皮肉にも、そしてまたしてもあの指原莉乃だった。
     昨年10月からはじまり、奇しくも『いいとも』と同じこの三月に終了したテレビ東京の深夜番組『指原の乱』は、圧倒的な破壊力をもって僕たちの前に登場した。指原莉乃が番組の企画者にして構成作家である福田雄一の前にひたすら夢を、いや、より正確には極めて即物的な欲望を語る。写真集を出したい、ラーメンをプロデュースしたい、映画を撮りたいetc…。そして指原は福田と実現に向けて動き出すのだが、しかし毎回その極めてテキトーな発想の前には無数の身も蓋もない現実が(特に資金面で)立ちはだかる。その結果、指原はひたすら番組を担当する大手広告代理店(電通)にゴネる。「なんとかしてくださいよ、電通さん」「常勝電通でしょ」「そこは電通さんで」と。