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記事 632件
  • 本日20:00から放送!宇野常寛の〈木曜解放区 〉 2019.5.23

    2019-05-23 07:30  
    本日20:00からは、宇野常寛の〈木曜解放区 〉

    20:00から、宇野常寛の〈木曜解放区 〉生放送です!〈木曜解放区〉は、評論家の宇野常寛が政治からサブカルチャーまで、既存のメディアでは物足りない、欲張りな視聴者のために思う存分語り尽くす番組です。今夜の放送もお見逃しなく!
    ★★今夜のラインナップ★★メールテーマ「休みの日の過ごし方」今週の1本「アベンジャーズ / エンドゲーム」アシナビコーナー「加藤るみの映画館の女神」and more…今夜の放送もお見逃しなく!
    ▼放送情報放送日時:本日5月23日(木)20:00〜21:30☆☆放送URLはこちら☆☆
    ▼出演者
    ナビゲーター:宇野常寛アシスタントナビ:加藤るみ(タレント)
    ▼ハッシュタグ
    Twitterのハッシュタグは「#木曜解放区」です。
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    番組では、皆さんからのおたよりを募集しています。番組へのご意見・ご感想、宇野
  • 宇野常寛 NewsX vol.30 ゲスト: 佐渡島庸平「これからのクリエイターの育て方」【毎週月曜配信】

    2019-05-20 07:00  
    540pt

    宇野常寛が火曜日のキャスターを担当する番組「NewsX」(dTVチャンネルにて放送中)の書き起こしをお届けします。4月9日に放送されたvol.30のテーマは「これからのクリエイターの育て方」。株式会社コルクの佐渡島庸平さんをゲストに迎えて、「自分の物語」が中心になった時代にコンテンツは何ができるのか。マスメディアではなくコミュニティと繋がって生きる新しいクリエイターのあり方について考えます。(構成:佐藤雄)
    NewsX vol.30 「これからのクリエイターの育て方」 2019年4月9日放送 ゲスト:佐渡島庸平(株式会社コルク) アシスタント:加藤るみ
    宇野常寛の担当する「NewsX」火曜日は毎週22:00より、dTVチャンネルで生放送中です。 番組公式ページ dTVチャンネルで視聴するための詳細はこちら。 なお、弊社オンラインサロン「PLANETS CLUB」では、放送後1週間後にアーカイブ動画を会員限定でアップしています。
    日本のマンガはもう売れない! 今必要な「エンタメのIT化」とは?
    加藤 NewsX火曜日、今日のゲストは株式会社コルク代表の佐渡島庸平さんです。佐渡島さんと宇野さんはどこでお知り合いになったんですか?
    佐渡島 私が独立してから会いました。宇野さんのイベントによく呼んでもらっています。
    宇野 PLANETSを見てくれている人には常連になっていますね。
    加藤 佐渡島さんのコルクという会社を簡単に説明いただけますでしょうか。
    佐渡島 もともと僕は講談社で編集者をやってたんです。アメリカだとクリエイターはエージェント会社と契約していることが多くて、エージェントはクリエイター側に立ってどういう戦略を練れば良いか考える仕組みがあるんですが、日本ではまだ数少ないのです。作家は全部自分で出版社と交渉しなきゃいけないんですよね。だから日本では実質的に作家は出版社と交渉ができない存在だったんです。そこを世界基準に合わせたほうが良いなって思って、クリエイターのエージェント会社を作った感じですね。
    加藤 今日のテーマはこちら「これからのクリエイターの育て方」です。
    宇野 僕はコルクがやっていることは大きく分けて2つあると思う。自分も書き手だからよくわかるんだけど、日本は圧倒的に作家の立場が弱い国。そこに作家のエージェントという文化を入れることで作家の権利をしっかり保護するシステムを日本に根付かせるのが最初のミッション。もうひとつが、インターネットの登場によって根本的に世界中の文化産業の仕組みが揺らいでいる。従来の出版ビジネスや放送ビジネスが成り立たない時代にどう作家と作品を守っていくのか。そのための新しい仕組みづくりが必要で、そこに挑戦している。それが第二のミッション。外から見ると今は第二のミッションの比重のほうが大きくなっていると思う。
    佐渡島 たとえばテレビ業界で働いていて、ニュース番組を作っている人がいるとします。田舎に戻って、親戚のおばちゃんに「テレビ業界で働いてるならドラマ作れるでしょ。ちょっと家族ドラマ撮って」みたいなことを言われる。同じテレビでもニュースとドラマは違うし、同じドラマでもテレビドラマと映画では脚本のルールや映像の撮り方が違う。ほんの少しメディアが変わるだけで文法が全然変わるんです。マンガ文化も貸本が雑誌連載になったことで、マンガの描き方はすごく変わっていってた。さらに、今まで紙の本で楽しんでいたものがスマホで読むものに変わってきた。メディアが変わると絶対に中のコンテンツの在り方も変わるはずなんですよ。 中国ではそれがすごくうまく変わりだしています。5〜6年前の中国では日本の海賊版マンガを無料で読めるマンガアプリが500万ダウンロード近くあったんですよ。日本人の感覚だと、それだけ読まれていたら日本のマンガが輸出できないって考えるんですけど、中国の人口で考えると500万ダウンロードは少なすぎて投資に値しないんです。中国人マンガ家のチェン・アンニーという人が自分で「快看漫画(クァイカンマンホア)」というマンガアプリ作っているんですけど、それが今どれくらいダウンロードされているか知っていますか?
    宇野 500万よりは多いってことですよね。2000万とか?
    佐渡島 1億4000万ダウンロードになります。MUU(マンスリーユニークユーザー)は4000万人いて、掲載されている漫画は全部縦スクロールなんですよ。4〜5年前に中国の会社との交渉に日本のマンガを持っていくと一応は買ってくれたんです。それが今、クァイカンと交渉すると「日本のマンガは誰も読まないので要らないです」って言われるんです。縦スクロールじゃないと誰も読まない。クァイカンは今1000人のマンガ家を抱えています。中国人は今は平均所得が上がってきてるので、むちゃくちゃ課金するんですよ。好きなマンガのためなら、日本人よりも所得の低い人が、それなりの価格帯でも全然課金する。中国人が無料じゃないと読まないなんてことは全然ないんです。 それに合わせて、日本のマンガも作り方や内容が変わっていかなきゃいけないんですが、日本の出版社のシステムがあまりにもうまくいきすぎていた。もちろん書店や出版社が潰れるようなことはもう起きてますけど、2000年からの約20年間、ほぼ右肩下がりの業界なのに大手出版社でまともなリストラがまだ起きてないのは、それだけ余裕のあった仕組みなんだと思います。非常に優れた仕組みの上で、まだマンガが売れていて、電子書籍市場もマンガに牽引されてどんどん大きくなっているという状況です。さらに日本ではほとんどの出版社が上場していないので、イノベーションのジレンマが起きまくっています。今ジャンプとマガジンがコラボをやってますけど、それは「マンガのIT化」が起きているだけで、僕らのところで起きなきゃいけないのは「エンタメのIT化」なんです。人材がまったく流出してないので、エンタメのIT化に挑戦しているクリエイティブを支える周辺人材がまったくいないんです。新しいクリエイターと一緒にそれを作っていくというのが、今僕がやってることです。
    加藤 本日のテーマにいきたいと思います。「クリエイターエージェント業について」。既にお話いただいてますが、もう少しお話いただければと思います。
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  • 統計学者・鳥越規央インタビュー(前編)セイバーメトリクス以降の優雅?で感傷的?な日本野球(PLANETSアーカイブス)

    2019-05-17 07:00  
    540pt

    今朝のPLANETSアーカイブスは、統計学者・鳥越規央さんへのインタビューです。映画『マネーボール』などでも脚光を浴びた、「野球を統計で分析する」手法=「セイバーメトリクス」の歴史と現在についてお話を聞きました。スポーツだけでなく、AKBのような文化興行や政治にまで射程を及ぼすセイバーメトリクス、その本当のポテンシャルとは――?(聞き手・構成:中野慧) ※この記事は2015年2月10日に配信された記事の再配信です。
     セイバーメトリクス――この聞き慣れない単語が徐々に広まり始めたきっかけは、やはりブラッド・ピット主演で映画化された『マネーボール』(2011年)だろう。米オークランド・アスレチックスの敏腕GM(ゼネラルマネージャー)として弱小球団を強豪に育て上げたビリー・ビーン。彼はそれまでのアナクロなスカウティングシステムを拒否し、徹底的なデータ活用(=セイバーメトリクス)によって、強豪球団から声のかかることのない一見実力のない選手たちを安価な給料で集め、アスレチックスを強いチームに育て上げていく。そのビリー・ビーンを描いたこの映画は、「弱者の一撃」という古典的なストーリーラインに加えて、脚本のアーロン・ソーキン(『ソーシャル・ネットワーク』他)らによる、人情話に重きを置きがちだったそれまでの野球映画と異なる冷徹な描き方が、野球好きのみならず映画ファンのあいだでも高く評価された。

    ▲『マネーボール』2011年/ブラッド・ピット(主演)ベネット・ミラー(監督)アーロン・ソーキン(脚本)他
     しかしこの「セイバーメトリクスによる革命」はアメリカに限ったものではなく、まさに「耐用年数を過ぎた戦後文化の象徴」たる日本のプロ野球にも2000年代以降導入され、それによって球界の勢力図も急速に塗り変わりつつある。
     今回は日本におけるセイバーメトリクスの第一人者で(実はAKBオタでもある)統計学者・鳥越規央先生をお招きし、セイバーメトリクスの歴史や日本におけるローカライズ、そして他分野への応用可能性についてお話を伺った。
    ■オタクとインターネットがセイバーメトリクスを作り上げた
    ――「セイバーメトリクス」というものはこれまでのような打率や打点、投手なら勝利数や防御率のようなわかりやすい指標ではなく、「もっと細かく色んな数字を組み合わせることで、選手の能力をより精緻に数値化することができる」ということを打ち出し、それらのデータをもとに選手を集めチームを強くしようという手法ですよね。このセイバーメトリクスは、そもそもどのようにして生まれてきたんでしょうか。
    鳥越 もともと「データで野球を見る」という観戦文化はアメリカでも一部のマニアのあいだで昔からあったのですが、セイバーメトリクスそのものは、1970年代前半のビル・ジェームズという退役軍人が始祖であると言われています。彼は友達の靴屋でバイトをしながら野球を見ていて、もともと野球好きだからとデータを取っていった。そうしたら面白いことが分かってきて、それらをまとめて自費出版したんですね。
     最初は全然売れず、一説には75人しか購入しなかったといわれてます。ですが、これまでの野球のセオリーに反するような分析結果もデータから証明できるという面白さが、だんだんマニアの口コミで広がっていったんですね。版を重ねるに連れ、購読者も増えその結果、スポーツ・イラストレイテッドのライターの目に留り、1982年に出版社から販売されるとたちまちベストセラーになったのです。ただやはりというか、日本と同じようにアメリカでも「野球の素人がこんなこと言っても俺たちは騙されないぞ!」みたいな感じで現場ではなかなか受け入れられなかったようです。
     セイバーメトリクスが面白いのは、「思い込みを是正する」という部分です。たとえば、野球の世界だと「ノーアウト満塁は点数が入りにくい」というのがありまして。
    ――「大チャンスに見えるけど、実は得点するのが難しい」という野球界の定説ですよね。ノーアウト3塁やノーアウト2・3塁に比べると内野ゴロをホームでフォースアウト→一塁に転送でダブルプレーを取られやすいですとか、スクイズしても走者へのタッチでなくホームベースへの触塁だけでアウトにできるからとか、いろんな理由が言われていますよね。
    鳥越 でも、ノーアウト1塁、ワンナウト1・3塁、2アウト2塁……等々、状況別に整理したデータを見ると、得点が入る期待値が一番高いのってノーアウト満塁なんです。
     なぜ野球界で「ノーアウト満塁では点が入りにくい」という説が流布するかというと、一番点数が入りやすそうなチャンスであるにも関わらず、自分のひいきのチームがノーアウト満塁で無得点に終わったらそのショックが大きすぎて、実際は点が入ってる場面が多いにもかかわらず心の中で「ノーアウト満塁は点が入りにくい」という思い込みを形成してしまうからですね。
     セイバーメトリクスって、そういう「人間の思い込みを是正する」というのがテーマなんです。「思い込み」はプレイヤーの方にもあるようで、これはロッテのコーチから実際に聴いた話なのですが、自分はコントロールが悪いと思い込んでいる投手がいて、「いや、君の三振率とフォアボール率の比率(K/BB という指標)を見ると平均よりも高いんだから、自分でノーコンと決めつけることないよ」と諭したりできる。余計な悩みだったことがわかれば、選手自身も自分が本当に改善すべきポイントが見えてきますよね。
    ――なるほど。ちなみに、セイバーメトリクスの始祖であるビル・ジェームズや、その後この手法を発展させていったのってどういう人たちだったんですか? 『マネーボール』でも描かれていましたが、必ずしも元プレイヤーだったりするわけではないわけですよね。
    鳥越 それは「野球オタク」のみなさんですね。セイバーメトリクスの語源となったアメリカ野球学会(Society for American Baseball Researchのこと。頭文字を取った「SABR」をセイバーと発音する)というものがありまして、僕は2007年に参加したんですが、とにかく参加者すべて「オタク」臭を漂わせている人たちばかり。会場のロビーでは野球カードに興じる人達もいれば、オールドスタイルのユニフォームを身にまとう人もいたりで、まさに「野球版コミケ」ですよ。参加者の内訳ですが、いわゆるアナリストと言われる人は4割ぐらいで、あとは企業の社長だったりお医者さんだったり、作家さんだったり、本当に野球が大好きで趣味でデータ分析をしている人たちの集い、という感じでしたね。
     コンピュータやネット環境が発達したことによって、そういう人たちが自分なりの分析を発表できる時代になった。その分析を見て、さらにいろんな人たちが考えて改良を重ねていくわけです。
    ――ソフトウェア開発でいうならオープンソースのように、ボトムアップで作られていったんですね。
    鳥越 そういうことですね。例えばピッチャーの評価法に、DIPS(Defense Independent Pitching Statistics)という概念があります。これは「失点のピッチャーによる責任ってどこまでなんだろう?」ということを考えたときに、運とかチームの守備力といった「投手自身ではコントロールできない」部分の影響はできるだけ排除してあげたいと思うわけです。でも一方で、例えば「ホームラン打たれるのは投手の責任だよなぁ」とか、「フォアボールを与えたりするのは明らかにピッチャーの責任」とか「逆に三振を取るのはピッチャーの力量のみに依存する」といった考えから 「じゃあこの3つの指標だけでピッチャーを評価してみるのはどうか?」ということを誰かが提起するんです。この場合の「誰か」というのはボロス・マクラッケンという人なんですけど。そうすると、色んなセイバーメトリシャンがそれに基づいて「自分はこう考える」といろんな意見を出し合って、一番理に適い、しかも計算が容易な指標が普及していくんですね。DIPSの中で今一番普及しているのはトム・タンゴが提唱したFIP (Fielding Independent Pitching) という指標です。ちなみにこのFIPという指標は先発・中継ぎ・抑えも同様に評価できるので、今では主要な指標のひとつとなっています。
     さらには、野手も投手も究極的に同じ指標で評価することのできるWAR(Wins Abobe Replacemnt)が出てきたり、これまでセイバーメトリクスの中でメジャーな指標だったOPS(出塁率+長打率。打率などよりもより得点貢献への相関が高いとされる)よりもRC (Runs Created) や XR (eXtrapolated Runs) 、さらにはwOBA(Weighted On-Base Average)というように、どんどん新しい指標が提案されていくんですね。
    ――野球には「この選手は打率や打点とかではあんまりパッとした数字は出ていないけれど、なぜかいつも強いチームにいる」ということがよくありますよね。そういったかたちで、これまではっきりとした数字は出ていなかった「なんとなく」だったり「空気感」のような部分を、より細かな指標で可視化させるというのが、セイバーメトリクスの大きな意義ですよね。
    鳥越 その意味では最近、「運」というものを数値化しようという考え方が出てきています。選手本人の調子が悪くなくても、不運が重なって思うように成績を残せないことがよくありますが、たとえばバービップ(BABIP)という指標はその「運」「不運」を可視化しようというものです。
     投手が投げた球を打者に打たれて、それがフェアゾーンに飛んだとき(ホームランを除く)にそれがヒットになる確率って、ほとんどの投手で3割付近に収束するという理論があるんです。たとえば今季、ある投手の調子が悪いなと思ったときにBABIPを見たら3割5分だった、と。そうなると、その選手の調子が悪いというよりも、チームの守備がまずかったり、たまたま転がったところが悪かっただけである可能性が高いと考えられる。なので翌年は本来の数字に戻せるのではと推測する。逆に成績がよくてもBABIPが2割5分だったら運に助けられている部分が大きいから、次のシーズンは成績がよくないかもしれないと予想できる。
    ――そのセイバーメトリクスが一部のマニアだけでなく、アメリカで少しずつ世の中に広がり始めたきっかけってなんだったんでしょうか? やはりビリー・ビーンの登場が大きい……?
    鳥越 いや、大きなきっかけになったのは『ファンタジーベースボール』でしょうね。ビリー・ビーンがチーム編成にセイバーメトリクスを取り入れ始めたのは90年代前半以降ですが、ほぼ時を同じくして『ファンタジーベースボール』がネット上で爆発的に普及し始めました。
     『ファンタジーベースボール』というのは、オンラインゲームの一種で、サラリーキャップ(選手の総年俸額を制限すること)の中で自分たちの夢のチームを作るというものです。実際のメジャーリーガーを題材にしていまして、彼らの現実世界での活躍がゲームでの加点対象になるのです。サラリーキャップですからオールスター級の選手を集められるわけじゃないですよね。だから実際の成績を見て、コストが安いけど良い成績を残している選手を集めていく。これはまさにビリー・ビーンのやっていることと同じですね。プレイヤーがデータを見て年俸の安い若手を雇った結果、その選手が実際に活躍してチームに大きなポイントをもたらしたとき、プレイヤー冥利につきるのでしょうね。
    ■パ・リーグを中心にセイバーメトリクスが普及した2000年代
    ――セイバーメトリクスの日本での受容についても伺っていきたいのですが、そもそも「野球にデータを導入する」という意味では、日本では90年代ヤクルト・野村克也監督の「ID野球」もありましたよね。鳥越さんの著書では、要するにID野球というのは野村監督の経験知に負う部分をデータ化・定式化していたものだったという分析も書かれていました。そうなるとID野球とセイバーメトリクスはまったく別物ということなんでしょうか?
    鳥越 セイバーメトリクスのスタート地点では対極にあるものだったと考えています。僕は「ミクロの視点」と「マクロの視点」というふうに整理していますが、ミクロの視点で「次のノーアウト1,2塁でボールカウント2-1で、ここからはこう投げたらいい」という一瞬一瞬の判断をする際に、野村ID野球の経験知が使えるんだと思います。ですがセイバーメトリクスはミクロな判断というよりは、「この選手は科学的に見るとこういう成績だったから、この人の評価はこうですよ」というマクロな視点を与えるものなんです。
    ――なるほど。では、アメリカ流のセイバーメトリクスが日本で本格的に受容され始めたのは、いつぐらいなんでしょうか。
    鳥越 一番最初に導入したと言われているのは、ロッテの監督を二度にわたり務めたボビー・バレンタインですね。もともとテキサス・レンジャーズで監督をやっていた方なので当然、セイバーメトリクス的考え方を身につけていたわけです。彼が最初に日本に来たのは1995年ですが、ポール・プポという統計の専門家をフロントに招聘して積極的にデータの活用を推し進めた。それで万年Bクラスだったロッテをいきなり2位に押し上げ、ファンのあいだでも大変支持されていたんですが、残念ながら彼のやり方は当時のフロントやコーチ陣に受け入れられなかった。やっぱり「俺たちの意見よりもデータを見るのか!」と反発する人が多いわけです。
    ――日本のプロ野球全体が、職人芸のようなスカウティングを頼りにしていた時代ですよね。
    鳥越 やっぱり「職人さんの粋な腕を評価する」という文化が日本にはあるわけですね。しかしその後約10年間、ロッテはBクラスに沈んだため、ファンは余計にバレンタインの復帰を待望するようになっていったのです。
    ――そのバレンタインがロッテの監督に復帰したのは2004年で、1期目と2期目には約10年の間がありますよね。ちょうどこの時期はビリー・ビーンの手法がメジャーでかなり注目され始めた時期だと思うのですが、その間にセイバーメトリクスを導入していった日本の球団ってあるんでしょうか?
    鳥越 ボビーが戻ってくるのと同時期、2004年に日本ハムファイターズが東京から北海道に本拠を移したのですが、それを機に、2005年頃に導入しています。デトロイト・タイガースのGM補佐から、阪神の総務部次長へと歴任された吉村浩さんをヘッドハンティングしたんですね。彼はセイバーメトリクスの知識を持っていて、1億円かけてBOS(Baseball Operation System)というシステム作り、それを基にフロント主体でチーム作りをやっていくことになったんです。
     一方で同じ頃ロッテに復帰したボビーは、パ・リーグの予告先発制度を活用して、相手の先発投手に相性のよい打者を選んで毎試合打順を組むという大胆なことをやって、前の日4番だった里崎が次の日にはスタメン落ち,その翌日は9番だったりするもんだから「猫の目打線」なんて呼ばれていたりしましたね。結局2005年シーズンはロッテがパ・リーグのチーム得点1位の攻撃力でクライマックス・シリーズを勝ち抜き優勝、阪神との日本シリーズは4勝0敗の圧勝で日本一になったわけです。そのシリーズでの両チームの総得点33−4は、いまでもネット上で大差の例えとして使われていますよね。
    ――ロッテと日ハム以外に、セイバーメトリクスを導入していった球団ってどういうところがあるんですか?
    鳥越 今だと、楽天が2012年から導入していますね。8月から立花陽三さんという、元々ソロモン・ブラザーズ、ゴールドマン・サックス、メルリンチなどで証券マンをやってた人を球団社長に迎えたんですね。彼はまず「我々でもわかるように楽天の戦力を数値化しろ」と指令した。そのためにセイバーメトリクスの分析をしている会社と契約して、2012年のシーズンが終わったところで分析結果を見てみたら、田中将大投手を中心に投手陣は揃っていて十分戦えるが、打線の方は4番・5番が穴だということがわかった。そこで右の長距離砲に狙いを定めて調査したところ、スカウトがA.J(アンドリュー・ジョーンズ)とマギーをリストアップしてきた。そこで立花さんが自ら交渉に向かい中軸を埋めた。そして2013年、投打がうまく噛み合って日本一になったわけです。
     それからソフトバンクも日本IBM、クロスキャットとともに「χ援隊(かいえんたい)」と名付けられたデータ解析、レポート配信システムを構築しまして、スコアラーだけでなく、首脳陣や選手すべてに支給されたiphone、ipadにリアルタイムで分析したデータを配信、チーム内で共有できるようになりました。パ・リーグ優勝がかかった2014年10月2日の対オリックス戦で、10回裏1アウト満塁、一打決めればサヨナラ優勝という場面での松田がベンチ前でスタッフが手にしたデータを凝視しているシーンはちょっと感慨深いものがありましたね。
    ――パ・リーグを中心にセイバーメトリクスが普及して勢力図がどんどん書き換わっていったわけですね。しかしこれだけセイバーメトリクスが有名になってきているのに、セ・リーグのチームは導入していないんですか?
     
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  • 宇野常寛 NewsX vol.29 ゲスト:隅屋輝佳 「市民が法律を〈つくる〉方法」【毎週月曜配信】

    2019-05-13 07:00  
    540pt

    宇野常寛が火曜日のキャスターを担当する番組「NewsX」(dTVチャンネルにて放送中)の書き起こしをお届けします。4月2日に放送されたvol.29のテーマは「市民が法律を〈つくる〉方法」。Pnika(プニカ)代表理事の隅屋輝佳さんをゲストに迎え、民間のニーズに応える法律の改正を可能にするには、どのような仕組みが求められるのか。インターネットを活用した海外の事例の紹介を交えながら、あるべき法律と社会の関係について考えていきます。(構成:籔 和馬)
    NewsX vol.29 「市民が法律を〈つくる〉方法」 2019年4月2日放送 ゲスト:隅屋輝佳(Pnika代表理事) アシスタント:得能絵里子
    宇野常寛の担当する「NewsX」火曜日は毎週22:00より、dTVチャンネルで生放送中です。 番組公式ページ dTVチャンネルで視聴するための詳細はこちら。 なお、弊社オンラインサロン「PLANETS CLUB」では、放送後1週間後にアーカイブ動画を会員限定でアップしています。
    現在の市民生活の障壁となる法律の問題
    得能 NewsX火曜日、今日のゲストは一般社団法人Pnika代表理事の隅屋輝佳です。宇野さんと隅屋さんはどのようにしてお知り合いになったんですか?
    宇野 Yahoo! JAPANの安宅和人さんという有名なデータサイエンティストがいるんだけれど、彼が主催している勉強会で一緒で、そこで知り合ったという感じ。
    得能 隅屋さんはどういう活動をしていらっしゃるんでしょうか?
    隅屋 社会のルールである法律を限られた人だけではなくて、いろんな立場の人、マルチセクターで一緒に考えて一緒につくることを可能にする新しい仕組みをつくりたいと思って活動している団体が、一般社団法人Pnikaです。
    得能 今日のテーマは「市民が法律を〈つくる〉方法」です。
    宇野 法律は立法府でつくられるし、もう少しレベルが低い政令や省令などは行政が定めるんだけど、僕ら市民がそれに直接コミットすることは難しいイメージがあると思うんですよ。でも隅屋さんたちは、今のインターネットや情報テクノロジーを使って、それを可能にしていく、市民と法律との距離を近づける活動をしようとしている。選挙で立法府に自分たちの代弁者を送り込んで世の中を変える。あるいは市民運動やデモなどで時の政権に圧力を加える。または、ある種のコネ政治的なロビイングなど、いろんな政治参加の方法はあるんだけれど、今までにない新しい方法をテクノロジーを背景につくろうとしている運動だと思うんですよ。
    得能 最初のキーワードは「法律の『壁』 法律の『ハードル』」です。
    宇野 今の日本に限らず、法律は常にアップデートされないといけないんだけれど、現行の民主主義の制度では変えるのに時間がかかったりする。法律が僕らの市民生活やビジネスの現場のイノベーションの邪魔をしているケースもあるんだよね。法律の内容もそうなんだけど、法律のあり方に問題がある。法律と市民との距離が、僕らの市民生活やビジネスを難しくしている側面があるはずなんですよ。そういうところに注目して、隅屋さんたちのPnikaは活動しているので、そこの問題整理から始めてみたいと思っています。
    隅屋 イノベーションがこんなに必要とされる時代もないし、いろんな新しい文化やIoTのような、今までの業種の枠組みにとらわれない新しいプラットフォームビジネスがたくさん起こってきていると思うんです。でも、それを前提としていない法律が邪魔してしまっている。そういう事例がたくさん起こってしまっています。だから、法律の内容やプロセスを変えていく必要があると思って活動しています。実際にどういうところの法律が、自分たちの市民生活と乖離しているんだろうというところを、具体例としてお見せしたほうがいいと思うので、いくつかの例を持ってきました。
    Fight for the Japanese Tatto culture
    隅屋 たとえば、あまり私も馴染みがないんですけど、一部アートとして海外では認められているタトゥー、それに対して、クラウドファンディング等で裁判費用を集めるのが話題になっています。タトゥーの彫り師が全員医師か。○か×かという、そういうようなことで。

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  • 本日20:00から放送!宇野常寛の〈木曜解放区 〉 2019.5.9

    2019-05-09 07:30  
    本日20:00からは、宇野常寛の〈木曜解放区 〉

    20:00から、宇野常寛の〈木曜解放区 〉生放送です!〈木曜解放区〉は、評論家の宇野常寛が政治からサブカルチャーまで、既存のメディアでは物足りない、欲張りな視聴者のために思う存分語り尽くす番組です。今夜の放送もお見逃しなく!
    ★★今夜のラインナップ★★メールテーマ「引っ越し」今週の1本「バースデー・ワンダーランド」アシナビコーナー「井本光俊、世界を語る」and more…今夜の放送もお見逃しなく!
    ▼放送情報放送日時:本日5月9日(木)20:00〜21:30☆☆放送URLはこちら☆☆
    ▼出演者
    ナビゲーター:宇野常寛アシスタントナビ:井本光俊(編集者)
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  • 宇野常寛ロングインタビュー 「2020年東京五輪に向けて、僕たちはどんな未来を構想し、そして実行していくべきか?」(PLANETSアーカイブス)

    2019-05-06 07:00  
    540pt

    今朝のPLANETSアーカイブスは、2020年の東京オリンピックについての宇野常寛へのインタビューです。『PLANETS vol.9 東京2020 オルタナティブ・オリンピック・プロジェクト』の発売を控えて、東京とオリンピックが抱える課題と目指すべき未来像について徹底的に語りました。(構成:中野慧) ※この記事は2014年9月13日に配信された記事の再配信です。
    ▲『PLANETS vol.9 東京2020 オルタナティブ・オリンピック・プロジェクト』
    ■「64年の東京五輪をもう一度!」というノスタルジーにどう向き合うか
     
    ――ポップカルチャーをはじめとした「文化」の側から発言してきた宇野常寛という評論家が、スポーツの祭典であるオリンピックについて提言しようと考えたきっかけはどんなものだったんでしょうか。
    宇野 2020年の東京オリンピックが決定したとき、これは放っておけないなと思った。このままだと2020年の東京五輪は、戦後日本の最後の盛り上がりに、線香花火が落ちる前にぱっと輝くあの最後の一瞬になってしまうんじゃないかと思ったんですよ。実際に、今回の東京五輪招致運動には、1964年の最初の東京五輪の時代の、高度成長の頃の日本を取り戻したいという願望が終始見え隠れしていたと思うわけ。あの日本人が自信を取り戻した64年よもう一度、とね。
    でも、当時とは何もかも違う今の下り坂を転がり落ちる日本に、無理矢理オリンピックを呼んで表面的に元気なふりをしても何も生まないと思う。いい加減にこの国は「プロジェクトX」や『ALWAYS 三丁目の夕日』的な「あの頃はよかった」というノスタルジーから脱却すべきだと思う。
    だから僕は逆に、自分たちが考える2020年のオリンピックを提案してやろうと思ったんですよね。亡くしたものの数を数えながら、過去の成功体験に逃げ込んで現実から目を逸らすのではなく、2020年に五輪がやってくることを「利用」して、〈古い日本人の思い出を温めるもの〉から〈新しい日本人の希望になるもの〉に変えていくことが必要なんですよ。
    そこで、僕自身が編集長となって刊行している「PLANETS」の最新号、『PLANETS vol.9』(以下、『P9』)の特集を「東京2020」として、オリンピックに関連する社会提案を出していこうと考えたんです。
     
     
    ■「テレビオリンピック」から「インターネット以降のオリンピック」へ
     
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  • オリンピックシティに発生する「ボーダー」と「バウンダリー」、2つの"境界"に介入せよ!――建築家・白井宏昌の考える未来の東京の作り方(PLANETSアーカイブス)

    2019-05-03 07:00  
    540pt

    今朝のPLANETSアーカイブスは、建築家の白井宏昌さんのインタビューです。内外の様々なオリンピック都市計画を研究してきた白井さんが提案する、“失敗しないオリンピック”にするための、たったひとつの冴えたやり方とは――?(聞き手:宇野常寛 構成:真辺昂+PLANETS編集部) ※この記事は2014年9月30日に配信された記事の再配信です。
    ▲『PLANETS vol.9 東京2020 オルタナティブ・オリンピック・プロジェクト』
    ■「負の遺産」としてのオリンピック・レガシー問題
     
    ――まず、白井さんがなぜオリンピックにこれほどまでにこだわって研究しているのか、その理由を教えてください。
    白井 最初は2008年の北京オリンピックがきっかけでした。中国には、CCTV(China Central Television=中国中央電視台)という国営のテレビ局があるんですが、北京オリンピックに合わせてCCTVの本社ビル立て替えプロジェクトが始まったんですね。その当時僕はオランダの設計事務所に勤めていたんですが、そのコンペに応募してみたら、たまたま一等になって、それから北京オリンピックに関わるようになったんです。
    それで北京に引っ越して現場近くの27階のビルに住むようになったんです。最初はビルから現場がよく見えていたのですが、そのうちに超高層ビルがものすごい勢いで建ち始めて、半年後には現場がまったく見えなくなってしまった。街の風景がまるっきり変わる様をリアルタイムで目の当たりにして、オリンピックが都市を変える力の凄まじさを思い知らされましたね。それから「オリンピックと都市」というテーマに強く興味を持つようになって、今度はロンドンに移って、研究をするようになりました。
    オリンピックの研究をやっていて何がいちばん面白いかっていうと、「成功例」じゃなくて「失敗例」なんですよ。ちなみに前回、1964年の東京オリンピックは「成功例」として位置付けられることが多いですよね。「オリンピックのおかげで東海道新幹線ができ、首都高が整備され、世界的にもオリンピックを契機に東京はファーストシティになった」、そう位置づけられています。これらの建造物は、成功例としての「オリンピック・レガシー(遺産)」です。
    しかし、1970-80年代に開催された大会を中心として、失敗例もたくさん生まれた。2000年以降、そういった「負の遺産」としてのオリンピック・レガシーの問題が注目されるようになって、IOC(国際オリンピック委員会)もこの問題をすごく気にするようになっていったんです。
    そんななかで、ロンドンの2012年のオリンピック招致戦略は、そのオリンピック・レガシーに初めてフォーカスしたものでした。ロンドンは「私たちは、IOCが気にしているレガシー問題に対して解決策を示せますよ」というプレゼンテーションを行って、見事に開催を勝ち取ったわけです。もちろん、ロンドンが開催を勝ち取った要因はそれだけではないですが、レガシーを考慮したプレゼンが与えた影響は大きかったと思います。
    ――なるほど。白井さんがそうやってオリンピックの歴史を研究していくなかで、特に面白いと思ったのはどんな部分なんでしょうか。
    白井 一番は、いろんなことが表裏一体になっていることですね。オリンピックを開催するとなると、どの国もアイキャッチな建築物をつくったりして世界中をびっくりさせようとする。1936年にナチス・ドイツ政権下で行われたベルリン・オリンピックがまさにそうですね。最近だと2008年の北京五輪もそうだと思います。
    そういうオリンピックの特定の期間中だけ花火のようにポンと上がるものって、その瞬間が派手であればあるほど、終わった後の悲惨さが際立ってしまう。その光と影の部分が本当に面白いなと思います。
    もう一つは、建築や都市の設計・デザインの世界のセオリーが、オリンピックにかぎっては通用しない場合があるということですね。たとえば「ミクスト・ユース Mixed Use」というセオリーがあって、これは「ある都市や建築物をつくるときに、単一ではなく色んな機能を入れた方が持続する」というものなんですが、これがオリンピックでは効かなかったりするんです。
    オリンピックではいろんな競技場が集まったオリンピックパークを造って、大会終了後はそこを一般の人も使えるスポーツ・コンプレックスにするのが一般的ですが、でも結局スポーツだけの機能だと長続きしない。機能が単一であるが故に持続させるのが難しいわけです。
    そこで、持続的に使われる施設にするためにいろんな機能を詰め込んでいくのですが、スポーツという特殊な機能が他のどんな機能と組み合えば有効な都市空間がつくれるかいう実践がまだあまりないので、そういう視点から見ても今回の東京五輪は面白いと思います。
     
     
    ■東京の都市構造は「分散型」で「わかりにくい」
     
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  • 宇野常寛 いまこそ語ろう90年代テレビドラマとその時代ーー野島伸司・北川悦吏子・三谷幸喜 (PLANETSアーカイブス)

    2019-05-01 07:00  
    540pt

    今朝のPLANETSアーカイブスは、宇野常寛の90年代テレビ論をお届けします。90年代のテレビドラマの魅力は何だったのか? 当時のドラマがいかに“大衆の気分”を反映していたか代表的な作品と脚本家を振り返りながら、宇野が語りました(取材・文:福田フクスケ)。初出:「ROLa」2013年11月号・新潮社※この記事は2014年4月11日に配信された記事の再配信です。
    ■赤名リカの敗北とバブル終焉
     
     今振り返ると、“90年代的な”テレビドラマは、『東京ラブストーリー』(91年・以下『東ラブ』)から始まったと僕は思っています。要するに、トレンディドラマの“敗北”と“終焉”から始まっているんじゃないでしょうか。
     フジテレビの「楽しくなければテレビじゃない!」というモットーが象徴的ですが、80年代のテレビは“意味のなさ”“軽さ”が、当時出現しはじめていた消費社会の批判力を体現していました。その終盤に現れた『抱きしめたい!』(88年)や『君の瞳に恋してる!』(89年)といった作品が代表するトレンディドラマの多くは、都心のマンションに住むおしゃれな登場人物が、最先端のスポットやファッション、アイテム、ライフスタイルを見せる“消費社会のショーケース”だったわけです。
     『東ラブ』も、そんなトレンディドラマの代名詞だと思われています。しかし、個人的にこの作品は、むしろトレンディドラマ的な価値観の終焉を描いていたように思います。というのも、主人公のカンチ(織田裕二)は、バブリーでトレンディな赤名リカ(鈴木保奈美)ではなく、手作りおでんを持って家に押し掛ける古風な関口さとみ(有森也実)を最終的に選ぶんですよね。
     奇しくも『東ラブ』が放送された91年は、バブル崩壊の年。“赤名リカの敗北”というこのドラマの結末は、大衆の本音がバブル的/トレンディドラマ的なものを実は求めていなかった、ということを暗示していたのだと思います。
     
     
    ■トラウマを描いた野島伸司
     
     消費社会の“モノ”の過剰さと、“物語”の空虚さを体現していたトレンディドラマがその役割を終えたときに、90年代のドラマは始まりました。この比喩を続けると、この時期にどう“物語”を過剰にしていくかというゲームが展開されることになった。過剰なストーリー展開で見せる「ジェットコースタードラマ」が生まれたのもこの頃。それに加えて当時、大事MANブラザースバンドの「それが大事」とか、KANの「愛は勝つ」といったヒットソングが流行ったでしょう? あれと同じで、当時のマスメディアはほとんど胸倉つかんで感動しろと言っているような、ある種の“ベタ回帰”のフェイズに入ったと思うんですよね。
     今、僕が話した一連のトレンディドラマからベタ回帰への流れを体現していたのが、間違いなく野島伸司でしょう。彼は、トレンディドラマでデビューしてまさにベタ回帰のお手本のような『101回目のプロポーズ』(91年)や『ひとつ屋根の下』(93年)の大ヒットを通じて、トップクリエイターになっていった。このとき彼がやったのは、ある種の物語の“感動サプリメント化”のようなものだと思います。
     野島さんはその後『人間・失格』(94年)辺りから、レイプやいじめといった過激なモチーフと、それに伴う露骨な“トラウマ”を登場人物に負わせることで、物語を動かす手法を使いはじめる。登場人物の動機をすべて過去のトラウマに回収させていくこの手法は、書き割りのような人間観で深みがない、と批判されることが現在では多かったりもします。基本的には僕もそう思うけれど、野島伸司という作家をそれだけで片付けていいようにはどうしても思えない。
     彼にはたしかに、効率的に視聴者を(後に引かない程度に)傷つけて、効率よく感情を揺さぶるために、トラウマ頼みの人物造形を行っていた側面があるんでしょう。しかしその一方で、彼のドラマには“もっとも深く傷ついている者こそ、もっとも深く救われる”という独特の美学が貫かれています。その美学が、ときに私たち視聴者の道徳感覚とズレているため、違和感ややりきれなさといった理不尽な感情がかきたてられ、それが野島ドラマの不思議な魅力になっていたと思います。
     
     
    ■シットコムに憧れた三谷幸喜
     
     一方、同時期に欧米のシチュエーションコメディ(シットコム)の手法を使って、従来のテレビドラマの文法を拡張したのが三谷幸喜です。彼はずっと、日本で本格的なシットコムを作りたかった人ですが、どうもうまくいっているとは言えない。その理由は、政治風刺の文化の違いなど、いろいろあるんでしょうね。その代わり、“基本的に一話完結”“舞台設定を変えない”といったシットコムの手法だけを部分的に取り入れて、独自の手法を確立していく。その成果が『振り返れば奴がいる』(93年)というシリアスドラマや、『古畑任三郎』(94・96・99年)というキャラクタードラマだったように思えます。その集大成といえる『王様のレストラン』(95年)は、名作として今も評価が高いです。
     しかし、彼の悲劇は『総理と呼ばないで』(97年)や『合い言葉は勇気』(00年)など、彼が本来やりたいものを書くとヒットしなかったということ。シットコムを受け入れない日本文化が生んだいびつな成功例として、日本の文化空間を考える上で重要な人だと思います。
     三谷さんは、『古畑』で自身が生み出した名脇役・今泉巡査に対して、シリーズを重ねるごとに「ウンザリしていた」と語っています。僕にはこのエピソード、シットコムの手法がキャラクターものにしか生かせない日本の文化空間への呪詛に聞こえたりもしますね。
     
     
    ■時代の空気と寝た北川悦吏子
     
     もうひとり、この時期の重要なヒットメーカーが北川悦吏子です。野島伸司が過激なモチーフや練り込まれた構成で、戦略的に時代の波に乗ったのに対して、彼女はナチュラルに時代と寝られた人。
     『あすなろ白書』(93年)が「大学に入るとこんな青春が待っているんだ」という憧れのひな形として機能したように、90年代はテレビが日本を標準化し、世間のスタンダードを作る力を持っていた時代でした。北川さんは、そんな時代の空気や世間の感性を汲み上げる天性を持っていたんでしょうね。
     そのセンスが時代の転換点と一致した最高傑作が『ロングバケーション』(96年)でしょう。本作の“神様がくれた休暇”というロマンティックなモチーフは、かつてのように右肩上がりの日本には戻れないとみんなが薄々気付いていた時期に、「“疲れた”“休みたい”と言ってもいいんだよ」というメッセージを提示しました。大衆が心の底では求めていたけど、自覚していなかったテーマを探り当てたわけです。
     ここまで挙げた野島伸司、三谷幸喜、北川悦吏子の3人が、90年代のテレビドラマの方向性を決定付けた、代表的な脚本家といえるでしょう。
     
     
    ■『踊る』と『ケイゾク』
     
     90年代後半になると、“プレ・ゼロ年代”とも言うべき潮流が出てきます。その萌芽と言えるのが、日テレの土曜9時枠のドラマ。ジャニーズ俳優を主演に起用したティーンズ向けのドラマ枠と思われがちですが、ドラマ史を考える上では非常に重要です。
     堤幸彦がメイン演出を務めた『金田一少年の事件簿』(95・96年)をはじめ、凝った映像やトリッキーな演出で、俳優の身体を漫画のキャラクターのように撮る手法は、漫画原作のドラマが増えたゼロ年代的な演出手法のさきがけとなりました。
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  • 與那覇潤×宇野常寛 ベストセラーで読む平成史――『ウェブ進化論』と『電車男』(PLANETSアーカイブス)

    2019-04-30 07:00  
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    今朝のPLANETSアーカイブスは、「文學界」に掲載された與那覇潤さんと宇野常寛との対談をお届けします。インターネットが普及し、様々な新しい文化が花開いたゼロ年代。そんな時代状況をそれぞれのかたちで映し出し、ベストセラーとなった2冊の本から、日本のウェブ空間と「近代的個人」の問題を読み解きます。(初出:『文學界』2014年10月号) ※この記事は2014年10月9日に配信された記事の再配信です。※この記事の前編はこちら
     
    與那覇 前回は平成の政治家二人の書物を取り上げて、ウェブ世代にとっての「政治」の新しいフォーマットとはなんだろうかという話になりました。今回はインターネット界隈から生まれた2000年代半ばの二冊のベストセラーから、ウェブ体験が私たちの社会をどう変えたかを考えたい。
    まずは梅田望夫さんの『ウェブ進化論』(ちくま新書、2006年)。「〇〇2・0」というすっかり定着したフレーズも、同書が唱えた「Web2.0」が元祖でしたよね。新しいインターネットの上では「誰もが自由に、別に誰かの許可を得なくても、あるサービスの発展や、ひいてはウェブ全体の発展に参加できる」(120P)。不特定多数の力が何かを生むことを信じて、みずからの情報データベースをどんどんオープンにしてユーザーを獲得していく、Googleやアマゾンがその象徴だと。
    宇野 この本は一時期、不当に槍玉に挙がることが多かったと思うんです。要するに、日本のブログ社会は梅田さんの予想するようなかたちで個人を啓発し、その創造性を引き出す、というかたちでは進化しなかった。「自立した個」の絶対数がインターネットによって増えて、その結果「一億総表現社会」になる、といった近未来は来なかったわけです。そしてその一方で、どちらかというと、2ちゃんねるやニコニコ動画といった、匿名もしくはハンドルのユーザーが集まる、日本的なムラ社会に適応したサービスが集団主義的なクリエイティビティを発揮していった。しかし、梅田さんがこの本で書いた未来予測で、現実と大きくずれていたのはこの部分くらいだし、それ以上に当時この本を読んで沸き立った読者の方が、梅田さんの主張を願望込みで過大に受け取って、そして勝手に裏切られたと思っている側面も大きいと思うんです。
    與那覇 ブログ社会については後ほど議論するとして、いま読むとそれ自体に意外の念を受けるのは「インターネットは終わった」と言われた時期がかつてあったということ。2000年代初頭にITバブルがはじけて、シリコンバレーも沈鬱な状態になった。しかしそれは終わりではなく始まりなんだ、というメッセージで「2.0」という表現が使われているわけですよね。
    歴史研究者として面白かったのは、ブライアン・アーサーの「技術革命史観」を引用するところです(42P)。19世紀の鉄道革命のときだって、一回バブルははじけてる。しかし真に不可逆的な変化というものは、それを乗り越えて結局普及していくんだ、という教訓を引いています。

    ▲梅田望夫『ウェブ進化論』(2006年)
    ■「総表現社会」はなぜ挫折したか?
     
    宇野 インターネットの登場は単なる情報産業の効率化か、それとも人間観や社会観を根本から揺るがす変化か。梅田さんは迷うことなく後者なんですよね。僕もそう思います。オールドタイプからは「結局インターネットなんて情報を集めて拡散するだけだ」とか「ネットワークからは本質的な表現は出てこない」という意見が出てくる。でも、それは、グローバル化が進むとネット右翼が出てくるのと同じで、一種のアレルギー反応にすぎないと思う。
    與那覇 宇野さんが「過大に受け取って勝手に裏切られた」と仰ったけど、いま『ウェブ進化論』についてよく叩かれるのが、同書がうたった「総表現社会」なんて来なかったじゃないかと。アメリカのブロゴスフィアのように、メッセージ性のあるブログがどんどん立ち上がってネット上で討議する空間が出来上がるんだみたいな夢物語を、煽ったけど失敗しました、みたいに言われる。
    今回読みなおすと、これはちょっとかわいそうな評価で、まず総表現社会といっても本当に全員が情報発信するとは書いてない。クラスに一人くらいいた「ちょっと面白いことをいう奴」がセミプロ的にブロガーになって、総計で全人口の一割ほどの読者層を獲得する、くらいのビジョンです。また、興味深いのはむしろ、日米の同一性ではなく差異の方に目配りしているところ。「米国は米国流、日本は日本流で、それぞれのブログ空間が進化していけばいいのだと思う。たとえば、日本における教養ある中間層の厚みとその質の高さは、日本が米国と違って圧倒的に凄いところである」(144P)と書かれていて、米国流に日本が合わせろという話では、必ずしもないんですね。
    宇野 当時、20代後半だった僕のイメージでは、いちばん盛り上がっているブログは技術系だったんですね。プログラムも書ければ、自分でサイトも構築できるような人たちが「こういうやり方が有効だ」という話を共有しているページが一番盛り上がっていた。
    與那覇 「プチ・シリコンバレー」的なITテクノロジストの共同体であれば、日本でも米国と割りあいに似たものが作れた。言い換えると、フューチャリストとしての梅田さんのビジョンを挫折させたのは、日本が強いとされたはずの「中間層」が、その後に続かなかったからだということになる。その理由はどうご覧になりますか。
    宇野 梅田さんの予測が現実とずれてしまったところがあるとしたらそこだと思うんですよ。要するに「教養ある中間層の厚みとその質の高さ」が存在しないことが、この10年で、それも皮肉なことにインターネットのせいで完全に可視化されてしまった。
    あるいは10年前はまだ、アンテナが低くなりすっかり問題設定の能力もクリエイティビティもなくなってしまった新聞やテレビといったマスメディアに対して、インターネットから若く、そして力のあるほんとうのジャーナリズムや文化発信が生まれると信じられていた。しかし後者はともかく前者は残念ながらほぼ破綻しているわけですね。あれほど当時テレビ文化を軽蔑していたアラフォーのネット文化人とその読者たちが今何をやっているか。一週間に一回目立っているひとや失敗した人をあげつらって袋叩きにする。そして自分たちはその叩きに参加することで「良識の側」にいることを確認する。要するに自分たちがさんざん軽蔑してきたテレビ文化と同じことをやっているわけですよね。
    與那覇 悪い意味でワイドショー的ということですか。要するに、日本の中間層って人口的には分厚いかわり、クオリティ・ペーパーじゃなくてスポーツ新聞を手に取る人々だったと。戦後の一億総中流というのも、そういう意味だったので。中間層が自分たち自身を「社会で公的な役割を果たすべき、ハイブロウな中産階級」としてではなく、「そのへんのおっちゃんおばちゃん」として自己規定していることの表れだから。
    宇野 クオリティ・ペーパーをとっている人たちも似たようなもんだと思いますよ。たとえば震災とその後の原発事故のあと、文学や美術といったハイカルチャーにかかわる人たちに「放射脳」と呼ばれるような陰謀論者が少なくないこともネットが可視化してしまったわけですからね。
    でも僕の認識ではそれは決してSNSの普及で起こったことじゃない。この本が出るずっと前からそうだったんですよ。
    だから僕は梅田さんのシナリオは、かなり手前の段階で挫折していたと思う。僕の記憶でも、2005年~06年ころのブログの世界で、それも社会や文化の話題で注目を集めていたのは、基本的にはそういった、梅田さん風に言えば質の高くない中間層によるソーシャルいじめ的な「炎上」案件で、本質的な議論や独立した読み物は注目を集めなかった。
    與那覇 ブログ論壇でもオープンなアリーナで議論を戦わせるというよりは、井戸端会議というか、知りあいどうしで「口喧嘩」の野次馬をしあうような感覚になっちゃっていたと。SNSという言い方が流行るのは、FacebookやTwitterが上陸した2000年代末からですが、ブログ時代から日本人はコメント機能なんかをSNS的に使ってきたわけですね。
    宇野 象徴的に言えば「『はてな』が何も残さなかった問題」ですね。
    與那覇 しかしこの本は、梅田さんが最後その「はてな」の創立に関わるところで終わっているのですが……。
    宇野 当時僕が、雑誌を作ることにこだわってたのもそこなんですよね。ブログ論壇で発信する限り、そこでの「空気」を読まなきゃいけなくなってロクなコンテンツを出せないし、質の高い記事も評価されない。だから別の回路を作らなきゃいけないと思って紙の雑誌(PLANETS)をつくったんですよ。
     
     
    ■LINE、ニコニコ動画の優位とは
     
    宇野 要するに梅田さんの予測と現実とのズレがどこにあったのかというと、ブログ論壇的な中間層が想定よりずっと生産性が低く、ムラ社会のネットいじめしかできなかったのに対し、匿名的、半匿名的な趣味や世間話のコミュニティばかりが発達し、結果的にはクリエイティビティも後者のほうが高かったということなんですよね。
    ところで、僕自身のSNSの使い方としてはLINEをよく使うのですが、あれは完全に閉じた仲間内の中でダラダラとしたコミュニケーションをとる、という、いわば「おしゃべり」の楽しさですね。逆に、TwitterやFacebookは、自分の言論活動のツールとして、もっといえば「宣伝媒体」として活用している。
    そんな僕には日本のブログ空間というのは非常に中途半端に見えます。日本語に閉じられているし、かといって「顔が見える」ような近さでもない。匿名ゆえの「炎上」や「叩き」が横行し、梅田さんが想定していたような知的発信の場としての可能性が摘まれてしまっているのではないでしょうか。
    與那覇 なるほど。僕は自分ではやらないからよくわかりませんが、LINEは情報発信のツールではなく、人間関係のメンテナンスツールというわけなんですね。
    宇野 その通りです。LINEは、設計思想的にはガラケー(ガラパゴスケータイ)のiモードの子孫なんです。iモードはeメールをカジュアルなおしゃべりを楽しむものにしたことが革命的だったと言われています。要するに携帯電話で使用するショートメールというものは端的に要件を伝えるものだった。しかしiモードはそこに絵文字をはじめとするエンターテインメントの要素を盛り込んでいった。LINEの「スタンプ」なんかは、その延長線上にあります。
    與那覇 学生たちと話すと、彼らにとっての「ソーシャル」って社会ではなく「世間」なんですね。だからリア友対象のLINEが一番使われるし、Twitterでも近況報告とか文字通りの独り言のみで、「社会に向けて」は全然発信しない。リツイートされるってこと自体が想定外なので、「RT欄に表示があるなんて先生はすごいですね」と言われたことがあります。
    宇野 僕は人間というのは、実はそんなに開かれた広場に出てきたい生き物ではないと思うし、開かれた広場があると社会がうまく回っていくという発想も疑問なんですよね。現にこうして日本のネット社会を見ていると広場を形成するブロゴスフィアのほうが陰険で非生産的だという現実がある。だから僕はインターネットのもうひとつの可能性を考えたほうがいいと思うんですよ。みんなインターネットというと、世界中につながるGoogle的なものを想定すると思うんです。しかし、閉じたつながりが並列されたLINE的なものだって、インターネットの生んだ社会なんですよ。
    與那覇 インターネットに関する議論はよく「情報社会論」といわれるけど、情報というよりも紐帯、否むしろ情報なき紐帯を強化する方向への進化が起きたということですね。総表現社会のうち、みんながつながりあう「総」の部分だけが実現して、パブリックに意見を表明する「表現」の部分は全部落ちた。
    宇野 これからの社会を考える時に、情報なき紐帯をどう活用するのかをしっかり考えることは、意外と大事な気がします。それが、アジア発のウェブ社会の姿かもしれない。
    與那覇 ただ、それって要するに開発途上国的ということではないですか。人的紐帯はどんな世界にもあるけど、市民社会は先進国にしかない。顔見知りどうしが井戸端会議をしない国はないけど、政治的な公共圏のある国は限られる。
    宇野 西洋近代の雛形から遠ざかると後進的、というのは僕にはちょっと同意できないのですが……。それに、僕が言っているのは人間というのはどうしようもなく身勝手でワガママな存在なので、現実を受け入れた上でその欲望を逆手にとった制度設計をしないと、この種の議論は絵に描いた餅で終わってしまう。だから、実際に匿名空間から「表現」を生んだケースについてしっかり評価しなければいけない。
    たとえば濱野智史さんが指摘するように日本的共同性にマッチしたユーザー環境をうまく作ったのがドワンゴだと思うんですね。ブログ文化がうまくいかなかったのは、そこにインターネット上の「世間」が誕生してしまったからだと思うんですよ。しかしニコニコ動画はその半匿名性を利用して、井戸端会議的なコミュニティの濃さと、それが固定しない流動性の高さを実現していった。その結果、高いクリエイティビティが生まれていった。これは西洋近代的な市民社会をネット上にどう実装するか、という発想からは絶対に出てこない。
    與那覇 いや、後進的といいたいのではなくて、仰るように少なくとも西洋近代的なそれとは違う。むしろ逆の方向性を持った何かだということをはっきりさせておきたいということですね。よしあしは別にして、日本のウェブ進化の方向性をめぐって一種の「転向」があったことは間違いないのだから。
    ふと連想するのは「大正教養主義から昭和農本主義へ」の流れです。阿部次郎の『三太郎の日記』とか、世界に通ずるコスモポリタンを目指して最初は輝かしかったはずのものが、後になってみるとすごく閉ざされた「意識の高い俺アピール」に見えてしまう。で、みんな「あれはイタい」と思って、周囲の個別具体的な対人関係をリア充化していく方向に走る。
     
     
    ■95年の煩悶から05年のベタ回帰へ宇野 ここで『電車男』(中野独人著、新潮社、2004年)についても見てみましょうか。文化史的な話をすると、『電車男』は、オタクのカジュアル化のメルクマールですよね。ネタになるということは、その問題をシリアスに捉えている人間が少なくなっているということです。M君事件の頃には、これはできなかったでしょう。
    與那覇 2005年には、人気俳優を使って映画とドラマにもなった。要するにオタクというものが異星人じゃなくて、サラリーマンとかOLとか弁護士とかと同類の「ごく普通に劇中で演じられるキャラのジャンル」になった。
    宇野 同じ時期にアニメ版『涼宮ハルヒの憂鬱』もヒットしていますが、世の中はつまらないから、本当に宇宙人が居ればいいのにと思っていたオカルト狂いの女の子がちょっと部活をやってみたら、結構普通に友達ができて、わりと楽しいという話なわけですよね。そのことが象徴するように、オタク的なものが、居場所のなさを異世界に解消していく、といったパターンが完全に終わり、現実の中でカジュアルに居場所を見つけられるようになった。今思うと、そこにもソーシャルメディアの発達が、一役買っていると思います。
    與那覇 宇野さんの『ゼロ年代の想像力』のラストが、まさにその「セカイ系の女の子=涼宮ハルヒが日常回帰していく」という話でしたよね。同書には「95年の思想」というキータームがあったけど、僕は「05年の思想」というのがありえるのかなという気がしています。
    電車男ブームが起きた2005年は、平成史的にみると日本人の「ベタ回帰元年」だったのではないか。政治的には「郵政解散」でちょっと吹っ切れていたけど、この年は愛知万博(愛・地球博)の年でもある。開催前は「高度成長期でもあるまいし、いまさら万博かよ」みたいにインテリ層は言っていたけれど、意外とこれが当たっちゃうわけでしょう。で、同じ年に『ALWAYS 三丁目の夕日』も大ヒット。電車男現象もいま振り返ると、2ちゃんねるは怖いとか、オタクは危ない人だと思っていたら「なんだ。普通に女の子とデートしたがってる、しごく平凡な人たちじゃないか」ということを、社会全体で確認する儀式だったように見えますよね。
    宇野 その指摘は面白いですね。戦後的な文化空間が、多分下部構造的にも、コミュニティ的にも、コンテンツレベルでも解体されていったのが95年だとすると、それをどう維持、あるいは再構築するのかを考えたのが、その後の10年です。戦後的なアイロニーが使えないなら、別のアイロニーは可能か、みたいなことをずっとやってきた。だけれど、結局、ベタ回帰した。
    その背景にはインターネットが代表する情報技術の発達があったわけです。「アイロニカルな没入」がなければロマン主義的に振る舞えないのが戦後社会だとするなら、この時代は物語の力が内面に作用するアイロニーから、社会心理学や行動経済学的に人間の心理を操作するアーキテクチャーに没入の支援装置が変化したわけです。「今更こんなベタな物語にハマれないよ」という自意識を突破する方法が、このころ文化空間の「空気」から、ウェブサイトの導線設計やゲームデザインに変化した。「電車男」はその代表的なコンテンツで、「いまさらこんなベタな話にはまれないよ」と思っていた人たちが、「2ちゃんねる」の匿名空間に自分も参加する、あるいは参加できたかもしれないリアリティがあるとすんなり泣くことができた。いわば「アーキテクチュアルな没入」ってやつですよね。
    與那覇 「95年の思想」の典型として挙げられたのが初期の宮台真司氏であり、右傾化する直前の『ゴーマニズム宣言』であり、『新世紀エヴァンゲリオン』(旧版)でしたね。彼らは、自分が正しいと信じるものが結局は「自分にとっての正しさ」に過ぎないという逆説に煩悶するとともに、それを受け入れて生きる道を模索したと。しかし、それらは結局、決断主義への衝動の前に崩壊した。そう説いた宇野さんは一方で、「05年の思想」にはある程度肯定的なわけですね。
    宇野 というよりも、不可避だと思うんですよ。「95年の思想」というのは戦後の終わりのことです。冷戦が終わっている以上、それを肯定しても否定しても仕方がない。
    與那覇 ただ、ベタ回帰って「思考停止」という側面もあるわけでしょう。戦後の日本がいかに「平和」や「正義」を普遍的に語ろうと、それらは実は、冷戦体制の特殊な地政学の下で享受される賞味期限つきの特権に過ぎなかった。そのパラドクスに気づいて、さあどうする、というのが「95年の思想」ですよね。
    しかし「05年の思想」では、「そんなこじれたこと考えたってしゃあないやん」となってしまう。前回取り上げた、93年の小沢一郎『日本改造計画』は「パラドクスを解こう」としていたけど、06年の安倍晋三『美しい国へ』は「日本にパラドクスなんてない」と言い張るのと、それは正確に対応します。
    宇野 僕は2005年のそれが単純なベタ回帰だとは思ってないんですよ。それを言ったら、いわゆる80年安保の反動としてのポストバブル期の90年代ベタ回帰のほうがよっぽど酷かった。そもそも、「昔のようにこじらせろよ」と若いオタクたちに説教しても絶対に空振りになるだけですよ。だって、かつてオタクたちをこじらせていた社会環境自体が変化しているんだから、こじらせをバネにしたものとは異なった表現を生む回路を発展させるしかないし、現にそうして成果を上げてきた現実が既にある。
    與那覇 加藤典洋氏の論文「敗戦後論」もまた「95年の思想」だったわけですが、その用語でいうと戦後日本という国自体が「ねじれ」を帯びざるを得ない位置にいたわけですよね。そのせいで、突き詰めて物事を考えるとみんなこじれたわけで。僕は、日本国民が自意識の上でベタに回帰しても、日本という国の立ち位置自体はベタな「普通の国」にはなってくれないものだと思うんですよ。その状況をこじらせずに「普通に」受けとめちゃう人の方が、マスになったときちょっと怖いなという気持ちがある。
    宇野 だから、集団的自衛権の問題でも冷戦下の国際情勢が変化して、戦後的な「ねじれ」の力が弱まった以上、日本は「普通の国」になった上でどうリベラルな外交戦略をとっていくかを議論したほうがいいに決まっている。そんな当たり前のことがなんで昔の左翼の人にはわかんないのか、僕には不思議ですらあるんですが。

    ▲中野独人『電車男』(2004年) ■参加型コンテンツだった「電車男」
     
    宇野 ベタ回帰ということで言うと、もう一つは『電車男』の「いい話」性ですね。2ちゃんねるという悪口を書くことがデフォルトの世界で「めしどこか(教えてくれ)たのむ」と書きこむと、みんな答えてくれる。
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  • 與那覇潤×宇野常寛 解釈改憲と『戦後』の終わり (ベストセラーで読む平成史 テーマ:『美しい国へ』と『日本改造計画』)(PLANETSアーカイブス)

    2019-04-29 07:00  
    540pt

    今朝のPLANETSアーカイブスは、「文學界」に掲載された與那覇潤さんと宇野常寛との対談をお届けします。政治家が筆を執りベストセラーとなった『美しい国へ』(安倍晋三)と『日本改造計画』(小沢一郎)の2冊の本から、1990-2010年代の政治状況の変遷を読み解きます(初出:『文學界』2014年9月号) ※この記事は2014年9月11日に配信された記事の再配信です。
    宇野 僕は1978年、與那覇さんは79年生まれとほぼ同世代です。つまり、平成の始まった1989年頃がちょうど十歳前後で、記憶に残る最初の大きな事件は、昭和天皇の崩御だったりします。その意味では、「平成」はまるごと自己形成期と重なります。
    しかし、僕たちより一回り下の平成生まれの学生たちと話していると、オウム事件や9・11ですらリアルタイムの出来事ではなく、そうした事件とその後の言論のもつ「文脈」が見えなくなっている印象を持ちます。
    與那覇 大学で日本史を教えていても、そのことは強く感じます。若い人のあいだで「戦争の記憶が風化している」なんてよく言うけど、実は毎年8月に定期的にコンテンツが供給される戦時期はまだましで、「戦後の記憶」、特に直近の過去の記憶こそ一番風化している。ネット右翼や陰謀史観のように、戦後の価値を全否定する極端な言説が横行するのも、そうした「同時代史の不在」が大きな要因だと思います。
    宇野 この「ベストセラーで読む平成史」という対談シリーズは、平成年間にベストセラーになった本を、與那覇さんと一緒に読み返すことによって、「今」がどう作られてきたかを考えてみたいという趣旨です。
    第1回目は、『美しい国へ』(安倍晋三、2006年、文春新書)と、『日本改造計画』(小沢一郎、1993年、講談社)です。このセレクトについて、與那覇さんの方から少し補足してもらえますか。
     
     
    ■「自分語り」の政治学
     
    與那覇 「次はこの人だ」と目された政治家の著作がベストセラーになる現象は戦後に3回あって、古くは、首相になる直前に出た田中角栄の『日本列島改造論』(1972年)。残り2回は平成に入ってからで、新党を作って自民党を割るタイミングで出た小沢さんの『日本改造計画』と、小泉政権の後継は確実と言われた時期に安倍さんが出した『美しい国へ』ですね。
    いままた総理をされているので安倍さんの方から行くと、第一次政権では「戦後レジームからの脱却」、つまり正面切っての戦後批判を掲げていたのが、第二次政権では結局「実は解釈改憲で、集団的自衛権は行使できるんです」という路線になった。戦後憲法の全面否定という色を薄めたわけです。アベノミクスといわれる経済政策にしても、公共事業を中心とした戦後自民党的な再分配体制からの、脱却というよりは「延命策」に見える。平成初頭の『日本改造計画』と比べると、現状変革のボルテージがだいぶ落ちていますね。
    宇野 最初に立場を明確にしておくと、僕は安倍政権の外交安全保障政策には強く危うさをおぼえているし、解釈改憲をめぐるものごとの進め方も当然支持することはできない。その上で今回、『美しい国へ』を読み返して、この数ヶ月の集団的自衛権をめぐる安倍政権の舵取りを見ていて思うのは、この二回目の安倍政権はいわゆるリベラルな知識人や文化人が口汚く罵るような強権なファシズム的なものでもなければ、カルトな右翼思想にとりつかれた誇大妄想狂でもないということです。むしろ、安倍晋三という政治家はこの『美しい国へ』を書いた当時の失敗を経て非常にしたたかに、そして冷静に現実を分析できるようになっている。ただ、こうしたしたたかさと現実主義を武器に彼が成し遂げたい「理想」は、個人史的なものに根ざした、非常に危ういものであることは間違いない。実際、この本を読んでいると、こういっては何だけれど、意外と普通のことしか書いていない。戦後的なシステムは耐用年数が過ぎているけれど、いきなりドラスティックには変えられない、だからバランスを取ってうまくやっていこう、といったあたりがこの本を書いた当時の安倍首相の基本スタンスです。しかし、その一方で軍事・外交や歴史認識の話題になると途端にトラウマ語りモードになる。
    外交や社会保障などの実務的な政策については案外普通で無難なことしか言っていない。かたや、歴史認識といった部分になると、いきなり情緒的でわけがわからなくなる。その落差がすごい。
    與那覇 特攻隊員の日記に感動した、とか映画『ALWAYS 三丁目の夕日』はすばらしい、とかですね。
     
    情緒的ということでいうと、小沢さんの『日本改造計画』は「自分語り」を一切しないんですね。純粋な政策論だけで、本人の生い立ちとかは全く語られない。対して安倍さんは情念の人で、『美しい国へ』の前半は自らの一族の「無念語り」です。祖父・岸信介は国民のために行った安保改定を大バッシングされ、父・安倍晋太郎は外相として心身をすり減らして総理になれずに亡くなった。そうして自分が後継になったら、議員としての初仕事がなんと社会党首班の実現だった(村山自社さ連立内閣、94年成立)。この怨み晴らさずにおくものか、という思いが行間から滲み出ている。
    宇野 この落差が安倍晋三という個性なんでしょうし、その厄介さを理解した上で攻略しない限り、すべての安倍批判は空回りしてしまうんじゃないかって思うんです。マッチョな主張で人気を集めているその一方で、こうしてトラウマも隠さないし、Facebookで愚痴も言う。僕はまったく共感できないけれど、そこが人間臭くて共感を持つ人は多いんじゃないかと思うんですよね。少なくとも、保守っぽい連中ってバカだよねって目配せし合っているリベラル知識人よりは共感を集めやすい。そしてこの人は少なくとも今はそのことに気付いている。たぶん安倍晋三という政治家は、そういう人間的な弱さの魅力を、コントロールするんじゃなくて、ずっと出し続けるんだと思いますよ。
    與那覇 祖父が国民の憎悪を一身に浴びたことのある一族だからこそ、心底「いまは違う。ぼくは国民に愛されている」って思いたいんだろうなという感じがしますね。極めて個人的な動機で「戦後レジーム」から脱却したい。
    宇野 具体的にはそこでいわゆる「ネトウヨ」との幸福な共犯関係が生まれているわけでしょう。
    與那覇 とにかく何かつぶやくと、「いいね!」が殺到する。
    宇野 実際に、「いいね!」がたくさん集まって気持ちがほっこりしてるんだと思うんですよ。あれだけマスコミに叩かれて退陣した人が、奇跡の復活を遂げてインターネットで直接国民の支持を目の当たりにする。そんな共犯関係が生まれている状態で、安倍晋三は日本のヒトラーだ、さあ、明日にも戦争が始まるぞって子どもっぽい印象操作で攻撃しようとするとかえって彼らの結束を固くしてしまうだけだと思うんですよね。
    與那覇 同感です。むしろ批判している左翼の支持者のほうが減っていくのではと、心配になりますよね。
    宇野 安倍首相のああいったナイーブな部分とFacebookが結びついたとき、はじめて政治と直接つながっているように思えた国民は多かったんだと思うんですよ。
    與那覇 「私的なことは政治的だ」というのがフェミニズムとか、新しい社会運動のスローガンだったけど、いまは逆に「政治的なことは私的だ」の時代なんじゃないかな。安倍さんの「爺ちゃんの名にかけて」は、そこにマッチする。
    宇野 そして僕の実感ではこうしたリアリティに惹かれているのは何も自信のないネット世代の団塊ジュニア以下の男性、いわゆる「ネトウヨ」だけじゃない。その外側にも、かなり本格的に拡大している。いまとなっては僕は安倍政権の支持母体って、ネトウヨ的な層はごく一部でしかないと思うんですよ。洗面器の底に穴が開いていると水は汲めないから民主党ではダメだ、と消去法で自民党を支持している〝ライト(軽い)なライト(右)〟が大半で、その感覚は、リベラルたちが思っているよりも安全保障に関心が高いんじゃないか。
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