• このエントリーをはてなブックマークに追加

今なら、継続入会で月額会員費が1ヶ月分無料!

記事 3件
  • 台湾概況と日台経済関係──グローカル・パートナーシップの視点から|周立

    2021-03-03 07:00  
    550pt

    中小企業の海外進出を専門の明治大学・奥山雅之准教授とNPO法人ZESDAによるシリーズ連載「グローカルビジネスのすすめ」。地方が海外と直接ビジネスを展開していくための方法論を、さまざまな分野での実践から学ぶ研究会の成果を共有してゆきます。今回は、国際経済のプレイヤーとしての台湾と東アジア各国の架け橋として長きにわたり尽力してきた周立さんに、グローカルビジネスの「テスト市場」としての台湾が持つポテンシャルと課題について、日台関係の歴史的経緯に遡りながら概説していただきました。
    グローカルビジネスのすすめ#03  台湾概況と日台経済関係──グローカル・パートナーシップの視点から
     近年、新たな市場を求めて地方の企業が国外市場へ事業展開する動きが活発になっています。日本経済の成熟化もあり、各地域がグローバルな視点で「外から」稼いでいくことは地方創生を果たしていくうえでも重要です。しかし、地方の中小企業が国外市場を正確に捉えて持続可能な事業展開を行うことは、人材の制約、ITスキル、カントリーリスク等一般的にはまだまだハードルが高いのが現実です。 本連載では、「地域資源を活用した製品・サービスによってグローバル市場へ展開するビジネス」を「グローカルビジネス」と呼び、地方が海外と直接ビジネスを展開していくための方法論を、さまざまな分野での実践の事例を通じて学ぶ研究会の成果を共有します。 (詳しくは第1回「序論:地方創生の鍵を握るグローカルビジネス」をご参照ください。)
     今回は、長年にわたって台湾と東アジア各国との関係構築に尽力してきた台北駐日経済文化代表処の周立氏が、台湾の概況と日台経済関係について説明します。近年では旅行先としても人気を誇る台湾は、AcerやASUS、Giant、htcなどの有名企業を抱える経済立国のモデルケースでもあります。進出先の市場として、あるいはビジネスパートナーとして、日本企業は台湾をどのように捉えるべきなのか。台湾市場におけるグローカルビジネスや、世界市場に向けた日台協力によるグローカルビジネスの可能性を考えます。 (明治大学 奥山雅之)
    台湾概況
     台北駐日経済文化代表処の周です。ほとんどの方にとっては見たことのない肩書きかと思います。『処』はお互いが会う「ところ」というイメージでしょうか。公には民間の機関とされていますが、実質的には台湾と日本との間の外交や経済交渉などの窓口として、大使館や領事館と同じような機能を果たしています。 本稿では台湾事情の入門ということをテーマに、台湾経済の概況と日本国との関係について説明し、グローカルビジネスについて考えるための機会につなげたいと思います。 まずは台湾の歴史を簡単におさらいしておきましょう。台湾と日本との関係の発端は、今から200年ほど前にさかのぼります。当時、中国本土では明という国がその歴史に幕を閉じようとする中、明の一員として国土の復興を目指し、革命勢力に抵抗を続けているという人物がいました。彼は当時台湾を統治していたオランダ東インド会社の軍事勢力を追い出し、台湾に独立した政権を打ち立てました。このことから鄭成功は、「開発始祖」として台湾で尊敬を集める存在となりました。その鄭成功の父は中国系、そして母が日本人、長崎県平戸出身であったことが、現在歴史に残る日台交流のはじまりだと言えるでしょう。 明が滅亡すると、残された政府の人材は台湾に渡りました。その後、清が治めていた時代の台湾には積極的な投資が行われず、あまり開発が進みませんでした。対して日本は鎖国を解き、富国強兵・殖産興業をかかげて急速に力をつけていました。それ以外のアジアの国々に目を向けると、例えばフィリピンはスペインの植民地に、ベトナムはフランスの植民地になっていました。その中で台湾だけが取り残されたのです。そして1894年に勃発した日清戦争を経て、50年間にわたって日本が台湾を統治する時代に突入します。日本領になってからは、大統領府や官邸などをはじめとするさまざまな近代建築、ダムや鉄道などのインフラなどが開発され、当時のものは今でも多く残っています(図1)。
    図1. 現存する日本統治時代の建物やインフラ:嘉南大圳(左)と台湾総統府(旧台湾総督府:右) 出所:筆者撮影
     歴史的な背景もあり、現在の台湾では北京語をはじめとする複数の言葉が使われています。人口の内訳は漢民族が98%、残りの2%は漢民族が渡来する以前からの先住民です。全体の98%を占める漢民族の内、85%は戦前から台湾に住む人々、その他は戦後、蒋介石とともに中国本土から台湾へと渡ってきた人々です。 時間が経つとともに落ち着いてきましたが、かつてはこれらの人々の間でたびたびトラブルが起きていました。特に我々の一つ上の世代は、非常に苦労をしたと聞いています。戦前に日本本土で教育を受けて、戦後台湾に引き揚げた人々は、厳しい政治的弾圧に見舞われました。歴史にも刻まれている通り、日本人や日本国籍を有する台湾出身者の弾圧・虐殺事件、いわゆる「二・二八事件」などをはじめとする混乱が続き、当時のインテリ層がかなり被害を受けました。いまだに当時の動乱で何万人の人々が亡くなったか分からない状態で、私の一族の人間も何人犠牲になったか定かではありません。 そのような背景もあって、1948年頃から1987年くらいまでの約40年にわたって戒厳令がしかれた期間がありました。当時は一党支配が続いていたので、言論の自由も認められず、政党を作ることもできませんでした。そうした苦難の時期を経て、やっと勝ち取ったのが現在の自由と民主主義です。今の香港を見ると、昔われわれが民主主義・自由主義を勝ち取るために闘っていたときのことを思い起こします。このような政治的な風土があり、この価値観をみなさんと共有したいと思います。
     さて、これを踏まえて現在の台湾に目を向けてみましょう。沖縄よりもさらに南方、中国や東南アジアにも近い南シナ海に位置する台湾は、東西に大きく分けて考えることができます。東側には(日本統治時代には新高山と呼ばれた)玉山をはじめとする高い山が連なり、住んでいる人も比較的少なめです。対して工業都市などを含み、人口が集中する都市部は、南北にまたがる西半分のベルトに位置しており、首都の台北をはじめとする5つの主要都市は西海岸に走る新幹線が結んでいます。実はこの新幹線、日本が輸出したインフラの唯一の例でもあります。 GDPでいうと世界21位、1人当たりGDPは世界で37位。2300万人の人口を擁し、およそ九州と同じくらいの面積があり、IT産業を中心に経済に力を入れて頑張っています。主な企業は後ほど紹介いたします。 ここで一点興味深い事実をご紹介しましょう。アジアを代表する大都市の一つとして、香港という都市の存在はビジネスシーンでも大きな存在感を示していると思います。実はこの香港で活躍する人々には、台湾で教育を受けた方が多いのです。今でこそ香港の大学は数多くありますが、昔は数えるほどしかありませんでした。私が大学にいた時代は、香港だけではなく、海外の華僑の枠というものが別枠でありました。台湾大学や国立政治大学など、台湾を代表する名門大学にはそうした別枠が充実しており、華僑の枠の半分くらいが、香港出身の方であったと言われています。こうした制度が設けられるようになったのは、高校まで中国語の教育を受け、中国語での大学教育を望むエリートを受け入れたためだと言われています。ゆえに、現在の香港で活躍する人々の中には、台湾の教育を受けた人々が多くいるのです。 1997年、香港が中国に返還されるということが決まると、中国政府のやり方に不安を覚える香港人は多く海外に移住しました。遠くはカナダ、トロントなどの都市にまで移り住んだ方もいたようです。その中で先のような教育制度の歴史もあり、海外に移住する際の第一の選択肢として挙げられたのは台湾でした。ここ最近の香港での政治不安もあってか、2019年にはふたたび香港からの移住者が増えました。 このように半ば独立しているとも言える関係にある台湾と中国本土の政治システムですが、憲法の問題により、私のような行政官は「中華民国政府の行政官です」と言い切ることが難しい微妙な状況に置かれています。オリンピックなどの国際大会でも、中華民国という名前を使うことができません。図のような旗とともに、チャイニーズタイペイという名前をお聞きになったことがある方も多いかと思います。国花である梅に国章の「青天白日」をあしらったこの旗が、現在の台湾のアイデンティティを表しています(図2)。
    図2. 国際的な場で用いられる「梅花旗」 出所:Wikimedia Commons
    本当はすごい! 台湾の経済
     このような背景から、経済に力を入れるということは、台湾の生き残り戦略の一つでもあるということが分かるでしょう。戦後長らくコツコツと築き上げてきた日本との経済関係も、これまで経済に力を入れて頑張ってきた結果であると言えます。まずは、代表的な台湾企業をご紹介します。
    ■PLANETSチャンネルの月額会員になると…・入会月以降の記事を読むことができるようになります。・PLANETSチャンネルの生放送や動画アーカイブが視聴できます。
     
  • 「ご当地バーガーを、高知から世界へ」──女性起業家がめざすグローカリゼーション|森本麻紀

    2021-02-04 07:00  
    550pt

    中小企業の海外進出を専門の明治大学・奥山雅之准教授とNPO法人ZESDAによるシリーズ連載「グローカルビジネスのすすめ」。地方が海外と直接ビジネスを展開していくための方法論を、さまざまな分野での実践から学ぶ研究会の成果を共有してゆきます。今回は、高知のご当地グルメ「龍馬バーガー」の仕掛け人・森本麻紀さんが登場。日本国内の「地元ネタ」が通用しないはずの海外でご当地バーガーをブレイクさせた、そのユニークな事例を紹介します。
    グローカルビジネスのすすめ#02 「ご当地バーガーを、高知から世界へ」──女性起業家がめざすグローカリゼーション
     近年、新たな市場を求めて地方の企業が国外市場へ事業展開する動きが活発になっています。日本経済の成熟化もあり、各地域がグローバルな視点で「外から」稼いでいくことは地方創生を果たしていくうえでも重要です。しかし、地方の中小企業が国外市場を正確に捉えて持続可能な事業展開を行うことは、人材の制約、ITスキル、カントリーリスク等、一般的にはまだまだハードルが高いのが現実です。 本連載では、「地域資源を活用した製品・サービスによってグローバル市場へ展開するビジネス」を「グローカルビジネス」と呼び、地方が海外と直接ビジネスを展開していくための方法論を、さまざまな分野での実践の事例を通じて学ぶ研究会の成果を共有します。 (詳しくは第1回「序論:地方創生の鍵を握るグローカルビジネス」をご参照ください。)
     今回は、高知のご当地グルメとして名の知れた「龍馬バーガー」を生み出した「5019(ゴーイング)PREMIUM FACTORY」の森本麻紀さんにご登壇いただきます。高知のご当地バーガー「龍馬バーガー」が、香港で絶大な人気を誇っています。なぜ香港で高知発のご当地バーガーの味が認められたのか?──地方の名産品や飲食店がグローカルに展開していく際の成功のポイントを探ります。
    (明治大学 奥山雅之)
    創業までの紆余曲折
     はじめまして、森本麻紀です。「5019」と書いて「ゴーイング」と読む、5019プレミアムファクトリーという、カフェ&バーを中心に事業を展開している会社を経営しています。  読者のみなさまは、高知を訪れたことはあるでしょうか。高知の良いところといえば、ずばり人と食です。人に関しては実際に行ってみなければ分かりませんが、食に関しては、大手旅行会社の「行ったことがある観光地でおいしかったところはどこ?」というランキングで過去10年間で7回、1位に輝いています。なかなか行く機会がないかもしれませんが、本当に食に恵まれた場所なのです。  私はその高知県で、高さ20センチぐらいあるご当地ハンバーガーを売りにしたハンバーガー屋を経営しています。坂本龍馬の地元ということで、「龍馬バーガー」と名付けました。高知県の名産である鰹が入っていたり、高知県が生産量日本一を誇るナスとピーマンなど地元の食材を使ったりしています。「高知から世界へ」という話をすると、地元の人ですら「何じゃそりゃ」という風な反応をされることもあり、実際に、現在に至るまでには多くの苦労や方向転換を経験してきました。本稿では、そのような来歴を辿りつつその中で得られた教訓を整理し、これを踏まえてプレイヤーの視点から海外に挑戦するということについて私見を述べようと思います。
     さて、改めて自己紹介をさせていただきますと、私は高知県生まれ、高知県育ちで、高知以外に住んだことはありません。私の両親は、高校を中退して私を産んでくれました。父は、いつも「発想、決断、実行」これを考えながら生きていきなさいと教えてくれました。また母からの教えで、常に笑っていなさいと。歯茎が乾いて、唇がカサカサになるぐらい笑ってなさいと。そのような家庭で育ちました。
     親は非常に厳しくもあり、高校生になっても門限が夕方の4時半。学校が終わったら自転車で急いで帰らなくてはいけないほどでした。そのような事情もあって早く結婚して親から逃れたいなと思い、19歳で結婚し、早くに子供にも恵まれました。まもなく、義父が地元で結構大きな車屋をやっていたこともあり、自動車の損害保険などの勉強をしなさいということで、保険会社に入社をしました。もともと営業が大好きなこともあり、どうせやるならランキングに乗るぐらい頑張ろうと一念発起し、3年間連続で西日本一の営業成績を残すことができました。
     翌年、22歳のとき、高知で大水害がありました。高知市内の半分が2メートルぐらい浸かるほどの大水害で、その際に義父の会社は多額の損失を被りました。これがきっかけで主人のお給料も2年ほど出なくなりました。私は損保会社で稼いでいたので何とか生活できていましたが、生活は苦しくなりました。最終的に義父の会社が倒産を余儀なくされ、24歳にしていきなり、5千万円の借金を背負うことになりました。
     その後たまたま主人の同級生に会った時には、「あれ? 高知にいたの?」って聞かれたこともあります。あまりにも大規模な倒産であったため、逃げていなくなったのだと思われていたようです。息子は小学校1年生でしたが、同級生の女の子から、「おうち貧乏やろ? 大丈夫?」などと言われたらしく、「お母さん、うちはそんなに貧乏なの?」と聞かれました。その時は非常に悔しかったのですが、貧乏上等、家族で仲良くご飯を食べられるなら、貧乏暮らしを楽しんでやろうという意気込みで生活をしていました。
     主人は高校卒業と同時に父の車屋でずっと営業してきた人です。会社はなくなりましたが、それまでに付き合いができていたお客様達が車の仕事をくれていたので、もう一度気を取り直して二人で車屋を始めようということに決まりました。「5019(ゴーイング)」というのは、もともとこの時に立ち上げた車屋の名前です。もう後ろを振り返っても仕方ない、前を向いて行くしかない、という決意からとったものです。
     最初は小さなアパートの一角で始めた車屋でしたが、徐々に従業員を増やすことができるようになり、しばらくすると300坪ほどの比較的大きな土地を借りられることになりました。中古車につきまとうなんとなく悪いイメージを払拭し、クリーンな店にしたい。若い女性でも気軽に来てくれるような店にしたい。このような目標から、新たに借りた土地の一角にあった倉庫を改装して、カフェを併設することにしたのです。
     その際、なにか目玉になるような商品を作ろうという話が持ち上がりました。ゴーイングという強引な当て字の会社名なので、どうせなら強引に具を詰めたハンバーガーを作ろうと思い、最初に「強引具バーガー」というメニューを作りました。それを売り出し始めた頃、ふとあることに気付きました。高知には、ご当地バーガーがなかったのです。そもそもその頃は、ちょうど佐世保バーガーが注目されてきた時期で、ご当地バーガーというものもポピュラーではありませんでした。ならば自分たちで高知のご当地バーガーを作ろうと思い、高知の食材を入れて、シンプルに坂本龍馬の名を冠した「龍馬バーガー」を作りました。身長が高かったと言われる坂本龍馬にちなんで、縦に長くインパクト絶大なバーガーです。  この取り組みがヒットしました。この目玉メニューの人気に火がつき、ついに高知県のカフェランキングで長い間1位を独占するようになりました。次々と取材をしていただいたり、車屋とカフェという取り合わせの珍しさから、日経新聞に取り上げていただいたりもしました。最近では、全国の人気グルメ番組でも取り上げていただくほど、知名度も上がってきています。
     その後は借金も完済し、2009年に株式会社グラディアという法人を立てました。このグラディアというのは、ゴーイングをラテン語にしたものです。今では5019の看板をこの会社に移し、メイン事業である飲食店の経営を行っています。
    ■PLANETSチャンネルの月額会員になると…・入会月以降の記事を読むことができるようになります。・PLANETSチャンネルの生放送や動画アーカイブが視聴できます。
     
  • [新連載]グローカルビジネスのすすめ 序論:地方創生の鍵を握るグローカルビジネス|奥山雅之

    2021-01-15 07:00  
    550pt

    今回から、明治大学経済学部の奥山雅之准教授とNPO法人ZESDAによるシリーズ連載「グローカルビジネスのすすめ」がスタートします。この連載では、中小企業の海外進出を専門とする奥山さんのナビゲートで、地方が海外と直接ビジネスを展開していくための方法論を、さまざまな分野での実践の事例を通じて学ぶ研究会の成果を共有します。初回は、主催の奥山さんに「グローカルビジネス」とは何かとその意義について、ご紹介いただきます。
    グローカルビジネスのすすめ#01 序論:地方創生の鍵を握るグローカルビジネス
     PLANETSメルマガ読者のみなさま、はじめまして。明治大学の奥山と申します。地域産業、中小企業の研究者で、繊維・アパレルの産地を中心に日本の各地方をぐるぐると巡っています(今年はコロナ禍であまり行けてないですが)。こうした研究の一環として、地域産業のグローバル化、すなわち、地域の産業がローカルの良い部分を残しながら、グローバルに展開し、外貨を稼ぐスタイル(グローカルビジネス)について研究しております。 地方創生が叫ばれて久しいですが、地方創生にはその地域の「生産」「所得」「消費」という経済循環を太くしていくことが不可欠であり、経済循環を太くするためには独自の「産業」と、産業をお金に換える「市場」、それを担う「人材」、この3つを備えることが重要です。私が各地域を巡っていると、すでに先進的な地域は、市場として東京だけでなく、アジアや欧米など世界に目を向けていました。私はこれらを「グローカルビジネス」と名付け、研究者の立場から振興していきたいと考えました。これが、私がグローカルビジネス研究をスタートさせたきっかけです。 地道に研究をしている途中で、PLANETSメルマガ読者の皆さんにはきっとお馴染みのNPO法人ZESDAさんと出会いました。ZESDAさんも、日本の地方が海外から直接おカネを稼げるような経済システムをデザインするべく活動をしてますので、方向性がピッタリと合い、意気投合し、一緒に研究成果の普及や実戦に向けて取り組むことになりました。このメルマガでは、ZESDAさんと奥山研究室との共催で2年かけて取り組んできた議論を読者の皆様と共有し、グローカルビジネスという新しい地域産業、企業の経営スタイルについて一緒に考えるきっかけになればと考えています。
     さて、近年、日本では人口減少や東京など大都市部への一極集中が起こり、地方創生、地方再生が大きな課題となっています。歴史的にみれば、農林水産業や伝統的な工業製品で繁栄した地方は、戦後、都市部からの工場誘致によって工業化し「国土の均衡ある発展」を目指しましたが、その後、経済・社会のサービス化によって都市部の経済的な優位性が再び鮮明となりました。くわえて、グローバル化の流れの中で地方に立地した工場が海外へと移転し、地方の経済に打撃を与えました。こうした中、地方の経済をどのように再生・発展していくのかが重要な課題となっています。この課題を解決するための有効なビジネスおよびその考え方が、この連載でご紹介していく「グローカルビジネス」です。 現代の産業社会では、海外需要の取り込みなどグローバル化への対応が重要課題の一つとなっている一方、地方移住などローカルへの注目も高まりつつあります。この「グローバル」と「ローカル」は対立するものではなく、融合することができます。それが「グローカル」という言葉です。グローカル(glocal)とは、グローバル(global:地球規模の、世界規模の)とローカル(local:地方の、地域的な)を掛け合わせた造語として知られています。もはや、都心の大企業から地方の中小企業まで、すべての企業はグローバルな競争に巻き込まれてるのです。「地方の特定地域で、ローカルな顧客を相手にする商店はグローバル化に関係ない」と思うかもしれませんが、けっしてそんなことはありません。何か物を買うときに、「その商店で買うか」あるいは「グローバルに活躍するAmazonで買うか」ということを消費者は選択するわけですから、この消費者をめぐって、地方の商店であってもAmazonと競争しているということになります。「グローバル化は自分達とは関係ない」というようにローカルビジネスに閉じこもることはできないということです。 こうした中、市場のグローバル化とアジア経済の台頭、日本文化への世界的評価の高まりなどを背景として、国内各地域において地域資源を基盤としたビジネス(「ローカルビジネス」)が、海外への事業展開(「グローバル展開」)する動きが活発となっています。こうした動きは、地方に立地している中小企業のグローバル化の一形態ではありますが、明治初期からの総合商社、家内手工業を中心とする生糸・絹織物等の輸出や、1970年代まで多くみられたカメラ、双眼鏡等の輸出型中小企業群、あるいは大手企業の海外進出に伴う一次・二次下請企業群の海外展開などとは異なります。近年の動きは、日本が大量生産を得意としていた時代の、低価格、大手商社主導の輸出戦略ではありません。それぞれの地域の特徴、地域性を前面に押し出した製品・サービスのグローバル市場への展開といえます。とくに近年は、清酒などの伝統的飲食品、漆製品などの工業製品、地域独特の織物製品、地域の飲食業など、地域に密着した比較的小規模な企業がグローバル市場へと展開している例が出てきました。こうしたビジネスこそがローカルとグローバルを掛け合わせた「グローバルビジネス」です。
    グローカルビジネスとは何か
     「グローカルビジネス」とは、一言でいえば「地域資源を活用した製品・サービスによってグローバル市場へ展開するビジネス」です。下の表をご覧ください。この表側(行)はターゲットとする市場による区分であり、ローカルまたはドメスティック(国内)のみに展開するビジネスと、グローバル市場にも展開するビジネスとを区分しています。表頭(列)は、ビジネスの重要な構成要素や特性の面で地域性というものがあるかどうかでの区分です。これによって4つの象限に分けてみると、第一象限である①は地域性をビジネスの主な要素とせず、かつローカルまたはドメスティック(国内)市場をターゲットとする「国内ビジネス」、②は地域性をビジネスの主な要素とせず、グローバル市場をターゲットとする「グローバルビジネス」、③は地域性をビジネスの主な要素としながら、ローカルまたはドメスティック(国内)市場をターゲットとする「ローカルビジネス」、そして④は地域性をビジネスの主な要素としながら、グローバル市場をターゲットとする「グローカルビジネス」、となります。これからは「グローカルビジネス」が地方創生において重要であるとすれば、表中の青色の矢印、すなわち「ローカルビジネスが、ビジネス要素としての地域性を維持しながら、グローバルビジネスへと進化していくにはどうすればよいか」を考えることが重要となります。 ここで「地域性」とは、地域の特徴や地域性をビジネス(製品やサービス、経営スタイルなど)に内包していることをいいます。典型的「地域性」は「地域資源」です。地域資源とは、特定地域に固有の自然資源のほか、特定の地域のみに存在する特徴的なものを資源として活用可能なものと捉え、人的・人文的な資源をも含む広義の総称であり、2007年6月施行の「中小企業による地域産業資源を活用した事業活動の促進に関する法律(中小企業地域資源活用促進法)」では、①農林水産物、②鉱工業品およびその生産技術、および③観光資源を「経営資源の3類型」としています。「グローカルビジネス」の「ローカル」の要素は、こうした地域資源にみることができます。
    グローバルビジネスとは
    地方の中小企業の海外進出はこれから伸びる
     グローカルビジネスを直接示す統計データはありませんが、周辺のデータから、グローカルビジネスの主な実施主体となる中小企業および小規模企業の海外市場への展開は徐々に進んでいることが推測できます。ここでは、中小企業に関する統計によってグローカルビジネスの状況についてみていくことにしましょう。
    ■PLANETSチャンネルの月額会員になると…・入会月以降の記事を読むことができるようになります。・PLANETSチャンネルの生放送や動画アーカイブが視聴できます。