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  • 暮らしにもっと植物を、都市に土の手触りを|鎌田美希子(後編)

    2021-09-22 07:00  
    550pt

    編集者・ライターの小池真幸さんが、「界隈」や「業界」にとらわれず、領域を横断して活動する人びとを紹介する連載「横断者たち」。今回は、プランツディレクターの鎌田美希子さんに話を伺いました。後編では、ビジネスと研究、アートと領域横断で「人と植物の距離をもっと近づける」活動に取り組んできた鎌田さんの歩みに迫ります(前編はこちら)。 ※「横断者たち」の第1回~第4回はPLANETSのWebマガジン「遅いインターネット」にて公開されています。今月よりメールマガジンでの先行配信がスタートしました。
    小池真幸 横断者たち第5回 暮らしにもっと植物を、都市に土の手触りを|鎌田美希子(後編)
    多肉植物は誤解されている──空間緑化ツールを開発した理由
     自らが生まれ育った環境と、都市部の「土から離れた」環境との違いに驚き、「人と植物の距離を近づけたい」という問題意識を抱くようになった鎌田さん。その活動の端緒は、オフィス向けの緑化を手がけるところからはじまった。先述のように自然に囲まれて育った鎌田さんは、「大好きな植物の研究をしてみたい」という想いから、大学では農学部に進学。生命科学を専攻し、農学研究科を修了したのち、野菜の種を開発するメーカーに就職した。その会社を辞めて東京に出てきたのが、20代半ばのときだ。
    「東京にはいろんな人がいて、いろんな刺激的な世界があって、とても楽しかったです。でも、やっぱり自然が少ない。コンクリートだらけだし、毎日朝から晩まで、とても無機質なオフィスで過ごしている。何かが足りない、これは何かおかしいのではないか。そう感じるようになって、もう一度原点に返り、植物を広める仕事をしたいと考えるようになりました。植物が感じさせてくれる、ワクワクや楽しさ、癒やしをもっとみんなに気づいてもらい、生活の中に取り入れてほしいなと」
     まずは働きながら、室内に植物を飾るための「インドアグリーン」の知識を学ぶための学校に一年間通った。その後、はじめは知り合いベースで、オフィスや家の緑化を手がけるように。仕事の傍らフリーで行っていたこの活動の延長で、現在のロッカクケイ合同会社での緑化事業を本業とするようになった。  ロッカクケイが手がけたプロジェクトの一つが、多肉植物たちのユニークな形や魅力を再現した室内緑化ツール「TANICUSHION®︎(たにくっしょん)」だ。たにくっしょんを立ち上げた2015年当時、園芸業界は空前の多肉植物ブームに湧いていた。多くの人々が多肉植物の面白さやかっこよさに惹かれ、高価なサボテンも流通するようになったが、「水をあげなくても育つ」「室内だけで育てられる」といった謳い文句に、違和感を覚えていたという。
    「当時、私も『オフィスにサボテンを置きたいんだよね』という相談を受けることが増えました。ただ、多肉植物にまつわる知識が、正しく伝わっていないもどかしさを感じまして。サボテンは本来、雨が少なくて、直射日光がガンガン当たる場所で生き抜くために、あのような水を貯めやすい形で進化しているんですね。だから、日本のような高温多湿な気候にはあまり向いていません。それから、室内に置くと太陽の光量が少なくて、丸かったものが途端にひょろひょろとして(徒長して)いき、やがて枯れてしまいます。『サボテンは外で生きる植物。室内に置きたいなら、代わりに多肉植物をリアルに再現したクッションを置きましょう』という想いから、室内緑化ツールのたにくっしょんを作ることにしたんです」
    ▲「たにくっしょん」には、アガベやエケベリア、ダシリリオンなどの種類がある。抱きしめたときに心地よい素材感や、一つひとつの植物にそっくりなフォルムにも徹底的にこだわり、日本の職人が心を込めて手作業で作りあげているという。
     その他、クッションで祝い花を表現した『Iwai-bana』なども手がけ、植物の施工などにも手を広げたが、「好き」という気持ちだけでビジネスを成立させることに限界も感じるように。オフィス向けの緑化サービスとしては、レンタルの貸鉢やリースの植物を置き、週に一度だけ業者がメンテナンスし、弱ったら知らないうちに取り替えられているというものが主流だという。しかし、鎌田さんは「そういうことはしたくなかった」。「植物を愛でて、一緒に生活する仲間として迎え入れてほしい」という想いが根底にあったからだ。  とはいえ、植物に触れてこなかった人々にとって、継続的に適切な世話をすることは簡単ではない。そもそも、経営判断としては、「植物にコストをかけよう」というジャッジを下すこと自体が難しい。感覚的に良さは感じるものの、メンテナンスの手間をかけてまで導入する根拠を示しづらいのは、想像に難くないだろう。
    研究でエビデンスを示し、アートで直感に訴えかける
     クッションを作ったのは一つの“代替案”であり、本来やりたかったのは、本物の植物を扱うことだ。その上、緑化ビジネスは費用対効果が示しづらい──そんな閉塞感を覚えていたとき、目の前に現れた新たな選択肢が「研究」だった。  知人がベンチャー企業を経営しながら博士号を取得したということを聞き、「え? そんな選択肢があるの?」と驚いた鎌田さん。調べてみると、植物が人に及ぼす効果を研究する「人間・植物関係学会」の存在を知る。もともとバイオ系の研究室出身の鎌田さんにとって、園芸セラピーやオフィス緑化、病院緑化の効果についての研究は、とても新鮮に映った。
    「研究というアプローチを使えば、緑化ビジネスの効果を証明するエビデンスが見つけられるかもしれない。そう思って、強く興味を持ちました。たまたま近い時期に、人間・植物関係学会が秋田で開催されると知って、一人で飛び入り参加。小さな学会なので、みなさん良くしてくださって、その中にいま私が所属している千葉大学大学院園芸学研究科の研究者がいたんです。それでゼミにお邪魔するようになって、受験して入ることになりました」
     千葉大学大学院の園芸学研究科は、国立大学法人としては日本で唯一の園芸学の研究科だという。千葉大学のキャンパスの多くが置かれている西千葉ではなく松戸に単体のキャンパスを構え、遺伝子組み換えからランドスケープまで、学際的な観点から植物の研究がなされている。  鎌田さんが選んだ研究テーマは、オフィスにおける植物の効果。オフィスに植物が置かれていることで、働く人のストレスや仕事に対する印象がどう変わるのか、心理テストやアンケート調査、印象評価、ストレスホルモンなどの生理的な指標をもとに研究している。執務スペースのみならず、休憩室に着目して、そこに植物を置くことによる効果も研究しているという。  研究対象をオフィスにしたのは、「緑化ビジネスに活かしたい」という直接の動機によるところもあるが、何よりかねてより鎌田さんが抱いていた「都市における人と植物の距離を近づけたい」という問題意識に直結するものだ。国連の予想によると、今後もますます都市人口は増えていき、2050年までには世界人口の数十%が都市に住むようになる見込みだという。だからこそ「いかに自然に戻すか」ではなく、「どうすれば都市の中に自然を取り入れていけるか」という研究に意義を感じ、都市の中でも多くの人が一日のうちの大半を過ごすオフィスを選んだのだ。  そしてビジネスと研究に加えて、鎌田さんの3つ目の軸となっている活動が、アートである。
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  • 暮らしにもっと植物を、都市に土の手触りを|鎌田美希子(前編)

    2021-09-21 07:00  
    550pt

    編集者・ライターの小池真幸さんが、「界隈」や「業界」にとらわれず、領域を横断して活動する人びとを紹介する連載「横断者たち」。今回は、プランツディレクターの鎌田美希子さんに話を伺いました。「土から離れて暮らしてしまっている」都市において、私たちはいかにして植物との関係性を取り結んでいけばよいのか。「人と植物の距離をもっと近づける」ための方法を考えます。 ※「横断者たち」の第1回~第4回はPLANETSのWebマガジン「遅いインターネット」にて公開されています。今月よりメールマガジンでの先行配信がスタートしました。
    小池真幸 横断者たち第5回 暮らしにもっと植物を、都市に土の手触りを|鎌田美希子(前編)
    コミュニケーション過剰な時代に、意思疎通できない「植物」と共に暮らす
     ここ数ヶ月、人生で初めて、「園芸」というものに興味を持つようになった。近所の小さな園芸ショップの店先を眺め、たまに小さな観葉植物の鉢を買っていくだけなのだが、これがけっこう楽しい。一つ数百円の小鉢が、日によって少しずつ違うラインナップで並べられており、「今日はどんな植物が出ているのだろう?」とささやかなワクワク感が得られる。気に入ったものがあれば、買って帰り、部屋に置くようにしている。  そして何より、植物を育てるという営みの奥深さ。といっても、たまに水をあげたり、日に当ててあげたりくらいしかしていないのだが、これが意外にも難しい。植物によって、水をあげるべきタイミングや、日に当てるべきかどうかが異なる。さらには、知らぬ間に葉っぱが茶色くなっていたりと、日によってコンディションが上下する。  もちろん、言語的コミュニケーションは一切通じない。かなり面倒な同居人であることはたしかだ。しかし、常にSNSやインターネットに接続され、意思疎通の海に溺れそうになる現代だからこそ、であろうか。コミュニケーション不可能な他者とのかかわりが、なぜだか心を落ち着かせる。毎日数分だけでも世話をすることによって、生活に彩りと安息が加えられている感覚がある。それも、たった数百円で、枯れない限りずっと楽しめる優れものだ。  周囲の知人からも、コロナ禍を機に植物を育てるようになったという声を、ちらほらと聞く。筆者は首都圏のベッドタウンで生まれ育ち、現在も都市部に住んでいる。幼少期はいわゆる昆虫少年で、カブトムシやクワガタに目がない時期もあったが、基本的に、自然にはあまり触れ合わずに生きているタイプの人間だと思う。しかし、ここにきて約20年ぶりに、生き物と共にある生活のみずみずしさを味わっている気がする。
     筆者がいままさに体験している、都市部において、いかに「自然」とのかかわりを紡ぐか。都市化が進行しつつある昨今、重要性がますます高まるであろうこの問いを考えるべく、ある人物をたずねた。話をうかがったのは、「人と植物の距離をもっと近づけたい」という想いのもと、ビジネスと研究、アートを〈横断〉しながら活動している、プランツディレクターの鎌田美希子さん。「多肉植物ブーム」への問題意識から立ち上げたクッション『たにくっしょん®︎』などを通じた空間緑化事業を手がけるロッカクケイ合同会社を経営しながら、千葉大学大学院園芸学研究科博士課程で、オフィスにおける植物の効果を研究。2019年にオフィスを植物による植物のための空間とした展示『Office Utopia』、2020年に微生物を主題として初の個展『(in)visible forest』を開くなど、アーティストとしても活動中だ。  マクロトレンドとしては都市化がますます進行しつつある中で、私たちはいかにして植物との関係性を取り結んでゆけばいいのか? 「土から離れて暮らしてしまっている」都市における、人と自然のあるべき関係を議論した。
    現代人が直面する「プランツ・ブラインドネス(植物への盲目)」
    「20代半ばで東京に出てきて最も驚いたのが、人々の植物への無関心さです。多くの人が植物に興味がなくて、私が植物の話をしても、『ああ、草ね』くらいのリアクションしかされない。昔から植物が心の底から好きだった私にとって、とてもびっくりさせられることでした」
     鎌田さんは穏やかな口調で、こんな経験を語ってくれた。筆者はこの言葉を聞いたとき、周りを見渡しながら「あぁ、そういうことか」と、深い納得感を得ていた。  というのも、鎌田さんの生活そのものが、「植物のことを心の底から好き」を体現していたからだ。今回の取材は、鎌田さんのご厚意により、(もちろん十分に感染対策を講じたうえで)自宅にお邪魔するかたちで行われた。取材前は、いちインタビュアーの分際でパーソナルな空間に足を踏み入れることに、恐縮する気持ちもあった。しかし、お邪魔した途端、そんな気持ちも吹き飛ぶほど驚いてしまった。室内の所々に観葉植物などが置かれているのはもちろん、まるで植物園のように、さまざまな植物が敷き詰められた壮観なベランダがあったのだ。


     こうしたかたちで植物とかかわっていたら、東京に住む人々が植物に「無関心」だと感じてしまうのも当然だろう。しかし一体、鎌田さんはなぜ、ここまで植物に惹かれているのだろうか? 一般に植物の良さといえば、癒やしやかっこよさ、かわいさといったポイントが思い浮かぶ。しかし、鎌田さんには、それらよりも先に来る感情があるという。
    「植物は面白いんですよ。私は東北の田舎で生まれ育ったのですが、当たり前に自然に囲まれた環境で育つ中で、植物が大好きになりました。自宅には花やサボテンがたくさんあり、すぐ横に小さな畑がある。母の実家は農家で、田畑に連れていってもらうこともありました。小学校には、田んぼのあぜ道や林の中を通りながら、30〜40分かけて歩いて通学。学校の裏には大きな雑木林があって、放課後は毎日そこで遊んでいました。植物好きが高じて、小遣いを貯めて食虫植物を買い集めたりするようにもなりましたね。変わった子どもだったと思うのですが(笑)、親もけっこう付き合ってくれまして。ドングリを植えるための植木鉢を一緒に焼きもので作ってくれたり、『あそこの山に生えいている、ギンリョウソウという腐生植物が見たい』と言うと、その場所に連れていってくれたり。最初は食べられるものから興味を持ったのですが、キイチゴがたくさん林になっていたり、ブドウが8月頃になるとやわらかくなったりと、毎日いろいろな植物を見て、触れて、時には口に入れて、その変化を感じられるのが、とても面白かったんです」
     こうした植物に対する好奇心は、本来は万人が兼ね備えている可能性があるものだと、鎌田さんは考えている。かつて、レイチェル・カーソンは『センス・オブ・ワンダー』において、​​子どもは誰でも「センス・オブ・ワンダー = 神秘さや不思議さに目をみはる感性」を持っている点を指摘した。しかし、現代においては、人が植物に対して過小評価をする傾向を示す「プランツ・ブラインドネス(植物への盲目)」が問題視されているという。たとえば、家が壊された跡地の土に雑草が生えていても、多くの人は気にもとめない。そもそも、地球上の生物の総量のうち、植物は約9割を占めるという。その植物たちが光合成によって酸素を生み出すことで人間が生きられているにもかかわらず、「火災によって山林が大きく失われた」という一大ニュースでもない限り、あまり意識にのぼってこない。
    「植物とかかわりたいという欲求は、多くの人が持っていると思うんです。人間は本能的に自然とのつながりを求めるとする『バイオフィリア』という概念があり、私たち人間は、生命に対して愛着を持つ本能があると言われています。コロナ禍に際しても、自宅で過ごす時間が増えた影響で、家で植物を育てたいという人が増えましたよね。知り合いの鉢の卸売業者さんも、コロナ禍でとても忙しくなったと言っていました。たまたま幼い頃の私がそうだったように、自然とのインタラクションを重ねる中で、植物の面白さに気づくことができれば、無関心ではいられなくなるはず。たとえば、ちょっとでも自分で育ててみるようになれば、自ずと周りの植物が気にかかるようになると思います」
     この鎌田さんの言葉は、園芸超初心者の筆者としても、大いに実感できるものだ。曲がりなりにも自身の手で育てるようになってから、道端の草木や近所の家のガーデニングの豊かさに、出会い直した感覚がある。ライターの村田あやこは“路上園芸鑑賞家”として、住宅や店舗の前などで営まれる園芸や路上空間で育まれる緑を「路上園芸」と名付け、その撮影・記録を行っているが、まさに「路上園芸観察」の魅力を知った気がするのだ。
    ▲村田あやこ『たのしい路上園芸観察』
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