-
『もののあはれ』の実装は可能か──「necomimi」作者・加賀谷友典が師・江藤淳から継承した思想(PLANETSアーカイブス)
2020-12-24 07:00
今朝のPLANETSアーカイブスは、脳波で動く猫耳「necomimi」を作った、加賀谷友典さんのインタビューです。一見キャッチーなプロジェクトの先に浮かび上がったのは「もののあはれ」という意外な言葉。そのルーツには師である文芸評論家・江藤淳から継承した思想がありました。(構成:稲葉ほたて・池田明季哉)※この記事は2014年7月9日に配信した記事の再配信です。※インタビュー内容は、2014年当時の状況に基づいたものです。
necomimiの作者は何をつくろうとしているのか
宇野 僕は加賀谷さんを人に紹介しようと思う時に、いつもどう紹介したらいいか悩んでしまうんですよ。加賀谷さんのような立場でものづくりに関わっている人って、僕の知る限りほとんどいない。効率化と最適化を行うコンサルティングだけでもないし、単に表層的なアイディアを出すのでもない。何か思想を含めた、トータルなビジョンを提案しているように感じるんです。
加賀谷 そうですね。僕のやっていることは説明が難しいんです。最近自分のことを「新規事業開発専門のプランナー」と言えばなんとなく耳慣れていて納得してもらいやすい、ということを覚えたんですが……(笑)。もっと本質的なことですよね。
僕は情報ジャンキーなんで、純粋に知りたい欲求で動いているんです。だからたまたま物事がメジャーになる手前でキャッチすることが多くて、それをプロジェクトにしていく感じです。例えばphonebookはまだガラケー全盛のスマホ黎明期に、タッチパネルを使って絵本を作ったプロジェクトでした。
▲phonebook
その後はiButterflyという、ARとGPSを組み合わせて、ある場所にしかいない蝶を捕まえてクーポンをゲットするアプリケーションを作りました(参照)。
それでスマホはだいたいやったな、と思ってシリコンバレーに遊びに行ったら、脳波テクノロジー・ベンチャーのニューロスカイ社と仲良くなり、それでnecomimiに繋がっていったわけなんです。
▲necomimi
宇野 加賀谷さんのプロジェクトって、言ってしまえば全てコミュニケーションなんです。でもその捉え方が普通と少し違っているのが興味深い。
そもそも情報機器によるコミュニケーションって、文字とハイパーリンクによって人間の内面を陶冶していくような話が多いじゃないですか。しかも、現在のネット空間を見ていると、その可能性を語るのはかなり厳しくなっている。ところが、加賀谷さんのプロジェクトはそんなふうに人間を文字で内面から陶冶する可能性なんて一度も検討したことがないような気さえする(笑)。
加賀谷 まさに、そういうところからは距離をおいてますね……。だって、動物の生態系なんて、非言語的ではあっても、情報のやりとりはなされているわけでしょう。別に言語に拘る必要はないじゃないですか。
文芸評論家・江藤淳がコンピュータ・サイエンスについて語った"予言"
宇野 プロフィールを見て気になったのですが、加賀谷さんはSFCにいたときに、文芸評論家の江藤淳のゼミにいらっしゃっいましたよね。
加賀谷 そこに目をつけますか(笑)。江藤先生のことを話すのは初めてですよ……。僕が先生と出会ったのは、ちょうど江藤さんが学部での講義を再開した頃でした。後継者として文芸評論家の福田和也さんを連れて来られる数年前ですね。
僕の方は当時大学の一年生で、SFCに政治哲学をやりたくて入ったばかりだったのですが、あの頃は現実の政治体制の分析みたいなことしかやっていなくて……もう正直なところ、退学しようと思っていたんです。でも、そんなある日、ちょうど病気の療養から回復してきたばかりの江藤淳さんが、それでまでに一度も話したことがないという「現代思想」の講義をするという機会があったんです。
じゃあ、それだけは聞いて辞めようと足を運んで……僕は人生で最も興奮する講義を聞いたんです。
宇野 それは、とんでもなく貴重な機会に恵まれましたね。
加賀谷 その講義で一つ忘れられないのが、江藤さんがコンピュータについて言及して、「おそらくコンピュータサイエンスから、言語を否定するような言語理論が生まれてくるだろう」と言ったことなんです。
正直なところ、当時は何を言ってるのかわからなかった(笑)――でも、なぜかめちゃくちゃに興奮したんですね。
その後、僕は彼の日本文学のゼミで、言語哲学のようなことを始めました。周囲が坪内逍遥の作品だとかを研究している中で、「言語という秩序体系が、なぜ非秩序である"心"を表現しうるのか」みたいな思想的問題を、一人で延々と考えていたんです。そこで興味を持ったのが本居宣長でした。彼は「漢字の輸入によって、言語を文字として定着させられるようになったけれども、"もののあはれ"が失われてしまった」と「漢意」を批判しているわけですね。
宇野 それは、江藤淳という人が近代日本のニセモノ性に極めて自覚的だったことと大きく関係してると思います。一般的には戦後日本の文化空間が敗戦とその後のアメリカによる統治によってもたらされたニセモノである、ということを批判した人だと江藤さんは思われている。それは正しいのだけど、より正確にはそんなニセモノであることに自覚的であることによってしか、現代人は成熟できないし、その自覚にしか文学は生まれない、という考えがあったと思うんですよね。そして同時にそれは日本語という日本の近代化が生んだ装置の不完全性への対峙こそが、現代文学であるという理解にもつながっていたと思うんです。
ところが、加賀谷さんのアプローチというのは、言語が世界を表せないのなら、最初から言語以外のツールを使えばいいという発想になっている。だからそもそも言語の不完全性に向き合う必要がない。
加賀谷 まさにそうなんです!
だから、そういう話を江藤先生にしたら、「さすがに日本文学の研究室は違うよね」と言われて「どうしますかねえ」となって、一緒にお酒を飲んでました(笑)。
宇野 江藤淳の弟子筋からこういう人が生まれたのは、いい意味で歴史の皮肉だと思うんですよ。
加賀谷 でもね、それから僕は大学を出たあとに大学院にも行かずぶらぶらしていたのですが、その頃に江藤さんにお会いしたら「とりあえず、生き延びろ」と言われたことがあるんです。「俺なんて初めて給料をもらったのは30歳を過ぎたときだ。君はまだ8年もあるだろう」と(笑)。
■PLANETSチャンネルの月額会員になると…・入会月以降の記事を読むことができるようになります。・PLANETSチャンネルの生放送や動画アーカイブが視聴できます。
-
『もののあはれ』の実装は可能か――「necomimi」作者・加賀谷友典が師・江藤淳から継承した思想(PLANETSアーカイブス)
2019-01-25 07:00
今朝のPLANETSアーカイブスは、新規事業開発専門のプランナーである加賀谷友典さんのインタビューです。脳波で動く猫耳「necomimi」などの開発を手がける加賀谷さん。一見キャッチーなプロジェクトの先に浮かび上がる、「もののあはれ」という意外な言葉の真意とは――?(構成:構成:稲葉ほたて・池田明季哉) ※この記事は2014年7月9日に配信した記事の再配信です
■necomimiの作者は何をつくろうとしているのか
宇野 僕は加賀谷さんを人に紹介しようと思う時に、いつもどう紹介したらいいか悩んでしまうんですよ。加賀谷さんのような立場でものづくりに関わっている人って、僕の知る限りほとんどいない。効率化と最適化を行うコンサルティングだけでもないし、単に表層的なアイディアを出すのでもない。何か思想を含めた、トータルなビジョンを提案しているように感じるんです。
加賀谷 そうですね。僕のやっていることは説明が難しいんです。最近自分のことを「新規事業開発専門のプランナー」と言えばなんとなく耳慣れていて納得してもらいやすい、ということを覚えたんですが……(笑)。もっと本質的なことですよね。
僕は情報ジャンキーなんで、純粋に知りたい欲求で動いているんです。だからたまたま物事がメジャーになる手前でキャッチすることが多くて、それをプロジェクトにしていく感じです。例えばphonebookはまだガラケー全盛のスマホ黎明期に、タッチパネルを使って絵本を作ったプロジェクトでした。
その後はiButterflyという、ARとGPSを組み合わせて、ある場所にしかいない蝶を捕まえてクーポンをゲットするアプリケーションを作りました(参照)。
それでスマホはだいたいやったな、と思ってシリコンバレーに遊びに行ったら、脳波テクノロジー・ベンチャーのニューロスカイ社と仲良くなり、それでnecomimiに繋がっていったわけなんです。
宇野 加賀谷さんのプロジェクトって、言ってしまえば全てコミュニケーションなんです。でもその捉え方が普通と少し違っているのが興味深い。
そもそも情報機器によるコミュニケーションって、文字とハイパーリンクによって人間の内面を陶冶していくような話が多いじゃないですか。しかも、現在のネット空間を見ていると、その可能性を語るのはかなり厳しくなっている。ところが、加賀谷さんのプロジェクトはそんなふうに人間を文字で内面から陶冶する可能性なんて一度も検討したことがないような気さえする(笑)。
加賀谷 まさに、そういうところからは距離をおいてますね……。だって、動物の生態系なんて、非言語的ではあっても、情報のやりとりはなされているわけでしょう。別に言語に拘る必要はないじゃないですか。
■文芸評論家・江藤淳がコンピュータ・サイエンスについて語った"予言"
宇野 プロフィールを見て気になったのですが、加賀谷さんはSFCにいたときに、文芸評論家の江藤淳のゼミにいらっしゃっいましたよね。
加賀谷 そこに目をつけますか(笑)。江藤先生のことを話すのは初めてですよ……。僕が先生と出会ったのは、ちょうど江藤さんが学部での講義を再開した頃でした。後継者として文芸評論家の福田和也さんを連れて来られる数年前ですね。
僕の方は当時大学の一年生で、SFCに政治哲学をやりたくて入ったばかりだったのですが、あの頃は現実の政治体制の分析みたいなことしかやっていなくて……もう正直なところ、退学しようと思っていたんです。でも、そんなある日、ちょうど病気の療養から回復してきたばかりの江藤淳さんが、それでまでに一度も話したことがないという「現代思想」の講義をするという機会があったんです。
じゃあ、それだけは聞いて辞めようと足を運んで……僕は人生で最も興奮する講義を聞いたんです。
宇野 それは、とんでもなく貴重な機会に恵まれましたね。
加賀谷 その講義で一つ忘れられないのが、江藤さんがコンピュータについて言及して、「おそらくコンピュータサイエンスから、言語を否定するような言語理論が生まれてくるだろう」と言ったことなんです。
正直なところ、当時は何を言ってるのかわからなかった(笑)――でも、なぜかめちゃくちゃに興奮したんですね。
その後、僕は彼の日本文学のゼミで、言語哲学のようなことを始めました。周囲が坪内逍遥の作品だとかを研究している中で、「言語という秩序体系が、なぜ非秩序である"心"を表現しうるのか」みたいな思想的問題を、一人で延々と考えていたんです。そこで興味を持ったのが本居宣長でした。彼は「漢字の輸入によって、言語を文字として定着させられるようになったけれども、"もののあはれ"が失われてしまった」と「漢意」を批判しているわけですね。
宇野 それは、江藤淳という人が近代日本のニセモノ性に極めて自覚的だったことと大きく関係してると思います。一般的には戦後日本の文化空間が敗戦とその後のアメリカによる統治によってもたらされたニセモノである、ということを批判した人だと江藤さんは思われている。それは正しいのだけど、より正確にはそんなニセモノであることに自覚的であることによってしか、現代人は成熟できないし、その自覚にしか文学は生まれない、という考えがあったと思うんですよね。そして同時にそれは日本語という日本の近代化が生んだ装置の不完全性への対峙こそが、現代文学であるという理解にもつながっていたと思うんです。
ところが、加賀谷さんのアプローチというのは、言語が世界を表せないのなら、最初から言語以外のツールを使えばいいという発想になっている。だからそもそも言語の不完全性に向き合う必要がない。
加賀谷 まさにそうなんです!
だから、そういう話を江藤先生にしたら、「さすがに日本文学の研究室は違うよね」と言われて「どうしますかねえ」となって、一緒にお酒を飲んでました(笑)。
宇野 江藤淳の弟子筋からこういう人が生まれたのは、いい意味で歴史の皮肉だと思うんですよ。
加賀谷 でもね、それから僕は大学を出たあとに大学院にも行かずぶらぶらしていたのですが、その頃に江藤さんにお会いしたら「とりあえず、生き延びろ」と言われたことがあるんです。「俺なんて初めて給料をもらったのは30歳を過ぎたときだ。君はまだ8年もあるだろう」と(笑)。 ■PLANETSチャンネルの月額会員になると…・入会月以降の記事を読むことができるようになります。・PLANETSチャンネルの生放送や動画アーカイブが視聴できます。
-
【無料公開】『ものづくり2.0』イベントレポート――小笠原治×落合陽一×加賀谷友典×根津孝太×宇野常寛×堀潤の語るメイカーズの現在(2014-5-16配信) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 号外 ☆
2015-12-19 17:00
【無料公開】『ものづくり2.0』イベントレポート小笠原治×落合陽一×加賀谷友典×根津孝太×宇野常寛×堀潤の語るメイカーズの現在
☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
2015.12.19 号外
http://wakusei2nd.com
ネットでもリアル書店でも話題沸騰中の落合陽一さんの著書『魔法の世紀』。本の内容をさらにフォローアップすべく、PLANETSメルマガでは落合さんがこれまでに登場した記事を無料公開していきます!
本日お届けするのは、落合さんも登壇し2014年5月に行われたイベント『ものづくり2.0』のレポートです。本メルマガで『カーデザインの20世紀』を連載中のデザイナー・根津孝太さんや、のちに『メイカーズ進化論』を上梓し日本版IoTムーブメントのエヴァンジェリストとして活躍することになる小笠原治さん、そして「necomimi」開発者の加賀谷友典さんをお招きして行われたこの -
【再配信】『もののあはれ』の実装は可能か――「necomimi」作者・加賀谷友典が師・江藤淳から継承した思想 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 号外 ☆
2015-02-02 07:15※メルマガ会員の方は、メール冒頭にある「webで読む」リンクからの閲覧がおすすめです。(画像などがきれいに表示されます)
『もののあはれ』の実装は可能か ――「necomimi」作者・加賀谷友典が 師・江藤淳から継承した思想
☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
2015.2.2 号外
http://wakusei2nd.com
「ほぼ惑」では不定期で過去の好評記事を再配信中! 今回は昨年7月に配信した、脳波で動く猫耳「necomimi」を作った加賀谷友典さんへのインタビューです。一見キャッチーなプロジェクトの先に浮かび上がる、「もののあはれ」という意外な言葉の真意とは――?(2014.7.9配信)
▼プロフィール 加賀谷友典(かがや・とものり)
1972年生まれ、慶應義塾大学総合政策学部卒業。フリーのプランナーとしてデジタル・ネットワーク領域で多数のプロジェクト立ち上げに参加。新規事業開発における調査、コンセプトの立案、チームマネジメントが専門。主な事例としては坂本龍一インスタレーション作品「windVibe」「Phonebook」「iButterfly」(電通)、「GEOCOSMOS」(日本科学未来館)、読売新聞yorimoプロジェクト、脳波で動くネコミミ”necomimi”など。
◎構成:稲葉ほたて・池田明季哉
necomimiの作者は何をつくろうとしているのか
宇野 僕は加賀谷さんを人に紹介しようと思う時に、いつもどう紹介したらいいか悩んでしまうんですよ。加賀谷さんのような立場でものづくりに関わっている人って、僕の知る限りほとんどいない。効率化と最適化を行うコンサルティングだけでもないし、単に表層的なアイディアを出すのでもない。何か思想を含めた、トータルなビジョンを提案しているように感じるんです。
加賀谷 そうですね。僕のやっていることは説明が難しいんです。最近自分のことを「新規事業開発専門のプランナー」と言えばなんとなく耳慣れていて納得してもらいやすい、ということを覚えたんですが……(笑)。もっと本質的なことですよね。
僕は情報ジャンキーなんで、純粋に知りたい欲求で動いているんです。だからたまたま物事がメジャーになる手前でキャッチすることが多くて、それをプロジェクトにしていく感じです。例えばphonebookはまだガラケー全盛のスマホ黎明期に、タッチパネルを使って絵本を作ったプロジェクトでした。
▲phonebook
https://www.youtube.com/watch?v=AQ-oQihxBws
その後はiButterflyという、ARとGPSを組み合わせて、ある場所にしかいない蝶を捕まえてクーポンをゲットするアプリケーションを作りました(https://www.youtube.com/watch?v=HAQh-_nFH-s)。
それでスマホはだいたいやったな、と思ってシリコンバレーに遊びに行ったら、脳波テクノロジー・ベンチャーのニューロスカイ社と仲良くなり、それでnecomimiに繋がっていったわけなんです。
▲necomimi
https://www.youtube.com/watch?v=w06zvM2x_lw
宇野 加賀谷さんのプロジェクトって、言ってしまえば全てコミュニケーションなんです。でもその捉え方が普通と少し違っているのが興味深い。
そもそも情報機器によるコミュニケーションって、文字とハイパーリンクによって人間の内面を陶冶していくような話が多いじゃないですか。しかも、現在のネット空間を見ていると、その可能性を語るのはかなり厳しくなっている。ところが、加賀谷さんのプロジェクトはそんなふうに人間を文字で内面から陶冶する可能性なんて一度も検討したことがないような気さえする(笑)。
加賀谷 まさに、そういうところからは距離をおいてますね……。だって、動物の生態系なんて、非言語的ではあっても、情報のやりとりはなされているわけでしょう。別に言語に拘る必要はないじゃないですか。
文芸評論家・江藤淳がコンピュータ・サイエンスについて語った"予言"
宇野 プロフィールを見て気になったのですが、加賀谷さんはSFCにいたときに、文芸評論家の江藤淳のゼミにいらっしゃっいましたよね。
加賀谷 そこに目をつけますか(笑)。江藤先生のことを話すのは初めてですよ……。僕が先生と出会ったのは、ちょうど江藤さんが学部での講義を再開した頃でした。後継者として文芸評論家の福田和也さんを連れて来られる数年前ですね。
僕の方は当時大学の一年生で、SFCに政治哲学をやりたくて入ったばかりだったのですが、あの頃は現実の政治体制の分析みたいなことしかやっていなくて……もう正直なところ、退学しようと思っていたんです。でも、そんなある日、ちょうど病気の療養から回復してきたばかりの江藤淳さんが、それでまでに一度も話したことがないという「現代思想」の講義をするという機会があったんです。
じゃあ、それだけは聞いて辞めようと足を運んで……僕は人生で最も興奮する講義を聞いたんです。
宇野 それは、とんでもなく貴重な機会に恵まれましたね。
加賀谷 その講義で一つ忘れられないのが、江藤さんがコンピュータについて言及して、「おそらくコンピュータサイエンスから、言語を否定するような言語理論が生まれてくるだろう」と言ったことなんです。
正直なところ、当時は何を言ってるのかわからなかった(笑)――でも、なぜかめちゃくちゃに興奮したんですね。
その後、僕は彼の日本文学のゼミで、言語哲学のようなことを始めました。周囲が坪内逍遥の作品だとかを研究している中で、「言語という秩序体系が、なぜ非秩序である"心"を表現しうるのか」みたいな思想的問題を、一人で延々と考えていたんです。そこで興味を持ったのが本居宣長でした。彼は「漢字の輸入によって、言語を文字として定着させられるようになったけれども、"もののあはれ"が失われてしまった」と「漢意」を批判しているわけですね。
宇野 それは、江藤淳という人が近代日本のニセモノ性に極めて自覚的だったことと大きく関係してると思います。一般的には戦後日本の文化空間が敗戦とその後のアメリカによる統治によってもたらされたニセモノである、ということを批判した人だと江藤さんは思われている。それは正しいのだけど、より正確にはそんなニセモノであることに自覚的であることによってしか、現代人は成熟できないし、その自覚にしか文学は生まれない、という考えがあったと思うんですよね。そして同時にそれは日本語という日本の近代化が生んだ装置の不完全性への対峙こそが、現代文学であるという理解にもつながっていたと思うんです。
ところが、加賀谷さんのアプローチというのは、言語が世界を表せないのなら、最初から言語以外のツールを使えばいいという発想になっている。だからそもそも言語の不完全性に向き合う必要がない。
加賀谷 まさにそうなんです!
だから、そういう話を江藤先生にしたら、「さすがに日本文学の研究室は違うよね」と言われて「どうしますかねえ」となって、一緒にお酒を飲んでました(笑)。
宇野 江藤淳の弟子筋からこういう人が生まれたのは、いい意味で歴史の皮肉だと思うんですよ。
加賀谷 でもね、それから僕は大学を出たあとに大学院にも行かずぶらぶらしていたのですが、その頃に江藤さんにお会いしたら「とりあえず、生き延びろ」と言われたことがあるんです。「俺なんて初めて給料をもらったのは30歳を過ぎたときだ。君はまだ8年もあるだろう」と(笑)。▼【ここから先はチャンネル会員限定!】PLANETSの日刊メルマガ「ほぼ日刊惑星開発委員会」は2月も厳選された記事を多数配信予定です!
配信記事一覧は下記リンクから更新されていきます。
http://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/201502
-
『もののあはれ』の実装は可能か――「necomimi」作者・加賀谷友典が師・江藤淳から継承した思想 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.110 ☆
2014-07-09 07:00
『もののあはれ』の実装は可能か ――「necomimi」作者・加賀谷友典が 師・江藤淳から継承した思想
☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
2014.7.9 vol.110
http://wakusei2nd.com
本日のほぼ惑は、脳波で動く猫耳「necomimi」を作った、加賀谷友典さんにお話を伺いました。一見キャッチーなプロジェクトの先に浮かび上がる、「もののあはれ」という意外な言葉の真意とは――?
▼プロフィール 加賀谷友典(かがや・とものり)
1972年生まれ、慶應義塾大学総合政策学部卒業。フリーのプランナーとしてデジタル・ネットワーク領域で多数のプロジェクト立ち上げに参加。新規事業開発における調査、コンセプトの立案、チームマネジメントが専門。主な事例としては坂本龍一インスタレーション作品「windVibe」「Phonebook」「iButterfly」(電通)、「GEOCOSMOS」(日本科学未来館)、読売新聞yorimoプロジェクト、脳波で動くネコミミ”necomimi”など。
◎構成:稲葉ほたて・池田明季哉
■necomimiの作者は何をつくろうとしているのか
宇野 僕は加賀谷さんを人に紹介しようと思う時に、いつもどう紹介したらいいか悩んでしまうんですよ。加賀谷さんのような立場でものづくりに関わっている人って、僕の知る限りほとんどいない。効率化と最適化を行うコンサルティングだけでもないし、単に表層的なアイディアを出すのでもない。何か思想を含めた、トータルなビジョンを提案しているように感じるんです。
加賀谷 そうですね。僕のやっていることは説明が難しいんです。最近自分のことを「新規事業開発専門のプランナー」と言えばなんとなく耳慣れていて納得してもらいやすい、ということを覚えたんですが……(笑)。もっと本質的なことですよね。
僕は情報ジャンキーなんで、純粋に知りたい欲求で動いているんです。だからたまたま物事がメジャーになる手前でキャッチすることが多くて、それをプロジェクトにしていく感じです。例えばphonebookはまだガラケー全盛のスマホ黎明期に、タッチパネルを使って絵本を作ったプロジェクトでした。
▲phonebook
https://www.youtube.com/watch?v=AQ-oQihxBws
その後はiButterflyという、ARとGPSを組み合わせて、ある場所にしかいない蝶を捕まえてクーポンをゲットするアプリケーションを作りました(https://www.youtube.com/watch?v=HAQh-_nFH-s)。
それでスマホはだいたいやったな、と思ってシリコンバレーに遊びに行ったら、脳波テクノロジー・ベンチャーのニューロスカイ社と仲良くなり、それでnecomimiに繋がっていったわけなんです。
▲necomimi
https://www.youtube.com/watch?v=w06zvM2x_lw
宇野 加賀谷さんのプロジェクトって、言ってしまえば全てコミュニケーションなんです。でもその捉え方が普通と少し違っているのが興味深い。
そもそも情報機器によるコミュニケーションって、文字とハイパーリンクによって人間の内面を陶冶していくような話が多いじゃないですか。しかも、現在のネット空間を見ていると、その可能性を語るのはかなり厳しくなっている。ところが、加賀谷さんのプロジェクトはそんなふうに人間を文字で内面から陶冶する可能性なんて一度も検討したことがないような気さえする(笑)。
加賀谷 まさに、そういうところからは距離をおいてますね……。だって、動物の生態系なんて、非言語的ではあっても、情報のやりとりはなされているわけでしょう。別に言語に拘る必要はないじゃないですか。
■文芸評論家・江藤淳がコンピュータ・サイエンスについて語った"予言"
宇野 プロフィールを見て気になったのですが、加賀谷さんはSFCにいたときに、文芸評論家の江藤淳のゼミにいらっしゃっいましたよね。
加賀谷 そこに目をつけますか(笑)。江藤先生のことを話すのは初めてですよ……。僕が先生と出会ったのは、ちょうど江藤さんが学部での講義を再開した頃でした。後継者として文芸評論家の福田和也さんを連れて来られる数年前ですね。
僕の方は当時大学の一年生で、SFCに政治哲学をやりたくて入ったばかりだったのですが、あの頃は現実の政治体制の分析みたいなことしかやっていなくて……もう正直なところ、退学しようと思っていたんです。でも、そんなある日、ちょうど病気の療養から回復してきたばかりの江藤淳さんが、それでまでに一度も話したことがないという「現代思想」の講義をするという機会があったんです。
じゃあ、それだけは聞いて辞めようと足を運んで……僕は人生で最も興奮する講義を聞いたんです。
宇野 それは、とんでもなく貴重な機会に恵まれましたね。
加賀谷 その講義で一つ忘れられないのが、江藤さんがコンピュータについて言及して、「おそらくコンピュータサイエンスから、言語を否定するような言語理論が生まれてくるだろう」と言ったことなんです。
正直なところ、当時は何を言ってるのかわからなかった(笑)――でも、なぜかめちゃくちゃに興奮したんですね。
その後、僕は彼の日本文学のゼミで、言語哲学のようなことを始めました。周囲が坪内逍遥の作品だとかを研究している中で、「言語という秩序体系が、なぜ非秩序である"心"を表現しうるのか」みたいな思想的問題を、一人で延々と考えていたんです。そこで興味を持ったのが本居宣長でした。彼は「漢字の輸入によって、言語を文字として定着させられるようになったけれども、"もののあはれ"が失われてしまった」と「漢意」を批判しているわけですね。
宇野 それは、江藤淳という人が近代日本のニセモノ性に極めて自覚的だったことと大きく関係してると思います。一般的には戦後日本の文化空間が敗戦とその後のアメリカによる統治によってもたらされたニセモノである、ということを批判した人だと江藤さんは思われている。それは正しいのだけど、より正確にはそんなニセモノであることに自覚的であることによってしか、現代人は成熟できないし、その自覚にしか文学は生まれない、という考えがあったと思うんですよね。そして同時にそれは日本語という日本の近代化が生んだ装置の不完全性への対峙こそが、現代文学であるという理解にもつながっていたと思うんです。
ところが、加賀谷さんのアプローチというのは、言語が世界を表せないのなら、最初から言語以外のツールを使えばいいという発想になっている。だからそもそも言語の不完全性に向き合う必要がない。
加賀谷 まさにそうなんです!
だから、そういう話を江藤先生にしたら、「さすがに日本文学の研究室は違うよね」と言われて「どうしますかねえ」となって、一緒にお酒を飲んでました(笑)。
宇野 江藤淳の弟子筋からこういう人が生まれたのは、いい意味で歴史の皮肉だと思うんですよ。
加賀谷 でもね、それから僕は大学を出たあとに大学院にも行かずぶらぶらしていたのですが、その頃に江藤さんにお会いしたら「とりあえず、生き延びろ」と言われたことがあるんです。「俺なんて初めて給料をもらったのは30歳を過ぎたときだ。君はまだ8年もあるだろう」と(笑)。 -
『ものづくり2.0』イベントレポート――小笠原治×落合陽一×加賀谷友典×根津孝太×宇野常寛×堀潤の語るメイカーズの現在 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.072 ☆
2014-05-16 07:00
『ものづくり2.0』イベントレポート小笠原治×落合陽一×加賀谷友典×根津孝太×宇野常寛×堀潤の語るメイカーズの現在
☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
2014.5.16 vol.72
http://wakusei2nd.com
日本版メイカーズの未来はどうなるのか?メイカーズの最先端を走るパネリストが集まり、今起こりつつある「ものづくり2.0」の現在を語り、これからの未来を考えたイベントのレポートです。
本イベントは5月11日(日)の午後、東京・渋谷にある「loftwork Lab」で開催されました。元WIRED編集長のクリス・アンダーソン著『MAKERS』により広く知られるようになった”メイカーズムーブメント“。2013年には日本でも3Dプリンターがメディアに取り上げられることにより大ブームとなりました。同ムーブメントは「モノのロングテール」とも呼ばれ、誰もがアイデア一つで製造業に
1 / 1