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  • 『ナイン』ブレイク以降の集大成としての『虹色とうがらし』(前編)| 碇本学

    2020-11-25 07:00 22時間前 
    550pt

    ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉──あだち充と戦後日本の青春」。今回から、SF×時代劇の異色作『虹色とうがらし』の読み解きに入ります。昭和が終わり平成の幕が上がる中で、あだち充が「少年サンデー」の看板作家という立ち位置から意図的に距離を取りながら試みた「二重のリミックス」とは?
    碇本学 ユートピアの終焉──あだち充と戦後日本社会の青春第15回 『ナイン』ブレイク以降の集大成としての『虹色とうがらし』(前編)
    『虹色とうがらし』連載開始当時の「少年サンデー」とあだち充
    連載時はあまり手応えのなかったとあだち充が回想する『ラフ』は、その後あだち充作品の人気投票では上位に食い込む人気作品となった。ネットなどにある人気投票を見てみると上位のベスト5は『H2』、『タッチ』、『ラフ』、『みゆき』、『クロスゲーム』となっている。『みゆき』と『ラフ』以外の三作品は野球がメインであり、世代ごとにリアルタイムで読んだものが反映されている結果に見えなくもない。 『ラフ』が1989年に連載終了すると、すぐに翌年の1990年に同じく「少年サンデー」で『虹色とうがらし』の連載が開始された。今作はSF×時代劇という異色作であり、あだち充と言えば野球やボクシング、青春のイメージが強いせいか人気投票でも上位に入ることはなく、一部のマニアックなファンが好きな作品の一つと考えられている。 『虹色とうがらし』という作品はどうしても「SF×時代劇」という部分がピックアップされてしまうのだが、今改めて読み返してみると『虹色とうがらし』という作品は、それまでは作品内で自分の意志や主張をほとんどしてこなかったあだち充が率直にセリフなどでそのことを表明していることに加えて、『ナイン』でブレイクした後のあだち充の要素がほぼ入っている、きわめて稀な作品になっている。
    1970年にデビューしたあだち充は、この連載が始まった時には画業20周年(当時39歳)を迎えていた。『虹色とうがらし』は漫画家として20年生き抜いてきたあだち充がそれまで描いてきた漫画作品をリミックスして、「SF×時代劇」でパッケージした記念すべきものでもあった。そして、彼がずっと幼少期から影響を受けてきたもの、描きたいものを、全面的に取り入れた作品となった。この辺りもあだち充の長編連載作品では珍しい特徴と言える。

    「タッチ」や「ラフ」は『サンデー』の中でのポジションや、打率を一応気にしながらやってたんだけど、「虹色とうがらし」は、自分が漫画家を目指した頃に描いていた絵や世界観で、ずっとやりたいと思っていた題材を描いた作品です。だから、いちばん力が入ってます。これをやらせてもらったのは、のちのちすごく助かってます。〔参考文献1〕
    「作家」のようなポジションにいっちゃうと、バカができなくなってしまう。「虹色とうがらし」にはまったく後悔がないし、こんなことをやっているから、全然大物感の漂わない漫画のままこれた。〔参考文献1〕

    上記のように「少年サンデー」でのポジションや打率をあまり気にせずに済んだのは、『虹色とうがらし』連載当時の「少年サンデー」連載陣によるところが大きいだろう。
    「少年サンデー」において高橋留美子とあだち充のふたりは、1980年代初頭からラブコメ路線を引っ張っていった稼ぎ頭であり、他の若手漫画家にとっても精神的な支柱になっていた。あだち充は『タッチ』『ラフ』の時点では「少年サンデー」のエースとして四番打者的なポジションを担っており、そんな期待を編集部や周りもかけていた。しかし、『虹色とうがらし』の頃になると、若手の漫画家が充分に成長し台頭してきはじめていた。 まず、盟友の高橋留美子は『らんま1/2』、藤田和日郎『うしおととら』、北崎拓『ふ・た・り』、西森博之『今日から俺は!!』、河合克敏『帯をギュッとね!』、椎名高志『GS美神極楽大戦!!』、青山剛昌『YAIBA』 、ゆうきまさみ『機動警察パトレイバー』、村枝賢一『俺たちのフィールド』他と、あだち充と高橋留美子が「少年サンデー」で連載を始めた頃にいたベテラン勢と若手がほぼ入れ替わっており、なおかつその漫画家たちも人気作品でヒットを飛ばしていた。そんな状況もあって、あだちは自分が「少年サンデー」のエースでいることや打率などの重荷を自ら外し、編集部や読者が求めるラブコメ&青春ど真ん中の豪速球を投げることを一旦やめることができたのかもしれない。
    また、前作の『ラフ』同様、『虹色とうがらし』にはまったく編集者の存在が漫画の中に登場しない。同時期に「ちゃお」で連載していたラブコメ無双になっていた『スローステップ』では、担当編集者の都築がたびたび登場していており、この点は非常に対照的だ。 あだち充は担当編集者と漫画とは関係のない無駄話をするだけだったが、それが彼にとっては重要なことだった。そして、『タッチ』以降はネームすらも担当編集者にも見せなくなっていた。それはあだち作品に何度もキャラクターとして登場させられることになる三上信一も同様だった。 『虹色とうがらし』も同じように担当編集者は事前の打ち合わせで、あだちが好きだった「時代劇」や「落語」をメインにした漫画を始めることは伝えられていたのだろうが、受け取った原稿を見て驚いたことだろう。そこにプラスSF的な要素も入っていたのだから。 『タッチ』連載時の担当編集者だった白井、三上、有藤は「少年サンデー」編集部におらず、あだちと編集部はうまくコミュニケーションができていなかった可能性も考えられる。その頃にあだち充に直接、苦言やこういう作品にしてほしいと要望する編集者も、おそらくいなかったのではないだろうか。
    長かった「昭和」の終焉と失われていく風景をめぐって
    ともあれ、こうした当時の「少年サンデー」の状況の中で、『虹色とうがらし』の連載が開始された。そこに込めたものについて、あだちはこのように語っている。

    江戸の町と落語の世界はいまだに大好きですから、時代劇と落語をずっと描きたいと思ってたんです。時代劇というか、江戸時代の庶民、天下取りなどとは関係のない市井の人々の日常。 だから設定は、これまでいちばん考えて、準備して始めたんじゃないかな。連載前にたまたま高橋留美子と一緒になる機会があって、「虹色とうがらし」の構想についてだいぶ話した気がします。普段そんなこと絶対言わないから「珍しいね」と言われたのを憶えてる。〔参考文献1〕
    落語が好きになったのは高校時代です。その頃には、落語の本を買って読んでました。高校時代から朝までラジオを聴いてたので、明け方は落語の番組をよく聴いてましたし、頭の中で映像を浮かべて楽しんでた。だから、江戸の市井の人々の風景はすでに頭の中にあって、いつでも遊んでいた気がします。 描きたいことはいっぱいありました。忍者も、チャンバラも、長屋も描きたかった。そういう、子どもの頃に描きたかったものをすべて描いてます。最終的にどこに話を持っていくかということも、例のごとくまったく考えてません……。〔参考文献1〕
    昔、僕が好きだった時代劇は、「時代考証」なんかなかったデタラメな世界でした。そういうものが描きたかったから、SFの設定にするしかなかったんです。テレビでも漫画でも、昔は細かいことを気にしない時代劇がたくさんありました。なんでもかんでも時代考証的に「こういうことはあり得ない」みたいな指摘が嫌いで。漫画でいうと、白土三平以前のおおらかな時代劇が大好きでしたね。細かいことを気にせずにその世界観を楽しむ。作家の姿勢としては、僕はそっちなんで。〔参考文献1〕

    幼少期から触れてきた映画やテレビの時代劇と落語をずっと描きたかったというあだち充が、ある種、童心に戻って描いた漫画が、この『虹色とうがらし』だった。
    落語好きで知られるあだち充が好きな落語家は立川談志、三遊亭圓生、古今亭志ん生といった名人たちであり、中学の頃から『落語大全集』を読んでいた生粋の落語ファンだった。また、兄の勉が師匠の赤塚不二夫と共に芸能コースで弟子入りしたのが立川談志の立川流だった。 立川談志は長寿番組となった「笑点」を立ち上げ、一般の人々には縁遠い古典芸能になってしまっていた落語家を日本中のお茶の間に広めた存在でもあり、政治家にも一期だけだがなっているというバラエティーに富んだ落語家だった。また、落語に関する著作も多数あり、現在においてもその影響力は落語以外のジャンルにも及んでいる。 天才と呼ばれた立川談志が天才と認めていたのは手塚治虫とダ・ヴィンチのみであり、手塚との交流も深く、手塚も談志の芸を認めていたという。また、その手塚から言われたことで政治家を辞めているほどの信頼関係があった。
    立川談志は落語と自身の芸について、著作で「業の肯定」「イリュージョン」「江戸の風」というキーワードを挙げている。この中の「江戸の風」というのは、要約すると「落語とは江戸の風が吹く中で演じる一人芸」という定義であった。落語の形式を満たしているだけではなく、その伝統に根ざしているものを「江戸の風」と立川談志は表現していた。 このように、立川談志の落語を中学時代から聴いてきたあだち充にも、その「江戸の風」のようなものが作品の根底にあると筆者は感じている。 それは言うなれば、やはり戦後に生まれたあだち充たちが影響を受けた「戦後日本社会の青春」と言える「昭和の風」だったのではないだろうか。

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  • 完遂できなかった『陽あたり良好!』を進化させた青春群像漫画『ラフ』(後編)| 碇本学

    2020-10-29 07:00  
    550pt

    ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本の青春」。『タッチ』に続く代表作と評される『ラフ』の分析の後編です。原作の連載終了から四半世紀を経て公開された実写映画版で、あだち的な「青春」像はゼロ年代にどう描き直されたのか。そして『陽あたり良好!』でやり残したテーマがどう昇華されたのかに迫ります。
    碇本学 ユートピアの終焉──あだち充と戦後日本社会の青春第14回 完遂できなかった『陽あたり良好!』を進化させた青春群像漫画『ラフ』(後編)
    漫画版の魅力を逆説的に浮き彫りにした実写映画版

     「ラフ」はラストに向けて、つまらないエピソードを重ねながら盛り上げていきました。甲子園大会みたいに1回戦、2回戦と盛り上げられないから、それまで出てきた登場人物を総動員して使い切った。  そして最後、カセットテープを小道具に使うんですが、この思いつきに助けられたラストです。亜美の気持ちをどう圭介に伝えるか、どうふたりらしい終わり方にするか、最後の数話、煮詰まった中から出てきたアイデアだと思います。  「タッチ」は最終回の前の回で決着をつけて、最終回はあと始末で終わらせますが、「ラフ」は最後の1ページまでどうなるかわからないつくりになってます。結果的にはうまくいった気がします。〔参考文献1〕

    『ラフ』の名シーンのひとつは、最終回「きこえますかの巻」において、亜美がカセットテープに吹き込んだ圭介への告白だろう。この最終回で、圭介は恋愛でも水泳でもライバルとなる仲西と、日本選手権の自由形決勝で直接戦うことになる。 最後のページでは、レースの前に亜美が圭介への思いをカセットテープに吹き込んでいたことが読者にはわかるようになっている。そして、圭介と仲西の勝敗の結果は漫画では描かれてはいない。しかし、最終回のふたつ前の「勝ちそうなほうよの巻」で亜美は大場のじいさんとばったり会った際に、「なんじゃ、本命は負けそうなほうなのか」と聞かれた際に、亜美は「勝ちそうなほうよ」と答えている。亜美のこのセリフから、読者は圭介が日本新記録を出して仲西に勝つのではないかと読者に想像させるのである。こうした説明をどんどん省略していくスタイルは、あだち充が自分の読者ならこの描き方で伝わるはずだとわかった上での選択だった。 このラストシーンがあるからこそ、『ラフ』はあだち充作品の中でも非常に高い人気を誇っており、ラブコメの名作のひとつとして残っているのではないだろうか。
    2000年代になってから、『ラフ』は連載誌「少年サンデー」での前作『タッチ』とともに相次いで東宝系で実写映画化されている。『タッチ』のほうは犬童一心を監督に起用して2005年に公開されたのに続き、翌2006年に公開された『ラフ ROUGH』は、企画に川村元気、監督に前年に『NANA』を大ヒットさせた大谷健太郎、さらに脚本には『ナースのお仕事3』を手掛けた金子ありさを起用。デビュー以来ずっとテレビドラマの脚本をしていた金子が、はじめて映画の脚本を手掛けたのは『電車男』(2005年)だった。『電車男』の企画は川村元気であり、ここから彼の名がヒットメーカーとして知られていくことになったのだが、『ラフ ROUGH』はそれに続く企画・脚本家のタッグにもなっている。
    この『タッチ』『ラフ ROUGH』の2作に共通するのが、製作が東宝の社内プロデューサー・本間英行であり、主演が長澤まさみであるということだ。『タッチ』の1年前の2004年には本間が製作に関わった行定勲監督の映画版『世界の中心で、愛をさけぶ』が劇場公開され、興行収入85億円を超える大ヒットになっていた。当時、高校生だった長澤まさみは主人公・松本朔太郎(森山未來)の高校時代の恋人役の広瀬亜紀を演じた。この役どころは聡明でスポーツ万能で親しみやすいという『タッチ』の浅倉南を彷彿とさせる存在だったが、彼女は白血病を患うことになる。 長澤まさみは白血病治療の副作用による脱毛症を演じるためにスキンヘッドになり、この時の好演で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞など数々の賞を受賞し、『世界の中心で、愛をさけぶ』は彼女の出世作になった。 また、『世界の中心で、愛をさけぶ』は映画公開とほぼ同時期に堤幸彦が演出で参加した同名のテレビドラマも放映されていた。ドラマ版では朔太郎を山田孝之、亜紀を綾瀬はるかが演じている。ゼロ年代の青春映画ブームの嚆矢『ウォーターボーイズ』(2001年)の2年後を描いたドラマ版『WATER BOYS』(2003年)でブレイクしたのが山田孝之と森山未來の二人であり、若手俳優ブームとともに青春ものがゼロ年代の映画やドラマを牽引していくことになった。同時に彼らの相手役となる若手女優たちも台頭していくことになり、その中のひとりが長澤まさみだった。
    そもそも彼女は「東宝シンデレラオーディション」のグランプリを受賞したことで芸能界入りした女優であり、東宝や本間としては『世界の中心で、愛をさけぶ』に続く大ヒット作を、長澤の主演ありきでやろうとしたのだろう。そのための知名度と話題性のある企画として、あだち充の人気上位作である『タッチ』と『ラフ』が選ばれたのだと考えられる。 実際、原作では『タッチ』は上杉達也、『ラフ』は大和圭介が主人公であるが、映画版では浅倉南と二宮亜美のヒロインが主人公という趣向に変更されているのが象徴的だ。
    そのため映画版と漫画版とでは主人公の視点が変わっている。このことが、漫画版を知っている読者にとって、より違和感を増している部分もあった。 そういう影響もあったのか、原作ファンにはどちらの映画版も評判は芳しくなく、駄作のイメージがついてしまっている。主人公視点の変更だけではなく、映画版と漫画版の違いを考えていくと漫画『ラフ』の魅力がよくわかる。
    映画版『ラフ』の冒頭では、速水もこみち演じる圭介が試合開始前までウォークマンで音楽を聴いているシーンから始まる。これはラストシーンである亜美のカセットテープの告白への伏線になっている。 余談だが、『世界の中心で、愛をさけぶ』でも、大人になった朔太郎が引っ越し準備中に、ダンボールの中から一本のカセットテープを見つけるところから物語が始まる。そのテープに声を吹き込んでいたのは、高校時代の亜紀だった。長澤まさみは『世界の中心で、愛をさけぶ』と『ラフ ROUGH』において、彼女自身が生まれる前の1980年代初頭の高校生たちにとっての必需品だったカセットテープが、冒頭から大きな意味を持っている作品に出演していたことになる。
    ここから、中学生の圭介とすでに自由形の世界では日本で一番早い仲西との対決が描かれ、圧倒的な強さで仲西が勝利する。 しかし漫画版ではこのような対決は中学時代にはなく、圭介は一方的に仲西に水泳選手として憧れている設定であった。漫画版の冒頭は、飛び込み台が描かれ、そこから水面に飛び込みをする亜美のシーンから始まる。そこから圭介、北野京太郎、関和明、緒方剛、久米勝といった寮生たちに同じ寮の先輩で番長である成田が「口の利き方も知らねえ一年坊主はお前か」と先輩風を吹かせに行こうとする。しかし、成田が圭介たち一年生の実力や噂話にびびってしまい、結局誰ひとり文句を言えないまま帰っていくことで主要人物が紹介されていくという、初回らしい1話だった。
    この時点では、あだち充はラストのカセットテープはもちろん、亜美をめぐる三角関係の決着を描くことはまったく決めていなかった。このフリージャズ的な手法で物語を進めていくあだちのスタイルは、連載が始まってしばらくは、どうしてもゆるやかな展開になりがちである。どこか手探りに近いものがあるためか、設定なども曖昧なまま進む。だが、そのある種の自由さと週刊連載というスピードがうまく噛み合ったときに、あだち充自身も思いもしなかった展開になり、すべてが最初から仕組まれていたようにも思える物語へと膨らんでいく。これがあだち充の漫画の魅力のひとつだ。
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  • 完遂できなかった『陽あたり良好!』を進化させた青春群像漫画『ラフ』(前編)| 碇本学

    2020-09-29 07:00  
    550pt

    ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本の青春」。今回は、『タッチ』に続く代表作と評される『ラフ』の読解です。少年漫画として青春群像劇の王道を引き受けつつ、あだち充版『ロミオとジュリエット』とも言えるストーリーを展開していった本作の成立背景と魅力を考察します。
    碇本学 ユートピアの終焉──あだち充と戦後日本社会の青春第14回 完遂できなかった『陽あたり良好!』を進化させた青春群像漫画『ラフ』(前編)
    国民的漫画となった『タッチ』の陰に隠れて
    あだち充という名前を国民的なものとした『タッチ』のすぐあとに連載が始まったのは、前回取り上げた『スローステップ』だった。その月刊連載と同時期に連載されることになったのが『ラフ』であり、『タッチ』の最終回から4ヶ月後ほどで「少年サンデー」で1987年に始まった週刊連載だった。

    「ラフ」の水泳と寮生活という設定は、自分で決めました。水泳というテーマはもちろん初めてだったけど、何かを準備した記憶はないな。すべての作品において、思いつきで決めて、とりあえず始めちゃうというのはいつも変わらないから。水泳というより、寮生活という発想のほうが先だったかもしれないね。  いろんなジャンルの天才たちを集めて、主人公に何をやらせようかという流れで、水泳になったんだと思う。野球を続けて描くのはないだろうと思ったし、違う絵が描きたかったから。それで絞られていったのが、「ラフ」だったんじゃないかな。  寮生活で「陽あたり良好!」のように、何人かのキャラクターを描きたいと思いました。相も変わらず御都合主義で、男子寮と女子寮を向かい合わせにして、描き易い設定を考えてから始めました。大事なのは思いつき。とりあえずスタートさせちゃえば、なんとかなる……と思っていた。〔参考文献1〕

    『タッチ』の終わらせ方について頭を悩ませていたあだち充は、次作について考えている余裕などなかった。しかし、「少年サンデー」側としてはドル箱となった『タッチ』が終わった後にできるだけ間をおかずに新作をあだちに連載してほしいと依頼をしていた。 そうやって始まった『ラフ』は、あだちがインタビューで答えているように、いつものフリージャズ的な手法で始まった。水泳を描くことにした理由のひとつとしては、ヒロインの水着姿が描けるということだった。しかし、『ラフ』のヒロインである二ノ宮亜美は飛び込みの選手であり、競技用の水着はあだちが考えていたよりもエッチなものでなかった。そのためか着替えシーンを描ける更衣室が多くなっていった。 この競泳水着に関しては、『タッチ』におけるヒロインの浅倉南が新体操を始めることにおそらく近いものがあったのではないだろうか。どちらも思春期男子のエッチな欲望が反応してしまうユニフォームでもあった。競技としても得点による勝負であるが、「美」が大きな要素になっている。そう考えると、あだちと「少年サンデー」の若い読者と近い視線だったことも作品へのめり込みやすい要素ともなっていたのだろう。
    『タッチ』と『ラフ』は連載が終了して、10数年経った2000年代になってから実写映画化されるほど、世代を越えて読み続けられているあだち充の代表作である。人気投票すれば一位と二位を争うこの二作品だが、連載中の手応えはまるで逆だったとあだち充は語っている。 『タッチ』は連載中から爆発的な人気になっていたが、『ラフ』はまるで手応えがなかったという。『ラフ』連載中にも前作『タッチ』の余波はずっと続いていた。1987年3月まではテレビアニメ『タッチ』の放映は続いていたし、同年4月にはアニメ映画『タッチ3 君が通り過ぎたあとに -DON’T PASS ME BY-』が公開されており、世間からすれば「あだち充」と言えば『タッチ』一色のままだった。そのためか、あだちは次作で何を描いても文句を言われるだろうと考えて、読者アンケートを気にしないでいた。 結局のところ、それが功を奏した形となった。
    『ラフ』は連載中には爆発的な熱狂を起こすほどではなかったが、連載終了後に評価されることが多くなっていった作品だ。まず、『ラフ』の「少年サンデー」での連載は1987年17号〜1989年40号と約2年という、『タッチ』の余波が引いていくにはちょうどいい時間だった。また、同時期に「少女コミック」で連載していた『スローステップ』はコミックスもヒットしていたが、少女漫画でありながらフリースタイルの「あだち充無双」が過ぎていたため、一般的なものとはならなかったことは、前回述べた通りだ。 対して『タッチ』と『ラフ』は、あだち充なりに「少年サンデー」での自分のポジションなり打率なりといったものを考えた上で連載していたこともあり、王道の少年漫画作品の系譜にあった。そのため、『タッチ』の余波の中で連載期間が終わった『ラフ』は、どうしても『タッチ』的なものを求めた人たちにとっては、なかなかリアルタイムでは魅力に気づきづらい作品であった。 しかし、『ラフ』の次の「サンデー」連載である『虹色とうがらし』の時代劇×SF的な世界観の変化球ぶりが受け付けられなかった読者が、本来読みたかった直球のあだち充作品として読み直していったことで、その魅力が再発見され、連載後の評価に繋がっていった部分がある。
    では、遊びに走った『スローステップ』とは対照的に、この時期のあだち充にとっての「王道」を担った『ラフ』の独自の立ち位置と魅力は何だろうか?
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  • 「あだち充の恩返し」だった『スローステップ』| 碇本学

    2020-08-31 07:00  
    550pt

    ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本の青春」。今回は、昭和と平成をまたぐ時代に連載された『スローステップ』について。『タッチ』のヒットで国民的漫画家となったあだち充が、最後に描いた「少女漫画」である本作。その自由奔放な作品性と成立背景に光を当てていきます。
    碇本学 ユートピアの終焉──あだち充と戦後日本社会の青春第13回 「あだち充の恩返し」だった『スローステップ』
    幕間の短編集『ショート・プログラム』
    国民的なヒット作となった『タッチ』の連載終盤であった1986年に、少女漫画誌「ちゃお」同年9月号で連載が始まったのが『スローステップ』だった。あだち充にとっては『陽あたり良好!』(「少女コミック」)以来の少女漫画誌での連載となり、1991年3月号まで約4年半続いた。また、この作品以降あだち充は少女漫画誌で連載をしておらず、今のところ最後の少女漫画誌で連載された作品になっている。『スローステップ』の連載期間は、元号が「昭和」から「平成」に変わった時期でもあった。 一方、「少年サンデー」では『タッチ』の次作となり、あだち充作品の中でも『タッチ』と肩を並べるほどの人気作となる『ラフ』(1987年17号〜1989年40号)も同時期に連載されていた。また、『ラフ』の次作となる時代劇×SF作品『虹色とうがらし』(1990年4・5合併号〜1992年19号)も連載されていた。 あだち充はこの連載でも指摘しているように『ナイン』以降、何作か並行して連載をしている。そして、短編作品もその間に何編も描いているという、実は多作な作家でもある。『タッチ』終盤の1985年から『ラフ』連載中の1988年にさまざまな漫画誌で描かれた短編が収録されたのが短編集『ショート・プログラム』だった。

     読切を描くきっかけは、大抵義理で、恩返しです。ある程度売れて名前も出たので、だいたい元担当がいるところで描いてます。  元担当が異動するたびに、異動祝いで読切を描かされるという。亀井さんがやたらと異動してくれるんで大変でしたよ。〔参考文献1〕

    ということで、『ショート・プログラム』収録作品は掲載雑誌がバラバラである。下記、単行本での掲載順ではなく、雑誌発表順に収録作品を並べると、この時期のあだち充の多彩さが見えてくる。
    ・『なにがなんだか』(「少年ビッグコミック」1985年1号&2号) 『タッチ』の反動か、かなり力を抜いている作品。超能力や不思議な力がアクセントになっている。後の作品でいうと『いつも美空』の系統だと言える。
    ・『むらさき』(「ちゃお」1985年6月号) 『陽あたり良好!』以来の少女漫画。ある人物がタイトルについて発言するセリフが軸になって出来上がった短編。少女漫画なのに格好いい男の子よりも可愛い女の子をメインで描いているのがあだち充らしい。
    ・『チェンジ』(「少年サンデー増刊」1985年10月増刊号) 『ナイン』以来の「少年サンデー増刊」で描かれたこの短編は、ボーイッシュな女の子が変わる話。まさしくチェンジする物語だが、この部分は『スローステップ』の主人公である「中里美夏」が変装する点を彷彿させる。
    ・『交差点』(「少年ビッグコミック」1986年4月号) いつも同じ場所ですれ違う少女に恋心を抱き始めた主人公。しかし、友人(『陽あたり良好!』美樹本似の克明)のせいでファーストコンタクトに失敗してしまう。希望を残すような終わり方は、台詞で語りすぎないあだち充らしさが光る。
    ・『プラス1』(「ちゃおデラックス」1986年初夏の号) もはや昭和的なアイテムになっている懐かしの「カセットテープ」が小道具になっている短編。「カセットテープ」に登場人物の思いを吹き込んだという部分は、『ラフ』に近い要素を持っている。
    ・『近況』(「少年ビッグコミック」1987年1号) 昔好きだった女の子との同窓会での再会を描いた短編。主人公の杉井和彦、彼が好きだった高沢亜沙子、中学時代からモテていた二枚目の東年男の三角関係がメインとなる。杉井と二人は違う高校に進み、高校でも亜沙子と年男はお似合いのカップルだと思われていたが、互いのコンプレックスで想いがすれ違う様子が描かれる。 中学時代の和彦は成長が遅く、いつも年男に守られている存在であり、亜沙子が年男にあげるために作っていたマフラーは、逆に手先が器用な和彦が手伝っていた。そして年男の側は、亜沙子からの気持ちにも気づかなかった和彦に高校時代ずっと嫉妬しており、彼と距離を置いてずっと会わないようにしていた。こうしたチグハグが、短編ながら回想シーンの多用で描かれるのが特徴的。 成長が遅かったから好きな女の子はもう違う誰かと付き合っていた、相手にされないと思い込んでいたというモチーフは、のちの『H2』の主人公・国見比呂を彷彿させる。
    ・『ショート・プログラム』(「ヤングサンデー」1987年創刊号) 『ナイン』以降にも何度か作中で描かれることのある、「覗き」をモチーフとした短編。主人公はヒロインと交際しているが、実は付き合い始める前から彼女の部屋を望遠鏡を使って覗いていた。そこで彼女に言い寄る別の男性に襲われそうになったところで電話をかけたり、鍋が沸騰しそうになったりした時にも、あらゆる手を使ってヘルプしていたことが後にバレて振られるというもの。つまりヒロインにとって、恋人になった男は今で言うところのストーカーみたいな存在だったのだ。感想は非難轟々だったらしいが、読んでみると納得ではある。 本作は「ヤングサンデー」創刊号に寄せられた短編だが、創刊編集長は『みゆき』の担当だった亀井修だった。だからなのか、『みゆき』連載時のような「覗き」モチーフで亀井を喜ばそうと、タガが外れた内容になってしまったようにも見受けられる。このように、重鎮となったかつての担当編集者との絆もあって、あだちが新雑誌の創刊や周年のお祭り事には欠かせない看板作家になっていたことがうかがえる作品だ。
    ・『テイク・オフ』(「ヤングサンデー」1988年7月号) 高校を卒業しても毎年背が伸びていく長身の永島と、走り高跳びの選手で、記録に挑戦し続ける仲田里美。あるとき永島は、里美の毎年の記録の伸び方が、自身の背と一致していることに気づく。そこから、里美が永島の背と同じ高さをクリアする2ページにわたるシーン運びは見事なほどに美しく、当時のあだち充の作画力の円熟を示す作品になっている。
    「ミツルの恩返し」から始まった『スローステップ』
    『タッチ』で「少年サンデー」を代表する漫画家になったあだち充の次作連載作品が、なぜ少女漫画誌である「ちゃお」だったのか?
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  • 『タッチ』における「賢者」としての原田正平と「影(シャドウ)」としての柏葉英二郎(後編)| 碇本学

    2020-07-30 07:00  
    550pt

    ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本の青春」。代表作『タッチ』の分析の最終回・後編です。主人公・上杉達也の影にあたる存在であり、本作を成長物語として完結させる役割を果たした柏葉英二郎。担当編集者のバトンタッチも含め、本作が後世に何を受け継いでいったのかを総括します。
    碇本学 ユートピアの終焉──あだち充と戦後日本社会の青春第12回 『タッチ』における「賢者」としての原田正平と「影(シャドウ)」としての柏葉英二郎(後編)
    呪詛に自分自身を乗っ取られた柏葉英二郎というもう一人の上杉達也(承前)
    その後も柏葉英二郎は、試合中ほぼ指示を出さず、OBから送られてきた野球用品を笑いながら勝手に焼くなど、当初の立場を崩さない悪役のままだった。視力がどんどんなくなっていく中で、「くだらん夢をみてうかれてるやつらに、一生悔いを残させてやる。明青野球部が世間の笑い物になるんだ。ちゃんとこの目でみせてくれ」という柏葉英二郎のモノローグがある。 本作は基本的にモノローグを使わない作品なので、この描き方には少し違和感がある。この辺りは彼の内面を描いておかないと、須見工戦への伏線ができないとあだちも思ったのではないだろうか。そして準々決勝の赤宮戦のあと、かつての先輩二人が彼の前に現れるものの、先輩たちは彼のことを「柏葉英一郎」と勘違いしていた。そして、柏葉英二郎が彼らに牙を向ける。

    「どうした、森田? 野球部一の力もち── 昔はよく殴ってくれたじゃねえか。遠慮はいらねえ。ハデに一発乱闘騒ぎといこうぜ。幸い、近くに新聞記者もいることだし、明日のでっかい見出しにしてくれるぜ。」 「そ、そんなことになったら、野球部はおしまいだぞ!」 「的外れな心配をするな。このおれがなんのためにあんなガキどもにつきあってると思ってるんだ? おまえらが人まえで明青野球部OBなどとは、恥ずかしくていえなくしてやるためさ。楽しみにまってろ。」 「あの子たちには罪はないだろ! 精いっぱい悔いの残らぬ試合をやらせてやれよ。」 「その言葉(セリフ)は高校時代にききたかったぜ」 〔コミックス20巻「冷たいなァの巻」より〕

    先輩たちの登場で、柏葉英二郎の中にある復讐心がより強まった印象を受けるシーンだ。準決勝の三光戦前には、上杉達也と柏葉英二郎の対決も用意されている。 ピッチャーで3番打者でもある達也のバッティング練習にあたって、英二郎自らがピッチャー役をつとめるシーンだが、本気で投げ続ける英二郎の球になんとか食い下がり続ける達也。あまりの球の重さに「頭に当たったら死ぬなあ」と言っていた達也はヘルメットをしていなかった。 そしてピッチングフォームに入った瞬間、視界がなくなり、栄二郎の脳裏に達也のその言葉が思い浮かぶ。達也を潰せば自分の復讐は終わるとわかっていたが、彼はボールを投げ捨ててナインに「会場へ向かうぞ」とグラウンドをあとにした。このように、達也だけではなくナインに対して、復讐を一瞬忘れていく場面が次第に出てくるようになってくる。
    須見工との決勝戦の前の晩には、ナインを試合前に消耗させようと思ったのか、いきなり全員にノックをするからグラウンドに出ろと告げる。しかし柏葉英二郎の悪意に反して、準決勝をノーヒットノーランで終えたため、ほとんど体を動かせていない一軍メンバーを筆頭に勇んでグラウンドに出ていく。それを見て呆れかえった英二郎は、あとからやってきた達也に苦虫を噛み潰したような表情で話しだす。

    「いいかげんに教えてやったらどうだ。あのお人好しのバカナインたちに。」 「は? なんのことでしょ。」 「きさまらの監督を信じてると、とんでもないことになるということだ。」 「ほんとにとんでもないことですよね、明日勝てば甲子園なんて。いやはや。」 「ねぼけたこといってんじゃねえ! おまえらに個人的な恨みはねえが、明青野球部に籍をおいたことを不運と思ってあきらめるんだな。」 「復讐復讐というわりには、手かげんが多いみたいですけどね。最後の線を躊躇してしまうのは、どこかにまだ野球を憎みきれない部分が──」 「おれは、うまいものは最後にまわす性格(タチ)でな。効果的に一番世間の注目を集める決勝戦までおあずけしてただけなんだよ。」 「次からはうまいものから食べることをお勧めしますよ。」 〔コミックス21巻「ほめるもなにもの巻」より〕

    これが甲子園まであと1試合という野球部の監督とピッチャーの会話だとは、誰も思わない内容だ。そして、アロハシャツを来た陽気な雰囲気を醸し立つ西尾監督が退院して、孝太郎と共に二人の前に現れる。 達也としては監督が復帰するなら、このヤクザな監督代理とはおさらばできると思ったが、柏葉英二郎に決勝戦を託すと言って今までのお礼を言って帰ろうとする。必死で止めようとする達也に西尾は、須見工の監督とは高校時代からのライバルで一度も勝ったことがないと告げる。だからこそ、柏葉監督代理のままで決勝戦を戦ってほしいと願いを託す。達也は、本当のことを言わずに孝太郎とグラウンドに出るためにその場をあとにする。外は雨が降り始めていた。西尾と柏葉だけが残される。

    「ほんとうにいいんですか、おれにまかせて。」 「わしは高校野球が大好きだ。明青野球部を心から愛している。そして、ただそれだけの監督だ。病院のベッドで長い監督生活を冷静に振り返って、つくづくそう思ったよ。このバカ監督のおかげで、その才能を開花することなく、去っていった部員も数えきれないだろう。ほんとうに人をみぬく力などわしにはない。だから信じるだけだ。須見工に勝つために必要なのはわしではない。本物の監督だ。まかせたぞ、柏葉英二郎。」(編注:「英二郎」に傍点「、、、」) 〔コミックス21巻「あいつといっしょにの巻」より〕

    この時点でほぼ柏葉英二郎の呪いは解けたようなものだった。しかし、それでも長年の怨念と復讐心に支配されている彼は本来の自分には戻れなかった。 須見工との決勝戦において、試合展開が進むほどに英二郎の視力がどんどんなくなっていくのは、本来いたはずの光の方へ向かおうとする本当の英二郎を、怨念や復讐心の側がどうしても手放したくないように見えなくもない。 試合中の達也と柏葉英二郎のベンチでの会話が、彼を光の方に進ませていく要因にもなっており、終盤にようやく指示を出し始め、本当の監督になっていくという彼の呪縛からの解放が描かれる。

    「どうした? 上杉和也は力を貸してくれないのか? 貸すわきゃねえよな。 どんなきれいごとならべたって、実際に甲子園にいくのはおまえらなんだ。もちろん、勝てればの話だがな。全国13万の高校球児の夢と栄光を手に入れるのは、──上杉達也おまえなんだぜ。」 「……なにがいいたいんですか?」 「(ベンチに飾ってある上杉和也の写真を見ながら)こんな写真を甲子園のベンチに飾って満足するのは、お前らの感傷だけだということだ。そんなもんで本望だの成仏しただのと、勝手に整理をつけられちゃたまらねえってよ。華やかな舞台にたった兄を、暗闇でみつめる弟の気持ちがわかるか? それもその華やかな舞台に自分の出番は金輪際あり得ないとしらされた、弟の気持ちが───」 「あんたと和也を一緒にするな。」 「それじゃおまえはどうだった? 弟の華やかな舞台をみながらなにを考えていた。まだ出番の可能性が残されていたおまえは── 弟が舞台から転げ落ちるのを期待したことなど、一度もなかったというのか? 上杉和也の代役を気どって打たれたんじゃ困るんだよ。上杉和也がなにを考えているか教えてやろうか? ──こいつはな、上杉達也がめった打ちされるところをみたいんだよ。おれがいなきゃ甲子園なんかいけるものかといいたいんだよ!」 〔コミックス23巻「おまえなんだぜの巻」より〕
    「──ところで、監督ということばをしってますか? 出番がなかったなんてあり得ないなァ。あんたは写真じゃないんだから。華やかな舞台から人をひきずりおろすことばかり考えているから、自分の出番を見逃してしまうんですよ。―さてと、いってくるぜ、和也。声がかかるのをまってないで、自分から舞台にあがったらどうですか? ──ま、とりあえず、9人のバカを線にするという、つまらない役ですけどね。考えといてくださいな、──監督。」 〔コミックス23巻「かかったかの巻」より〕

    試合は8回表明青学園が2対3で、1点のビハインド。7回も抑えたピッチャーの達也が柏葉の隣に座っていた。

    「あとアウト6つ。生爪でもはがして、血ぞめのボールを投げ続けてみせたら、少しは感動して動く気になってくれますかね。」 「おもしろいな。試してみたらどうだ。」 〔コミックス23巻「テレ屋さんの巻」より〕

    いきなり柏葉英二郎が達也の右手を掴んで爪を見ると血がついていた。それを見た瞬間に彼の顔が明らかに変わる。その後の描写で達也の鼻から血が出ており、のぼせて鼻血が出ていたのが爪についていたのがわかる。しかし、バッターボックスに入っていた「工藤」の名前を叫びベンチに呼んで、「二球目と四球目だ。ピッチャーめがけて思いっきり振ってこい!」とはじめて監督として監督らしい指示を出す。 ベンチのナインもお互いに顔を見合わせ、達也も柏葉に指と鼻を指差してのぼせただけだと伝えるが、彼は表情を変えずに試合を見ていた。佐々木が分析した須見工のデータを頭にいれており、他の選手にもそれぞれ何球目を打つかを伝えていくことになる。 新田まで回る8回裏のグラウンドに戻っていく達也に「ストライクは投げるな」「試合に勝ちたいなら新田にはストライクを投げるな」と。達也は「それは命令ですか。命令なら従います」と言うと、柏葉英二郎は「確率の問題」と告げる。そして、達也は新田に渾身のストレートを投げて勝負をするが、ホームランを打たれて逆転されてしまう。そのあとを抑えてベンチに帰ってきた達也たち。残すは9回表の攻撃だけとなり同点にならなければ敗退が決まってしまう。
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  • 『タッチ』における「賢者」としての原田正平と「影(シャドウ)」としての柏葉英二郎(前編)| 碇本学

    2020-07-29 07:00  
    550pt

    ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本の青春」。代表作『タッチ』の分析の最終回です。達也、南、和也をめぐる青春劇の脇を固める存在ながら、本作が普遍的な物語として読み継がれる上で決定的な役割を果たした、原田正平と柏葉英二郎の二人の“大人”について、前後編で掘り下げます。
    碇本学 ユートピアの終焉──あだち充と戦後日本社会の青春第12回 『タッチ』における「賢者」としての原田正平と「影(シャドウ)」としての柏葉英二郎(前編)
    欲望を暴走させない装置としての原田正平
    前回はジョゼフ・キャンベルが世界中の神話の共通項をまとめた「単一神話論」と『タッチ』との共通点について論じた。 1980年代という新しい時代のヒーローになっていった上杉達也。彼がヒーローになるために欠かせない存在が「『賢者』としての原田正平」と「『影(シャドウ)』としての柏葉英二郎」の二人だった。『タッチ』をめぐる分析の最終回として、この強面の二人のキャラクターについて取り上げたい。

     達也の同級生・原田正平は、儲けもののキャラクターでした。何も考えず、計算もなく出したのに、本当に使いやすかった。ちょっと俯瞰した立場でセリフを言えるキャラクターとして、解説役、進行役になる、みんなはごまかしているけど、唯一本当のことを言ってるんです。最初は変な、乱暴なキャラクターを出そうと思っただけだったはずだよ。しかもこの手の顔は描きやすい。 (中略)  原田は達也を振り回してくれたし、達也のいちばん痛いところを突いてきて、達也の性格の説明を最も的確にしてくれる。達也は自分では何も言わないけど、常に正しい判断を促してくれる。こんな使えるキャラクターになって、最後まで絡んでくるとはまったく思ってもみなかった。 〔参考文献1〕

    『タッチ』では達也と和也と南の幼少期が何度かエピソードとして登場する。これに関してあだち充は「基本的には回想好きの漫画家」であると語っている。物語は甲子園を目指す高校編から初めてしまうと、甲子園に縛られてしまい、遊べる部分やキャラクターの掘り下げという下準備ができないため、その前の中学編から始まっている。これがさらに幼少期をきちんと描くという物語になっているのが『クロスゲーム』という作品だった。 また、『タッチ』は『みゆき』と同時連載だった時期があり、ゆるいラブコメ的な展開になっている。そして、高校に入学する少し前の3学期から同級生として、それまでは一度も出てきていなかった原田正平が登場する。最初は確かになにか繋ぎのようなキャラクターであったが、次第に表情も変化していき、達也か南の近くにいる二人の理解者としてのポジションを得ていく。『タッチ』①でも紹介したが、柏葉英二郎についてあだちが語っているものを下記に引用する。

    「タッチ」後半の大きな登場人物として代理監督・柏葉英二郎がいるけど、柏葉の登場もまったく計算してなかった。この世界観の中であのキャラがどこまで動けるのかと思ったけど、柏葉監督のおかげでちゃんとした野球漫画になりました。漫画の世界観が変わったからね。これは基本に忠実な、正しい悪役の登場の仕方。「タッチ」の後半が動き出したのはこの男のおかげです。 (中略)  柏葉英二郎については、うまくストーリーが動かなければ、いくらでもギャグで逃げられると思ってましたから。逃げることにはなんの衒いもなくて、いざとなったら逃げちゃえという覚悟は常にあります。この漫画に関しては、そういう賭けが平気でできた。 〔参考文献1〕

    最後に取り上げるこの二人の重要人物は、あとのことを考えて出したわけではなく、とりあえず出してみただけのキャラクターだった。その結果、この二人は物語の内容に深く関与し、また名作として読み継がれる要因となっていった。 「ほんとか? そうは言っても、あだち充は計算してたんだろ?」と思う人もいるかもしれない。しかし、これまでこの連載で取り上げてきたように、あだち充という漫画家はフリージャズ的な週刊連載の進め方で、その週ごとに読み切りを描くように漫画を描いてきた。 結果としてあまり必要ではないキャラクターは知らずといなくなっていくし、原田や柏葉のように存在感が増してくる者もいる。彼らはおのずと「単一神話論」あるいは「英雄神話構造」的な物語に必要なキャラクターに成長していったのだろう。この部分に関しては、やはりあだち充という漫画家は感性の天才だということにつきる。 理詰めで考えるのではなく、漫画を描いていく中である程度自由に振り幅のある物語を展開させていける。そして、アドリブのように出したキャラクターが作品において必要とするポジションを担うようになっていく。
    『タッチ』という作品は、年代ごとに読んで感じるものはかなり違ってくるはずだ。年齢を重ねれば当然親の視線になったりもするだろうが、十代の頃には読めていなかった部分やキャラクターの魅力もわかるようになってきたりもする。個人的には一番最初に読んだ小学生の頃とまったく印象が変わったのが原田正平だった。 登場初期はいわゆる番長的なキャラクターであり、強面の顔はどこか1970年代の劇画的な雰囲気も持っていた。喧嘩の強さは折り紙付きで、他校の生徒からも何度も喧嘩を売られていたりして、同級生たちにも恐れられている存在だ。だが、子分や舎弟を引き連れて行くようなことはせずに基本的には一匹狼だった。それでも、高校のボクシング部ではキャプテンを務めることになる。 原田正平は基本的には上杉和也とは絡んでいない。毎日甲子園を目指して練習に明け暮れ、勉強もできる優等生だった和也とは距離があったと思われる。兄の達也はその逆で、部活もしておらず勉強もさほどできずにブラブラしており、原田としても接点の持ちやすい存在だったのだろう。 あだち充がインタビューで答えているように、原田は達也を導く存在として次第に物語には欠かせない存在になっていく。
    原田正平の初登場はコミックス3巻の「だれが悪い子」の巻からであり、中等部3年の3学期という高等部進学まで残りわずかという時期だった。そこから高等部入学までの6話分は喧嘩の強い原田というキャラクターを自由にさせて、メインの達也と南に絡ませて物語を進めている。この時点では原田正平は物語に大きく絡んでくるようにはまったく思えないのが正直なところだ。 高等部に進学すると達也と和也と南、そして原田と孝太郎、達也とつるんでいた初期の友人全員が同じクラスになる。 原田はある少女が不良に絡まれているところを助けるが、その少女は和也のライバルでもある西条高校3年のエース・寺島の妹だった。彼女が原田にお礼を言いにきて以降、物語は和也の死に向かって大きく動きだす。和也が交通事故に遭った日の決勝戦の相手は西条高校であり、原田が準レギュラーのようになってから、高校編は本腰が入っていくとも言える。

    「みゆき」に関しては、ちゃんとまともな人物はひとりも出てこない。「タッチ」の登場人物、原田正平みたいに、まともなことを言うやつも誰もいなくて、誰も誰を戒めることもない。〔参考文献1〕

    彼がいることで登場人物たちが欲望のままに動かないようにもなっていた。前回も取り上げた「単一神話論」から原田正平を当てはめて考えてみると彼の存在がよりわかりやすくなる。

    第一幕 出立 Step 1 冒険への召命 Step 2 召命の辞退 Step 3 超越的なるものの援助 Step 4 最初の境界の越境 Step 5 鯨の体内 〔参考文献2〕

    上杉達也は野球部に入ろうとしたが、南がマネージャーとして入部したことを知り、入部寸前のところでやめてしまう。これは【Step 2 召命の辞退】になる。

     現実生活においては頻繁に、神話や通俗物語においては稀有というわけではない程度に、召命に応じないというしらけた事態に遭遇する。それというのも、他の関心に耳を貸すのがいつの場合だって可能だからである。召喚の辞退は、冒険をその否定態に転化する。倦怠、激務、ないしは「日常生活」にとり囲まれてしまえば、当の主体は有意な肯定的行為の力を喪失し、救済されるのを待ち侘びる犠牲者ともなろう。 〔参考文献3〕

    双子の弟である和也がいる野球部に入部するというのは、達也にとってはそれまでずっと逃げ続けてきた問題であり、彼にとっては大人になる最初の一歩だったが、自ら逃げ出してしまったかたちとなった。 どこかで大人になりたくないと思っていた達也の内心を表すような展開だが、ここで【Step 3 超越的なるものの援助】として手を差し伸べるのが原田正平である。この原田の役割は「贈与者」と呼ばれる存在だ。

     召命を辞退しなかった者たちが英雄として征旅におもむき最初に遭遇するのは、庇護者(しばしば矮小な老婆、老人)の身なりをしてあらわれる者である。この身なりをした者が、冒険に旅立った者のいままさに通過せんとしている魔の領域で身を護ってくれる護符を授ける。 〔参考文献3〕

    原田が『タッチ』においてまともなことを言い出すのは、野球部に入部しようとしたが諦めた達也を強引にボクシング部に入部させてからになる。 新入部員歓迎スパークリングで先輩にボコボコにされる達也。原田は仇を取るかのように、すました表情で達也をボコボコにした先輩部員を圧倒的に打ち倒す。その帰り道、原田に肩を貸してもらってなんとか歩いている達也とのやりとりが以下のようなものになる。
    「なんなんだよ これは……」 「おまえはすこし殴られる必要があるのさ。」 「なんだァ?」 「でなきゃ、おまえからは殴らねえだろが………」 〔コミックス4巻「南の日記にはの巻」より〕
    帰宅後に南になんでボクシング部なんかに入ったのかと聞かれたやり取りの中で、達也は「自分から殴れるようになるまでさ」と答える。 原田は、前述したあだちの発言のように、達也のキャラクターを読者に伝えながらも、成長を促していく存在になっていく。 和也が交通事故で亡くなる第一章の終わるコミックス7巻の「泣いてたよ」までだけでも、原田は達也のそばにいてずっと助言のように、達也の痛いところをつく発言をして彼を鼓舞し続ける。 和也が死ぬことは最初から決まっていた。原田は彼が死ぬことが運命づけられていたからこそ、達也を導く役割を自然と担っていったのだろう。同時に和也にとって、原田は死神のような存在だったのかもしれない。和也が亡くなるまで原田は達也を鼓舞するが、そのセリフによって物語がドライブしていき、どうしても和也が物語から退場するしかない流れをあだちは作り上げていった。
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  • 「単一神話論」構造を持つ「王道」少年漫画としての『タッチ』| 碇本学

    2020-06-24 07:00  
    550pt

    ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本の青春」。代表作『タッチ』の分析の第3回目は、本作がなぜ世代を越えて読み継がれる普遍的な野球漫画になったのかの構造とその歴史的な意義を、マイケル・ジョーダンの伝記との対比と「単一神話論」モデルを通じて分析します。
    碇本学 ユートピアの終焉──あだち充と戦後日本社会の青春第12回 「単一神話論」構造を持つ「王道」少年漫画としての『タッチ』
    「神様」の死と生(象徴的な死)
    1993年7月23日、葬儀から帰る途中にノースカロライナ州ランバートン近くのハイウェイで昼寝をしていた黒人男性が二人の男に殺され、彼が乗っていた赤いレクサスが犯人たちに盗まれた。8月13日に同州サウスコールの沼地から黒人男性の遺体が見つかったが、身元不明人として同州の条例に基づいて火葬された。彼は家族に行き先を告げずに何日も留守にすることが多かったためにすぐには捜索願を出されていなかった。その後、家族から提供された歯科記録で身元が判明した。彼は56歳の一般的な黒人男性だったが、そのニュースは全米を駆け巡って大きな話題となった。 なぜなら、彼の息子はアメリカ中、世界中の人たちを魅了するスーパースターであり、「バスケットボールの神様」とも言われていたマイケル・ジョーダンだったからだ。父であるジェームズ・ジョーダン・シニアが殺害されたのはマイケル・ジョーダンがシカゴ・ブルズで三連覇(スリーピート)を達成したあとのシーズンオフのことだった。 父・ジェームズは息子・マイケルの試合にはいつも駆けつけて観客席から彼のプレーを見守り続け、息子がアスリートになるため大きな役割を果たした人物であり、父と息子の信頼関係は揺るぎないものだった。 1984年にシカゴ・ブルズに入団したマイケル。ジョーダンはランニングシューズで一部の人にしか知られていなかったNIKEとの契約を嫌がっていたが、それを後押ししたのも父であった。
    当時のNBAではコンバースが市場を独占していた(トップ選手のラリー・バードやマジック・ジョンソンたちほとんどと契約していた)ため、新人のジョーダンを特別扱いはしないと彼のエージェントに伝えてきた。また、二番手のアディダスは経営不振のため契約が結べなかった。 NIKEだけはマイケル・ジョーダンの価値を信じ、エージェントが交渉していたシグネチャー・モデルを作ると約束して新人では考えられない契約金を提示した。父が「この条件を断るのはバカだ」と息子に伝えた。それが決定打となる。NIKEがマイケル・ジョーダンのために作ったシグネチャー・モデルが「エア・ジョーダン」である。 マイケルの活躍とともに売れに売れたこの「エア・ジョーダン」によって、NIKEはその後NBAでも市場を独占し始めることになる。また新進気鋭だったスパイク・リーにCMを作らせることによってファッションアイテムとしても認知されたこのバッシュは爆発的にヒットしていった。現在世界中でスニーカーが履かれている起爆剤のひとつは間違いなく、「エア・ジョーダン」であり、世界中で今もなお一番多く履かれ続けている人の名前のついたスニーカーになっている。
    30歳で1960年代のボストン・セルティックス以来の三連覇を果たし、選手としては全盛期にあったマイケル・ジョーダンは、突如引退会見を開いてNBAから去ること伝えたことで全米に衝撃を与えた。 また、その頃の彼はギャンブルについて一部のメディアからのバッシングが相次いでいた。マイケルは全スポーツ選手でも年棒やスポンサーからの契約金は最高峰のものであり、一般人からすれば年収のような金額ですらマイケルにとっては賭け事に使えるほどの金額ですらあった。父も莫大な金の賭けゴルフなどをしていたとされる。そういう背景もあり、ギャンブル依存症ではないかという報道もされていた。マイケルが父への殺害を依頼したなどの嘘や憶測などの報道も飛び交っていたのも、そうとうなストレスになっていたという。そして、三連覇を達成したあとにもう目指すものがなくなっていたことも引退を決意させたのだとマスコミは推測し、報道はさらに過熱していった。
    現在、Netflixで『マイケル・ジョーダン:ラストダンス』(全10回)が配信されているのでまだ観てない人にはオススメしたい。二度目の三連覇を果たしたマイケル・ジョーダンとシカゴ・ブルズの最後の一年に密着し撮影した素材をメインに、マイケルのデビューから引退までで構成されている素晴らしいドキュメンタリー作品だ。チームを率いたフィル・ジャクソンコーチの指導や選手への理解などはビジネス本を何冊も読むよりも有効であり、かなりの見どころではないだろうか。 ここでももちろん父の死は語られている。
    NBA引退後に突如、マイケル・ジョーダンがMLBへの挑戦を表明。野球への転向は再度全米に衝撃を与えた。父・ジェームズはバスケットボールの大ファンでもあったが、同時に野球ファンでもあり、かつてはマイケルが野球のスターになることが夢だったと語っていた。 マイケル・ジョーダン自身も「最初の優勝の後に父親と約束した夢」だと述べた。父親を殺されたマイケルが子供の頃に父と夢見ていた野球を、父を失ったことで傷を癒すために挑戦しようとしているのだと誰もが考えるようになっていった。しかし、『マイケル・ジョーダン:ラストダンス』の中でジョーダンと旧知の中であるスポーツジャーナリストは、三連覇を達成する前の二連覇後のシーズンオフの頃に、ジョーダンから三連覇を達成したらバスケをやめて野球に挑戦するつもりだと言われていたと答えている。 父が殺害されたことも大きなきっかけになっているが、野球に挑戦することは三連覇を達成する一年前にはすでにマイケルの中で固まっていたということだ。だが、父が殺されてしまったことで、野球に挑戦するというわかりやすいストーリーができてしまった。多くの人はその理解しやすい物語を彼に望んだのだとも言えるかもしれない。
    シカゴ・ブルズと同じくシカゴに本拠地を持っていたシカゴ・ホワイトソックスのキャンプに参加し、ホワイトソックスの傘下AA級バーミングハム・バロンズにマイケル・ジョーダンは入団した。ここでも、野球選手としては活躍できないマイケルは幾度となくマスコミからのバッシングを受け続け、スポーツ新聞などでこき下ろされ続けた。バスケと野球ではもちろん鍛えるべき部位などの違いもあり、野球用の体に鍛え直していき、徐々にスイングスピードも上がりホームランも打てるようになっていった。しかし、メジャーリーグには上がれないままだった。 シカゴ・ブルズのチームメイトだった選手に声をかけられて練習に参加したマイケルはその後、1995年3月にシカゴ・ブルズに復帰しNBA選手として再スタートを切った。背番号はそれまでの「23」ではなく、マイナーリーグでつけていた「45」をつけて再出発した。

    「新しい挑戦の始まり。だから、新しい背番号とともに復帰することにした。ブランクがあったから緊張していたけど、コートに戻れてとても嬉しかった。野球経験を通じて人生観が変わり、バスケの向き合い方も変わった。自分自身、そしてチームのためにプレイできることが何より楽しかった。自分が選んだ道だしね」

    と語った。元々は尊敬する兄が学生時代につけていた背番号が「45」であり、「23」は兄の半分以上は上手くなりたいという想いからマイケル・ジョーダンが自ら選んだものであった。 年の離れた兄たちに幾度となくワンオンワンで負け、その悔しさから人の何倍も練習することで、マイケル・ジョーダンは心身ともに成長していった。また、NBAで活躍を始めても、彼はその負けん気を自らの核として燃やし続けて、ラリー・バードやマジック・ジョンソンなどのスター選手たちに挑み続け、彼らに勝つことで自分の時代を作り上げていくことになった。 1995年の最後17試合に参加し、地区のプレーオフに進むものの、カンファレンス・セミファイナルでは若手の中でも有望株だと期待されていたシャキール・オニールとアンファニー・ハーダウェイという新星を軸に、勢いのあったオーランド・マジックと対戦することとなった。マジックには三連覇を共に果たしたチームメイトのホーレス・グラントがいた。 最初の一戦の残りわずかな時間でマイケル・ジョーダンがニック・アンダーソンにボールを奪われ、最後にはホーレス・グラントにダンクを決められ残り6秒で逆転負けをしてしまう。 試合後にアンダーソンがリポーターに「45番は23番とは違う。23番が相手だったら、ボールを奪えなかったかもしれない」と答えたことで、それ以降の試合ではマイケル・ジョーダンは再び背番号を「23」に戻すことになった。しかし、番号が戻ってもかつての縦横無尽に、どこからでもシュートを決めることのできた神様・マイケル・ジョーダンの姿はなく、チームは敗退することとなった。また、ホーレス・グラントに負けたことが負けん気の強いマイケル・ジョーダンを奮い立たせることになった原因とも言われている。
    翌年の1994−95シーズンに向けてマイケル・ジョーダンはバスケ用に体を鍛え直し、映画『スペース・ジャム』の撮影中には特別な練習施設を撮影所に隣接した場所に作ってもらい、撮影が終わり次第、ライバル選手や若手の有望株だった選手たちを呼んで一緒に練習することで試合の勘を取り戻していった。 このシーズンからは、かつてマイケルやブルズの優勝をずっと阻んできたデトロイド・ピストンズから、「バッドボーイズ」と呼ばれていた同チームの選手陣の中でも最高峰のディフェンダーであり、リバウンド王であったデニス・ロッドマンがブルズに移籍し、チームメイトとなる。最恐の敵が最強の味方となったわけだ。これによりマイケル・ジョーダン、「史上最高のNo.2」と評されていたスコッティ・ピッペン、デニス・ロッドマンという最強の三人組が揃い、このシーズンから1997−98シーズンまで二度目の三連覇を果たしマイケル・ジョーダンとシカゴ・ブルズはNBAの伝説となった。そして、マイケル・ジョーダンは二度目の引退を発表しコートを去っていった。
    『千の顔を持つ英雄』から考える
    なぜ「あだち充論」なのにバスケの、マイケル・ジョーダンの話をしているのだ、こいつは?と読んでいる人は思っているに違いない。 今回は『タッチ』における重要キャラである「原田正平」について取り上げるつもりだったが、彼がどういう存在であるのかは、上記に書いたマイケル・ジョーダンの個人史と上杉達也との共通点、正確には共通している物語についてから話していくことで、より理解が深まると考えているからだ。
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  • 「浅倉南」とはなんだったのか──ラブコメ・ヒロインの転換点としての『タッチ』| 碇本学

    2020-05-27 07:00  
    550pt

    ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本の青春」。代表作『タッチ』の分析の第2回目は、物語全編で展開されるキャラクタードラマのあらましを辿るとともに、作品の看板とも言えるヒロイン「浅倉南」が果たした革新的な役割について掘り下げます。
    ユートピアの終焉──あだち充と戦後日本社会の青春 第12回 「浅倉南」とはなんだったのか──ラブコメ・ヒロインの転換点としての『タッチ』
    80年代「少年サンデー」的スポーツ漫画の系譜
    前回は「上杉和也」が死んだ日とそれをめぐる編集者とあだち充の関わり、そして連載前から決まっていた彼の運命について考察した。 「上杉和也」という存在は1970年代「劇画」ヒーローたちの系譜にあったために最初から死ぬことが運命づけられていた。物語の主人公である「上杉達也」は彼らからのバトンを引き継ぎながらも、80年代という新しい時代を象徴するヒーローとなった。
    上杉達也というニューヒーロー像は、1988年に同じく「少年サンデー」で連載された河合克敏『帯をギュッとね!』にも引き継がれた。こちらは高校柔道を舞台にした作品だったが、従来のスポ根的で汗臭いイメージの強かった柔道を爽やかなスポーツ競技として描いた点が画期的で人気作品となった。主人公の粉川巧は第17回全国高等学校柔道選手権大会のポスターになるほど当時の高校柔道においては影響力のあるキャラクターになっていった。 どちらも中学時代から始まり、高校三年間がメインで描かれる。主人公も強力なライバルの前では限界値を超える力を出すが、そうでもない相手には簡単にホームランを打たれたり、いとも簡単に試合で負けたりする部分も共通している。 『帯をギュッとね!』においてのヒロインである近藤保奈美はずっと柔道部マネージャーとして主人公の粉川巧を応援し続ける。もう一人のヒロインと言える海老塚桜子は当初は保奈美同様にマネージャーであったが、後輩の女性選手の練習相手をするようになったため、自身も柔道を始めることになった。浅倉南を野球部マネージャーと新体操選手に分けたものが彼女たちに見えなくもない。
    「少年サンデー」で70年代のスポ根漫画からのバトンをも引き継ぎながらも、80年代ラブコメとの融合によって新しいスポーツ漫画の金字塔となった『タッチ』。そこからラブコメにはあまり寄せないで、さらに新しいスポーツ漫画の可能性を模索しアップデートしたのが『帯をギュッとね!』だった。 どちらも主人公を陰から見守る従来の劇画的なヒロイン像からは遠く離れて、ヒロイン自身の自我もしっかりと描かれていくあたりも80年代的な新しい時代と呼応していた。
    主人公を含め登場人物たちはほぼ顔の見分けがつかない「あだち充劇団」とも揶揄されるあだち充作品において、『ナイン』『みゆき』『タッチ』と主人公の顔はほぼ変わらないのにも関わらず、『タッチ』のヒロインの浅倉南だけはそのパターンからは少しズレているキャラクターだった。 『ナイン』の中尾百合は典型的な70年代劇画的なヒロイン像だった。そのせいもあって動かしにくいことからもう一人のヒロイン安田雪美が投入されることとなり、ラブコメ要素が増してヒット作となっていった。ショートカットでスポーティで元気な妹キャラである雪美によって物語が展開しやすくなったことは、あだちの中でも大きな意味をもった。ただ、『ナイン』においては中尾百合と主人公の新見克也は両思いでそのまま恋人となっていく。 『みゆき』においてはそのふたつのヒロイン像はそのまま引き継がれるが、メインヒロインは安田雪美の後継になる若松みゆきになった。もう一人のヒロインが中尾百合の後継となる鹿島みゆきである。ここでは主人公の若松真人と若松みゆきが結ばれることになった。 『タッチ』のヒロインである浅倉南は、前述した従来的な劇画ヒロインの系譜と活発で自我をしっかりだしていく新しいヒロインの系譜それぞれをミックス、あるいはフュージョンさせた存在だった。浅倉南についてはキャラクター紹介のあとに後述したい。
    「あだち充劇団」のメジャー化
    原作付きの漫画から自身のオリジナル作品となった『ナイン』、大ブレイク作『みゆき』、そして今回の『タッチ』においてあだち充作品の登場人物のパターンはほとんど完成されていた。 あだち自身が「あだち充劇団」というほどに見分けのつかない各作品の主人公や脇役たちの第一期完成形としての『タッチ』を見ることができる。 『タッチ』のあとに連載された『スローステップ』におけるメイン男性キャラや『ラフ』の主人公の大和圭介には、『H2』のメインキャラとなる橘英雄への萌芽が見られる。そして、その二作品が終わった後に連載された時代劇×SFというコメディ寄りな『虹色とうがらし』はそれまでの第一期総集編のようにそれまでのキャラクターが一堂に会するものとなった。 『タッチ』の登場人物たちについて、コミックス全26巻を五章に分けたものの流れに沿って触れていく。
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  • 『タッチ』はなにからのバトンを受け取ったのか?|碇本学

    2020-04-30 07:00  
    550pt

    ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本の青春」。今回から、いよいよあだち充を国民的漫画家に押し上げた代表作『タッチ』の分析に入ります。漫画史に衝撃を与えた「上杉和也の死」をめぐる編集サイドの葛藤、そしてその背景にある戦後文化の転換と「劇画」の時代の終焉について、光を当てていきます。
    ユートピアの終焉──あだち充と戦後日本社会の青春第12回 『タッチ』はなにからのバトンを受け取ったのか?
    上杉和也が死んだ日
    あだち充の代表作でもあり、野球漫画の金字塔のひとつである『タッチ』。老若男女いろんな世代に知っている「野球漫画」を聞けば、多くの人が挙げるのがこのタイトルだろう。 1970年に漫画家デビューしたあだち充が1981年から1986年まで「週刊少年サンデー」で連載をした作品であり、野球漫画において『タッチ』以前、以後という概念を作り出した漫画の歴史に燦然と輝く作品だ。
    主人公の双子の弟の上杉和也が死んだ回「ウソみたいだろ…の巻」が掲載された「少年サンデー」’83新年1•2合併号が発売された日、編集部には非難轟々の電話が鳴り続けていた。その時、電話番として編集部に残されていたのは『タッチ』の二代目編集者の三上信一だった。 三上は一日中、「人殺し」「許さない」など罵詈雑言を浴びせ続けられることになった。罵られるよりも、受話器の向こう側で何も発さずに聞こえてきたすすり泣きを聞き続けた時に胸が張り裂けんばかりに締め付けられたという。
    この和也の死が決定的になった「ウソみたいだろ…の巻」は、あだち充と三上とわずかな理解のある編集者を除いてはなんとか阻止したいものだった。人気漫画の主人公の一人を殺すことで人気が下がってしまうことを恐れていた編集部は、何度も担当である三上を通じて、あだちにそれだけはしないでほしいと伝えていた。

    主人公がふたりいて、ひとりが亡くなるという設定だけを最初に決めて。適当に打ち合わせしながら、ふたりのうち才能があるほうがいなくなって、残されたでき損ないの話をやろうと考えた。「タッチ」というタイトルも、かなり早くから決めてたと思う。その他に決まってたことは……ないかな。何しろ「どうなってもいいや」で始めた連載ですから。


     高校1年の夏、地区大会決勝戦の当日に和也が死ぬということは、早い段階から決めてました。  担当編集者以外、ほとんどの人間が反対でしたよ。でも、今さら引き返せない。この漫画はそこから始まると、最初から思ってたんで。もちろん先のことは考えてないけど、それをやらないと、この漫画を始めた意味がない。  もう少しラブコメを続けるという選択も、もちろんあったかもしれない。でもこれを描いてた頃は、「守り」の気持ちがまったくなかった。このままやっていけば人気がずっと続くだろうとか、別に攻めてたつもりはまったくなくて、こうしなくちゃダメだと思ったし、こういうことがやりたかったんだよね。  自分の選択に確信もなかったんですよ。やってダメだったら、それはそれでいいや。その程度の覚悟ですけど。とにかく、そのまま続けるのだけは嫌だった。  担当の三上からも、一度も和也を「殺すな」とは言われなかった。担当がそういう覚悟なら、編集長から言われることは気にしなかった。このことに関して、当時編集長と副編集長が事務所に来たことも一度あったような気がする。「転校させ」だの、「外国に行かせろ」だの言われるのを黙って聞いてました。でもこっちとしては担当編集者を信じてましたので。

    あだち充がインタビューで語っているように、連載を始める最初から上杉和也を殺すことだけは決めていた。『タッチ』は主人公の一人である上杉和也が死んで、ほんとうの物語がはじまる。その後のことは決めていなかったが、そうすることでしか描けないものをあだち充は本能で嗅ぎとっていた。
    「少年サンデー」編集部の多くの編集者の反対や心配をよそに、『タッチ』二代目編集者の三上はこの号の原稿をあだちから受け取り、校了をこっそり隠れて行い、編集部から二日間姿を晦ます暴挙に出た。携帯電話もない時代に、ほかの「少年サンデー」編集部の誰も逃げた三上を捕まえることはできずに、ましてや校了された原稿を差し替えることもできなかった。同時にあだち充も姿を晦ました。三上ではない編集者に見つかってしまえば、和也が死なない原稿を描かされる可能性があった。 編集部から逃げていた三上は最悪の場合は異動になるだろうと覚悟していた。しかし、編集部から命じられたのは、異動でも担当替えでもなく、「ウソみたいだろ…の巻」の回が掲載された「少年サンデー」発売日に編集部の電話の前で待機しろというものだった。
    のちに「ヤングサンデー」編集長になった三上は、連載漫画だった浅野いにお『ソラニン』で主人公のひとりである種田が死んでしまったことに関して、「主人公のひとりを殺すことはほんとうに大変なことなんだぞ」と浅野いにおを怒ったというエピソードがある。『タッチ』連載時の和也が死んだ回の発売日の電話のことが脳裏に浮かんだに違いない。しかし、三上は描いてしまったものは仕方ないので、死んだ後の再開一話目は明るい感じで、葬式シーンはやめようと浅野いにおに提案したという。
    三上のファインプレーによって成されたもう一人の主人公である「和也の死」がなければ、『タッチ』という漫画は「野球漫画」として始まることができなかった。そのためには、あだちとはある意味で正反対な初代担当編集者の白井康介と、二代目担当編集者の三上信一という「熱血」好きな編集者が必要不可欠だった。
    「熱血」編集者が繋いだ「野球漫画」へのバトン

    もともと「みゆき」に関しては、主人公にスポーツをやらせない、と最初に決めてたんですが、「タッチ」の場合、初めての週刊連載ということもあって、日常ドラマだけだと持たなそうだなと思って、保険として野球の要素も入れただけの話なんですけどね。

    今では「野球漫画」の代表格である『タッチ』の「野球」の部分が、このように保険でしかなかったことを知ると驚きは隠せない。では、なぜその保険であった「野球」の部分が前面化して「日常系ラブコメ」から「野球漫画」になっていったのだろうか。
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  • 碇本学 ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本社会の青春 第11回 「恋人としての妹」の発見(後編)

    2020-03-31 07:00  
    550pt

    ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本の青春」。『みゆき』の結末で描かれた日常からの旅立ち。それは高橋留美子的なユートピアからの離脱を意味していました。心地よいラブコメの世界にあえて切断線を引こうとするあだちの志向は、次作『タッチ』へと引き継がれていきます。
    あだち充版『うる星やつら』としての『みゆき』
    あだち充を一躍、人気漫画家へと押し上げた大ヒット作『みゆき』は、連載開始から一年ほど『陽あたり良好!』と並行で連載され、その後は『タッチ』と同時連載される。『みゆき』で注目を浴びたあだち充は、『タッチ』でかつて放逐された週刊少年サンデーに、エースのような扱いで復帰することになった。 その煽りを受けたのが、少女コミックで連載していた『陽あたり良好!』だった。第一部の野球部編を終えた後、第二部のラブコメ主体の物語で人気作となっていたが、『タッチ』のために急遽、物語を畳む形となってしまった。
    『陽あたり良好!』は高校二年の途中で最終回を迎え、主人公の勇作とヒロインのかすみ、ライバルの克彦の三角関係の結論は、先延ばしにされたまま終わっている。しかし最終回ではその代わりのように、勇作たちの同級生であり、同じ下宿で暮らす有山と美樹本が、もう一人のヒロインである関圭子を巡って殴り合いの喧嘩をするシーンが描かれた。 かすみに喧嘩を止めるように言われた勇作は、二人を止めに入ることなく、自分の気持ちをかすみに伝えるかのようにつぶやく。
    「戦うべきだ」 「ほんとに好きでだれにも渡したくないのなら」
    この台詞には、この先に訪れるであろう、かすみを巡る克彦との対決を見据えた決意が感じられる。しかし、物語はそのシーンを描くことなく終わっていき、週刊少年サンデーで『タッチ』の連載が始まることになる。
    ▲『タッチ』
    『タッチ』については次回以降取り上げるので詳しくは書かないが、国民的漫画としてあまりにも有名な作品である。多くの人が「野球」と「双子」というキーワードから本作を思い浮かべるはずだ。『タッチ』では双子の上杉達也と和也、幼なじみ浅倉南の三角関係を主軸に物語が展開されていく。 幼い頃に浅倉南が「甲子園に行きたい」といったことで、弟の和也は甲子園を目指すようになり、その一方で、兄の達也はそれを応援するボンクラな学生として過ごしている。しかし、南が好きなのは達也の方であった。南はなぜ和也ではなく達也のことが好きなのか、理由は明かされないが、和也の事故死によって物語は急展開し、そこから本当の意味で『タッチ』の物語が始まる。 『タッチ』の序盤では、だらだらとした日常が続き、主人公である上杉達也が何かに対して本気になったり、戦う意志を感じさせるシーンはほとんどない。この部分は『みゆき』に近い、というより初期の『タッチ』は同時連載中の『みゆき』の世界感に引っ張られていたという印象がある。
    『みゆき』の主人公である若松真人も、ヒロインの若松みゆきやサブヒロインの鹿島みゆきに好かれる理由は、最後まで明かされない。終盤に物語を終結に向かわせるための恋敵として沢田優一が投入されるものの、それまでは真人が特に理由もなくひたすら可愛い女の子に好意を寄せられるだけのパラダイスが展開される。 この「訳もなくモテる主人公」は、同時期に週刊少年サンデーで連載されていた高橋留美子『うる星やつら』の主人公・諸星あたるを彷彿させる。 80年代初頭のラブコメブームを牽引した『みゆき』と『うる星やつら』の共通項はここにある。努力もしないで可愛い女の子にひたすらモテ続ける若松真人や諸星あたるの姿は、妄想を抱きがちな思春期の男子が憧れる究極の夢である。その強烈な魅力は時代を越えて受け継がれ、後の多くの作品に影響を与える、ある種のテンプレになっていった。
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