• このエントリーをはてなブックマークに追加

今なら、継続入会で月額会員費が1ヶ月分無料!

記事 21件
  • 完遂できなかった『陽あたり良好!』を進化させた青春群像漫画『ラフ』(前編)| 碇本学

    2020-09-29 07:00  
    550pt

    ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本の青春」。今回は、『タッチ』に続く代表作と評される『ラフ』の読解です。少年漫画として青春群像劇の王道を引き受けつつ、あだち充版『ロミオとジュリエット』とも言えるストーリーを展開していった本作の成立背景と魅力を考察します。
    碇本学 ユートピアの終焉──あだち充と戦後日本社会の青春第14回 完遂できなかった『陽あたり良好!』を進化させた青春群像漫画『ラフ』(前編)
    国民的漫画となった『タッチ』の陰に隠れて
    あだち充という名前を国民的なものとした『タッチ』のすぐあとに連載が始まったのは、前回取り上げた『スローステップ』だった。その月刊連載と同時期に連載されることになったのが『ラフ』であり、『タッチ』の最終回から4ヶ月後ほどで「少年サンデー」で1987年に始まった週刊連載だった。

    「ラフ」の水泳と寮生活という設定は、自分で決めました。水泳というテーマはもちろん初めてだったけど、何かを準備した記憶はないな。すべての作品において、思いつきで決めて、とりあえず始めちゃうというのはいつも変わらないから。水泳というより、寮生活という発想のほうが先だったかもしれないね。  いろんなジャンルの天才たちを集めて、主人公に何をやらせようかという流れで、水泳になったんだと思う。野球を続けて描くのはないだろうと思ったし、違う絵が描きたかったから。それで絞られていったのが、「ラフ」だったんじゃないかな。  寮生活で「陽あたり良好!」のように、何人かのキャラクターを描きたいと思いました。相も変わらず御都合主義で、男子寮と女子寮を向かい合わせにして、描き易い設定を考えてから始めました。大事なのは思いつき。とりあえずスタートさせちゃえば、なんとかなる……と思っていた。〔参考文献1〕

    『タッチ』の終わらせ方について頭を悩ませていたあだち充は、次作について考えている余裕などなかった。しかし、「少年サンデー」側としてはドル箱となった『タッチ』が終わった後にできるだけ間をおかずに新作をあだちに連載してほしいと依頼をしていた。 そうやって始まった『ラフ』は、あだちがインタビューで答えているように、いつものフリージャズ的な手法で始まった。水泳を描くことにした理由のひとつとしては、ヒロインの水着姿が描けるということだった。しかし、『ラフ』のヒロインである二ノ宮亜美は飛び込みの選手であり、競技用の水着はあだちが考えていたよりもエッチなものでなかった。そのためか着替えシーンを描ける更衣室が多くなっていった。 この競泳水着に関しては、『タッチ』におけるヒロインの浅倉南が新体操を始めることにおそらく近いものがあったのではないだろうか。どちらも思春期男子のエッチな欲望が反応してしまうユニフォームでもあった。競技としても得点による勝負であるが、「美」が大きな要素になっている。そう考えると、あだちと「少年サンデー」の若い読者と近い視線だったことも作品へのめり込みやすい要素ともなっていたのだろう。
    『タッチ』と『ラフ』は連載が終了して、10数年経った2000年代になってから実写映画化されるほど、世代を越えて読み続けられているあだち充の代表作である。人気投票すれば一位と二位を争うこの二作品だが、連載中の手応えはまるで逆だったとあだち充は語っている。 『タッチ』は連載中から爆発的な人気になっていたが、『ラフ』はまるで手応えがなかったという。『ラフ』連載中にも前作『タッチ』の余波はずっと続いていた。1987年3月まではテレビアニメ『タッチ』の放映は続いていたし、同年4月にはアニメ映画『タッチ3 君が通り過ぎたあとに -DON’T PASS ME BY-』が公開されており、世間からすれば「あだち充」と言えば『タッチ』一色のままだった。そのためか、あだちは次作で何を描いても文句を言われるだろうと考えて、読者アンケートを気にしないでいた。 結局のところ、それが功を奏した形となった。
    『ラフ』は連載中には爆発的な熱狂を起こすほどではなかったが、連載終了後に評価されることが多くなっていった作品だ。まず、『ラフ』の「少年サンデー」での連載は1987年17号〜1989年40号と約2年という、『タッチ』の余波が引いていくにはちょうどいい時間だった。また、同時期に「少女コミック」で連載していた『スローステップ』はコミックスもヒットしていたが、少女漫画でありながらフリースタイルの「あだち充無双」が過ぎていたため、一般的なものとはならなかったことは、前回述べた通りだ。 対して『タッチ』と『ラフ』は、あだち充なりに「少年サンデー」での自分のポジションなり打率なりといったものを考えた上で連載していたこともあり、王道の少年漫画作品の系譜にあった。そのため、『タッチ』の余波の中で連載期間が終わった『ラフ』は、どうしても『タッチ』的なものを求めた人たちにとっては、なかなかリアルタイムでは魅力に気づきづらい作品であった。 しかし、『ラフ』の次の「サンデー」連載である『虹色とうがらし』の時代劇×SF的な世界観の変化球ぶりが受け付けられなかった読者が、本来読みたかった直球のあだち充作品として読み直していったことで、その魅力が再発見され、連載後の評価に繋がっていった部分がある。
    では、遊びに走った『スローステップ』とは対照的に、この時期のあだち充にとっての「王道」を担った『ラフ』の独自の立ち位置と魅力は何だろうか?
    ■PLANETSチャンネルの月額会員になると…・入会月以降の記事を読むことができるようになります。・PLANETSチャンネルの生放送や動画アーカイブが視聴できます。
     
  • 「あだち充の恩返し」だった『スローステップ』| 碇本学

    2020-08-31 07:00  
    550pt

    ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本の青春」。今回は、昭和と平成をまたぐ時代に連載された『スローステップ』について。『タッチ』のヒットで国民的漫画家となったあだち充が、最後に描いた「少女漫画」である本作。その自由奔放な作品性と成立背景に光を当てていきます。
    碇本学 ユートピアの終焉──あだち充と戦後日本社会の青春第13回 「あだち充の恩返し」だった『スローステップ』
    幕間の短編集『ショート・プログラム』
    国民的なヒット作となった『タッチ』の連載終盤であった1986年に、少女漫画誌「ちゃお」同年9月号で連載が始まったのが『スローステップ』だった。あだち充にとっては『陽あたり良好!』(「少女コミック」)以来の少女漫画誌での連載となり、1991年3月号まで約4年半続いた。また、この作品以降あだち充は少女漫画誌で連載をしておらず、今のところ最後の少女漫画誌で連載された作品になっている。『スローステップ』の連載期間は、元号が「昭和」から「平成」に変わった時期でもあった。 一方、「少年サンデー」では『タッチ』の次作となり、あだち充作品の中でも『タッチ』と肩を並べるほどの人気作となる『ラフ』(1987年17号〜1989年40号)も同時期に連載されていた。また、『ラフ』の次作となる時代劇×SF作品『虹色とうがらし』(1990年4・5合併号〜1992年19号)も連載されていた。 あだち充はこの連載でも指摘しているように『ナイン』以降、何作か並行して連載をしている。そして、短編作品もその間に何編も描いているという、実は多作な作家でもある。『タッチ』終盤の1985年から『ラフ』連載中の1988年にさまざまな漫画誌で描かれた短編が収録されたのが短編集『ショート・プログラム』だった。

     読切を描くきっかけは、大抵義理で、恩返しです。ある程度売れて名前も出たので、だいたい元担当がいるところで描いてます。  元担当が異動するたびに、異動祝いで読切を描かされるという。亀井さんがやたらと異動してくれるんで大変でしたよ。〔参考文献1〕

    ということで、『ショート・プログラム』収録作品は掲載雑誌がバラバラである。下記、単行本での掲載順ではなく、雑誌発表順に収録作品を並べると、この時期のあだち充の多彩さが見えてくる。
    ・『なにがなんだか』(「少年ビッグコミック」1985年1号&2号) 『タッチ』の反動か、かなり力を抜いている作品。超能力や不思議な力がアクセントになっている。後の作品でいうと『いつも美空』の系統だと言える。
    ・『むらさき』(「ちゃお」1985年6月号) 『陽あたり良好!』以来の少女漫画。ある人物がタイトルについて発言するセリフが軸になって出来上がった短編。少女漫画なのに格好いい男の子よりも可愛い女の子をメインで描いているのがあだち充らしい。
    ・『チェンジ』(「少年サンデー増刊」1985年10月増刊号) 『ナイン』以来の「少年サンデー増刊」で描かれたこの短編は、ボーイッシュな女の子が変わる話。まさしくチェンジする物語だが、この部分は『スローステップ』の主人公である「中里美夏」が変装する点を彷彿させる。
    ・『交差点』(「少年ビッグコミック」1986年4月号) いつも同じ場所ですれ違う少女に恋心を抱き始めた主人公。しかし、友人(『陽あたり良好!』美樹本似の克明)のせいでファーストコンタクトに失敗してしまう。希望を残すような終わり方は、台詞で語りすぎないあだち充らしさが光る。
    ・『プラス1』(「ちゃおデラックス」1986年初夏の号) もはや昭和的なアイテムになっている懐かしの「カセットテープ」が小道具になっている短編。「カセットテープ」に登場人物の思いを吹き込んだという部分は、『ラフ』に近い要素を持っている。
    ・『近況』(「少年ビッグコミック」1987年1号) 昔好きだった女の子との同窓会での再会を描いた短編。主人公の杉井和彦、彼が好きだった高沢亜沙子、中学時代からモテていた二枚目の東年男の三角関係がメインとなる。杉井と二人は違う高校に進み、高校でも亜沙子と年男はお似合いのカップルだと思われていたが、互いのコンプレックスで想いがすれ違う様子が描かれる。 中学時代の和彦は成長が遅く、いつも年男に守られている存在であり、亜沙子が年男にあげるために作っていたマフラーは、逆に手先が器用な和彦が手伝っていた。そして年男の側は、亜沙子からの気持ちにも気づかなかった和彦に高校時代ずっと嫉妬しており、彼と距離を置いてずっと会わないようにしていた。こうしたチグハグが、短編ながら回想シーンの多用で描かれるのが特徴的。 成長が遅かったから好きな女の子はもう違う誰かと付き合っていた、相手にされないと思い込んでいたというモチーフは、のちの『H2』の主人公・国見比呂を彷彿させる。
    ・『ショート・プログラム』(「ヤングサンデー」1987年創刊号) 『ナイン』以降にも何度か作中で描かれることのある、「覗き」をモチーフとした短編。主人公はヒロインと交際しているが、実は付き合い始める前から彼女の部屋を望遠鏡を使って覗いていた。そこで彼女に言い寄る別の男性に襲われそうになったところで電話をかけたり、鍋が沸騰しそうになったりした時にも、あらゆる手を使ってヘルプしていたことが後にバレて振られるというもの。つまりヒロインにとって、恋人になった男は今で言うところのストーカーみたいな存在だったのだ。感想は非難轟々だったらしいが、読んでみると納得ではある。 本作は「ヤングサンデー」創刊号に寄せられた短編だが、創刊編集長は『みゆき』の担当だった亀井修だった。だからなのか、『みゆき』連載時のような「覗き」モチーフで亀井を喜ばそうと、タガが外れた内容になってしまったようにも見受けられる。このように、重鎮となったかつての担当編集者との絆もあって、あだちが新雑誌の創刊や周年のお祭り事には欠かせない看板作家になっていたことがうかがえる作品だ。
    ・『テイク・オフ』(「ヤングサンデー」1988年7月号) 高校を卒業しても毎年背が伸びていく長身の永島と、走り高跳びの選手で、記録に挑戦し続ける仲田里美。あるとき永島は、里美の毎年の記録の伸び方が、自身の背と一致していることに気づく。そこから、里美が永島の背と同じ高さをクリアする2ページにわたるシーン運びは見事なほどに美しく、当時のあだち充の作画力の円熟を示す作品になっている。
    「ミツルの恩返し」から始まった『スローステップ』
    『タッチ』で「少年サンデー」を代表する漫画家になったあだち充の次作連載作品が、なぜ少女漫画誌である「ちゃお」だったのか?
    ■PLANETSチャンネルの月額会員になると…・入会月以降の記事を読むことができるようになります。・PLANETSチャンネルの生放送や動画アーカイブが視聴できます。
     
  • 『タッチ』における「賢者」としての原田正平と「影(シャドウ)」としての柏葉英二郎(後編)| 碇本学

    2020-07-30 07:00  
    550pt

    ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本の青春」。代表作『タッチ』の分析の最終回・後編です。主人公・上杉達也の影にあたる存在であり、本作を成長物語として完結させる役割を果たした柏葉英二郎。担当編集者のバトンタッチも含め、本作が後世に何を受け継いでいったのかを総括します。
    碇本学 ユートピアの終焉──あだち充と戦後日本社会の青春第12回 『タッチ』における「賢者」としての原田正平と「影(シャドウ)」としての柏葉英二郎(後編)
    呪詛に自分自身を乗っ取られた柏葉英二郎というもう一人の上杉達也(承前)
    その後も柏葉英二郎は、試合中ほぼ指示を出さず、OBから送られてきた野球用品を笑いながら勝手に焼くなど、当初の立場を崩さない悪役のままだった。視力がどんどんなくなっていく中で、「くだらん夢をみてうかれてるやつらに、一生悔いを残させてやる。明青野球部が世間の笑い物になるんだ。ちゃんとこの目でみせてくれ」という柏葉英二郎のモノローグがある。 本作は基本的にモノローグを使わない作品なので、この描き方には少し違和感がある。この辺りは彼の内面を描いておかないと、須見工戦への伏線ができないとあだちも思ったのではないだろうか。そして準々決勝の赤宮戦のあと、かつての先輩二人が彼の前に現れるものの、先輩たちは彼のことを「柏葉英一郎」と勘違いしていた。そして、柏葉英二郎が彼らに牙を向ける。

    「どうした、森田? 野球部一の力もち── 昔はよく殴ってくれたじゃねえか。遠慮はいらねえ。ハデに一発乱闘騒ぎといこうぜ。幸い、近くに新聞記者もいることだし、明日のでっかい見出しにしてくれるぜ。」 「そ、そんなことになったら、野球部はおしまいだぞ!」 「的外れな心配をするな。このおれがなんのためにあんなガキどもにつきあってると思ってるんだ? おまえらが人まえで明青野球部OBなどとは、恥ずかしくていえなくしてやるためさ。楽しみにまってろ。」 「あの子たちには罪はないだろ! 精いっぱい悔いの残らぬ試合をやらせてやれよ。」 「その言葉(セリフ)は高校時代にききたかったぜ」 〔コミックス20巻「冷たいなァの巻」より〕

    先輩たちの登場で、柏葉英二郎の中にある復讐心がより強まった印象を受けるシーンだ。準決勝の三光戦前には、上杉達也と柏葉英二郎の対決も用意されている。 ピッチャーで3番打者でもある達也のバッティング練習にあたって、英二郎自らがピッチャー役をつとめるシーンだが、本気で投げ続ける英二郎の球になんとか食い下がり続ける達也。あまりの球の重さに「頭に当たったら死ぬなあ」と言っていた達也はヘルメットをしていなかった。 そしてピッチングフォームに入った瞬間、視界がなくなり、栄二郎の脳裏に達也のその言葉が思い浮かぶ。達也を潰せば自分の復讐は終わるとわかっていたが、彼はボールを投げ捨ててナインに「会場へ向かうぞ」とグラウンドをあとにした。このように、達也だけではなくナインに対して、復讐を一瞬忘れていく場面が次第に出てくるようになってくる。
    須見工との決勝戦の前の晩には、ナインを試合前に消耗させようと思ったのか、いきなり全員にノックをするからグラウンドに出ろと告げる。しかし柏葉英二郎の悪意に反して、準決勝をノーヒットノーランで終えたため、ほとんど体を動かせていない一軍メンバーを筆頭に勇んでグラウンドに出ていく。それを見て呆れかえった英二郎は、あとからやってきた達也に苦虫を噛み潰したような表情で話しだす。

    「いいかげんに教えてやったらどうだ。あのお人好しのバカナインたちに。」 「は? なんのことでしょ。」 「きさまらの監督を信じてると、とんでもないことになるということだ。」 「ほんとにとんでもないことですよね、明日勝てば甲子園なんて。いやはや。」 「ねぼけたこといってんじゃねえ! おまえらに個人的な恨みはねえが、明青野球部に籍をおいたことを不運と思ってあきらめるんだな。」 「復讐復讐というわりには、手かげんが多いみたいですけどね。最後の線を躊躇してしまうのは、どこかにまだ野球を憎みきれない部分が──」 「おれは、うまいものは最後にまわす性格(タチ)でな。効果的に一番世間の注目を集める決勝戦までおあずけしてただけなんだよ。」 「次からはうまいものから食べることをお勧めしますよ。」 〔コミックス21巻「ほめるもなにもの巻」より〕

    これが甲子園まであと1試合という野球部の監督とピッチャーの会話だとは、誰も思わない内容だ。そして、アロハシャツを来た陽気な雰囲気を醸し立つ西尾監督が退院して、孝太郎と共に二人の前に現れる。 達也としては監督が復帰するなら、このヤクザな監督代理とはおさらばできると思ったが、柏葉英二郎に決勝戦を託すと言って今までのお礼を言って帰ろうとする。必死で止めようとする達也に西尾は、須見工の監督とは高校時代からのライバルで一度も勝ったことがないと告げる。だからこそ、柏葉監督代理のままで決勝戦を戦ってほしいと願いを託す。達也は、本当のことを言わずに孝太郎とグラウンドに出るためにその場をあとにする。外は雨が降り始めていた。西尾と柏葉だけが残される。

    「ほんとうにいいんですか、おれにまかせて。」 「わしは高校野球が大好きだ。明青野球部を心から愛している。そして、ただそれだけの監督だ。病院のベッドで長い監督生活を冷静に振り返って、つくづくそう思ったよ。このバカ監督のおかげで、その才能を開花することなく、去っていった部員も数えきれないだろう。ほんとうに人をみぬく力などわしにはない。だから信じるだけだ。須見工に勝つために必要なのはわしではない。本物の監督だ。まかせたぞ、柏葉英二郎。」(編注:「英二郎」に傍点「、、、」) 〔コミックス21巻「あいつといっしょにの巻」より〕

    この時点でほぼ柏葉英二郎の呪いは解けたようなものだった。しかし、それでも長年の怨念と復讐心に支配されている彼は本来の自分には戻れなかった。 須見工との決勝戦において、試合展開が進むほどに英二郎の視力がどんどんなくなっていくのは、本来いたはずの光の方へ向かおうとする本当の英二郎を、怨念や復讐心の側がどうしても手放したくないように見えなくもない。 試合中の達也と柏葉英二郎のベンチでの会話が、彼を光の方に進ませていく要因にもなっており、終盤にようやく指示を出し始め、本当の監督になっていくという彼の呪縛からの解放が描かれる。

    「どうした? 上杉和也は力を貸してくれないのか? 貸すわきゃねえよな。 どんなきれいごとならべたって、実際に甲子園にいくのはおまえらなんだ。もちろん、勝てればの話だがな。全国13万の高校球児の夢と栄光を手に入れるのは、──上杉達也おまえなんだぜ。」 「……なにがいいたいんですか?」 「(ベンチに飾ってある上杉和也の写真を見ながら)こんな写真を甲子園のベンチに飾って満足するのは、お前らの感傷だけだということだ。そんなもんで本望だの成仏しただのと、勝手に整理をつけられちゃたまらねえってよ。華やかな舞台にたった兄を、暗闇でみつめる弟の気持ちがわかるか? それもその華やかな舞台に自分の出番は金輪際あり得ないとしらされた、弟の気持ちが───」 「あんたと和也を一緒にするな。」 「それじゃおまえはどうだった? 弟の華やかな舞台をみながらなにを考えていた。まだ出番の可能性が残されていたおまえは── 弟が舞台から転げ落ちるのを期待したことなど、一度もなかったというのか? 上杉和也の代役を気どって打たれたんじゃ困るんだよ。上杉和也がなにを考えているか教えてやろうか? ──こいつはな、上杉達也がめった打ちされるところをみたいんだよ。おれがいなきゃ甲子園なんかいけるものかといいたいんだよ!」 〔コミックス23巻「おまえなんだぜの巻」より〕
    「──ところで、監督ということばをしってますか? 出番がなかったなんてあり得ないなァ。あんたは写真じゃないんだから。華やかな舞台から人をひきずりおろすことばかり考えているから、自分の出番を見逃してしまうんですよ。―さてと、いってくるぜ、和也。声がかかるのをまってないで、自分から舞台にあがったらどうですか? ──ま、とりあえず、9人のバカを線にするという、つまらない役ですけどね。考えといてくださいな、──監督。」 〔コミックス23巻「かかったかの巻」より〕

    試合は8回表明青学園が2対3で、1点のビハインド。7回も抑えたピッチャーの達也が柏葉の隣に座っていた。

    「あとアウト6つ。生爪でもはがして、血ぞめのボールを投げ続けてみせたら、少しは感動して動く気になってくれますかね。」 「おもしろいな。試してみたらどうだ。」 〔コミックス23巻「テレ屋さんの巻」より〕

    いきなり柏葉英二郎が達也の右手を掴んで爪を見ると血がついていた。それを見た瞬間に彼の顔が明らかに変わる。その後の描写で達也の鼻から血が出ており、のぼせて鼻血が出ていたのが爪についていたのがわかる。しかし、バッターボックスに入っていた「工藤」の名前を叫びベンチに呼んで、「二球目と四球目だ。ピッチャーめがけて思いっきり振ってこい!」とはじめて監督として監督らしい指示を出す。 ベンチのナインもお互いに顔を見合わせ、達也も柏葉に指と鼻を指差してのぼせただけだと伝えるが、彼は表情を変えずに試合を見ていた。佐々木が分析した須見工のデータを頭にいれており、他の選手にもそれぞれ何球目を打つかを伝えていくことになる。 新田まで回る8回裏のグラウンドに戻っていく達也に「ストライクは投げるな」「試合に勝ちたいなら新田にはストライクを投げるな」と。達也は「それは命令ですか。命令なら従います」と言うと、柏葉英二郎は「確率の問題」と告げる。そして、達也は新田に渾身のストレートを投げて勝負をするが、ホームランを打たれて逆転されてしまう。そのあとを抑えてベンチに帰ってきた達也たち。残すは9回表の攻撃だけとなり同点にならなければ敗退が決まってしまう。
    ■PLANETSチャンネルの月額会員になると…・入会月以降の記事を読むことができるようになります。・PLANETSチャンネルの生放送や動画アーカイブが視聴できます。
     
  • 『タッチ』における「賢者」としての原田正平と「影(シャドウ)」としての柏葉英二郎(前編)| 碇本学

    2020-07-29 07:00  
    550pt

    ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本の青春」。代表作『タッチ』の分析の最終回です。達也、南、和也をめぐる青春劇の脇を固める存在ながら、本作が普遍的な物語として読み継がれる上で決定的な役割を果たした、原田正平と柏葉英二郎の二人の“大人”について、前後編で掘り下げます。
    碇本学 ユートピアの終焉──あだち充と戦後日本社会の青春第12回 『タッチ』における「賢者」としての原田正平と「影(シャドウ)」としての柏葉英二郎(前編)
    欲望を暴走させない装置としての原田正平
    前回はジョゼフ・キャンベルが世界中の神話の共通項をまとめた「単一神話論」と『タッチ』との共通点について論じた。 1980年代という新しい時代のヒーローになっていった上杉達也。彼がヒーローになるために欠かせない存在が「『賢者』としての原田正平」と「『影(シャドウ)』としての柏葉英二郎」の二人だった。『タッチ』をめぐる分析の最終回として、この強面の二人のキャラクターについて取り上げたい。

     達也の同級生・原田正平は、儲けもののキャラクターでした。何も考えず、計算もなく出したのに、本当に使いやすかった。ちょっと俯瞰した立場でセリフを言えるキャラクターとして、解説役、進行役になる、みんなはごまかしているけど、唯一本当のことを言ってるんです。最初は変な、乱暴なキャラクターを出そうと思っただけだったはずだよ。しかもこの手の顔は描きやすい。 (中略)  原田は達也を振り回してくれたし、達也のいちばん痛いところを突いてきて、達也の性格の説明を最も的確にしてくれる。達也は自分では何も言わないけど、常に正しい判断を促してくれる。こんな使えるキャラクターになって、最後まで絡んでくるとはまったく思ってもみなかった。 〔参考文献1〕

    『タッチ』では達也と和也と南の幼少期が何度かエピソードとして登場する。これに関してあだち充は「基本的には回想好きの漫画家」であると語っている。物語は甲子園を目指す高校編から初めてしまうと、甲子園に縛られてしまい、遊べる部分やキャラクターの掘り下げという下準備ができないため、その前の中学編から始まっている。これがさらに幼少期をきちんと描くという物語になっているのが『クロスゲーム』という作品だった。 また、『タッチ』は『みゆき』と同時連載だった時期があり、ゆるいラブコメ的な展開になっている。そして、高校に入学する少し前の3学期から同級生として、それまでは一度も出てきていなかった原田正平が登場する。最初は確かになにか繋ぎのようなキャラクターであったが、次第に表情も変化していき、達也か南の近くにいる二人の理解者としてのポジションを得ていく。『タッチ』①でも紹介したが、柏葉英二郎についてあだちが語っているものを下記に引用する。

    「タッチ」後半の大きな登場人物として代理監督・柏葉英二郎がいるけど、柏葉の登場もまったく計算してなかった。この世界観の中であのキャラがどこまで動けるのかと思ったけど、柏葉監督のおかげでちゃんとした野球漫画になりました。漫画の世界観が変わったからね。これは基本に忠実な、正しい悪役の登場の仕方。「タッチ」の後半が動き出したのはこの男のおかげです。 (中略)  柏葉英二郎については、うまくストーリーが動かなければ、いくらでもギャグで逃げられると思ってましたから。逃げることにはなんの衒いもなくて、いざとなったら逃げちゃえという覚悟は常にあります。この漫画に関しては、そういう賭けが平気でできた。 〔参考文献1〕

    最後に取り上げるこの二人の重要人物は、あとのことを考えて出したわけではなく、とりあえず出してみただけのキャラクターだった。その結果、この二人は物語の内容に深く関与し、また名作として読み継がれる要因となっていった。 「ほんとか? そうは言っても、あだち充は計算してたんだろ?」と思う人もいるかもしれない。しかし、これまでこの連載で取り上げてきたように、あだち充という漫画家はフリージャズ的な週刊連載の進め方で、その週ごとに読み切りを描くように漫画を描いてきた。 結果としてあまり必要ではないキャラクターは知らずといなくなっていくし、原田や柏葉のように存在感が増してくる者もいる。彼らはおのずと「単一神話論」あるいは「英雄神話構造」的な物語に必要なキャラクターに成長していったのだろう。この部分に関しては、やはりあだち充という漫画家は感性の天才だということにつきる。 理詰めで考えるのではなく、漫画を描いていく中である程度自由に振り幅のある物語を展開させていける。そして、アドリブのように出したキャラクターが作品において必要とするポジションを担うようになっていく。
    『タッチ』という作品は、年代ごとに読んで感じるものはかなり違ってくるはずだ。年齢を重ねれば当然親の視線になったりもするだろうが、十代の頃には読めていなかった部分やキャラクターの魅力もわかるようになってきたりもする。個人的には一番最初に読んだ小学生の頃とまったく印象が変わったのが原田正平だった。 登場初期はいわゆる番長的なキャラクターであり、強面の顔はどこか1970年代の劇画的な雰囲気も持っていた。喧嘩の強さは折り紙付きで、他校の生徒からも何度も喧嘩を売られていたりして、同級生たちにも恐れられている存在だ。だが、子分や舎弟を引き連れて行くようなことはせずに基本的には一匹狼だった。それでも、高校のボクシング部ではキャプテンを務めることになる。 原田正平は基本的には上杉和也とは絡んでいない。毎日甲子園を目指して練習に明け暮れ、勉強もできる優等生だった和也とは距離があったと思われる。兄の達也はその逆で、部活もしておらず勉強もさほどできずにブラブラしており、原田としても接点の持ちやすい存在だったのだろう。 あだち充がインタビューで答えているように、原田は達也を導く存在として次第に物語には欠かせない存在になっていく。
    原田正平の初登場はコミックス3巻の「だれが悪い子」の巻からであり、中等部3年の3学期という高等部進学まで残りわずかという時期だった。そこから高等部入学までの6話分は喧嘩の強い原田というキャラクターを自由にさせて、メインの達也と南に絡ませて物語を進めている。この時点では原田正平は物語に大きく絡んでくるようにはまったく思えないのが正直なところだ。 高等部に進学すると達也と和也と南、そして原田と孝太郎、達也とつるんでいた初期の友人全員が同じクラスになる。 原田はある少女が不良に絡まれているところを助けるが、その少女は和也のライバルでもある西条高校3年のエース・寺島の妹だった。彼女が原田にお礼を言いにきて以降、物語は和也の死に向かって大きく動きだす。和也が交通事故に遭った日の決勝戦の相手は西条高校であり、原田が準レギュラーのようになってから、高校編は本腰が入っていくとも言える。

    「みゆき」に関しては、ちゃんとまともな人物はひとりも出てこない。「タッチ」の登場人物、原田正平みたいに、まともなことを言うやつも誰もいなくて、誰も誰を戒めることもない。〔参考文献1〕

    彼がいることで登場人物たちが欲望のままに動かないようにもなっていた。前回も取り上げた「単一神話論」から原田正平を当てはめて考えてみると彼の存在がよりわかりやすくなる。

    第一幕 出立 Step 1 冒険への召命 Step 2 召命の辞退 Step 3 超越的なるものの援助 Step 4 最初の境界の越境 Step 5 鯨の体内 〔参考文献2〕

    上杉達也は野球部に入ろうとしたが、南がマネージャーとして入部したことを知り、入部寸前のところでやめてしまう。これは【Step 2 召命の辞退】になる。

     現実生活においては頻繁に、神話や通俗物語においては稀有というわけではない程度に、召命に応じないというしらけた事態に遭遇する。それというのも、他の関心に耳を貸すのがいつの場合だって可能だからである。召喚の辞退は、冒険をその否定態に転化する。倦怠、激務、ないしは「日常生活」にとり囲まれてしまえば、当の主体は有意な肯定的行為の力を喪失し、救済されるのを待ち侘びる犠牲者ともなろう。 〔参考文献3〕

    双子の弟である和也がいる野球部に入部するというのは、達也にとってはそれまでずっと逃げ続けてきた問題であり、彼にとっては大人になる最初の一歩だったが、自ら逃げ出してしまったかたちとなった。 どこかで大人になりたくないと思っていた達也の内心を表すような展開だが、ここで【Step 3 超越的なるものの援助】として手を差し伸べるのが原田正平である。この原田の役割は「贈与者」と呼ばれる存在だ。

     召命を辞退しなかった者たちが英雄として征旅におもむき最初に遭遇するのは、庇護者(しばしば矮小な老婆、老人)の身なりをしてあらわれる者である。この身なりをした者が、冒険に旅立った者のいままさに通過せんとしている魔の領域で身を護ってくれる護符を授ける。 〔参考文献3〕

    原田が『タッチ』においてまともなことを言い出すのは、野球部に入部しようとしたが諦めた達也を強引にボクシング部に入部させてからになる。 新入部員歓迎スパークリングで先輩にボコボコにされる達也。原田は仇を取るかのように、すました表情で達也をボコボコにした先輩部員を圧倒的に打ち倒す。その帰り道、原田に肩を貸してもらってなんとか歩いている達也とのやりとりが以下のようなものになる。
    「なんなんだよ これは……」 「おまえはすこし殴られる必要があるのさ。」 「なんだァ?」 「でなきゃ、おまえからは殴らねえだろが………」 〔コミックス4巻「南の日記にはの巻」より〕
    帰宅後に南になんでボクシング部なんかに入ったのかと聞かれたやり取りの中で、達也は「自分から殴れるようになるまでさ」と答える。 原田は、前述したあだちの発言のように、達也のキャラクターを読者に伝えながらも、成長を促していく存在になっていく。 和也が交通事故で亡くなる第一章の終わるコミックス7巻の「泣いてたよ」までだけでも、原田は達也のそばにいてずっと助言のように、達也の痛いところをつく発言をして彼を鼓舞し続ける。 和也が死ぬことは最初から決まっていた。原田は彼が死ぬことが運命づけられていたからこそ、達也を導く役割を自然と担っていったのだろう。同時に和也にとって、原田は死神のような存在だったのかもしれない。和也が亡くなるまで原田は達也を鼓舞するが、そのセリフによって物語がドライブしていき、どうしても和也が物語から退場するしかない流れをあだちは作り上げていった。
    ■PLANETSチャンネルの月額会員になると…・入会月以降の記事を読むことができるようになります。・PLANETSチャンネルの生放送や動画アーカイブが視聴できます。
     
  • 「単一神話論」構造を持つ「王道」少年漫画としての『タッチ』| 碇本学

    2020-06-24 07:00  
    550pt

    ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本の青春」。代表作『タッチ』の分析の第3回目は、本作がなぜ世代を越えて読み継がれる普遍的な野球漫画になったのかの構造とその歴史的な意義を、マイケル・ジョーダンの伝記との対比と「単一神話論」モデルを通じて分析します。
    碇本学 ユートピアの終焉──あだち充と戦後日本社会の青春第12回 「単一神話論」構造を持つ「王道」少年漫画としての『タッチ』
    「神様」の死と生(象徴的な死)
    1993年7月23日、葬儀から帰る途中にノースカロライナ州ランバートン近くのハイウェイで昼寝をしていた黒人男性が二人の男に殺され、彼が乗っていた赤いレクサスが犯人たちに盗まれた。8月13日に同州サウスコールの沼地から黒人男性の遺体が見つかったが、身元不明人として同州の条例に基づいて火葬された。彼は家族に行き先を告げずに何日も留守にすることが多かったためにすぐには捜索願を出されていなかった。その後、家族から提供された歯科記録で身元が判明した。彼は56歳の一般的な黒人男性だったが、そのニュースは全米を駆け巡って大きな話題となった。 なぜなら、彼の息子はアメリカ中、世界中の人たちを魅了するスーパースターであり、「バスケットボールの神様」とも言われていたマイケル・ジョーダンだったからだ。父であるジェームズ・ジョーダン・シニアが殺害されたのはマイケル・ジョーダンがシカゴ・ブルズで三連覇(スリーピート)を達成したあとのシーズンオフのことだった。 父・ジェームズは息子・マイケルの試合にはいつも駆けつけて観客席から彼のプレーを見守り続け、息子がアスリートになるため大きな役割を果たした人物であり、父と息子の信頼関係は揺るぎないものだった。 1984年にシカゴ・ブルズに入団したマイケル。ジョーダンはランニングシューズで一部の人にしか知られていなかったNIKEとの契約を嫌がっていたが、それを後押ししたのも父であった。
    当時のNBAではコンバースが市場を独占していた(トップ選手のラリー・バードやマジック・ジョンソンたちほとんどと契約していた)ため、新人のジョーダンを特別扱いはしないと彼のエージェントに伝えてきた。また、二番手のアディダスは経営不振のため契約が結べなかった。 NIKEだけはマイケル・ジョーダンの価値を信じ、エージェントが交渉していたシグネチャー・モデルを作ると約束して新人では考えられない契約金を提示した。父が「この条件を断るのはバカだ」と息子に伝えた。それが決定打となる。NIKEがマイケル・ジョーダンのために作ったシグネチャー・モデルが「エア・ジョーダン」である。 マイケルの活躍とともに売れに売れたこの「エア・ジョーダン」によって、NIKEはその後NBAでも市場を独占し始めることになる。また新進気鋭だったスパイク・リーにCMを作らせることによってファッションアイテムとしても認知されたこのバッシュは爆発的にヒットしていった。現在世界中でスニーカーが履かれている起爆剤のひとつは間違いなく、「エア・ジョーダン」であり、世界中で今もなお一番多く履かれ続けている人の名前のついたスニーカーになっている。
    30歳で1960年代のボストン・セルティックス以来の三連覇を果たし、選手としては全盛期にあったマイケル・ジョーダンは、突如引退会見を開いてNBAから去ること伝えたことで全米に衝撃を与えた。 また、その頃の彼はギャンブルについて一部のメディアからのバッシングが相次いでいた。マイケルは全スポーツ選手でも年棒やスポンサーからの契約金は最高峰のものであり、一般人からすれば年収のような金額ですらマイケルにとっては賭け事に使えるほどの金額ですらあった。父も莫大な金の賭けゴルフなどをしていたとされる。そういう背景もあり、ギャンブル依存症ではないかという報道もされていた。マイケルが父への殺害を依頼したなどの嘘や憶測などの報道も飛び交っていたのも、そうとうなストレスになっていたという。そして、三連覇を達成したあとにもう目指すものがなくなっていたことも引退を決意させたのだとマスコミは推測し、報道はさらに過熱していった。
    現在、Netflixで『マイケル・ジョーダン:ラストダンス』(全10回)が配信されているのでまだ観てない人にはオススメしたい。二度目の三連覇を果たしたマイケル・ジョーダンとシカゴ・ブルズの最後の一年に密着し撮影した素材をメインに、マイケルのデビューから引退までで構成されている素晴らしいドキュメンタリー作品だ。チームを率いたフィル・ジャクソンコーチの指導や選手への理解などはビジネス本を何冊も読むよりも有効であり、かなりの見どころではないだろうか。 ここでももちろん父の死は語られている。
    NBA引退後に突如、マイケル・ジョーダンがMLBへの挑戦を表明。野球への転向は再度全米に衝撃を与えた。父・ジェームズはバスケットボールの大ファンでもあったが、同時に野球ファンでもあり、かつてはマイケルが野球のスターになることが夢だったと語っていた。 マイケル・ジョーダン自身も「最初の優勝の後に父親と約束した夢」だと述べた。父親を殺されたマイケルが子供の頃に父と夢見ていた野球を、父を失ったことで傷を癒すために挑戦しようとしているのだと誰もが考えるようになっていった。しかし、『マイケル・ジョーダン:ラストダンス』の中でジョーダンと旧知の中であるスポーツジャーナリストは、三連覇を達成する前の二連覇後のシーズンオフの頃に、ジョーダンから三連覇を達成したらバスケをやめて野球に挑戦するつもりだと言われていたと答えている。 父が殺害されたことも大きなきっかけになっているが、野球に挑戦することは三連覇を達成する一年前にはすでにマイケルの中で固まっていたということだ。だが、父が殺されてしまったことで、野球に挑戦するというわかりやすいストーリーができてしまった。多くの人はその理解しやすい物語を彼に望んだのだとも言えるかもしれない。
    シカゴ・ブルズと同じくシカゴに本拠地を持っていたシカゴ・ホワイトソックスのキャンプに参加し、ホワイトソックスの傘下AA級バーミングハム・バロンズにマイケル・ジョーダンは入団した。ここでも、野球選手としては活躍できないマイケルは幾度となくマスコミからのバッシングを受け続け、スポーツ新聞などでこき下ろされ続けた。バスケと野球ではもちろん鍛えるべき部位などの違いもあり、野球用の体に鍛え直していき、徐々にスイングスピードも上がりホームランも打てるようになっていった。しかし、メジャーリーグには上がれないままだった。 シカゴ・ブルズのチームメイトだった選手に声をかけられて練習に参加したマイケルはその後、1995年3月にシカゴ・ブルズに復帰しNBA選手として再スタートを切った。背番号はそれまでの「23」ではなく、マイナーリーグでつけていた「45」をつけて再出発した。

    「新しい挑戦の始まり。だから、新しい背番号とともに復帰することにした。ブランクがあったから緊張していたけど、コートに戻れてとても嬉しかった。野球経験を通じて人生観が変わり、バスケの向き合い方も変わった。自分自身、そしてチームのためにプレイできることが何より楽しかった。自分が選んだ道だしね」

    と語った。元々は尊敬する兄が学生時代につけていた背番号が「45」であり、「23」は兄の半分以上は上手くなりたいという想いからマイケル・ジョーダンが自ら選んだものであった。 年の離れた兄たちに幾度となくワンオンワンで負け、その悔しさから人の何倍も練習することで、マイケル・ジョーダンは心身ともに成長していった。また、NBAで活躍を始めても、彼はその負けん気を自らの核として燃やし続けて、ラリー・バードやマジック・ジョンソンなどのスター選手たちに挑み続け、彼らに勝つことで自分の時代を作り上げていくことになった。 1995年の最後17試合に参加し、地区のプレーオフに進むものの、カンファレンス・セミファイナルでは若手の中でも有望株だと期待されていたシャキール・オニールとアンファニー・ハーダウェイという新星を軸に、勢いのあったオーランド・マジックと対戦することとなった。マジックには三連覇を共に果たしたチームメイトのホーレス・グラントがいた。 最初の一戦の残りわずかな時間でマイケル・ジョーダンがニック・アンダーソンにボールを奪われ、最後にはホーレス・グラントにダンクを決められ残り6秒で逆転負けをしてしまう。 試合後にアンダーソンがリポーターに「45番は23番とは違う。23番が相手だったら、ボールを奪えなかったかもしれない」と答えたことで、それ以降の試合ではマイケル・ジョーダンは再び背番号を「23」に戻すことになった。しかし、番号が戻ってもかつての縦横無尽に、どこからでもシュートを決めることのできた神様・マイケル・ジョーダンの姿はなく、チームは敗退することとなった。また、ホーレス・グラントに負けたことが負けん気の強いマイケル・ジョーダンを奮い立たせることになった原因とも言われている。
    翌年の1994−95シーズンに向けてマイケル・ジョーダンはバスケ用に体を鍛え直し、映画『スペース・ジャム』の撮影中には特別な練習施設を撮影所に隣接した場所に作ってもらい、撮影が終わり次第、ライバル選手や若手の有望株だった選手たちを呼んで一緒に練習することで試合の勘を取り戻していった。 このシーズンからは、かつてマイケルやブルズの優勝をずっと阻んできたデトロイド・ピストンズから、「バッドボーイズ」と呼ばれていた同チームの選手陣の中でも最高峰のディフェンダーであり、リバウンド王であったデニス・ロッドマンがブルズに移籍し、チームメイトとなる。最恐の敵が最強の味方となったわけだ。これによりマイケル・ジョーダン、「史上最高のNo.2」と評されていたスコッティ・ピッペン、デニス・ロッドマンという最強の三人組が揃い、このシーズンから1997−98シーズンまで二度目の三連覇を果たしマイケル・ジョーダンとシカゴ・ブルズはNBAの伝説となった。そして、マイケル・ジョーダンは二度目の引退を発表しコートを去っていった。
    『千の顔を持つ英雄』から考える
    なぜ「あだち充論」なのにバスケの、マイケル・ジョーダンの話をしているのだ、こいつは?と読んでいる人は思っているに違いない。 今回は『タッチ』における重要キャラである「原田正平」について取り上げるつもりだったが、彼がどういう存在であるのかは、上記に書いたマイケル・ジョーダンの個人史と上杉達也との共通点、正確には共通している物語についてから話していくことで、より理解が深まると考えているからだ。
    ■PLANETSチャンネルの月額会員になると…・入会月以降の記事を読むことができるようになります。・PLANETSチャンネルの生放送や動画アーカイブが視聴できます。
     
  • 「浅倉南」とはなんだったのか──ラブコメ・ヒロインの転換点としての『タッチ』| 碇本学

    2020-05-27 07:00  
    550pt

    ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本の青春」。代表作『タッチ』の分析の第2回目は、物語全編で展開されるキャラクタードラマのあらましを辿るとともに、作品の看板とも言えるヒロイン「浅倉南」が果たした革新的な役割について掘り下げます。
    ユートピアの終焉──あだち充と戦後日本社会の青春 第12回 「浅倉南」とはなんだったのか──ラブコメ・ヒロインの転換点としての『タッチ』
    80年代「少年サンデー」的スポーツ漫画の系譜
    前回は「上杉和也」が死んだ日とそれをめぐる編集者とあだち充の関わり、そして連載前から決まっていた彼の運命について考察した。 「上杉和也」という存在は1970年代「劇画」ヒーローたちの系譜にあったために最初から死ぬことが運命づけられていた。物語の主人公である「上杉達也」は彼らからのバトンを引き継ぎながらも、80年代という新しい時代を象徴するヒーローとなった。
    上杉達也というニューヒーロー像は、1988年に同じく「少年サンデー」で連載された河合克敏『帯をギュッとね!』にも引き継がれた。こちらは高校柔道を舞台にした作品だったが、従来のスポ根的で汗臭いイメージの強かった柔道を爽やかなスポーツ競技として描いた点が画期的で人気作品となった。主人公の粉川巧は第17回全国高等学校柔道選手権大会のポスターになるほど当時の高校柔道においては影響力のあるキャラクターになっていった。 どちらも中学時代から始まり、高校三年間がメインで描かれる。主人公も強力なライバルの前では限界値を超える力を出すが、そうでもない相手には簡単にホームランを打たれたり、いとも簡単に試合で負けたりする部分も共通している。 『帯をギュッとね!』においてのヒロインである近藤保奈美はずっと柔道部マネージャーとして主人公の粉川巧を応援し続ける。もう一人のヒロインと言える海老塚桜子は当初は保奈美同様にマネージャーであったが、後輩の女性選手の練習相手をするようになったため、自身も柔道を始めることになった。浅倉南を野球部マネージャーと新体操選手に分けたものが彼女たちに見えなくもない。
    「少年サンデー」で70年代のスポ根漫画からのバトンをも引き継ぎながらも、80年代ラブコメとの融合によって新しいスポーツ漫画の金字塔となった『タッチ』。そこからラブコメにはあまり寄せないで、さらに新しいスポーツ漫画の可能性を模索しアップデートしたのが『帯をギュッとね!』だった。 どちらも主人公を陰から見守る従来の劇画的なヒロイン像からは遠く離れて、ヒロイン自身の自我もしっかりと描かれていくあたりも80年代的な新しい時代と呼応していた。
    主人公を含め登場人物たちはほぼ顔の見分けがつかない「あだち充劇団」とも揶揄されるあだち充作品において、『ナイン』『みゆき』『タッチ』と主人公の顔はほぼ変わらないのにも関わらず、『タッチ』のヒロインの浅倉南だけはそのパターンからは少しズレているキャラクターだった。 『ナイン』の中尾百合は典型的な70年代劇画的なヒロイン像だった。そのせいもあって動かしにくいことからもう一人のヒロイン安田雪美が投入されることとなり、ラブコメ要素が増してヒット作となっていった。ショートカットでスポーティで元気な妹キャラである雪美によって物語が展開しやすくなったことは、あだちの中でも大きな意味をもった。ただ、『ナイン』においては中尾百合と主人公の新見克也は両思いでそのまま恋人となっていく。 『みゆき』においてはそのふたつのヒロイン像はそのまま引き継がれるが、メインヒロインは安田雪美の後継になる若松みゆきになった。もう一人のヒロインが中尾百合の後継となる鹿島みゆきである。ここでは主人公の若松真人と若松みゆきが結ばれることになった。 『タッチ』のヒロインである浅倉南は、前述した従来的な劇画ヒロインの系譜と活発で自我をしっかりだしていく新しいヒロインの系譜それぞれをミックス、あるいはフュージョンさせた存在だった。浅倉南についてはキャラクター紹介のあとに後述したい。
    「あだち充劇団」のメジャー化
    原作付きの漫画から自身のオリジナル作品となった『ナイン』、大ブレイク作『みゆき』、そして今回の『タッチ』においてあだち充作品の登場人物のパターンはほとんど完成されていた。 あだち自身が「あだち充劇団」というほどに見分けのつかない各作品の主人公や脇役たちの第一期完成形としての『タッチ』を見ることができる。 『タッチ』のあとに連載された『スローステップ』におけるメイン男性キャラや『ラフ』の主人公の大和圭介には、『H2』のメインキャラとなる橘英雄への萌芽が見られる。そして、その二作品が終わった後に連載された時代劇×SFというコメディ寄りな『虹色とうがらし』はそれまでの第一期総集編のようにそれまでのキャラクターが一堂に会するものとなった。 『タッチ』の登場人物たちについて、コミックス全26巻を五章に分けたものの流れに沿って触れていく。
    ■PLANETSチャンネルの月額会員になると…・入会月以降の記事を読むことができるようになります。・PLANETSチャンネルの生放送や動画アーカイブが視聴できます。
     
  • 『タッチ』はなにからのバトンを受け取ったのか?|碇本学

    2020-04-30 07:00  
    550pt

    ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本の青春」。今回から、いよいよあだち充を国民的漫画家に押し上げた代表作『タッチ』の分析に入ります。漫画史に衝撃を与えた「上杉和也の死」をめぐる編集サイドの葛藤、そしてその背景にある戦後文化の転換と「劇画」の時代の終焉について、光を当てていきます。
    ユートピアの終焉──あだち充と戦後日本社会の青春第12回 『タッチ』はなにからのバトンを受け取ったのか?
    上杉和也が死んだ日
    あだち充の代表作でもあり、野球漫画の金字塔のひとつである『タッチ』。老若男女いろんな世代に知っている「野球漫画」を聞けば、多くの人が挙げるのがこのタイトルだろう。 1970年に漫画家デビューしたあだち充が1981年から1986年まで「週刊少年サンデー」で連載をした作品であり、野球漫画において『タッチ』以前、以後という概念を作り出した漫画の歴史に燦然と輝く作品だ。
    主人公の双子の弟の上杉和也が死んだ回「ウソみたいだろ…の巻」が掲載された「少年サンデー」’83新年1•2合併号が発売された日、編集部には非難轟々の電話が鳴り続けていた。その時、電話番として編集部に残されていたのは『タッチ』の二代目編集者の三上信一だった。 三上は一日中、「人殺し」「許さない」など罵詈雑言を浴びせ続けられることになった。罵られるよりも、受話器の向こう側で何も発さずに聞こえてきたすすり泣きを聞き続けた時に胸が張り裂けんばかりに締め付けられたという。
    この和也の死が決定的になった「ウソみたいだろ…の巻」は、あだち充と三上とわずかな理解のある編集者を除いてはなんとか阻止したいものだった。人気漫画の主人公の一人を殺すことで人気が下がってしまうことを恐れていた編集部は、何度も担当である三上を通じて、あだちにそれだけはしないでほしいと伝えていた。

    主人公がふたりいて、ひとりが亡くなるという設定だけを最初に決めて。適当に打ち合わせしながら、ふたりのうち才能があるほうがいなくなって、残されたでき損ないの話をやろうと考えた。「タッチ」というタイトルも、かなり早くから決めてたと思う。その他に決まってたことは……ないかな。何しろ「どうなってもいいや」で始めた連載ですから。


     高校1年の夏、地区大会決勝戦の当日に和也が死ぬということは、早い段階から決めてました。  担当編集者以外、ほとんどの人間が反対でしたよ。でも、今さら引き返せない。この漫画はそこから始まると、最初から思ってたんで。もちろん先のことは考えてないけど、それをやらないと、この漫画を始めた意味がない。  もう少しラブコメを続けるという選択も、もちろんあったかもしれない。でもこれを描いてた頃は、「守り」の気持ちがまったくなかった。このままやっていけば人気がずっと続くだろうとか、別に攻めてたつもりはまったくなくて、こうしなくちゃダメだと思ったし、こういうことがやりたかったんだよね。  自分の選択に確信もなかったんですよ。やってダメだったら、それはそれでいいや。その程度の覚悟ですけど。とにかく、そのまま続けるのだけは嫌だった。  担当の三上からも、一度も和也を「殺すな」とは言われなかった。担当がそういう覚悟なら、編集長から言われることは気にしなかった。このことに関して、当時編集長と副編集長が事務所に来たことも一度あったような気がする。「転校させ」だの、「外国に行かせろ」だの言われるのを黙って聞いてました。でもこっちとしては担当編集者を信じてましたので。

    あだち充がインタビューで語っているように、連載を始める最初から上杉和也を殺すことだけは決めていた。『タッチ』は主人公の一人である上杉和也が死んで、ほんとうの物語がはじまる。その後のことは決めていなかったが、そうすることでしか描けないものをあだち充は本能で嗅ぎとっていた。
    「少年サンデー」編集部の多くの編集者の反対や心配をよそに、『タッチ』二代目編集者の三上はこの号の原稿をあだちから受け取り、校了をこっそり隠れて行い、編集部から二日間姿を晦ます暴挙に出た。携帯電話もない時代に、ほかの「少年サンデー」編集部の誰も逃げた三上を捕まえることはできずに、ましてや校了された原稿を差し替えることもできなかった。同時にあだち充も姿を晦ました。三上ではない編集者に見つかってしまえば、和也が死なない原稿を描かされる可能性があった。 編集部から逃げていた三上は最悪の場合は異動になるだろうと覚悟していた。しかし、編集部から命じられたのは、異動でも担当替えでもなく、「ウソみたいだろ…の巻」の回が掲載された「少年サンデー」発売日に編集部の電話の前で待機しろというものだった。
    のちに「ヤングサンデー」編集長になった三上は、連載漫画だった浅野いにお『ソラニン』で主人公のひとりである種田が死んでしまったことに関して、「主人公のひとりを殺すことはほんとうに大変なことなんだぞ」と浅野いにおを怒ったというエピソードがある。『タッチ』連載時の和也が死んだ回の発売日の電話のことが脳裏に浮かんだに違いない。しかし、三上は描いてしまったものは仕方ないので、死んだ後の再開一話目は明るい感じで、葬式シーンはやめようと浅野いにおに提案したという。
    三上のファインプレーによって成されたもう一人の主人公である「和也の死」がなければ、『タッチ』という漫画は「野球漫画」として始まることができなかった。そのためには、あだちとはある意味で正反対な初代担当編集者の白井康介と、二代目担当編集者の三上信一という「熱血」好きな編集者が必要不可欠だった。
    「熱血」編集者が繋いだ「野球漫画」へのバトン

    もともと「みゆき」に関しては、主人公にスポーツをやらせない、と最初に決めてたんですが、「タッチ」の場合、初めての週刊連載ということもあって、日常ドラマだけだと持たなそうだなと思って、保険として野球の要素も入れただけの話なんですけどね。

    今では「野球漫画」の代表格である『タッチ』の「野球」の部分が、このように保険でしかなかったことを知ると驚きは隠せない。では、なぜその保険であった「野球」の部分が前面化して「日常系ラブコメ」から「野球漫画」になっていったのだろうか。
    ■PLANETSチャンネルの月額会員になると…・入会月以降の記事を読むことができるようになります。・PLANETSチャンネルの生放送や動画アーカイブが視聴できます。
     
  • 碇本学 ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本社会の青春 第11回 「恋人としての妹」の発見(後編)

    2020-03-31 07:00  
    550pt

    ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本の青春」。『みゆき』の結末で描かれた日常からの旅立ち。それは高橋留美子的なユートピアからの離脱を意味していました。心地よいラブコメの世界にあえて切断線を引こうとするあだちの志向は、次作『タッチ』へと引き継がれていきます。
    あだち充版『うる星やつら』としての『みゆき』
    あだち充を一躍、人気漫画家へと押し上げた大ヒット作『みゆき』は、連載開始から一年ほど『陽あたり良好!』と並行で連載され、その後は『タッチ』と同時連載される。『みゆき』で注目を浴びたあだち充は、『タッチ』でかつて放逐された週刊少年サンデーに、エースのような扱いで復帰することになった。 その煽りを受けたのが、少女コミックで連載していた『陽あたり良好!』だった。第一部の野球部編を終えた後、第二部のラブコメ主体の物語で人気作となっていたが、『タッチ』のために急遽、物語を畳む形となってしまった。
    『陽あたり良好!』は高校二年の途中で最終回を迎え、主人公の勇作とヒロインのかすみ、ライバルの克彦の三角関係の結論は、先延ばしにされたまま終わっている。しかし最終回ではその代わりのように、勇作たちの同級生であり、同じ下宿で暮らす有山と美樹本が、もう一人のヒロインである関圭子を巡って殴り合いの喧嘩をするシーンが描かれた。 かすみに喧嘩を止めるように言われた勇作は、二人を止めに入ることなく、自分の気持ちをかすみに伝えるかのようにつぶやく。
    「戦うべきだ」 「ほんとに好きでだれにも渡したくないのなら」
    この台詞には、この先に訪れるであろう、かすみを巡る克彦との対決を見据えた決意が感じられる。しかし、物語はそのシーンを描くことなく終わっていき、週刊少年サンデーで『タッチ』の連載が始まることになる。
    ▲『タッチ』
    『タッチ』については次回以降取り上げるので詳しくは書かないが、国民的漫画としてあまりにも有名な作品である。多くの人が「野球」と「双子」というキーワードから本作を思い浮かべるはずだ。『タッチ』では双子の上杉達也と和也、幼なじみ浅倉南の三角関係を主軸に物語が展開されていく。 幼い頃に浅倉南が「甲子園に行きたい」といったことで、弟の和也は甲子園を目指すようになり、その一方で、兄の達也はそれを応援するボンクラな学生として過ごしている。しかし、南が好きなのは達也の方であった。南はなぜ和也ではなく達也のことが好きなのか、理由は明かされないが、和也の事故死によって物語は急展開し、そこから本当の意味で『タッチ』の物語が始まる。 『タッチ』の序盤では、だらだらとした日常が続き、主人公である上杉達也が何かに対して本気になったり、戦う意志を感じさせるシーンはほとんどない。この部分は『みゆき』に近い、というより初期の『タッチ』は同時連載中の『みゆき』の世界感に引っ張られていたという印象がある。
    『みゆき』の主人公である若松真人も、ヒロインの若松みゆきやサブヒロインの鹿島みゆきに好かれる理由は、最後まで明かされない。終盤に物語を終結に向かわせるための恋敵として沢田優一が投入されるものの、それまでは真人が特に理由もなくひたすら可愛い女の子に好意を寄せられるだけのパラダイスが展開される。 この「訳もなくモテる主人公」は、同時期に週刊少年サンデーで連載されていた高橋留美子『うる星やつら』の主人公・諸星あたるを彷彿させる。 80年代初頭のラブコメブームを牽引した『みゆき』と『うる星やつら』の共通項はここにある。努力もしないで可愛い女の子にひたすらモテ続ける若松真人や諸星あたるの姿は、妄想を抱きがちな思春期の男子が憧れる究極の夢である。その強烈な魅力は時代を越えて受け継がれ、後の多くの作品に影響を与える、ある種のテンプレになっていった。
    ■PLANETSチャンネルの月額会員になると…・入会月以降の記事を読むことができるようになります。・PLANETSチャンネルの生放送や動画アーカイブが視聴できます。
     
  • 碇本学 ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本社会の青春 第11回 「恋人としての妹」の発見(前編)

    2020-01-16 07:00  
    550pt

    ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本の青春」。今回は、あだち充を一躍スターダムに押し上げた大ヒット作『みゆき』を取り上げます。今日のサブカルチャーに氾濫する「妹もの」の元祖ともいえる本作は、『ナイン』『陽あたり良好!』で培ってきたあだちのラブコメ作家としての才能が初めて全開になった作品でもありました。
    「エッチ」で「スポーツはしない」
    『ナイン』と『陽あたり良好!』でヒットメーカーの仲間入りを果たそうとしていた遅咲きのあだち充を、一気にスターダムに押し上げたのが、1980年に少年ビッグコミックで連載が始まった『みゆき』だ。 『みゆき』を担当した亀井修は、少年サンデー増刊号であだちが『ナイン』を描くきっかけを作った編集者であり、当時は少年ビッグコミックに在籍していた。 1979年の冬、あだちの元を訪れた亀井は、少年ビッグコミックでの新連載を打診する。
    「当時のちょっと背伸びしたい読者が、欲しいものってなんだろうって。偶然、充も僕も末っ子という共通項があって、『妹じゃないか』ってことで意気投合して」
    「チャキチャキした女の子がウケる時代になっているから、『ナイン』のヒロインより、陸上部で走っていた脇のキャラクター(安田雪美)のほうが魅力的だと思うんだ」
    あだち充の部屋で打ち合わせをしていた二人はそのまま飲みだし、亀井はレコード棚にあった中島みゆきのLPを見つける。あだちは中島みゆきが好きで、コンサートにも行っていた。中島みゆきは歌のイメージではしっとりした印象だが、ステージの上ではガラッパチなんだとあだちが亀井に言う。
    「充、やっぱりさぁ、ガラッパチのヒロインにすんのはいいんだけど、しっとりした女も必要じゃないかな。ヒロイン、ふたりにしない?」 「それでいこう!」
    こうして『みゆき』に、新時代のヒロイン・若松みゆきと、旧来のヒロイン・鹿島みゆきのダブルヒロインが配置された。「みゆき」の名前の由来は、打ち合わせ中に聞いていた「中島みゆき」であり、安田雪美の「ゆきみ」の文字の入れ替えだろう。 このとき亀井とあだちが決めたテーマは二点だけ、「エッチ」であることと、「スポーツはしない」ことだったという。 『ナイン』と『陽あたり良好!』で確立したフリージャズ的な手法については前回論じたが、この「エッチ」と「スポーツはしない」という制約をベースに、あだちの即興的な物語技法が活きに活きたのが、この『みゆき』だった。
    前2作では、物語前半はスポーツ中心、後半はラブコメ中心だが、『みゆき』ではファンの要望に応えて、彼らが求めるラブコメ展開だけを突き詰めることに決めた。この判断が功を奏した。連載当時の少年ビッグコミックのラインナップには70年代の余韻が未だ残っており、いわゆる熱血路線の作品が多かった。その中で、スポーツを扱わない物語、汗をかかない主人公で、いかに読者を引き付けるか。その漫画の核の部分において、「女の子のパンツをどう見せるか」に特化したラブコメ漫画『みゆき』は、否応なく目立つことになった。 いま『みゆき』を改めて読むと、下着や水着のシーンがこれでもかと出てくることに驚かされる。若松真人が鹿島みゆきのビキニの下を持っているシーンは、第1話だけで8コマもあり、そもそも冒頭からして、女の子たちが民宿の共同浴場にいるシーンから始まっている。 『みゆき』が始まる前、亀井はアイドル写真集やビニ本をたくさん買っては資料としてあだちに渡していた。「俺をエロ漫画家にする気か!」と言ったあだちに対し、亀井はこのように答えたという。
    「大丈夫、おまえには、持って生まれた線の綺麗さがある。おまえの絵はあまりに健康的だから、エロにはならない!」
    あだちも当時のことをこう回顧する。
    「ここまであざとくエッチなシーンを描いたのは初めてでしたね。でも、全然抵抗はなかった。「おまえの絵は何を描いても下品にならない」と誰かに言われて、変な自信がついて、調子に乗って描いてました。  とにかくヒロインの若松みゆきの人気が異常でした。昔から計算なんて何もしてないですから、何がウケたんでしょう。自分でもまったくわからなかった。「タッチ」の連載が並行して始まるまでは、「みゆき」もじっくり考えながら、楽しんで描いてましたよ。「タッチ」が始まるまでは……」
    ■PLANETSチャンネルの月額会員になると…・入会月以降の記事を読むことができるようになります。・PLANETSチャンネルの生放送や動画アーカイブが視聴できます。
     
  • 碇本学 ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本社会の青春 第10回 ラブコメの原型としての『陽あたり良好!』(後編)

    2019-12-25 07:00  
    550pt

    ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本の青春」。『陽あたり良好!』の第二部で、あだち節ともいえる独自の作風を確立したあだち充。その背景にあるのは、日活ロマンポルノ、ジャズといった70年代サブカルチャーから得た、即興性と抵抗物によって物語の魅力を引き出す独自の方法論でした。
    日活ロマンポルノと「未亡人下宿もの」
    あだち充の『陽あたり良好!』と同時期に連載され、大ヒット作となった作品に、高橋留美子『めぞん一刻』がある。この両者には「未亡人下宿もの」という共通点があるが、下宿というシステムがほぼなくなった現在からすると、なぜあだちと高橋が同時期に「下宿もの」を書いたのか、イマイチわかりづらい部分がある。少しだけ時代を遡って、その経緯を振り返ってみたい。
    日活は戦前から続く映画会社で、戦後まもなく石原裕次郎などの人気俳優を擁して人気を博したが、1960年代になるとワンマン社長の放漫経営などで業績下降に直面。1971年には、ほとんどの専属俳優がフリーとなってテレビや他社へと移っていった。また、同年には「撮影所システム」と言われる旧来の製作システムが衰退し、日活と配給契約を組んでいた大映が倒産。五社協定が崩壊した[1]。 そんな中、会社存続のために打った大胆な策が、ポルノ路線への転換だった。1971年11月に「日活ロマンポルノ」はスタートする。「10分に一回の性行為シーン」「上映時間は70分程度」「モザイク・ボカシが入らないように対処」などのフォーマットはあるものの、それさえ守れば監督の創造性が尊重され、どんなストーリーや演出でも日活側は口を挟まないという方針から、低予算、短納期という不遇な条件にも関わらず、作家性の高い作品がいくつも撮られた。また、毎月新作を公開し続けるために量産体制を維持する必要があり、経験の浅い若手映画人が次々と監督に抜擢された。現在広く名を知られる映画人の中にも、キャリア初期にロマンポルノ作品に携わった人は少なくない。代表的なところでは石井隆、崔洋一、周防正行、相米慎二、滝田洋二郎、森田芳光などが挙げられる。
    「エロさえ入れれば何をやってもいい」という自由な気風が、若手映画人の育成に繋がった日活ロマンポルノ。その全盛期は1970年代だった。そう、あだち充が劇画作家としてデビューしたものの、一向に芽が出なかった時期と一致する。そして、あだち充の全盛期が始まる1980年代になると、日活ロマンポルノは勢いを失っていく。 その終止符を打つ役目を果たしたのは、Netflixの『全裸監督』でも描かれた、家庭用ビデオデッキの普及とアダルトビデオの登場だった。1988年に「ロマンポルノの映画制作を終了する」との記者会見が行われ、1971年から16年半に渡ったロマンポルノの時代は終焉を迎える。
    現在30代半ば以上の人であれば、テレビ朝日の深夜番組『トゥナイト』『トゥナイト2』の名物レギュラー、サングラスにチョビ髭姿で「カントク」が愛称の山本晋也氏を覚えている人は多いだろう。 山本晋也監督は日活ロマンポルノを含む成人映画を約250本も撮影している。その中でも特に有名なのが「未亡人下宿」シリーズだ。日活のドル箱作品として多数の続編が作られた本シリーズにより、彼はピンク映画のヒットメーカーとして脚光を浴びた[2]。 山本はあだち充の実兄・あだち勉の師匠筋である赤塚不二夫と付き合いがあり、1979年には赤塚原案で、彼を筆頭に集まった「面白グループ」が脚本などに関わった『赤塚不二夫のギャグ・ポルノ 気分を出してもう一度』と『下落合焼きとりムービー』の監督を務めている。また赤塚やあだち勉と共に立川談志の創設した落語立川流に入門し、「立川談遊」の高座名を名乗っていた時期もある。
    高橋留美子『めぞん一刻』のWikipediaには、
    1970年代に山本晋也監督の「未亡人下宿」シリーズと呼ばれる日活ロマンポルノの連作がヒットしたが、成人誌への連載であることから、作品の設定に何らかの影響があったのではないかと指摘する声がある。なお、作品中五代が悪友の坂本に「未亡人三本立て」を上映中の成人映画館に「お前の好きなやつ」と誘われ、怒る場面がある。
    という記述がある。
    山本自身も「タモリ倶楽部」出演時に『めぞん一刻』の単行本を指して「『未亡人下宿』は漫画にもなってるんです」と自慢していたようだ。当時の共通認識として「若い未亡人」「下宿」というキーワードから、多くの若者が頭に思い浮かべたのは、山本晋也監督の『未亡人下宿』シリーズだったことは間違いない。
    ■PLANETSチャンネルの月額会員になると…・入会月以降の記事を読むことができるようになります。・PLANETSチャンネルの生放送や動画アーカイブが視聴できます。