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  • 日本アニメのグローカリゼーション ── アジア国際共同製作の現場から(後編)| 三原龍太郎

    2021-05-28 07:00  
    550pt

    中小企業の海外進出が専門の明治大学・奥山雅之教授とNPO法人ZESDAによるシリーズ連載「グローカルビジネスのすすめ」。地方が海外と直接ビジネスを展開していくための方法論を、さまざまな分野での実践から学ぶ研究会の成果を共有していきます。今回は、アジア地域を中心とした日本アニメのグローバルビジネス展開について、文化人類学者の三原龍太郎さんが、数々の国際共同製作プロジェクトへの参与調査を通じて得られた知見にもとづく分析と提言を、前後編に分けて行います。後編では、実際にアジア地域でのアニメ作品の国際共同製作プロジェクトにフィールドワーカーとして参与する中で見えてきた「ブローカー」役の重要性と、今後の海外での創造産業の振興に向けて必要なアプローチを展望します。 ※本記事は、去る2021年4月7日に誤配信した同名記事の完全版です。著者ならびに読者の皆様には、多大なご迷惑をおかけしましたことを改めてお詫び申し上げます。

    本メールマガジンにて連載中の「グローカルビジネスのすすめ」の書籍が、紫洲書院より発売中です。各分野の第一線で活躍する人々の知識と経験とともに、グローカルビジネスの事例を豊富に収めた、日本初のグローカルビジネス実践マニュアルです。 ご注文はこちらから!
    グローカルビジネスのすすめ#05  日本アニメのグローカリゼーション ── アジア国際共同製作の現場から(後編)
    アニメのグローバル化を理解する視角
     前編では、日本アニメのアジア地域へのグローカリゼーションに関する私自身の研究についてご紹介しました。それでは、このような研究は、アニメのグローバル化に関してどのような新しい視角を提供できるでしょうか? 未だ探究の途中ではありますが、現時点で暫定的に考えていることをご紹介したいと思います。
     私の研究は、「誰が、どのようにしてアニメをグローバル化させたのか?」という文化人類学的な問いに対しては、以下の新しい視角を提供できるのではないか、と考えています。すなわち、前編でご紹介した通り、これまでの研究では、当該の問いに対して「ファンとクリエイターの利他的な情熱がアニメをグローバル化させた」という趣旨の議論を展開してきました。それに対して、私の研究──イケヤマさんのインド市場向けアニメマーチャンダイズベンチャーの奮闘や、日本のアニメ業界人が中国やインドをはじめとしたアジア諸国のパートナーと共同でアニメ作品を作ろうとしたときに生じる様々な軋轢とそれを解決しようとするプロデューサーの努力に関するフィールドワーク──は、「ビジネス主体が関係者の商業的利害を仲介し、対立を乗り越えることでアニメをグローバル化させた」という全く別の視角を提供できるのではないか、ということです。
     これまで議論してきたこととの関連でもう少し別の言い方をすると、要は、アニメのグローバル化はブローカーの活動によって推進されるという構造があり、それはアニメのグローバル化のビジネス面に焦点を当てることで初めて見えてくるのではないか(逆に言えば、クリエイターやファンだけに焦点を当てていると見えにくくなってしまうのではないか)、ということです。そしてそのことを、アニメのアジア地域へのグローカリゼーションに係る私のフィールドワークが示している、と。
     イケヤマさんのベンチャービジネスや、日本とアジアの国際共同製作プロジェクトにフィールドワーカーとして関わらせていただく中で実感(というか痛感)したのは、「アニメのグローバル化は、放っておいてもひとりでに起こるようなものではない」という、ある意味当たり前の事実です。
     日本でのアニメビジネスのやり方と、ほかのアジア諸国におけるアニメ関連ビジネスのやり方は大きく異なるケースが多いので、日本のアニメ業界人はそういう「馴染みのない」海外の相手とは基本的にビジネスをやりたがりません。そういった相手と不用意に組んでしまえば、いくらアジア地域が有望と言っても、お互いの流儀が相容れないものであれば結局プロジェクトが空中分解してしまう可能性が大きいので、そんなリスキーなプロジェクトに時間とお金を費やすくらいなら、自分たちにとって「馴染みのある」国内の相手と日本国内でビジネスをやっておく方が無難だ、というわけです。お互いに異なる彼我のアニメの商習慣に関する「俺たち」対「奴ら」という二項対立的な軋轢がアニメのグローバル化を阻む障壁となっている、と言い換えることもできるかと思います。
     アニメのグローバル化とは、誰かが汗をかいてこの軋轢を乗り越え、「俺たち」と「奴ら」との間を取り持ち、両者をつなぐことで初めて成立するものである、ということを私は自身のフィールドワークを通じて知ることができました。要は、アニメのグローバル化とは「起こっている」ものでなくて「起こす」ものだということです。  これはある意味(特に現場で日々アニメのグローバル化に取り組んでいる実務家の方々にとっては)言われるまでもないほど当たり前の話だろうと思いますが、これまでのアニメ研究のように、つながっていることが所与のインターネット空間におけるファンやクリエイターの和気藹々とした協働だけを見ていると、この「当たり前」には気づきにくいのかもしれません。お互いの利害がむき出しでぶつかるアニメのビジネス面を直視することで、初めて見えてくるものなのかもしれません。
     実際、イケヤマさんのマーチャンダイジングベンチャービジネスも、日本とアジアのアニメ国際共同製作も、それを進めるにあたっては軋轢の連続でした。プロジェクトを進めるうえでのあらゆるマイルストーンで、商習慣上の軋轢が生じたと言っても過言ではないと思います。  例えば、何らかの売買契約を結ぶときに、まず最初に高い金額を吹っかけてから現実的な金額に落とし込んでいくという交渉スタイルは受け入れ可能でしょうか? また、金額を値切ろうとしたり、納期をどんどん遅らせたり、前もって計画を立てずに泥縄式にものごとを進めるような仕事の仕方はどうでしょうか?  イケヤマさんのケースでは、インド側プレイヤーのこのようなビヘイビアが何度も問題になりました。これらの仕事の仕方は、日本のアニメ産業界の相場観からすると「信用ならない」し、場合によってはとても「無礼」なものに映ります。日本側とインド側が協力して日印間のアニメマーチャンダイジングプラットフォームを構築しようとする中で、インド側がこのような態度を取るたびに日本側との軋轢が生じ、決裂の危険にさらされましたし、実際に決裂したインド側プレイヤーも出ました。
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  • 日本アニメのグローカリゼーション ── アジア国際共同製作の現場から(前編)| 三原龍太郎

    2021-05-27 07:00  
    550pt

    中小企業の海外進出が専門の明治大学・奥山雅之教授とNPO法人ZESDAによるシリーズ連載「グローカルビジネスのすすめ」。地方が海外と直接ビジネスを展開していくための方法論を、さまざまな分野での実践から学ぶ研究会の成果を共有していきます。今回は、アジア地域を中心とした日本アニメのグローバルビジネス展開について、文化人類学者の三原龍太郎さんが、数々の国際共同製作プロジェクトへの参与調査を通じて得られた知見にもとづく分析と提言を、前後編に分けて行います。前編では、アニメをはじめとする日本のクリエイティブ産業の海外進出をめぐる研究が従来どのような観点からなされてきたのか、そこにどんな見落としが潜んでいたのかを検証していきます。 ※本記事は、去る2021年4月7日に誤配信した同名記事の完全版です。著者ならびに読者の皆様には、多大なご迷惑をおかけしましたことを改めてお詫び申し上げます。

    本メールマガジンにて連載中の「グローカルビジネスのすすめ」の書籍が、紫洲書院より発売中です。各分野の第一線で活躍する人々の知識と経験とともに、グローカルビジネスの事例を豊富に収めた、日本初のグローカルビジネス実践マニュアルです。 ご注文はこちらから!
    グローカルビジネスのすすめ#05  日本アニメのグローカリゼーション ── アジア国際共同製作の現場から(前編)
     近年、新たな市場を求めて地方の企業が国外市場へ事業展開する動きが活発になっています。日本経済の成熟化もあり、各地域がグローバルな視点で「外から」稼いでいくことは地方創生を果たしていくうえでも重要です。しかし、地方の中小企業が国外市場を正確に捉えて持続可能な事業展開を行うことは、人材の制約、ITスキル、カントリーリスク等、一般的にはまだまだハードルが高いのが現実です。 本連載では、「地域資源を活用した製品・サービスによってグローバル市場へ展開するビジネス」を「グローカルビジネス」と呼び、地方が海外と直接ビジネスを展開していくための方法論を、さまざまな分野での実践の事例を通じて学ぶ研究会の成果を共有します。 (詳しくは第1回「序論:地方創生の鍵を握るグローカルビジネス」をご参照ください。)
     今回は、アカデミアの立場からアニメの国際共同製作のエコシステムを研究する、三原龍太郎氏の登場です。海外でも人気の高い日本のアニメ作品ですが、そもそも「誰が、どのようにして」作品をグローバル化させたのでしょうか? これまでのアカデミアでは、ファンベースを基軸にアニメの海外展開を捉える姿勢が一般的でしたが、商業的な折衝を行うキーパーソンに注目すると見方が変わります。アニメの国際共同製作の現場を数多く見てきた経験を踏まえて、日本アニメの現状と未来のシナリオを考えます。 (明治大学 奥山雅之)
    はじめに
     本稿では、日本アニメのグローカリゼーション、とりわけそのアジア国際共同製作の現場というテーマについて論じたいと思います。アニメのグローバル化が現在どのような状況にあるのか、中でも特にアジアという地域(ローカル)との関係で見た場合、それを理解する視角としてどのようなものがあり、また今後の展望はどのようなものであり得るか、さらに私自身がそのテーマに対してどのように関わってきたのか等について議論します。
     まずは簡単に自己紹介を。私自身のアカデミックバックグラウンドは文化人類学です。日本の創造産業(クリエイティブ産業)が海外に展開するときに何が起こるのかということを、フィールドワークといういわば現場密着取材の方法論で研究しています。創造産業には、アニメをはじめとして、映画、食、ファッション、デザインなど、いわゆるクリエイティビティ(創造性)というものが競争力の源泉になっている産業が幅広く含まれます。そのような日本の創造産業の海外展開はいかにして可能か? というのが自分の大きな研究トピックで、現在は創造産業の中でもアニメ、地域としてはアジアに焦点を当て、アニメがアジア地域へどのように展開しているかを調査しています。
     その際の理論的着眼点は「ブローカー」です。何らかのビジネスが海外に展開する(グローバル化する)際にはさまざまな個人や組織が関わりますが、「ブローカー」とはその中でも特に立場の異なる人々の間を仲介する商社的・起業家的役割を果たすプレイヤーのことを指します。ビジネスが国境を超えて展開するような場合は、彼我の商習慣の違いが原因でものごとがスムーズに進まないといったことがしばしば起こります。そのようなときに両者の間に入って双方のやりとりをとりもつことでプロセスを円滑化するのがブローカーの役割のひとつです。そのような役割を果たす「主体」に注目した場合は「ブローカー」(broker)となり、「行為」に注目する場合は「ブローカレッジ」(brokerage)となります。このような主体・行為としてのブローカーについては、英語圏の文化人類学(や社会学)の分野では分厚い研究の蓄積がある一方、日本語としてしっくりくる訳はあまりないというのが現状なのではないかと思われます。訳すとすれば「仲介者」といった形になるかと思いますが、ここでは英語をそのままカタカナ化した「ブローカー」を使います。
     アニメが海外に展開する際にもこのような「ブローカー」がカギとなる役割を果たしているのではないか、というのが自分の発想の出発点です。アニメのグローバル化においてブローカー的役割を果たしているのは誰で、そういった個人・組織は日々の海外展開実務の中で具体的にどういった仲介者的ふるまいをしているのか、そしてそれが実際の海外展開のパフォーマンスにどういったインパクトを与えているのか、といったことを明らかにしたいと思っており、そのために具体的なアニメの海外展開プロジェクトのフィールドワークを行っている、という格好です。この発想に基づき、博士論文ではアニメのマーチャンダイジングがインドに展開する現場のフィールドワークを行い、また現在では日本と中国及びそれ以外のアジア諸国との間の複数のアニメ作品の国際共同製作の現場に入っています。
    グローバルにエンカウントするアニメ
     アニメのグローバル化は現在どのような状況にあるのでしょうか? 私がアニメの海外展開に関心を持ち研究を開始してから10年ほどが経過しました。その間、世界各地のアニメの現場に足を運ぶ中で肌感覚として感じているのは、アニメが世界に発現する場が、各地で定期的に開催されるアニメ関連のイベントの会場の中という限定的なものから次第にその外に浸み出し、広く世界の日常風景の中に入り込みつつあるのではないか、ということです。
     アニメ関連のイベントは世界各地で活況を呈しています。私が海外のアニメ関連イベントに参加するようになったのは、2007年に米国のコーネル大学(文化人類学修士課程)に留学してからです。留学期間中(2007年~2009年)に、修士論文のフィールドワークのためにアメリカ中のアニメ関連イベント(「アニメコンベンション」と呼ばれています)を回りました。ロサンゼルスのアニメエキスポ、ボルチモアのオタコン、ニューヨークのニューヨークアニメフェスティバル、ニュージャージーのアニメネクストなどです。特に2008年のオタコンで、現在も活躍するアニソン歌手グループのJAM Projectのライブに参加し、彼らの圧倒的なパフォーマンスと会場の熱狂を体感したことが強く印象に残っています。またサンディエゴで毎年開催されているコミコン(Comic-Con International)にも参加しました。コミコンはアメコミ中心のイベントであり、日本のアニメがメインというわけではないのですが、その中にあっても、会場でピカチュウの風船が大きく展示されていたのが印象的でした。
     2013年に英国のオックスフォード大学(文化人類学博士課程)に留学してからは、欧州及び調査先のインドのアニメ関連イベントに参加する機会を得ました。2014年に、スイスのモントルーというレマン湖畔のリゾート地で、「ポリマンガ」というアニメ関連イベントに参加しました。ポリマンガはその年、アニメ監督の吉浦康裕さんを日本からゲストとして招待し、同監督の劇場アニメ『サカサマのパテマ』をはじめとした各作品の上映会や、彼のステージトークショーなどを開催したのですが、私は英国からスイス入りして、吉浦監督がポリマンガに参加する際の現地でのアテンドを担当しました。作品上映やトークショーは大きな会場がいっぱいになるほどの盛況で、スイスのこのような決して大都市とは言えない場所でも日本アニメに関する感度やアンテナがこれほどまでに高いのかと感銘を受けました。
     ポリマンガでもう一つ印象に残っているのはトニー・ヴァレントさんというマンガ家と出会ったことです。彼は会場の物販エリアで自身のマンガ作品である『ラディアン』を販売していました。アートワークは完全に日本のマンガであるにもかかわらず、言語はフランス語でフランスの出版社から出版されており、フランス語圏で流通しているとのことでした。マンガの「本家」たる日本から遠く離れて、ある意味日本とは全く関係のないところでマンガのエコノミーが成立していることに強い衝撃を受けました。その場で第1巻を購入し(フランス語なので私には読めないのですが)、ヴァレントさんにその購入した第1巻の裏表紙に本作のヒロインであるメリのイラストを描いてもらいました。その後ヴァレントさんとは残念ながら交流の機会はなかったのですが(なので私が一方的に覚えているだけなのですが)、しばらくして『ラディアン』の邦訳が日本で出版され、また日本でのテレビアニメシリーズも開始されたというニュースに接したときは、「あのときの『ラディアン』が!」と一人で勝手に興奮してしまいました。メリのイラスト入りのフランス語版『ラディアン』は今でも私の宝物です。
    ▲トニー・ヴァレント『ラディアン』邦訳版
     博士論文のためのフィールドワークでインドのアニメ事情について調査していた際も、現地の様々なアニメ関連イベントに参加する機会がありました。デリーやムンバイ、ベンガルール(旧バンガロール)といった主要都市だけでなく、一部の地方都市でもアニメイベントが活況を呈していたことに驚きました。  これは私自身が参加したわけではなく、実際に参加されたフィールドワーク先の方から伺った話なのですが、インド北東部にあるミゾラム州アイゾールというミャンマーとの国境地帯にある地方都市でもアニメイベントが開催され盛況だったそうです。この地域は民族・文化的にはむしろ東南アジアの方に近く、インド「中央」のいわばヒンドゥー的な文化圏からは「遠い」ところなのだそうですが、国民国家的枠組みの下では「インド」だが文化的には「中央」の影響が小さいこういった地域に、日本のアニメが、その「すきま」を満たすようにして当地の若者文化として浸透しているとのことでした。  同じくインド北東部のナガランド州の若者が当地でアニメイベントを開催するために奮闘するドキュメンタリー番組(『Japan in Nagaland』)も制作されたほどで(私も取材を受けました)、アニメのグローバル化にはこのような態様もあるのか、と非常に感銘を受けました。
     このように、アメリカ、欧州、インドといった世界各地のアニメ関連イベントに焦点を絞ってみても、アニメのグローバル化という事象がいかに広く多様に進行しているかが浮き彫りになるかと思います。  ただ、前述の通り、現在のアニメはそういったイベント会場の枠を超えて、現地の日常生活空間の中にまで広がってきているのではないかというのが私自身の肌感覚です。わざわざアニメ関連イベントの会場まで足を運ばなくとも、海外で普通に生活していて、街角や公共交通機関、スーパーマーケットといった何気ない日常生活空間の中で、思いがけず唐突にアニメ(的なもの)と遭遇(エンカウント)する(してしまう)機会が増えてきたのではないか、と言い換えてもいいかもしれません。
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