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記事 2件
  • 山本寛 アニメを愛するためのいくつかの方法 第2回 「セカイ系」にできることはまだあるかい?-『天気の子』

    2019-11-05 07:00  
    550pt

    アニメーション監督として新たなプロジェクトを始動している山本寛さんによる、アニメの深奥にある「意志」を浮き彫りにしていく新連載の第二回。<この夏最大の話題作だった『天気の子』について、かつての先端だった「セカイ系」という表現様式が「歴史(伝統)」化し、青臭い不全感を抱えながらも老いに向かっていくことの意味を、改めて問い直します。
    先日発生した台風19号により被害に遭われた方々には謹んでお見舞い申し上げる。 被災地の復旧・復興のために、僕自身も協力を惜しまないつもりだ。
    と、こんな書き出しで始めざるをえないのは、今回取り上げるのが『天気の子』(2019)だからだ。 どうも今年は、いろいろな意味でアニメが不幸を呼び寄せているようにしか見えない。他人事ではない。
    さて、PLANETSのニコ生で石岡良治×福嶋亮大×宇野常寛「『天気の子』とポスト・ジブリアニメのゆくえ」を観た。 もう痛快も痛快、三人の論者の歯に衣着せぬ大論陣には思わず大笑し、反論の余地もなく共感できた。
    が、しかし。 意地悪かも知れないが敢えて反論しよう。
    僕は本作を最初観た時、思わず大泣きしてしまって、一緒に行った女性スタッフ二名をドン引きさせてしまった。 その後カフェバーで力説したのだが、解ってもらえるはずもなく。
    そうか、この想いは普通に解ってもらえないだろうなぁ、そう思いつつ、この論を始める。
    一言で述べると、この作品は「セカイ系」という、アニメ界に「かつてあった」不思議な存在をどう捉え、どう感じてきたかによって、評価が決められるのだと思う。
    そして先のお三方の論者の発言は、確かに「セカイ系」への批判としては実にまっとうだし、『天気の子』という作品そのものへの批判としても実にまっとうだ。 ただ、ひとつだけ異議を唱えたい。 『天気の子』が「セカイ系」ではない(ですらない)、という証明にはなっていないのである。
    『天気の子』が傑作か駄作かを論じるのは非常に些末なことであり、僕たちはもっと俯瞰して、「セカイ系」の歴史とその現代的意味を、この作品を通して今こそ考えるべきではないだろうか。 それをまず提案したい。
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  • 【新連載】山本寛 アニメを愛するためのいくつかの方法 第1回 あなたは高畑勲を理解できているのか?-『かぐや姫の物語』

    2019-10-08 07:00  
    550pt

    アニメーション監督として再始動した山本寛さんによる、待望の新連載です。いま大きな混迷の時を迎えている日本アニメをめぐる状況に抗して、ほんとうに「アニメを理解する/愛する」とはどういうことなのか?現在、新作PVのクラウドファンディングも始動中で、常に愚直な実作と忌憚ない発言を通じてファンと業界にメッセージを発し続けてきたヤマカン。その新たな問いかけは、巨匠・高畑勲の再評価から始まります。
    『かぐや姫の物語』(2013)の若きプロデューサー・西村義明は、もはや円熟の境地に達した高畑勲に、こう尋ねた。 「なぜ、今『かぐや姫』をやるんですか?」 高畑は途端に激昂して、 「あなた、『かぐや姫』を知ってますか? じゃあ私の質問に答えなさい。かぐや姫はどうしてこの地球を選んだのか? そして、どうして去らねばならなかったのか?」 更にこうまくしたてた。 「原作では、かぐや姫は月で罪を犯して、その罰として地球に降ろされた。じゃあ、その彼女の罪とは、罰とは一体何なのか、答えられますか?」 一気に高畑はこう締めくくった。 「この三つの疑問に答えること、これが私の仕事です。それができれば、この今の日本で作るに値する映画ができるはずです」 (『高畑勲、かぐや姫の物語の物語をつくる。~ジブリ第7スタジオ、933日の伝説~』より。一部意訳)
    連載第一回目から実に不親切な始まりだが、僕はこの連載を通じて、アニメを「解りやすく」、皆さんに「啓蒙」するつもりなど毛頭ない。 そもそもアニメが「解りやすい」と思い込んでいるのが、今を生きる僕たちの「罪」だ。 それを僕なりに、「現場」の視点で、どんどん暴いて、皆さんの度肝を抜いていこうという魂胆だ。 「あなたに、果たしてアニメが解るのか?」
    そう、僕はこの連載を依頼された時から、こう問いかけることを決意した。 「あなたは、本当にアニメを理解しているのか?」 そして同時に、皆さんの預かり知らぬところで、そのようなアニメの深奥にある「意志」が、僕自身の20数年間の仕事にどんな影響を与えたか、そして追従であろうが反抗であろうが、僕がそれらにどう反応してきたか、をどんどん書き連ねていきたいと思う。
    「あなたに、果たしてアニメが解るのか?」 それを僕の生まれる前から、最も自覚的に思惟し、そして表現し続けた作家、それこそが、今や「日本アニメーションの父」とまで持て囃される、高畑勲である。 まず最初に取り上げるのは彼だ。そう決めていた。
    実は、僕にとって高畑勲ほど評価がコロコロ変わる監督はいない。 観る度に印象が変わるからだ。 時には真逆になることもある。 高畑作品の中では最もとっつきにくかった『平成狸合戦ぽんぽこ』(1994)さえも、TVでの追悼放映を観て、最後泣いてしまった。 今回取り上げる『かぐや姫』もそうだ。
    それは亡くなった巨匠への哀惜からなのか? いやいや、こちらもそんな弱いメンタルではない。
    ちなみに『かぐや姫』は、その現代アニメーション作品としては斬新な技術で歴史を変えたとばかり言われているが、これには異を唱えたい。 まぁ短編ではあるが、僕がその一年以上前、『blossom』という作品で、『かぐや姫』の技法を先取りしていたからだ。 まぁ偶然だが。

    せっかくだから宣伝のためにURLを貼っておく。 まぁどちらが先かは置いておいて、だから技術的にこの作品を「完璧だ!」とまでは、正直言えない。 同じ手法を使って創作した者同士、ちょっと言いたいこともある。
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