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  • 人間の「伸びしろ」を測定することは可能か? ──統計学的思考の教育への応用可能性 鳥越規央(統計学者)×藤川大祐(教育学者)(PLANETSアーカイブス)

    2020-11-06 07:00  

    今朝のPLANETSアーカイブスは、統計学者でセイバーメトリクスの専門家でもある鳥越規央さんと教育学者の藤川大祐さんによる対談をお送りします。 野球において、統計学の手法を用いて分析するセイバーメトリクスという手法は、試合の戦略分析だけでなく、選手の育成方針の策定のためにも用いられています。では、その手法は教育にも応用することはできるのでしょうか。教育現場での事例を踏まえて、その可能性を探ります。 ※この記事は2015年10月28日に配信した記事の再配信です。
    鳥越先生の「セイバーメトリクス観戦講座」レポート
     鳥越先生による観戦講座が行われたのはまだ夏の暑さの残っていた8月29日。あいにくの曇り模様のなか、急造のPLANETS野球取材チームはたくさんの人でごった返す海浜幕張駅に到着しました。
     千葉ロッテマリーンズのチームカラーは白・黒・赤・グレーですが、駅で周りを見渡すと、もっとカラフルな出で立ちの人ばかり。色は、赤・黄・緑・ピンク・紫……これはもしや、ももクロ……!? 調べてみると案の定、ももクロのファンクラブ会員限定イベントが幕張メッセのイベントホールで行われていたようです。やはり現代は、アイドル一強時代なのか……?
     アイドルに負けない21世紀的な「野球2.0」はいかにあるべきかを構想しながら歩くこと15分、ようやくQVCマリンフィールドに辿り着きました。

     モノノフに席巻されていた海浜幕張駅とうって変わり、QVCマリン周辺は少し落ち着いた雰囲気。ロッテファンは昭和からの伝統的な野球応援スタイルと決別し、Jリーグのサポーターを参考に独自の応援スタイルを築き上げたと言われていますが、やはり若い人が多め。
     球場そばの「マリーンズ・ミュージアム」には球団の歴史を振り返る展示があり、単なるグッズ売り場というよりは、メジャー球団のボールパークに併設されている博物館のようでした。
     グッズショップには、写真のように球団の正式ユニフォームとは違う、オリジナルデザインのNEW ERAキャップが並んでいました。ただ単にユニフォームと同じキャップだと昭和の野球少年になってしまう恐れがありますが、それとわからないさりげないデザインで主張するところに、現代のファンを掴もうという工夫が感じられます。実はこうした取り組みは現在多くの球団が行っているのですが、特にロッテのグッズデザインは洗練されているようです。

    ▲グッズショップには様々なデザインのグッズが並んでいます。かつて野球場のグッズ売り場といえば掘っ立て小屋やプレハブのようなイメージでしたが、今はまるでセレクトショップのような雰囲気。文明はどんどん発達していく…

    ▲さっそく試合開始! 先発投手はロッテが左の古谷拓哉(ふるや・たくや)投手、オリックスが昨年ブレイクした西勇輝(にし・ゆうき)投手でした。

    ▲Macbookでデータを見ながら参加者に解説する鳥越先生。右下にはマリーンズのユニフォームに身を包んだ藤川先生の姿も。
     この日の参加者は30人ほど。鳥越先生の解説は、手渡されたトラベルイヤホンで聞くことができます。一緒に来た人と解説の感想をわいわいと言い合ったり、鳥越先生ご本人に直接質問したりすることができます。

    ▲(株)エアサーブの提供するトラベルイヤホン。普段は美術館の音声ガイドなどに使っているそうですが、球場で生観戦しながら解説を聞けるというわけです。他にもいろいろ応用できるかも……?
     また、ゲストとして鳥越先生のご友人というプロ野球選手のモノマネ芸人さんたちも登場。

    ▲左からニセ勇輝さん(西勇輝投手のモノマネ芸人)、伊藤ピカルさん(伊藤光選手)、小谷野ええ位置さん(小谷野栄一選手)。一般的にそれほど有名とはいえないオリックス選手のモノマネを選択されることに男気を感じます。ただ小谷野ええ位置さんは坂上忍のモノマネで定評を得るなど、みなさんレパートリーは豊富なよう。

    ▲そして、あれは、く、桑田さん……? 元メジャーリーガーも幕張に駆けつけました
     オリックス選手以外にも、巨人〜ピッツバーグ・パイレーツで活躍した桑田真澄さんのモノマネ芸人・桑田ます似さんが1イニングだけでしたがゲスト解説に登場し、桑田そっくりの語り口で参加者の笑いを誘っていました。
     試合は1回にいきなり糸井が2ランホームランを放ちオリックスが先制するも、その後ロッテ先発の古谷がオリックス西に負けじと好投。ロッテがじわじわと追い上げて6回に逆転に成功し、9回は守護神・西野が危なげなく試合を締めました。
     鳥越先生はデータから古谷の好投を予想、打球方向の傾向から8回のヘルマンの左中間二塁打を的中させるなど、プロ野球OBの解説にはない語り口が新鮮でした。

    ▲地元ロッテが勝利し全身で喜びを表現する藤川先生
    「現場で解説を聞く」という新しい観戦スタイル──メディア論的観点から
    ──今回は鳥越先生と藤川先生のお二人に、「セイバーメトリクスや統計学的思考の教育への応用可能性」というテーマでお話を伺っていければと思うのですが、まずは今回の観戦講座について振り返ってみたいと思います。藤川先生はいかがでしたか?藤川 いや~、楽しかったですよ。「楽しい」って色々な意味があるんでしょうけれど、まず野球場で野球を見るということは基本楽しいわけですが、耳元で鳥越先生が解説してくれてこちらから質問できて、データに着目していくと目の前に起こっていることも確率的に説明がつくことが多かったじゃないですか。フィールドの雰囲気プラス知的な楽しさが重なって、本当に楽しい時間を過ごすことができましたよね。
    ──鳥越先生は「左投手の古谷に合わせてオリックス打線は右バッターを並べてきたけれど、それは逆効果だ」とおっしゃっていましたよね。
    鳥越 先発投手としての格で言えば古谷よりも西の方が上なわけで、戦前の予想もオリックス有利と出ていました。しかしスタメンが発表されたとき「おや?」って思ったんです。というのもオリックスのスタメンが糸井を除いてすべて右バッターだったんです。それまで調子のよかった左の小田裕也や駿太をはずして。たしかに古谷は左投手ですが、データを見ると右バッターに対する被打率が1割7分3厘(当日までのデータ、シーズン通算。185)と、じつは右打者のほうが得意な投手なんです。野球界では「左投手は左打者が得意」という定説があって、それは統計的にもある程度正しいのですが、古谷に関してはそれが当てはまらない。なので右バッターを並べるというオリックスの選手起用はよくなかった。それがオリックスの敗因のひとつでしょうね。
     あと、今日の試合をセイバーメトリクス的な観点からみていて良いと思ったのが、ロッテが角中(勝也)を2番に置いているということでした。日本野球ではとかく2番に出塁率がいいわけではないけども、バントは上手いという選手を置きがちですが、序盤のノーアウト1塁で送りバントをするのって統計的には悪手なんですよ。
     角中は以前首位打者を取っていて非常にシュアなバッティングをするバッターですが、彼を3番ではなく2番に置く。同じようにヤクルトでは川端慎吾(かわばた・しんご)という3番を打っていてもおかしくない打者を2番に置いていましたよね。こういったことは非常に良い傾向だと思います(その後、川端はセ・リーグ首位打者のタイトルを獲得、所属するヤクルトはセ・リーグを制覇した)。
    藤川 「2番は送りバント」っていうのはだいぶ廃れつつあるんじゃないですか?
    鳥越 いえ、たとえば今年のソフトバンクはまだ2番は打力のそこまで高くない選手を起用しています。ただソフトバンクには圧倒的な戦力がありますから、2番の起用に関しては相手チームにハンデを与えているものと思ってみています(笑)。本来なら柳田(悠岐)のような強打者を2番に置いたほうが得点はもっと増えますよ。(注釈:ただ2番に起用される選手の守備力はリーグ随一なので、そういう意味では必要不可欠な選手です、ただ打順が……。)
    藤川 おそらくデータを見ずにただグラウンドで見ていたら今日の試合も、「ロッテが逆転して逃げ切った」というストーリーにしかならないんですけど、データがあることによってどこにドラマがあるのかがわかるから、より深く楽しめるんですよね。
    鳥越 野球って「左ピッチャーには右バッターを当てろ」みたいなステレオタイプがたくさんあるんですけど、そういう「思い込み」に惑わされないようになるというのが、データで野球を観ることの面白さのひとつですね。
    ──藤川先生は教育学者として「エンタテインメントの方法論をどう教育に生かすか」や、メディアリテラシー教育について発言していらっしゃいますが、メディア論的な視点からみて今日の観戦講座の試みをどう感じましたか?
    藤川 鳥越先生の解説で面白かったのは、オリックスのヘルマンというバッターが左中間に打つ確率が高いというのと、守るロッテ外野陣の荻野・岡田・清田の守備範囲がすごく広いので、そのせめぎあいが見どころとおっしゃっていたところ、ヘルマンが本当に左中間にツーベースを打ったんですよね。もしテレビで見ていてそういう解説があったとしても、テレビはピッチャーとバッターを主に映すから、外野陣の守備位置までは見ることができないじゃないですか。その意味で、球場全体を見渡すことのできる視点から解説を聞くことの面白さを感じましたね。
    ──「予言を当てる」といえばジャイアンツ戦での江川解説なんかがありますけど、江川の場合は経験知とカンに基づいた「神がかり」のようなものであるのに対し、鳥越先生の解説は統計的な根拠に基づいたものなのでより身近に感じることができますよね。
    藤川 やっぱりテレビの画面にとって野球場って広すぎるんですよね。これは球場などのいわゆる「大箱」でやるAKBのコンサートでも感じるんですけど、200人とかのメンバーがウロウロしていても、スクリーンの画面に映るのって1人2人なんですよ。常に99%の人が映っていない。たとえば、私の推しメン(村山彩希さん)はそこまで推されているわけでもないので会場のビジョンに映る機会も少なく、肉眼で探すのが大変なんです(笑)。
     サッカーなんかはテレビでもフィールド全体を映すので選手の位置はよくわかりますけど、野球はテレビ中継では投手と打者以外に球場で他の選手が何をやっているのかよくわからない。球場だったらネクストバッターズサークルで「次は誰が代打に出てきそうだ」とかわかるじゃないですか。その意味で、自分で見る場所を選べる現場観戦は非常に価値がありますね。
    鳥越 もしマスメディア的に野球を盛り上げるんだったら投手と打者の「一対一勝負」をクローズアップしてドラマ性を盛り上げていくことになるんですが、データは一対一勝負以外の様々な場面で使えるので、テレビだけだとどうしても解説できることが制限されてしまうというのはありますね。
    ──数年前から楽天や横浜DeNAのようなIT系球団を中心に主催試合をニコ生やSHOWROOMなどでネット中継していて、ネタコメントが流れたり、アナウンサーのフリーダムな実況が面白かったりして非常に人気があります。横浜の場合、1試合のニコ生視聴者は20万人以上になることもあるんですが、無料公開だから球場に来なくなるんじゃないかと思いきや、スタジアムへの来場者も右肩上がりなんですよね。
    藤川 やっぱりメディアとスポーツってすごく重要な関係があるわけですけど、まずメディアで見て現場に行きたくなって、現場で楽しんで行けないときはメディアで楽しむというかたちですよね。で、従来は現場に行くと解説を聞けなかったんですよ。やっぱり今の時代は本当に楽しみたければ自分でデータ見たりしながら人の話も聞いていたい。ところが今回は鳥越先生が全部その場で調べてくれて、しかもそれをリアルタイムで教えてくれるわけですからね。
    鳥越 昔は横浜スタジアムや神宮球場で球場内FM放送といって、案内されたFMの周波数に合わせると誰でもDJのトークを聞けるというものがあったんですが、「ラジオ聞きながらだと集中してしまってファールボールに気づかないから危険」という理由で廃止になってしまった。でも今回は2階席からだったからそこまでファールボールの危険性もなかったですね。
     球場にラジオを持ち込んで実況中継を聞きながらみるのもいいのですが、「第1球投げた!」という、映像を見ていない前提の細かな実況が煩わしく感じてしまったり、radikoで聞くと5秒のズレが生まれてしまったりするんですよね。
    藤川 球場でピッチャーが投げたのを見た5秒後に「ピッチャー投げた!」っていう実況が流れてくるのは許しがたいですね。
    鳥越 そういう意味では、エアサーブさんのイヤホンガイドによる実況解説は聴講されたみなさんにもストレスを感じさせることはなかったと思います。
    藤川 誰でも聞けるというかたちではなく、特定のゾーンの人だけが聞けるシートを設けるなどしてプレミア感を出したほうがいいですよね。
    ──いまIT系の球団を中心に、様々なプレミアを付けたシートを少し高い値段で売り出していますが、それが当初の予想以上に売れているようです。砂かぶり席(球場のファールゾーンに新たに客席を設置してより臨場感が楽しめるようになっている。来場者にはファールボールの危険に備えてヘルメットとグローブが貸与される)が代表的ですが、スタジアムの上の方の座席を改造してパーティーができるような席種も販売されています。普通なら「チケットを値上げしたら売れないだろう」と思うのですが、むしろ様々な付加価値を乗せて高く売ることで全体の売上は増える。そういうビジネスモデルのひとつとして考えてみてもいいかもしれないですね。

    ▲広島カープの本拠マツダスタジアムに設置された内野パーティーデッキ。
    http://www.carp.co.jp/ticket/zaseki/partyfloor.shtml#deck

    ▲横浜スタジアムに今年から新設された「ベースボールモニターBOXシート」。居酒屋のような席配置で友人たちと飲み会をしながら観戦できる。テーブル中央にはタブレットPCが設置されており、選手の成績やリプレイ、実況映像なども見ることが可能。
    ──もうひとつ今日の観戦講座で感じたのが、「鳥越先生の今の解説面白かったよね」というように、一緒に来た人や隣の席の人とコミュニケーションするきっかけになるということなんです。
    鳥越 そういうエリアシートって今までになかったわけですから面白いですよね。その場に集まった人でも仲良くなれるでしょうし。ほんと、そういうシートを売り出して欲しいですね。一消費者として(笑)
     実は今、アプリ開発を考えているんです。どういうものかというとスマホで音声が聞けて、そこに文字情報を入力してもらってニコ生のコメントみたいに実況者側が拾っていくというものです。ただスマホだけだと入力が大変なんですけどね。
     こういうことは野球だけではなく色んなスポーツで試せると思っていて、もちろんサッカーもそうですし、大相撲なんかでできたら面白いはず。
    藤川 大相撲こそ、現場で解説があったらものすごく楽しいでしょうね。解説なしで見てると何が何だかわからない。現場にいたら間合いも長いですし、立ち合いで力士が何回立ったかとか、そういう情報もあったらいいですよね。
    鳥越 チケットの売り方にしても、いろいろとデータを活用すれば見えてくるものは多いはずです。そういう意味でオリックスは集客にデータ解析を使ってるんですよ。ファンクラブサイトに書き込まれる文字をデータマイニングして、「今はこの選手が注目されてる」ということを弾き出して、その選手のグッズを強化して売りだしたりしています。
     もともとオリックスは観客動員数が少ないチームだったんですが、女性ファンにアピールするために「オリ姫」企画なんかをやっていますよね。実は関西の女性野球ファンって母数が非常に多いんですよ。もちろん阪神ファンを中心にですが。で、阪神の試合が甲子園で開催されていない日にオリ姫企画をやると、阪神ファンの女性が「じゃあ今日は私、オリ姫になる」と言って来るんですよ。
    ──昔は関西といえば南海ホークスや近鉄バファローズがあったりして競合が多かったけれど、パ・リーグでは在阪球団がオリックスだけになったから関西の野球好きは「セは阪神、パはオリックス」がひとつのかたちになるという。近年プロ野球チームが地方展開していったことの副産物かもしれないですね。
     集団には「均質性」と「多様性」のバランスが必要
    ──ここからは今日のテーマでもある「データや統計学的手法を教育にどう応用するか」を伺っていきたいと思います。まず基本的なところを藤川先生にお聞きしたいのですが、現代の教育現場では先生が持っている生徒一人一人のデータというのはどういうものなんでしょうか?藤川 教師によるというところはあるんですが、基本的には文部科学省が策定した学習指導要領に基づいて、教師が「評価基準」を設けます。これは、「知識・理解ができているか」を測るというものがあり、それに加えて「関心・意欲・態度」や「思考・判断・表現」といったものが加わります。到達目標を時間や単元で決めていって、どの子が目標に到達しているか/していないかを評価するというやり方です。こうしたことは、教師はまず義務としてやらなければなりません。
     一方でユニークな指導をしている先生のなかには「意外な発見を書く」ということをやっている方もいます。子供を見ているときに、予想通りの発見や予想通りの気付きだったら別に記録しておかなくてもよいですよね。しかし、「おとなしいと思っていた子が意外なところでリーダーシップを発揮している」とか「普段はすごく自信を持っている子が逆に物怖じしてしまっている」とか、そういう姿を見つけたら書く。これはその子を発見的に見ていくために有効なんです。
     さきほど鳥越先生は「人は人を思い込みで見てしまう」とおっしゃっていましたが、人間は多様な側面を持っているものですし、そもそも小中学生ぐらいの時期って人間はめまぐるしく成長するんです。一番気をつけるべきなのは、教師が子供のことを第一印象で決めつけてしまって、そうではない姿を見ても見ぬふりをして指導にあまり活かさないということ。固定観念というのはスポーツにかぎらず教育においてもとても怖いものなんです。
    鳥越 教育の評価基準について僕が感じているのは、ある2つの評価基準があったらそれを単純に足して2で割るような発想をしてしまっているということです。でもそうではなく5〜6個の要素をベクトルと見て、それを5〜6角形のマトリクスにしてその面積の大きさで評価する、そういうやり方のほうがいいのではないか。
    藤川 多元的に評価するということですね。
    鳥越 それと、昔は評価って相対評価だったじゃないですか。平均を3として、そこからどれだけ離れているかで成績を判断する。でも今は絶対評価で、「ここまでできたら4」「これが完璧にできたら5」というように判断する。そうなるとみんなが4とか5を取ることが可能で、差別化が難しくなってくると思うんですが、いまの実際の教育現場ではどういうふうに運用しているんですか?
    藤川 実際は「みんなが5にはなる」というのはなかなかないですね。教師が評価基準をきちんと作らなければいけないというプレッシャーがあって、みんなが簡単に到達できるような目標ばかりを設定することはありません。現実には、「やっぱりこの子はちょっと無理だよな」という子もいる。だからみんなが一番上の評価を取るというふうにはなりにくいのが現実ですね。
    鳥越 なるほど、絶対評価が相対評価に近づいてしまっているわけですね。しかしそれも学校ごとに微妙に違うものになってしまう。そうなるとやはり、推薦入試などで活用可能な統一的な指標としては成り立ちづらくなっていきますよね。
    藤川 だから高校・大学では、内申点を入試で使うことは難しくなっていますね。
    鳥越 その意味で、かつて批判された偏差値って本当は公平なシステムだったんですよね。偏差値って実は統計学的に非常に素晴らしい発明で、平均が50でそこからどれだけ離れているかを一律に測ることができた。個人の主観抜きに、自分が相対的にどこにいるかを冷静に判断することが可能だったわけですから。
     でも、なぜか偏差値だけが一人歩きして、評価が高ければ人格的に評価できる、というようなことになって批判の対象になってしまった。僕は偏差値の良さを再評価してもいいんじゃないかとは思うんですよね。
    藤川 ただ、入試で学生を選ぶ側からすると、偏差値はどうしても一元的な評価になりやすいし、何度も繰り返しやったらブレがなくなっていく。それで上位だからって本当にいいのかということはずっとあります。言い換えると、入試についてはもう少し偶然性があってしかるべきという部分があるんですよ。
     これは言い方がなかなか難しいのですが、入学者選抜のような場合にも、スポーツぐらいの確率論的な見方を持ち込んでみてもいいのではないかということなんです。これは決して、「適当に選べばいい」というわけではありません。
     そもそも学校教育って個人で学ぶものではないので、ある程度の幅の多様性を確保しておきたい。基本的に学校でも企業でもそうですが、均質的すぎる集団は脆いもの。ある程度の質を担保しつつも、ちょっと違うタイプの人もいるぐらいのバランスが、集団での指導をしやすいんです。
    ──学ぶときの共同体というものを考えたとき、多様性があったほうが共同体全体の活性化につながるということですか?
    藤川 多様であればあるほどいいというわけでもないんです。あんまりにもみんながバラバラだと何も一緒にできないですけど、均質的過ぎると発想が貧困になったり、均質さゆえにお互いが潰しあったり、一人ひとりの良さが発揮されにくくなる。だから多様性と均質性のバランスをとるという意識がすごく大事だと思いますね。小学校の学級経営や中学校の部活指導もそうです。均質すぎると異質な人が排除されていじめられてしまうということもあるので、逆に異質な人を活かすように集団を作っていくというのが教育をしていく上では常に課題ですよね。
     決定論的に緻密な評価を行って集団の構成を決めるのではなく、確率論的なブレを担保しておくということ。スポーツというエンタテインメントにしても、どっちかが有利だから必ずその通りになるというのではなく、確率論的に結果が覆ることがあるのが面白いわけですよね。
    ランダム指名はなぜ有効なのか──「偶然のチャンスをモノにする」ということ
    藤川 確率論ということでいえば、私はよく授業で「ランダム指名」をすることの有効性を言っています。どういうことかというと、先生から指名されたら、どんなにその課題が苦手であっても、他の子に助けてもらってもいいから全力で発表する。そのかわり、当たっていないときは自分のペースでゆっくりやってもいい。当たったときは集中してやって、そうでないときは無理せずというように、メリハリをつけるんですよ。たとえば算数の授業とかってどうしてもずっと活躍する子と、ずっと活躍しない子に分かれてしまう。そうなると先生はできそうな子にばっかり当てるんですよ。鳥越 50分で終わらせるという授業運営のことを考えるとどうしてもそうなってしまいますよね。
    藤川 でもそれでは、できない子はずっとできないままになってしまう。一方で、できない子にばっかり当ててしまうのも辛いわけですよ。
    ──「完全にランダムである」ということが重要なわけですよね。先生が、例えばあまりできない子に対して「これぐらいの簡単な問題だったらできるだろうな」という意図を持って指名するのもよいことではないと。
    藤川 やっぱり、先生の意図どおりに動かされていると思った瞬間、白けちゃう子はたくさんいます。そうではない運営をするというのが、授業技術的に大事なことなんですね。そういう意味で、ランダムで、時々自分が主役になる場が巡ってくることにすごく意味があるわけです。
     子供ってやっぱり突然目覚めることがあるんですよ。逆に言えばチャンスが来なければなかなか目覚めない。かといって毎回チャンスを与えられると辛く感じる。スポーツってよくそういうことがあるじゃないですか。たまたまチャンスを与えられたら偶然に打ってしまって、それで一皮むける、というような。
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  • 統計学者・鳥越規央インタビュー(後編)「ゲームデザインはポピュリズムとどう向き合うか――スポーツからAKBまで」(PLANETSアーカイブス)

    2019-05-24 07:00  

    今朝のPLANETSアーカイブスは、日本における「セイバーメトリクス」の第一人者、統計学者・鳥越規央さんへのインタビュー後編をお届けします。前編ではセイバーメトリクスの日本ローカライズ事情について語ってもらいましたが、今回はセイバーメトリクス的な思想を応用した先にある、普遍的な「ゲームデザイン」とマスメディア的公共性の関係について聞きました。※前編はこちらのリンクから。 ※この記事は2051年2月17日に配信された記事の再配信です
    ■ゲームデザインはポピュリズムとどう向き合うか
    宇野 鳥越さんは48グループのペナントレースの設計にも関わられていますよね。セイバーメトリクスの歴史は、可視化できない、しにくいものをどんどん可視化、数値化していったことでその射程距離を伸ばして来た歴史だと思うのですが、ああいった主観的な評価がからむ演技や表現を評価するというのは、まだまだ難しいんでしょうか。
    鳥越 誰もが納得できる採点基準を作れるかという意味で大変難しいと言わざるを得ない。いい例がフィギュアスケートでしょう。昨年のソチオリンピックのフリーで浅田真央は6種類8回の3回転ジャンプを飛び、ファンのみならず世界のフィギュア関係者からも絶賛を受けたのですが、そんな彼女でも技術点は全体の2位。そのからくりはGOE(Grade of Execution)という各演技要素に対して、その技がきれいに決まったかどうかを審査員がプラス3からマイナス3までの幅で加減点するポイントにあります。技術点は基礎点とGOEで構成されていまして、難しい技を組み込めば基礎点は上がります。浅田の基礎点は全選手の中で最も高く、次に高い選手よりも5点以上差がついていました。ご存知のとおり、浅田はフリーをノーミスで演技を終えました。しかし浅田の12個ある演技要素に対するGOEでプラス1を超える評価は2つしかありませんでした。それに対し技術点1位の選手のGOEは11個。過去5人しか成功させたことないトリプルアクセルに果敢にチャレンジし、結果成功させても「それきれいじゃない」と判断されたら高得点が期待できないシステムなんです。このGOEがプラスに評価される基準ですが、正直ガイドラインには抽象的な表現が多く客観性があるとは言いづらい。
     さらに言えば、演技構成点(いわゆる芸術点)に関してはもう何が何やらです。だって選手ですらどうすれば高得点になるかわかってないようですし。
     先程宇野さんもおっしゃったように、私はAKB48グループのペナントレースの設計に携わりまして、AKBに関してどんなものが数値化できるかということに関して運営のみなさんと議論を重ねてきました。残念ながら諸事情があってペナントは中止となってしまいましたが、私の中ではAKBに限らず、アイドルを評価するための基準を作るために必要なデータって何だろうってことを常々考えていました。そこで提案なのですが、『朝までオタ討論!』で論客の皆さんに自分の知っている色んなデータを挙げてもらい、それについて議論してみたいと思っていまして。
     いま、『クイズいいセン行きまSHOW!』っていうボードゲームが巷で来ているらしいんですが、これはまず――例えば「48グループの卒業適正年齢は何歳?」っていうお題を出したとします。それに対して5人、もしくは7人の回答者に答えてもらい、その中央値をそのお題の適正とするという遊びです。
     平均値だと、各人のポイントにものすごく格差がある場合、その極端な数値に引っ張られるという特性があるので、感覚的にどうかな?と思うものが出てしまう場合があります。でも中央値ってそういうことが起きにくいので、この方が「代表値」として我々にしっくりくる値になることがあるんです。で、ゲームとしては、その中央値を出した人に100ポイントを与え、最大値と最小値の人はマイナス50ポイント。これをいろんなお題で何回か繰り返していって、ポイントが最も多い方がAKBマイスターの称号を得られるというルールにしてみる。そんな感じで「AKB48グループに関する事象の数値化」というのを、ゲーム性を織り込んで議論してみると面白いんじゃないかと思っています。
    宇野 情報技術の発展が生んだものの一つとして、コミュニケーションや「空気」といったこれまで数値化できなかったものの数値化が可能になったことが挙げられると思うんです。たとえばFacebookの「いいね!」数やTwitterのリツイート数だったり、トラフィック数だったりと色んなものが数値化されている。ああいった情報化以降に新しく生まれた数値を使うのも、セイバーメトリクス的な思想の延長線上の可能性としてあるんじゃないかと思うんです。
    鳥越 いわゆる「テキストマイニング」というものですね。Twitterとかウェブ上に流布してる大量のテキストデータから、情報を取り出していくわけですよね。ただ問題は、取り出した情報が、人気や実力にどれだけ寄与するものかを判断する術をどうするかってことですよね。天気予報を例に挙げれば、昔は気圧や風の変化といった地上で取れるデータで行っていたものが、今は衛星からの画像だったり、上空の気温だったりとさまざまなデータから推測していくわけです。テクノロジーが増えるごとに見るべきデータも増えていって、より予測性能が上がっていく。だから、どういうテクノロジーを開発すればより精度が高くなるのかを考えていかないといけない。
    宇野 この議論でいちばん出てきやすいのって、選挙制度だと思うんですよね。データをどう活用すれば、より民意に近いものを選挙結果に反映させることができるのか。でも、選挙制度を考えるときにこういったアプローチってあんまり聞かないですが、これはなぜなんでしょうか?
    鳥越 だって民意を反映させることによって、政権与党が不利になるような制度にしないでしょう(笑)。ドント式(日本の比例代表選挙で用いられている議席配分の方式)ですら大政党に有利なゲームデザインですし。
    宇野 つまり、民意を反映させようと思ったらもっと公平性のあるゲームデザインが可能なんだけど、それだと政権与党にとって不都合になりかねないという問題が大きいということですか。
    鳥越 いちばん良いのは、比例代表で自民党が18%取ったら、100議席の18%だから18議席を配分する、とやれば簡単ですけど、おそらくそれでは最大政党に不利ですよね。少数政党でも議席が獲得しやすくなりますし、今のように選挙のタイミングでの趨勢で議席が大きく動くようなことにはなりにくいですから。
    宇野 つまり今のやり方は、おそらくプレイヤーの側の充実感や納得感を優先して、現実的なフェアネスを犠牲にしているような仕組みになっている、と。
    鳥越 あとゲームデザインを考える上で、テレビの存在は非常に大きい。たとえば今年度のJリーグがまた2ステージ制に変わることになって、ファンの多くは「それはゲームデザインとして悪すぎるんじゃないか」と大反対している。でもJリーグ側が2ステージ制にこだわったのは、結局プロ野球のクライマックスシリーズが興行的に大成功しているからですね。
    ――クライマックスシリーズは12球団のうち6チームが出場できて、リーグ戦の3位でも日本一になれるという明らかにダメなゲームデザインですけど、興行としては上手くいっていますよね。
    鳥越 そう、Jリーグも2ステージ制にすれば、「チャンピオンシップ」でお客さんをたくさん集められるし、テレビの放映権料もしっかり入ってくる。リーグ戦だけだとどの試合で優勝が決まるかわからないけど、チャンピオンシップがあればそこで優勝が決まるので、テレビ的な注目を集めやすいわけです。
     テレビを意識するという意味では野球やサッカーだけでなく他の競技も同じ問題に直面していて、たとえば今のバレーボールは実はあんまり良いデザインではないんです。バレーボールってサーブを受ける側のほうが点数を取りやすい。だから昔はサーブ権を持っているチームがラリーに勝ったら一点というルール(=サイドアウト制)だったんですが、そうなると試合時間が4時間とかかかってテレビサイズに合わなくなってしまう。だから今のようにラリーポイント制(サーブ権の有無に関わらず、ラリーに勝ったチームに点数が入る)になったんです。
     でもそうなると、24対21ぐらいになった時に勝っているチームがサーブ権を持っていると、わざとサーブを外して24対22にしてからサーブを受けたほうが先に25点を取れる確率が高くなる。実際にラリーポイント制になった当初はそれをやっているチームが多かったですね。本当はサーブ側と受ける側で得点の重み付けを変えたりできたらいいんですが、そうなると別の問題も出てくるし、何よりわかりづらいルールになるでしょう。
     
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  • 統計学者・鳥越規央インタビュー(前編)セイバーメトリクス以降の優雅?で感傷的?な日本野球(PLANETSアーカイブス)

    2019-05-17 07:00  

    今朝のPLANETSアーカイブスは、統計学者・鳥越規央さんへのインタビューです。映画『マネーボール』などでも脚光を浴びた、「野球を統計で分析する」手法=「セイバーメトリクス」の歴史と現在についてお話を聞きました。スポーツだけでなく、AKBのような文化興行や政治にまで射程を及ぼすセイバーメトリクス、その本当のポテンシャルとは――?(聞き手・構成:中野慧) ※この記事は2015年2月10日に配信された記事の再配信です。
     セイバーメトリクス――この聞き慣れない単語が徐々に広まり始めたきっかけは、やはりブラッド・ピット主演で映画化された『マネーボール』(2011年)だろう。米オークランド・アスレチックスの敏腕GM(ゼネラルマネージャー)として弱小球団を強豪に育て上げたビリー・ビーン。彼はそれまでのアナクロなスカウティングシステムを拒否し、徹底的なデータ活用(=セイバーメトリクス)によって、強豪球団から声のかかることのない一見実力のない選手たちを安価な給料で集め、アスレチックスを強いチームに育て上げていく。そのビリー・ビーンを描いたこの映画は、「弱者の一撃」という古典的なストーリーラインに加えて、脚本のアーロン・ソーキン(『ソーシャル・ネットワーク』他)らによる、人情話に重きを置きがちだったそれまでの野球映画と異なる冷徹な描き方が、野球好きのみならず映画ファンのあいだでも高く評価された。

    ▲『マネーボール』2011年/ブラッド・ピット(主演)ベネット・ミラー(監督)アーロン・ソーキン(脚本)他
     しかしこの「セイバーメトリクスによる革命」はアメリカに限ったものではなく、まさに「耐用年数を過ぎた戦後文化の象徴」たる日本のプロ野球にも2000年代以降導入され、それによって球界の勢力図も急速に塗り変わりつつある。
     今回は日本におけるセイバーメトリクスの第一人者で(実はAKBオタでもある)統計学者・鳥越規央先生をお招きし、セイバーメトリクスの歴史や日本におけるローカライズ、そして他分野への応用可能性についてお話を伺った。
    ■オタクとインターネットがセイバーメトリクスを作り上げた
    ――「セイバーメトリクス」というものはこれまでのような打率や打点、投手なら勝利数や防御率のようなわかりやすい指標ではなく、「もっと細かく色んな数字を組み合わせることで、選手の能力をより精緻に数値化することができる」ということを打ち出し、それらのデータをもとに選手を集めチームを強くしようという手法ですよね。このセイバーメトリクスは、そもそもどのようにして生まれてきたんでしょうか。
    鳥越 もともと「データで野球を見る」という観戦文化はアメリカでも一部のマニアのあいだで昔からあったのですが、セイバーメトリクスそのものは、1970年代前半のビル・ジェームズという退役軍人が始祖であると言われています。彼は友達の靴屋でバイトをしながら野球を見ていて、もともと野球好きだからとデータを取っていった。そうしたら面白いことが分かってきて、それらをまとめて自費出版したんですね。
     最初は全然売れず、一説には75人しか購入しなかったといわれてます。ですが、これまでの野球のセオリーに反するような分析結果もデータから証明できるという面白さが、だんだんマニアの口コミで広がっていったんですね。版を重ねるに連れ、購読者も増えその結果、スポーツ・イラストレイテッドのライターの目に留り、1982年に出版社から販売されるとたちまちベストセラーになったのです。ただやはりというか、日本と同じようにアメリカでも「野球の素人がこんなこと言っても俺たちは騙されないぞ!」みたいな感じで現場ではなかなか受け入れられなかったようです。
     セイバーメトリクスが面白いのは、「思い込みを是正する」という部分です。たとえば、野球の世界だと「ノーアウト満塁は点数が入りにくい」というのがありまして。
    ――「大チャンスに見えるけど、実は得点するのが難しい」という野球界の定説ですよね。ノーアウト3塁やノーアウト2・3塁に比べると内野ゴロをホームでフォースアウト→一塁に転送でダブルプレーを取られやすいですとか、スクイズしても走者へのタッチでなくホームベースへの触塁だけでアウトにできるからとか、いろんな理由が言われていますよね。
    鳥越 でも、ノーアウト1塁、ワンナウト1・3塁、2アウト2塁……等々、状況別に整理したデータを見ると、得点が入る期待値が一番高いのってノーアウト満塁なんです。
     なぜ野球界で「ノーアウト満塁では点が入りにくい」という説が流布するかというと、一番点数が入りやすそうなチャンスであるにも関わらず、自分のひいきのチームがノーアウト満塁で無得点に終わったらそのショックが大きすぎて、実際は点が入ってる場面が多いにもかかわらず心の中で「ノーアウト満塁は点が入りにくい」という思い込みを形成してしまうからですね。
     セイバーメトリクスって、そういう「人間の思い込みを是正する」というのがテーマなんです。「思い込み」はプレイヤーの方にもあるようで、これはロッテのコーチから実際に聴いた話なのですが、自分はコントロールが悪いと思い込んでいる投手がいて、「いや、君の三振率とフォアボール率の比率(K/BB という指標)を見ると平均よりも高いんだから、自分でノーコンと決めつけることないよ」と諭したりできる。余計な悩みだったことがわかれば、選手自身も自分が本当に改善すべきポイントが見えてきますよね。
    ――なるほど。ちなみに、セイバーメトリクスの始祖であるビル・ジェームズや、その後この手法を発展させていったのってどういう人たちだったんですか? 『マネーボール』でも描かれていましたが、必ずしも元プレイヤーだったりするわけではないわけですよね。
    鳥越 それは「野球オタク」のみなさんですね。セイバーメトリクスの語源となったアメリカ野球学会(Society for American Baseball Researchのこと。頭文字を取った「SABR」をセイバーと発音する)というものがありまして、僕は2007年に参加したんですが、とにかく参加者すべて「オタク」臭を漂わせている人たちばかり。会場のロビーでは野球カードに興じる人達もいれば、オールドスタイルのユニフォームを身にまとう人もいたりで、まさに「野球版コミケ」ですよ。参加者の内訳ですが、いわゆるアナリストと言われる人は4割ぐらいで、あとは企業の社長だったりお医者さんだったり、作家さんだったり、本当に野球が大好きで趣味でデータ分析をしている人たちの集い、という感じでしたね。
     コンピュータやネット環境が発達したことによって、そういう人たちが自分なりの分析を発表できる時代になった。その分析を見て、さらにいろんな人たちが考えて改良を重ねていくわけです。
    ――ソフトウェア開発でいうならオープンソースのように、ボトムアップで作られていったんですね。
    鳥越 そういうことですね。例えばピッチャーの評価法に、DIPS(Defense Independent Pitching Statistics)という概念があります。これは「失点のピッチャーによる責任ってどこまでなんだろう?」ということを考えたときに、運とかチームの守備力といった「投手自身ではコントロールできない」部分の影響はできるだけ排除してあげたいと思うわけです。でも一方で、例えば「ホームラン打たれるのは投手の責任だよなぁ」とか、「フォアボールを与えたりするのは明らかにピッチャーの責任」とか「逆に三振を取るのはピッチャーの力量のみに依存する」といった考えから 「じゃあこの3つの指標だけでピッチャーを評価してみるのはどうか?」ということを誰かが提起するんです。この場合の「誰か」というのはボロス・マクラッケンという人なんですけど。そうすると、色んなセイバーメトリシャンがそれに基づいて「自分はこう考える」といろんな意見を出し合って、一番理に適い、しかも計算が容易な指標が普及していくんですね。DIPSの中で今一番普及しているのはトム・タンゴが提唱したFIP (Fielding Independent Pitching) という指標です。ちなみにこのFIPという指標は先発・中継ぎ・抑えも同様に評価できるので、今では主要な指標のひとつとなっています。
     さらには、野手も投手も究極的に同じ指標で評価することのできるWAR(Wins Abobe Replacemnt)が出てきたり、これまでセイバーメトリクスの中でメジャーな指標だったOPS(出塁率+長打率。打率などよりもより得点貢献への相関が高いとされる)よりもRC (Runs Created) や XR (eXtrapolated Runs) 、さらにはwOBA(Weighted On-Base Average)というように、どんどん新しい指標が提案されていくんですね。
    ――野球には「この選手は打率や打点とかではあんまりパッとした数字は出ていないけれど、なぜかいつも強いチームにいる」ということがよくありますよね。そういったかたちで、これまではっきりとした数字は出ていなかった「なんとなく」だったり「空気感」のような部分を、より細かな指標で可視化させるというのが、セイバーメトリクスの大きな意義ですよね。
    鳥越 その意味では最近、「運」というものを数値化しようという考え方が出てきています。選手本人の調子が悪くなくても、不運が重なって思うように成績を残せないことがよくありますが、たとえばバービップ(BABIP)という指標はその「運」「不運」を可視化しようというものです。
     投手が投げた球を打者に打たれて、それがフェアゾーンに飛んだとき(ホームランを除く)にそれがヒットになる確率って、ほとんどの投手で3割付近に収束するという理論があるんです。たとえば今季、ある投手の調子が悪いなと思ったときにBABIPを見たら3割5分だった、と。そうなると、その選手の調子が悪いというよりも、チームの守備がまずかったり、たまたま転がったところが悪かっただけである可能性が高いと考えられる。なので翌年は本来の数字に戻せるのではと推測する。逆に成績がよくてもBABIPが2割5分だったら運に助けられている部分が大きいから、次のシーズンは成績がよくないかもしれないと予想できる。
    ――そのセイバーメトリクスが一部のマニアだけでなく、アメリカで少しずつ世の中に広がり始めたきっかけってなんだったんでしょうか? やはりビリー・ビーンの登場が大きい……?
    鳥越 いや、大きなきっかけになったのは『ファンタジーベースボール』でしょうね。ビリー・ビーンがチーム編成にセイバーメトリクスを取り入れ始めたのは90年代前半以降ですが、ほぼ時を同じくして『ファンタジーベースボール』がネット上で爆発的に普及し始めました。
     『ファンタジーベースボール』というのは、オンラインゲームの一種で、サラリーキャップ(選手の総年俸額を制限すること)の中で自分たちの夢のチームを作るというものです。実際のメジャーリーガーを題材にしていまして、彼らの現実世界での活躍がゲームでの加点対象になるのです。サラリーキャップですからオールスター級の選手を集められるわけじゃないですよね。だから実際の成績を見て、コストが安いけど良い成績を残している選手を集めていく。これはまさにビリー・ビーンのやっていることと同じですね。プレイヤーがデータを見て年俸の安い若手を雇った結果、その選手が実際に活躍してチームに大きなポイントをもたらしたとき、プレイヤー冥利につきるのでしょうね。
    ■パ・リーグを中心にセイバーメトリクスが普及した2000年代
    ――セイバーメトリクスの日本での受容についても伺っていきたいのですが、そもそも「野球にデータを導入する」という意味では、日本では90年代ヤクルト・野村克也監督の「ID野球」もありましたよね。鳥越さんの著書では、要するにID野球というのは野村監督の経験知に負う部分をデータ化・定式化していたものだったという分析も書かれていました。そうなるとID野球とセイバーメトリクスはまったく別物ということなんでしょうか?
    鳥越 セイバーメトリクスのスタート地点では対極にあるものだったと考えています。僕は「ミクロの視点」と「マクロの視点」というふうに整理していますが、ミクロの視点で「次のノーアウト1,2塁でボールカウント2-1で、ここからはこう投げたらいい」という一瞬一瞬の判断をする際に、野村ID野球の経験知が使えるんだと思います。ですがセイバーメトリクスはミクロな判断というよりは、「この選手は科学的に見るとこういう成績だったから、この人の評価はこうですよ」というマクロな視点を与えるものなんです。
    ――なるほど。では、アメリカ流のセイバーメトリクスが日本で本格的に受容され始めたのは、いつぐらいなんでしょうか。
    鳥越 一番最初に導入したと言われているのは、ロッテの監督を二度にわたり務めたボビー・バレンタインですね。もともとテキサス・レンジャーズで監督をやっていた方なので当然、セイバーメトリクス的考え方を身につけていたわけです。彼が最初に日本に来たのは1995年ですが、ポール・プポという統計の専門家をフロントに招聘して積極的にデータの活用を推し進めた。それで万年Bクラスだったロッテをいきなり2位に押し上げ、ファンのあいだでも大変支持されていたんですが、残念ながら彼のやり方は当時のフロントやコーチ陣に受け入れられなかった。やっぱり「俺たちの意見よりもデータを見るのか!」と反発する人が多いわけです。
    ――日本のプロ野球全体が、職人芸のようなスカウティングを頼りにしていた時代ですよね。
    鳥越 やっぱり「職人さんの粋な腕を評価する」という文化が日本にはあるわけですね。しかしその後約10年間、ロッテはBクラスに沈んだため、ファンは余計にバレンタインの復帰を待望するようになっていったのです。
    ――そのバレンタインがロッテの監督に復帰したのは2004年で、1期目と2期目には約10年の間がありますよね。ちょうどこの時期はビリー・ビーンの手法がメジャーでかなり注目され始めた時期だと思うのですが、その間にセイバーメトリクスを導入していった日本の球団ってあるんでしょうか?
    鳥越 ボビーが戻ってくるのと同時期、2004年に日本ハムファイターズが東京から北海道に本拠を移したのですが、それを機に、2005年頃に導入しています。デトロイト・タイガースのGM補佐から、阪神の総務部次長へと歴任された吉村浩さんをヘッドハンティングしたんですね。彼はセイバーメトリクスの知識を持っていて、1億円かけてBOS(Baseball Operation System)というシステム作り、それを基にフロント主体でチーム作りをやっていくことになったんです。
     一方で同じ頃ロッテに復帰したボビーは、パ・リーグの予告先発制度を活用して、相手の先発投手に相性のよい打者を選んで毎試合打順を組むという大胆なことをやって、前の日4番だった里崎が次の日にはスタメン落ち,その翌日は9番だったりするもんだから「猫の目打線」なんて呼ばれていたりしましたね。結局2005年シーズンはロッテがパ・リーグのチーム得点1位の攻撃力でクライマックス・シリーズを勝ち抜き優勝、阪神との日本シリーズは4勝0敗の圧勝で日本一になったわけです。そのシリーズでの両チームの総得点33−4は、いまでもネット上で大差の例えとして使われていますよね。
    ――ロッテと日ハム以外に、セイバーメトリクスを導入していった球団ってどういうところがあるんですか?
    鳥越 今だと、楽天が2012年から導入していますね。8月から立花陽三さんという、元々ソロモン・ブラザーズ、ゴールドマン・サックス、メルリンチなどで証券マンをやってた人を球団社長に迎えたんですね。彼はまず「我々でもわかるように楽天の戦力を数値化しろ」と指令した。そのためにセイバーメトリクスの分析をしている会社と契約して、2012年のシーズンが終わったところで分析結果を見てみたら、田中将大投手を中心に投手陣は揃っていて十分戦えるが、打線の方は4番・5番が穴だということがわかった。そこで右の長距離砲に狙いを定めて調査したところ、スカウトがA.J(アンドリュー・ジョーンズ)とマギーをリストアップしてきた。そこで立花さんが自ら交渉に向かい中軸を埋めた。そして2013年、投打がうまく噛み合って日本一になったわけです。
     それからソフトバンクも日本IBM、クロスキャットとともに「χ援隊(かいえんたい)」と名付けられたデータ解析、レポート配信システムを構築しまして、スコアラーだけでなく、首脳陣や選手すべてに支給されたiphone、ipadにリアルタイムで分析したデータを配信、チーム内で共有できるようになりました。パ・リーグ優勝がかかった2014年10月2日の対オリックス戦で、10回裏1アウト満塁、一打決めればサヨナラ優勝という場面での松田がベンチ前でスタッフが手にしたデータを凝視しているシーンはちょっと感慨深いものがありましたね。
    ――パ・リーグを中心にセイバーメトリクスが普及して勢力図がどんどん書き換わっていったわけですね。しかしこれだけセイバーメトリクスが有名になってきているのに、セ・リーグのチームは導入していないんですか?
     
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  • 人間の「伸びしろ」を測定することは可能か? ――統計学的思考の教育への応用可能性 鳥越規央(統計学者)×藤川大祐(教育学者) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.439 ☆

    2015-10-28 07:00  
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    人間の「伸びしろ」を測定することは可能か? ――統計学的思考の教育への応用可能性 鳥越規央(統計学者)×藤川大祐(教育学者)
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.10.28 vol.439
    http://wakusei2nd.com


    今朝のメルマガでお届けするのは、統計学者でセイバーメトリクスの専門家でもある鳥越規央さんと、教育学者の藤川大祐さんの対談です。
    8月末、藤川先生の携わるNPO「企業教育研究会」及び「日本メディアリテラシー教育推進機構」の主催で、ロッテ×オリックス戦(QVCマリンフィールド)にて鳥越先生のセイバーメトリクス観戦講座が開催され、PLANETS編集部も参加してきました。今回の記事ではその講座のレポートに加えて、その後行われた「セイバーメトリクスや統計学的思考の教育への応用可能性」についての鳥越先生と藤川先生の対談の模様を掲載します。
    ▼プロフィール
    鳥越規央(とりごえ・のりお)
    1969年 大分県生まれ。現在の研究分野は数理統計学、セイバーメトリクス、スポーツ統計学。各メディアにて、確率や統計に関する監修を行う傍ら、AKB48じゃんけん大会の監修を行なうなどアイドル・エンターテイメント業界にも精通。著書に『スポーツを10倍楽しむ統計学』(化学同人DOJIN選書、2015年)『勝てる野球の統計学――セイバーメトリクス』(岩波科学ライブラリー、2014年)、『9回裏無死1塁でバントはするな』(祥伝社新書、2011年)などがある。
    藤川大祐(ふじかわ・だいすけ)
    1965年、東京生まれ。千葉大学教育学部教授(教育方法学・授業実践開発)、教育学部副学部長。NPO法人企業教育研究会理事長。メディアリテラシー、ディベート、ゲーミフィケーション等を含めた新しい授業の開発を研究。著書『授業づくりエンタテインメント!』(宇野常寛氏やAKB48村山彩希さんとの対談も収録)、『いじめで子どもが壊れる前に』、『教科書を飛び出した数学』など。AKB48や乃木坂46のファンで、PLANETSチャンネルの関連番組に出演し、編集長をつとめる『授業づくりネットワーク』には「AKB48の体験的学校論」というコーナーを設け、これまで茂木忍さん、岩立沙穂さんに登場してもらっている。また、千葉ロッテマリーンズのファン。
    ◎聞き手・構成:中野慧
    【お知らせ】本日、鳥越先生をお迎えしてプロ野球日本シリーズ 福岡ソフトバンクホークス vs 東京ヤクルトスワローズ 第4戦をテレビ実況します!

    前回のクライマックスシリーズ実況ニコ生から引き続き、統計学者でセイバーメトリクスの専門家・鳥越規央先生による解説を軸に、アイドルグループPIPきっての野球好きである空井美友さん、そしてお笑いコンビ「カオポイント」石橋哲也さんをお招きしてお送りします。
    ▼ニコ生番組ページはこちらから。
    http://live.nicovideo.jp/gate/lv239966175
    ■ 鳥越先生の「セイバーメトリクス観戦講座」レポート
     鳥越先生による観戦講座が行われたのはまだ夏の暑さの残っていた8月29日。あいにくの曇り模様のなか、急造のPLANETS野球取材チームはたくさんの人でごった返す海浜幕張駅に到着しました。
     千葉ロッテマリーンズのチームカラーは白・黒・赤・グレーですが、駅で周りを見渡すと、もっとカラフルな出で立ちの人ばかり。色は、赤・黄・緑・ピンク・紫……これはもしや、ももクロ……!? 調べてみると案の定、ももクロのファンクラブ会員限定イベントが幕張メッセのイベントホールで行われていたようです。やはり現代は、アイドル一強時代なのか……?
     アイドルに負けない21世紀的な「野球2.0」はいかにあるべきかを構想しながら歩くこと15分、ようやくQVCマリンフィールドに辿り着きました。

     モノノフに席巻されていた海浜幕張駅とうって変わり、QVCマリン周辺は少し落ち着いた雰囲気。ロッテファンは昭和からの伝統的な野球応援スタイルと決別し、Jリーグのサポーターを参考に独自の応援スタイルを築き上げたと言われていますが、やはり若い人が多め。
     球場そばの「マリーンズ・ミュージアム」には球団の歴史を振り返る展示があり、単なるグッズ売り場というよりは、メジャー球団のボールパークに併設されている博物館のようでした。
     グッズショップには、写真のように球団の正式ユニフォームとは違う、オリジナルデザインのNEW ERAキャップが並んでいました。ただ単にユニフォームと同じキャップだと昭和の野球少年になってしまう恐れがありますが、それとわからないさりげないデザインで主張するところに、現代のファンを掴もうという工夫が感じられます。実はこうした取り組みは現在多くの球団が行っているのですが、特にロッテのグッズデザインは洗練されているようです。

    ▲グッズショップには様々なデザインのグッズが並んでいます。かつて野球場のグッズ売り場といえば掘っ立て小屋やプレハブのようなイメージでしたが、今はまるでセレクトショップのような雰囲気。文明はどんどん発達していく…

    ▲さっそく試合開始! 先発投手はロッテが左の古谷拓哉(ふるや・たくや)投手、オリックスが昨年ブレイクした西勇輝(にし・ゆうき)投手でした。

    ▲Macbookでデータを見ながら参加者に解説する鳥越先生。右下にはマリーンズのユニフォームに身を包んだ藤川先生の姿も。
     この日の参加者は30人ほど。鳥越先生の解説は、手渡されたトラベルイヤホンで聞くことができます。一緒に来た人と解説の感想をわいわいと言い合ったり、鳥越先生ご本人に直接質問したりすることができます。

    ▲(株)エアサーブの提供するトラベルイヤホン。普段は美術館の音声ガイドなどに使っているそうですが、球場で生観戦しながら解説を聞けるというわけです。他にもいろいろ応用できるかも……?
     また、ゲストとして鳥越先生のご友人というプロ野球選手のモノマネ芸人さんたちも登場。

    ▲左からニセ勇輝さん(西勇輝投手のモノマネ芸人)、伊藤ピカルさん(伊藤光選手)、小谷野ええ位置さん(小谷野栄一選手)。一般的にそれほど有名とはいえないオリックス選手のモノマネを選択されることに男気を感じます。ただ小谷野ええ位置さんは坂上忍のモノマネで定評を得るなど、みなさんレパートリーは豊富なよう。

    ▲そして、あれは、く、桑田さん……? 元メジャーリーガーも幕張に駆けつけました
     オリックス選手以外にも、巨人〜ピッツバーグ・パイレーツで活躍した桑田真澄さんのモノマネ芸人・桑田ます似さんが1イニングだけでしたがゲスト解説に登場し、桑田そっくりの語り口で参加者の笑いを誘っていました。
     試合は1回にいきなり糸井が2ランホームランを放ちオリックスが先制するも、その後ロッテ先発の古谷がオリックス西に負けじと好投。ロッテがじわじわと追い上げて6回に逆転に成功し、9回は守護神・西野が危なげなく試合を締めました。(試合結果はこちら http://baseball.yahoo.co.jp/npb/game/2015082905/top)
     鳥越先生はデータから古谷の好投を予想、打球方向の傾向から8回のヘルマンの左中間二塁打を的中させるなど、プロ野球OBの解説にはない語り口が新鮮でした。

    ▲地元ロッテが勝利し全身で喜びを表現する藤川先生
    ■ 「現場で解説を聞く」という新しい観戦スタイル――メディア論的観点から
    ――今回は鳥越先生と藤川先生のお二人に、「セイバーメトリクスや統計学的思考の教育への応用可能性」というテーマでお話を伺っていければと思うのですが、まずは今回の観戦講座について振り返ってみたいと思います。藤川先生はいかがでしたか?
    藤川 いや~、楽しかったですよ。「楽しい」って色々な意味があるんでしょうけれど、まず野球場で野球を見るということは基本楽しいわけですが、耳元で鳥越先生が解説してくれてこちらから質問できて、データに着目していくと目の前に起こっていることも確率的に説明がつくことが多かったじゃないですか。フィールドの雰囲気プラス知的な楽しさが重なって、本当に楽しい時間を過ごすことができましたよね。
    ――鳥越先生は「左投手の古谷に合わせてオリックス打線は右バッターを並べてきたけれど、それは逆効果だ」とおっしゃっていましたよね。
    鳥越 先発投手としての格で言えば古谷よりも西の方が上なわけで、戦前の予想もオリックス有利と出ていました。しかしスタメンが発表されたとき「おや?」って思ったんです。というのもオリックスのスタメンが糸井を除いてすべて右バッターだったんです。それまで調子のよかった左の小田裕也や駿太をはずして。たしかに古谷は左投手ですが、データを見ると右バッターに対する被打率が1割7分3厘(当日までのデータ、シーズン通算。185)と、じつは右打者のほうが得意な投手なんです。野球界では「左投手は左打者が得意」という定説があって、それは統計的にもある程度正しいのですが、古谷に関してはそれが当てはまらない。なので右バッターを並べるというオリックスの選手起用はよくなかった。それがオリックスの敗因のひとつでしょうね。
     あと、今日の試合をセイバーメトリクス的な観点からみていて良いと思ったのが、ロッテが角中(勝也)を2番に置いているということでした。日本野球ではとかく2番に出塁率がいいわけではないけども、バントは上手いという選手を置きがちですが、序盤のノーアウト1塁で送りバントをするのって統計的には悪手なんですよ。
     角中は以前首位打者を取っていて非常にシュアなバッティングをするバッターですが、彼を3番ではなく2番に置く。同じようにヤクルトでは川端慎吾(かわばた・しんご)という3番を打っていてもおかしくない打者を2番に置いていましたよね。こういったことは非常に良い傾向だと思います(その後、川端はセ・リーグ首位打者のタイトルを獲得、所属するヤクルトはセ・リーグを制覇した)。
    藤川 「2番は送りバント」っていうのはだいぶ廃れつつあるんじゃないですか?
    鳥越 いえ、たとえば今年のソフトバンクはまだ2番は打力のそこまで高くない選手を起用しています。ただソフトバンクには圧倒的な戦力がありますから、2番の起用に関しては相手チームにハンデを与えているものと思ってみています(笑)。本来なら柳田(悠岐)のような強打者を2番に置いたほうが得点はもっと増えますよ。(注釈:ただ2番に起用される選手の守備力はリーグ随一なので、そういう意味では必要不可欠な選手です、ただ打順が……。)
    藤川 おそらくデータを見ずにただグラウンドで見ていたら今日の試合も、「ロッテが逆転して逃げ切った」というストーリーにしかならないんですけど、データがあることによってどこにドラマがあるのかがわかるから、より深く楽しめるんですよね。
    鳥越 野球って「左ピッチャーには右バッターを当てろ」みたいなステレオタイプがたくさんあるんですけど、そういう「思い込み」に惑わされないようになるというのが、データで野球を観ることの面白さのひとつですね。
    ――藤川先生は教育学者として「エンタテインメントの方法論をどう教育に生かすか」や、メディアリテラシー教育について発言していらっしゃいますが、メディア論的な視点からみて今日の観戦講座の試みをどう感じましたか?
    藤川 鳥越先生の解説で面白かったのは、オリックスのヘルマンというバッターが左中間に打つ確率が高いというのと、守るロッテ外野陣の荻野・岡田・清田の守備範囲がすごく広いので、そのせめぎあいが見どころとおっしゃっていたところ、ヘルマンが本当に左中間にツーベースを打ったんですよね。もしテレビで見ていてそういう解説があったとしても、テレビはピッチャーとバッターを主に映すから、外野陣の守備位置までは見ることができないじゃないですか。その意味で、球場全体を見渡すことのできる視点から解説を聞くことの面白さを感じましたね。
    ――「予言を当てる」といえばジャイアンツ戦での江川解説なんかがありますけど、江川の場合は経験知とカンに基づいた「神がかり」のようなものであるのに対し、鳥越先生の解説は統計的な根拠に基づいたものなのでより身近に感じることができますよね。
    藤川 やっぱりテレビの画面にとって野球場って広すぎるんですよね。これは球場などのいわゆる「大箱」でやるAKBのコンサートでも感じるんですけど、200人とかのメンバーがウロウロしていても、スクリーンの画面に映るのって1人2人なんですよ。常に99%の人が映っていない。たとえば、私の推しメン(村山彩希さん)はそこまで推されているわけでもないので会場のビジョンに映る機会も少なく、肉眼で探すのが大変なんです(笑)。
     サッカーなんかはテレビでもフィールド全体を映すので選手の位置はよくわかりますけど、野球はテレビ中継では投手と打者以外に球場で他の選手が何をやっているのかよくわからない。球場だったらネクストバッターズサークルで「次は誰が代打に出てきそうだ」とかわかるじゃないですか。その意味で、自分で見る場所を選べる現場観戦は非常に価値がありますね。
    鳥越 もしマスメディア的に野球を盛り上げるんだったら投手と打者の「一対一勝負」をクローズアップしてドラマ性を盛り上げていくことになるんですが、データは一対一勝負以外の様々な場面で使えるので、テレビだけだとどうしても解説できることが制限されてしまうというのはありますね。
    ――数年前から楽天や横浜DeNAのようなIT系球団を中心に主催試合をニコ生やSHOWROOMなどでネット中継していて、ネタコメントが流れたり、アナウンサーのフリーダムな実況が面白かったりして非常に人気があります。横浜の場合、1試合のニコ生視聴者は20万人以上になることもあるんですが、無料公開だから球場に来なくなるんじゃないかと思いきや、スタジアムへの来場者も右肩上がりなんですよね。
    藤川 やっぱりメディアとスポーツってすごく重要な関係があるわけですけど、まずメディアで見て現場に行きたくなって、現場で楽しんで行けないときはメディアで楽しむというかたちですよね。で、従来は現場に行くと解説を聞けなかったんですよ。やっぱり今の時代は本当に楽しみたければ自分でデータ見たりしながら人の話も聞いていたい。ところが今回は鳥越先生が全部その場で調べてくれて、しかもそれをリアルタイムで教えてくれるわけですからね。
    鳥越 昔は横浜スタジアムや神宮球場で球場内FM放送といって、案内されたFMの周波数に合わせると誰でもDJのトークを聞けるというものがあったんですが、「ラジオ聞きながらだと集中してしまってファールボールに気づかないから危険」という理由で廃止になってしまった。でも今回は2階席からだったからそこまでファールボールの危険性もなかったですね。
     球場にラジオを持ち込んで実況中継を聞きながらみるのもいいのですが、「第1球投げた!」という、映像を見ていない前提の細かな実況が煩わしく感じてしまったり、radikoで聞くと5秒のズレが生まれてしまったりするんですよね。
    藤川 球場でピッチャーが投げたのを見た5秒後に「ピッチャー投げた!」っていう実況が流れてくるのは許しがたいですね。
    鳥越 そういう意味では、エアサーブさんのイヤホンガイドによる実況解説は聴講されたみなさんにもストレスを感じさせることはなかったと思います。
    藤川 誰でも聞けるというかたちではなく、特定のゾーンの人だけが聞けるシートを設けるなどしてプレミア感を出したほうがいいですよね。
    ――いまIT系の球団を中心に、様々なプレミアを付けたシートを少し高い値段で売り出していますが、それが当初の予想以上に売れているようです。砂かぶり席(球場のファールゾーンに新たに客席を設置してより臨場感が楽しめるようになっている。来場者にはファールボールの危険に備えてヘルメットとグローブが貸与される)が代表的ですが、スタジアムの上の方の座席を改造してパーティーができるような席種も販売されています。普通なら「チケットを値上げしたら売れないだろう」と思うのですが、むしろ様々な付加価値を乗せて高く売ることで全体の売上は増える。そういうビジネスモデルのひとつとして考えてみてもいいかもしれないですね。

    ▲広島カープの本拠マツダスタジアムに設置された内野パーティーデッキ。
    http://www.carp.co.jp/ticket/zaseki/partyfloor.shtml#deck

    ▲横浜スタジアムに今年から新設された「ベースボールモニターBOXシート」。居酒屋のような席配置で友人たちと飲み会をしながら観戦できる。テーブル中央にはタブレットPCが設置されており、選手の成績やリプレイ、実況映像なども見ることが可能。
    https://www.baystars.co.jp/ticket/2015/regular/seat.php
    ――もうひとつ今日の観戦講座で感じたのが、「鳥越先生の今の解説面白かったよね」というように、一緒に来た人や隣の席の人とコミュニケーションするきっかけになるということなんです。
    鳥越 そういうエリアシートって今までになかったわけですから面白いですよね。その場に集まった人でも仲良くなれるでしょうし。ほんと、そういうシートを売り出して欲しいですね。一消費者として(笑)
     実は今、アプリ開発を考えているんです。どういうものかというとスマホで音声が聞けて、そこに文字情報を入力してもらってニコ生のコメントみたいに実況者側が拾っていくというものです。ただスマホだけだと入力が大変なんですけどね。
     こういうことは野球だけではなく色んなスポーツで試せると思っていて、もちろんサッカーもそうですし、大相撲なんかでできたら面白いはず。
    藤川 大相撲こそ、現場で解説があったらものすごく楽しいでしょうね。解説なしで見てると何が何だかわからない。現場にいたら間合いも長いですし、立ち合いで力士が何回立ったかとか、そういう情報もあったらいいですよね。
    鳥越 チケットの売り方にしても、いろいろとデータを活用すれば見えてくるものは多いはずです。そういう意味でオリックスは集客にデータ解析を使ってるんですよ。ファンクラブサイトに書き込まれる文字をデータマイニングして、「今はこの選手が注目されてる」ということを弾き出して、その選手のグッズを強化して売りだしたりしています。
     もともとオリックスは観客動員数が少ないチームだったんですが、女性ファンにアピールするために「オリ姫」企画なんかをやっていますよね。実は関西の女性野球ファンって母数が非常に多いんですよ。もちろん阪神ファンを中心にですが。で、阪神の試合が甲子園で開催されていない日にオリ姫企画をやると、阪神ファンの女性が「じゃあ今日は私、オリ姫になる」と言って来るんですよ。
    ――昔は関西といえば南海ホークスや近鉄バファローズがあったりして競合が多かったけれど、パ・リーグでは在阪球団がオリックスだけになったから関西の野球好きは「セは阪神、パはオリックス」がひとつのかたちになるという。近年プロ野球チームが地方展開していったことの副産物かもしれないですね。
    ■ 集団には「均質性」と「多様性」のバランスが必要
    ――ここからは今日のテーマでもある「データや統計学的手法を教育にどう応用するか」を伺っていきたいと思います。まず基本的なところを藤川先生にお聞きしたいのですが、現代の教育現場では先生が持っている生徒一人一人のデータというのはどういうものなんでしょうか?
    藤川 教師によるというところはあるんですが、基本的には文部科学省が策定した学習指導要領に基づいて、教師が「評価基準」を設けます。これは、「知識・理解ができているか」を測るというものがあり、それに加えて「関心・意欲・態度」や「思考・判断・表現」といったものが加わります。到達目標を時間や単元で決めていって、どの子が目標に到達しているか/していないかを評価するというやり方です。こうしたことは、教師はまず義務としてやらなければなりません。
     一方でユニークな指導をしている先生のなかには「意外な発見を書く」ということをやっている方もいます。子供を見ているときに、予想通りの発見や予想通りの気付きだったら別に記録しておかなくてもよいですよね。しかし、「おとなしいと思っていた子が意外なところでリーダーシップを発揮している」とか「普段はすごく自信を持っている子が逆に物怖じしてしまっている」とか、そういう姿を見つけたら書く。これはその子を発見的に見ていくために有効なんです。
     さきほど鳥越先生は「人は人を思い込みで見てしまう」とおっしゃっていましたが、人間は多様な側面を持っているものですし、そもそも小中学生ぐらいの時期って人間はめまぐるしく成長するんです。一番気をつけるべきなのは、教師が子供のことを第一印象で決めつけてしまって、そうではない姿を見ても見ぬふりをして指導にあまり活かさないということ。固定観念というのはスポーツにかぎらず教育においてもとても怖いものなんです。
    鳥越 教育の評価基準について僕が感じているのは、ある2つの評価基準があったらそれを単純に足して2で割るような発想をしてしまっているということです。でもそうではなく5〜6個の要素をベクトルと見て、それを5〜6角形のマトリクスにしてその面積の大きさで評価する、そういうやり方のほうがいいのではないか。
    藤川 多元的に評価するということですね。
    鳥越 それと、昔は評価って相対評価だったじゃないですか。平均を3として、そこからどれだけ離れているかで成績を判断する。でも今は絶対評価で、「ここまでできたら4」「これが完璧にできたら5」というように判断する。そうなるとみんなが4とか5を取ることが可能で、差別化が難しくなってくると思うんですが、いまの実際の教育現場ではどういうふうに運用しているんですか?
    藤川 実際は「みんなが5にはなる」というのはなかなかないですね。教師が評価基準をきちんと作らなければいけないというプレッシャーがあって、みんなが簡単に到達できるような目標ばかりを設定することはありません。現実には、「やっぱりこの子はちょっと無理だよな」という子もいる。だからみんなが一番上の評価を取るというふうにはなりにくいのが現実ですね。
    鳥越 なるほど、絶対評価が相対評価に近づいてしまっているわけですね。しかしそれも学校ごとに微妙に違うものになってしまう。そうなるとやはり、推薦入試などで活用可能な統一的な指標としては成り立ちづらくなっていきますよね。
    藤川 だから高校・大学では、内申点を入試で使うことは難しくなっていますね。
    鳥越 その意味で、かつて批判された偏差値って本当は公平なシステムだったんですよね。偏差値って実は統計学的に非常に素晴らしい発明で、平均が50でそこからどれだけ離れているかを一律に測ることができた。個人の主観抜きに、自分が相対的にどこにいるかを冷静に判断することが可能だったわけですから。
     でも、なぜか偏差値だけが一人歩きして、評価が高ければ人格的に評価できる、というようなことになって批判の対象になってしまった。僕は偏差値の良さを再評価してもいいんじゃないかとは思うんですよね。
    藤川 ただ、入試で学生を選ぶ側からすると、偏差値はどうしても一元的な評価になりやすいし、何度も繰り返しやったらブレがなくなっていく。それで上位だからって本当にいいのかということはずっとあります。言い換えると、入試についてはもう少し偶然性があってしかるべきという部分があるんですよ。
     これは言い方がなかなか難しいのですが、入学者選抜のような場合にも、スポーツぐらいの確率論的な見方を持ち込んでみてもいいのではないかということなんです。これは決して、「適当に選べばいい」というわけではありません。
     そもそも学校教育って個人で学ぶものではないので、ある程度の幅の多様性を確保しておきたい。基本的に学校でも企業でもそうですが、均質的すぎる集団は脆いもの。ある程度の質を担保しつつも、ちょっと違うタイプの人もいるぐらいのバランスが、集団での指導をしやすいんです。
    ――学ぶときの共同体というものを考えたとき、多様性があったほうが共同体全体の活性化につながるということですか?
    藤川 多様であればあるほどいいというわけでもないんです。あんまりにもみんながバラバラだと何も一緒にできないですけど、均質的過ぎると発想が貧困になったり、均質さゆえにお互いが潰しあったり、一人ひとりの良さが発揮されにくくなる。だから多様性と均質性のバランスをとるという意識がすごく大事だと思いますね。小学校の学級経営や中学校の部活指導もそうです。均質すぎると異質な人が排除されていじめられてしまうということもあるので、逆に異質な人を活かすように集団を作っていくというのが教育をしていく上では常に課題ですよね。
     決定論的に緻密な評価を行って集団の構成を決めるのではなく、確率論的なブレを担保しておくということ。スポーツというエンタテインメントにしても、どっちかが有利だから必ずその通りになるというのではなく、確率論的に結果が覆ることがあるのが面白いわけですよね。
    ■ ランダム指名はなぜ有効なのか――「偶然のチャンスをモノにする」ということ
    藤川 確率論ということでいえば、私はよく授業で「ランダム指名」をすることの有効性を言っています。どういうことかというと、先生から指名されたら、どんなにその課題が苦手であっても、他の子に助けてもらってもいいから全力で発表する。そのかわり、当たっていないときは自分のペースでゆっくりやってもいい。当たったときは集中してやって、そうでないときは無理せずというように、メリハリをつけるんですよ。たとえば算数の授業とかってどうしてもずっと活躍する子と、ずっと活躍しない子に分かれてしまう。そうなると先生はできそうな子にばっかり当てるんですよ。
    鳥越 50分で終わらせるという授業運営のことを考えるとどうしてもそうなってしまいますよね。
    藤川 でもそれでは、できない子はずっとできないままになってしまう。一方で、できない子にばっかり当ててしまうのも辛いわけですよ。
    ――「完全にランダムである」ということが重要なわけですよね。先生が、例えばあまりできない子に対して「これぐらいの簡単な問題だったらできるだろうな」という意図を持って指名するのもよいことではないと。
    藤川 やっぱり、先生の意図どおりに動かされていると思った瞬間、白けちゃう子はたくさんいます。そうではない運営をするというのが、授業技術的に大事なことなんですね。そういう意味で、ランダムで、時々自分が主役になる場が巡ってくることにすごく意味があるわけです。
     子供ってやっぱり突然目覚めることがあるんですよ。逆に言えばチャンスが来なければなかなか目覚めない。かといって毎回チャンスを与えられると辛く感じる。スポーツってよくそういうことがあるじゃないですか。たまたまチャンスを与えられたら偶然に打ってしまって、それで一皮むける、というような。

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  • 統計学者・鳥越規央インタビュー(後編)「ゲームデザインはポピュリズムとどう向き合うか――スポーツからAKBまで」 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.263 ☆

    2015-02-17 07:00  
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    統計学者・鳥越規央インタビュー(後編)「ゲームデザインはポピュリズムとどう向き合うか――スポーツからAKBまで」
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.2.17 vol.263
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    本日は、日本における「セイバーメトリクス」の第一人者、統計学者・鳥越規央さんへのインタビュー後編をお届けします。前編ではセイバーメトリクスの日本ローカライズ事情について語ってもらいましたが、今回はセイバーメトリクス的な思想を応用した先にある、普遍的な「ゲームデザイン」とマスメディア的公共性の関係について聞きました。
    前編はこちらのリンクから。
     
    ▼プロフィール
    鳥越規央(とりごえ・のりお)
    1969年生。現在の研究分野は数理統計学、セイバーメトリクス、スポーツ統計学。各メディアにて、確率や統計に関する監修を行う。著書に『勝てる野球の統計学――セイバーメトリクス』(岩波科学ライブラリー、2014年)、『本当は強い阪神タイガース: 戦力・戦略データ徹底分析』(ちくま新書、2013年)、『プロ野球のセオリー』(仁志敏久との共著、ベスト新書、2012年)などがある。
    Facebookページ
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    Twitter
    http://twitter.com/NorioTorigoe
     
     
    ■ゲームデザインはポピュリズムとどう向き合うか
    宇野 鳥越さんは48グループのペナントレースの設計にも関わられていますよね。セイバーメトリクスの歴史は、可視化できない、しにくいものをどんどん可視化、数値化していったことでその射程距離を伸ばして来た歴史だと思うのですが、ああいった主観的な評価がからむ演技や表現を評価するというのは、まだまだ難しいんでしょうか。
    鳥越 誰もが納得できる採点基準を作れるかという意味で大変難しいと言わざるを得ない。いい例がフィギュアスケートでしょう。昨年のソチオリンピックのフリーで浅田真央は6種類8回の3回転ジャンプを飛び、ファンのみならず世界のフィギュア関係者からも絶賛を受けたのですが、そんな彼女でも技術点は全体の2位。そのからくりはGOE(Grade of Execution)という各演技要素に対して、その技がきれいに決まったかどうかを審査員がプラス3からマイナス3までの幅で加減点するポイントにあります。技術点は基礎点とGOEで構成されていまして、難しい技を組み込めば基礎点は上がります。浅田の基礎点は全選手の中で最も高く、次に高い選手よりも5点以上差がついていました。ご存知のとおり、浅田はフリーをノーミスで演技を終えました。しかし浅田の12個ある演技要素に対するGOEでプラス1を超える評価は2つしかありませんでした。それに対し技術点1位の選手のGOEは11個。過去5人しか成功させたことないトリプルアクセルに果敢にチャレンジし、結果成功させても「それきれいじゃない」と判断されたら高得点が期待できないシステムなんです。このGOEがプラスに評価される基準ですが、正直ガイドラインには抽象的な表現が多く客観性があるとは言いづらい。
     さらに言えば、演技構成点(いわゆる芸術点)に関してはもう何が何やらです。だって選手ですらどうすれば高得点になるかわかってないようですし。
     先程宇野さんもおっしゃったように、私はAKB48グループのペナントレースの設計に携わりまして、AKBに関してどんなものが数値化できるかということに関して運営のみなさんと議論を重ねてきました。残念ながら諸事情があってペナントは中止となってしまいましたが、私の中ではAKBに限らず、アイドルを評価するための基準を作るために必要なデータって何だろうってことを常々考えていました。そこで提案なのですが、『朝までオタ討論!』で論客の皆さんに自分の知っている色んなデータを挙げてもらい、それについて議論してみたいと思っていまして。
     いま、『クイズいいセン行きまSHOW!』っていうボードゲームが巷で来ているらしいんですが、これはまず――例えば「48グループの卒業適正年齢は何歳?」っていうお題を出したとします。それに対して5人、もしくは7人の回答者に答えてもらい、その中央値をそのお題の適正とするという遊びです。
     平均値だと、各人のポイントにものすごく格差がある場合、その極端な数値に引っ張られるという特性があるので、感覚的にどうかな?と思うものが出てしまう場合があります。でも中央値ってそういうことが起きにくいので、この方が「代表値」として我々にしっくりくる値になることがあるんです。で、ゲームとしては、その中央値を出した人に100ポイントを与え、最大値と最小値の人はマイナス50ポイント。これをいろんなお題で何回か繰り返していって、ポイントが最も多い方がAKBマイスターの称号を得られるというルールにしてみる。そんな感じで「AKB48グループに関する事象の数値化」というのを、ゲーム性を織り込んで議論してみると面白いんじゃないかと思っています。
    宇野 情報技術の発展が生んだものの一つとして、コミュニケーションや「空気」といったこれまで数値化できなかったものの数値化が可能になったことが挙げられると思うんです。たとえばFacebookの「いいね!」数やTwitterのリツイート数だったり、トラフィック数だったりと色んなものが数値化されている。ああいった情報化以降に新しく生まれた数値を使うのも、セイバーメトリクス的な思想の延長線上の可能性としてあるんじゃないかと思うんです。
    鳥越 いわゆる「テキストマイニング」というものですね。Twitterとかウェブ上に流布してる大量のテキストデータから、情報を取り出していくわけですよね。ただ問題は、取り出した情報が、人気や実力にどれだけ寄与するものかを判断する術をどうするかってことですよね。天気予報を例に挙げれば、昔は気圧や風の変化といった地上で取れるデータで行っていたものが、今は衛星からの画像だったり、上空の気温だったりとさまざまなデータから推測していくわけです。テクノロジーが増えるごとに見るべきデータも増えていって、より予測性能が上がっていく。だから、どういうテクノロジーを開発すればより精度が高くなるのかを考えていかないといけない。
    宇野 この議論でいちばん出てきやすいのって、選挙制度だと思うんですよね。データをどう活用すれば、より民意に近いものを選挙結果に反映させることができるのか。でも、選挙制度を考えるときにこういったアプローチってあんまり聞かないですが、これはなぜなんでしょうか?
    鳥越 だって民意を反映させることによって、政権与党が不利になるような制度にしないでしょう(笑)。ドント式(日本の比例代表選挙で用いられている議席配分の方式)ですら大政党に有利なゲームデザインですし。
    宇野 つまり、民意を反映させようと思ったらもっと公平性のあるゲームデザインが可能なんだけど、それだと政権与党にとって不都合になりかねないという問題が大きいということですか。
    鳥越 いちばん良いのは、比例代表で自民党が18%取ったら、100議席の18%だから18議席を配分する、とやれば簡単ですけど、おそらくそれでは最大政党に不利ですよね。少数政党でも議席が獲得しやすくなりますし、今のように選挙のタイミングでの趨勢で議席が大きく動くようなことにはなりにくいですから。
    宇野 つまり今のやり方は、おそらくプレイヤーの側の充実感や納得感を優先して、現実的なフェアネスを犠牲にしているような仕組みになっている、と。
    鳥越 あとゲームデザインを考える上で、テレビの存在は非常に大きい。たとえば今年度のJリーグがまた2ステージ制に変わることになって、ファンの多くは「それはゲームデザインとして悪すぎるんじゃないか」と大反対している。でもJリーグ側が2ステージ制にこだわったのは、結局プロ野球のクライマックスシリーズが興行的に大成功しているからですね。
    ――クライマックスシリーズは12球団のうち6チームが出場できて、リーグ戦の3位でも日本一になれるという明らかにダメなゲームデザインですけど、興行としては上手くいっていますよね。
    鳥越 そう、Jリーグも2ステージ制にすれば、「チャンピオンシップ」でお客さんをたくさん集められるし、テレビの放映権料もしっかり入ってくる。リーグ戦だけだとどの試合で優勝が決まるかわからないけど、チャンピオンシップがあればそこで優勝が決まるので、テレビ的な注目を集めやすいわけです。
     テレビを意識するという意味では野球やサッカーだけでなく他の競技も同じ問題に直面していて、たとえば今のバレーボールは実はあんまり良いデザインではないんです。バレーボールってサーブを受ける側のほうが点数を取りやすい。だから昔はサーブ権を持っているチームがラリーに勝ったら一点というルール(=サイドアウト制)だったんですが、そうなると試合時間が4時間とかかかってテレビサイズに合わなくなってしまう。だから今のようにラリーポイント制(サーブ権の有無に関わらず、ラリーに勝ったチームに点数が入る)になったんです。
     でもそうなると、24対21ぐらいになった時に勝っているチームがサーブ権を持っていると、わざとサーブを外して24対22にしてからサーブを受けたほうが先に25点を取れる確率が高くなる。実際にラリーポイント制になった当初はそれをやっているチームが多かったですね。本当はサーブ側と受ける側で得点の重み付けを変えたりできたらいいんですが、そうなると別の問題も出てくるし、何よりわかりづらいルールになるでしょう。
     
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  • 統計学者・鳥越規央インタビュー(前編)「セイバーメトリクス以降の優雅?で感傷的?な日本野球」 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.259 ☆

    2015-02-10 07:00  
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    統計学者・鳥越規央インタビュー(前編)「セイバーメトリクス以降の優雅?で感傷的?な日本野球」
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.2.10 vol.259
    http://wakusei2nd.com



    いよいよ発売となった『PLANETS vol.9 東京2020 オルタナティブ・オリンピック・プロジェクト』。スポーツを情報化やテクノロジー以降の視点から考えたこの『P9』をさらにフォローアップすべく、日刊メルマガでも新たな切り口でスポーツ文化を考える記事をお届けします。
    今回は、映画『マネーボール』などでも脚光を浴びた「野球を統計で分析する」手法=「セイバーメトリクス」の歴史と現在について、日本における第一人者である統計学者・鳥越規央さんに聞きました。スポーツだけでなく、AKBのような文化興行や政治にまで射程を及ぼすセイバーメトリクス、その本当のポテンシャルとは――? 


    ※後編はこちらのリンクから。
     セイバーメトリクス――この聞き慣れない単語が徐々に広まり始めたきっかけは、やはりブラッド・ピット主演で映画化された『マネーボール』(2011年)だろう。米オークランド・アスレチックスの敏腕GM(ゼネラルマネージャー)として弱小球団を強豪に育て上げたビリー・ビーン。彼はそれまでのアナクロなスカウティングシステムを拒否し、徹底的なデータ活用(=セイバーメトリクス)によって、強豪球団から声のかかることのない一見実力のない選手たちを安価な給料で集め、アスレチックスを強いチームに育て上げていく。そのビリー・ビーンを描いたこの映画は、「弱者の一撃」という古典的なストーリーラインに加えて、脚本のアーロン・ソーキン(『ソーシャル・ネットワーク』他)らによる、人情話に重きを置きがちだったそれまでの野球映画と異なる冷徹な描き方が、野球好きのみならず映画ファンのあいだでも高く評価された。

    ▲『マネーボール』2011年/ブラッド・ピット(主演)ベネット・ミラー(監督)アーロン・ソーキン(脚本)他
     しかしこの「セイバーメトリクスによる革命」はアメリカに限ったものではなく、まさに「耐用年数を過ぎた戦後文化の象徴」たる日本のプロ野球にも2000年代以降導入され、それによって球界の勢力図も急速に塗り変わりつつある。
     今回は日本におけるセイバーメトリクスの第一人者で(実はAKBオタでもある)統計学者・鳥越規央先生をお招きし、セイバーメトリクスの歴史や日本におけるローカライズ、そして他分野への応用可能性についてお話を伺った。
    ▼プロフィール
    鳥越規央(とりごえ・のりお)
    1969年生。現在の研究分野は数理統計学、セイバーメトリクス、スポーツ統計学。各メディアにて、確率や統計に関する監修を行う。著書に『勝てる野球の統計学――セイバーメトリクス』(岩波科学ライブラリー、2014年)、『本当は強い阪神タイガース: 戦力・戦略データ徹底分析』(ちくま新書、2013年)、『プロ野球のセオリー』(仁志敏久との共著、ベスト新書、2012年)などがある。
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    ▲鳥越規央,データスタジアム野球事業部『勝てる野球の統計学――セイバーメトリクス』 (岩波科学ライブラリー、2014年)
    ◎聞き手・構成:中野慧
    ■オタクとインターネットがセイバーメトリクスを作り上げた
    ――「セイバーメトリクス」というものはこれまでのような打率や打点、投手なら勝利数や防御率のようなわかりやすい指標ではなく、「もっと細かく色んな数字を組み合わせることで、選手の能力をより精緻に数値化することができる」ということを打ち出し、それらのデータをもとに選手を集めチームを強くしようという手法ですよね。このセイバーメトリクスは、そもそもどのようにして生まれてきたんでしょうか。
    鳥越 もともと「データで野球を見る」という観戦文化はアメリカでも一部のマニアのあいだで昔からあったのですが、セイバーメトリクスそのものは、1970年代前半のビル・ジェームズという退役軍人が始祖であると言われています。彼は友達の靴屋でバイトをしながら野球を見ていて、もともと野球好きだからとデータを取っていった。そうしたら面白いことが分かってきて、それらをまとめて自費出版したんですね。
     最初は全然売れず、一説には75人しか購入しなかったといわれてます。ですが、これまでの野球のセオリーに反するような分析結果もデータから証明できるという面白さが、だんだんマニアの口コミで広がっていったんですね。版を重ねるに連れ、購読者も増えその結果、スポーツ・イラストレイテッドのライターの目に留り、1982年に出版社から販売されるとたちまちベストセラーになったのです。ただやはりというか、日本と同じようにアメリカでも「野球の素人がこんなこと言っても俺たちは騙されないぞ!」みたいな感じで現場ではなかなか受け入れられなかったようです。
     セイバーメトリクスが面白いのは、「思い込みを是正する」という部分です。たとえば、野球の世界だと「ノーアウト満塁は点数が入りにくい」というのがありまして。
    ――「大チャンスに見えるけど、実は得点するのが難しい」という野球界の定説ですよね。ノーアウト3塁やノーアウト2・3塁に比べると内野ゴロをホームでフォースアウト→一塁に転送でダブルプレーを取られやすいですとか、スクイズしても走者へのタッチでなくホームベースへの触塁だけでアウトにできるからとか、いろんな理由が言われていますよね。
    鳥越 でも、ノーアウト1塁、ワンナウト1・3塁、2アウト2塁……等々、状況別に整理したデータを見ると、得点が入る期待値が一番高いのってノーアウト満塁なんです。
     なぜ野球界で「ノーアウト満塁では点が入りにくい」という説が流布するかというと、一番点数が入りやすそうなチャンスであるにも関わらず、自分のひいきのチームがノーアウト満塁で無得点に終わったらそのショックが大きすぎて、実際は点が入ってる場面が多いにもかかわらず心の中で「ノーアウト満塁は点が入りにくい」という思い込みを形成してしまうからですね。
     セイバーメトリクスって、そういう「人間の思い込みを是正する」というのがテーマなんです。「思い込み」はプレイヤーの方にもあるようで、これはロッテのコーチから実際に聴いた話なのですが、自分はコントロールが悪いと思い込んでいる投手がいて、「いや、君の三振率とフォアボール率の比率(K/BB という指標)を見ると平均よりも高いんだから、自分でノーコンと決めつけることないよ」と諭したりできる。余計な悩みだったことがわかれば、選手自身も自分が本当に改善すべきポイントが見えてきますよね。
    ――なるほど。ちなみに、セイバーメトリクスの始祖であるビル・ジェームズや、その後この手法を発展させていったのってどういう人たちだったんですか? 『マネーボール』でも描かれていましたが、必ずしも元プレイヤーだったりするわけではないわけですよね。
    鳥越 それは「野球オタク」のみなさんですね。セイバーメトリクスの語源となったアメリカ野球学会(Society for American Baseball Researchのこと。頭文字を取った「SABR」をセイバーと発音する)というものがありまして、僕は2007年に参加したんですが、とにかく参加者すべて「オタク」臭を漂わせている人たちばかり。会場のロビーでは野球カードに興じる人達もいれば、オールドスタイルのユニフォームを身にまとう人もいたりで、まさに「野球版コミケ」ですよ。参加者の内訳ですが、いわゆるアナリストと言われる人は4割ぐらいで、あとは企業の社長だったりお医者さんだったり、作家さんだったり、本当に野球が大好きで趣味でデータ分析をしている人たちの集い、という感じでしたね。
     コンピュータやネット環境が発達したことによって、そういう人たちが自分なりの分析を発表できる時代になった。その分析を見て、さらにいろんな人たちが考えて改良を重ねていくわけです。
    ――ソフトウェア開発でいうならオープンソースのように、ボトムアップで作られていったんですね。
    鳥越 そういうことですね。例えばピッチャーの評価法に、DIPS(Defense Independent Pitching Statistics)という概念があります。これは「失点のピッチャーによる責任ってどこまでなんだろう?」ということを考えたときに、運とかチームの守備力といった「投手自身ではコントロールできない」部分の影響はできるだけ排除してあげたいと思うわけです。でも一方で、例えば「ホームラン打たれるのは投手の責任だよなぁ」とか、「フォアボールを与えたりするのは明らかにピッチャーの責任」とか「逆に三振を取るのはピッチャーの力量のみに依存する」といった考えから 「じゃあこの3つの指標だけでピッチャーを評価してみるのはどうか?」ということを誰かが提起するんです。この場合の「誰か」というのはボロス・マクラッケンという人なんですけど。そうすると、色んなセイバーメトリシャンがそれに基づいて「自分はこう考える」といろんな意見を出し合って、一番理に適い、しかも計算が容易な指標が普及していくんですね。DIPSの中で今一番普及しているのはトム・タンゴが提唱したFIP (Fielding Independent Pitching) という指標です。ちなみにこのFIPという指標は先発・中継ぎ・抑えも同様に評価できるので、今では主要な指標のひとつとなっています。
     さらには、野手も投手も究極的に同じ指標で評価することのできるWAR(Wins Abobe Replacemnt)が出てきたり、これまでセイバーメトリクスの中でメジャーな指標だったOPS(出塁率+長打率。打率などよりもより得点貢献への相関が高いとされる)よりもRC (Runs Created) や XR (eXtrapolated Runs) 、さらにはwOBA(Weighted On-Base Average)というように、どんどん新しい指標が提案されていくんですね。
    ――野球には「この選手は打率や打点とかではあんまりパッとした数字は出ていないけれど、なぜかいつも強いチームにいる」ということがよくありますよね。そういったかたちで、これまではっきりとした数字は出ていなかった「なんとなく」だったり「空気感」のような部分を、より細かな指標で可視化させるというのが、セイバーメトリクスの大きな意義ですよね。
    鳥越 その意味では最近、「運」というものを数値化しようという考え方が出てきています。選手本人の調子が悪くなくても、不運が重なって思うように成績を残せないことがよくありますが、たとえばバービップ(BABIP)という指標はその「運」「不運」を可視化しようというものです。
     投手が投げた球を打者に打たれて、それがフェアゾーンに飛んだとき(ホームランを除く)にそれがヒットになる確率って、ほとんどの投手で3割付近に収束するという理論があるんです。たとえば今季、ある投手の調子が悪いなと思ったときにBABIPを見たら3割5分だった、と。そうなると、その選手の調子が悪いというよりも、チームの守備がまずかったり、たまたま転がったところが悪かっただけである可能性が高いと考えられる。なので翌年は本来の数字に戻せるのではと推測する。逆に成績がよくてもBABIPが2割5分だったら運に助けられている部分が大きいから、次のシーズンは成績がよくないかもしれないと予想できる。
    ――そのセイバーメトリクスが一部のマニアだけでなく、アメリカで少しずつ世の中に広がり始めたきっかけってなんだったんでしょうか? やはりビリー・ビーンの登場が大きい……?
    鳥越 いや、大きなきっかけになったのは『ファンタジーベースボール』でしょうね。ビリー・ビーンがチーム編成にセイバーメトリクスを取り入れ始めたのは90年代前半以降ですが、ほぼ時を同じくして『ファンタジーベースボール』がネット上で爆発的に普及し始めました。
     『ファンタジーベースボール』というのは、オンラインゲームの一種で、サラリーキャップ(選手の総年俸額を制限すること)の中で自分たちの夢のチームを作るというものです。実際のメジャーリーガーを題材にしていまして、彼らの現実世界での活躍がゲームでの加点対象になるのです。サラリーキャップですからオールスター級の選手を集められるわけじゃないですよね。だから実際の成績を見て、コストが安いけど良い成績を残している選手を集めていく。これはまさにビリー・ビーンのやっていることと同じですね。プレイヤーがデータを見て年俸の安い若手を雇った結果、その選手が実際に活躍してチームに大きなポイントをもたらしたとき、プレイヤー冥利につきるのでしょうね。
    ■パ・リーグを中心にセイバーメトリクスが普及した2000年代
    ――セイバーメトリクスの日本での受容についても伺っていきたいのですが、そもそも「野球にデータを導入する」という意味では、日本では90年代ヤクルト・野村克也監督の「ID野球」もありましたよね。鳥越さんの著書では、要するにID野球というのは野村監督の経験知に負う部分をデータ化・定式化していたものだったという分析も書かれていました。そうなるとID野球とセイバーメトリクスはまったく別物ということなんでしょうか?
    鳥越 セイバーメトリクスのスタート地点では対極にあるものだったと考えています。僕は「ミクロの視点」と「マクロの視点」というふうに整理していますが、ミクロの視点で「次のノーアウト1,2塁でボールカウント2-1で、ここからはこう投げたらいい」という一瞬一瞬の判断をする際に、野村ID野球の経験知が使えるんだと思います。ですがセイバーメトリクスはミクロな判断というよりは、「この選手は科学的に見るとこういう成績だったから、この人の評価はこうですよ」というマクロな視点を与えるものなんです。
    ――なるほど。では、アメリカ流のセイバーメトリクスが日本で本格的に受容され始めたのは、いつぐらいなんでしょうか。
    鳥越 一番最初に導入したと言われているのは、ロッテの監督を二度にわたり務めたボビー・バレンタインですね。もともとテキサス・レンジャーズで監督をやっていた方なので当然、セイバーメトリクス的考え方を身につけていたわけです。彼が最初に日本に来たのは1995年ですが、ポール・プポという統計の専門家をフロントに招聘して積極的にデータの活用を推し進めた。それで万年Bクラスだったロッテをいきなり2位に押し上げ、ファンのあいだでも大変支持されていたんですが、残念ながら彼のやり方は当時のフロントやコーチ陣に受け入れられなかった。やっぱり「俺たちの意見よりもデータを見るのか!」と反発する人が多いわけです。
    ――日本のプロ野球全体が、職人芸のようなスカウティングを頼りにしていた時代ですよね。
    鳥越 やっぱり「職人さんの粋な腕を評価する」という文化が日本にはあるわけですね。しかしその後約10年間、ロッテはBクラスに沈んだため、ファンは余計にバレンタインの復帰を待望するようになっていったのです。
    ――そのバレンタインがロッテの監督に復帰したのは2004年で、1期目と2期目には約10年の間がありますよね。ちょうどこの時期はビリー・ビーンの手法がメジャーでかなり注目され始めた時期だと思うのですが、その間にセイバーメトリクスを導入していった日本の球団ってあるんでしょうか?
    鳥越 ボビーが戻ってくるのと同時期、2004年に日本ハムファイターズが東京から北海道に本拠を移したのですが、それを機に、2005年頃に導入しています。デトロイト・タイガースのGM補佐から、阪神の総務部次長へと歴任された吉村浩さんをヘッドハンティングしたんですね。彼はセイバーメトリクスの知識を持っていて、1億円かけてBOS(Baseball Operation System)というシステム作り、それを基にフロント主体でチーム作りをやっていくことになったんです。
     一方で同じ頃ロッテに復帰したボビーは、パ・リーグの予告先発制度を活用して、相手の先発投手に相性のよい打者を選んで毎試合打順を組むという大胆なことをやって、前の日4番だった里崎が次の日にはスタメン落ち,その翌日は9番だったりするもんだから「猫の目打線」なんて呼ばれていたりしましたね。結局2005年シーズンはロッテがパ・リーグのチーム得点1位の攻撃力でクライマックス・シリーズを勝ち抜き優勝、阪神との日本シリーズは4勝0敗の圧勝で日本一になったわけです。そのシリーズでの両チームの総得点33−4は、いまでもネット上で大差の例えとして使われていますよね。
    ――ロッテと日ハム以外に、セイバーメトリクスを導入していった球団ってどういうところがあるんですか?
    鳥越 今だと、楽天が2012年から導入していますね。8月から立花陽三さんという、元々ソロモン・ブラザーズ、ゴールドマン・サックス、メルリンチなどで証券マンをやってた人を球団社長に迎えたんですね。彼はまず「我々でもわかるように楽天の戦力を数値化しろ」と指令した。そのためにセイバーメトリクスの分析をしている会社と契約して、2012年のシーズンが終わったところで分析結果を見てみたら、田中将大投手を中心に投手陣は揃っていて十分戦えるが、打線の方は4番・5番が穴だということがわかった。そこで右の長距離砲に狙いを定めて調査したところ、スカウトがA.J(アンドリュー・ジョーンズ)とマギーをリストアップしてきた。そこで立花さんが自ら交渉に向かい中軸を埋めた。そして2013年、投打がうまく噛み合って日本一になったわけです。
     それからソフトバンクも日本IBM、クロスキャットとともに「χ援隊(かいえんたい)」と名付けられたデータ解析、レポート配信システムを構築しまして、スコアラーだけでなく、首脳陣や選手すべてに支給されたiphone、ipadにリアルタイムで分析したデータを配信、チーム内で共有できるようになりました。パ・リーグ優勝がかかった2014年10月2日の対オリックス戦で、10回裏1アウト満塁、一打決めればサヨナラ優勝という場面での松田がベンチ前でスタッフが手にしたデータを凝視しているシーンはちょっと感慨深いものがありましたね。
    ――パ・リーグを中心にセイバーメトリクスが普及して勢力図がどんどん書き換わっていったわけですね。しかしこれだけセイバーメトリクスが有名になってきているのに、セ・リーグのチームは導入していないんですか?
     
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