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記事 3件
  • 「僕も、焔モユルと一緒なんですよ」――ドラマ24『アオイホノオ』脚本・監督 福田雄一インタビュー ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.152 ☆

    2014-09-05 07:00  
    216pt

    「僕も、焔モユルと一緒なんですよ」
    ドラマ24『アオイホノオ』脚本・監督 福田雄一インタビュー
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2014.9.5 vol.152
    http://wakusei2nd.com


    初出:「TV Bros.」2014年7月19日号(東京ニュース通信社)掲載分を加筆・修正
    今日のほぼ惑は、現在大好評放送中、ドラマ24『アオイホノオ』の脚本・監督をつとめる、福田雄一さんのインタビューをお届けします。原作者・島本和彦さんを師と仰ぐ福田監督が語る、「島本メソッド」とは――?


    ▲ドラマ24『アオイホノオ』公式サイトはこちら作中に登場する、実在の作家名や作品名があまりに膨大すぎるために、映像化は困難だと言われていた島本和彦の自伝的青春漫画『アオイホノオ』が、テレビ東京の深夜ドラマ枠「ドラマ24」でドラマ化され、現在放送されている。ドラマ版『アオイホノオ』は1980年代初頭の大阪芸術大学を舞台に、漫画家を目指す焔モユルと、後にアニメ制作会社ガイナックスを立ち上げ、『新世紀エヴァンゲリオン』を手がけることになる庵野ヒデアキたち若きクリエイターの、蒼くて熱い青春時代を描いた作品だ。本作の脚本・監督を手がけるのは同放送枠で『勇者ヨシヒコ』シリーズを手がけた福田雄一。島本和彦を師匠と呼び、自身の作劇論を“島本メソッド”と呼ぶ福田雄一が『アオイホノオ』のドラマ化を手がけるというのは、これ以上にない最高のタッグだと言えよう。果たして、バラエティとドラマの垣根を超えて精力的に活躍する福田雄一は、師匠の傑作漫画『アオイホノオ』に、どのように立ち向かうのであろうか。
     
    ◎取材・文/成馬零一 
     
     
    ■テレビでやる以上、許可取りは必然だった。
     
    ――ドラマ化のお話は、いつ頃いただいたのですか。
    福田 ドラマ化は僕からの発案だったんです。元々、今年の7月クールに僕がこの枠(ドラマ24)で作品を作ることは決まっていて、さあ何をやろうかというときに、テレ東と電通のプロデューサーと食事をして、『アオイホノオ』をやりたいですと言ったんです。そうしたら、電通のプロデューサーの方もこの作品が好きだったらしく、すぐに意気投合してくれました。
    その電通の方は「島本(和彦)先生って難しそうだけど、原作権くれるかなあ」と心配していたんですけど、僕は島本先生のことを勝手に師匠と呼んでいて、映画『逆境ナイン』の脚本を担当して以来、懇意にさせていただいていたので、その場で先生に「ドラマ化させてください」とメールを送ったら5分後に「許す」と返ってきたんです(笑)。
    ――以前から『アオイホノオ』をドラマ化したいと考えていたのですか。
    福田 実は僕は『アオイホノオ』の連載を追って読んでいたわけではなかったんです。でも、ある後輩に面白いとオススメされて、だったら読んでみようと思ったんです。
    そのとき、ちょうど、『女子ーズ』のコスチュームデザインのお願いをするために、札幌にある島本先生の事務所に伺う用事があったので、「ちょっと貰っていっていいですか?」って、ちゃっかり単行本を貰ったんですよ(笑)。その日は東京までの最終便で帰る予定だったんですけど、たまたま大雪で飛行機が飛ばなかったんです。それでたまたま時間が空いたのでさっそく読み始めたらもう止まらなくなって。「今の島本和彦にこんなに面白いものが描けたのか!」と、久しぶりに漫画を読んで声を出して笑いましたね。
    ドラマ化の許可をもらえた後は、許可取りの準備に時間がかかるのがわかっていたから、一年くらいかけてじっくりと準備しました。
    ――許可取りが大変なのがわかっていたなら、作品内に登場する作家の名前や作品名を出さないで作るという選択肢もあったと思うのですが。
    福田 テレビでやる以上は作品名や実名は出していかないと、この作品の面白さの魔法が出ないと思ったので、許可が出るのであればやろうと考えました。なので、まずは掲載誌の「ゲッサン」担当編集の市原(武法)さんに相談に行きました。そうしたら、じつは僕らの前にも『アオイホノオ』の映像化を希望した方が何人か訪ねてきたことがあったらしくて。でも、許可取りが面倒だということに気づいて退散していく、ということが何度かあったそうです。だいたい、何回目かの打ち合わせを経て、許可取りの難しさに挫折して去っていったらしいんですけど、市原さんはその方たちに「監督が福田雄一なら原作権を渡す」と言っていたそうなんです。ありがたいことに、市原さんは同じ枠で作った『勇者ヨシヒコ』等の僕の作品を面白がって見てくれていて、だから僕が直接言いに来たのを喜んでくれたんですよ。
    それで、すぐにあだち充先生と高橋留美子先生に交渉してくれました。まず、このお二人の名前が劇中で出せないのであれば、作品の面白さは完全に失われてしまうと思ったんですよ。許可取りをはじめて思ったのですが、さすが、一時代を築いた作家の方たちは心が広いんです。「はい、どうぞ」って感じで面白がってくれたんですよ。
    ――小学館以外との交渉はどうだったんですか。
    福田 細かいことは言えないんですが、9割9分はクリアできました。たとえば、漫画家の矢野ケンタローさんが登場するのですが、島本先生に取材したところ、どうやら本当に『機動戦士ガンダム』のシャアの台詞を会話に織り交ぜる人だったらしくて、「あの“サムさ”は絶対に再現してほしい」って言われたんですよ。だったらドラマでは、「ガンダム」の劇中でシャアが登場する時の劇伴「颯爽たるシャア」がかかった方が絶対にいいので、その使用許可をサンライズにお願いするという感じで、一つ一つクリアしていきました。
    ――原作の『アオイホノオ』には、ギャグ漫画の要素もあるし、暗めの青春漫画でもあるし、80年代序盤という時代の記録でもあるわけですが、どの要素が一番、福田監督に響いたのでしょうか。
    福田 すべてですね。島本作品の魅力は、それらの要素のバランスがとれていることだと思うんですよ。僕は自分のドラマの方法論を“島本メソッド”と言っているのですが、たとえば『33分探偵』は、めちゃくちゃカッコイイ主人公が、ものすごくくだらないことを、ものすごく熱くシリアスに言う、ということなんです。これまでそういったことをドラマに取り入れた人は誰もいなくて、僕がずっとやりたかったことなんですよ。だから、いろんな要素が全部混ざっているので、どこをどうということではないんです。
    今回、焔モユルを演じている柳楽(優弥)くんは、とても苦労したと思うんです。焔は、とってもふざけたことを言っているんだけど、そこでおちゃらけるような演技をしてしまうと、全てが崩れてしまうんですよね。だから、ふざけた台詞をシリアスに言わないといけない。島本作品や僕の作品の面白さは、それを見た視聴者が「なんでこんなくだらないことをこんなにシリアスにやってるんだよ!」っていうツッコミの目線が持てることだと思うんです。
    ――シナリオを先に読ませて頂いたのですが、焔モユルと庵野ヒデアキの対立関係が原作以上に強調されていると思いました。
    福田 ドラマ版は、基本的にこの二人の対決モノにしています。庵野さんたちガイナックスのメンバーって、当時の島本先生に対する記憶はほとんどないんですよ。大学時代の二人は、実はほぼ関わっていないんですね。つまり、単純に相手にされてなかったと思うんです。庵野ヒデアキにしてみれば焔なんて眼中にないんだけど、焔は庵野の才能に対する嫉妬でいっぱいで、もがき苦しむわけです。
    ――脚本だと、すごく明確に描かれていますね。毎回、焔が「庵野めぇ~!」と、悔しがっている。
    福田 そういうところがないと主人公のうねりが作れなくて、ドラマにならないんですよね。これは島本先生の悪いところで、月刊で連載しているせいもあると思うんですけど、主人公の感情のラインの起伏が落ち込んだり、盛り上がったり、一話ごとにめちゃくちゃなんですよ。ドラマをつくるという面では、主人公の思いがあっちこっちにいって全然整理できていなさすぎるんです。だから、庵野に勝つんだということだけを、全11話のモチベーションにしました。
    ――脚本を読んだ時に、「こういう話だったんだ」って初めてわかったような気がしました。
    福田 それは島本先生からも言われましたね。原作よりドラマの脚本の方が面白いと原作者に言わせました(笑)。
    ――ご本人を前にして言うのも何ですが、原作の再解釈として、すごく上手い脚本だと思いました。
    福田 焔モユルの魅力は、喜怒哀楽を激しく出すところで、それを恥ずかしいことだと思っていないところだと思うんですよ。いまの若い人たちも含めて、みんな感情を激しく出すことをカッコ悪いと思っているんだけど、そこを出していこうよ、と柳楽君には言っています。
    結局、見ている側からすると、このドラマで一番気持ちがいいところは焔が感情を出してくるところなんですよね。だから、ドラマを盛り上げるためには焔をいじってくれる人が必要なんです。たとえば矢野ケンタローは、焔が落ち込んでいる時にわざわざ傷をえぐりにやってくるっていう、その役割しかないんですよ。あと、高橋っていう友達は、焔がジェラシーを感じるような情報を持ってきて、悔しいって言わせるんです(笑)。焔の喜怒哀楽を引き出すための登場人物の配置はうまくいったかな、と思います。
    ――恋愛の要素というか、トン子さんたち女性キャラクターの書き方も、原作とは違いますね。
    福田 トン子さんに関しては僕の解釈で、原作とはまったく違うゴールを用意しています。
    焔の女性に対する振る舞いの面白さは、「勝手な思い込み」にあると思うんですよ。「俺は恋愛のすべてをあだち充に学んだ!」という台詞があるのですが、焔は自分に近づいてくる女は、全員自分のことを好きだと思っている。そこの勘違いが、ものすごい形で最終回に向かっていくのですが、これは見てのお楽しみですね。
    ――ドラマ版のラストも絶妙な切り方ですよね。
     
  • 「電通常勝」と彼女は言った ――『指原の乱』 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.092 ☆

    2014-06-13 07:00  
    216pt

    「電通常勝」と彼女は言った
    ――『指原の乱』
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2014.6.13 vol.092
    http://wakusei2nd.com

    初出:「ダ・ヴィンチ」2014年6月号
    今朝の「ほぼ惑」は、ダ・ヴィンチの6月号に掲載された
    宇野による『指原の乱』への評論です。
    福田雄一と、そして指原莉乃が、日本のメディアを覆う
    「テレビ的なもの」に対して行った介入とは――?
    ▲『指原の乱』vol.1 DVD(2枚組)
     
     先日、天気が良かったので気分転換に散歩に出かけた。自宅のある高田馬場からまっすぐ南下して、新宿東口にさしかかったところで平日の昼間とは思えない人ごみに遭遇した。いったい何事かと僕は不審に思ったのだが、「32年間ありがとう」という横断幕を目にしてすべてに合点がいった。その日、31日は国民的お昼のバラエティ番組『笑っていいとも!』の最終回の日であり、そのとき東口のアルタ前はこれからはじまる最後の生放送の現場にかけつけたファンでごった返していたのだ。僕は、その瞬間まで『いいとも』が最終回を迎えることを完全に忘れていたのだ。
     そして、僕は、Twitterにアップロードする写真を撮り終えると満足して、その場をあっさりと離れて行った。僕は東口のヨドバシカメラで最近ハマっているドイツの動物フィギュア(シュライヒ)を買うつもりで、ゆっくり選んで打ち合わせの時間までに高田馬場に戻るにはここで無駄な時間を過ごすわけにはいかなかった。
     僕は32年間この『笑っていいとも!』という番組を一度も面白いと感じたことがなかった。他に好きなものがたくさんあったせいか、子どもの頃から相対的に芸能界に関心が薄く、『いいとも』のあの、お互いのキャラクターをいじりあう空間を少しも楽しむことができなかった。僕にとってそれはまるで隣のクラスの内輪ネタを延々と見せられているようで、酷く退屈な代物だった。どうしても「この人たちはどうして自分たちのローカルな人間関係が社会そのものであるかのように振る舞えるのだろうか」と疑問に思ってしまう。
     もちろん、今でこそ僕も僕なりにこの番組の持つユニークさとその洗練を理解してはいるつもりだ。教科書的な解説を加えれば、国内において消費社会の進行と同時に、「大きな物語」の失効が顕在化していった80年代はテレビや雑誌といった(当時の文化空間を牽引した)メディアが、ベタに物語を語ることではなくメタ的なアプローチによってメジャーシーンを形成していった時代だった。具体的には『おしん』的な高度成長期のイデオロギーの通用しない都市部のアーリーアダプターたちに対し、メディアの担い手たちは物語のレベルでは「相対主義という名の絶対主義」をもって(80年代的相対主義、面白主義を東京のギョーカイの掲げる絶対的な価値として)振りかざし、そして形式的にはそんな「東京のギョーカイ」が「楽屋を半分見せる」ことで送り手と受け手、ブラウン管の中と外の境界線を曖昧にすることでリアリティを担保していった。糸井重里が本来添え物に過ぎない雑誌の投稿欄を主戦場に変え、秋元康が番組内でそこに出演するアイドルのオーディションの経過を公開していった。そうすることで、本来東京のギョーカイに縁のない僕らも、そことつながっているように感じられたし、そして東京のギョーカイへの憧れも肥大していったのだ。それがこの時期に隆盛した「テレビ的なもの」の本質だ。
     こうした手法は「客いじり」と「楽屋落ち」を基本にその笑いを組み立てていった萩本欽一と、彼の手がけた70年代のバラエティに起源を持つという(大見崇晴『「テレビリアリティ」の時代』)。そして70年代に萩本が培った手法はその批判的継承者であるビッグ3によって80年代のテレビシーンを、ひいては文化空間の性格を決定づけるものに成長した。そしてその最大の成果が『いいとも』だったのは間違いないだろう。台本らしい台本が存在せず、ただ、無目的で漫然としたお喋りと茶番じみた余興が、毎日のお昼休みに披露される。それはほとんど「楽屋」そのものであり、そしてその「楽屋」を共有することでその観客と視聴者もまたタモリの「友達の輪」に入っているような錯覚を覚えることができた。相対主義という名の絶対主義が、ギョーカイの内輪受けのおしゃべりという非物語が疑似的な大きな物語として機能することで、この国のテレビ文化は隆盛してきたと言っていい。
     だとすると、『いいとも』が成立していたのは、テレビがその圧倒的な訴求力と、それを背景に80年代に形成し90年代を席巻したギョーカイ幻想があってのことだ、ということになる。どれだけ「楽屋を半分見せる」いや、「楽屋そのものを見せる」手法が卓越していても、その楽屋に憧れない人間=テレビ芸能人を人気者だと思わない人間には一文の価値もないのだ。そして、消費社会の進行と情報環境の変化は僕のように感じる人間を飛躍的に増やしていったのだと思う。こうして『いいとも』は過去のものになっていったのだろう。
     実際、インターネットの若者層の間では「テレビっぽい」という言葉が「サムい」と同義で使われはじめて久しい。メディアの多様化はテレビ=世間という等式を崩しつつあり、そこに胡坐をかいた番組作りが東京の業界人の内輪受け以上には映らなくなり始めているのだ。
     
     たぶん、僕が最終回以前に『いいとも』に触れたのは後にも先にも一回だけだったと思う。それは昨年のAKB総選挙で1位を獲得した指原莉乃が、その勝利スピーチのクライマックスを『いいとも』ネタで締めたことに対して、僕は苦言を呈したのだ。
      そう、僕はAKB48がテレビに近づいていくことを、あまりいいことだと思っていない。なぜならば、AKB48はテレビとは異なる方法で人を惹き付けることに成功したところにその本質があると考えているからだ。僕が『いいとも』に出てくる芸能人たちには何の思い入れも持つことができない一方で、AKB48を応援することはできるのもそのためだ。楽屋を半分見せられることくらいでは、そもそもかつてほど「東京」の「ギョーカイ」が輝いていない現代、もはや僕らは彼らに憧れることはできない。だから『いいとも』は終わった。しかし、たとえ「クラスで四~五番目に可愛い女子」の集まりでも(いや、だからこそ)総選挙で票を入れ、握手会の列にならんで直接話すことで自分たちもこのゲームに参加しているという実感が得られる。タモリの友達の輪には入れない(入りたいとも思えない)僕も、AKB48には確実に参加できる。だから同じローカルサークルの内輪話でも、「テレフォンショッキング」には興味を持てないが彼女たちのおしゃべりには興味を持つことができるのだ。
     だからこそ、指原が自らの『いいとも』レギュラーメンバーとしてのアイデンティティを訴える姿は、僕にはあまり気持ちのいいものではなかった。あたらしい方法でポピュラリティを獲得したAKB48がその力をテレビを席巻することに行使していくこと、そしてメンバーの多くがテレビを中心としたあの芸能界に、「友達の輪」に入ることを名誉に考えていることは今現在の、まだ更新され切っていない文化状況や、秋元康プロデューサーの出自を考えればある程度はやむを得ないことだと分かってはいたものの、どこか寂しいものがあった。
     あれからずっと、僕は相変わらず『いいとも』的なものが、「テレビ的な」ものが嫌いで、いまだにテレビ=世間だと思っている傲慢な業界人と鈍感な視聴者を軽蔑していて、そのくせテレビドラマと特撮とアニメと、そしてAKB48だけは大好きだった。「友達の輪」には入りたいと思わなかったけれど握手会の列には並んでいた。僕は深夜番組やコンサート会場で繰り広げられる彼女たちのおしゃべり──他愛もない身内いじりの連鎖──を眺めるたびに、ああ、『いいとも』のようだと思っていた。だからこうして観客との結び方さえ間違えなければ、『いいとも』的な手法は、「テレビ」的な手法はまだまだ有効なのだと確信していた。
     しかし今のテレビは良くも悪くも「テレビ的なもの」を捨てつつある。たとえば現代の視聴率競争の覇者であるテレビ朝日の情報バラエティ番組のことを考えてみよう。そこに存在するのはたとえば「ファミリーレストランの人気メニューベスト5」といった類いの、静的な情報が配置されているだけのものだ。要するにそれはGoogle検索ができない人のために、その数秒もかからない検索をテレビ局が代行し、公共の電波に乗せているのだと言える。そして現代のテレビは少なくとも商業的にはこれが「正解」なのは間違いない。テレビは、Googleを使えない人たちの補助輪に成り下がったのだ。
     あるいは同じテレビ朝日の物語系の番組群を考えてみよう──「刑事もの」「時代劇」「特撮」を得意とするテレビ朝日は、ここでは逆に徹底的に作り込まれた完全な「虚構」を提供することに注力している。要するに、同局は現実そのもの=情報バラエティ番組=データベースと、完全な虚構=ジャンルドラマ群=ファンタジーという二極化することで、視聴率を獲得していると言える。これはかつてのフジテレビのバラエティ番組が象徴する、「楽屋オチ」「内輪ウケ」を中核にした番組作り──送り手と受け手、業界と非業界、現実と虚構の境界線を曖昧にすることで独特の「テレビ的な」リアリティを確保するという「思想」の真逆だと言える。そしてこの「フジテレビの思想」はいま完全に敗北しつつあり、結果的に台頭した「テレビ朝日の手法」が勝利を手にしているのだ。そしてこの状況を見る限り、現代のテレビ朝日的なものこそがこれからの「テレビ」の基本線になっていく可能性が高い。
     では、そうならない可能性は本当にないのか、というのが今回の問いだ。はっきり言ってしまえば、かなり厳しい。しかし可能性はゼロではないと思う、というのが僕の回答だ。そして僕はそんな僅かな可能性を、それもかなり露悪的かつアクロバティックなかたちで示した番組についてここで論じようと思う。
     そしてその番組の主役を務めていたのは、皮肉にも、そしてまたしてもあの指原莉乃だった。
     昨年10月からはじまり、奇しくも『いいとも』と同じこの三月に終了したテレビ東京の深夜番組『指原の乱』は、圧倒的な破壊力をもって僕たちの前に登場した。指原莉乃が番組の企画者にして構成作家である福田雄一の前にひたすら夢を、いや、より正確には極めて即物的な欲望を語る。写真集を出したい、ラーメンをプロデュースしたい、映画を撮りたいetc…。そして指原は福田と実現に向けて動き出すのだが、しかし毎回その極めてテキトーな発想の前には無数の身も蓋もない現実が(特に資金面で)立ちはだかる。その結果、指原はひたすら番組を担当する大手広告代理店(電通)にゴネる。「なんとかしてくださいよ、電通さん」「常勝電通でしょ」「そこは電通さんで」と。 
  • "天然の革命児"が指原莉乃と切りひらくテレビの未来 福田雄一インタビュー ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.053 ☆

    2014-04-16 07:00  
    500pt

    "天然の革命児"が指原莉乃と切りひらくテレビの未来
    福田雄一インタビュー
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2014.4.15 vol.053
    http://wakusei2nd.com

    今朝の「ほぼ惑」に登場するのは、「勇者ヨシヒコ」シリーズ、『指原の乱』で有名な放送作家の福田雄一氏。"絶妙に失礼"な指原が可能にした『指原の乱』の面白さに始まり、現在のテレビをめぐる問題へと話は進みました。


    ▼プロフィール
    福田雄一(ふくだ・ゆういち)
    1968年生まれ。放送作家、演出家、映画監督。劇団ブラボーカンパニー座長。近年の作品は、バラエティ番組で『ピカルの定理』『いきなり黄金伝説』、DVDオリジナル作品で「THE3名様」シリーズ、テレビドラマで『33分探偵』『東京DOGS』「勇者ヨシヒコ」シリーズ、映画で『大洗にも星はふるなり』『HK/変態仮面』『俺はまだ本気出してないだけ』など。自身も出演し、演出も手がけるテレビ東京系『指原の乱』は、業界視聴率ナンバーワン番組と評判だ。5月30日には指原莉乃主演の監督作『薔薇色のブー子』が、初夏には桐谷美玲主演の監督作『女子ーズ』の劇場公開がそれぞれ控えている。
     
    ◎構成・稲垣知郎、稲田豊史
     
     
    ■福田雄一のさっしー観
     
    宇野 AKBファンには『指原の乱』(13年10月~14年3月)でおなじみの福田雄一さんですが、実は僕は福田さんがAKBに関わる以前に、インタビューさせてもらったことがあるんですよね。
    福田 あのときの宇野さんのインタビューは本当に気に入っているんです。引っ越ししたとき、妻に雑誌類を全部捨てられたんですけど、あれだけは残してもらいました(笑)。
    宇野 そう言ってもらえると嬉しいです(笑)。去年『AKBINGO!』で再会して、そしてまた『ヨシヒコ』あたりのことを聞きたいなって思っていたら『指原の乱』がもう面白くて仕方なくて……。もう福田雄一と指原莉乃のコンビもここまできたか、と。
    福田 彼女とは、『ミューズの鏡』(12年1~6月)の撮影初日に初めて会ったんです。そのときに何となくお芝居を付けてもらいながら一日一緒に過ごして、「ああ、この子で『裸足のピクニック』をやりたいって思ったんですよ。
     
    【編集部注】『裸足のピクニック』は矢口史靖監督の初監督映画作品。1993年公開。ある女子高生がどんどん不幸になっていく姿を描いたブラックコメディー。指原主演の『薔薇色のブー子』は本作の内容を彷彿とさせる。
     
    『裸足のピクニック』って、無表情で感情がよく分からない女の子がどんどん不幸に見舞われていく話じゃないですか。無表情で何考えているかわからないということは、よほど佇まいの面白さがないと、その子を中心に映画は回っていかない。で、さっしーって決して芝居が上手ではないですし、表情がうまく作れるわけでもないし、女優としてなんの取り柄もないけど、とにかく佇まいが非常に面白かったんですよ。ポッと立たせた時になんとなくほっとけない、つい見てしまう。それで『裸足のピクニック』がはまるなあと。
    宇野 当初さっしーとはどんなコミュニケーションを?
    福田 当時の僕は『勇者ヨシヒコ』で話題になったので、けっこう仕事の引き合いがある状況でした。でも指原は、僕の作品は1本も見たことないって言うし、そもそも俺のこと全然知らないって(笑)。
    宇野 さすが、さっしーですね。
    福田 でも、俺のこと知らないっていうのが逆に嬉しくなっちゃって。好きなんですって言われると背負うものがあるじゃないですか。好かれてるからがんばらなきゃとか。でも、知らないって言われるといい感じでスーって気を抜けるんですよ。これは楽しめるぞって。
    宇野 なるほど、これでいじり倒せるぞと(笑)。
    福田 あと、あいつが待ち時間にセットの隅に座って、ボーッと考えているのを見ると、いじりたくてしょうがなくなるんですよ。「そんなこと言わないでくださいよー」って困らせてやりたい。生意気なこと言うと、秋元さんもきっと同じ気持ちなんだと思います。その感じが麻薬みたいなもので、さっしーと離れられない(笑)。業界の方は、僕がずっと秋元さんにさっしーと組まされてるって思ってるかもしれないんですけど、すべてのドラマに僕のほうから呼んでいるのが紛れもない事実です。
    宇野 さっしーはもう「福田ファミリー」に入ってるんですね。ムロツヨシさんや山田孝之さんと同じで。
    福田 彼女の中ではそうなってないですけど(笑)。すごいのは、秋元さんやテレビ局や電通の方たちが集まって喋っているとき、その8割9割は指原の話なんですよ。アイツこんなこと言いやがったよ、ムカつくだろ、とか。秋元さんは「いい大人が集まって指原の話ばっかりするのムカつくから、別の話をしようぜ」って言うんだけど、必ず10分後には指原の話に戻ってて、3時間とか話してる(笑)。そんな女の子ってなかなかいないですよね。
    宇野 一昨年の8月に共著で出した『AKB48白熱論争』って、最初は総選挙の後の感想戦から始まっているので、さっしーのスキャンダルの前なんですよ。にもかかわらず、よしりんがさっしーのことを嫌いだっていうのがきっかけで、ずっとさっしーの話ばっかりしてるんですよ。その後、もう1回収録したんですけど、それまでの間に例の文春のスキャンダルがあって、また彼女の話。気がついたら俺たちはさっしーの話しかしていなかった。要するに、世界は指原さんを中心に動いてるんですよ(笑)。
     

    ▲「指原の乱」DVD-BOXは7月23日発売予定!
     
     
    ■『指原の乱』がネタにした「電通」と「テレビ」
     
    宇野 さっしーはその後、福田さんの監督作『俺はまだ本気出してないだけ』にも出演し、そしてレギュラー番組として『指原の乱』が生まれるわけですが、あれってすごく変な番組だと思うんですよ。あの企画はどうやって始まったんですか?
    福田 僕のドラマも映画も、発想の原点は基本的にはバラエティなので、やってないとすごく不安なんですが、そのとき僕が関わっていたのが『新堂本兄弟』だけだったんです。あれはトークバラエティなのでバラエティ脳を使うってとこまで行き着いていない。それで電通さんとかに、バラエティをやらせて欲しいってことをずっと言っていたんですよ。そうしたら、テレ東の深夜2時くらいだったら全然いいですよって言われて、『水曜どうでしょう』が真っ先に浮かびまして。それで、誰とやりたいかなって考えて出てきたのが、さっしーだったんです。
    宇野 福田さんの考える『水曜どうでしょう』の魅力はなんですか?
    福田 『水曜どうでしょう』の醍醐味って、大泉洋さんのとめどない文句だと思うんです。この前、大泉さんに直接聞いたんですけど、「俺は正論を言ってるだけなんだ。ただ立場が弱いだけなんだ。俺は常に正論を言う弱者なんだ!」って(笑)。それはすごく良い言葉で、指原にも当てはまる。彼女もずっと正論を言っているんですよ。なんでこうじゃないんだ!
    って。それをあの絶妙なブサイク面で言うから、面白い。それを秋元さんに言ったら「たしかにあいつがテレビで、ちょっとそこは電通さんでなんとかなんないですかね~って言ってたら面白いよね」って言ってくれたんです。
    宇野 電通(笑)。
    福田 じゃあ指原が電通っていうワードを口にできる番組って何だろうと考えたら、やっぱりあいつの絶妙な失礼を駆使して、業界のものすごく偉い人に食い込んでいって、自分の夢を叶える内容かなと。それでタイトルは『指原の乱』が一番良いだろうなと思ったわけです。
    宇野 『指原の乱』にはビックリしましたね。構造自体は昔の80年代から90年代にかけての、テレビに勢いがあった頃の「業界の裏側見せちゃいますよ」的なものなんだけど、こういうの、今はやらなくなってるじゃないですか。「裏側見せます」って言ったって所詮はテレビ、ネットでダダ漏れしている情報にはかなわないですし。
    でも、この番組ははっきり言って心ある若者からは嫌われている「テレビ」と「電通」を、アイドルがメタ的にいじり倒すことによって、8、90年代のときには触れられなかったものに触れてしまっている。言い換えると、テレビが最後のパンツを脱いでしまっている。だから、2013年に、テレビはここまで来てしまったんだなって思いましたよ。だって、どれだけオーディションの過程を見せても、女の子の涙を見せても、楽屋ネタや内輪ネタを見せても、「電通さん何とかしてくださいよ」って言葉はさすがに出ませんから(笑)。
    福田 電通は今まで絶対、表に出てこなかったフィクサーですからね。基本的に僕と指原が喋った部分の8割はカットされているんですけど、そこには電通へのおもしろすぎるメッセージがいっぱい含まれています。ちょっと具体的には言えないんですが(笑)。