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記事 4件
  • 日本アニメの歴史に高畑勲をどう位置づけるか――井上伸一郎×宇野常寛『かぐや姫の物語』(PLANETSアーカイブス)

    2018-04-09 07:00  
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    今朝のPLANETSアーカイブスは、高畑勲監督の訃報を受け、『かぐや姫の物語』をめぐる対談をお届けします。
    8年の製作期間を経て公開された同作。KADOKAWA代表取締役専務執行役員の井上伸一郎さんをお迎えし、高畑勲作品の日本アニメーション史における位置づけに迫りました。
    (初出:サイゾー14年3月号/構成:稲葉ほたて) 

     
    ▼作品紹介
     『かぐや姫の物語』
     監督/高畑勲 脚本/高畑勲・坂口理子 製作/氏家齊一郎 製作会社/スタジオジブリ 配給/東宝 公開/13年11月23日
     何不自由ない月世界に住みながら、地上の世界に憧れる姫は、ある日地上に落とされる。竹から育った〝タケノコ〟は優しい翁と媼に育てられ、幼なじみの少年・捨丸らと楽しく自然の中で遊び暮らすが、ある日京都に移り住むことになる。そこでの窮屈な生活や帝含む男たちの求婚に疲れた姫が、「ここから消えたい」と願ってしまったとき、月から迎えが来てしまうことを思い出す。 
    宇野 実は、そもそも僕が高畑勲作品に興味を持ったきっかけは、高校の頃、古本屋で偶然手に取った「アニメック」【1】で井上さんが書いた『赤毛のアン』【2】特集なんですよ。なので高畑勲について語る時は、ぜひ井上さんを呼びたいと思っていました。今日だけアニメライターに戻って、お話を聞かせていただきたいと思います。
    井上 緊張しますね(笑)。私が編集アルバイトで最初に担当した特集です。
     『かぐや姫の物語』の感想を話すと、すでにいろいろな人が言ってることですが、竹取物語の話から基本的に全く変えてなかったのがびっくりしました。キャッチコピーが「姫の犯した罪と罰。」でしょう。これまでの解釈にないものをいっぱい入れてくるのかと思ったら、5人の貴公子に課題を与える有名なエピソードも含め、そのまま素直にやってきた。だけど物語的にはちっとも古びた感じがしなかったのが、さらに驚きました。
    宇野 僕は実は、高畑さんの映画作品はリアルタイムで観た中では、そんなに好きなのがないんです。毎回出落ち感がある(笑)。もちろん、『火垂るの墓』【3】なんかは長崎で小学生の頃に反戦教育を受けた自分から見ても、どんな反戦ビデオの生映像よりも恐ろしさを訴える力があった。「アニメだからこそ描くことができる現実がある」という確信が高畑演出の本質だと僕はずっと思っています。
     でも、『おもひでぽろぽろ』【4】も『ホーホケキョ となりの山田くん』【5】も、作画演出的には最先端なことはよくわかるけど、表現力が高すぎるせいで演出コンセプトがすぐわかってしまい、「ああ、これがやりたかったのね」と思ってしまう。話も単に戦後市民派のテンプレートみたいな内容だし。本当は細かいところですごいことをやっているのだろうけど、なかなか伝わらないのがもったいない。
     でも、今回の『かぐや姫の物語』は、観てしまうとその圧倒的なすごさが細部まで伝わると思いました。井上さんがおっしゃるように完全に知ってる「竹取物語」なのに、絵だけでも飽きないし2時間ストーリーとして追える。ただ、最後の場面で、姫がなぜここに来たかを自分でセリフで言ってしまったのは、若干もったいなかったですね。世界の美しさとは何かという話は、作画演出力で十分に表現できているはずなんです。
    井上 この最後のシーンについて宇野さんに質問してみたいのですが、天界の、雲の上から来る人たちの恐ろしさというのは、見方によってはユートピアとはディストピアでもあり、心というか感受性をなくしたほうが人間は幸せになれると受け取れるでしょう。でも、猥雑で罪はいっぱいあるけれど、現世のほうが魅力的だよという話を高畑さんは作られたのかなと、私は大雑把な解釈をしたんですが。
    宇野 あのシーンで面白いのは、姫をあれだけ全力で描き滔々と演説もしてるのに、もしかしたら捨丸も含め誰一人として彼女の理解者がいないことだと思います。「何でそんなに地球にこだわるの?」と。
    井上 その孤独さはありますね。かつて地上に落ちた天人【6】だけがわずかにシンクロできるような感じなんでしょう。
    宇野 高畑さんには、表面には出さないけど抱えている「無常観」があると思うんです。例えば、宮崎駿さんのそういう毒の部分は言ってみればムスカ【7】で、彼には宮崎さんが抱える大衆憎悪や残酷性が出ている。高畑さんの場合、人間の心の機微や人の目から見た世界の美しさとかを丁寧に追うんだけど、その一方でものすごく突き放してる。今回の姫と捨丸のエピソードも、再会時に彼に家族がいるのは明らかに意図的ですよね。成就の可能性を完璧に潰した上で、あの飛行のシーンを描いている。
    井上 人間に対する見方が厳しい人ですよね。『火垂るの墓』でも、清太が死ぬのは結局、誰にも頼らなかったから。普通のアニメ作家は彼の行為を英雄的に称えるだろうけれど、それは間違いだ、罪だよと示す。そういう冷徹な現実の突きつけ方を常にしてくるのが高畑作品の怖さです。『平成狸合戦ぽんぽこ』【8】の狸も、ギャグ的に描かれてるのに死んじゃうしね。
    宇野 あのキャラクターであんなに普通に死ぬんだ、と思いますね。
    井上 あと絵の話をすると、鉛筆の描線をうまく取り込んで、なおかつ背景と一体化したことですね。こんな面倒なことは高畑さんしかやらない(笑)。絵的なチャレンジは、実は宮崎さんより高畑さんのほうがたくさんしているんです。宮崎さんはやっぱり自分の絵が動くのが好きなんですね。自分の絵の最高の動きを常に求めている人で、だから皆安心して観に行ける。
     『ぽんぽこ』は、ものすごくリアルな狸、マンガ・アニメ的ないわゆる半擬人化されたキャラクターの狸、さらにマンガっぽくなった谷岡ヤスジみたいな狸、と描き方が一瞬で変わっていくけど、それがちゃんと同じキャラに見える。ああいうことをわざわざやるのは、絵描き出身じゃない故のアニメに対する突き詰め方なんでしょうね。
    宇野 その「絵が違うのに同じキャラクターに見える」というのは、高畑さんを考える上で大きい問題だと思うんですよ。
     今回の「かぐや姫」でも皆が最初に驚くのは、タケノコがいつの間にか同じカットの中で成長してしまっている場面でしょう。僕はあれを観たときに、『赤毛のアン』の第37章「15歳の春」を思い出した。この回でアンの等身が変わるのだけど、観ている人にはまるでいつの間にか成長していたかのように見える演出の力があって、マリラと一緒に泣きたくなるんです。
     それは、大塚英志の言う「アトムの命題」問題を逆手にとったんだと思う。つまり、絵の記号性で同一性を担保しているマンガやアニメのキャラクターの身体は成長しないんだという観る側の無意識に訴えかけて、成長に伴う喪失感を描いた。そこには最初に言った、高畑演出の本質が現れていると思います。そういう点で、今作は高畑さんの自己解説的な部分があって、最後の集大成的な作品のような気がしてしまうんですよね。
    井上 いや、それは違うと思いますよ。過去のインタビュー等を読んでの推測ですが、高畑さんが最後に作りたいのは多分『平家物語』なんです。今回の作品も含め、それに向けた習作なんじゃないかな。
    宇野 なるほど、それは観てみたいですね。高畑さんは間違いなく永遠なんてないと思っている、まさに「無常観」の人ですから。
    『けいおん!』の源流もここに 高畑勲という孤高の存在
    宇野 これは伺ってみたかったのですが、高畑さんはアニメ史的にどう位置付けられるのでしょうか?■PLANETSチャンネルの月額会員になると…・入会月以降の記事を読むことができるようになります。・PLANETSチャンネルの生放送や動画アーカイブが視聴できます。
     
  • 2020年の挑戦 カルチャー・メタボリズムとしての“裏オリンピック” (安藝貴範×伊藤博之×井上伸一郎×夏野剛) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.254 ☆

    2015-02-03 07:00  
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    2020年の挑戦カルチャー・メタボリズムとしての“裏オリンピック”(安藝貴範×伊藤博之×井上伸一郎×夏野剛)
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.2.3 vol.254
    http://wakusei2nd.com


    いよいよ発売となった「PLANETS vol.9 東京2020 オルタナティブ・オリンピック・プロジェクト」。メルマガ先行配信の第3弾は、グッドスマイルカンパニー代表・安藝貴範さん、KADOKAWA代表取締役専務・井上伸一郎さん、クリプトン・フューチャー・メディア代表・伊藤博之さん、そして慶應義塾大学特別招聘教授の夏野剛さんをお招きした座談会です。サブカルチャー産業のキーパーソン4人が、「オリンピックの裏で開催されるサブカルチャーの祭典」計画についてとことんアイデアを出し合いました。
     
    体育祭としての東京オリンピックに対して、文化祭としての“裏オリンピック”はどうあるべきなのか。2020年までの間に、サブカルの担い手たちはどのように世代交代すべきなのか。その議論にうってつけの4人がここに集結した。
    「ねんどろいど」をはじめとしたフィギュアの制作・販売を行うグッドスマイルカンパニー代表取締役・安藝貴範氏。ゼロ年代の音楽業界に一石を投じた「初音ミク」の生みの親、クリプトン・フューチャー・メディア代表取締役・伊藤博之氏。出版人としてアニメやマンガと関わり続けてきたKADOKAWA代表取締役専務・井上伸一郎氏。「iモード」「おサイフケータイ」など数多くのサービスを立ち上げ、現在はKADOKAWA・DWANGO取締役などを務める夏野剛氏。現在の国内ポップカルチャーシーンを「実業家」の立場から牽引する4氏が描く青写真とは?
     
    ◉司会:宇野常寛
    ◉構成:稲葉ほたて
     
    ▼プロフィール
    安藝貴範〈あき・たかのり/写真左から2人目〉
    1971 年生まれ。グッドスマイルカンパニー代表取締役。01年創業。「ねんどろいど」をはじめとしたフィギュアや玩具などの企画・制作・販売業務ほか、近年は『ブラック★ロックシューター』『キルラキル』といったアニメーション作品への出資も行っている。GSC傘下にアニメ制作HD会社ウルトラスーパーピクチャーズ保有し、直下に4社のアニメ制作会社を持つ。
    伊藤博之〈いとう・ひろゆき/写真右から2人目〉
    1965年生まれ。クリプトン・フューチャー・メディア代表取締役。95年、世界のサウンドコンテンツを日本市場でライセンス販売する同社を北海道札幌市に設立。04年からヤマハの音声合成エンジン「VOCALOID」を搭載した音声合成ソフトの開発・発売をスタートする。07年8月、「VOCALOID2」を搭載した「初音ミク」を発売。2013年には藍綬褒章を受章した。
    井上伸一郎〈いのうえ・しんいちろう/写真中央〉
    1959年東京生まれ。株式会社KADOKAWA代表取締役専務。87年4月、ザテレビジョン入社。アニメ雑誌『月刊ニュータイプ』の創刊に副編集長として参加。以後、情報誌『ChouChou』、マンガ雑誌『月刊少年エース』などの創刊編集長などを歴任。07年1月、角川書店 代表取締役社長に就任。13年4月、角川グループホールディングス(現KADOKAWA)代表取締役専務に就任。
    夏野 剛〈なつの・たけし/写真右端〉
    1965年生まれ。慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特別招聘教授。KADOKAWA・DWANGO取締役。97年NTTドコモ入社、99年に「iモード」、その後「iアプリ」「デコメ」「キッズケータイ」「おサイフケータイ」などの多くのサービスを立ち上げる。05年執行役員、08年にドコモ退社。現在は慶應大学の特別招聘教授のほか、ドワンゴ他複数の取締役を兼任する。
     
    ▼これまでに配信した、関連インタビュー記事はこちら。
    ・アニメが世界を征服するために必要なのは〈デザイン〉の力――グッドスマイルカンパニー代表・安藝貴範インタビュー
    ・東洋の〈個人〉の在り方に根差したアートのかたちとは――?「初音ミクの生みの親」クリプトン・フューチャー・メディア伊藤博之インタビュー
    ・「Newtype」で振り返るオタク文化の30年、そして「2020年以降」の文化のゆくえ――KADOKAWA代表取締役専務・井上伸一郎インタビュー
     
     
    宇野 ここでは2020年の東京オリンピックを「表の体育祭」と位置づけ、そういう「リア充」たちの表の祭典に対抗して、どうせなら僕たち「非リア充」の裏の文化祭を東京で開催できないだろうかと思い、皆さんをお呼びしました(笑)。
    夏野 素晴らしいね。ちなみに私、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の参与なんです。だから裏とか言わずに、両方でやっちゃったらいいんじゃない。
    宇野 もちろん、「裏」とは言っていますが「表」の、つまり正規の文化プログラムに入り込めたらそれに越したことはないと考えています。ここで重要なのは、その気になれば僕ら民間の人間の手で、つまり「裏」で実現可能なプランを出せることですね。
     戦後のオタク系文化にはどこか現実とは遊離したことを主張して、遊離しているがゆえにロマンティックな価値がある、と考える傾向がある。これってたぶん戦後民主主義の間接的な影響で、理想は現実と遊離していなければならない、というイデオロギーが働いている結果です。だから被害者意識も強いし、何かを実現することに対してみんな臆病なところがある。しかし一方ではオタク系文化は科学の作るワクワクする未来へのあこがれを原動力にもしているのも確かです。だから、このタイミングで、僕たちの妄想や理想を現実にしていくことができたら、日本のサブカルチャー、特にオタク系文化は次のステージに行けるように思うんです。
    伊藤 そういう機会を用意するのは大事だと思いますね。お祭りがキッカケを与えて、みんなにパワーを提供することはあると思います。
    宇野 現実的な話をすると、会期中に東京にやってくる観光客が競技を観戦できるのは一瞬だけで、あとは街をぶらぶらしているわけですよ。そのときにサブカルチャー都市・東京を満喫してもらえればいいのでは、という発想が根底にはあります。
     
     
    街にサブカルチャーをインストールする
     
    宇野 まず考えられるのは、既存のイベントを誘致することです。例えば、2020年のオリンピック期間中(7月24日から8月9日)は東京ビッグサイトが使えないので、コミケが通常とは違った開催になるはず。それを中心に他のイベントを配置していくのは、一つのアイデアですね。例えば、ニコニコ超会議をやって、お盆にコミケをやって、その間にJapan Expoやアニメフェアがあるというように。ただ、そもそもの話として、湾岸の大きい箱がオリンピックに使われてしまうんですよ。
    伊藤 我々がやるべき「裏オリンピック」って、そもそも予算がない(笑)。だから、国家のようにどこで競技をやるかみたいなハードウェアから考えない方がいいと思います。要は、ハードウェアにいかに便乗して、ソフトウェアをインストールするか。だから、東京でやってもいいのだけど、そのときには「街を面白くする」とか「ホコ天を始める」とかみたいな発想がいいと思いますね。そうして、街に何かしらのソフトウェアをインストールして、残していくことが大事ですよ。
    夏野 その「街に日本のサブカルチャーをインストールする」という発想はいいですよ。
    安藝 徳島のマチ★アソビとか、札幌の雪祭りみたいな感じですね。
    夏野 実は、ドワンゴが池袋で歩行者天国をやろうと仕掛けてるんです。そうすれば、歩行者天国で常にコスプレができる。そういう広場が、いまの日本にはないんです。本当は、そういう機能を銀座だけじゃなくて、東京の各所に埋め込みたいんですよ。
     そう考えると、これを機会に日本の都市機能の中にサブカルチャーがビルドインできるんだね。オリンピックの期間だけで終わらせるのはもったいない。表のオリンピックは、その夏で終わりでいいよ。でも、この裏のオリンピックは、そこから日本が始まるようなものにしたい。例えば、駅ごとにキャラがお出迎えする機能を作って、ずっと東京のシンボリックなものにしちゃうとかね。そこから、日本が変わったということにしたいな。
    伊藤 つまり、東京オリンピックという国家的な行事に便乗して、アンダーグラウンドまでひっくるめた、趣味的なポップカルチャーのアイコンを都市に埋め込むわけですよね。
    井上 今、日本は2020年までのビジョンは見えますが、2021年以降が見えづらい。これを機に2021年以降に残るアイコンを作りたいですね。
    宇野 なるほど、東京という都市の「どこを」ハックして裏オリンピックを忍び込ませるかという話ですよね。たしかにそこは競技会場の少ない、旧市街を中心に考えたいです。
    夏野 あとは、寺と神社とかね。文化遺産ですから、これは使えますよ。KDDIは増上寺でプロジェクションマッピングをやっていたし、築地の本願寺でもコンサートをやってますからね。
    伊藤 去年の「TEDxTOKYO」の打ち上げが渋谷の神社でした。案外貸してくれるんですよ。
    安藝 去年、平安神宮で水樹奈々ちゃんがコンサートをやりましたからね。寺を見に来た観光客は嫌がるかもしれないけど。
    宇野 今流行っているスマホの位置ゲー『Ingress』をやっていると、いかに日本に寺社仏閣が多いかがわかるんですよ。もはや東京は、駅と寺社仏閣が延々と並んでいる街に見えるくらいです。
    夏野 そういう外国人向けガイドブックに載っていないところをネットワークで繋げばいいんじゃない。
    宇野 神社や寺社仏閣は狭いところも多いですし、コレクション性で勝負するのはいいですね。それこそ、全部周ることに意味があるとか、行ったぶんだけキャラクターが集まるとか。
    井上 44カ所を巡るとかね。
    夏野 最近は代替わりしていて、若い神主さんも多いんだよ。俺なんて最近、真言宗の若手の僧侶の勉強会に呼ばれて、ITの話を頼まれたからね。「こういう企画を通じて宗教を理解してくれればいい」くらいに考えてくれると思うな。しかも、神社の巫女なんて、サブカル的にはたまんないじゃない。
    伊藤 神社は暗くて、空間的にもいいですよね。
    安藝 プロジェクションマッピングができますね。ホログラムの映像が出てきても、おかしくない。
    伊藤 「リアルお化け屋敷」という感じです。
     
     
    「点」ではなく「線」で考える
     
    夏野 ニコニコ超会議くらいの大きなイベントでやっと十数万人の集客なのだけど、実は一日に公共交通機関を利用する人数となると、渋谷駅だけでも何十万人という数なんだよね。そう考えると、「点としてのイベント」みたいなものはメインにしなくていい気もする。むしろ、そんなことは勝手に興行側が考えればいいんであって、点と点を繋ぐ公共交通機関をハッキングできるように、政府に働きかけた方がいいんじゃないかな。
    安藝 外国や地方から東京に来る人は、タクシーを使わずに電車とバスで移動するのが楽しいとよく言いますね。「あそこにどれくらい早く、安く行けるのか」とか。クエストみたいに楽しめるわけです。
    井上 やはり、街とか道のような空間を大事にした方がよさそうですね。
    宇野 それはキーワードかもしれません。表のオリンピックはなんだかんだで「点」で考えているから、湾岸の大きな競技施設に集中するでしょう。でも、それに対して、この裏のオリンピックは通りや旧市街を中心に「線」で考えていく。
    夏野 であれば、意外とバスが面白いんじゃないかな。ラッピングが50万円くらいでできるんだよね。もう、この時期のラッピングは全て牛耳らせてもらって、サブカルをテーマにしちゃえばいい。
    宇野 位置情報を組み合わせると、重層的なゲームのようなものが作れるんじゃないですかね。5年後にはトレンドが過ぎている可能性もありますが、地図情報を上手く使ったゲームもあり得ますよね。
    夏野 都営バスは既にGPSで各車両の位置情報を公開してるんです。「次の停留所まであと何分」というのも公開していて、そこから類推するゲームもできると思う。壮大なスタンプラリーをやるのも面白いよ。しかも、山手線圏内でいうと、都営バスの本数が一番多いんですよ。オリンピックの主催は東京都なわけだから、話は早いですね。
    宇野 キャラクターと組み合わせれば、東京全体が巨大なゲームボードになるんじゃないですか。スカイツリーに行くと『妖怪ウォッチ』のジバニャンが出てくるとか、不忍池に行くと『ポケットモンスター』のゼニガメが出てくるとかね。東京の地理とキャラクターが連動するようなサービスは面白いと思います。そうなると、オリンピックのチケットを持っていないような、夏休みで単に暇なだけの小学生にとっても、東京が特別な空間に変わるわけです。
    安藝 キャラクターがついたバスが走っていて、それに乗れるのもいいね。電車は駅しか見えないけど、バスは街を観光できますから。
    宇野 実際、これから湾岸開発が進むとして、あそこは電車網がしょぼいので車メインの移動になるはずなんです。そうなると、2020年の街づくりで公共の車をどう使うかはテーマになります。僕らは東京を把握するとき、つい電車網で切ってしまいがちだけれども、自動車網で考えることでもう一つの東京像が見えてくるはずなんですよ。
    井上 でも、電車だって使えますよ。昔はプロ野球の球場を作ってそこに電鉄を通したものですが、今は街に人を運ぶためにキャラクターを利用しています。鉄道会社にもコンテンツホルダーにもメリットがあって、KADOKAWAの『ケロロ軍曹』なんかもずっと西武新宿線でやらせていただいています。
    夏野 地下鉄やJRの駅に行くと、各駅ごとに違うキャラがいて、そのフィギュアがドーンと並んでいるのとかも良くないですか? 僕は六本木ヒルズで66体のドラえもんを見たとき、なんとも言えないリアリティを感じたんです。あれは何かのヒントになるなと思いましたね。
    安藝 僕らは、すぐ都道府県とか擬人化しちゃいますからね。「足立区ちゃん」みたいな。
    井上 そこは、美少女でしょう(笑)。鉄娘や23区コレクションみたいなのもありますしね。駅の構内のベンチに誰かが座っていて……。
    伊藤 「本物の人間かな」と思って覗きこんだら、実は大きなフィギュアだったとかね(笑)。これはもう安藝さんのところで受注ですね(笑)。
    夏野 本気でやりたいですね。構想に4年かけて、1年前か2年前の開発でイケるでしょう。
     
     
    東京中心主義からの脱却
     
    夏野 ただね、この宇野さんの企画は面白いのだけど、警備の面で考えるとオリンピック期間中に裏文化祭をやるのは現実的に厳しいと思うんです。やはり開催の直前や直後とか、オリンピックとパラリンピックの間の期間を狙う方が妥当なんです。やっぱり期間中にぶつけるって、悪ノリしてる感じがあるじゃないですか。
    安藝 ゲリラっぽい印象はありますね。それに、この期間のホテルなんて、ほとんど確保できません。
    伊藤 もっと違うところでやればいいんじゃないですか。東京である必要はないでしょう。
     
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    ▼PLANETSの日刊メルマガ「ほぼ日刊惑星開発委員会」は2月も厳選された記事を多数配信予定です!(配信記事一覧は下記リンクから順次更新)
    http://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/201502

     
  • 「Newtype」で振り返るオタク文化の30年、そして「2020年以降」の文化のゆくえ――KADOKAWA代表取締役専務・井上伸一郎インタビュー☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.198 ☆

    2014-11-11 07:00  
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    「Newtype」で振り返るオタク文化の30年、そして「2020年以降」の文化のゆくえ――KADOKAWA代表取締役専務・井上伸一郎インタビュー
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2014.11.11 vol.198
    http://wakusei2nd.com


    これまで10回以上に渡ってお届けしてきた「PLANETS vol.9(特集:東京2020)」連続インタビューシリーズ。今回はなんと! 「Newtype」の創刊などに携わった伝説のアニメ雑誌編集者で、現在は株式会社KADOKAWA代表取締役専務を務める井上伸一郎さんにお話を伺ってきました。「PLANETS vol.9」の目玉企画のひとつである、オリンピックの裏で開催される文化祭=「2020年の夏休み計画」から、「Newtype」で振り返るオタクの30年史まで、盛り沢山でお届けします。
    ▼これまでにお届けしてきた「PLANETS vol.9(東京2020)」関連記事はこちらから。


    ▼プロフィール井上伸一郎(いのうえ・しんいちろう)
    株式会社KADOKAWA代表取締役専務。1959年東京生まれ。87年4月㈱ザテレビジョン入社。アニメ雑誌『月刊ニュータイプ』の創刊に副編集長として参加。以後、女性情報誌『Chou Chou』漫画雑誌
    『月刊少年エース』等の創刊編集長などを歴任。07年1月㈱角川書店 代表取締役社長に就任。13年4月㈱角川グループホールディングス(現 ㈱KADOKAWA)代表取締役専務に就任し現在に至る。
     
    ◎聞き手 : 宇野常寛/構成 : 有田シュン
     
     

    ■「2020年」は、今まで作ってきたものをうまく壊せる楽しい機会にしたい
     
    宇野 そもそも「裏オリンピック」の企画を思いついた時に真っ先に相談した相手が何を隠そう井上さんでした。そういった経緯もあり、井上さんには「PLANETS Vol.9」掲載予定の座談会に出席していただいていますが、今回はそちらを補足する形でお話を伺いたいと思います。まず、2020年のオリンピックは、正直に言ってコンテンツ業界が直接的にかかわるような性質のものではないと思うのですが、KADOKAWAという会社、そして井上さんとしてはどういうものとして捉えているのでしょうか。
    井上 これはすごく難しい話ですね(苦笑)。まず東京の歴史について振り返ると、関東大震災で一度大きく傷つき、東京大空襲でもう一回焼け野原になった後、昭和39年の東京オリンピックで再構築されたという経緯があります。また、当時オリンピックに向けて作られた都市の仕組みは、たとえば首都高のあり方なども含めて、いまだにまだ生き続けています。それに対して2020年の東京オリンピックは、オリンピックという大きなイベントを介して日本人の精神的な何かをリセットするというか、一度見つめ直してみるいい機会なのかなと思っています。「新しい国立競技場みたいな大きな建築物を作ってどうするんだ」と批判する声も上がっていますが、私としては設計図を見た時に「こんなでっかいものを作ってどうするんだ」と思いつつ、純粋にワクワクもしたんです。これが完成したら2020年に日本の状況が変わったという一つの象徴になるし、東京の風景自体もガラッと変わりますから。というのも、私個人としては怪獣映画が非常に好きなので……。
    宇野 ぜひ、そういうお話をお願いします(笑)。
    井上 私が最初に怪獣映画を見たのは幼稚園の頃なんですが、都市が破壊されるシーンがすごく面白かったんです。特に印象に残っているのが小学一年生の時に見た『大怪獣ガメラ』(1965)。クライマックスで、東京都心部の破壊シーンがあって、一度全てがまっさらになるという絵面がすごく好きでした。だからいまだに怪獣には山の中じゃなくて都市で戦ってほしいと思っているんです。別に破壊願望があるわけじゃないけど(笑)、どこかでいろんなものをリセットしたいという願望の表れだと思います。そんなわけで、2020年は今まで作ってきたものをうまく壊せる機会になればいいと思います。
    だから最初に宇野さんに話を聞いた時は非常に面白いなと思いました。その時点では体育祭に対するカウンターとしての文化祭みたいなもの、というイメージを持っていたのですが、その一方でオリンピックというのは単純に色々な人に東京へ来てもらうための装置でしかなくて、来てもらった以上は他の部分でも楽しんでほしいなと思いました。実際に競技を見ている時間なんて、せいぜい1日の中の3~4時間でしょう。だったら、それ以外の20時間をどう過ごしてもらうかを提案した方が、東京に来てくれた人にとっても楽しいはずです。来て楽しんでもらう以上は、今あるオタク文化をきちんと見て、触れて、あるいは持ち帰って広めてもらうという機会にぜひしたい。その準備を今から少しずつ始めたいなとも思っています。
    宇野 井上さんの最近のお仕事で印象的だったのが、2011年に東京国際アニメフェアに対抗してアニメコンテンツエキスポというイベントを企画したことです(震災の影響で開催は2012年に延期となった)。当時は都条例との絡みで大きな注目を集めましたが、僕があの時に思ったのは、コンテンツを持っている会社とファンコミュニティが呼吸を合わせたら、あれぐらいの短い準備期間でイベントができてしまうということなんです。その上で、ああいったかたちでオタク業界のファンがもっと集まることのできるイベントができるんじゃないかと思うんです。その一つにコミケがあるわけですが、ただ、もう図体が大きくなりすぎて自由度があまりなくなっているという現状があります。例えばもうちょっとカジュアルなアニメファンが集まれるようなイベントが、もう一つ二つあってもいいと思うんですよね。それは僕がアイドルが好きだから余計に思うんですけど、音楽産業はもう5~6年ぐらい前からイベント商売にシフトしていて、今や「ロッキング・オン」なんてほぼフェス運営会社になっている。アニメも今後ソフトビジネスが崩壊していく中で、どこかのタイミングでみんなで集まってお祭り的に消費する、という側面を作っていくことが大事なんじゃないでしょうか。
    井上 まったくその通りで、実はこの10月からKADOKAWAの中にアニメイベント専門の部署を新設したんです。そのイベントにはステージイベントと人が集まるイベントの二つがあって、とにかくライブ(生)をより充実させていこうという意図があります。さらにもう一つ、私の脳内では、まったく誰も見たことのないようなイベントというものをやれないかと考えています。まだどんなものかは言えないんですけど(笑)。
    宇野 え、本当ですか? ちょっとヒントをいただけませんか?
    井上 これを作ったら、まだ誰もやったことのない世界初のコンテンツになるだろうと思っています。 
  • 日本アニメの歴史に高畑勲をどう位置づけるか――井上伸一郎×宇野常寛『かぐや姫の物語』対談 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.031 ☆

    2014-03-17 07:00  
    216pt

    日本アニメの歴史に
    高畑勲をどう位置づけるか
    井上伸一郎×宇野常寛
    『かぐや姫の物語』対談
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2014.3.14 vol.030
    http://wakusei2nd.com


    ついに昨年11月、8年の製作期間を経て公開された高畑勲監督作品『かぐや姫の物語』。今回は、KADOKAWA代表取締役専務の井上伸一郎さんを迎えて、高畑勲の日本アニメーション史における位置づけに迫りました。
    初出:サイゾー14年3月号
     
    ▼プロフィール
    井上伸一郎(いのうえ・しんいちろう)[株式会社KADOKAWA代表取締役専務]
    1959年生まれ。大学在学中から「アニメック」の編集者として活動。87年にザテレビジョン社(当時)に入社。「月刊ニュータイプ」の創刊に参画、後に同誌編集長となる。07年角川書店社長就任、グループ再編により13年より現職。
     
    ◎構成:稲葉ほたて
     
     
    宇野 実は、そもそも僕が高畑勲作品に興味を持ったきっかけは、高校の頃、古本屋で偶然手に取った「アニメック」【1】で井上さんが書いた『赤毛のアン』【2】特集なんですよ。なので高畑勲について語る時は、ぜひ井上さんを呼びたいと思っていました。今日だけアニメライターに戻って、お話を聞かせていただきたいと思います。
    井上 緊張しますね(笑)。私が編集アルバイトで最初に担当した特集です。
     『かぐや姫の物語』の感想を話すと、すでにいろいろな人が言ってることですが、竹取物語の話から基本的に全く変えてなかったのがびっくりしました。キャッチコピーが「姫の犯した罪と罰。」でしょう。これまでの解釈にないものをいっぱい入れてくるのかと思ったら、5人の貴公子に課題を与える有名なエピソードも含め、そのまま素直にやってきた。だけど物語的にはちっとも古びた感じがしなかったのが、さらに驚きました。
    宇野 僕は実は、高畑さんの映画作品はリアルタイムで観た中では、そんなに好きなのがないんです。毎回出落ち感がある(笑)。もちろん、『火垂るの墓』【3】なんかは長崎で小学生の頃に反戦教育を受けた自分から見ても、どんな反戦ビデオの生映像よりも恐ろしさを訴える力があった。「アニメだからこそ描くことができる現実がある」という確信が高畑演出の本質だと僕はずっと思っています。
     でも、『おもひでぽろぽろ』【4】も『ホーホケキョ となりの山田くん』【5】も、作画演出的には最先端なことはよくわかるけど、表現力が高すぎるせいで演出コンセプトがすぐわかってしまい、「ああ、これがやりたかったのね」と思ってしまう。話も単に戦後市民派のテンプレートみたいな内容だし。本当は細かいところですごいことをやっているのだろうけど、なかなか伝わらないのがもったいない。
     でも、今回の『かぐや姫の物語』は、観てしまうとその圧倒的なすごさが細部まで伝わると思いました。井上さんがおっしゃるように完全に知ってる「竹取物語」なのに、絵だけでも飽きないし2時間ストーリーとして追える。ただ、最後の場面で、姫がなぜここに来たかを自分でセリフで言ってしまったのは、若干もったいなかったですね。世界の美しさとは何かという話は、作画演出力で十分に表現できているはずなんです。
    井上 この最後のシーンについて宇野さんに質問してみたいのですが、天界の、雲の上から来る人たちの恐ろしさというのは、見方によってはユートピアとはディストピアでもあり、心というか感受性をなくしたほうが人間は幸せになれると受け取れるでしょう。でも、猥雑で罪はいっぱいあるけれど、現世のほうが魅力的だよという話を高畑さんは作られたのかなと、私は大雑把な解釈をしたんですが。
    宇野 あのシーンで面白いのは、姫をあれだけ全力で描き滔々と演説もしてるのに、もしかしたら捨丸も含め誰一人として彼女の理解者がいないことだと思います。「何でそんなに地球にこだわるの?」と。
    井上 その孤独さはありますね。かつて地上に落ちた天人【6】だけがわずかにシンクロできるような感じなんでしょう。
    宇野 高畑さんには、表面には出さないけど抱えている「無常観」があると思うんです。例えば、宮崎駿さんのそういう毒の部分は言ってみればムスカ【7】で、彼には宮崎さんが抱える大衆憎悪や残酷性が出ている。高畑さんの場合、人間の心の機微や人の目から見た世界の美しさとかを丁寧に追うんだけど、その一方でものすごく突き放してる。今回の姫と捨丸のエピソードも、再会時に彼に家族がいるのは明らかに意図的ですよね。成就の可能性を完璧に潰した上で、あの飛行のシーンを描いている。
    井上 人間に対する見方が厳しい人ですよね。『火垂るの墓』でも、清太が死ぬのは結局、誰にも頼らなかったから。普通のアニメ作家は彼の行為を英雄的に称えるだろうけれど、それは間違いだ、罪だよと示す。そういう冷徹な現実の突きつけ方を常にしてくるのが高畑作品の怖さです。『平成狸合戦ぽんぽこ』【8】の狸も、ギャグ的に描かれてるのに死んじゃうしね。
    宇野 あのキャラクターであんなに普通に死ぬんだ、と思いますね。
    井上 あと絵の話をすると、鉛筆の描線をうまく取り込んで、なおかつ背景と一体化したことですね。こんな面倒なことは高畑さんしかやらない(笑)。絵的なチャレンジは、実は宮崎さんより高畑さんのほうがたくさんしているんです。宮崎さんはやっぱり自分の絵が動くのが好きなんですね。自分の絵の最高の動きを常に求めている人で、だから皆安心して観に行ける。
     『ぽんぽこ』は、ものすごくリアルな狸、マンガ・アニメ的ないわゆる半擬人化されたキャラクターの狸、さらにマンガっぽくなった谷岡ヤスジみたいな狸、と描き方が一瞬で変わっていくけど、それがちゃんと同じキャラに見える。ああいうことをわざわざやるのは、絵描き出身じゃない故のアニメに対する突き詰め方なんでしょうね。
    宇野 その「絵が違うのに同じキャラクターに見える」というのは、高畑さんを考える上で大きい問題だと思うんですよ。
     今回の「かぐや姫」でも皆が最初に驚くのは、タケノコがいつの間にか同じカットの中で成長してしまっている場面でしょう。僕はあれを観たときに、『赤毛のアン』の第37章「15歳の春」を思い出した。この回でアンの等身が変わるのだけど、観ている人にはまるでいつの間にか成長していたかのように見える演出の力があって、マリラと一緒に泣きたくなるんです。
     それは、大塚英志の言う「アトムの命題」問題を逆手にとったんだと思う。つまり、絵の記号性で同一性を担保しているマンガやアニメのキャラクターの身体は成長しないんだという観る側の無意識に訴えかけて、成長に伴う喪失感を描いた。そこには最初に言った、高畑演出の本質が現れていると思います。そういう点で、今作は高畑さんの自己解説的な部分があって、最後の集大成的な作品のような気がしてしまうんですよね。
    井上 いや、それは違うと思いますよ。過去のインタビュー等を読んでの推測ですが、高畑さんが最後に作りたいのは多分『平家物語』なんです。今回の作品も含め、それに向けた習作なんじゃないかな。
    宇野 なるほど、それは観てみたいですね。高畑さんは間違いなく永遠なんてないと思っている、まさに「無常観」の人ですから。
     
     
    ■『けいおん!』の源流もここに 高畑勲という孤高の存在
     
    宇野 これは伺ってみたかったのですが、高畑さんはアニメ史的にどう位置付けられるのでしょうか?