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記事 23件
  • 【インタビュー】坂本崇博「〈仕組み〉に乗っかり〈仕方〉を変える」後編

    2018-02-16 07:00  

    コクヨの社員として「働き方改革」をコンサルティングしている坂本崇博さんのインタビューの後編です。日本の企業の「働き方」を変えるためのさまざまな試みや、45歳での「社会的な死」と、その先にある第二の人生。さらに、実践的な「働き方改革」の方法、今あるリソースをフル活用する発想について伺いました。(構成:鈴木靖子)※この記事の前編はこちら。
    別の世界への想像力が自立を促す
    宇野 組織は変えられなくても、自分の「働き方改革」を始めようと考えている人は多いと思います。彼らに対するアドバイスや、上手くいくコツみたいなものはありますか? 
    坂本 基本的には、何でも試してみる精神が大事です。最初から成功させようと思うと萎縮するし、失敗したときはヘコみます。でも、お試しだと思えば、「このやり方では上手くできないという検証結果を発見できた」となる。つまり、失敗ではなくなるのです。  あとは、あまり大きなことから始めない。0から1はそう簡単に生み出せないので、ほかの人がやっていることを取り入れるところから始める。ただし、その中に少しだけ自分のエッセンスを加えるんです。例えば、私は会議や営業ノウハウ本を読んで、少し批判的に捉えて、その本を反面教師に「自分だったらこうする」という一人壁打ちをしています。だから、まず一度は本を読め、セミナーを聴きに行けという話でもありますが、その時常に「自分ならどう話すか、どうやるか」の視点で半分批判的に、つまりアウトプットを想定しながらインプットをすることが大事だと思います。
    宇野 お上は「働き方改革だ!」と旗を振っていますが、それに対して「実態とはかけ離れている」という現場からの批判の声もあります。そこについてはどうお考えですか?
    坂本 「今、流行っているから、とりあえず早く帰れ」というのは改革ではなくて「横並び」であり、それでは従来の働き方と同じです。現状の改革は、全てを一律的に解決しようとしていて、それを受けた従業員の働き方も一律的になってしまう。従業員一人ひとりに、もっと個性を持って動いて欲しいんです。個性を前面に出すことを好まない日本の文化の影響もあると思いますが……。  なぜ、私がそんなことを考えるようになったのかといえば、多分オタクだからです。これまで触れてきた虚構の数が違います。日本の現実社会にはない多様な個性や歴史、思想に触れてきました。現実とは違う世界に自分を置いたり、そのことで自分を客観視してきた経験がある。だから私は、日本人は全員オタクになればいいと思っているんです。どれだけ虚構に触れてきたか、子供の頃にそういう精神世界を持っていたかで、自分自身を確立できるかどうかが、ずいぶん違ってくる。
    宇野 この現実とは別の世界があると思えるか、思えないかですよね。
    坂本 最近「東京イノベーターズ」という異業種交流会を立ち上げたんです。企業内のイノベーターは独立してしまう人が多いんですが、大きな企業に所属しながら頑張っている人もいる。そういう人たちを集めて、「シリアル・イノベーターはなぜ育つのか」を考えていこうという会です。
     実際に社内で改革・新事業創造を進めたことのある10名ほどのメンバーがいて、定期的に「どんな環境でどんな経験をすればイノベーターは育つのか」をテーマにだべっています。面白いことに、メンバーの経歴を聞いてみると、大手メーカー勤務者の場合、6〜7割が労働組合の役員経験者なんですよ。大企業だと一般社員が会社経営に関わるシーンはほとんどありませんが、労働組合の役員になると労使協議会に呼ばれるので、若くても経営陣と話ができる。数字を見せられて会社の経営状態や他部署の状況を知ったり、組合というコミュニティに参加することで、自分の世界はひとつではないことを知る。そういう経験が何かを芽吹かせるんだと思います。  あと、3割の人が何らかの形で死を意識した経験があるんです。地震とか事故とかで。そういう人たちには「人生はめっけもの」「生きてさえいれば何でもできる」「生きているうちに何かやりたい」という感覚があるので、大胆にリスクを取れるのかもしれません。
    宇野 労働組合の役員経験というのは面白いですね。今の労働組合は形骸化していて、昔のようなバリバリの左翼はほとんど残っていませんよね。少額だけど手当が出るとか、たまたまバトンが回ってきたとか、その程度の動機で参加する人が多い。しかし、その機会が、結果的にライフスタイルデザインを自覚的に考えることを促しているわけですね。  今、30代以下の都心のホワイトカラーは、発想や考え方の面では新しいソフトウェアに更新されている人が多い。しかし、会社組織や官僚機構、社会的インフラといったハードウェアは古いままです。そして、彼らはスペック的には優秀であるにも関わらず、なかなか能力を発揮できずにくすぶっている。それは特に大企業に多い印象があって、彼らの中から「自分が変わろう」という人たちがたくさん出てくると面白くなると思います。
    坂本 宇野さんがおっしゃるように、仕組みはそう簡単には変わらないんです。長年の苦労によって、すぐには変化しない構造が作られてきたわけで、簡単に変わるようなら仕組みとはいえない。それは回り続ける巨大な鉄球のようなものです。だったら、その鉄球に乗っかってうまくコントロールすればいい。私の働き方改革のポイントは「今、動いている仕組みに乗っかりなさい」ということです。乗っかるほうが、起動するためのパワーがいらない分、効率的なんですよ。
    宇野 坂本さんは徹底的にハックの思想ですよね。一方で、坂本さんたちの活動の最大の障害、働き方改革の一番の論点は、比喩的に言うと「会社に長く残っていたい人たち」がいることでしょう。会議とは名ばかりの取引先の悪口大会に時間を費やして、生産性は上がらないし問題は1ミリも解決していないんだけど、なんとなく絆が深まった気がする。そういった不毛な時間の使い方が好きな人たちが、この国には多い。これは、正しさの問題ではなくて欲望の問題なので、ここを変えることは難しいと思うんです。
    坂本 まさにそうで、会社に社会を求め過ぎているんですよ。取引先の愚痴なんて、居酒屋で町内会の人たちとしていればいいのに、そういったコミュニティを持っていないから、会社内でやらざるを得ないんです。会社という仕事の場なのに「私事」の部分が多いんだと思います。見方によってはワークとライフの融合と言えるのかもしれませんが、それが今は悪い方に働いていますよね。要は、サラリーマンの「生き様」をもう少し変えないといけないということです。
    45歳の「社会的な死」で第二の人生を生きる
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  • 【インタビュー】坂本崇博「〈仕組み〉に乗っかり〈仕方〉を変える」前編

    2018-02-15 07:00  

    老舗の文具・オフィス家具メーカー・コクヨの社員として、企業や自治体・学校などに「働き方改革」をコンサルティングしている坂本崇博さん。なぜ、一企業の社員が「働き方改革」に取り組むことになったのか。前編では、入社2年目にして新たな営業手法にチャレンジし、自身の残業時間を削減しながら営業成績もアップさせたという、坂本さんの「自分の働き方改革」についてお話を伺いしました。(構成:鈴木靖子)
    自分の働き方を改革した理由
    宇野 坂本さんは、所属されているコクヨ社内における働き方改革をはじめ、数多くの企業の「働き方改革」のコンサルティングを手がけられているわけですが、その「働き方改革」をはじめるきっかけがものすごくユニークだと思います。  まずはいち営業マンだったご自身の「働き方」を改革して、そのノウハウを応用して「働き方改革」のコンサルをするようになった、という経緯について改めてお伺いしたいのですが……。
    坂本 私がコクヨに入社したのは2001年です。コクヨを選んだ理由は、出身である関西から離れたくない、そして誰もが知っている会社で働くことで家族を安心させたいという点でした。そこで本社が大阪にあって、祖母と母が知っていそうな会社を中心にエントリーしていきました。しかも、「ご縁」を大事にしたいので、自分の生活で何か「恩」がある会社に入ると決めていた。そういう意味では、あまり「何をするか」については深い考えがない、「どの会社に入るか」というよくありがちな「就職」ではなく「就社」を目指している就活生でしたね。  まず面接に行ったのは東大阪の某食品メーカーでしたが、就活を始めたばかりの時期だったこともあって、面接では「就活性らしいきれいごと」ばかり並べてしまい、自分の想いや本音を何も話せずに落ちました。それで半分やさぐれて「この際、言いたいこと全部言おう」と心に決めました。そして、次に受けたのがコクヨだったんです。コクヨには「ロングランデスク」からキャンパスノート、さらには就活の履歴書までお世話になっていましたから、恩返しにはもってこいですし。そして当日、グループディスカッション形式だったのですが、何しろやさぐれているものですから、本音丸出しで好き放題に喋りまくって(笑)、「私 対 残りのメンバー」という構図が出来上がって、でも最後にまとめの発表を求められたときに私がすっと手を挙げて、さっきまで敵対していた他の人たちの意見をまとめて「今回の議論の結論はこうです!」と述べてドヤ顔してたら、その日のうちに連絡があり「内定」と言ってもらえて。これでますますコクヨに「恩」を感じるようになって、「コクヨで何か新しいことをやってコクヨの次なる成長に貢献してやろう」という気持ちになったんです。 当時のコクヨは、新たにオフィス通販事業をいくつか立ち上げていたタイミングでした。私の最初の仕事はそこでの営業でした。文具・オフィス家具のコクヨとしては、これまでのお客様からのリピートも多く、そのジャンルでのブランドも確立されていましたが、通販、つまりお客様にとっては「購買システム」をご提案して導入いただくという新しい事業ですので、営業のメインは新規開拓になります。そうすると、効率的にお客様にリーチし、価値を訴求しなければならない。そこでひらめいたのが「会いに行く営業」から「来てもらう営業」への働き方改革です。新規開拓の場合、いかに多くのお客様にリーチして価値訴求できるかが営業にとって勝負になるので、営業は必死に会う数を増やそうとしますが、1日に会えてもせいぜい4〜5人です。もちろん一度お会いするだけでは話は進みませんので、検討の俎上にあがるまで何度も通うことになります。すると、日中の時間は「お客様にお会いするための外出」に全て使ってしまい、事務処理や見積もり作業、ミーティングは残業時間でやることが普通になるわけです。この働き方を皆横並びでやっている以上、残業は減りませんし、他社との価値(生産高)の差は「活動量」の差ということになってしまい、生産性で差別化ができていないと感じていました。なにより、家の面倒も見られないし、撮り溜めている大好きなアニメも観られません(笑)。そこで、「逆にお客様に来ていただくことができたら、倍の人と会えるようになるんじゃないか?」と、セミナー形式でお客さまに来てもらうという営業スタイルを始めてみたんです。
    宇野 そのセミナーはどういう内容だったんですか? 
    坂本 当時のお客様は、会社の消耗品を購入する総務部や購買部の方だったんですが、消耗品というのは品種は多いし頻繁に補充が必要になるので、とりまとめ発注や経費実績管理などの手間が大変なんです。そこで会社として発注先や価格を一元管理できて、実績もデータ化できる購買システムを導入して、ユーザーが各自で発注する仕組みにすれば、大幅な時間短縮と厳密な購買管理の両立ができる。そういった説明を、消耗品購買業務改革セミナーといった形で提案させていただきました。購買業務の働き方改革です。
    宇野 自分の働き方改革を行うことで、定時に帰れるように仕事をハックしたんですね。 それで営業成績は上がったんですか?
    坂本 上がりました。時間も効率化できて、フレックスを活用して16時頃に帰ったりとか。朝のうちに漫画を読みふけってから出社したりもしていました。『最終兵器彼女』を号泣しながら一気に読んだ後で営業に行って、お客様から「何泣いてんの?」って言われたり(笑)。もちろん勉強もしました。セミナーでのプレゼン手法とかロジカルシンキングとか、大学のときもっと勉強しておけばよかったと後悔しながら。仕事に関する勉強をするなら仕事時間に会社が負担してやるべきだという方もいるかもれませんが、私にとっては余暇です。
     私のポリシーは、人とは違ったやり方をすることです。  たとえば、新入社員だった15年前に、個人のパソコンを会社に持ち込んで業務をしようとしました。今流行しつつあるBYOD(Bring your own device)ですね。もちろん怒られましたけど(笑)。じゃあPCの性能あげてくれと交渉材料にしました。
    宇野 15年前の時点でBYODは、かなり早いですね。
    坂本 あとは駅前や公園でプレゼンの練習をしたりもしましたね。ギターもって歌うのではなく、スーツ着てプレゼンするんです。TEDみたい。一応、足元に空き缶をおいて(笑)実はもともとはプレゼンは大の苦手で、人前に立つと震えが止まらない人間だったのですが、数をこなす中で、次第に余裕もでてきて、人に受けるプレゼンとはどういうものかを考えながら演じるようになっていきました。  ちょっと集団からはぐれたことをやって、それで空いた時間を、自分の好きなことに使うのが大好きだったんです。 と、いうかたちで「自分の営業活動の働き方改革」をやったわけですが、私個人の動機はというと、単に早く家に帰りたかったんです。家に帰って好きなアニメを見たかった。また、中二病なもので、誰もやっていない方法で何かをやって、「変わり者扱いをされる」ことが好きなんですね。小学生のころは毎日通学路を変えて探検しながら、たまに道に迷って遅刻したり、怪我もしていないのに腕に包帯巻いてみたり、黒歴史も豊富です(笑)。
    宇野 そういった自由なスタイルで仕事をすることに対して、同僚や上司からの反発はなかったんですか? 
    坂本 何よりありがたいことに、当時は入社して2年目でしたが、上司や先輩に「これをやりたい」と言うと「やってみれば?」という人たちだったんですよね。ある意味放任主義というか、営業も数回背中を見せてあとは「一人で行ってこい」みたいな。だから、自分なりのやり方がやりやすかった。逆に上司がメンターのような形で常に側にいたら、「こうやるんだよ」と教えられてその通りにやっていたでしょうし、新しいやり方を試すヒマがなかったと思います。そして、最初はセミナーを開催しても、なかなか人が来てくれませんでしたが、何人かの先輩営業が「これは面白い」と一緒にお客さんを呼んでくれて、だんだん大きくなっていきました。
    ビジネスモデルの提案から働き方改革の事業へ
    宇野 そこから、どうやって働き方改革のコンサル事業が生まれたのでしょうか?
    坂本 その後、大阪本社から東京の新規事業開発の部署に異動になりました。そこで企画して立上げたのが「ナレッジワークサポートサービス」というサービスです。これは、私自身の資料づくりへのこだわりがベースにあります。プレゼン資料や提案書の質は受注率を直接的に左右します。そのため、考え抜いて作り上げたノウハウを持っていたんですが、そのノウハウをお客様にご提供しようと思いついたんです。まずは私自身がコンサルとして、勝てる提案書作りを請け負ったりアドバイスすることをはじめ、さらにそのノウハウをマニュアル化していきました。そしてそのマニュアルをベースに人を育成し、私自身ではなく、コンシェルジュと呼ばれるメンバーがお客様のオフィスに常駐して資料作成をサポートするアウトソーシングサービスに展開していきます。これはウケましたね。社内にスタッフが常駐して、資料作成の他、いろんなことを請け負う・サポートするというビジネスで、今ではコクヨアンドパートナーズという会社になって、他にも色んなアウトソーシングメニューを拡充して、企業の残業削減や業務品質向上にお力添えができています。
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  • 本日21:00から放送☆ 宇野常寛の〈水曜解放区 〉2018.2.14

    2018-02-14 07:30  

    本日21:00からは、宇野常寛の〈水曜解放区 〉!
    21:00から、宇野常寛の〈水曜解放区 〉生放送です!
    〈水曜解放区〉は、評論家の宇野常寛が政治からサブカルチャーまで、
    既存のメディアでは物足りない、欲張りな視聴者のために思う存分語り尽くす番組です。
    今夜の放送もお見逃しなく!★★今夜のラインナップ★★
    アシナビコーナー「加藤るみの映画館の女神」and more…今夜の放送もお見逃しなく!
    ▼放送情報放送日時:本日2月14日(水)21:00〜22:45☆☆放送URLはこちら☆☆
    ▼出演者
    ナビゲーター:宇野常寛アシスタントナビ:加藤るみ(タレント)
    ▼ハッシュタグ
    Twitterのハッシュタグは「#水曜解放区」です。
    ▼おたより募集中!
    番組では、皆さんからのおたよりを募集しています。番組へのご意見・ご感想、宇野に聞いてみたいこと、お悩み相談、近況報告まで、なんでもお寄せください。
  • 宇野常寛インタビュー「日常を塗り替える想像力」

    2018-02-14 07:00  

    今回の配信は本誌編集長・宇野常寛が受けたインタビュー記事の再掲です。
    同人誌「PLANETS」の時代から、一貫してサブカルチャーを通して現代の社会のあり方を見つめてきた宇野常寛。「自分の物語」が優位な時代となり、社会とサブカルチャーの関係が大きく変化するなかで、他人の物語を活かし方を考えます。(取材/文 吉田隆之介)
    初出:「WASEDA LINKS vol.35」(早稲田リンクス/2017年11月1日配布)早稲田リンクス(webサイト/Twitter)
    「WASEDA LINKS vol.35」早稲田周辺地域で配布中! お取り寄せフォームはこちら。

    【イベント情報】
    2/15(木)19時〜@10°CAFE(高田馬場) 「サブカルフリークたちの生存戦略」https://peatix.com/event/347344 早稲田リンクスさんと10°CAFEさん企画のイベントに宇野常寛が登壇します。 PLANETSチャンネル会員の学生さんを先着10名(予定)で無料ご招待します。詳細はhttp://wakusei2nd.com/events/10do180215/ 「未来は明るいか」と問われたときに、首を縦に振ることをできる人はどれだけいるだろうか。テレビや新聞を見ても、一向に解決しない政治や社会、国際情勢の問題が日々伝えられ、ネットを見ても揚げ足を取り合うだけの炎上が繰り返されている。そして、その閉塞感は日々の生活にも波及してきている。おそらく、多くの人が日常において希望を見出せていないのではないのだろうか。息苦しさを感じる日常を変えるべきか、それとも目を背けて問題を先送りし続けるのか。私たちはそのような分岐点に立たされていると言えよう。
     日本において日常を変えることを選び、社会や文化を面白いものにしていこうとしている人物がいる。評論家の宇野常寛氏だ。彼は日本のサブカルチャーやフィクションを通して時代を見据え、現代社会をよりよく作り変えるための提案を発信し続けている。
     本企画では、宇野氏に「私たちはどのように現実の問題と向き合い、日常を変えていけばいいのか」ということを伺った。
    ――宇野さんは同人誌「PLANETS」や評論デビュー作『ゼロ年代の想像力』の頃から一貫して、サブカルチャーを通して現代の社会のあり方を見つめていらっしゃいます。そのような活動をしていこうと思った背景はどのようなものでしょうか。
     70年代から90年代くらいまでは、時代の空気を敏感に察知することはサブカルチャーを語るということとイコールだったからなんです。
     理由は二つあって、まず、あのころは、今よりも若者が社会の主役だったんですよ。人口比的に先進国はだいたい若者の数が多かった時代だった。そして次にこれらの国々では政治的なアプローチではなく文化的なアプローチで世の中を考える時代だったんです。60年代の「政治の季節」が終わったあと、世界的に「世の中を変えるのではなく自分の内面を変える」ことを考える時代に切り替わっていて、それは日本も例外ではなかったんですね。ある意味ではこの時期のサブカルチャーが革命の代替物だった。だから当時はまだぎりぎり、時代を語ることは、若者向けのサブカルチャーを語るということだったんですよね。
     だから僕が学生の頃っていうのは、どのアニメを支持するかというのは思想的な選択だったんです。例えば「『新世紀エヴァンゲリオン』の結末をどうとらえるか、岡崎京子(注1)の漫画作品の中でどれを一番いいと思うか」という議論は、少し大げさに思想的な選択でもあったんですよ。
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  • 福嶋亮大『ウルトラマンと戦後サブカルチャーの風景』第六章 オタク・メディア・家族 2 子供を育てる子供(1)【毎月配信】

    2018-02-13 07:00  

    文芸批評家・福嶋亮大さんが、様々なジャンルを横断しながら日本特有の映像文化〈特撮〉を捉え直す『ウルトラマンと戦後サブカルチャーの風景』。『少年マガジン』をオタク的な感性で総合化した大伴昌司が大きな影響を受けていたのは、『暮しの手帖』を編集し、家庭の「暮し」の向上を訴えた花森安治でした。一見対照的なイメージを持つ大伴と花森の間にある共通点を明らかにします。
    2 子供を育てる子供
    花森安治から大伴昌司へ
     以上のように、大伴昌司の情報化と視覚化の企ては、四至本八郎譲りのテクノロジー志向に加えて、アメリカのグラフ誌、戦争報道とともに成長した画報、児童向けの絵物語や絵本、マルチチャンネルのテレビといった諸々のメディアを背景としながら、サブカルチャーのオタク的受容(情報化/二次創作化)の下地を整えた。と同時に、大伴の原点にはオタク的な虚構愛好とは異なるドキュメンタリーやジャーナリズムへの関心があった。彼は一九七〇年には「一日も早く、『タイム』『ライフ』のような巨大なウィクリーが、少年週刊誌のなかから現われるよう努力します」という抱負を記した年賀状を送っている[27]。オタク的な二次創作(編集)の欲望と非オタク的な報道(記録)の欲望が交差したところに、つまりジャーナリスティックなオタクであったところに、彼の仕事のユニークさがあった。
     さらに、ここで強調したいのは、大伴が先行する雑誌編集者を意識していたことである。例えば、大伴にまつわる証言を集めた『証言構成<OH>の肖像』(一九八八年)の執筆者は、彼が「『アサヒグラフ』の伴俊彦を尊敬し、『新青年』的モダニズムの機知を感じさせる伴のエディトリアル・シップに学ぼうとしていた」ことを指摘しつつ、こう続ける。

    大伴が、すぐれたエディターとして尊敬していた人物には、ほかに『暮しの手帖』の花森安治(故人)と『週刊朝日』時代の扇谷正造(評論家)がいる。彼は後に『少年マガジン』で日本人の戦争中の生活を特集したとき、『暮しの手帖』を意識したレイアウトをして、見出しも花森安治ふうの手書きのレタリングにした。特集の発想そのものも、暮しの手帖刊『戦争中の暮しの記録』と同じだった。[28]

     『暮しの手帖』の創刊者である花森安治は一九六九年の『戦争中の暮しの記録』で、戦時下の衣食住の様子を再現しつつ、戦争体験者から寄せられた多くの手記を収録した。それを受けて、大伴は翌七〇年に『少年マガジン』の特集で「人間と戦争の記録 学童疎開」と銘打って、自分もその一員である「少国民世代」(小学生時代に愛国主義教育を受けた世代)の疎開先での体験を、読者からの投稿をまじえて再現した。その後も、大伴は『暮しの手帖』をパロディ化した「料理の手帖」という特集を組んだ。
     むろん、花森と大伴の振る舞いは一見すれば対照的である。花森が長髪でスカート(実際は半ズボンかキュロットであったという説もある)を穿いた異性装者として自己演出しながら、家庭の「暮し」の向上を訴えたメディア・アイコンであったのに対して、大伴は自らを「構成者」や「企画者」のような裏方に留めながら、家庭人とは真逆の男性オタクの源流となった。誌面のデザインについても、花森の『暮しの手帖』が原弘らの新活版術運動にも通じる「タテ組みのうつくしさ」(津野海太郎)を発明したのに対して[29]、大伴の『少年マガジン』の特集は垂直的な軸を見せるよりも、絵と文字を平面的に組み合わせることを選んだ。
     にもかかわらず、この両者は「大人の男性の社会人」ではなく、会社組織に属さないいわゆる「女子供」に呼びかけて、その知識や技術の教育に注力したという一点で重なりあう。ちょうど円谷英二が「貧者の技術」として特撮を利用したように、花森は『暮しの手帖』で乏しい素材で生活をやりくりする技術を読み手に教え、大伴は『ウルトラマン』の二次創作を介して子供たちに怪獣の遊び方、いわば「オタクの暮し」のモデルを提供した。花森と大伴はともにたんに敏腕の編集者であっただけではなく、受け手にも自らの生活世界を「編集」する能力を与えたのだ。
     そもそも、戦前の講談社の『キング』のモデルになったのがアメリカの婦人雑誌『レディース・ホーム・ジャーナル』であったことを思えば[30]、戦後の『暮しの手帖』が講談社の『少年マガジン』の先行者になったのも決して不思議ではない。大衆消費社会の最前線に生きる編集者として、花森と大伴はそれぞれ「女性」と「少年」という宛先を出版メディアの進化の担い手に変えてみせた。してみれば、大伴昌司をオタク化した花森安治と呼んでも、あながち言い過ぎではないだろう。
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  • 【新連載】宇野常寛『母性のディストピア EXTRA』第1回「SDガンダム三国伝」とさまよえる男性性(1)

    2018-02-09 07:00  

    今回から本誌編集長・宇野常寛の新連載『母性のディストピア EXTRA』が始まります。2017年に刊行された『母性のディストピア』に収録されなかった未収録原稿をメールマガジン限定で配信します。戦後の日本文化の中で育まれた「ロボット」の持つ「ねじれ」。第1回のテーマはその意匠に更なる奇形的な進化をもたらした『機動戦士ガンダム』です。 (初出:集英社文芸単行本公式サイト「RENZABURO[レンザブロー]」)
    ▲『G-SELECTION 機動戦士SDガンダム』
    1 「ロボット」の戦後史
     1950年、アメリカのSF小説家アイザック・アシモフはその短編集『われはロボット』の中で、彼の創作した未来社会におけるロボット運用の倫理規則を登場させた。

        * 第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
        * 第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
        * 第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。

    「ロボット三原則」と呼ばれるこの三つの掟は、アシモフの小説においてその思考実験的な側面を大きく担った。作中のロボットたちはこの三原則に忠実であるがゆえに、様々な事件を起こし、また巻き込まれる。そして登場人物たちはこの三原則を厳守する人工知能の思考をシミュレートすることで謎を解いてゆく。それはアシモフが設定した物語の駆動エンジンである以上に、人工知能の夢が実現した未来社会のシミュレーションでもあった。その結果、「ロボット三原則」はアシモフの下を離れ、他のSF作家たちはもちろん、後の人工知能研究にも大きな影響を与えることになった。
     だが、本稿において重要なのはアシモフの偉大な功績ではなく、ロボットという空想物がその黎明期から常に人工知能の夢の象徴だったということだ。自ら思考し、行動を選択し、そして苦悩する人工物としての「ロボット」。神ならぬ人類が真の創造主となる夢をその一身に背負った機械の身体。国内においても、その鋼鉄の四肢に託された夢は創作物の中で大きく花開くことになった。たとえば手治虫はアトムという「科学の子」=ロボットに十万馬力の力を与え、その活躍と苦悩を描くことで国産初のテレビアニメーションを産み出した。それは人工知能の夢の直接的な表現であると同時に、ロボットたちのもつ機械の身体に近代の精神がもたらす人間疎外を重ね合わせる行為でもあった。ユートピアとディストピアが同居する近代、そしてその臨界点の象徴としてのロボットという存在を描いた作品が『鉄腕アトム』だったのだ。だが国内におけるロボット、特に国内のテレビアニメーションにおけるそれは、こうした人工知能の夢が象徴する近代の精神の両義性といった主題を程なく喪失し、独自の発展の道を歩むことになる。そしてその萌芽は、既にアトムの活躍中に芽生えていたのだ。
    『鉄腕アトム』のオルタナティブとして横山光輝が産み出したもうひとつの機械の身体――鉄人28号がそれだ。大戦末期、旧日本軍の決戦兵器として開発されたという設定を持つこの「鉄人」は、遠い未来への夢ではなく近過去に漂う亡霊を背負って登場した。そして当然、鉄人は「心」を持っていなかった。ほとんど玩具のようなリモート・コントロールによって制御される鉄人は、その操縦者によって正義の味方にもなれば悪の使者にもなった。正義感溢れる少年がその手にリモコンを握ればそれは首都東京の守護者として君臨し、犯罪者たちの手に渡れば空襲の記憶さながらに街を破壊する魔人と化す。それが鉄人――人工知能の「夢」を忘れたロボットだった。
     では、人工知能の夢を忘れた私たちは、この機械の身体に何を求めたのか。それは成熟への「ねじれ」た意思だ。鉄人28号を操る金田正太郎少年は、何ゆえその鋼鉄の巨体を手に入れたのか。その正当性は横山の原作漫画がテレビアニメ化される際に設定レベルで強化されることになる。それは鉄人の開発者が正太郎の父親である金田博士であるという設定だ。正太郎は父親から与えられた巨大な身体を用いることで、少年でありながら大人たちに混じって「正義」を執行する=社会参加するのだ。アメリカに去勢された永遠の「12歳の少年」として歩み始めた戦後日本……正太郎は敗戦の記憶を逆手に取ることで、サンフランシスコ体制下のネオテニー・ジャパンにおいて成熟を仮構することに成功したのだ。鉄腕アトムは、孤児だった。その産みの親である天馬博士は亡き息子の似姿としてアトムを産み出したが、天馬はその身体が「成長しない」ことに業を煮やしアトムを捨てたのだ。しかしアトムは捨てられることではじめてお茶の水博士という新しい父を得て、成長しない身体を抱えたまま正義の味方として活躍することになった。それは、敗戦という決定的な記憶を経由してはじめて、「科学のもたらす明るい未来」を再び信じられるようになった戦後日本の似姿でもあったに違いない。だが、その商業的なオルタナティブとして産み出された鉄人が描いていたのはアメリカにはなれない日本、人工知能の夢をストレートには信じられない日本の姿だった。機械の身体は、人間が神になるためではなく、まず去勢された人間(日本)がその人間性を取り戻すために、人間(父)になるためにこそ用いられなければならなかったのだ。戦時中の決戦兵器として開発されたはずの鉄人28号の「顔」が、高い鼻を持つ白人男性のそれに似せたものであることは、この「ねじれ」を端的に表している。
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  • 橘宏樹 ポスト平成期のコンサバはどうあるべきか(『現役官僚の滞英日記』刊行記念エッセイ第二部・中編)

    2018-02-08 07:00  

    『現役官僚の滞英日記』の発売を記念した、著者・橘宏樹さんエッセイ、今回から第二部の中編をお届けします。コンサバの族長たちの力が弱まってきているように見えるーー。格差と多様化が進んでいると言われる現代で、私たちはどう生きれば良いのか。橘さんが戦後70年の日本経済社会史を振り返り、ポスト平成のコンサバのあるべき姿について検討します。 今回も全編無料公開でお届けです! ※『現役官僚の滞英日記』刊行記念エッセイ、配信記事一覧はこちら。(全編無料)
    【書籍情報】橘宏樹『現役官僚の滞英日記』好評発売発売中!
     おはようございます。橘宏樹と申します。現在、「現役官僚の滞英日記」発売と「GQ(Government Curation)」の連載開始に際しまして、エッセイ・シリーズを展開しております。「良識ゆえに物を思うが、良識ゆえに物言わぬ、いや、言えぬ」と葛藤する方々に、「コンサバをハックする」という方法
  • 本日21:00から放送☆ 宇野常寛の〈水曜解放区 〉2018.2.7

    2018-02-07 07:30  

    本日21:00からは、宇野常寛の〈水曜解放区 〉!
    21:00から、宇野常寛の〈水曜解放区 〉生放送です!
    〈水曜解放区〉は、評論家の宇野常寛が政治からサブカルチャーまで、
    既存のメディアでは物足りない、欲張りな視聴者のために思う存分語り尽くす番組です。
    今夜の放送もお見逃しなく!★★今夜のラインナップ★★
    メールテーマ「風邪の話」今週の1本「日本再興戦略」アシナビコーナー「井本光俊、世界を語る」and more…今夜の放送もお見逃しなく!
    ▼放送情報放送日時:本日2月7日(水)21:00〜22:45☆☆放送URLはこちら☆☆
    ▼出演者
    ナビゲーター:宇野常寛アシスタントナビ:井本光俊(編集者)
    ▼ハッシュタグ
    Twitterのハッシュタグは「#水曜解放区」です。
    ▼おたより募集中!
    番組では、皆さんからのおたよりを募集しています。番組へのご意見・ご感想、宇野に聞いてみたいこと、お悩み相
  • 橘宏樹 現代日本を「3つのトレンド」から読み解く(『現役官僚の滞英日記』刊行記念エッセイ第二部・前編)

    2018-02-07 07:00  

    『現役官僚の滞英日記』の発売を記念した、著者・橘宏樹さんエッセイ、今回から第二部が始まります。第一部で立てた「コンサバ内の権力者たちはどこにいるのか」、そして「彼等の力が弱まっているように見えるのはなぜなのか」という問いに、現代日本にある「3つのトレンド」を読み解きながら答えを探っていきます。今回も全編無料公開でお届けです! ※『現役官僚の滞英日記』刊行記念エッセイ、配信記事一覧はこちら。(全編無料)
    【書籍情報】橘宏樹『現役官僚の滞英日記』好評発売発売中!
     この『現役官僚の滞英日記』刊行記念書き下しエッセイ三部作では、僕が何を考えてPLANETSと色々やってるかを説明する、長い自己紹介みたいなことを書いております。自分の生き様そのものを、具体的な提案としてみなさんに提出しているような趣もあります。本編からはその第二部に入ります。三部とも、本来はもっと論拠を示しながら書きたいような内容
  • 長谷川リョー『考えるを考える』 第4回 コモンセンス・望月優大はなぜ社会問題にコミットするのか?“自分が自分自身と共に生きるため”の思考と実践

    2018-02-06 07:00  

    編集者・ライターの僕・長谷川リョーが(ある情報を持っている)専門家ではなく深く思考をしている人々に話を伺っていくシリーズ『考えるを考える』。前回は産業医の大室正志先生に教養の裏側にある、思考の体系をお伺いしました。今回は大室先生も名前を挙げたミシェル・フーコーを大学院時代に研究し、現在は株式会社コモンセンス代表を務める望月優大さんにお話をお聞きしました。経産省、Google、スマートニュースなどに在籍するなかで、なぜ望月さんは社会問題へコミットするようになったのか。歴史や権力について考えるようになった最初のきっかけは、10代の頃に出会ったヒップホップだったそうです。インタビュー全体を通奏することになる、ハンナ・アーレントの「自分と共に生きられるか」という問い。「自由とはなにか」について思いを巡らせながら、ぜひお読みください。
    長谷川 社会にはたくさんの問題がある一方、自分の時間は限られています。そのなかでも、望月さんはクラウドファンディングを用いて教育格差の是正に取り組む「スタディクーポン・イニシアティブ」の立ち上げや日本の移民文化・移民事情を伝えるウェブマガジン『ニッポン複雑紀行』の編集長を務められています。いま望月さんがイシューとして捉えている領域はどの辺りになるんですか?
    望月 分かりやすいところでいうと、一つに移民や難民の問題があります。難民支援協会とともに運営するウェブマガジン『ニッポン複雑紀行』はその取り組みの一つです。日本は一般に「単一民族国家」と言われることも多いですが、実際には中長期で滞在している外国人が250万人近くもいます。そして、その数は年々増え続けている。
    東京の場合、コンビニやファストフード店で働いている姿を見ることも多くなっていますよね。ただ、その現象を数字以上のものとして捉えられていないのが現状です。「日本って何なんだろう」ということを考える目的で、移民の問題に取り組んでいます。概念としての「日本」の内実には、何が含まれ、何が含まれていないのか、その境界線や揺らぎを丁寧に考えてみたい。既成概念を少しでも緩められないかと活動しています。
    長谷川 「スタディクーポン」に関してはいかがでしょうか?
    望月 「スタディクーポン」はいわゆる貧困問題に対するプロジェクトで、特に子供の教育にフォーカスしています。生まれた環境によって生じる機会格差に対して社会としてその機会を担保しようとする制度自体はいくつか存在しますが、まだまだカバーできていない領域がある。その一つが「塾代格差」という問題で、そこを埋めるために始めたプロジェクトです。同じ日本について「中と外」、「上と下」という両面で考えてみる。とくに、一個人として下から上に登った後に見えづらくなってしまうものに意識を向けるための活動をしていますね。
    日本の労働力を支える「留学生」という存在
    長谷川 まずは移民についてからお伺いさせてください。普段から、コンビニとかで働いている外国人の方を見かけるのですが、あの方たちは難民なんですか?
    望月 在留資格には様々な種類があり、働ける資格とそうでない資格があります。日本人と結婚した定住者、技能実習生や観光など、さまざまなステータスがありますが、例えば観光客は働くことができません。最近注目されているのは、留学生でコンビニなどで働いている方たちです。日本で勉強をしている留学生は、週28時間までは労働していいとされています。週5日の場合は1日5時間ちょっと、あるいは週8日の場合は1日3時間ちょっとは働ける計算になる。
    長谷川 労働が許可されているとなると、勉強に先んじて、日本で仕事をすることが目的で来日する人も少なくないんですか?
    望月 ベトナムやネパールなどからやってきて、本国に仕送りをする人もいるでしょう。留学と聞けば大学を思い浮かべるかもしれませんが、基本的には日本語学校で学ぶケースが多いと言われています。新宿などにある日本語学校で勉強しつつ、コンビニやファストフードでアルバイトをしているという方は多いと思います。
    長谷川 ただ現状、政府として正式に移民は認めていないですよね?
    望月 この国における「移民」という言葉の難しさがあります。今の自民党政権は、経済界と保守層が支持基盤です。人出が足りない経済界としては労働力としての移民を受け入れてほしいなか、保守層は日本だけでやりたいところがある。そのバランスを取っているのが「留学生」という、謎の中間地帯なのです。留学生個人からすればネパールにいるよりも東京に行った方が稼げるし、日本語も勉強できて、ライフチャンスに繋がるかもしれない。経済界としては労働力として使いたい。そうした背景があって、数は増え続けている状況です。
    長谷川 アルバイトの方の名札をみると、かなり特殊な名前が多く、いつも「どこの国の方なんだろう」と疑問に思っていました。
    望月 ネパールやベトナムなど様々な国からの留学生が増えています。日本と比較するとまだまだ経済成長のレベルにも差がありますし、その間を仲介する仕組みとして、本国で日本語を少し勉強し、一部の人が自ら渡航費を払って来日するという一連の日本留学に関するシステムが発達しています。ネパールのカトマンズのとあるストリートにはたくさんの日本語学校があるそうです。
    長谷川 先日テレビで見かけたのですが、いわゆるコンビニなどでのアルバイトに加え、「技能実習」という制度がありますよね。
    望月 表向きは「特定の業種に就き、日本で技能を学んで母国に持って帰る」という研修的な意味合いを持っている制度です。従事するのは主に、農業や漁業などの第一次産業系や、アパレル関係の繊維工場など第二次産業系の仕事。もちろん全ての場所ではないでしょうが、いくつかの職場では最低賃金以下で働かせているという実態も報じられています。そして、レタスやカツオなど、私たちが口に入れるものでも彼らの労働に依存しているものがかなり多いんです。日本の伝統的な産業も外国の労働者に頼らなければ維持できないという側面がある。最近では、AIか外国人労働者か、なんてことも言われていますよね。
    長谷川 介護もそうですよね。
    望月 政府としては「移民を受け入れる」と明言していないので、職種を一つずつ技能実習の対象に足していくんですね。「この業種を技能実習の項目に追加しよう」といった具合に。現在は、コンビニで働く人を技能実習に追加するかどうかが議論されています。コンビニで具体的にどのような技能が得られるのかは不明ですが、コンビニ側としては留学生よりも長い時間働ける労働者を確保したい。
    長谷川 日本人がやらないこと、やりたがらないことを外国人にさせる。「それは奴隷と変わらないのではないか?」という批判もありますよね。
    望月 技能実習生として日本へ来るために必要な費用が、実質的には身代金のような意味合いを帯びてしまうということがあります。どういうことかというと、渡航に必要な費用の一部をなんとか工面して支払い、残りは日本での給料の中から天引きしていくという形になっていることが多いからです。
    長谷川 認可を受けた業者ですよね?
    望月 はい。「〇〇さんは、中国の〇〇省から日本の愛知県の〇〇工場で働く」ということだけが決められていて、そこへ行くため最初にある程度のお金を払って来ているわけです。
    一定期間以上働かないとお金を完済できない。しかも技能実習生は転職もできないために雇用主の言いなりになってしまいがちだと言われています。雇用主がきちんとした方であればいいですが、酷いところではパスポートを預かったり、銀行通帳を預かったりする人達もいるそうです。そうしたことが日本の様々な産業を成り立たせるということのために行われているんです。多くの日本人はまずその構造自体を「知らない」。社会をより良い形に変えていくためには、まず「どうやったら知ってもらえるか、考えてもらえるか」というところから考えていく必要があります。
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