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記事 28件
  • ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本社会の青春 第9回 劇画という〈父〉からの決別(前編)

    2019-09-18 07:00  
    550pt

    ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本の青春」。第9回では、『ナイン』の内容について論じます。久々の少年誌への復帰で肩に力が入ったせいか、劇画時代の作風が抜けきらなかった第一話。しかしそこには、あだちが長年向き合ってきた「父なる存在」としての劇画への、あるメッセージが込められていました。
    「ほんとうのデビュー作」とあだち充自身がインタビューで語る漫画『ナイン』は、彼にとっても原作付きではない初のオリジナル連載作品となった。本来ならば一話だけの読み切りで終わるはずが、運命のいたずらかのように二回目の予告が雑誌に載ることとなった。 あだち充は第一話では肩に力を入れすぎていたことと、原作付きの劇画を描いているようなやり方になってしまったことを反省し、おまけの第二話は「やりたいようにやろう」と決意した。あだちは少女コミックで描いていたネームの作り方で第二話を描きあげた。その第二話は掲載された号の読者アンケートでいきなり一位になる。そのまま月一回の連載が開始され、デビューしてからずっとヒット作に恵まれなかった男は、この作品でブレイクしていく。 『ナイン』という漫画は、その後のあだち充作品の土台(ベース)となった作品としても読むことができる。今回は『ナイン』という、あだち充にとって初のオリジナル長編連載作品における、キャラクターや展開などを取り上げていく。
    「処女作には、その作家のすべてが出揃っている」などと言われることがある。皆さんも一度は聞いたことがあるだろう。実際、創作者の多くにそれは当てはまると私個人も感じる。ひとりの創作者が作り続けるテーマは、処女作や世に出た時の作品にすでに宿っている。そして、そのテーマを様々な角度から見つめて、削り出し、解釈しながら作り続けていくのが創作という行為ではないだろうか。 創作における進化とは螺旋階段を上っていくようなものであり、ひとつのテーマや関心のあるできごとが地の奥から宇宙の先へとまっすぐと伸びている。その周りにある螺旋階段をぐるぐると回りながら上へ上へと向かう。 ひとりの創作者が作る、向かい合うテーマは限られている。だからこそ、多くの創作者が必要になる。同じようなテーマでも個人ごとに向かうべき場所は違っていて、ある潮流が起きるときには同時多発的に複数で現れてくることもある。しかし、その先は本来それぞれ違うものであるはずだ。 表現の自由や創作における多様性を担保するためには、多くの創作者が個々の向かい合うテーマに向き合うことで、自分だけではなく他者やライバルを鼓舞しながら、自分の階段を上り続けるしかないのではないだろうか。
    「劇画」という象徴的な父の呪縛
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  • 今夜20:00から生放送!石岡良治×福嶋亮大×宇野常寛「続・高畑勲の遺産をどう受け継ぐか」2019.9.17/PLANETS the BLUEPRINT

    2019-09-17 11:20  
    今夜20時から生放送!「PLANETS the BLUEPRINT」では、 毎回ゲストをお招きして、1つのイシューについて複合的な角度から議論し、 未来の青写真を一緒に作り上げていきます。 今回のゲストは、批評家・石岡良治さんと、文芸批評家の福嶋亮大さんです。 戦後日本アニメーションに多大な影響を与え、昨年この世を去った高畑勲監督。 彼がアニメーション業界に遺したものとは、一体なんだったのでしょうか。そしてその遺産は、どう受け継がれるのでしょうか。 現在国立近代美術館で開催中の回顧展を踏まえ、改めてその功績について議論します。 【合わせてご覧ください】 高畑勲監督追悼企画 -アニメにとって高畑勲の遺したものとは何か-https://youtu.be/FHvDC2xDHAc▼放送日時2019年9月17日(火)20時〜☆☆放送URLはこちら☆☆https://live.nicovideo.jp
  • 【特別寄稿】森田真功 ヤンキー・マンガと「今」

    2019-09-17 07:00  
    550pt

    今朝のメルマガは、森田真功さんのヤンキーマンガ論をお届けします。ヤンキーマンガの全盛期は平成初頭であり、近年は再評価やリバイバルが盛んですが、最近の漫画誌では新世代のヒット作も次々と登場しています。令和のヤンキーマンガは何を更新しようとしているのか、『東京卍リベンジャーズ』『六道の悪女たち』『鬼門街』といったタイトルから考えます。
    平成と重なり合うヤンキー・マンガの歴史
     ヤンキー・マンガの「今」の話をしたいと思う。「今」とは、もちろん、2019年の「今」を指しているのであって、つまり、令和元年となった「今」現在のことにほかならない。ヤンキー・マンガというと、おそらくは昭和のイメージが強い。昭和のイメージで語られる機会が少なくはない。それは俗にヤンキーと呼ばれる不良文化のスタイルが80年代に一般化し、広く定着したためである。しかし、誤解されがちではあるのだけれど、ヤンキー・マンガを代表するような作品の多くは、実は昭和よりも平成として区分される時代に親しまれ、人気を博していったのだ。
     先駆的な『湘南爆走族』(1982年〜1987年)や『BE-BOP-HIGHSCHOOL』(1983〜2003年)を別にすれば、たとえば『ゴリラーマン』(1988〜1993年)や『ろくでなしBLUES』(1988年〜1997年)『BAD BOYS』(1988年〜1994年)や『今日から俺は!!』(1988年〜1997年)『カメレオン』(1990年〜2000年)や『湘南純愛組!』(1990年〜1996年)「クローズ』(1990年〜1998年)や『疾風伝説 特攻の拓』(1991〜1997年)『ウダウダやってるヒマはねェ!』(1992年〜1996年)など、ヒット作の登場が80年代の後半から90年代の前半に集中していることは、ヤンキー・マンガのムーヴメントがあくまでも90年代に属していたことの証左になるのではないか。80年代は、確かに昭和に含まれる。と同時に、平成元年が1989年の西暦と一致している点を踏まえるなら、昭和の終期と平成の始期とを80年代は兼ねていたことになる。それ以降の90年代は正しく平成というERA(時代)のなかに置かれるべきものであろう。
     ヤンキー・マンガは、昭和の終わりに勃興し、日本的なサブ・カルチャーの一角を為すほどの支持を得た。その支持は平成の間中ずっと続き、およそ30年経った令和の現在もまだ支持され続けているというのが、ここでの前提である。当然、いちジャンルの歴史において停滞や不調がないわけではなかった。が、2007年の『クローズZERO』をはじめ、いくつものヤンキー・マンガが実写化、メディア・ミックスされるたびに話題を呼んだ。2019年に実写化が成功した『今日から俺は!』は記憶に新しいところだと思う。ある意味、それらは過去のヒット作がリヴァイヴァルしたにすぎない。リヴァイヴァルに適した需要が世間にあったともいえる。他方、現在進行形で連載されている作品には、そうしたリヴァイヴァルとは必ずしも合致しえない魅力が見つけられる。それこそがここでの本題なのだった。
     2010年代のヤンキー・マンガには二つの潮流があった。『湘南純愛組!』と舞台を同じくする『SHONANセブン』(2014年〜)や『カメレオン』の登場人物をカムバックさせた『くろアゲハ』(2014年〜)などに代表される続編もの。そして、実在している人間の若かりし日を描いた『デメキン』(2010年〜)や『OUT』(2012年〜)『ドルフィン』(2015年〜)などに代表される自伝ものが、2010年代の前半にヤンキー・マンガのシーンでは大きく目立っていたのだ。それらも過去のとある時代を参照しているという点で、リヴァイヴァルの領域に入るのかもしれない。しかしながら、このような傾向とも以下に挙げていく作品は異なっている。
    トレンドと融合した『東京卍リベンジャーズ』
     さしあたり、三つの作品を取り上げるつもりでいる。まず挙げたいのは『新宿スワン』(2005年〜2013年)を手がけた和久井健の『東京卍リベンジャーズ』(2017年〜)である。『東京卍リベンジャーズ』に触れる上で看過できないのは、タイムリープの仕掛けだ。タイムリープ、ループ、リプレイなどのアイディアを通じ、物語の中に周回の要素をもたらすというのは、近年のフィクションにとっては凝っておらず、むしろスタンダードな作法であろう。ドラマ、映画、小説、マンガ、いずれの媒体に関わらずなのだが、厳密にはSFのジャンルとは見られない作品にあってさえ、時間の行き来を繰り返すことで、何らかの帰着を得るパターンのものは珍しくない。タイムリープの能力を手に入れた主人公が、近い将来に亡くなる初恋の女性を救うため、過去に戻り、彼女が死に至る原因を突き止めようとする。これが『東京卍リベンジャーズ』のあらすじになるのだけれど、率直にいって、ありがちなパターンと受け取ることができてしまう。安直さがある。反面、そこに不良とされる人間のテーマを落とし込むことで、一つの特徴が生まれているのも確かなのであった。
    ▲『東京卍リベンジャーズ』
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  • 大西ラドクリフ貴士 世界の〈境界線〉を飛び越える――Q&Oサイト「ヒストリア」の挑戦(前編)(PLANETSアーカイブス)

    2019-09-13 07:00  
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    今朝のPLANETSアーカイブスは、Q&O(クエスチョン&オピニオン)サービス「historie(ヒストリア)」を立ち上げ、国際情勢や歴史認識に関する議論を、新しい切り口で可視化しようとしている大西ラドクリフ貴士さんに、ネット右翼問題をはじめとする人々の認識の断絶、〈境界線〉の問題を、ボトムアップから更新していく取り組みについて、お話を伺いました。 ※本記事は2017年7月10日に配信された記事の再配信です。
    もしジョン・レノンが生きていたら、彼もきっと作りそうなプロダクトを
     ――最初に、ラドクリフさんが取り組んでいる活動についてお伺いできればと思います。
    ラド 5年ほど勤めた前職のRecruitを退職して、the Babels(バベルズ)という新しい会社をこの4月末に立ち上げました。社名は旧約聖書に登場する「バベルの塔」にちなんでいます。この会社のコンセプトは「もしジョン・レノンが今生きていたら、彼もきっとつくりそうなプロダクトを。」です。もし彼が生きてたら、きっと音楽よりもインターネットやスタートアップに夢中になっていたんじゃないかなと、僕思うんですよね。ジョンのプロダクトを勝手に妄想すると、自分のプロダクトの設計思想と近いものを感じていて。だからthe Babelsのコンセプトを人にわかりやすく伝えるときには、もしジョン・レノンが生きていたら彼もきっと作りそうなプロダクトを僕らは手がけていくんだ、と話しています。
    また、僕らは「インターネットから世界平和を作るスタートアップ」とも名乗っています。現在の世界には、人種や宗教やジェンダーといった、さまざまな目に見えない境界線が張り巡らされています。その、トップダウンで作られた境界線の内側に陣取っている人たちは、外側の人たちを無意識に色眼鏡を通して見て批判し、どんな酷いことでも言えてしまう空気がある。その結果、表面的なイメージに引っ張られて、判断や意志決定がされてしまいがちです。
    でも、それって、非常に20世紀的だなあと思っていて。20世紀までの負の関係性を22世紀にまでダラダラ持ち込ませてたらダメだと思うんですよね。21世紀のあるべき姿から逆算したときこの世界に最も欠けているのは、「境界線の向こう側への想像力」だと思うんです。「色眼鏡を外す力」といってもいいのかもしれない。人々の境界線の向こう側への想像力を育てる仕組みを作りたい。それで会社を立ち上げました。

    ▲ the Babels.inc
    ――具体的に、どのような事業を手がけようとしているのでしょうか。
    ラド 歴史的・国際的な問題を議論する「historie(ヒストリア)」というwebサービスを作っていて、6月頭に海外向けにローンチしたところです。たとえば、竹島がどこの国のものなのか。広島・長崎への原爆の投下は正しかったのか。さまざまな議論がありますよね。1つの明確な答えが出にくく、国や民族を跨いで複数の観点があってもいいような、そういった問題に特化したQ&Aサービスです。
    ただ、Q&Aサービスってどれも「ベストアンサー」を決めちゃうじゃないですか。the Babelsの会社内部では、自分達はQ&Aではなく「Q&O」(クエスチョン&オピニオン)サービスを作ってるんだと言っていて。これって発明だと思ってるんですけど、歴史とか政治や国際問題って決して唯一の「アンサー」(答え)にならないわけですから、Q&Aじゃダメなんですよね。1つの質問に対して多様な「オピニオン」(意見)を複数同時に見せられる仕組み、UI、デザインを意識してQ&Oサービスを作っています。各ユーザーから寄せられたオピニオンをビジュアライズし、双方の陣営の意見を「見える化」していく。そのことによって、反対意見を持つ人々への想像力を高めるのが目的です。
    ユーザーはひとつのトピックについて、自分の立場を選んでからディスカッションを始めます。さまざまな立場のユーザーから投稿された意見が、並列に並んでいるようなイメージです。Q&Aサイトはベストアンサーを返すことが目的ですが、ヒストリアはアンサーをひとつに限定しない。あらゆる事象を平面ではなく立体で捉えたい。意見が分かれそうな質問をどんどん投げて、意見を立体化させます。システム的にもUI的にも非常に難易度高いんですけど、意見のグラデーションをもっとビジュアル化していきたいと思っています。
    このサービスを、まずは米国西海岸のリベラルな層に届けていきたいと考えています。僕らはまず何よりもオピニオンメーカーを大事にしたいと思っていて、海外のオピニオンメーカーに1人1人メッセージを送るなど泥臭くアプローチすることから始めています。オピニオンメーカーの意見のうち評判の良いものが重点的に反映されるようにしていきます。プロダクトを初めから全て英語ベースで作ったのも、日本よりも先に米国で展開するのも、米国の方が議論の文化が根付いているからです。米国や欧州で議論される場所として根付いた後で、日本に持って来ようと思っています。


     
    ▲「historie」
    ――挑戦的なサービスになりそうですね。このアイデアが生まれたきっかけを教えてください。
    ラド 僕は多民族が暮らす地域で育ったのですが、そこでは仲が良い関係にある人々も、民族や国家についての議論になると、平気でお互いディスり合ってしまう。そういった状況を解決する方法をインターネットから作れないかとずっと考えてきました。
    学生時代に、世界共通言語をボディランゲージで作るCGMを作っていました。たとえば「お腹が空いた」を表現するボディランゲージを世界中のユーザーにアップして評価し合ってもらい、Facebookのデータから、どの地域・民族で伝わりやすいかを調べて、世界共通のボディランゲージを見つけて増やしていくんです。でもこれって、既に引かれている境界線をいかに飛び越えるかという対症療法的なアプローチにすぎないんですよね。そのとき、そもそもなぜ境界線が生まれているのかが気になったんですね。そこを掘っていくと、どうしても歴史教育にたどり着く。国によってびっくりするくらい教えられている内容が違っていて、そうすると前提が違いすぎますから、子供達が大人になって議論をしようとしても「そりゃ意見も合わないよな」と。
    今の歴史教育の形態は本当によくないと思います。もちろん、国や権力者には国民に信じてほしいストーリーがあって然りなので、国によって教えられている歴史が違うのは、構造的に仕方のないことではあるんですよね。ただ、そのワンサイドストーリーだけが子供達にインストールされている状況がよくない。ワンサイドストーリーだけで教えられると、別のストーリーを受け容れられなくなって、むしろ境界線の向こう側への想像力が減退しますから。世界を減退させるための教育なんてかなりクレイジーじゃないですか。バベルズではいずれ、Q&Oで集めたコンテンツを基に、世界中で提供可能な歴史の電子教科書の製作や、境界線の向こう側への想像力を育てるためのオンラインインターナショナルスクルールの運営をやりたいと考えています。いわば「バベルスクール」ですね。
    宇野 アイロニカルな名前のスクールだね。旧約聖書の「バベルの塔」といえば分割の象徴だから。
    ラド 神からトップダウンで与えられるのではなく、人間たちがボトムアップで手を合わせて乗り越えようとした背景が、僕達の思想に非常に近いと思ったので。 空想的で実現不可能な計画を比喩的に「バベルの塔」と呼んだりしますが、でもどうせスタートアップするなら、そのぐらいがちょうど良い。人類にとって本当に意味のある問題解決に時間を使いたい。 そういう解釈でいいかなと思ってます。
    歴史に対して「食べログ」的なアプローチをしたい 
    宇野 ラドさんがヒストリアを設計するにあたって、CGMという方法にあえて注目したのは、なぜですか?
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  • 本日20:00から放送!オールフリー高田馬場 2019.9.12

    2019-09-12 07:30  
    本日20:00からは、オールフリー高田馬場

    今夜20時から「オールフリー高田馬場」生放送です!「オールフリー高田馬場」は、既存メディアや世間のしがらみにとらわれず、政治、社会からカルチャー、ライフスタイルまで、魅惑の週替わりナビゲーターとともにあらゆる話題をしゃべり倒す〈完全自由〉の解放区です!今夜の放送もお見逃しなく!
    ★★今夜のラインナップ★★今週の1本「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」レオナルド・ディカプリオとブラッド・ピットの初共演が話題の、クエンティン・タランティーノ監督作品。落ち目の俳優とそのスタントマンの友情と絆を軸に、1969年ハリウッド黄金時代の光と闇を描いた今作について、宇野常寛が語ります!週替りナビゲーターコーナー「自作お笑い共通一次」ザ・ギースの高佐一慈さんが高校生の時に作った大喜利問題「自作お笑い共通一次」を、宇野常寛とPLANETSスタッフが回答
  • 前田裕二 仮想ライブ文化創造試論 ー“n”中心の体験設計ー 第4回 GAFAに欠落する人間観と“関係性”への視点(前編)

    2019-09-12 07:00  
    550pt

    SHOWROOMを率いる前田裕二さんの連載「仮想ライブ文化創造試論 ―“n”中心の体験設計―」。第4回の前編では、「なぜGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)は『可処分精神』を奪えていないのか」との問いを立脚点に、「ヒト」「物語」「教祖」など可処分精神を奪う上で最重要となる構成要素を洗い出していきます。その過程で浮かび上がるのは、「人間は一人きりで〈自分の物語〉を語ることができない」というシリコンバレーに欠落する人間観、関係性への視点です。(構成:長谷川リョー)
    GAFAは「可処分精神」を奪えていない
    宇野  前回は、SHOWROOMをパブリックとプライベートの中間にあるメディアと位置づけて議論してきましたが、今回は「可処分精神」の所在を議論していきたいと思います。まず前提としてこの問題は「ディズニー的なもの」と「Google的なもの」との対立で考えていきたい。前者は20世紀的な映像文化の現在形で、後者は21世紀的なインターネット文化だとひとまずは言えますね。そして、前者のディズニー的なもの、つまり20世紀的映像文化は、どんどん「1年に1度の打ち上げ花火」の方向に行こうとしている。その一方で、Google的なものは、元社内ベンチャーのナイアンティックが開発した『Pokémon GO』に象徴されるように、人々の隙間の時間を奪おうとしている。そして、ここで第3の潮流として、Netflixに代表されるサブスクリプション・サービスについて考えたい。これらはいわばディズニー的なものと、Google的なものの中間の抽出を試みている。つまり、かつての週1の雑誌的なものやテレビ番組的なものが、いかなる形態で生き残れるかを試行錯誤しているとも言えるわけです。
    前田さんがいう「可処分時間から可処分精神へ」は、今話したようなエンタメビジネスやBtoCサービスの世界に閉じた話ではなく、労働問題ともパラレルであると考えられます。20世紀の工業社会では、ブルーカラーもホワイトカラーも、いかに「人間」という歯車の力を効率よく集約して回すのか、つまり「タイムマネジメント」を基準に生きていた。ところが、情報社会においては生産性の定義が変わり、目に見えない付加価値に基準が置かれるようになる。同時に、人々の価値の中心が〈モノ〉から〈コト〉へと移行するパラダイムシフトが起きた。その結果、落合陽一くんがよく言っているように、労働の世界ではタイムマネジメントよりもストレスマネジメントが大きな鍵とされるようになった。こうした「〈モノ〉から〈コト〉へ」や「タイムマネジメントからストレスマネジメントへ」といった変化と同じ意味において、現象としての「可処分時間から可処分精神へ」が生じているのではないか。
    近代社会では、ありとあらゆる価値が「時間」という絶対的な基準によって決められていたが、今後は時間よりも、たとえば「気持ち良いかそうでないか」といった価値に重きが置かれるようになっていくのではないか。だからこそ「可処分時間から可処分精神へ」というテーゼは、単にエンタメの世界でいかにユーザーに課金させるかという問題を超えた大きな議論だと思います。
    前田 まずは「なぜ時間から精神に移行するのか」そして「GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)は精神を奪えているのか」を考えてみたいと思います。 後者の結論から言ってしまえば、現状で精神まで到達しているプレイヤーはいないと感じています。「精神が奪われている状態」とは継続的にそのことを考え続けてしまうこと、要はマインドシェアの話です。分かりやすい例は、宗教や恋愛。なんらかの宗教に属している人は継続的に一定のマインドをその宗教に割いている状態で、意思決定の判断軸になっています。恋愛も同様に、付き合いたての恋人が居るときには四六時中その人のことを考えてしまい、他のことが手につかなくなってしまう。他にも西野(亮廣)さんや箕輪(厚介)さんが主宰するオンラインサロンも同じモデルだと思います。サロンメンバーはなにをするにも自身の行動の判断基準としてサロンオーナーの優先順位を高くするので、一定以上のエンゲージメントがある。だからこそ、高単価の直接課金が可能になっていると思います。
    話を戻すと、GoogleやAmazonが提供しているものはあくまで「利便性」や「機能」に留まっているため、精神を奪うには弱い。Googleのことばかりを考えてしまいドキドキすることは絶対にあり得ない。一方、Appleは自らをテクノロジーメーカーではなく、高級ブランドと再定義しています。それにより、GAFAのなかでもAppleは可処分精神を奪えている存在にみえるのですが、僕はAppleが実際に奪っているのは「可処分所得」であると考えています。なぜなら、彼らが可処分精神を奪う際に使うのは〈モノ〉であり〈ヒト〉ではないから。Facebookも同様、僕らの親指があの青いアイコンの上でドキドキして震えることはないし、なんとなくフィードを見ているに過ぎない。だからこそ、僕らのようなアジアのプレイヤーが世界に打って出て勝つために、〈ヒト〉の可処分精神を奪い、結果として可処分時間や可処分所得を獲得する方法があると考えています。
    可処分精神を奪うのに必要なのは「ヒト」「物語」「教祖」
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  • 成馬零一 テレビドラマクロニクル1995→2010 宮藤官九郎(6)クドカンドラマの女性観(前編)

    2019-09-11 07:00  
    550pt

    ドラマ評論家の成馬零一さんが、90年代から00年代のテレビドラマを論じる『テレビドラマクロニクル(1995→2010)』。『木更津キャッツアイ』をはじめ、男性を中心としたコミュニティの描写を得意とする宮藤官九郎は、ある時期まで、恋愛に対しては非常に冷めた視線を向けていました。今回は初期のクドカンドラマが女性をどのように描いてきたかを振り返ります。
     恋人よりも仲間といる時の男子校的な「わちゃわちゃ感」の方が楽しそうに描かれるクドカンドラマだが、では彼の作品において女性はどのように描かれてきたのだろうか?
     宮藤と連続ドラマを作り続けているTBSの磯山晶プロデューサーだが、彼女がはじめて宮藤を脚本家として起用したのが、1999年の『親ゆび姫』である。
    ▲『親ゆび姫』
     本作は、ハンス・クリスチャン・アンデルセンの童話「親指姫」を現代的なホラーに読み替えた作品だ。   女子高生の町田冴子(栗山千明)は同級生の君島祐一(高橋一生)に片思いをしていたが、なかなか気持ちを打ち明けられずにいた。ある日、冴子は公園で知り合った化粧をした謎の男から「恋のお守り」として赤い液体を手渡される。覚悟を決めて、祐一に告白する冴子。しかし祐一は、今は誰とも付き合う気がないと言って断ってしまう。 「これを振りかければアナタの思い通りになるの」 男の言葉を思い出した冴子は衝動的に赤い液体を祐一にかける。祐一の身長は4センチの人形ぐらいの大きさに縮んでしまう。
     小さくなった祐一を冴子は家に連れて帰る。『親指姫』というよりは内田春菊の漫画『南くんの恋人』(青林工藝舎)の男女逆バージョンとでも言うようなドラマである。 過去に何度もアイドル女優主演でドラマ化された『南くんの恋人』が、思春期の少年少女にとっての甘酸っぱい願望を描いた(小さくなった女の子と少年がいっしょに暮す)秘密の同居モノだったのに対し、『親ゆび姫』は甘酸っぱさが皆無で、宮藤が書くとここまでおぞましいものに変わるのかという話に読み替えられていた。
     小さくなった祐一に責任を感じ必死で世話しようとする冴子。祐一が好きなお菓子やジュース雑誌を買って目の前に置くのだが、祐一は彼女に冷たい。
    冴子「(ドクター・ペッパーをスポイトで吸いながら)フフフ、ワタシ、祐一くんの事、なんでも知ってるんです。寝る時はジャージにタンクトップ、中学の時はバスケ部で、遠征にいくバスでモノマネやってたんでしょ? 好きな映画は『アルマゲドン』で、ヒップホップが好きで、モーニング娘。では鼻ピアスの子が好きで、サングラスかけてアダルトビデオ借りにいって、門脇先生に見つかって、あとそれから……」 祐一「やめろよ!」 冴子「……え?」 祐一「……言ったよね? おれ、アンタの事なんとも思ってないの。だから、こんな事されても、不愉快なだけなの」 冴子「……ごめんなさい(目に涙ためる)」 祐一「だから困るんだよね、泣かれても」(著・宮藤官九郎『宮藤官九郎シナリオ集 親ゆび姫×占っちゃうぞ♡』角川書店)
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  • 今夜20:00から生放送!松島倫明×宇野常寛「実験都市WIRED特区から未来を考える」2019.9.10/PLANETS the BLUEPRINT

    2019-09-10 08:30  
    今夜20時から生放送!「PLANETS the BLUEPRINT」では、 毎回ゲストをお招きして、1つのイシューについて複合的な角度から議論し、 未来の青写真を一緒に作り上げていきます。 今回お迎えするのは、世界的なテック系オピニオン誌として有名な
    「WIRED」日本版編集長の松島倫明さん。
    昨年11月の就任でUS版創刊の25周年記念特大号として同誌をリブートさせて以降、
    国内外のフューチャリストたちを結集し、
    「New Economy」「Digital Well-being」「Mirror World」と、
    毎号次々と先端的な未来像を提示して注目を集めています。
    来る9月13日には「ナラティヴと実装」をテーマにした最新号vol.34の発売を
    控える「WIRED」日本版。
    番組では、リブート後の同誌が提示してきたビジョンを振り返りつつ、
    テクノロジーがカルチャーやライフスタイルをどう変え
  • 山下優 波紋を編む本屋 第3回「売れた」本を取り揃えることが、書店にとって第一なのか

    2019-09-10 07:00  
    550pt

    青山ブックセンター本店・店長の山下優さんによる連載『波紋を編む本屋』。第3回となる今回は、書店の棚を作るかなめとして、感度の高い書店員であるためにはどんな方法がありえるのか、考えます。
    前回のこの連載では、書店は本の文化の一端を担っているといえるのかについて、考えました。今回は、書店員の感度の高さについて、考えていきたいと思います。
    書店員は、どのように新刊の情報を得ているのか。基本的な新刊の案内は、全国津々浦々の書店に、一律同様の注文書が、営業さんの手によってか、FAX(未だに……)、あるいはメールなどで届けられる。重版情報や、テレビ、書評、広告等のメディア情報も同様です。毎日毎日、膨大な量のFAXが届きます。FAXやメールの場合は、出版社は一括送信が多いので、各書店に合う、合わないは全く関係なく、とにかく送られてくるということが多いです。
    加えて、著者や編集者、ライター、出版社のSNS、取次のシステムなど、とにかくチェックするべきチャンネルが多い現状です。また、書店の規模やチェーン一括仕入れなどによる細かい違いはあるのかもしれませんが、主に大手出版社については、全てのタイトルについて希望数を書店が指定することは基本的には難しく、売上の状況から弾き出されるランク(S、A、B~等)に応じて、配本されます。色々な事情から、アナウンスなく突発的に刊行されるタイトルもあります。このように、新刊については膨大な情報量が流れてくるので、全てを把握するのは、なかなか難しいです。
    では、書店からの注文数は、どのように決めているのか。当店、青山ブックセンター本店の場合は、各ジャンル担当者が数を決めています。たまに店長の自分は担当以外のジャンルにも口出ししています。当たり前ながら、この新刊の数を決めるというのが、難しくもあり、棚担当者の腕の見せどころです。
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  • 【号外】9月新規メンバー募集中! PLANETS CLUBのご案内

    2019-09-09 07:30  

    評論家・宇野常寛が主宰するオンラインサロン、PLANETS CLUB。今回は「最近よく聞くけど、実際どんなことをしているのか知りたい!」という方向けに、PLANETS CLUBの実態と、その魅力がどこにあるのかについてご紹介します。
    PLANETS CLUBとは
    宇野常寛が主宰する企画ユニット「PLANETS」が運営するオンラインサロンです。政治からサブカルチャーまで幅広いジャンルの連載記事や動画を楽しめるだけでなく、毎月ゲストをお迎えしたトークイベントも開催。「遅いインターネット」計画に基づき、言葉の力で世界を面白く盛り上げていくチームの活動拠点です。
    ▲この漫画の続きはこちら

    PLANETS CLUBででできること
    ✔️「PLANETS the BLUEPRINT」「オールフリー高田馬場」延長戦限定配信中!

    PLANETS CLUBでは、現在ニコニコ生放送で配信中の対談番組「PL