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宇野常寛 NewsX vol.12 ゲスト:坂本崇博「“自分の働き方”で世界は変わる」【毎週金曜配信】
2018-12-21 07:00550pt
宇野常寛が火曜日のキャスターを担当する番組「NewsX」(dTVチャンネル・ひかりTVチャンネル+にて放送中)の書き起こしをお届けします。11月20日に放送されたvol.11のテーマは「“自分の働き方改革”で世界は変わる」。コクヨ株式会社働き方改革プロジェクトアドバイザーの坂本崇博さんをゲストに迎え、行政の指導のもとで形骸化しがちな「働き方改革」を乗り越え、個人単位で会社との生産的な関係を築いていく方法について考えます。(構成:籔 和馬)
NewsX vol.12「“自分の働き方改革”で世界は変わる」2018年11月20日放送ゲスト:坂本崇博(コクヨ株式会社働き方改革プロジェクトアドバイザー) アシスタント:加藤るみ(タレント) アーカイブ動画はこちら
宇野常寛の担当する「NewsX」火曜日は毎週22:00より、dTVチャンネル、ひかりTVチャンネル+で生放送中です。アーカイブ動画は、「PLANETSチャンネル」「PLANETS CLUB」でも視聴できます。ご入会方法についての詳細は、以下のページをご覧ください。 ・PLANETSチャンネル ・PLANETS CLUB
サラリーマンとオタクの両立のために、ひとりではじめる働き方改革
加藤 NewsX火曜日、今日のゲストはコクヨ株式会社 働き方改革プロジェクトアドバイザー、坂本崇博さんです。宇野さんと坂本さんはどういうきっかけでお知り合いになられたんですか?
宇野 去年の11月に、坂本さんが勤めているコクヨさんの主催する「働き方改革」をテーマにしたシンポジウムに、僕がパネラーとして呼ばれたんですよ。「今の働き方改革ブームなんて名前ばかりで空回りしている」とスピーチしようと考えていたら、坂本さんが冒頭のプレゼンで「あなたたちの信じている働き方改革なんて意味がありません」とビシッと言って、いい意味でやられたなと思ったんです。そこで、この人はおもしろいから仲良くなろうと思って、うちのメルマガに出てもらったり、『PLANETS vol.10』に出てもらったりしました。ちなみに僕と坂本さんは同い年なんです。僕は会社からドロップアウトして好き放題してやくざに生きている人間なので、僕の生き方はロールモデルにはならないと思うけど、坂本さんは組織の体制の中にいながらもすごくのびのびやっていているので、坂本さんの生き方はロールモデルになると思うんです。なので、こういう機会に坂本さんのやり方を紹介できたらいいなと思って今日はお呼びしました。
▲『PLANETS vol.10』
加藤 今日のトークテーマは「自分の働き方で世界は変わる」です。宇野さん、こちらのテーマを設定した理由は?
宇野 坂本さんは、ひとりのサラリーマンとして、まず自分の働き方改革をやったんです。それですごく成果を上げて、会社に評価されて、今コクヨで働き方改革のコンサルをやっている。つまりコクヨは単にオフィス家具などを提供しているだけじゃなくて、オフィス設計とかもやっていて、さらに坂本さんを中心にいろんな会社の働き方改革のコンサルをやっているわけなんだよ。坂本さん自身が自分の働き方改革をやることによって得たテクニックを、他社に広めていっているのね。個人的な工夫や小さなアイデアをシステム全体に応用していくのが、この人の理論ではきれいにつながっている。それがもっと世の中に紹介されるべきだと思ってこのテーマを選びました。
加藤 今日も三つのキーワードでトークしていきます。まずは「“自分の働き方改革”の紹介」です。
坂本 私はコクヨに入社したときに営業に配属されました。まわりの営業の人たちは1日に平均5件のお客様にお会いしに行っていたんですね。ある意味訪問件数が日々の目標のようにになっていました。でも、会いに行く営業スタイルは私の働き方ではないかなと思ったんです。その理由は、夕方に会社に帰ってきて、事務処理とかをしなきゃいけないので、どうしても帰宅が遅くなるんです。そうすると、アニメを観れないんですよ。これはまずいわけです。当時、録り貯めていた『エヴァ』をもう一回観たいし、あとは『ビバップ』とかも観たかった。このままではやばいと思いました。また、もともと天邪鬼な性質で、自分のやり方にこだわりたいところもあったんですね。そんな中でふと、「お客様に会いに行く」ではなく「お客様に来てもらう」とよいのではないかと思いついたんです。そこからいろいろ勉強したり練習して、お客様向けのセミナーや交流会を開いて、お客様にお越しいただくスタイルを確立していきました。交流会については、私は母子家庭の鍵っ子だったので、結構自炊することが多く、料理が好きだったんですね。そこで、「自分の料理を振る舞う会」を年末に開いて、年末の挨拶まわりじゃなくて、年末に挨拶に来てもらうという仕掛けをしました。ありがたいことに盛況で、毎年リピート開催するようになりました。というようなことをやっていると、残業はほぼなしで業績も結構高くなっていって。それを見たお客様から「うちにも君の働き方を紹介してよ」と言っていただいたんです。そこで、これはイケるかもと思い、コンサルと名乗って、契約の仕方とかを覚えて、中の人たちをうまく説得して、セミナーやワークショップを開いたり、いろんな会社さんの働き方改革のアドバイザーとしての生業をはじめたら、今では部署として活動できるレベルに普及してきたんです。
宇野 これはすごいスタンドプレイですよね。周りから何か言われたりしなかったんですか?
坂本 たしかに、「あいつは、営業の『え』の字を知っているのか」みたいなことを言われていましたし、反対意見もありました。私の場合、何かをやるときに、「この人と仲良くなっておこう」という人を見つけておくんですね。そこで、最初に私がやったのは、タバコ部屋に行くことなんです。私はタバコを吸わないんですけど、その彼がタバコを吸う人間だったんです。そうすると彼とよく会うじゃないですか。彼から「お前の出身はどこだ?」とか声をかけられるので、「兵庫県です。そちらは?」と言うと、「山口だ」と。そこで次の日までに山口のおいしいお酒を調べておいて、また会ったときに「山口のおいしいお酒を見つけました」と言って、そのお酒が飲める店に一緒に行って、熱く会話をして「なんかやりたいことはないのか?」と言われたので、「あります」と言うんです。このようにして、営業を社内的にやったりはしました。
加藤 話すきっかけを自分からつくりに行くのは、やっぱり工夫されたんですよね。
坂本 待っていると「とにかく外に出ろ」としか言われないのでね。意地でも早く帰りたかったので工夫をしました。
加藤 その後、コンサル事業を展開されたと思うんですけど、その過程で自分の中で苦労されたことはありますか?
坂本 オタクなので、もともと人前でしゃべるのがすごい苦手なんですよ。
宇野 今の坂本さんからは想像がつかないですね。
坂本 今でも休みの日に宅配便が来ても出ませんからね。コンビニのレジに行くのも嫌な人間なんです。だけど、それでは仕事にならないですよね。会いに行く営業もできないかもしれない。というので、公園でプレゼンの練習をはじめるんですね。ギターの弾き語りの練習みたいな感じで、公園でプレゼンテーションの練習をしました。足元に空き缶おいて。お金は入らないけど、ショートしてやっているように見せないと恥ずかしいじゃないですか。そんなことしてると、だんだんと恥の概念がなくなってきて。プレゼンってのは意外に場数だなと感じました。そのようにして克服しましたね。
宇野 日本の大企業では、会社に遅くまで残っている人が、忠誠心が高くてよく働いている人だとされていますよね。だから残業代の発想もあるわけじゃないですか。成果ではなくて拘束時間に対してお金を払うというね。あれは悪しき慣習だと僕は思うんだけど、コクヨはそうじゃなかったんですか?
坂本 やっぱり評価の基準が曖昧なところは多少あります。そうすると、上司は主観的に見て頑張っていると思える人を評価するんですね。その「頑張っている」の基準が、上司が平社員だった頃に、当時の上司から「お前は遅くまで頑張っているな」と褒められていると、それが刷り込まれることもあるんじゃないでしょうか。なんとなく人情としてはわかりますよ。遅くまでいたら「頑張っているな」と声をかけますよね。そうするとメンバーも無意識に「遅くまでいると、頑張っていると評価される」というロジックができあがっちゃうんでしょうね。そのあたりは、私自身が天邪鬼なので、「人と同じこと」をやって褒められるのがそんなに好きではない人間だから、逆に違うことをやってやろうというのはあったんですけどね。でも、そういう習慣はどこの企業さんにもあったのかなと思います。「一人前」という概念が「みんなと同じことができるようになること」だった時代ですね。私は、「一人前」というのは、ひとり前に出て新しいことをはじめることだと思います。
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本日21:00から放送!宇野常寛の〈木曜解放区 〉 2018.12.20
2018-12-20 07:30本日21:00からは、宇野常寛の〈木曜解放区 〉
21:00から、宇野常寛の〈木曜放区 〉生放送です!〈木曜解放区〉は、評論家の宇野常寛が政治からサブカルチャーまで、既存のメディアでは物足りない、欲張りな視聴者のために思う存分語り尽くす番組です。今夜の放送もお見逃しなく!
★★今夜のラインナップ★★メールテーマ「クリスマス」今週の1本「獣になれない私たち」アシナビコーナー「井本光俊、世界を語る」and more…今夜の放送もお見逃しなく!
▼放送情報放送日時:本日12月20日(木)21:00〜22:45☆☆放送URLはこちら☆☆
▼出演者
ナビゲーター:宇野常寛アシスタントナビ:井本光俊(編集者)
▼ハッシュタグ
Twitterのハッシュタグは「#木曜解放区」です。
▼おたより募集中!
番組では、皆さんからのおたよりを募集しています。番組へのご意見・ご感想、宇野に聞いてみたいこと、お悩み -
『消極性デザインが社会を変える。まずは、あなたの生活を変える。』第8回 みんなで話し合って決めようの消極性デザイン(西田健志・消極性研究会 SIGSHY)
2018-12-20 07:00550pt
消極性研究会(SIGSHY)による連載『消極性デザインが社会を変える。まずは、あなたの生活を変える。』。前回に引き続いて西田健志さんの寄稿です。話し合いへの参加を最初から諦めてしまう「消極的」な人々は、どうすれば大規模な集団の議論に参加できるのか。西田さんが考案した、1対1の「小さな議論」の勝者がトーナメントを勝ち上がる「トーナメント型議論システム」を紹介します。
消極性研究会の連載、前回に引き続き西田健志が担当させていただきます。
前回は、P10の消極性研究会座談会や「遅いインターネット計画」に触れながら、消極的な人たちでも発言しやすく、落ち着いた言動でも注目されやすい環境をデザインすることができれば、乱暴な言動で注目を集める必要性や免罪符がなくなって建設的なコミュニケーションの場をつくることができるのではないかとの立場を表明しました。そして、そのための消極性デザインの一例として傘連判状を採り入れたチャットシステムを紹介しました。
▲『PLANETS vol.10』
傘連判状は、言いたいことがあるけど言えないでいる人たちにあと一歩の勇気と少しの発言力を与える消極性デザインで、学会や企業、オンラインサロン内のコミュニケーションなどには効果的なのではないかと考えています。しかし、より大規模な国家~地球レベルの人数を相手取るにはやや心もとないところがあります。
Twitterで何万いいね集めたとしても、Change.orgで何万もの賛同を集めたとしても、デモに何万人集まったとしても、それよりも桁違いに多いその他大勢を動かすには至らない少数派。そうして量産される消耗品のように流れていく主張の数々を眺めていても無力感に苛まれることなく真っ当に主張を続けよう、議論を続けようとするのはよほどのエネルギーの持ち主だけでしょう。正攻法を諦めてダークサイドに落ちてしまうのも無理はありません。前編でも触れましたが、大勢の人がいると他人任せになって手を抜いてしまうSocial loafingの壁はまさに圧倒的なのです。
ここから紹介するのは、この壁に挑むことを諦めたくなかった消極的な割にわがままな私のいまだ成功を見ない長年の試行錯誤の跡です。もっとこうしたらいいのに、私ならこうするなどとじっくり考えながら読んでいただけますと幸いです。
「二人組に分かれてください」をドライに
「他の誰かががんばってくれるからいいでしょ」という気持ちで消極的になってしまうSocial loafingの解決に向けて私が最初に考えたのは、学校の授業などでよくやる「二人組に分かれて話し合いましょう」のパターンです。教室全体ではこっそりと発言しないでいた消極的な人も、二人組に分かれても黙っていたとしたら逆に余計に目立ってしまうので話始めることになるアレです。みなさんも経験したことがあるのではないでしょうか。
二人組に分かれて話すというプロセスを組み込んだコミュニケーションシステムを作れば、クラスやサークルなどで文化祭の企画や旅行の行き先など様々な話し合いの場面においてあまり意見しなかったような人からも意見を出してもらうことができるでしょう。インターネット上で利用することで、もっともっと大きな集団でのコミュニケーションで何かを決めなければならない政治などの場面においても、social loafingの解決にもつながるのではないかと考えました。 授業などでの二人組に分かれてと言われた過去の経験を思い出してとても嫌な気分になった人もいるかもしれません。誰とペアになろうかと考えているうちに一人取り残されてしまうという悲劇は考えるだけで恐ろしいものです。あるいは、ペアになった人と話がかみ合わなくてがっかりするということもあるかもしれません。
しかし、そこはコンピュータを利用して極めてドライに処理してしまうことによってかなり軽減できるものだと思います。ペアはランダムに決めてしまえばいいですし、話がかみ合わなければ相手を変えられるようにしてしまえばいいわけです。せっかく相手に歩み寄ろうしているのに相手から「チェンジ!」されたらショックだろうとは思いますが、そこは工夫次第でもっとドライにできるところです。
話し合いをトーナメントでしよう
分かれて話し合った後にはその結果をなんとかまとめたいところですが、その段階でやっぱり消極性が発露して他人任せになってしまうのではあまり意味がありません。
私が注目したのはトーナメントという仕組みです。トーナメントでは二者が対決し、その勝者が勝ち上がるというのを繰り返して、優勝者を決めます。最後まで二人組で話すことになるので勝ち残った人はずっとサボれません。
すべての参加者と対戦したわけではなくても、トーナメントの優勝者がそのとき最強だったということに異論をはさむ人はまずいません。話し合いもトーナメントにしてしまえば、何も言わないでいたくせに決まってから後で文句を言ってくるようなことはなくなるというメリットもありそうです。国家~レベルのコミュニケーションが主に結論に納得するために行われているものだとすると、決着のわかりやすさはとても大切です。
そんなことを考えながら開発したトーナメント型議論システムがこれです。
▲トーナメント型議論システム
左側には対戦トーナメント表が表示され、右側にはテキストチャット画面が表示されます。真ん中にあるのはフォロワーと全参加者のリストです。リストには名前とステータスメッセージが表示されるようになっています。
話し合いの「勝ち」とは?
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37時間の誕生日と巨大化する人工島|周庭
2018-12-19 07:00
香港の社会運動家・周庭(アグネス・チョウ)さんの連載『御宅女生的政治日常――香港で民主化運動をしている女子大生の日記』。アメリカの旅の途中に22歳の誕生日を迎えた周庭さん。前回に引き続いて、ランタオ島の埋め立て計画の続報をお届けします。政府と利権団体の緊密な関係によって、開発計画は無責任かつ杜撰に拡張され、ここでも香港議会はあからさまに軽視されているようです。(翻訳:伯川星矢)
【告知】 周庭さんが〈HANGOUT PLUS〉にやってきます。 周庭×宇野常寛 「香港で民主化運動している女子大生は今何を考えているか」 1月7日(月)21:00より放送予定。ぜひご視聴ください!
御宅女生的政治日常――香港で民主化運動をしている女子大生の日記第23回 37時間の誕生日と巨大化する人工島
わたし、22歳になりました!
約一週間前の12月3日は、わたしの22歳の誕生日です! 正直、わたしはまだ自分 -
三宅陽一郎 オートマトン・フィロソフィア――人工知能が「生命」になるとき 第八章 人工知能にとっての言葉(後編)
2018-12-18 07:00550pt
ゲームAIの開発者である三宅陽一郎さんが、日本的想像力に基づいた新しい人工知能のあり方を論じる『オートマトン・フィロソフィア――人工知能が「生命」になるとき』。人工知能と人間の間で自然な会話を行おうとするときに、大きな障壁となるのがが「フレーム問題」です。言語は人工知能に「意思」を与えうるのか。禅や華厳哲学の認識論をヒントに、その可能性を探ります。※本記事の前編はこちら
言語世界から逃れて
人は生まれてから学習し続け、その人の世界には意味が満ち、意味が固形化して行きます。そこから逃れる手段は東洋では「禅」と呼ばれます。「禅」とは固形化・形骸化した知の体系から逃れること、世界の意味の網を外す、という行為です(図8-6)。自らの知の体系を壊し、言葉ではなく体験を重んじる手法です。しかし、この意味の世界を、西洋はさらに言葉を重ねて探求していきます。その結果、言葉が言葉を生み出し続ける現象が現れます。 ヴィトゲンシュタインは、多くの哲学が「言語によって語り得ぬもの」に対して言語を使っていると批判しました。意味で溢れた世界はとても危険です。ありもしないものをあると信じ、そのせいで人が争いあったのが、20世紀の歴史です。人は意味を浴びますが、それはある時には呪いとなり、浄化する必要があるのです。
▲図 8-6 分節化の網を外してあるがままを観る
人工知能は物の見方を人間から指定されます。これをフレームと言います。人工知能はフレームを与えられて初めて駆動します。人工知能はフレーム内で知識を整理する能力がありますが、それを拡張する力はありません。フレームは固定されたままです。人工知能が自らフレームを作り出す能力、フレームを拡張する能力がない問題を「フレーム問題」と言います。そこで意味は固定され、世界はフレームの中でのみ意味を持つことになります。人工知能はフレームから逃れることはできません。人工知能は人間の与えたフレームの中で生きるのです。たとえ間違ったフレームの中でも人工知能はその中で生きます。たとえば、「リンゴを取る」というフレームで、人間が頑張って、腕の伸ばし方や、リンゴの位置の特定など、問題設定を探求したとします。しかし実際にロボットを動かすと、足がリンゴの机に引っ掛かって手がそもそも届かないかもしれません。そのとき、もし人間であれば足の痛みから問題設定が足りなかったことがわかります。つまり、人間にとって身体は、間違ったフレームに本来あるべき足りなかった変数を教えてくれる、クリエイティブな源泉であるのです。
「クリエイティブな行為の基盤にあるのは、認識枠を臨機応変に広げたり狭めたりする賢さであることを、様々な事例で論じてきた。身体で世界に触れること(現象学の言葉で言えば、「現出」を意識に上らせること)を通じて、身体がそれまで想定外だった変数(着眼点)にふと意識を向けることで、それは可能になると論じた。」 「街でからだメタ認知を実践する習慣がつくと、最初は定番の変数群しか意識が及ばないかもしれない。しかし次第に、些細な、自分だけしか気づかないような変数にも意識が及ぶようになる。…自分の街の些細な変化に、そして身体に生じる体感の微妙な差異に、気付くようになる。」(諏訪 正樹 「身体が生み出すクリエイティブ」ちくま新書、2018年 (P.190-191))
このように人間は身体を伴った行動が、間違ったフレームの夢を覚まし、狭い了見を広めてくれるのです。「行動せよ、そうすれば、見えてくる」という格言が言っていたことは、思考だけでは逃れることができないフレームの制約から、身体が開放してくれる、ということでもあるのです。 しかし、世界に根差した身体、また認識と分離してしまった身体しか持たない人工知能では、身体のエラーからフレームを拡張することはできません。そもそも、人工知能はフレームを生成しないので、そのフレームが足りなくても、「あらかじめ含まれていないこと」を含ませることができないのです。 「禅」はいわば、フレームを外すことです。知識を規定している枠そのものを乗り越えることです。東洋的思想の極と言えるでしょう。意味ある世界と、意味のない世界を自由に行き来するのが「禅」の行為です。それは意味を超越し、意味を相対化することです。世界に対する意味の網を自由にはめたり、はずしたりすることは、とても危険なことですが、禅はそれを可能にする行為です。
(3)社会的な言葉、個人的な言葉
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『騎士団長殺し』――「論外」と評した『多崎つくる』から4年、コピペ小説家と化した村上春樹を批評する言葉は最早ない!(福嶋亮大×宇野常寛)(PLANETSアーカイブス)
2018-12-17 07:00550pt
今朝のPLANETSアーカイブスは、福嶋亮大さんと宇野常寛による、村上春樹『騎士団長殺し』を巡る対談をお届けします。いまや自己模倣を繰り返すだけの作家となりさがった村上春樹の新作は、顔を失い、読者も見失い、批評すべき点の全くない小説でした。『ウルトラマンと戦後サブカルチャーの風景』を刊行した福嶋亮大さんと宇野常寛が、嘆息まじりに語ります。(構成:金手健市/初出:「サイゾー」2017年4月号) ※この記事は2017年4月27日に配信した記事の再配信です・前編はこちら
【告知1】 福嶋亮大さんの新刊『ウルトラマンと戦後サブカルチャーの風景』が本日、発売になりました。PLANETSオンラインストア、Amazon、書店で販売中です。ぜひお買い求めください(書籍情報)。
【告知2】 福嶋亮大さんが、12月19日(水)に開催されるオンラインサロン・PLANETS CLUBの第8回定例会で、ゲストとして登壇されます。イベントチケットはこちらで販売中。PLANETS CLUB会員以外のお客様も購入可能です。ご参加お待ちしております!
▲村上春樹『騎士団長殺し』
福嶋 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(2013年/文藝春秋)が出たときにもここで対談をして、あのときは村上春樹の小説史上、これ以上のワーストはないと思っていた。今回の『騎士団長殺し』は、主人公が自分と同じ36歳ということもあって、最初は少し期待して読み始めたんですが、結論から言うと何も中身がない。あまりにも中身がなさすぎて、正直何も言うことがないです。村上春樹におけるワースト長編小説を更新してしまった。
構成から具体的に言うと、前半に上田秋成や『ふしぎの国のアリス』、あるいはクリスタル・ナハトや南京虐殺といった伏線が張られているけれど、どれも後半に至って全く回収されない。文体的にも、ものすごく説明的で冗長になっている。村上春樹は、その初期においては文体のミニマリズム的実験をやっていた作家です。デビュー当初に彼が敵対していたような文体を、老境に至って自分が繰り返しているような感じがある。ひとことで言うと、小説が下手になっているんですよね。彼くらいのポジションの作家として、そんなことは普通あり得ない。
宇野 まったく同感です。『1Q84 』(09~10年/新潮社)「BOOK3」以降、後退が激しすぎる。あの作品も伏線がぶん投げられていたり、後半にいくに連れてテーマが矮小化されていて、まぁひどいもんでした。村上春樹は95年以降、「デタッチメントからコミットメントへ」といって、現代における正しさみたいなものをもう一度考えてみようとしていたわけですよね。「BOOK3」も最初にそういうテーマは設定されているんだけど、結局、主人公の父親との和解と、「蜂蜜パイ」【1】とほぼ同じような、自分の子どもではないかもしれないがそれを受け入れる、つまり春樹なりに間接的に父になるひとつのモデルみたいなものを提示して終わる。村上春樹にとっては大事な問題なのかもしれないけど、物語の前半で掲げられているテーマ、つまり現代における「正しさ」へのコミットメントは完全にどこかにいってしまっているのはあんまりでしょう。ここからどう持ち直していくんだろう? と思っていたけど、『多崎つくる』も『騎士団長殺し』も、「BOOK3」の延長線上で相も変わらず熟年男性の自分探し。自分の文章をコピペしている状態に陥ってしまっていて、しかもコピーすればするほど劣化していて、目も当てられない。これでは最初から結論がわかっていることを、なぜ1000ページも書くんだろうという疑問だけが、読者には残されるだけです。
福嶋 手法的には『ねじまき鳥クロニクル』(94~95年/新潮社)あたりからの自己模倣になっていて、その終着点が『騎士団長殺し』だったということなんでしょうね。村上春樹が抱えているひとつの問題は、読者層を想定できなくなっていることだと思う。つまり、今の彼の読者層は『AKIRA』の鉄雄のように際限なく膨張して、もはや顔がなくなっている。例えば宮﨑駿だったら、知り合いの女の子に向けて作るというような宛先を一応設定するわけだけど、村上春樹にはそれがない。結果として、大きなマスコミュニケーションの中に溶けてしまって、自分の顔がない小説になってしまっている。村上春樹は本来、消費社会の寵児と言われつつも、顔がない存在・顔がない社会に対して抵抗していたわけでしょう。それが、ついに自分自身がのっぺらぼうになってしまった。とても悲しいことだ、と思います。
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宇野常寛 NewsX vol.11 ゲスト:田中元子「マイパブリックとグランドレベル」【毎週金曜配信】
2018-12-14 07:00550pt
宇野常寛が火曜日のキャスターを担当する番組「NewsX」(dTVチャンネル・ひかりTVチャンネル+にて放送中)の書き起こしをお届けします。11月13日に放送されたvol.11のテーマは「マイパブリックとグランドレベル」。株式会社グランドレベル代表取締役の田中元子さんをゲストに迎え、地域の人々の目線の高さに合わせた、グランドレベルからのパブリックなコミュニティ構築の可能性を、江東区森下の「喫茶ランドリー」の実践例から考えます。(構成:籔 和馬)
NewsX vol.11「マイパブリックとグランドレベル」2018年11月13日放送ゲスト:田中元子(株式会社グランドレベル代表取締役) アシスタント:加藤るみ(タレント) アーカイブ動画はこちら
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喫茶ランドリーから考える、ちょうどいい距離感のコミュニティ
加藤 NewsX火曜日、今日のゲストは株式会社グランドレベル代表、田中元子さんです。宇野さんは田中さんとどういう経緯でお知り合いになったんですか?
宇野 僕の友人のNHK出版の井本光俊さんが元子さんの友達なんですよ。元子さんが主催しているイベントに井本さんが僕を誘ったんですよね。その会場で会ったのが、たぶん初対面です。それが「アーバンキャンプ」という、おもしろいイベントなんですよ。場所は神田の大学ですよね。
田中 東京電機大学の跡地をキャンプ場として開放するイベントです。
宇野 元子さんはもともと建築雑誌などの編集をやっていた人なんですけど、その仕事の延長線上で、街を見つめ直し、都市について考えるイベントをいっぱい企画していて、そのうちのひとつなんですよ。
加藤 本当にビルの中でキャンプをしているんですね。
宇野 普段は絶対に寝泊まりしないようなエリアなんですよ。神保町とか御茶ノ水といった、マンションも一軒家もほとんどないような都心で、地上50cmぐらいの場所からビル群を眺めると、いつも訪れている街が全然違って見えて、すごく新鮮な体験でした。
加藤 特別な体験だったんですね。
宇野 街中でのキャンプだから、風呂も近所の銭湯に行くし、ご飯もカレー屋さんが多い神保町なので、有名なカレー屋さんに行って食べたりしましたね。
宇野 彼が井本光俊というNHK出版『きょうの健康』編集部の中年男性ですね。キャンプが大好きという。
宇野 これは大学で都市論を研究していた学生さんが、キャンプに参加しながら街の地図を書いていたのかな。目算が甘かったのか夜になってもまだできていなかった。結局翌朝雨が降って、未完成で終わるんですけどね。
宇野 これは井本さんがくつろいでいるところ。シュールな画ですよね。この背景でこのシチュエーションはなかなかないですよね。
宇野 これは寝袋に入っている僕ですね。秋のイベントだったんで夜は寒くて、寝袋にくるまって寝ているところです。この時期のキャンプは初めてだったんですが、すっぽりと寝袋に入るとすごく暖かくて。ミノムシってすごく合理的な生き方なんだなと思いましたね。この後、夜明けと同時に大雨が降ってきて、街中だから水捌けが悪くて、水死しそうになりながら撤収しました。すごく新鮮な体験だったけど、教訓としては、水捌けの悪いところではキャンプをしてはいけないということですね(笑)
加藤 ちょっと運が悪かったんですね。
田中 そうなんです。雨には勝てないんです。
宇野 でも、本当におもしろいイベントでした。こういうイベントを企画したのが元子さんなんですよ。元子さんは出版活動のかたわらというか、むしろこちらのほうがメインですよね。いろんなイベントを仕掛けたり、実際に街づくりのためにいろんな提案やいろんな場所をつくったりしている人です。
喫茶ランドリーという住宅街のど真ん中からの実践
加藤 今日のテーマは「マイパブリックとグランドレベル」です。
宇野 これは元子さんが一年ぐらい前に出版して話題になった本のタイトルなんですよ。元子さんの今までの活動と、これからのマニフェストがまとまった本ですよね。この本は、元子さんがどうすれば街がもっと楽しくなるのかをまとめたものなんですよ。だから、今日はその話題について二人でじっくりと議論したいなと思っています。
▲『マイパブリックとグランドレベル』
加藤 今日も三つのキーワードでトークしてきます。まず一つ目は「喫茶ランドリーに行ってみた」です。
宇野 喫茶ランドリーとは、元子さんが今年の春にオープンした東京の江東区の森下というド住宅地にオープンしたランドリーカフェです。でも、それはただのランドリーカフェではなくて、マンションばかりで地元住民の交流がそれほどなかったところに、喫茶ランドリーができたことで一気にコミュニティが生まれて注目されているんですよ。そこに僕はずっと行ってみたくて、せっかく元子さんが来るのでスタッフを連れて行ってきました。なので、そのVTRを観てもらいたいんですけど、その前に喫茶ランドリーの説明を軽くしてもらえますか?
喫茶ランドリー
田中 喫茶ランドリーという名前のとおり、喫茶店でありつつ洗濯機とかミシンがある、ちょっと複合施設的なところなんです。個人的に公民館とか公園とか「公」がつくものをやってみたいという夢があって、今回は公民館をつくるような気持ちで複合的な場所、施設をつくったという感じです。
加藤 実際に宇野さんが行ってみたということで、VTRのほうをお願いします。
加藤 外見もおしゃれですね。
宇野 「旬のビールいろいろあります」という張り紙がありますね。クラフトビールブームに思いっきり乗っかっていますね。
田中 言われるがままにやっていますね。私はビールだけじゃなくて、コーヒーとか洗濯機とかコンテンツそのものはどうでもいいところがあって、そこに対してのこだわりはあまりないんですよね。街の方がどう使ってくれて、どう馴染んでいくかが興味のあるところです。
宇野 ここは奥の洗濯施設ですね。
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本日21:00から放送!宇野常寛の〈木曜解放区 〉 2018.12.13
2018-12-13 07:30本日21:00からは、宇野常寛の〈木曜解放区 〉
21:00から、宇野常寛の〈木曜放区 〉生放送です!〈木曜解放区〉は、評論家の宇野常寛が政治からサブカルチャーまで、既存のメディアでは物足りない、欲張りな視聴者のために思う存分語り尽くす番組です。今夜の放送もお見逃しなく!
★★今夜のラインナップ★★メールテーマ「忘年会」今週の1本「海街diary」アシナビコーナー「ハセリョーPicks」and more…今夜の放送もお見逃しなく!
▼放送情報放送日時:本日12月13日(木)21:00〜22:45☆☆放送URLはこちら☆☆
▼出演者
ナビゲーター:宇野常寛アシスタントナビ:長谷川リョー(株式会社モメンタム・ホース)
▼ハッシュタグ
Twitterのハッシュタグは「#木曜解放区」です。
▼おたより募集中!
番組では、皆さんからのおたよりを募集しています。番組へのご意見・ご感想、宇野に聞いてみ -
成馬零一 テレビドラマクロニクル(1995→2010)堤幸彦(7)『TRICK』小ネタ消費とカルト批判
2018-12-13 07:00550pt
ドラマ評論家の成馬零一さんが、90年代から00年代のテレビドラマを論じる『テレビドラマクロニクル(1995→2010)』。『池袋ウエストゲートパーク』『ケイゾク』を経て、映像作家としての全盛期を迎えた堤幸彦。その次に手がけたのが、カルト批判をテーマにしたミステリードラマ『TRICK』ですが、その結末には、フィクションの衰弱と自己啓発の時代の到来が刻印されていました。
2000年春クール(4~6月)に『池袋ウエストゲートパーク』(以下『池袋』、TBS系)の放送を終えた堤幸彦は、休むことなく夏(7~10月)クールに連続ドラマ『TRICK』(テレビ朝日系)を金曜ナイトドラマ枠(23時9分~0時4分)で手がけることになる。
▲『TRICK』
堤は作品数の多い映像作家だが、2000年は『ケイゾク/映画Beautiful Dreamer』『池袋』『TRICK』と立て続けに発表していたことになる。どの作品も堤にとっては代表作といえるもので、この年に堤のスタイルが完成したと言えるだろう。
『TRICK』は、売れないマジシャンの山田奈緒子(仲間由紀恵)と物理学者の上田次郎(阿部寛)が、超能力者や霊能力者が起こす超常現象のインチキ(トリック)を暴いていくというミステリードラマだ。 『金田一少年の事件簿』(以下『金田一』日本テレビ系)、『ケイゾク』(TBS系)と続いてきた堤幸彦のミステリードラマ路線の延長にあるものだが、同時に今まで積み上げてきたことの集大成だといえる。
ドラマシリーズが三作、スペシャルドラマが三作、映画版が四作、スピンオフドラマ『警部補 矢部謙三』が二作も作られた『TRICK』は、断続的に2014年まで制作されたロングヒットシリーズである。 本作の成功によって映像作家としての堤幸彦のキャリアは決定的なものとなったと言っても過言ではないだろう。それは他の関係者にとっても同様だ。
『金田一』や『ケイゾク』では、裏方として関わってきた蒔田光治は、本作ではメインの脚本家としてクレジットされている。本作以降、蒔田は脚本家兼プロデューサーという立ち位置を確立し、『富豪刑事』や『パズル』(ともにテレビ朝日系)といった作品を手がけるようになっていく。つまり『TRICK』の成功によって、堤が作り上げてきたミステリードラマのスタイルは拡散していき、一つのジャンルとしてテレビドラマに完全に定着するようになるのだ。 今では多くのドラマや映画を手がけているオフィスクレッシェンドの木村ひさしと大根仁も演出家としてクレジットされている。『TRICK』が、堤だけでなく、オフィスクレッシェンドという制作会社にとっても大きな転機となったことがよくわかる。
オフィスクレッシェンドの代表・長坂信人が執筆した『素人力 エンタメビジネスのトリック?!』(光文社新書)は、自社を立ち上げたきっかけや、手がけた映像作品にまつわる秘話がまとめられたものだ。本書の冒頭で長坂は、『TRICK』の制作費が持ち出しとなってしまい、3000万円の大赤字を出したことを告白している。 オムニバス形式(1エピソード1~3話)でその都度、オールロケで撮影を行なっていたため、予算が大幅にオーバーしたのだ。 会社は大打撃を受けて危機的状況に追い込まれた。 責任を感じた堤は監督としての印税をオフィスクレッシェンドに全額譲渡。その後、DVD-BOXが売れ、オリジナル企画として『TRICK』に可能性を感じた長坂はシーズン2を制作することを決断、実家の駐車場を抵当に入れて制作費を捻出したという。 本書に収録された長坂との対談で堤は、「失敗していたら今ごろうらぶれて、地元テレビ局の下請けをやってると思います」と語っているが、様々な困難を乗り越えて『TRICK』を作り続けたからこそ、今の堤とオフィスクレッシェンドはあるのだと言えるだろう。
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碇本学「ユートピアの終焉ーーあだち充と戦後日本の青春」 第3回 劇画作家としての挫折と80年代カルチャーの胎動
2018-12-12 07:00550pt
ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本の青春」。第3回では、70年代の劇画作家時代のあだち充について論じます。原作付き作品を大量に手がけながら、ヒット作に恵まれず苦しむあだち充ですが、実は彼のすぐ側で、80年代カルチャーの胎動は始まっていました。
劇画作家・あだち充と編集者・武居俊樹
今回は、あだち充が劇画作家として大量に作品を発表していた70年代と、その文化的な背景について触れていきたい。
あだち充は1970年のデビュー作『消えた爆音』以降は、佐々木守ややまさき十三などの漫画原作者と組んで作品を発表していた。この時期の絵柄は、当時流行していた劇画調寄りなものであった。 1978年にあだち自身のオリジナル作品であり、少年漫画に少女漫画のテイストを持ち込み新しい風を吹かしたと賞賛された『ナイン』でブレイクするまでの間は、原作ものやコミカライズ(『レインボーマン』(1972年)、『おらあガン太だ』(1974年))などを手がけていた。 また、『中一コース』などの学習雑誌で連載していた『ヒラヒラくん青春』(1975年スタート)シリーズなども当初は原作があったが途中から自由に描くようになり、この作品が当時の主な収入源になったと語っている。
▲『ヒラヒラくん青春』(1975)[引用]
あだち充の人生を大きく変えた編集者としては、最初の担当編集者だった武居俊樹の名が挙がるだろう。彼は赤塚不二夫の担当編集者として知られている人物である。 1963年に設立されトキワ荘出身の藤子不二雄、つのだじろう、石ノ森章太郎、赤塚不二夫たちが共同で作った「スタジオ・ゼロ」というアニメ製作会社が当時西新宿にあった。この「スタジオ・ゼロ」は1970年末に事実上解散することになるのだが、同フロアには「フジオ・プロ」「つのだプロ」があり、そのつのだプロで手伝いをしていたのが石井いさみだった。 1969年に武居は赤塚から「この人、絶対、明日のスターだよ、サンデーに描かせな」と石井を紹介された。武居は石井の担当にはなれなかったが、石井は『少年サンデー』で『くたばれ‼︎涙くん』(1969)の連載を始め、二人は同志のような関係になっていく。そして、ある日、石井いさみが武居に紹介したのが彼のアシスタントをしていたあだち充だった。 武居は石井からあだちを託される形になったが、あだちの絵を見た時に「こいつが『サンデー』のエースになる」と確信したという。だが、当時のあだちは他の新人作家のように持ち込みもせず、ネームも見せず、打ち合わせをしても一言も話さないで文庫本を読んでいるような青年だった。そんなあだちに武居は根気強く付き合ったし、さまざまな原作者と組ませて漫画を描かせたのも彼だった。
デビュー後は『巨人の星』の原作者・梶原一騎劇の弟である真樹日佐夫と組んだ『裂けた霧笛』などの劇画調の不良ものだったり、『無常の罠』(1971)や『リングに帰れ』(1971)、原作・夏木信夫と組んだ『劣等生しょくん!』(1971)、『ゴングは鳴った』(1972)、原作・井上和士と組んだ『鮮血の最終ラウンド』(1973)などのボクシング漫画をあだちは手がけていた。 ボクシング漫画は、このあとに一度『ケン』(1978)を描くが、1973年以降に原作者の佐々木守とやまさき十三と組むようになってからは離れていく。その後、あだち充がボクシングを作品で扱うのは、ブレイク後の『タッチ』(1981)、 『スローステップ』(1986)、『KATSU!』(2001)だが、実はこの頃に原型があると考えられる。 あだち充作品と言えば野球漫画とボクシング漫画というイメージがあるが、これは70年代に少年漫画で人気があったジャンルと実は同じであり、いわゆる少年漫画の王道であった。
1973年に原作・佐々木守と組んだ『リトルボーイ』、1975年にやまさき十三と組んだ『命のマウンド』など、次第にあだち充は野球漫画をメインに手がけるようになっていく。しかし、佐々木守ややまさき十三などの原作者と組んでも、あだち作品の人気はなかなか出なかった。
▲『リトルボーイ』(1973)[引用]
佐々木守は当時すでに少年サンデーで水島新司と組んで『男どアホウ甲子園』をヒットさせていた。佐々木は映画監督・大島渚と映画の共同脚本を何作も書いたり、『ウルトラマン』『ウルトラセブン』などの特撮作品にも関わりのある、実績のある原作者だった。 やまさき十三は大学卒業後に契約社員として東映東京制作所で助監督をしていた。また、山崎充朗名義で『キャプテンウルトラ』『キイハンター』の脚本を手がけていたが、監督に昇進という際に労働組合の委員長に選ばれ、会社側と団体交渉する立場になってしまう。三年後に解決したものの、彼の監督昇進の話が流れて退所してしまった。まったく仕事がない時に、大学時代の親友だった編集者の武居俊樹から、「映画の脚本が書けるなら、漫画の原作も書けるだろう」と誘われ、漫画原作者の道を歩み始めることになった。 やまさき十三とあだち充が組んだ作品に大ヒットはないが、あだち充が少女漫画誌から少年漫画誌に戻っていく時期に、やまさき十三は後に映画化やドラマ化される大ヒット作『釣りバカ日誌』の連載を始めることになる。
あだちは当時、他の原作者とも組んで漫画を描いているが、彼はまったく自己主張をせず、文句も言わず、素直に原作通りに漫画を描いていたので重宝されたという。幼少期から兄のあだち勉のキャラが濃かったこともあり、人には逆らわない、大人しい性格だった。また、漫画家になってからも自分の漫画を描きたいという欲がなかった(正確には「自分が描きたいものを見つけようとせず、きちんと考えていなかった」と自身のインタビューで答えている)。 佐々木守と組んだ作品に関しては、当時は劇画調の熱血モノばかり描かされていたので、原作を渡されて「好きに描いていい」と言われて楽になった、とあだちは発言している。また、やまさき十三と組んだ作品については、熱血モノやストレートな内容が多く、自分には熱血モノは向かないと気付かされたと語っている。ただし、後に週刊少女コミックにやまさき十三原作で連載した『初恋甲子園』は、「恥ずかしいような恋愛モノを描かせてくれた」こともあって、ここで野球と恋愛を不可分に描けたことが、のちの『ナイン』につながっていく。
その頃から野球漫画を手がけていた理由は、武居があだち充を週刊少年サンデーのエースにしたいということもあり、エースと言えば野球、そして、週刊少年マガジンで人気を誇っていた『巨人の星』に対抗させようとしたからだったとインタビューで語っている。 『巨人の星』は1966〜1971年までの連載であり、同じく少年マガジンで連載していた『あしたのジョー』は1967〜1973年の連載だった。この二作品が劇画の時代を牽引したが、70年台前半にはどちらも完結しており、その後に続く野球漫画やボクシング漫画のヒット作を出そうと、各漫画誌の編集部は模索していた。 前述したように、1970年に少年サンデーで原作・佐々木守と水島新司が組んだ『男どアホウ甲子園』がヒットした。これは水島新司にとっての最初のヒット作品となり、水島は1972年からライバル誌である少年マガジンで『野球狂の詩』を不定期連載、同年に少年チャンピオンで『ドカベン』の連載を開始し、1973年にはビックコミックオリジナルで『あぶさん』の連載を始めている。 同時期には、1973年に月刊少年ジャンプで連載が始まったちばあきおによる『キャプテン』も人気を博していた。
ポスト『巨人の星』となった水島新司作品や、ちばあきおの『キャプテン』を、少年サンデーの編集者だった武居が意識していないはずはなかっただろう。だからこそ彼はあだち充に、『巨人の星』のような一大ムーブメントとなる漫画が描ける漫画家になってほしいと期待し、原作者と組ませてどんどん作品を描かせていた。 このとき武居が蒔いた種は、80年代の『少年サンデー』で芽を出すことになる。武居がいなければ80年代の漫画界は、まったく違ったものになっていたかもしれない。
赤塚不二夫と〈プレ80年代〉の文化人たち
あだち充が劇画全盛の少年漫画誌で苦戦をしていた頃、すでに一部では80年代を牽引する、新しい文化の萌芽が生まれていた。それはあだち充のごく近くで胎動していた。その中心にいたのは、武居とあだち充が出会うきっかけを作った漫画家・赤塚不二夫だった。
赤塚不二夫という存在は漫画家としてだけではなく、文化人として後世に非常に大きな影響を与えている唯一無二の存在でもある。 赤塚不二夫は戦後に上京して働きながら漫画を描いていた。彼が寄稿していた『漫画少年』に掲載された漫画を石ノ森章太郎が目に止めて、彼が主宰する「東日本漫画研究会」に所属することになった。また、その漫画をプロデビューしていた漫画家のつげ義春が興味を持ち、赤塚と遊ぶようになった。『漫画少年』が突如休刊した際には、つげからプロへ転向するように勧められ、書き下ろし『嵐をこえて』で赤塚不二夫はプロデビューする。その後に石ノ森章太郎を手伝う形でトキワ荘に移ることになった。 60年代には代表作として知られる『おそ松くん』『ひみつのアッコちゃん』『天才バカボン』などの大ヒット作品を世に出すことになる。1967年には漫画家でありながら、テレビ番組『まんが海賊クイズ』で異例のテレビ司会を黒柳徹子と務めたことでお茶の間にも顔が知られるようになり、芸能界での交友も広がることになっていった。 そして1975年、赤塚は、後の日本の芸能界を大きく変えることになる人物と出会う。
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