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  • 消極性デザインが社会を変える。まずは、あなたの生活を変える。第12回 消極性チームを救う鉄壁のface-work戦術(西田健志・消極性研究会 SIGSHY)

    2019-07-11 07:00  
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    消極性研究会(SIGSHY)による連載『消極性デザインが社会を変える。まずは、あなたの生活を変える。』。今回は西田健志さんの寄稿です。誘いたいけど断られるのが怖くて声をかけられない……。傷付きやすさゆえに消極的になっている人々のために、コミュニケーションの場面でお互いを体面を守る「Face-work」のテクノロジーを紹介します。
    Face-workを円滑にする曖昧さ
    まだそれほど親しい距離感でもないと思っている相手から「LINE交換しませんか?」と持ちかけられたとき、みなさんは穏便に断ることができますか?今後もまた付き合いがあるかもしれないと思うとむげに断るわけにもいきません。
    「私、LINEはやってないんです。」 「父がすごく厳しくてLINEとか全部チェックするから…ごめんなさい。」 「ごめん今、スマホの充電切れちゃっててまた今度でいいですか?」
    相手を傷つけないように、そして自分も傷つけないようにちょっとした嘘をついてその場を収めたことが誰しもあるはずです。かかってきた電話に出ないとき、LINEに返事が遅れるとき、飲み会の誘いを断るとき…など同じような場面は日々の生活の中に満ち溢れています。
    このような、お互いの体面を保持するために用いられる日常の方策は “face-work” と呼ばれ、社会学・心理学・言語学など様々な分野で研究されています。インタラクションデザインの分野も例外ではありません(こういうとき日本語でも英語でも同じ「顔 (face) 」という言葉を使うのがおもしろいですね)。
    2005年のCHI(インタラクションデザイン分野のトップ国際学会です)で発表された “Making space for stories: ambiguity in the design of personal communication systems” という論文を紹介します。タイトルにある通り、コミュニケーションシステムのデザインでは嘘をつくためのゆとり (space) や曖昧さ (ambiguity) を考えることが大切だと提唱している、ちょっと珍しいタイプの論文です。曖昧さが大切とはいったいどういうことでしょうか?
    たとえば、この論文では連絡先交換をリース制にするというデザイン案を検討しています。誰かと連絡できる権利はシステムから期限付きで借り受けるもので継続的に連絡をしたい場合には更新が必要。しかも、無料ユーザは〇人分、ノーマルプランは〇人分、プレミアムプランの人は〇人分まで連絡権を借りることができるという人数制限があるというデザインです。
    もう一度最初の連絡先交換を断りにくいというシチュエーションに立ち返りましょう。
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  • 『消極性デザインが社会を変える。まずは、あなたの生活を変える。』第11回 人はなぜ「じゃんけん」で決めてしまうのか? 〜AI時代の意思決定のヒント〜(渡邊恵太・消極性研究会 SIGSHY)

    2019-04-23 07:00  
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    消極性研究会(SIGSHY)による連載『消極性デザインが社会を変える。まずは、あなたの生活を変える。』。今回は渡邊恵太さんによる寄稿です。私たちの身近な意思決定の手段のひとつである「じゃんけん」。簡易かつ合理的な方法ですが、参加人数が増えると必ずしも効率的ではありません。じゃんけんに象徴される「どうでもいい意思決定」を効率化する、新しいテクノロジーを提案します。
    じゃんけんと意思決定の消極性
    たとえば、6個入りのシュークリームを5人で食べ、1つあまったシュークリームを誰が食べるのかを決めるのに、5人のうち2人が食べたいと申し出てしまうような場合、どうやってそれを食べるべき人を決めればよいでしょうか。
    たぶん、そこで必ず出てくる方法が「じゃんけんで」ということかと思います。 しかし、私たちは「じゃんけん」という方法をなぜ使うのでしょうか?そして、いつまでこの方法はベストな方法として使われるのでしょうか?
    じゃんけんの日常性
    じゃんけんは、三すくみの構造を利用した勝ち負けを決める遊びなわけです。じゃんけんは昔からある遊びですが、遊びである以上に、私たちの生活の中で子供から大人の世代まで幅広く、さまざまな状況で使われます。
    朝、フジテレビの「めざましテレビ」では、めざましじゃんけんをやっていますね。「サザエさん」でもじゃんけんをしています。これらはエンターテイメントとしてでしょう。それ以外にも、スポーツの先手を決めるのにもじゃんけんを使うことがあります。1つ余分にあまったおやつを誰が食べるのかを決めるのにじゃんけんすることもありますし、学校や会社組織で順番決めをするときにもじゃんげんを使うことがあります。じゃんけんはそれ自体が、遊びとしてのエンターテイメントだけでなく、日常的な決めごとの問題解決の手段をして利用されていることがわかります。
    今回はこの「じゃんけん」という方法で物事を「決める」という意思決定や、「抽選」という方法について考えていきたいと思います。だいたい、じゃんけんで決めなければならないことは、積極的に決めたいことというより「決まらない」「決めるのが難しい」ということが問題となったときに使われるため、消極的なシチュエーションといえます。このじゃんけんという方法は、消極性の文化を支えてきたともいえますし、この方法によって意思決定に折り合いつけて、物事を次のステップへ進めてきた方略とも言えます。さて、まずはじゃんけんの特徴について考えていきたいと思います。
    じゃんけんの特徴
    よくじゃんけんの話になると、そのゲーム性からの確率論が多く話題になります。そういう研究をしている人もいます。今回注目するのはインタラクションデザインの観点でのじゃんけんです。じゃんけんは日常化していることから分かるように、優れた特徴がたくさんあります。じゃんけんの特徴をちょっと言語化しまとめてみました。
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  • 『消極性デザインが社会を変える。まずは、あなたの生活を変える。』第10回 物議を醸すモノづくりのはなし(栗原一貴・消極性研究会 SIGSHY)

    2019-03-20 07:00  
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    消極性研究会(SIGSHY)による連載『消極性デザインが社会を変える。まずは、あなたの生活を変える。』。今回は栗原一貴さんの寄稿です。2015年のパリでのテロ後、Facebookではプロフィール写真の背景をフランス国旗に変えて追悼の意を示す運動が流行しました。しかし、消極的な人間は安易に流行に飛びつきません。どうせやるなら全世界の平和を祈るべし、と栗原さんが発明したものは……?
    皆さんこんにちは。「物議を醸すモノづくり」が得意な情報科学者、栗原一貴と申します。2012年に珍妙な賞として世界的に知られている「イグノーベル賞」を受賞し、自らのマッドサイエンティスト人生を運命づけられました。現在は「秘境の女子大」と巷で呼ばれているらしい津田塾大学学芸学部情報科学科で、リケジョの育成に邁進しています。 拙著「消極性デザイン宣言」で私は、一対一、あるいは一対少数のコミュニケーションにおける「自衛兵器」の研究を紹介しました。 おしゃべりな人を邪魔する銃「スピーチジャマー」、性能の悪い人工知能の暴走を装って自分のスマホやパソコンの画面を覗く人を撃退する「PeepDetectorFake」、耳の「蓋」として働くことで聞きたくない声や音を遮断する「開放度調整ヘッドセット」、そして人の目を見て話せない人のために視界のすべての人にモザイクをかける「視線恐怖症的コミュ障支援メガネ」などです。
    さて、前回の連載では、消極性デザインによって身近な環境改善を図る事例として、音声エージェントのアレクサを用いた育児について論じました。 本日は、「物議を醸すモノづくり」の最近の事例として、「The Universal Background Filter」と「痴漢冤罪対策音ゲー」を紹介します。身近な(?)社会問題に対して、ある種常軌を逸したモノづくりで挑みます。
    The Universal Background Filter
    まず小さなところから。 以下のリンクは、私のFacebookのプロフィール写真です。よろしければ御覧ください。動画になっているので、再生ボタンを押す必要があるかもしれません。
    https://www.facebook.com/qurihara/videos/1726840290729754/?l=2889760844340208902
    冴えない男で申し訳ありませんが、主にお話したいのは、私の肖像ではなく背景のことです。このチカチカする背景、実は意図してそのように作っています。
    少し前のことになりますが、2015年のパリのテロのあと、Facebookが「自分のプロフィール画像の背景をフランス国旗にして哀悼の意を示そう」という画像加工サービスをはじめました。多くの著名人、そしてあなたの身の回りの方々も、しばらく背景がトリコロールカラーになったことと思います。
    私はといえば、もちろんテロの犠牲者を気の毒に思う一方で、なんとなく流行りに流されてプロフィール画像を自分にあまりゆかりのない特定の国にすることに抵抗を感じ躊躇しておりました。自分にあまりゆかりのないハロウィンイベントに仮装して参加するのを躊躇するのと似たような気持ちです。一方は哀悼で、一方はお祭りですから、比較して論じるのも不謹慎でしょう。しかし結局フランス国旗背景の方々がFacebookでポストし続けているのは、日常のおいしい、かわいい、ためになる、などですから、喪服着ながらはしゃぐのと似たようなもので、それもそれで不謹慎さを感じます。
    消極的な人は、考え過ぎな人。流行りを流行りとして取り入れて、日常に彩りを与えたり楽しんだり、人と共感したりすることに対し、素直になれない人たちだと自己分析します。
    一方、世界的な流れを追いかけてみますと、その後Facebookのこの機能に対し、「パリだけじゃないだろ。全世界の平和を祈るべきだ」という批判が相次ぎました。 超・積極的な人からすると、フランスだけでは手ぬるいというわけです。世界平和。大変結構なことですね。 私はこの主張に感じるところがあり、自分の心のモヤモヤを自画像的に表出させたくて、文字通り全世界の国の国旗を背景にすることで平和を消極的に祈るプロフィール画像加工アプリ「The Universal Background Filter」を作りました。 ちょうどFacebookが動画によるプロフィール画像の登録を開始した時期だったので、私のFacebookプロフィールはそれ以来、このアプリで加工したものになっています。
    数秒以内という制限のあるプロフィール動画の中で、全世界の平和を祈れるよう、超高速で全世界の国の国旗を切り替えています。その結果、どうでしょうか。速すぎてどの国旗もほとんど見えません!
    私はこの結果に対し、失望と納得の入り混じった奇妙な気持ちになり、とても気に入りました。 私はたぶん、フランスとかベルギーとか特定の国に限定せず、世界中のすべての国の平和を思っています。でもそれは、つまりどの国もたいして思っていないのと同じということです。 平等に何かに思いを寄せるというのは、キレイなようで、同時にとても薄っぺらい気持ちであることがわかります。まさに薄っぺらい、自分にぴったりのプロフィール画像だなと思いました。
    無理やり効用を挙げるとすれば、以下のようなことが言えるかもしれません。テロは私たちの過剰反応を得るのが目的の一つであるので、予めすべての国への配慮を表明していれば、どの国に今後テロが起きてもすでに「配慮済み」ですから、特段なにもする必要がありません。それによって結果的にテロに与しないという意思表示になります……たぶん。
    時事ネタとして特定の国のテロを悼み、たくさんの友人とともに自分のプロフィール画像の背景をその国の国旗にし、盛り上がるとともに消費していく。 普段から人知れずこの技術によってすべての国の平和を祈っているが、微量すぎて誰も気づかないし、自分自身もそれぞれの国への思いの至らなさを自覚している。
    あなたはどちらの自分を、世界に発信したいですか?
    ※The Universal Background Filter のソースコードはGitHubで公開しておりますので、興味のあるかたはどうぞ。http://www.unryu.org/home/ubf
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  • 『消極性デザインが社会を変える。まずは、あなたの生活を変える。』第9回 Google FormでSHYHACK(簗瀬洋平・消極性研究会 SIGSHY)

    2019-02-19 07:00  
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    消極性研究会(SIGSHY)による連載『消極性デザインが社会を変える。まずは、あなたの生活を変える。』。今回は簗瀬洋平さんの寄稿です。ECシンポジウムで毎年恒例となっているオーガナイズドゲームでの昨年のチャレンジ。そして、講演依頼で発生する気を遣うやりとりを軽減する「講演依頼フォーム」のアイディアについて語っていただきました。
    オーナガイズドゲーム2018
     みなさんこんにちは。消極性研究会の簗瀬です。第2回メールマガジンからだいぶ時間が経ってしまいました。前回のメールマガジンでは学会を楽しくし、記憶に止めるための工夫としてゲームデザインの知見を使うことについてお話ししました。その最後にオーガナイズドゲーム2018の報告は次回、と書いていましたので早速その話に入りたいと思います。
     前回までのおさらいをすると、エンターテインメントの研究をしている学会なのだから、学会そのものを楽しませる仕組みにしようということで始まったのがオーガナイズドゲームです。それまでは講演者を殺した犯人を探す脱出ゲーム形式のもの、参加者同士でパーティを組んで強いチームを作り、最後に魔王と戦うRPG形式のものなどいろいろやってみましたが、消極性研究会の視点から見ると「積極的に情報交換をし、参加していかないと十分に楽しめない」という欠点がありました。そこで新しい試みをしてみようと考えたのがオーガナイズドゲーム2018でした。
     情報処理学会エンタテインメントコンピューティング (EC) シンポジウム2018は東京都調布市にある電気通信大学で行われました。今回のオーガナイズドゲームはシンポジウムのスポンサーである架空の大富豪を満足させるためにコインを集めるという体で、発表や質問、デモの体験など学会の基本的な活動に参加するとポイントが得られるというシステムを導入しました。最終的にポイント総量が一定を超えると目標クリア! と、いうことです。
    ▲情報処理学会エンタテインメントコンピューティング (EC) シンポジウム2018 オーガナイズドゲーム
     これだけではゲームに興味ない人が参加する動機が面白みだけになってしまうので、使用するアプリケーションにはそれぞれの発表に対して匿名で質問できるシステムや、良い質問に対していいね!がつけられるシステムも実装されています。このように、消極的な人たちだけを対象にするのではなく、誰もが便利に使えるようなシステムが積極的になれない人に対して効果を及ぼす、という形になっていればみんなに楽しく使ってもらえるはず……でした。
     結論から言うとこのシステムを使った盛り上がりは「まあまあ」というところでした。  それまでのオーガナイズドゲームはやはりゲームという形を使うことにより参加者に対してワクワクさせるものがありました。それを日常使うシステムの中に溶け込ませてしまうと、非日常感がなくなって実務的なソフトウェアとして目の前のシステムを見るようになります。このシステムそのものは電気通信大学の学生さんが短期間で作ってくれたものなのですが、やはり我々が日常的に使っているシステムのような完成度を持っているわけではありません。私自身はゲーム開発の経験から得てきた「楽しい、面白い」という感情が様々な技術の未熟さを隠してくれるということをよくわかっていたはずなのですが、その辺りを軽視してしまったのは大きな反省点です。
     積極的になれない人のためにちょっと変わったサービスやシステムを作る、というのはShyhackの中でも大きな仕事の部類ですが、当然それらは導入障壁が低く、使い続けやすいものでなければ多くの人に使ってもらうことはできません。大きな大義の前に当たり前のことを忘れないよう気をつけたいと志を新たにしています。
     なお、最近様々なカンファレンスで使われていますがイベント用のルームを作り、匿名で質問をするシステムがいくつか出てきていますね。例えばSli.doなどが代表的です。
     自力でシステムやサービスを作れることはそうそうありませんから、日頃からこういった外部のサービスを活用するShyhackの知見を積み重ねて行くのも良いですね。
     オーガナイズドゲーム2018のポイントは以下でした。
     ・システムを使って学会への参加をポイントとして評価する  ・ポイントを使った協力イベントを用意し一体感を高める  ・実用システムには一定以上のクオリティが必要  ・逆に「遊び」感を出すとクオリティの負担が下がる
    講演依頼に関するやりとりの労力を削減する
     私は講演や講義、学生発表の講評などであちこち呼ばれる事が多くあります。数えてみたところ2018年の1年間でおおよそ70回ほど様々なイベント、学校などに行って話をしたり聞いたりしています。多くは必要な情報を過不足なく送ってくれるのですが、中にはあまり依頼に慣れないのかやりとりに手間と時間がかかってしまうケースもあるわけです。  そこでこういった情報が欲しい、ということを簡単にまとめてTweetしたところ大きな反響がありました。
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  • 『消極性デザインが社会を変える。まずは、あなたの生活を変える。』第8回 みんなで話し合って決めようの消極性デザイン(西田健志・消極性研究会 SIGSHY)

    2018-12-20 07:00  
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    消極性研究会(SIGSHY)による連載『消極性デザインが社会を変える。まずは、あなたの生活を変える。』。前回に引き続いて西田健志さんの寄稿です。話し合いへの参加を最初から諦めてしまう「消極的」な人々は、どうすれば大規模な集団の議論に参加できるのか。西田さんが考案した、1対1の「小さな議論」の勝者がトーナメントを勝ち上がる「トーナメント型議論システム」を紹介します。
    消極性研究会の連載、前回に引き続き西田健志が担当させていただきます。
    前回は、P10の消極性研究会座談会や「遅いインターネット計画」に触れながら、消極的な人たちでも発言しやすく、落ち着いた言動でも注目されやすい環境をデザインすることができれば、乱暴な言動で注目を集める必要性や免罪符がなくなって建設的なコミュニケーションの場をつくることができるのではないかとの立場を表明しました。そして、そのための消極性デザインの一例として傘連判状を採り入れたチャットシステムを紹介しました。
    ▲『PLANETS vol.10』
    傘連判状は、言いたいことがあるけど言えないでいる人たちにあと一歩の勇気と少しの発言力を与える消極性デザインで、学会や企業、オンラインサロン内のコミュニケーションなどには効果的なのではないかと考えています。しかし、より大規模な国家~地球レベルの人数を相手取るにはやや心もとないところがあります。
    Twitterで何万いいね集めたとしても、Change.orgで何万もの賛同を集めたとしても、デモに何万人集まったとしても、それよりも桁違いに多いその他大勢を動かすには至らない少数派。そうして量産される消耗品のように流れていく主張の数々を眺めていても無力感に苛まれることなく真っ当に主張を続けよう、議論を続けようとするのはよほどのエネルギーの持ち主だけでしょう。正攻法を諦めてダークサイドに落ちてしまうのも無理はありません。前編でも触れましたが、大勢の人がいると他人任せになって手を抜いてしまうSocial loafingの壁はまさに圧倒的なのです。
    ここから紹介するのは、この壁に挑むことを諦めたくなかった消極的な割にわがままな私のいまだ成功を見ない長年の試行錯誤の跡です。もっとこうしたらいいのに、私ならこうするなどとじっくり考えながら読んでいただけますと幸いです。
    「二人組に分かれてください」をドライに
    「他の誰かががんばってくれるからいいでしょ」という気持ちで消極的になってしまうSocial loafingの解決に向けて私が最初に考えたのは、学校の授業などでよくやる「二人組に分かれて話し合いましょう」のパターンです。教室全体ではこっそりと発言しないでいた消極的な人も、二人組に分かれても黙っていたとしたら逆に余計に目立ってしまうので話始めることになるアレです。みなさんも経験したことがあるのではないでしょうか。
    二人組に分かれて話すというプロセスを組み込んだコミュニケーションシステムを作れば、クラスやサークルなどで文化祭の企画や旅行の行き先など様々な話し合いの場面においてあまり意見しなかったような人からも意見を出してもらうことができるでしょう。インターネット上で利用することで、もっともっと大きな集団でのコミュニケーションで何かを決めなければならない政治などの場面においても、social loafingの解決にもつながるのではないかと考えました。 授業などでの二人組に分かれてと言われた過去の経験を思い出してとても嫌な気分になった人もいるかもしれません。誰とペアになろうかと考えているうちに一人取り残されてしまうという悲劇は考えるだけで恐ろしいものです。あるいは、ペアになった人と話がかみ合わなくてがっかりするということもあるかもしれません。
    しかし、そこはコンピュータを利用して極めてドライに処理してしまうことによってかなり軽減できるものだと思います。ペアはランダムに決めてしまえばいいですし、話がかみ合わなければ相手を変えられるようにしてしまえばいいわけです。せっかく相手に歩み寄ろうしているのに相手から「チェンジ!」されたらショックだろうとは思いますが、そこは工夫次第でもっとドライにできるところです。
    話し合いをトーナメントでしよう
    分かれて話し合った後にはその結果をなんとかまとめたいところですが、その段階でやっぱり消極性が発露して他人任せになってしまうのではあまり意味がありません。
    私が注目したのはトーナメントという仕組みです。トーナメントでは二者が対決し、その勝者が勝ち上がるというのを繰り返して、優勝者を決めます。最後まで二人組で話すことになるので勝ち残った人はずっとサボれません。
    すべての参加者と対戦したわけではなくても、トーナメントの優勝者がそのとき最強だったということに異論をはさむ人はまずいません。話し合いもトーナメントにしてしまえば、何も言わないでいたくせに決まってから後で文句を言ってくるようなことはなくなるというメリットもありそうです。国家~レベルのコミュニケーションが主に結論に納得するために行われているものだとすると、決着のわかりやすさはとても大切です。
    そんなことを考えながら開発したトーナメント型議論システムがこれです。
    ▲トーナメント型議論システム
    左側には対戦トーナメント表が表示され、右側にはテキストチャット画面が表示されます。真ん中にあるのはフォロワーと全参加者のリストです。リストには名前とステータスメッセージが表示されるようになっています。
    話し合いの「勝ち」とは?
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  • 『消極性デザインが社会を変える。まずは、あなたの生活を変える。』第7回 消極性デザインは悪い積極性にも効く(西田健志・消極性研究会 SIGSHY)

    2018-11-08 16:50  
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    消極性研究会(SIGSHY)による連載『消極性デザインが社会を変える。まずは、あなたの生活を変える。』。今回は西田健志さんの寄稿です。西田さんが開発し、学会で好評を博した傘連判状システム。この仕組みは(悪い意味で)積極的な人の声ばかり目立つ昨今のウェブで、消極的な人たちの意見に力を与えるシステムになりうるのでしょうか。その可能性と課題について論じました。※本記事に一部、誤記があったため修正し再配信いたしました。著者・読者の皆様にご迷惑をおかけしたことを深くお詫び申し上げます。【11月8日16:30訂正】
    【お知らせ】 11月12日(月)にPLANETS CLUBの定例会で、消極性研究会から栗原一貴、簗瀨洋平、渡邊恵太の3名がゲスト講師として参加します(消極性研究会×宇野常寛 社会をなだめる #SHYHACK・PLANETS CLUB第9回定例会)。残念ながら私(西田健志)は参加がかないませんが、P10の座談会や本連載、そして消極性研究会の今後の活動について色々とご意見・ご感想いただけましたら幸いです。
    消極性デザインは悪い積極性にも効く
    本連載も無事1周しまして今回は西田健志が担当します。よろしくお願いします。
    みなさん、PLANETS vol.10(以下、P10) はもう読まれましたか?今回はP10と併せてお読みいただくとより楽しめる内容にしたいと思いまして、私もいま8割くらい読んだところです。おもしろすぎて執筆が遅くなってしまいました。心よりお詫び申し上げます。(これを書き終わったら残りを読むんだ…)
    P10には消極性研究会も「消極性デザインで平和を実現する―消極的な人よ、戦争を止めよ。いや、そもそも戦争しなければよい。」という座談会で登場させていただきました。宇野さんから「戦争と平和」というテーマをうかがったときには、これまで私たちが消極性デザインを試みてきたフィールドとの距離感を少なからず感じて期待と不安が半々くらいでした。でも終わってみると消極性研究会の持ち味が発揮された読み応えのあるものになったと感じています。ぜひご一読ください。
    ▲『PLANETS vol.10』
    この座談会、2つの意味でいつもの消極性研究会と違いました。1つは、何も作らないでアウトプットしているところです。私たちも普段からSlackだとか飲みの席だとかで、ちょうどこの座談会のように大いにブレストを繰り広げていますが、それがそのまま世に出るということはまずありません。アイデアを実際に体験することができる何かしらのプロトタイプを制作したうえで世に問うというのが私たちの基本スタンスです。「消極的な人が暮らしやすいようにする」という目標設定で活動していくには言葉だけではインパクト不足だと考えてきたわけです。
    しかし、今回の座談会で飛び交った突飛とも言えるアイデアの数々が思っていたよりも評判よく受け入れられているようで、今後の活動についても考えさせられるところがありました。司会や編集の腕前なのか、読者が訓練されているのか。それとも、実はいつものブレストにそれだけの価値があるのか…。
    もう1つの違いは、「(悪い意味で)積極的な人を消極的にするには?」という枠で思考を広げる展開になったところです。普段、私たちの活動では消極的な人がメインターゲットで、積極的な人については「積極的な人にも消極的になるときがありますよね?」として、やはり消極性を念頭にデザインをしてきました。座談会でも序盤はどちらかというといつもの流れに乗っていたと思うのですが、後半にかけていつもと逆の流れになっていたように感じました。これまでにも栗原さんのSpeech Jammerのように積極的な人に対して用いるアイデア事例もありますが、それもあくまで「静かにしてほしい」と言えないでいる消極的な人の方を主語としているものでした。
    しかし、流れは反転させながらも「人の性格を変えられなくても環境を変えることで行動は変えられる、ハックできる」という観点においてはいつも通りのやり口はキープされていたので、私たちにとってもちょうど次の一歩を示されたような、司会の確かな腕前を感じる時間でした。(誉めすぎ…?)
    「遅いインターネット計画」
    積極的な人こそどうにかしたいという発想になるのは、私たちよりも宇野さんは日ごろ積極的な人に目を向けることが多い(悩まされている?)からなのかなとも感じました。拙速なインターネット上のコミュニケーションから距離を置くことで良質な情報を提供することに注力しようというP10 の「遅いインターネット計画」にもそれが表れているように思います。そのつながりを感じたこともあり、遅いインターネット計画に関する議論についても大変な興味関心を持って読ませていただきました。
    私がデザインしたコミュニケーションシステム、懇親会の座席を決めてくれるシステムを導入して利用してもらってきたのは学会や大学など、ある程度は人数が多いながらも外界からは閉じていて、たとえシステム上は匿名にしたとしても度を越した悪ふざけはしづらいし、積極的に問題行動を起こす人がいたとしても少数なのでその都度個別に対応すればまあ何とかなる、そういう世界でした。その視点から観測されやすいのは大多数の消極的な人たちと行動で、取り組まなければならないと感じるのも消極性デザインということになるわけです。
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  • 『消極性デザインが社会を変える。まずは、あなたの生活を変える。』第6回 消極も積もれば積極となる(濱崎雅弘・消極性研究会 SIGSHY)

    2018-09-27 10:30  
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    消極性研究会(SIGSHY)による連載『消極性デザインが社会を変える。まずは、あなたの生活を変える。』。今回はコミュニティ研究者の濱崎雅弘さんの寄稿です。濱崎さんがSNSブーム以前に開発した「学会支援システム」は、消極的な人でも紹介・被紹介による「出会い」を享受できる仕組みを目指したものでした。この試みで明らかにされた、「紹介」にまつわる意外な心理的負担とは……?
    はじめに
     皆さんこんにちは。緑豊かな学園都市つくばでインターネットとコミュニティ、さらにはニコニコ動画と初音ミクの研究をしている濱崎雅弘と申します。「ニコニコ動画と初音ミクの研究?」と思ったかもしれません。私はインターネットによって実現される新しいコミュニケーションとコラボレーション、そしてクリエーションに関心があり、そんな私にとって、ニコニコ動画上で初音ミク動画を中心として展開した派生作品文化は大変魅力的なものでした。2007年8月に初音ミクがインターネットの世界に颯爽と登場し、ニコニコ動画にて一大ムーブメントを起こしていた頃に、いったい何が起きているのかを明らかにしようとWebマイニング技術と社会ネットワーク分析技術を用いてデータ分析しました。
     そんな研究をしている私ですが、実は「消極性デザイン宣言」の著者の一人でもあります。こちらの連載で記事を書く予定になかったので、第1回の西田さんの記事にて紹介からは抜けていましたが、こっそり著者に入っていました。  本の中では、先述の初音ミク動画について、特に歌ってみた動画や踊ってみた動画と呼ばれる初音ミク動画の派生作品における消極性について書きました。動画を作ってインターネット上で公開するなんて、これぞ積極性と言わんばかりの行動ですが、そんな中にも消極性が垣間見えることを、拙著の中ではデータを交えて述べています。SHYHACKする道具や仕掛けを作っている他の4人と比べると、ちょっと異色な内容といえるかもしれません。それはそのはずで、初音ミク動画の分析は今から10年前の研究で、当時は消極性デザインやSHYHACKという観点でこの研究は行っていませんでした。その当時の研究を知っている方からは、以前聞いたときは派生作品がどんどん作られる積極的な現象として述べられていたのに、今回はそれが消極的な現象として述べられていて驚いた、とも言われました。  これだけ聞くとなんだか私が二枚舌みたいなエピソードですが、実はこれは大事なポイントで、作品が公開されたという結果そのものは「積極的な現象」なのですが、そのプロセスに「消極的な現象」が潜んでいた、ということが、あの本に書いた内容でした。
     本連載の第5回で、渡邊さんが「やる気は貴重な天然資源!」と指摘しましたが、ちゃんとした作品(動画)を作って公開するというのは、大変やる気が必要な作業です。動画は音も映像も作らなくてはいけないですし、作品を発表するというのはやはり勇気のいることです。つまり、投入しないといけない「やる気」は大量です。  しかし、初音ミク動画を中心とした派生作品のムーブメントにおいては、自分ができる部分だけ作って他は勝手に借用した「派生作品」が、「歌ってみた」「踊ってみた」といった「〇〇してみた」というやや及び腰なタグを添えて、大量に投稿されたのです。単体では投稿には至らなかったかもしれない作品が、他と足し合わせることで「やる気の壁」を越えて投稿に至ったわけです。  もちろん足し合わせるというコラボレーションだって本来は簡単ではなく、たくさんの「やる気」が必要になるわけですが、初音ミク現象が起きたその場所には、これを簡単にするいろいろな要因が詰まっていました。それが何か、ご興味のある方は消極性デザイン宣言の本をぜひ読んでみてください。また、初音ミク動画やその派生作品に興味を持ってしまった方は、この初音ミク現象をいろんな角度から可視化する音楽視聴支援サービス「Songrium」というものがあるので、ぜひお試しください。
     以上、私が「消極性デザイン宣言」に何を書いたのかという説明でした。ここまで話しておいてなんですが、実は私が消極性研究会に参加するきっかけとなったのは、これら初音ミク動画に関する研究ではありませんでした。初音ミク動画に関する研究は、消極性デザイン研究とはかけ離れた所からスタートしたもので、前述の話はSIGSHYに参加してから消極性デザインの文脈であの研究を見直してみて得られた知見でした。  では、どうしてSIGSHYに参加することになったのか。実はさらに昔に、まさに消極性デザインな研究をしていたのです。本ではこれについてはまったく触れていないのですが、良い機会ですのでお話したいと思います。昔話ばかりですみませんが、少々お付き合いください。
    学会支援システム
     学会や研究会は、研究者が自らの研究成果を発表するために集まるイベントですが、研究発表(プレゼン)だけでなく、研究者同士で情報交換したり議論したり、時には就職活動(若手研究者は任期付きがほとんど)したり、つまりはコミュニケーションすることも重要です。特に年次大会のようなたくさんの人が集まる学会は、むしろコミュニケーションの方が重要という研究者も少なくありません。  研究職といえば研究室にこもって良い成果が出るまで研究に没頭すれば十分でコミュ障向きの職業だと思いきや、ここでもコミュニケーション能力が求められるわけです。なんということでしょう。そこで消極性デザインの出番です。
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  • 『消極性デザインが社会を変える。まずは、あなたの生活を変える。』第5回 さよならスマートフォン――身近で遠いタッチポイント、消極性デザインが本領を発揮するIoTとインタラクションデザイン(渡邊恵太・消極性研究会 SIGSHY)

    2018-08-23 10:00  
    550pt

    消極性研究会(SIGSHY)による連載『消極性デザインが社会を変える。まずは、あなたの生活を変える。』。前回に引き続き工学者の渡邊恵太さんの寄稿です。次に観る作品を選ぶだけで時間がかかってしまうNetflixを、積極性を費やすことなく楽しむ研究や、スマホ画面の1ページ目の争奪戦を超えるAmazoDashボタンの狙いについて論じます。
    消極性デザインの連載、第5回目。今回も前回に引き続き明治大学の渡邊が担当します。 前回の串かつ盛り合わせからNintendo Switch、Netflixの話まで、一見よくわからない組み合わせから消極性デザインについて説明しました。串かつ盛り合わせが最新かはともかく、意外と最新の流行りのサービスやテクノロジーには消極性デザインが施されていたり、逆に消極性デザインを必要とする場面があることを知ってもらえたかと思います。
    今回も消極性デザインという切り口で、まずはNetflixの消極性デザイン的解決案から、さらに今回のタイトルでもある、みんな大好きスマートフォンの課題について考えていきたいと思います。そしてAmazon発のなんじゃこりゃIoTデバイス「AmazonDashボタン」が消極性デザインであるということを説明していきたいと思います。
    Netflixをいつ見るか?
    Netflixのような定額動画視聴サービスは、いつでも自由に観られる一方で、いつ観るかが問題になるということを前回ご紹介しました。さらに、膨大なコンテンツがあるために、どの映画を見るのかを自分で決めなければなりません。これは嬉しいことである一方、「今、この時間の気分に合う、まだ観たことのない何か」を選ぼうとすると、選ぶだけで時間かかってしまうこともあり、いつのまにか映画の約半分の時間、1時間も選ぶ行為にかかってしまうことがあります。Netflix社は「今夜Netflixで映画を見ませんか?」という形でレコメンデーションメールを流してくるわけですが、なかなか突然ですし、しかもメールという方法で来るので、そんなに簡単に予定調整ができるわけでもありません。
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  • 『消極性デザインが社会を変える。まずは、あなたの生活を変える。』第4回 串カツ盛り合わせにあって、Netflixに足りない消極性デザイン!?(渡邊恵太・消極性研究会 SIGSHY)

    2018-07-27 07:00  
    550pt

    消極性研究会(SIGSHY)による連載『消極性デザインが社会を変える。まずは、あなたの生活を変える。』、今回は工学者の渡邊恵太さんの寄稿です。積極性が、貴重なリソースになりつつある現在。それはゲームや映像といった娯楽も例外ではありません。消極的ユーザーをいかに取り込むかの工夫を、Nintendo SwitchやNetflixから考えます。

    消極性デザインの連載も4回目となりました。
    明治大学でインタラクションデザインの研究をしている渡邊恵太からのお話です。
    私は「融けるデザイン ハード×ソフト×ネット時代の新たな設計論」という本を2015年に出版し、iPhoneの操作感がなぜ心地よいのか?を自己帰属感という認知科学のキーワードを用いて説明したり、生活に融け込み、自然と情報技術を利用可能にするIoTのあり方について紹介してきました。この本は、出版以来、デザイナーやエンジニア、ビジネスマンなど多岐に渡り読まれ続けていまして、現在6刷目となっています。大学では、この本もあって、三菱電機さんやクックパッドさん、KDDI総合研究所さんなど、複数の企業と共同研究を行ってもいます。
    さて今回は、串カツ盛り合わせの話から、話題のNintendo Switch、Netflixまで。これらを消極性デザインという切り口で、考察していきたいと思います。
    「串カツ盛り合わせ」は消極性メニュー
    先日、消極性デザイン研究会のメンバーで、PLANETSさんのオフィスに行き打ち合わせをしました。その帰りに居酒屋に行きました。簗瀬さん「串カツ盛り合わせでいいですかね」ということで、盛り合わせを頼みました。ここであること気づきました。これは「消極性メニューだ」と。串カツは1本1本注文できるわけですが、積極的に1本ごとに決めていると意思決定に時間がかかります。居酒屋ではできるだけ早く乾杯に行きたいわけですから、ここでは意思決定のコストを最小化したいわけです。
    そういったときに、「盛り合わせメニュー」は店の串カツの定番的なものを入れつつ、バリエーションの豊かさの絵的メリットと試食的な満足度を提供しながら、複数人での意思決定のコストを最小化してくれるのです。このように人が積極性を発揮せず、消極的選択をしたとしても、残念にならない対象の「仕組み」が消極性デザインです。
    多くの飲食店、盛り合わせやセットメニューという消極性デザインされたメニューを用意することによって、メニューの選びやすさやを提供しています。さらに同じ商品であってもセットになることによる新しい名前付によって、新しい価値を生み出し提供メニューのユーザ体験を高めるUXデザインとも言えるでしょう。また、これはセットメニュー化によってお金を落としやすく仕組みにもなっていることは大事なことです。
    「人は弱い存在である」
    串カツ盛り合わせを選ぶという行為は、あまりに日常的でこれが消極性とはあまり感じないかもしれません。ですが、この感じないことこそ大事な現象です。自然に、無意識そちらに流れていく設計こそ大事だと思うのです。私の専門はインタラクションデザインです。日々こういった人間の認知の観点から、人の無意識や行為、活動を考えながら、道具やサービス、新しい情報技術でどうやって人間の日常生活に融け込ませる方法があるか研究しています。
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  • 『消極性デザインが社会を変える。まずは、あなたの生活を変える。』第3回 アレクサで始める #SHYHACK(栗原一貴・消極性研究会 SIGSHY)

    2018-06-19 07:00  
    550pt

    消極性研究会(SIGSHY)の連載『消極性デザインが社会を変える。まずは、あなたの生活を変える。』、今回は情報科学者の栗原一貴さんに、身近な #SHYHACK についてご紹介いただきます。最近身近になってきたスマートスピーカーは、じつは言いにくいことを人に伝えるときにも活躍をするのだとか。育児やビジネスの場面での効果的な消極性デザインとは?

    はじめに

    皆さんこんにちは。「物議を醸すモノづくり」が得意な情報科学者、栗原一貴と申します。2012年に珍妙な賞として世界的に知られている「イグノーベル賞」を受賞し、自らのマッドサイエンティスト人生を運命づけられました。現在は「秘境の女子大」と巷で呼ばれているらしい津田塾大学学芸学部情報科学科で、リケジョの育成に邁進しています。
    さて、拙著「消極性デザイン宣言」で私は、一対一、あるいは一対少数のコミュニケーションにおける「自衛兵器」の研究を紹介しました。
    おしゃべりな人を邪魔する銃「スピーチジャマー」、性能の悪い人工知能の暴走を装って自分のスマホやパソコンの画面を覗く人を撃退する「PeepDetectorFake」、耳の「蓋」として働くことで聞きたくない声や音を遮断する「開放度調整ヘッドセット」、そして人の目を見て話せない人のために視界のすべての人にモザイクをかける「視線恐怖症的コミュ障支援メガネ」などです。
    本日は執筆後の近況報告として、身近な話を一つ。家庭の話から、最後はビジネスコミュニケーションの話に繋がります。
    育児withアレクサ
    書籍執筆後の反響として、章末の寸劇でレイ子さんが言っていたように「コンピュータや技術にあまり詳しくない私は、どうやって消極性デザインすればいいのか」というものがやはり、ありました。これについては我々消極性研究会でも日々議論しておりまして、皆さんとともに「 #SHYHACK 」と称して日常の小さな工夫・デザインによって自分の環境改善に取り組んだ事例の共有を進めています。
    本日は、そのような中で最近我が家で流行している #SHYHACK のひとつ、「育児withアレクサ」をご紹介したいと思います。これは、消極性デザイン宣言の中で紹介した「性能の悪い人工知能の暴走を装って自分のスマホやパソコンの画面を覗く人を撃退するPeepDetectorFake」の原理を身近に応用したものの一つです。Amazon EchoやGoogle Homeなどの最近流行りのスマートスピーカーをお持ちの方であれば、その標準的な機能によって簡単に実践できます。すでに実践されている方もいらっしゃるでしょう。ですから新活用方法の提案というより、よくある利用実態の分析という感じでしょうか。
    PeepDetectorFakeのポイントは、以下のようなものでした。

    ・人間、特に消極的な人は、他人を咎める、責める、叱るようなことに多くのエネルギーが必要である。
    ・他人に咎められ、責められる、叱られるとき、そこに感情が込められていると、受け手も防衛反応からか感情的になってしまう傾向がある。
    ・コンピュータを使えば、人工音声やテキストメッセージによって、人に対して感情を排除して淡々とメッセージを送ることができる。
    ・コンピュータに発言を代理させれば、メッセージの発信責任について、「暴走した性能の悪い人工知能のせい」と偽装することができる。
    ・人が人にネガティブなメッセージを伝えなければならないとき、コンピュータを媒介にすれば、伝える側も気楽にできるし、伝えられる側も冷静にそれを受け止められる可能性がある。

    これを家庭内で応用することを考えてみましょう。こどもを叱るのって、難しいですよね。気持ちを込めて、心に訴える叱責。感情を抑えて、冷静に伝える叱責。その後のこどものダメージをフォローする工夫。我が家でも毎日、試行錯誤の連続です。私が特に苦手なのが、こどもが毎日のように忘れてしまう約束について、毎日のように守ることを促す叱責作業です。
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