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C・A・スミスからG・R・R・マーティンまで。ダークファンタジーの黒い血脈。

 いまさらながら『ダークソウル3』が面白いです。やたら複雑な操作があるダークファンタジーアクションゲーム。暗鬱で陰惨な世界設定にダークファンタジー好きの血が騒ぎますね。  ダークファンタジーというジャンルは昔からあって、たとえばクラーク・アシュトン・スミスという作家がいます。  栗本薫の『グイン・サーガ』などにも影響を与えたといわれる伝説的な作家で、クトゥルー神話ものなども書いているのですが、その作品は暗く重々しく、現代のダークファンタジーに近いものがあります。  100年ほど前のパルプ雑誌でその名を響かせた作家であるにもかかわらず、なぜか現代日本で再評価され、何冊か新刊が出ているようです。悠久の過去とも久遠の未来とも知れぬ世界を舞台に、闇黒と渇望の物語が展開します。く、暗い。でも好き。  栗本さんの作品でいうと、このスミスの影響が直接ににじみ出ているのは『グイン・サーガ』よりむしろ『トワイライト・サーガ』のほうかもしれません。  『グイン・サーガ』の数百年、あるいは数千年後、世界そのものがたそがれに落ちていこうとしている時代を舞台にしたダークファンタジーの傑作です。  全2巻しかないのだけれど、その妖しくも頽廃したエロティックな世界の美しいこと。主人公の美少年ゼフィール王子と傭兵ヴァン・カルスの関係は、のちにJUNEものへと発展していくものですね。  あとはやはり、マイケル・ムアコックが書いた〈白子のエルリック〉もの。いまの日本では『永遠の戦士エルリック』として知られる作品群は素晴らしいです。  この物語の主人公であるエルリックは、一万年の時を閲するメルニボネ帝国の皇子として生まれながら、生まれつき体が弱い白子の身で、斬った相手の魂を吸う魔剣ストームブリンガーなしでは生きていけません。  しかし、この意思をもつ魔剣は、時に主を裏切り、かれが最も愛する者たちをも手にかけていくのです――。この絶望的パラドックスと、〈法〉と〈混沌〉の神々の対立と対決という壮大な世界が、何とも素晴らしい。  一時期、映画化の話があったようですが、さすがに実現しなかったようですね。まあ、ひとことにファンタジーとはいっても『指輪物語』よりはるかにマニアックな作品ですからね。  ちなみにムアコックは『グローリアーナ』というファンタジーも書いています。これはマーヴィン・ビークの『ゴーメンガースト三部作』に強い影響を受けたと思しい作品で、とにかく凝った文体と世界を楽しむものですね。  エンターテインメントとして読むならエルリックとかエレコーゼのほうがはるかに面白いでしょうが、この作品には文学の趣きがあります。そういうものが好きな人は高く評価するでしょう。  ただ、かなり読むのに骨が折れる作品には違いないので、気軽に手を出すことはできそうにない感じ。よくこんなの翻訳したよなあ。  あと、最近日本では、アンドレイ・サプコフスキの『ウィッチャー』シリーズも翻訳されています。ぼくはいまのところ未読ですが、売れないと続編が出ないそうなので、先の展開が心配です。  早川書房は時々こういうことがあるんだよなあ。ぼくはマカヴォイの『ナズュレットの書』の続きを楽しみに待っていたんだけれど、ついに出なかった……。  この手のヒロイック・ファンタジーものとは系列が違いますが、ダークファンタジーを語るなら天才作家タニス・リーの偉業は外せません。  彼女の作品は数多く、すべてが日本に紹介されているわけではありませんが、訳出されたものを読むだけでもその恐るべき才幹は知れます。その代表作は何といっても『闇の公子』に始まる平たい地球のシリーズでしょう。  「地球がいまだ平らかなりし頃」を舞台に、数人の闇の君たちの悪戯や闘争を描いた作品で、アラビアンナイトの雰囲気があります。耽美、耽美。すべてが徹底的に美しく、あるいは醜く、半端なものは何ひとつありません。  主人公である闇の公子アズュラーンは邪悪そのもので、人間たちの意思をからかって遊びます。しかし、この世界に神はおらず、いや正確にはいるのですが人間たちに関心を持っておらず、かれの悪戯を止める者はだれもいないのです。  まあ、こういう作品たちがダークファンタジーの世界を切り拓いてきてくれたからこそ、ぼくはいま『ダークソウル3』を遊ぶことができるわけですね。  はっきりいってめちゃくちゃ好みの世界だけれど、クリアまで行けるかなあ。ちょっと無理そうな気がする。いまの時点で操作の複雑さ、多彩さにココロが折れそうだもの。  それから、もちろん、現代におけるダークファンタジーの巨峰として、以前にも何度か触れたことがあるジョージ・R・R・マーティンの『氷と炎の歌(ゲーム・オブ・スローンズ)』があるのですが、これはスケールが壮大すぎてダークファンタジーの枠内にも入りきらないかもしれません。  世界的に大人気の作品ですので、未読の方はぜひどうぞ。 

C・A・スミスからG・R・R・マーティンまで。ダークファンタジーの黒い血脈。

赤児をたたき殺し、淫魔に身を委ねよ。悪魔の大祭に酔いしれるとき。

 何度目になるかわからないのですが、栗本薫の『トワイライト・サーガ』を読み返しています。これ、ぼくの最も好きな作品のひとつで、栗本さんがデビュー前に書いていたものですね。  昔、東京でひらかれた栗本薫展で、この小説の生原稿を目にしたときは感動ものでした。小さな紙に細かい文字でびっしりと書かれているのですが――修正の跡がない!  おお、なるほどこれは天才だ、と感じ入ったものです。ものすごい速度で頭のなかに降りてくるイメージを、そのまま言葉に変えているんだろうな、と。まさに物語の巫女。物語作家のひとつの理想の形です。少なくともこの頃はそれができたんですね。  さて、『トワイライト・サーガ』の物語の舞台は『グイン・サーガ』から何百年、何千年かを経た未来の世界。  まあ、じっさいには『グイン・サーガ』のほうが後に書かれているわけですけれど、とにかく『グイン・サーガ』と同じ世界の、遥かに時を経た時代を描いているわけです。  その頃、人類は既に文明の盛りを過ぎ、惑星そのものが永遠の闇へ沈んでいこうとしています。しかし、文明のともし火が及ばない草原などには、未だに健康な精神の持ち主が生きのこっていもます。  この、まさにたそがれの枯れゆく衰えゆく世界で、偉大なジェイナス神に仕える闇王国パロスの王子ゼフィールと、草原の剣士ヴァン・カルスがさまざまな冒険を繰りひろげるというのが、まあこの小説の簡単な筋立て。  合わせて十篇の短編から構成されているのですが、やはりある種の天才を感じさせることに、最初の話である「カローンの蜘蛛」において既に冒険を終え、愛するゼフィール王子と離ればなれになってしまったカルスの姿が描かれています。  つまり、その先、どんな冒険、どんな活躍が待ち受けているとしても、ゼフィール王子とカルスは別れて終わる運命なのです。  ここらへんの突き放した設定は、ある種の「若さ」を感じさせますね。のちの栗本薫であったなら、もう少し何か救いを用意したことでしょう。  そういう意味では若書きの作品なんだけれど、そのクオリティはさすがのひとこと。そこには、最近、再刊行が進んで一部で注目を集めている(かもしれない)美と退廃の作家クラーク・アシュトン・スミスの影響が濃密に伺えます。  ちなみに、同じ世界のさらに未来、もはや完全に人類が闇と悪徳に染まりきった時代を描いているのが『グイン・サーガ・ハンドブック』に収録されている短編「悪魔大祭」で、そちらは完全に淫靡な頽廃の美、死と暗黒とグロテスクの賛歌となっています。  ぼくはこの狂えるデカダンスの世界が好きで、好きで、それで栗本薫を読んでいるようなところがあるので、『トワイライト・サーガ』も「悪魔大祭」も、実に素晴らしい傑作だと思います。  もちろん、 

赤児をたたき殺し、淫魔に身を委ねよ。悪魔の大祭に酔いしれるとき。
弱いなら弱いままで。

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海燕

1978年新潟生まれ。男性。プロライター。記事執筆のお仕事依頼はkenseimaxi@mail.goo.ne.jpまで。

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