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記事 3件
  • なぜ、大人は子供にサンタクロースの存在を信じさせたがるのか。

    2017-03-23 23:05  
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     植島啓司『君と地球を幸せにする方法』を読み上げた。この本のテーマのひとつは「贈与」の問題で、なかなか面白い論考が展開されている。ぼくはいままでずっと贈与について考えていた。
     宮沢賢治や金子みすずの作品に興味を持ったのも、贈与について考えていたからである。なぜ、贈与について興味を持つのか。それは、人は人に何かを与えることができたとき、最も幸福を感じるのではないかと思うからだ。
     ぼくは幸せになりたい。だから、どうしても贈与の問題を考えないわけにはいかないのだ。思うに、人はひとりではなかなか幸せにはなれない。もちろん孤独を好み、ひとりを愛する人もいないわけではないだろうが、大半の人は生涯ひとりぼっちでだれともコミュニケーションを取れなかったら辛いと思うだろう。
     また、どれほど孤高を好む人にしても、最初からひとりであったわけではない。アドラー心理学について書かれたベストセラーの『嫌われる勇
  • 辻村深月の最新作『ハケンアニメ!』はアニメ業界を描くお仕事小説の傑作だ。

    2014-08-29 20:04  
    51pt



     王子の顔が、一瞬、完全な無表情になる。そして、――次の瞬間、彼が「ええ」とにっこり微笑みを浮かべ、香屋子は息を呑んだ。
    「リア充どもが、現実に彼氏彼女とのデートとセックスに励んでる横で、俺は一生自分が童貞だったらどうしようって不安で夜も眠れない中、数々のアニメキャラでオナニーして青春過ごしてきたんだよ。だけど、ベルダンディーや草薙素子を知ってる俺の人生を不幸だなんて誰にも呼ばせない」

     王子千晴。若干27歳にして初監督作品『光のヨスガ』を撮り、伝説としてその名を知られる有名アニメ監督。
     並外れた天才と美貌で知られ、9年にわたって沈黙を守っていたかれは、プロデューサー有科香屋子に誘われ、いままた、新作アニメ『運命戦線リデルライト』に挑んでいた。
     しかし、制作作業が煮詰まって来たある時、王子はとんでもない騒ぎを起こす。それは有科のコントロールをすら外れるものだった――。
     辻村深月の最新長編『ハケンアニメ!』はアニメーション業界に材を得た傑作小説だ。いや、面白かった! 複数の架空アニメ会社を舞台に、架空アニメ作品のタイトルをたくさん散らせながら、「もうひとつのアニメ業界」を巧みに描き出してゆく。
     自分の仕事に熱い情熱を注ぐ人々を描く「お仕事小説」としても読み応え十分ながら、それ以上に重要なのは、無から有を創造するクリエイターへのリスペクトたっぷりに描写されるアニメ業界の人々の姿だろう。
     おそらくは自身、いくつものアニメに感動してここまで来たのであろう辻村は、深い思い入れをもってアニメに人生をささげた群像を描き出してゆく。
     本編は三章構成になっていて、三人の女性たちの視点から、それぞれの物語が綴られる。ひとこと、うまい! 子供のような天才監督と美人プロデューサー、若くして作品を手がけることとなった女性監督と敏腕プロデューサー、ネットで「神原画」の異名を取るアニメーターと熱血公務員、という三組の物語は、いずれも燃え上がりそうなほど熱く、小説を読む歓びに満ちている。
     時系列が少しずつずらさながらお話が進んでいくので、前の章のキャラクターが後のほうの小説で異なる役割で再登場するあたりも楽しい。
     何より、全編にわたって名台詞、名場面が山盛りで、アニメオタクでもそうでなくても、楽しめる仕上がりになっている。そこらへんはさすがとしか云いようがない。たとえば、第一章の主人公である香屋子が、第二章の主人公、新人監督の斉藤瞳に出逢う場面。

     顔は知っていたが、会うのは初めてだ。小柄な監督は眼鏡姿で、服装もTシャツとだるっとしたパンツ姿、長い髪は無造作に束ねたものから、数本が外にほつれて垂れていた。ボロボロだ、と思う。香屋子にも覚えがある修羅場明けのような恰好で、それを見た途端、胸がぎゅっとなった。
     かっこいい、と思う。仕事をしているのだ、と思う。その姿が何とも愛おしく、美しかった。真剣に仕事をするものの姿だ。

     監督、プロデューサー、声優、あるいはひとりひとりのアニメーターたち、動かざるものを動かし、生命なきものに生命を与えるため懸命に戦う人々を、辻井は深い敬意ともに活写しつづける。
     いずれもシビアな物語ながら、最後にはささやかに恋愛が絡んでくるあたりがこの作家だな、と思わせる。やっぱりラブコメディが好きなんでしょう。 
  • 【無料記事】リアルな物語とは何か。『ぼくらの』と『スロウハイツの神様』で考える。(4610文字)

    2012-10-23 15:38  
    『ぼくらの』と『スロウハイツの神様』というふたつの作品を肴にして「物語」と「真実」について考えた記事です。こういう記事を読み返してみると、ぼくはやっぱり「物語」が好きなんだなあ、と思いますね。それはある種、差別の構造であり、人間の限られた認識力が生み出す幻想に過ぎないと一方では思いながら、でもどうしようもなくそういうものが好きです。はい。