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タグ “Fate/Zero” を含む記事 8件

増殖を続ける『Fate』シリーズに感じる嬉しさと残念さ。

 きょうは電撃文庫の発売日です。成田良悟さんの『Fate/strange Fake』最新刊が出ていますね。  これも設定を聞く限りめちゃくちゃ面白そうなんだけれど、ぼくはまだ読めていません。  最近ほんとに小説を読めていないので、なんとか時間を作って読まないととは思うのですが、なかなかね……。  それにしても『Fate』はいったいいくつシリーズがあるんだろ。  最初の『Fate/stay night』に『Fate/hollow ataraxia』まではまあ「正典(カノン)」といえるとして、そのあとの作品群が膨大なんですよね。  とりあえず『Zero』は「正典」に次ぐ地位にある感じですが、そのほかの作品群はどう解釈したらいいものやら。  パラレルワールドだと思って読むのがいちいばんいいのかなあ。  そういえば『Fate』世界にはパラレルワールドを飛びまわる謎のジジイがいたような気もするが、まあいいや。  『Fate』の番外編というと、『Zero』を除くと、まずは『Grand Order』が思い浮かびます。  これはソーシャルゲームですね。ゲーム的にはかなりひどい出来だとさんざんいわれているものの、キャラクターの魅力とストーリーの面白さによって大人気を博しているようです。  結局のところ、魅力的なキャラクターがたくさんいればほかはぐたぐだでもけっこうなんとかなるという典型的な例でしょうか。  それから、ゲームの類としては、プレイステーションポータブルで出た『フェイト/エクストラ』とその続編『フェイト/エクストラ CCC 』があります。  これは当然というか漫画化もされていて、『フェイト/エクストラ CCC Foxtail』という作品にもなっているようです。  あと、格ゲー仕様の作品としては『フェイト/アンリミテッドコード』がありますね。  やったことがないので評価はわかりませんが、そこそこの作品ではあるようです。  あと、小説作品としては『Fate/Prototype 蒼銀のフラブメンツ』というものもありますね。  『Fate/Labyrinth』はこの派生なのかな? よくわかりませんが関連作品であるようです。  さらには『Fate/Apocrypha』というものもありますし、いちばん最初に挙げた『Fate/strange Fake』もこの系統です。  さらに漫画では『Fate』を魔法少女ものに仕上げてしまった『Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ』という作品もありますし、『Fate/mahjong night 聖牌戦争』という、もはや何がなんだかよくわからない作品もあります。  あと、四コマの『氷室の天地 Fate/school life』も一応は『Fate』シリーズか……。  ざっと数え上げただけでもこれだけの『Fate』関連作品が出ているわけです。まだ取りこぼしたものもあるかも。  かつて高校生の奈須きのこがノートに書いて竹内崇に見せていた妄想ストーリーがここまで発展するとは、当時、奈須さんも竹内さんもまったく想像していなかったことでしょう。  ただ、 

増殖を続ける『Fate』シリーズに感じる嬉しさと残念さ。

『Fate/stay night』、背徳と頽廃の第三ルートがいま始まる。

 タスクオーナ『Fate/stay night (Heaven's Feel) 』最新刊読了。  既に発売から十数年を経るロングヒットコンテンツ『Fate』の第三ルート、漫画版です。  『Fate』は2004年の発表以来、さまざまな形でメディア展開して来たわけですが、『HF』はいままで触れられて来ませんでした。  この作品は満を持しての初漫画化というわけです。  また、『HF』は2017年に映画化も決定しているので、ほぼ同時に映像と漫画で同じ物語が展開することになりますね。  映画も楽しみですが、まずは漫画の話。  結論から書くと、とてもよくできている作品だと思います。  『HF』は正義の味方を目ざす少年・衛宮士郎と、かれを慕う少女・間桐桜の物語であるわけですが、『Fate』全編でも最も昏く淫靡な話なので、なかなか漫画にはしづらいところがあります。  しかし、作者はこの漫画版で可能なかぎり深いところまで描くことにチャレンジするつもりのようです。その覚悟やよし。  ちなみに、この第2巻まではまだ「共通ルート」の話で、いままでの『Fate』と同じ展開をたどっています。  セイバーの召喚とか、ランサーとの死闘といったところですね。  新しい物語が始まるのは次の巻から。だから、次巻がとても楽しみです。  ところどころ挟まれるオリジナルエピソードは『Fate』や『Fate/Zero』を意識した内容で、作者の原作への愛情を感じさせます。  この漫画版は読者が本編の物語を知っていることを前提として構築されているといっていいでしょう。  その意味では新味はないわけですが、作者がこの『Fate』第三の物語をどう料理して来るかという興味は尽きません。楽しみ楽しみ。  『HF』は『Fate』の三つのルートのなかで最も賛否が分かれる物語です。  ぼくは大好きなのですが、嫌いな人は嫌いらしい。  その理由は、 

『Fate/stay night』、背徳と頽廃の第三ルートがいま始まる。

安西先生、TYPE-MOONの完全新作をプレイしたいです。

 電撃文庫から『Fate』の新作が出ていますね。成田良悟『Fate/strange Fake』。未読なので内容はわかりませんが、ほんとに『Fate』の世界は果てしないなあ、と感嘆しきり。  正直、もう『Fate』はいいから他のシリーズを始めてよ、という気もなくはないのですが、発表される新作を読んでみるとじっさい面白いからあまり文句もいえない。むずかしいところです。  それにしても、『Fate』って過去11年間で何作くらい出ているんだろ? まずはシリーズの「正典」ともいうべき『Fate/stay night』、そのファンディスクの『Fate/hollow ataraxia』がありますよね。  それから虚淵玄が圧倒的迫力と完成度で『Fate』の前日譚を描いた『Fate/Zero』。それにプレイステーション・ポータブルのゲーム『Fate/EXTRA』、その続編『Fate/EXTRA CCC』。  『Fate』の原型を小説化した『Fate/Prototype 蒼銀のフラグメンツ』、さらにパラレルワールドを描いた小説『Fate/Apocrypha』、何だかよくわからん漫画『Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ』があります。  さらにさらに、この春から『Fate/Grand Order』と題する何やらやたら面白そうなRPG(?)が始まるとか。もちろん、これらの作品群はそれぞれがアニメ化したり漫画化したりしているわけで、全部で何シリーズになるのかはちょっと数えきれない感じ。20作くらいは行っているのではないでしょうか。  いや、もうほとんど『ガンダム』とかに匹敵する、日本のオタク業界を代表する一大エンターテインメントシリーズに成りおおせた印象ですが、でも、これでいいのか?という一抹の疑問が残ることもたしか。  何といってもいまに至るも『Fate』のなかでいちばん面白いのはオリジンの『Fate/stay night』であって、その後の『Fate』はいわば「番外編」に過ぎません。  だから、ひたすら「番外編」を増やすのはこれくらいにして「新作」をこそ描いてほしい、そう思っても無理はないところではないでしょうか。  じっさい、『Fate/stay night』以降、『Fate』の実質的な「作者」である奈須きのこは、それらの「番外編」の展開に関わりながら、ほとんど「新作」を発表していないわけで、もういいかげんにしてくれないかな、と思ってしまう気持ちも正直あります(『DDD』とかあるけれどね)。  たしかに『Fate』の二次展開はどれもそれなりには面白い。なかには、『Zero』のようなオリジンをも超えたのではないか?と思わせられる破格の作品もある。  しかし、それでもなお、それらはどこまで行っても「外伝」、「外典」、「番外編」、「前日譚」、「パラレルワールド」の類であるに過ぎず、純粋に『Fate』を乗り越えたとはいえない。  そうだとすれば、いまこそ純然たる新しいイマジネーションを以って、『Fate』よりもさらに面白いエンターテインメントを志してほしい。そう願っているのはぼくだけではないでしょう。  いやまあ、永野護が『ファイブスター物語』を描きつづけているように、荒木飛呂彦が『ジョジョの奇妙な冒険』を更新しつづけているように、奈須きのこはひたすら『Fate』を書いていればいい、そういう考え方もあるとは思う。  しかし――やっぱりもったいないよなあ。本来、奈須さんの作品世界は『Fate』をも超えてもっとはるかに壮大に広がっているはずで、「それ」をこそ見せてほしいわけですよ。  たしかに『Fate』は面白い。単なる「番外編」であってなお、どれも十分以上に面白いのだけれど、でもね、ぼくは「最高」しか求めていない。  奈須きのこには「超一流」であってほしい。「最高」、「至上」の作品をこそ生み出してほしい。それだけの桁外れの才能を持ったクリエイターなのだから――そういうふうに思う。  初めて奈須きのこの名前を知ったのは15年前、血まみれの20世紀がようやく終わろうとしていた頃。『月姫』という同人ゲームのタイトルが耳に入って来たときでした。 

安西先生、TYPE-MOONの完全新作をプレイしたいです。

『ヱヴァ』と『妖怪ウォッチ』で考える責任論。

 ども。近所のゲオで『たまこラブストーリー』をレンタルしてきた海燕です。はたして寝る前に試聴することができるか、どうか。非常に楽しみな内容ではあるんですけれど、どうかなあ。  さて、ここ数日、腰痛を初めとする身体不良にボロボロになっていたぼくであるわけなのですが、数度に渡る電気ショックと、注射と、数多すぎて何が何だかわからない錠剤のマジカルパワーによって、ついにここに復活を遂げました。  まだ100%とは行かないけれど、だいたい90~95%くらいまでは回復したと思う。そうなると、いままで更新をサボってきたことが罪深く思えて来るわけで、枕を座椅子代わりにしてパソコンに向かおうと思ったしだいです。  しかしまあ、ほんとうに大変な数日でありましたことよ。肉体的に相当やばい橋を渡っていた上、精神的にもどん底のさらにどん底。ついには体内のどこかの血管が破れたらしく、血まみれの痰を吐き出すようになって、真剣に死を考えました。  というか、今回はまあ大丈夫だったとして、このままストレスフルな生活を続けていると、いつか確実にガンになって死亡すると思う。いまこそ人生を変える時!  とはいえ、そう簡単に生き方を変えられたら苦労はしない。もちろんさまざまな出来事を経験するたび、理屈としては色々な「悟り」があるものの、押し寄せる現実のプレッシャーは圧倒的で、それを前にどうしようもなく流されてしまうのがきょうまでのぼくだったわけです。  それはきっとあしたからも変わらないことでしょう。人生が格段に楽になる魔法のひと言なんて存在しない。ぼくの手もとにある美しい錠剤の数々も、人生そのものを一気に治療できるほどにはマジカルではないらしい。  ただ、いくらか人生の重みを軽くしてくれる言葉は見つけました。それでは、ぼくが地獄のような自己追求の迷宮の底で、ついに悟ったこの世の真理をお教えしましょう。  それはわずか一行で表せます。つまり、「この地上で起こる出来事は、何もかもぼくのせいではない」。以上!  いやー、この単純な「悟り」はぼくの人生にとって革命的な意味を持つと思う。もちろん、現実にはこの言葉をどこまで実感しつづけられるかという問題があるのだけれど、それにしても、思考の基板となっているところにある倫理をドラスティックに変えてくれる一行なんじゃないか。  この言葉にたどり着けた自分を褒めてやりたい気持ちである。偉いぞ>ぼく。まあ、いかにも極端かつ無責任きわまりまりない発言に思えることはわかっています。  でも、ぼくの硬直しきった人生を変えるにはこのくらいの劇薬が必要だと思うのですね。ぼくはいままで「何であれひとのせいにしてはいけない。自分で自分の人生を背負わないことには成長はない」と考えて生きて来ました。  ある意味では非常に「正しい」理屈だといまでも思う。「自分の問題をひとのせいにするな」というのは、ある意味で日本人好みのモラルではあると思うのですが――でも、これ、突き詰めていくと世界のすべてをひとりで背負わないといけなくなるんですね。  『Fate』のセイバーとか衛宮士郎がこの陥穽に陥った典型的なキャラクターだと思うけれど、果てしなく拡大していく責任を、すべて自分でひき受けようとすると必ず破綻する。  人間にはどうしたって個人でひき受けられる責任の限界があって、その外のことは「哀しいけれど、仕方ないよね」と割り切るしかないのです。  たとえば、ぼくが全人生をつぎ込めばアフリカの飢えた子供の数十人くらいは救えるかもしれないけれど、ぼくはそうしない。それはある意味でその子供たちを見捨てているともいえるわけだけれど、それを「仕方のないこと」と合理化することなしには、ひとは生きていけないわけです。  それでもなおかつ、「すべての人に平和を! 幸福を!」とかありえない理想を抱いてしまうと、それこそ『Fate/Zero』の衛宮切嗣のようになってしまう。  だから、自分の適切な責任範囲を設定して、その範囲のことだけに集中するのが、まあ大人の態度なのでしょう。  しかし――やっぱりそういう態度はどうしても妥協的なものに思えないこともありません。芥川賞作家の玄侑宗久は、金子みすゞや宮沢賢治の作風には「大乗仏教の呪縛」があるといい、まずは自利に努めなければならないと語っています。  うなずける意見ではありますが、ほんとうにそうでしょうか? そういう都合の良い云い訳を用意して、自分をごまかしているだけなのでは?  ぼくはずっとそう思って、割合に「理想の自分」を追求してきたように思う。「理想の自分」は無限に優しく無限に寛容です。  どんなに傷つけられても、虐げられても、決して怒ることもなく、まして暴力を振るうことなどありえないデクノボー――そういうふうになりたいと思って生きて来た。  ひとは知らず、己はそうでなければならないのだ、と信じて、滑稽な努力を続けてきたように思うのです。そうして、崩れつづける石を積むこと36年。よくやったものだ、と我ながら思います。  高すぎる理想にたどり着くことはついになかったけれど、それでもその青くさい理想を折らずに追い求めつづけてきた。自分なりに妥協せず、真理だと信じるところを追いかけて来た。  だけれど――その結果がストレスとなって積もりに積もって、文字通り血を吐く羽目になったわけです。あたりまえといえば、あたりまえのこと。決して手が届かない高すぎる「理想」と、醜怪にして卑小な「現実」との耐えがたい落差は、そのまま重圧となって自分を苦しめるのですから。  その苦しみを、しのぎ、しのぎ、何とか乗り越えて生きて来たのがぼくの人生だったと思います。  苦しかった。聖賢に非ず、どこにでもいる凡人であり俗人であるに過ぎないぼくが、届かない理想に手をのばそうとしてきたのだから、その無理、矛盾はあまりにも大きかったといえます。  そしていま、ついにぼくは「このままこの生き方を続ければ死ぬ」と悟らざるを得なくなったわけです。さて――さて。それでは、どうするか。  死ぬとしてもあくまで自分の理想を貫くか。それとも妥協して普通のあたりまえの人生を送りつづけるか。もっとも、元々、普通の人生を送っていることには変わりはないのです。  つまり、意識の上で理想を追うかどうかという違いがあるだけなのですね。だから、ぼくがどう決意しようと世界には何ら変化はないはずなのですが、それでも、迷いに迷い、苦しみに苦しみました。  そして、いま、ぼくはついに世界という重荷を手放そうと思う。自分の行動に完全な責任を取ることをやめようと思うのです。つまりは、生きることを選ぶ――それがぼくの選択です。  金子みすゞは、この究極の矛盾を整合させることができないまま、自殺を遂げました。その激烈な生に比べれば、ぼくの生き方はやはり微温です。ぼくにはそこまで自分を貫き通すことはできない。  だけれど、そうであるとしても、ぼくはとりあえず生きることを選びたい。妥協するとしても、理想を見失うとしても、心を折るとしても、ひとりの人間として生きていくことを選びたいと思う。  高すぎる理想と卑しい自分との乖離に苦しめられることは、もういいかげん限界だ。文字通り血を吐いてみて、それがようやくわかった。 

『ヱヴァ』と『妖怪ウォッチ』で考える責任論。

少年の夢と少女の視点は補完しあう。永野護、宮崎駿、虚淵玄の世界を比較鑑賞する。(2174文字)

 宮崎駿はどこまでも純粋に「少年の夢」を追いかけつづけるクリエイターだ。  少年の夢とは、たとえば世界の救済、囚われの少女を塔から救い出すこと、あるいは空を翔ぶ城――男ならだれもが幼い日に夢みるロマンだ。  多くのひとはやがてその日の情熱を失い、あたりまえの日常のなかに人生を埋没させていくのだが、この老天才作家の想像力は枯れることがなかった。  かれが70歳を過ぎたいまでも少年めいたロマンを保ちつづけていることは、映画『風立ちぬ』を見ればよくわかる。  しかし、きょうではピュアな少年の夢を叶えることはむずかしいことも事実だ。  それは暴力や戦争、そして帝国建設に直結していく想いだからだ(ラピュタ王を目ざしたムスカ!)。  しかし、そういう問題点を認識したうえで云うなら、ぼくはやはり「男の子の物語」が好きだ。そういう少年にしか感情移入できないと云ってもいい。  コナンが好きだし、ルパンが好きだ。パズーが好きだし、堀越二郎が好きだ。  ほかの作家の作品で云えば、『グイン・サーガ』のイシュトヴァーンが好きだし、『燃えよ剣』の土方歳三が好きだし、『ファイブスター物語』のダグラス・カイエンも好きだ(ぼくのハンドルネームはカイエンから採っている)。  どこまでも純粋で美しい少年の夢に殉じて一生を終える男たちの生きざまが好きでならない。  しかし、そういう「男の子の物語」ばかり見ていると、やはり物足りなくなる。そこに「少女の視点」が欠けているからだ。    これはべつに政治的正しさとか倫理的正当性といった話ではなく、自分の趣味の問題として云うのだが、「男の子の物語」ばかり見ていると、そこに「女の子の物語」が欠けていることに残念さを禁じえない。  あたりまえのことだが、少年の夢があれば少女の視点があり、男の子の願いを叶える物語があるなら女の子の祈りに通じる物語があるのだ。  ぼくとしては、少年の夢と少女の視点が拮抗した物語を見たいと思う。  いずれかに偏るのではなく、両方が緊張感をもって対決する世界を見てみたいと望む。  しかし、現実には少年の夢を描いた物語では、やはり女の子たちは脇に追いやられることになりがちなのではないか。  『Fate/Zero』が典型的で、あの小説を読んだひとが最も印象にのこるのは、征服王イスカンダルのキャラクターとエピソードだと思う。  イスカンダルのサーガは典型的な「男の子の物語」で、かれは夢に生き、夢に死ぬ。  かれの夢とは世界征服。まさに男の子がそのままになったような男で、イスカンダルはあった。  いまどきこういう男子は貴重だから、イスカンダルは非常に印象的なキャラクターとして成功していると云える。腐女子人気が沸騰したこともよくわかる。  しかし、そこに被害者の視点がない。イスカンダルが征服した土地にいた人々の想いは、そこではまったく描かれていない。  なるほど、男たちはかれの夢に魅せられ、ともに歩んでいこうとしたかもしれない。それがイスカンダルの軍団を形成していったかもしれない。  しかし、女はどうか? 少女や妻や母親たちはどうなのか?  おそらく彼女たちの平和な生活はイスカンダルの征服によって蹂躙されたはずだ。  イスカンダルは決して征服や略奪や陵辱を悪と見做してはいないように見える。  かれが赴いたところ、悪夢のような地獄が誕生したはずだ。そこで女たちはどうしたのか、その視点が必要だと思うのだ。  くり返すが、ぼくはそれが倫理的に重要だという理由で少女の視点を求めているわけではない。  そうではなく、少年と少女の両方の視座がそろって初めて、物語に緊張感が生まれると思うのだ。  そういう意味では、永野護監督の『ゴティックメード』は良かった。  

少年の夢と少女の視点は補完しあう。永野護、宮崎駿、虚淵玄の世界を比較鑑賞する。(2174文字)

TYPE-MOONは『Fate』を乗り越えられるのか?(2128文字)

 TYPE-MOONの『Fate/stay night』がみたびアニメ化するようだ。制作は2006年放送のテレビシリーズ、及び2010年に公開された劇場版アニメ『UNLIMITED BLADE WORKS』を手がけたスタジオディーンに代わり、劇場版『空の境界』などを扱ったufotableが引きうける。  ネットではいままで映像化されていない『Fate』第三のルート、『Heaven's Feel(桜ルート)』が取り上げられるのではないかともっぱらの噂だ。いままた同じ物語を繰り返すとも思われないから、妥当な推測と思われる。  いままで『Fate』シリーズは上記の二作品のほか、『Fate/stay night』の前日譚にあたる『Fate/Zero』がアニメ化されている。  また、番外編(というかなんというか)の『Fate/kaleid liner プリズマ・イリヤ』も現在、アニメ版が放送中である。出せばあたる人気シリーズとしかいいようがない。  しかし、『Fate/stay night』が発売されたのはすでに2004年のこと。すでに9年も前なのである。おそらく新アニメは2014年の放映になるだろうから、そこから考えると10年前ということになる。  そして、この9年間、TYPE-MOONはひたすら『Fate』の派生系を出しつづけることに終始していた印象がある。  もちろん、高い評価を得た『魔法使いの夜』はある。しかし、ボリューム的に見ても、あの作品を『Fate』に匹敵するものとみなすことはむずかしい。  過去9年の間、TYPE-MOONは結局、『Fate』と同等か、それ以上の質と量の作品を発表することができなかったといっていいと思う。  たしかにそのあいだ『Fate』の枝葉は豊かに茂っていった。なかでも『Zero』は、質的に『Fate』を上回る力作だったかもしれない。  どこまでが虚淵玄個人の才腕で、どこからがTYPE-MOOMの助言によるものなのか、それはわからない。しかし、とにかくあの作品は広い意味での「二次創作」の最高峰を見せてくれた。  闇黒の大河のような壮絶無比な物語は、『Fate』を補完し、その世界をさらにひろげるという意味でも、重要な成果だといえるだろう。少なくとも並大抵の二次創作とはあまりに次元が違う出来であることはたしかである。  あるいは、「魔法少女もの」という色物的設定で発表された『プリズマ☆イリヤ』にしても、意外にそのクオリティは低くない。ぼくはまだアニメは見ていないが(録画はしてある)、漫画版は実に楽しく、面白く見ることができる安心、安定の仕上がりである。  『Fate』の世界を作った二次創作ものとしては、十分な出来といえるだろう。  しかし。やはり、多くのユーザーは『月姫』、『Fate』に量的に比肩する第三の作品を待望しているのではないだろうか。  

TYPE-MOONは『Fate』を乗り越えられるのか?(2128文字)
弱いなら弱いままで。

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海燕

1978年新潟生まれ。男性。プロライター。記事執筆のお仕事依頼はkenseimaxi@mail.goo.ne.jpまで。

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