• このエントリーをはてなブックマークに追加

今なら、継続入会で月額会員費が1ヶ月分無料!

記事 3件
  • どんなに恵まれていても、ひとは飽きる。

    2015-06-30 00:05  
    51pt
     「いばや通信」のこの記事が非常に面白かった。
    http://ibaya.hatenablog.com/entries/2015/06/29
     ここで坂爪さんは「漁師とコンサルタント」という有名な寓話を取り出してこう書いている。

    坂爪「これさ、俺は『半分同意、半分違和感』って言うのが正直な感想で、半分の同意は『そう言う生活を既に手に入れている漁師は非常に豊か!』ということで、根本的に、自分で自分の人生は最高だと思っている人は、その時点で(他の人間がとやかく言うものじゃないし)勝ち組だと思っているのね」
    みっつ「はい」
    坂爪「でね、半分の違和感は自分自身に対してなんだけど、『幸せな日々に飽きることはないのかな?』っていうことなの。毎日シエスタをして、自然を楽しみ、仲の良い人達とのんびり過ごす時間は絶対に豊かだと思うけど、もしも自分だったら『絶対にもぞもぞしてくるだろ!』って思うのね」
    みっつ「はい」
    坂爪「男の子的なもぞもぞ感、とでも言いましょうか。確かに幸せなんだけど、幸せなだけじゃ足りないんだよ。毎日同じことをしていたら必ず飽きるし、『新しい何か』をしてみたくなると思うんだよ。世界にはまだ俺の知らない面白い場所があるはずだ!って、俺は絶対に思っちゃう気がするんだよ」

     まさにいまのぼくのことだな、と思う。
     家はあるし、そこそこの収入もあるし、友人はたくさんいるし、娯楽もたくさんあるし、とても幸せなのだけれど、同時に「やることがない」という退屈さの地獄に閉じ込められた感がある。それがぼく。
     もちろん、あまりに忙しいとそれはそれで苦しいことになるのだが、暇すぎることも楽ではないんだよね。
     まあ、真面目に働いている人たちからすれば何をほざいているんだと思う悩みかもしれないが、しかし、この問題、リンク先で坂爪さんが書いている通り、本質的なものだとも思う。
     「幸せなだけじゃ足りない」。
     たとえ贅沢といわれようと、それはほんとうのことなのだ。ひとは幸福なだけでは生きていけないのである。
     じっさい、ポジティブ心理学の本などを読むと、宝くじがあたった人の幸福度は予想されるほど高くないらしいということが書かれている。
     その反対に、事故などに遭って障害を負った人の幸福度も意外に低くないようだ。
     もちろん宝くじがあたった瞬間は嬉しいだろうし、怪我を負った瞬間は嘆くことだろうが、それらは長くは続かない。
     ひとは幸運であれ、不運であれ、あっというまに慣れてしまう。そういう事実があるのである。
     だから、ひとは「幸福」にも慣れるし、飽きてしまう。
     子供の頃は「学校に行かずに漫画だけ読んで暮らせたらどんなにいいだろう」と思ったものだが、じっさいにそういう暮らしをできる身の上になってみると、やはり飽きるのである。退屈するのだ。
     ニートをしていると、どうしてもこの問題に対する答えを出すことを求められる。
     ニートブロガーのPhaさんは、一箇所に常住するのが良くないと考えて、他拠点生活をすることにしたようだ。
     それが正解なのかはどうかはぼくにはわからないが、とにかく常に新しいことをしていないと退屈するというのが人間のさがであるらしい。
     これは非常にむずかしい問題である。なぜなら、この問題に対しある対策を見つけ出して実行したとしても、それがあたりまえになるとやはり慣れ、飽きてしまうからだ。
     この退屈という名の地獄に耐えることができる、あるいはそもそも退屈さを感じない能力が、即ち「無職の才能」なのだろう。
     しかし、だれもがその種の才能に恵まれているわけではないし、坂爪さんのように大人気ブログの管理人になれるわけでもない。
     それでは、どうすればいいのか? 
  • 人生がつまらなくてしょうがねえ問題をどう解決すればいいか?

    2015-06-19 03:07  
    51pt
     ども。きょうもきょうとてニート暮らしの海燕です。
     正確にはNEETの定義は35歳までなので、来月で37歳になるぼくはそこから外れまくりであるわけですが、まあ、ただ無職っていうのもどうかと思うよね……。
     しかし37歳て。ちょっと自分がそこまで歳をとったことが信じられないですね。
     この調子だと無為のまま40歳になり50歳になり60、70と歳を取っていくんだろうな。そこまで生きられればの話だけれど。
     いまの生活は非常に安定していて気楽なんですけれど、唯一、やることがなくて活動エネルギーが余ることだけが困ります。
     「無職の才能がない」ということなんだろうけれど、やっぱりぼくは何かしら活動していないといらいらしますねー。
     暇なのは悪いことではないと思うけれど、ひとりで暇だとね、もうね、やることないんですよね。
     一日中『スプラトゥーン』やっていても飽きるしなあ。
     やっぱりぼくは何かしら仕事をしたいのだと思う。そうかといっていまさらアルバイトとかも効率悪いし、さて、何をしたものだろう……。
     いわゆるワーク・ライフ・バランス、仕事と余暇のバランスがどのくらいが適当かということは、ひとによって違っているんでしょう。
     たぶんぼくはプロニートのPhaさんあたりと比べると多少は働き者属性が強くて、無職属性が弱いんだろうな。
     まあ、このブログをもっと更新したらいいのかもしれないけれど、どうも1日いくつも記事を更新するのは読者に負担が増えるようなんですよね。
     なので、日々、「うーん、どうしたものかなあ」などと唸っています。
     いや、その前に1日1本はちゃんと更新しろよって話ですが。今月、更新数少ないですよね。
     すいません。ちょっと気を抜くとこうなる。
     たぶん1日1本定期的に更新しつづけることが会員を維持するためにはベストだと思うんだけれど、これが意外にむずかしくて、書きすぎたり書かなすぎたりしてしまうんですよね。
     まあ、書くだけ書いてストックしておけばいいのかもしれないけれど、それだとブログの特長であるリアルタイム性が薄れて面白くなくなる。なかなかうまく行かないものです。むずかしい。
     話が逸れましたが、まあ、リアルライフを神ゲーにするためには、次の「目標」を設定しないといけないのだと思います。
     目標が決まればそこに至るまでの作業も決まるし、HHK(暇で暇で困っちゃう)状態も抜け出せるかと。
     まあ、限りなく贅沢な悩みといえばそうなのですが。
     で、そのためにとりあえず何か電子書籍を出したいなあと思っているのですが、じっさいに電書を出してもなかなか儲からない、わりに合わないという問題がありそうなんですよね。
     だから 
  • リアルはなぜクソゲーなのか?

    2015-06-01 03:36  
    51pt

     ニンテンドー3DSでLEVEL5制作のRPG『ファンタジーライフ』を始めました。
     ああ、まだ『スーパーマリオ3Dワールド』も『ゼノブレイドクロス』も終わっていないのに新たにゲームを始めてしまうぼくの意思の弱さよ。
     ちなみにiOS版の『シュタインズゲート』なんかも途中で止まっています。『逆転裁判2』と『3』、『アサシンクリード4』あたりも途中だな。
     いい訳させてもらうならべつだん意志が弱くてひとつのゲームを続けられないわけじゃなくて、むしろ「複数のゲームを同時進行している状態」をこそ快適だと感じているのだと思うのですね。
     それもアクション、正統派RPG、スローライフ系RPG、ADVといろいろなジャンルの作品がそろっている状態が心地いい。
     ようするにぼくは「選択肢を増やしたい」と考えているのでしょう。
     いつでもやりたいと思ったときにそのジャンルのゲームを遊ぶことができるということに「自由」を見いだしているわけですね。
     べつにやらなくてもいいのだけれど、やりたくなったらいつでもできる。
     それがぼくが考える「自由」であり「贅沢」なのだと思います。
     もちろん、事はゲームに限りません。たとえば、中華料理を食べたいな、と思ったときに即座に食べることができるということが「贅沢」だと思います。
     そういう意味では、ぼくはなかなかに自由で贅沢な人生を送っているといえるかもしれません。
     いつでも寝たいときに寝て、起きたいときに起き、やりたいことだけをやって暮らしているわけですから。
     もちろん、そうはいっても、「金銭」という条件によって制限される要素は少なくありません。
     たとえば海外旅行に行きたいな、と思ってもすぐに実行するのはむずかしい。
     だから、ぼくがお金を欲しいと思うのは、必ずしもそれを使いたいからではないのですね。
     仮に貯金が1000万円くらいあったら、たぶんじっさいに使わなくてもそれなりに満足できるんじゃないかと思う。
     「いつでも使うことができる」と思っていられることが重要なのであって、じっさいにやりたいことはそれほどないんじゃないか。
     この感覚、わかる人はわかってくれると思うんだけれど、どんなものだろう。
     さて、『ファンタジーライフ』の話に戻ります。