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異性と付き合いたいオクテ男子がまずやるべきこととは?

 『ゼロから始めるオクテ男子愛され講座』。アルテイシアさんのブロマガをまとめ、加筆修正した本です。  しばらく前に購入して既に読みあげているのですが、山田ズーニーさんの本を読んだことでなんとなく思い出して、読み返してみました。  ひと、この場合は異性と、どう向き合い、どう親しくなり、どう自分の意思を伝えるか。共通点のある内容だと思ったのですね。  ひとりのコミュ障男子として、ぼくはコミュニケーションに深い興味があります。  どうすれば人と穏やかな会話ができるのか? 自分の意見を正しく伝えることができるのか? あるいは、人から好意をもってもらうにはどうすればいいか?  いまでもわからないけれど、昔はほんとうにわからなかった。  十数年前のぼくはほんとうに「空気が読めない奴」だったと思います。  あの頃から付き合っている人が何人かいますが、どう思われていたのやら。まあ、自分ではその頃とはだいぶ変わったつもりでいます。  ただ、男性とばかり付き合っているから、女性とやり取りするための方法論はまったくわからない。  何しろ、関心領域も違っていれば、人生経験も違う人たちですから、どういうふうに話したらいいのかわからない。  向き合っているだけで緊張するし、挙句の果てにはパニックに陥る。「あわあわあわ」とか思っているうちに時間が過ぎ、あとで深く落ち込むことになってしまったりする。  いや、まったく我ながら救いがたい話です。ウソみたいだろ。37歳なんだぜ。これで。  まあ、何歳になっても学習しない人はしないものです。  しかし! いくらぼくだってもう少し異性と親しく話ができるようになりたい! 恋人やパートナーはともかく、異性と緊張しないで話ができるようにはなりたい! なりたいったらなりたいのだ!  そんなことが可能なのでしょうか? 十分に可能である、とこの本は主張しているように思います。そのためにはこうすればいい、ということも書かれています。  具体的には、まず、「GAPと美容院へ行け!」というところからスタートします。  GAPはわりとお安くお洋服が買えるファッションブランドです。ぼくもたまに利用します。  まあ、つまり、小ぎれいにしろ、ということですね。まったく正しいアドバイスだと思います。  山田ズーニー的にいうと、これは「メディア力」を高めるための方法論だと考えられます。  いくらいいことをいっていても、メディア力が低ければ相手に伝わらない。あるいは歪んで伝わってしまう。まずはメディア力を高めることなのです。  そのための方法論が『あなたの話はなぜ「通じない」のか』には色々記されていますが、それ以前に身ぎれいにしておくことが大切ということ。  よく「美容院に着ていく服がない」という人がいますが、そういう人はまずGAPに行って服を買えばいいわけです。  とにかくまずは恰好から入る、これが大切ですね。べつにオサレの達人になる必要はない。ただ、清潔感のある恰好をしていればいいだけのこと。  非モテ界隈ではよく「オレはキモメンだから女子に冷たくされてきてうんぬん」とか延々と恨み節を並べ立てている人がいますが、仮に女子に冷たくされたことが事実だとしても、その原因はべつのところにあると思われます。  そういう人はまずはGAPでもUNITED ARROWSでもメンズファッション+でもなんでもいいからお洋服を買うのだ! そしてきちんと洗濯しつづけるのだ! というのが、アルテイシアさんの主張だと思われます。正しいにゃー。  意外に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、ぼく、最近になって、お洋服を買う快感に目覚めてしまいまして(笑)、 

異性と付き合いたいオクテ男子がまずやるべきこととは?

なぜオタクが小ぎれいになった(ように思える)のか?

 前の記事に付いたコメントにレスを返します。  リア充オタクもマイルドヤンキーも勝手に定義を作り広めて儲けようとする連中の仕業によるものだよね。マイルドヤンキーの定義に当てはまるのなんて昔から大量にいたのに最近現れたかのように言われる。あれの定義はヤンキーでもなんでもない都会に憧れも志も持たない低所得者。それを無理矢理広めようとするからネットでは批判が見られた。  「おたく」の反対語としての「リア充」という言葉が生まれたのは、西暦二〇〇〇年を過ぎてからですね。その前の一九九〇年代には、まだ、「リア充」という言葉はありませんでした。  私の記憶している限りでは、一九九〇年代以前の「おたく」の中にも、おしゃれな人はいましたし、普通にリアルの人間と恋愛している人もいました。結婚して子供もできて、普通に家庭生活を営みながら、「おたく」活動を続けている人も、おおぜい知っています。 私の感覚では、「『おたく』である人が、ファッションに興味を持ったり、恋愛したり、結婚したりということとは、縁が薄いに決まっている」という考えのほうが、違和感があります。  「全か無か」のように、何でも二つにすぱっと割り切れるものではないですよね。何だか、無用な線引きをして、対立をあおっているだけの気がします。  この話、いろいろな問題が交錯していてちょっと切り分けをしないといけないと思うのですが、まず、ぼくはいわゆるオタク文化へのカジュアル層の流入は事実としてあると思っています。  ぼくが中高生の頃ははっきりオタクと呼べるのはクラスに2,3人いるかいないかというところでしたし、それもあまりオープンにできる雰囲気ではありませんでした。  そういう意味では10代、20代の大半がニコ動ユーザーという現在とは隔世の感があるのはたしかかと。  で、その影響によってオタクが全体的に小ぎれいになってきているということもたぶん事実だと思います。  問題はそれを端的に「オタクがリア充化した」と見るかどうかということで、おそらく背景にある条件そのものが変わって来ているということも大きいと思うんですよ。  というのも、これは異論があるところかもしれませんが、ここ10年くらいで若者全体のファッションセンスが底上げされる形で向上していると思うんですよね。  街を歩いていると、「めちゃくちゃおしゃれ」みたいな人は少ないとしても、そんなにおかしな格好をしている人も見かけなくなった。  これは『新・オタク経済』のなかでもふれられていることですが、その背景にはユニクロを初めとするファストファッションの質の向上があると思うのです。 

なぜオタクが小ぎれいになった(ように思える)のか?
弱いなら弱いままで。

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海燕

1978年生。男性。プロライター。記事執筆のお仕事依頼は〈kaien2990@gmail.com〉まで。

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