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記事 5件
  • 『君の名は。』のヒットの理由は「古典性」にあり。

    2016-11-29 01:51  
    50pt
     「クローズアップ現代」の『君の名は。』特集、全力で見のがしたーw どうせ「NHKオンデマンド」に登録されるからそれで見ればいいや、と思っていたのだけれど、どうやら「NHKオンデマンド」には入っていない模様。
     映画の著作権の関連があるからネットには上がらないということかな? ぐぬぬ、失敗した。まあいいか。とりあえずLINEで得た情報によると、『とりかえばや物語』の話が出ていたとか?
     そう、『君の名は。』のログラインそのものはきわめて古典的/神話的なんですよね(この作品にはあらかじめふたつのログラインが用意されていたといいます)。
     やっぱりログラインの神話性を現代風に処理したところが良かったのかなあ。『スター・ウォーズ エピソード7』といっしょですね。
     デートムービーとしてヒットしたのだという話もあったようだけれど、アニメがデートムービーになりえるということ自体、きわめて画期的な話な
  • 『君の名は。』ネタバレ感想。物語を形づくる三枚のカード。

    2016-08-29 04:53  
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     先ほどまで映画『君の名は。』のネタバレラジオを放送していたのですが、そこで話したことを記事の形でもまとめておきます。
     以下、『君の名は。』のネタバレを含みます。未見の方はなるべく読まないでください。オーケー?
     さて、『君の名は。』では、クライマックス、ふたりの主人公、瀧と三葉はすべての記憶を失って離ればなれになります。
     瀧は何かを失ってしまったという喪失感を抱えながら日々を過ごし、そして数年後、ふたりが運命的に再開するところで物語は終わります。
     感動的なハッピーエンド。しかし、ぼくはここでもう少し印象が弱いものを感じたのですね。いや、作品そのものは傑作で、クオリティ的には文句なしなのですが、いわば99点で、100点は付けられないようなところをどこかに感じたのです。
     それはどこなのかといえば、いまにして思えば、このハッピーエンドそのものに「嘘」を感じ取っていたのだと思う。
     つま
  • 映画『君の名は。』のわりとどうでもいいポイントについて(ネタバレ)。

    2016-08-27 01:56  
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     新海誠監督のアニメーション映画『君の名は。』を観て来ました。
     えーと、あれですね、これは一切のネタバレなしで感想を書くと、「恋っていいよね」くらいしかいえなくなる類の映画ですね。あるいは「おっぱいっていいよね」でもいいけれど。
     しかもネタバレ厳禁タイプのシナリオ。まあひと言でいうと傑作だったんだけれど、細かいところをどう見るかで評価が変わってくる可能性はあると思う。
     いやまあ、細部をあげつらうべき映画ではないことはわかっているんだけれど、評価がわりと絶賛一色なので、ぼくはあえてそういう蛮行に踏み切ろうかと。
     くり返しますが、かなりの傑作なので、未見の方はこの記事は無視して映画館へ向かってください。なんだかやたらと「新海誠の集大成」という評価を目にするけれど、あえてシンプルにいえばそういう映画です。
     十数年前、下北沢へ『ほしのこえ』を観に行ってからずっと新海映画を追ってきたぼくと
  • 『秒速5センチメートル』はもう成立しない。

    2015-03-31 01:20  
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     LINEやTwitterなどのいわゆるソーシャルネットワーキングサービスが発達して変わったことはいくつかあるでしょうが、ぼくはここで「別れ」が変わってしまったことを挙げたいと思います。
     いままでの社会においては、ひととひとは状況や環境が変わると何かしらの「別れ」を迎えることになることが常でした。
     たとえば「卒業式」などは最も大々的な「別れ」のイベントであって、そこを過ぎると、それまでどれほど親しくしていた相手ともしだいに疎遠になり、ついには別れることとなる。
     それが、いまままでの常識だったといっていいと思います。
     もちろん、いつまでも地元に残って地元の友人とつるみつづけるという人もいるだろうけれど、それにしても状況なり環境が変化したらいままでの友人や家族や恋人とそのままの関係でいることはむずかしかったのではないでしょうか?
     しかし、SNSはこの「あたりまえ」を決定的に変えました。
     いつでもどこでも、ひととひとが空間の隔たりを超えて「つながっている」ことができる状態を作ってしまったのです。
     じっさい、ぼくはLINEやmixiといったSNSを使って、日本中(というか世界中)の友人たちとつながっています。
     ぼくは不勉強にして日本語しか使えない身の上なのでいまのところ友人は日本人に限られていますが、世界中の多様な人々と「つながる」ことも決して不可能ではないでしょう。
     これによって、何が起こったか。
     それは社会学者が研究するべきテーマですが、ひとつには恋愛小説やテレビドラマが「ドラマティックな別れ」を演出しにくくなったと思います。
     携帯電話の普及は推理小説を作りづらくしたなどといわれますが、SNSの普及はドラマティックなラブストーリーを生み出しにくくしているかもしれません。
     たとえば、幼い恋人たちが切ない別れを告げて離ればなれになる『秒間5センチメートル』などにしても、いまではそこまでほんとうに離ればなれになる必要はないかもしれません。SNSでつながりつづければいいわけですからね。
     いや、 
  • 雨の新宿御苑に始まる恋。新海誠の映像詩『言の葉の庭』が「異世界」を魅せる。(2030文字)

    2013-06-24 00:04  
    52pt


     先日、映画『言の葉の庭』を観て来た。池袋の映画館に駆け込むようにして観てきたのだが、それだけの価値がある作品だったと思う。
     映画を観に行くことは、平凡な日常の一部であるのと同時に、非日常的で特別な出来事でもある。観客たちは劇場の席に座り、くらやみに沈んでいきながら、あたりまえの日常から切り離され、物語と映像の世界へ旅立つのだ。
     『言の葉の庭』の場合、舞台となっているのは現実世界の新宿だが、その美しくも繊細な情景描写が生み出すセンス・オブ・ワンダーはまさにひとつの異世界。ぼくは一時間弱の上映時間のあいだ、雨の新宿という「架空の世界」を楽しんだ。素晴らしい。
     新海誠はいうまでもなく才能あふれる映像作家である。しかし、格別のストーリーテラーという印象はない。その破格の才能は主に華麗な映像空間を形づくることに偏っていて、お話そのものが特別に面白いという印象はなかった。
     じっさい、前作『星を追う子ども』は新海誠唯一の大作でありながら賛否両論の出来だった。
     しかし、『言の葉の庭』の物語は悪くない。ボーイ・ミーツ・ウーマン。靴作りを目ざすひとりの少年が、雨の新宿御苑(をモデルにした架空の公園)で、ひとりの女性と出逢い、惹かれ、恋をし、そして想いを伝えるまでを、新海誠にしかできない細やかなタッチで描いている。
     たしかに少々、少年にとって都合のいいストーリーという気はしなくもない。少年にとっては「年上のあこがれの女性との奇跡のような出逢い」であっても、その女性のほうから見れば、そういう甘やかな展開ではありえないのだから。
     そういう意味では、男性主観的な物語といえるかもしれない。しかし、いままで以上に緻密に組み上げられた映像世界そのものは、観るひとを選ばない。
     各登場人物たちの内心をナレーションで綴りつつ、写実的に描かれた風景で魅せていくやり方は、デビュー前の作品から変わっていないが、あいかわらず洗練されている。
     ぼくはこのひとの映画を『ほしのこえ』からリアルタイムで追いかけているのだけれど、やはり「たしかに息づいている動的な風景」をアニメーションの形で見せる能力は無二のものがあると思う。
     新海誠の目に見える世界は、凡人の目に映るそれとはまったく違ってでもいるのだろうか。かれが映像にして見せてくれる日常世界は、あまりにつややかでふしぎな魅力に充ちている。あたかもそれは現実の風景であるのと同時に、映画のなかを闊歩する人々の心象世界でもあるかのようだ。
     今回、新海は「雨」という表現にこだわっている。空から降りそそぐ水で覆われた都会の風景は、まるでひとつのアクアリウム。
     あたかも長谷川等伯の松林図屏風がそのままに動き出したかのような雨の表現は、きわめて湿度が高い日本の住人ならではの表現という気がする。