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タグ “百合” を含む記事 14件

『ユーリ!!! on ICE』は「愛」を拡張するBLである。

 どもです。ここ数日、ぼくはオープンワールドという名の沼にはまっていました。『スカイリム』面白いです。『ドラゴンエイジ:インクイジション』面白いです。『ファイナルファンタジー15』面白いです。  ていうか、最近のゲーム、マジすごい。『ウィッチャー3』は根性なしにも投げ出してしまったぼくだけれど、でも現代コンピューターゲームのすごさはわかる。つくづくエンターテインメントは進歩したよなあ。中毒性高い。  というような話はすべてただの仕事をサボっていたいい訳で、これから本題に入ります。アニメ『ユーリ!!! on ICE』の話。こんな記事を読みました。 ご存知大人気アニメ、ユーリ!!! on ICE。私も毎週楽しく見ている。 言うまでもないことかもしれないが、スケートという珍しい題材や美しい映像表現に加え、腐女子をニヤッとさせる(どころでは済まないが)BLチックな表現がこのアニメの特色として挙げられる。   特に作中にまんべんなく含まれる、主人公の勝生勇利とコーチのヴィクトル・ニキフォロフのスキンシップは毎週多くの視聴者を墓地送りにしてきた。そして最新第7話ではさらに決定的な表現を盛り込んできたのである。   キスした。   え?!マ?!?!   やりよったな!!!! (中略) このキスシーンが指し示す可能性に、私はとても希望を抱いている。それは   「BLの脱BL作品(占有)化」   である。 これはBLがBL作品と腐女子の妄想の占有下から脱する一つの兆しではないだろうか。男女恋愛と同じくらいのハードルの低さでBLがBLをメインとしないような作品に登場する日もそう遠くないのではないかという希望が(こんな大仰な狙いは制作側からはなかったにしても)今回のユーリ!!! on ICEからもたらされたように思う。 http://illumination1710.hatenablog.com/entry/2016/11/18/113920  はいはいはいはい。なるほどなるほど。実はこの記事を書いている時点でぼくは『ユーリ』を最新話まで見ていないのですが、いいたいことはわかる(と思う)。  いや、ほんとは最新話まで見てからこの記事を書くべきなのだろうけれど、鉄は熱いうちに打ちたいので書いてしまいます。でも、これから必ず最新話まで見ます。ごめんなさい。  さて、ここで書かれていることは非常に興味深いと思います。「BLの脱BL作品(占有)化」という言葉は一見すると意味が取りづらいかもしれませんが、つまり「BLの表現及び思想の脱ジャンルBL作品(占有)化」ということでしょう。  ようするに、いままではほぼBL作品のみで描かれてきた「男性同士の愛(広く愛という名で呼ばれる関係)」がジャンルBL作品以外でも見られるようになることを指しているのだと思います。  これはただ「ジャンルBL作品以外でも男同士がイチャイチャする描写が認められるようになる」ことに留まりません。BL以外でも「男性同士の愛」が「パッケージングされないままで描かれる」可能性を示しているのです。  どういうことか。ここでべつの記事を引用しましょう。 『ユーリ!!! on ICE』は「『愛』の再定義」を試みるアニメなのだとわたしは思う。 これは、要は「辞典内容の改訂」である。昨今、国語辞典における恋愛絡みの言葉の説明に「男女の〜」という表現を用いるのをやめようという動きがある。これはとてもよいことだが、辞典に書かれた定義が変わっても、人々の認識が変わらなければ、世界は変わらない。 『ユーリ』は世界を変えようとするアニメだ。 (中略) 「友愛」と「恋愛」を区別するのは一体なんだろう。 ひとりだけに特別な思いを向けるのが「恋愛」? じゃあそのひとりを特別に思ったら、そのひとと結婚しなくてはならないの? 誰かを特別に大切に思う気持ちに、婚姻関係や肉体関係への欲求が必ずしも付随するの? よくよく考えれば、これはとても奇妙な話ではないだろうか。 人間の感情って、もっと自由なんじゃないだろうか。その自由な感情を、そのまま語れる言葉があってもいいんじゃないだろうか。 その人を好きだと思ったら「だいすき」と言えばいいし、その人を特別だと感じたのなら「愛してる」と言えばいいし、その人にキスしたいと感じて、相手がそれを受け容れてくれるのなら、キスをすればいいはずだ。 そのコミュニケーションは、本来ならば個人と個人の間のものであるはずだが、そこに当然のように社会的慣習が介入することが多いのが現状である。 もちろん、ステレオタイプを悪だとするわけではない。ただ、ステレオタイプから一歩外れると、驚く程の不寛容が待っていることがあるのは事実だろう。 http://mortal-morgue.hatenablog.com/entry/2016/11/17/205149  そうですね。『ユーリ』がどこまで意図して「愛の再定義」を描こうとしているかはわかりませんが、結果としてこの物語がそういうものを表現していることはたしかだと思います。  しかし、その前に、まず、前提として、ある関係は「本来ならば個人と個人の間のもの」であるにもかかわらず、そこに「社会的慣習が介入する」とはどういうことでしょう。  それはつまり、本来なら無限に等しい多様性をもっているはずの人と人の間の関係の形が「社会的慣習」に沿ってある「様式」にパッケージングされるということです。  たとえば、妙齢の男女の間の親密な関係は、多くの場合、「恋愛」と呼ばれるでしょう。  そのどこが問題なのかと思われるかもしれません。しかし、ほんとうはある人とある人の間にある関係性はひとつひとつ違っているはずで、それは「恋愛」などというわかりやすい言葉でパッケージングできないものであるはずなのです。  言葉による「名づけ」は暴力です。名づけられることによって、そこにある多様性はひとつの形に収れんする(ように見える)。つまり、本来なら自然で自由であるはずの関係が、「恋愛」と名づけられることによって、ある種の「様式」に定型化するということです。  その「様式」とは、たとえば恋愛しているならキスしたり、セックスしたりするのがあたりまえだし、デートもしなければならないし、浮気などありえないし、またゆくゆくは結婚も――というようなものです。  ほんとうはキスしたくて相手が受け入れてくれるならすればいいし、そうでないならしなければいいというだけのシンプルな話であるはずなのですが、そこに「恋愛」という言葉による「名づけ(パッケージング)」が関与することによって、「お前たちの関係は恋愛と呼ばれるものであり、したがってこれこれこういう行動を取るのが自然であり、また当然である」というような暴力的な押しつけが行われることになってしまうわけです。  上記ブログでも書かれているように、これはほんとうはおかしなことです。しかし、ぼくたちの社会ではそれがあたりまえになっている。  たとえば男女ふたりで旅行に行ったりしたら、そのふたりは恋愛関係にあるものと見られるわけです。ほんとうはそうとは限らないはずなのですが、なぜかそういうことになってしまう。  これが「関係性の名づけによる収れん」という現象です。しかし、ぼくたちの社会は、この「収れん」を疑問視し、本来の多様な関係性を多様なままで受け止めるということができるところまでもう一歩のところに来ている。それが『ユーリ』のような作品に表れているのではないかと思います。  ぼくは上記ふたつの記事を読んで、以前に見たツイートを思い出しました。 多様性ってのは足し算で考えなきゃダメなんだよ。イスラム教徒が吉野家で牛丼食ってるなら、隣の席で豚丼食える世界が多様性なんだよ。ムスリムに配慮して豚丼の提供は止めますってのは多様性とは逆方向なんだよ。勘違いするな。その勘違いを正しいと思い込んだ結果が今の欧州だ。 https://twitter.com/threemission1/status/803668266698706944  多様性は足し算でなければならない。この原則は「関係の表現の多様性」についてもあてはまります。  「BL」、あるいは「百合」という関係性の表現は、べつに既存の「恋愛」を脅かすものではありません。ただ、そこにべつの可能性を「足し算」するだけのものです。  ぼくはべつに「広い心をもって同性愛も寛容に受け入れましょう」的なことをいいたいわけではありません。いや、もちろん同性愛が異性愛と同じくらい社会に認められるようになることを願ってはいるけれど、今回いいたいのはそういうことではない。  「同性同士の間にある関係」も、あえて名づけてパッケージングしてその内実をある「様式」に収れんさせることなく受け入れられてもいい、ということなのです。  愛が多様であるとは、ある人とある人の間にある関係性が安易にパッケージングされないということです。  漫画『Q.E.D.』のなかで、自分と主人公との関係を問われたヒロインの少女が、「(その関係には)まだ名前がついていない」と語るシーンがあります。  これはつまり、その関係がまだ「年ごろの男女の間の親密な関係なのだから恋愛である」というような決めつけと「名づけ」によってパッケージングされていないということだといえます。  このような「名前のつけられない関係」は男性同士、女性同士の間にあってもいいし、それを描いた作品があってもいい。いまのところ、BLや百合というジャンルはその表現に挑戦しているように思えます。  たしかに、それらは単に「同性愛」と名づけられた同性間の関係を描いているだけに見えるかもしれません。しかし、たとえば『BL進化論』といった本を読めばあきらかなように、最新の作品においてはBL(や百合)はそれにとどまる表現ではなくなっています。  それらは、「同性同士の恋愛(と名づけられる関係)が広く認められる、現代より先進的な社会」を描くに至っているのです。  まあ、それは横道なのでくわしくは解説しませんが、それは同性同士の「恋愛」的な関係が特別視されない現実の社会より理想に近い社会を描くことによって、「愛を再定義」しようとしているといえるでしょう。それが現代のBLという表現なのです。  したがって、「BL(と呼ばれる表現)の脱ジャンルBL化」の果てにある作品とは、「男女も、男性同士も、女性同士も、自由に好む関係を築くことができて、なおかつそれが他者によって安易に名づけられない(パッケージングされない)環境を描いた作品」なのではないでしょうか。  ここでは仮にそれを「ジャンルX」と呼びたいと思います。ジャンルXはある意味では「BL」でもなければ「百合」でもありません。  なぜなら、現状においてBLは「男性同士の愛のみ」、百合は「女性同士の愛のみ」を描いているのに対し、ジャンルXではそれらも含めたさらに広い愛が描かれるからです。  また、それは「ぼくたちが住んでいる現実」を描いた作品でもありません。なぜなら、「ぼくたちが住んでいる現実」とは「愛が容易にパッケージングされる社会」だから。  つまり、ジャンルXとはぼくたちがまだ到達していないより自由で多様性に満ちた社会を描いた作品なのです。もちろん、それをラブストーリーと呼んでもいいし、BLと呼んでもいいし、あるいは百合と呼んでもいいでしょう。  しかし、それらはやはり「愛」がそうであるように、既に手垢のついた言葉です。また、「男性同士」、「女性同士」という性差に依存した言葉であることも否定できない。  いくら「BLというのは男同士の恋愛だけではなく、「パッケージングされていない愛」を描いた作品全般を指すのですよ」といってみたところで、世間的なイメージというものがあります。たとえそれが偏見に過ぎないにせよ、いまからそのイメージを覆すことは大変でしょう。  だから、とりあえずぼくは「愛が名づけられない(パッケージングされない)物語」をあえて名づけることはしません。ただ仮名としてジャンルXとだけ呼んでおきたいと思います。  それはいまの段階ではほとんど見られない作品なのではないかと思うのですが、いつかは現れてくるのではないかとも考えています。『ユーリ』はそのきっかけであるということができるでしょう。それは素晴らしいことかもしれません。 

『ユーリ!!! on ICE』は「愛」を拡張するBLである。

伊藤ハチ『合法百合夫婦本』と百合漫画の歴史。

 伊藤ハチさんの百合漫画新刊『合法百合夫婦本』と『チヨちゃんの嫁入り』を読みました。  どうやら伊藤さんによる過去の同人誌をまとめた本らしいですが、ぼくは初読なのであまり関係がありません。甘酸っぱい世界を堪能させていただきました。  読むほどに多幸感が増していくドラッグ的な2冊です。あー、幸せー。生きていてよかったー。愛って素晴らしい(何かいってる)。  Kindleは欲しい本が一瞬で手もとにやってくる偉大なシステムだな。何よりいったん購入した本はなくならないのが凄い。これからも新刊はなるべくKindleで買おうと思います。  それにしても、最近は百合漫画もいちジャンルとして確立された感がありますねー。  ひとりのなんちゃって百合オタとしては感慨深いものがあります。  もっとたくさん百合漫画が出るようだといいのだけれど、まあ、マイナージャンルには違いないからなかなかそういうわけにもいかないか。  無数の作品のなかから読むものを選べる腐女子な人たちがうらやましい。  そもそも百合の歴史はBLに比べると浅いのです。  いや、吉屋信子の『花物語』とか、女学生同士の「エス」の関係だとかまでにさかのぼれば古いだろうけれど、オタク文化としての百合作品の歴史は相対的に浅い。  あまり迂闊なことはいえませんが、『美少女戦士セーラームーン』の百合二次創作が流行ったあたりが皮切りなんじゃないかな?  もちろん、それ以前にも少女漫画には「レズビアンもの」がありました。しかし、それは往々にして重苦しい内容で、悲劇的結末を伴うものだったそうです。  ここらへんは藤本由香里さんの名著『私の居場所はどこにあるの?』にくわしい。  なぜBLに比べ百合の普及が遅れたかといえば、うん、なぜなんでしょうね?  当然、ひと言ではいい表せないような複雑な原因が絡みあっているのだと思いますが、まあやっぱり生々しく感じられたんだろうなあ。  あと、女性同士の関係に「先」が感じられるような社会状況ではなかったのかもしれません。  それがゆっくりと受け入れられるようになっていった背景には、おそらく「女性キャラクターのイメージの多様化」が関係しているのだろうと思います。  ここ20年くらいで、漫画のなかの女性キャラクターたちはだいぶ変化しています。特定の性役割に縛られることも、あるいはまだ十分ではないかもしれないにしろ、だいぶ減ってきているのではないかと思う。  そういう事情が、百合作品の発展にも影響を与えているのではないか。  少女漫画でいうと、清水玲子の『輝夜姫』あたりから百合テーマは新時代に入っていった感じがしますが、結局、この作品は百合を全うできずに終わった印象が強い。ちょっと時代が早すぎたということでしょうね。  で、そのあと『カードキャプターさくら』とかが発表されたこともあって、しだいに百合は一般化していくという流れで良いかと思います。  いや、CLAMPはその前に『聖伝』とか、色々あるにはあるのですが。  そういう長い歴史を経て、百合のいまはあるわけです。  「百合」という言葉が広く使われるようになったのは、やっぱり『マリア様がみてる』あたりからだと思うんだけれど、どうだろう? あまり確信はないのでなんともいえないところです。  まあ、いまでも百合業界には注文があって、個人的にはもっと物語として「面白い」百合作品を希望したいところなのだけれど、むずかしいのかなあ。むずかしいのだろうなあ。  あまりストーリーテリングに特化した百合作品って見ないものなあ。『魔法少女まどか☆マギカ』とかは、あるいはそれにあたるかもしれないけれど。あとは高河ゆん原作の『悪魔のリドル』とか?  前の記事でも書きましたが、「面白い」物語は 

伊藤ハチ『合法百合夫婦本』と百合漫画の歴史。

百合漫画の至宝『やがて君になる』を読んで恋愛の必要条件を考える。

 仲谷鳰『やがて君になる』最新刊を読みあげました。  最近の百合漫画では傑出して出来がいいように思える一作です。  Amazonでは14件のレビューが付いていて、評価はすべて五つ星。非常な高評価といっていいでしょう。  あまり百合漫画らしくないシャープな線が魅力的ですね。  百合漫画は内容的にどうしても甘ったるいしろものになりがちですが、この作品は一風変わっていて、糖分控えめの内容になっています。  いや、十分甘いんですけれど、少なくとも甘いだけじゃない。独特の雰囲気の作品に仕上がっている。  この漫画の特徴は、主人公の女の子がひとを好きになれない性格であるという設定です。  彼女はべつに恋愛ごとに興味がないわけじゃない。むしろ、ちゃんと関心を抱いていて、まわりが恋に落ちるのを見て、自分もだれかを好きになってみたいと思っている。  しかし、できない。そこで、彼女はどうしても他人を好きになれない自分について悩むのですが、そこに彼女を好きだという年上の少女があらわれて、という展開になっている。い  まのところ、キスされたりしても主人公の少女は相手を好きになっていません。  さて、はたしてこの先、彼女が恋情を自覚することはあるのか? それとも最後までこのままで行くのか? なかなかにサスペンスフルなラブストーリーです。  それにしても、主人公のこの苦悩、ぼくには理解できるなあと思ってしまいますね。  まあ、ぼくみたいな非モテ(非マッチング?)男性が理解できるというのもおこがましいかもしれないけれど、でも、わかる気がするんですよ。  ぼくもやっぱり恋愛感情を抱くことがなかなかできない人だから。  もっと女性と逢う機会を増やしていけばそのうち抱くことになるのかもしれないけれど、どうなんだろうな、よくわからない。  もちろん、まったく人に好意を抱くことがないということではありません。そこまで非人情ではない。好きだといえば、好きな人はいっぱいいますよね。  家族も好きだ。友人も好きだ。でも、恋愛の「好き」はそういう「好き」とは別ものだとされている。  ほんとうか?と思うんだけれど、ほんとうだと証言している人がたくさんいる。  恋愛には何か「過剰なもの」があって、それがないと恋愛として成立しないらしい。  でも、 

百合漫画の至宝『やがて君になる』を読んで恋愛の必要条件を考える。

日常系四コマは百合エロ漫画の夢を見るか?

 タチさんの百合四コマ漫画『桜Trick』を読んでいます。  最近、我ながら良く読むなーと思うくらい色々と漫画を読んでいるのですが、当然、そのなかには傑作もあり、凡作もあります。  で、この『桜Trick』はその中間くらい、悪くいえばそこそこ、良くいえばなかなかの作品だと思います。  いや、ほんと、あまりたくさん読みすぎるのも一作への真摯さが欠けてくるのでどうかとは思うのだけれど、まあ、読まないとブログのネタがなくなるからね……。  で、『桜Trick』。これはいわゆる無菌系四コマ(ほとんど一切男性が出てこない、女の子だけの楽園を描く四コマ漫画)とジャンル百合漫画の中間くらいにある作品ですね。  無菌系のようでもあり、ピュアな百合漫画のようでもあるという、折衷的な一作といっていいかと思います。  あるいは無菌系から百合に至るプロセスを象徴する作品であるのかもしれない。  無菌系とは「男子を見たくない!」、「恋愛のライバルになる存在を物語に出してほしくない!」というところから生まれ、流行した作品群だと思います。  ただ、そうやって男の子を物語から追放したその結果、女の子同士で恋愛することになってしまい(笑)、最近の無菌系ではわりと百合百合している作品が多いようです(最初期の『あずまんが大王』ですでにその傾向はありましたが)。  ほかの男に女の子を奪われることは耐えられなくても、女の子同士で恋愛しているところは耐えられる、むしろ歓迎する、というところでしょうか。かってなものですね……。  いずれにしろ、無菌系は男性の存在とともに、生々しい「性」の匂いを排除した作品たちでした。  まあ、無菌系の女の子たちは同人誌ではそれはそれはえろえろな目に遭っているわけですが、それはあくまでアンダーグラウンドの話。  表面的には無菌系はあくまでも無菌の清潔状態を保っていたはずなのです。  ところが、『桜Trick』は思い切り「性」の匂いをただよわせています。  女の子同士でキスするわ、するわ。ほとんど毎日エッチしている新婚夫婦か何かのよう(笑)。  いやー、エッチいなあ。ここには、無菌系から追放されたはずの「肉体」があるんですよね。  ただし、女の子同士での関係しか許されないことは何も変わってはいないわけですが。  ちなみにペトロニウスさんとLDさんは、「日常-無菌系の果てに現れた微エロ作品」というふうにこの作品を定義しているようです。  ちょっと「物語三昧」から引用してみましょう。  あんまり、仕事が忙しくて、せっぱつまっているので、LDさんに苦しいよーーーって愚痴を言っていたら、『桜Trick』は癒されます(断言)といわれたので、見てみたら、、、、、びっくりです。  ・・・・・・・これエロっ、、、って。  いやぁーーーすっごいスイッチはいちゃいますよ、これ。。。。って、、、見ていたら、いや、なんか癒されるのと違くないか?って思ってしまって、、、、もちろん癒されるけど・・・・。  これ日常系とか無菌系じゃないんじゃないか?  って、思ったんですよね。ってでもよく考えてみれば、そもそも定義がしっかりしていないので、これが日常系や無菌系じゃないっていう理由もないんですよね。4コマによる時間の停止や、日常フレームアップ、関係性特化型、男性視点の主観欠如などなど、どう考えても、これまでの日常-無菌系の系列です。けど、この系統の『けいおん』とか『あずまんが大王』、『ゆゆ式』(ちなみに『ゆゆ式』、この系統の頂点の作品だと思っていますので、アニメを見ましょう!!)とか思いだしても、これを見ながら、Hなことって思いいたったことが全くないんですよね。あっ、Hな同人誌は、死ぬほど出てるけどねーこれらの作品。でも関係性特化型は、当然その延長線上を考えるので、そういう妄想が広がるのは当然だと思うんですよね。でも、オリジナルの部分で、そういうの感じたり考えて見てたってことなかったので、『桜Trick』あまりのエロさに、びっくりしてしまったのです(笑)。←初心です。 http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20141015/p2  まあ、そうなのです。『桜Trick』が日常系の枠内に入るかどうかは、じっさい微妙なところだと思う。  もちろん、従来の日常系の文脈を満たしてはいるのだけれど、そこに「性」と「肉体」の要素が入ることによって、何か別物に見えてきているのもたしかなのです。  とはいえ、これは必然的に出てくるべき作品ではあったでしょう。  「性」の要素はほんとうは物語内から追放されたというより隠蔽されていただけなので(だから同人誌では18禁ネタにされる)、いつかは浮上してくるのが当然といえば当然。  いまのところ、女の子同士の関係という限定された形でしか浮上していないけれど、理論的には男性×女性の微エロ日常系作品というものもありえるはず。  ただ、男子が絡んじゃうと、どう考えてもキスだけじゃ終わらなくなってしまい、「平和な日常」が崩壊しかねない上に、「ネトラレのタブー」にひっかかっちゃうので、なかなかむずかしくはあるんだろうけれど。  でも、 

日常系四コマは百合エロ漫画の夢を見るか?
弱いなら弱いままで。

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海燕

1978年生。男性。プロライター。記事執筆のお仕事依頼は〈kaien2990@gmail.com〉まで。

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