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記事 7件
  • 『タイタニア』のアリアバートとジュスランは田中芳樹によるキャラクター造形の最高傑作である。

    2020-09-18 14:12  
    50pt



     文芸業界でよく使用され、最近はだいぶシニカルに語られるようになったクリシェ(決まり文句)に「人間が描けている」というものがある。
     反対に「人間が描けていない」という形で使われることも多くあり、これはミステリ界隈などで批判的に使用されてはさまざまな議論を巻き起こして来た。
     おそらくまあ、「人物がリアルな人間のように迫力と実感をともなって浮かび上がって来る/来ない」という程度の意味だと思う。
     で、それと近く微妙に異なる意味の言葉に「キャラクター」がある。Wikipediaによるとこんな意味だ。

    「キャラクター(語源:character)は、小説、漫画、映画、アニメ、コンピュータゲーム、 広告などのフィクションに登場する人物や動物など、あるいはそれら登場人物の性格や性質のこと。また、その特徴を通じて、読者、視聴者、消費者に一定のイメージを与え、かつ、商品や企業などに対する誘引効果
  • 『タイタニア』に、矛盾の作家・田中芳樹の真骨頂を見る。

    2015-02-07 22:42  
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     田中芳樹『タイタニア』最終巻を読了した。小学生の頃から読んでいる作品を、四半世紀もの時を越え読み上げたことになるわけで、さすがに感慨深い。
     思えば25年前、当時流行していた『ファイナルファンタジー3』の主人公たちの名前を、タイタニアの四公爵から拝借した記憶がある。
     アリアバート、ジュスラン、ザーリッシュ、イドリス。いずれ劣らぬ豊かな才能を持ち、20代にして全宇宙を睥睨する立場にある若者たち。
     『タイタニア』はこの俊英ぞろいの四公爵と、かれらの上に立つ藩王アジュマーン、そして期せずして「反タイタニア」の象徴になってしまった天才戦術家ファン・ヒューリックを中心に語られていく。
     およそ200年にわたってタイタニア一族の専横が続く「パックス・タイタニア」の時代を舞台に繰りひろげられる支配と叛逆、戦乱と謀略の物語。
     はるかな未来を舞台にしているにもかかわらず、ほとんどSF的な意匠が登場しないことも含めて、まさに『銀河英雄伝説』に続く「田中スペースオペラ」の典型かと思わせる。
     『タイタニア』の前作にあたり、いまなお傑作として歴史にその名をとどろかす『銀英雄伝』は、対等なふたつの巨大勢力、そしてふたりの主人公の戦いを描いていた。
     『タイタニア』も一見するとその規範を踏襲しているかに見える。しかし、全5巻の物語が中盤に至ると、しだいに『タイタニア』独自の個性が見えて来る。
     つまり、これはあくまでタイタニアと呼ばれる人々を中核に据え、「タイタニアとは何か?」をテーマに据えた小説なのだ。その意味で『タイタニア』は決して『銀英伝』の亜流ではない。
     いや、ほんとうはもっと決定的なポイントで『銀英伝』と『タイタニア』は異なっているのだが、それについては後にしよう。
     個人的な見解だが、田中芳樹のすべての作品は権力志向的な人物を中心に置いた作品と、そうではない人物を主人公にした作品に分かれる。
     まさにその両者の対立と対決を描いているのが『銀英伝』であるわけだが、『タイタニア』はほぼ前者に属する作品だといえる。
     ほぼ、と書くのは一向に権力に目覚めないファン・ヒューリックという人物が主役級の活躍を見せるからだが、全編が完結したいま考えてみると、やはりヒューリックはこの物語の主人公とはいいがたく思える。
     むしろ、この長編にただひとり主人公というべき人物がいるとすれば、それはジュスラン・タイタニア公爵だろう。
     宇宙を支配するタイタニア一族の血統に生まれながら、タイタニアとして生きる自分に疑問を抱くこの青年は、そのきわめて思索的な性格で強い印象を残す。
     かれ自身は権力にそこまでの価値を見いだしていないものの、権力の中枢に生まれ、また激しい権力闘争のなかで生きのこる才覚に恵まれたために否応なく宇宙屈指の地位を得ることとなったジュスランや、かれと同格の実力を持つアリアバートを主役に据えたことで、『タイタニア』は権力をめぐる物語となった。
     もっとも、この小説にただひとりで全宇宙を統一できるような「天才」は登場しない。タイタニアの藩王アジュマーンにしろ、かれの下の四公爵にしろ、傑出した才能のもち主ではあるものの、人類史に冠絶する天才とはいいがたい。
     作中、唯一「天才」と称されるファン・ヒューリックの才能は限定的なものである。その意味で『タイタニア』とは、いわば二流の役者たちが演じるオペラであり、ここにはラインハルト・フォン・ローエングラムも、ヤン・ウェンリーも不在なのだ。
     しかし、だからといって即座に『タイタニア』が『銀英伝』に劣るということにはならない。むしろ、不世出の英雄たちの「伝説」を綴った『銀英伝』の後に、かれらより才能的に劣る人物たちを主役にした物語を書こうと考えた田中芳樹の発想は一驚に値する。
     この人は、『銀英伝』を書き終えた後に、『銀英伝』と同趣向で、それよりもっと壮大なスケールの物語を書こうというふうには考えなかったわけだ。
     それでは、『銀英伝』に続く『タイタニア』で田中芳樹が描こうとしたものは何だったのか。そこを正確に捉えられなければ『タイタニア』を的確に評価することはできないだろう。
     それに対するぼくなりの解答をいわせてもらうなら、『タイタニア』とは権力を巡る無数の矛盾を描いた小説である、ということになる。
     『銀英伝』は「戦争」を主題に置き、戦争の天才同士のやり取りを綴った作品だった。しかし、『タイタニア』のテーマはむしろ「権力」にあり、だからこそ戦争の天才であるところのファン・ヒューリックは脇役に留まることになった。
     それなら、田中芳樹はこの作品のなかで、権力に取り憑かれた者の愚かさを描いているのか、それとも権力を目指す野心家たちの競演を肯定的に綴っているのだろうか。これが、実は単純ではない。
    (ここまで1971文字/ここから2621文字) 
  • 『十二国記』、『タイタニア』、『ファイブスター物語』、次々と再開する名作たち。(2143文字)

    2013-10-06 07:00  
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    【『十二国記』と『タイタニア』】
     小野不由美の完全版『十二国記』が『図南の翼』までたどり着きました。『十二国記』全編のなかでも傑作と目される長編です。
     この先、物語は『黄昏の岸 暁の天』、『華胥の幽夢』と続いて未完に終わっているのですが、今後、それにつづく新作長編が発表されるという話。
     いったいこの先、どのような展開が待っているのか、期待は高まるばかり。
     12年ぶりの短篇集として刊行された『丕緒の鳥』も、たしかにすばらしいクオリティの作品ぞろいでしたが、何といっても陽子たちおなじみのキャラクターがひとりも出て来ない。そういう意味では物足りない内容でした。
     しかし、今後の新刊はおそらくそうはならないでしょう。ほんとうの意味で『十二国記』が再会する時は、間近に迫っているように思います。
     今年は『星界の戦旗』、『十二国記』、『タイタニア』、『ファイブスター物語』と、いままでなかなか続きが出なかった物語がいっきに再開した記念すべき年であるわけですが、いずれの作品も期待を裏切らない出来で嬉しいです。
     特に、あとでくわしく書きますが、田中芳樹の『タイタニア』は凄かった。「田中芳樹の全盛期はまだ終わっていなかったのか!」と刮目させられるハイレベル。
     正直、「いまの田中芳樹に『タイタニア』の続刊が書けるのだろうか?」と疑わしく思っていたのですが、いや、書けたんですね。恐れいりました。
     ほんとうに正しい意味での「小説」を読む歓びを、一ページ一ページ本をめくっていく楽しさを、ひさしぶりに思い知らせてくれる作品でした。
     この作品を読んでぼくは、自分がどんなに小説を読むことが好きだったのか思い知りました。

    【酷烈なる物語】
     近頃の萌え燃えなライトノベルも、もちろん悪くない。しかし、あらためていま『タイタニア』を読んでみると、 
  • 奇跡も、魔法も、あるんだよ。田中芳樹『タイタニア』22年ぶりの新刊発売!(1957文字)

    2013-09-27 12:13  
    53pt



    【『タイタニア』復活!】
     田中芳樹の『タイタニア』最新刊を買って来ました。買って来ました買って来ました買って来ました……と、思わず語尾がこだましてしまうくらい感慨深い。
     なんと22年ぶり!の最新刊です。そのあいだ出版社も変わり、挿絵も変わってしまったわけですが、とにかく続刊したことは快挙です。素晴らしい。
     ぼくは中高生の頃、この小説が好きで好きで。当時の『ファイナルファンタジー3』のキャラクターにアリアバート、ジュスラン、ザーリッシュ、イドリスというタイタニア四公爵の名前をそのまま付けていたことを思い出します。
     さっそく読んでしまうか――と、お菓子と飲み物を用意して(!)読みはじめたのですが、だ、だめだ、もったいなくて読み進められない!
     この感覚は実にひさしぶり。「ほかにもいくらでも傑作はあるよ」などとたわけた戯言を云う気にはとてもなれません。
     世の中にどんなに傑作があるとしても、『タイタニア』は一作だけなのですから。
     思えば少年時代のぼくがどんなに『タイタニア』や『アルスラーン戦記』の続刊を楽しみにしていたか。
     その後、娯楽は世にあふれ、お金を使うこともできるようになり、『ファイナルファンタジー』の新作を入手しても一週間でやめてしまうような心の持ち主になりはててしまったわけですが、それでもこうして『タイタニア』の新刊を前にすると、一気に時間を逆行して一作一作が歓びに満ち満ちていた少年のあの日に還るかのようです。
     前巻は、盤石かと見えた 
  • 田中芳樹『タイタニア』は『銀英伝』とどう違うのか解説するよ。(2017文字)

    2013-09-26 00:37  
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     前の記事でも書いたように、きのうは田中芳樹『タイタニア(4)』の発売日でした。
     このシリーズ、『銀河英雄伝説』と同じスペースオペラなのですが(厳密に云うとスペースオペラじゃないかもしれないが、まあ宇宙を舞台にしたお話には違いない)、『銀英伝』とは一風変わっていておもしろい。
     第1巻の時点では『銀英伝』の亜流とも見えたのですが、その後、少しずつこのシリーズの独自のカラーを確立していきます。
     第3巻が出たあと、続きが一向に出ず、なんと22年も経ってしまったわけなのですが、そのあいだくり返しくり返し読み込んでいるので、ストーリーはまだ頭のなかに残っています。それくらいおもしろい作品だということもできる。
     舞台は遥かな未来世界。「タイタニア」を名のる一族が、その有能さによって宇宙の覇権を握った時代。
     当主である「無地藩王」アジュマーン・タイタニアと四公爵の指揮のもと、繁栄を誇るタイタニア一族は、あるとき、ファン・ヒューリックというひとりの青年指揮官によってその誇りを傷つけられる。
     四公爵のひとりアリアバート・タイタニアがかれの奇抜な作戦の前に敗れ去ったのだ。そこから歴史は予想外の方向に動き出し――というお話。
     重厚長大な『銀英伝』に比べるとわりに軽快に読み進められるお話なのですが、このシリーズはこのシリーズで、なかなかひと筋縄では行かないところがあります。
     奇才田中芳樹のキャラクターメイキングの精髄は、『銀英伝』よりこの『タイタニア』に色濃く出ていると云ってもいいかもしれません。
     というのも、このシリーズでは、『銀英伝』で成功を見たキャラクター作りの方法論をさらにひねってあると思うからです。
     『銀英伝』のキャラクターは、 
  • 一期は夢よただ狂へ。情報の洪水のなかで主体性を取り戻すということ。(2099文字)

    2013-09-25 23:52  
    53pt




     ここ数日、近所の体育館のトレーニングルームに通っています。ジムに行くつもりもあったのですが、そちらは高いので、設備的にはほとんど変わらない体育館へ向かうことにしたわけです。
     ランニングマシンに乗ってひたすら走っています。といっても、そこは運動不足の身、ゆっくりとほんの数キロ走るだけなのですが、それでも疲れること、疲れること。
     全身運動の水泳などしてみると、ほとんどからだが動かなくなるような疲労を感じます。プールはもうちょっと体力がついてからじゃないと無理だな……。
     こういうものは持続が大切、ようやく三日坊主を抜けたくらいなので、スローペースでがんばろうと思います。とりあえずあしたはお休み、せいぜいからだを休めるとしましょう。
     ところできょうは田中芳樹『タイタニア』の発売日でした。もっとも、新潟ではまだ入手不可、読めるのは数日先になりそうです。
     ええ、いくらでも待ちますよ、22年間待ったんだから、あと何日か待つくらい何でもない。何しろこれ、ぼくが中高生の頃に読んでいたシリーズですあからね。
     はたしてあの独特の雰囲気が再現されているのか、どうか、楽しみ半分、不安半分ですが、とにかく続刊が出るということは素晴らしい。どんな内容であれ、出ないよりはずっといい。
     あしたにはファルコムの軌跡シリーズ最新作『閃の軌跡』も出るので、ちょっとどうしようかな、と思っています。
     どうせ『閃』だけで完結しているわけじゃなく、さらに続くんだろうからなあ。『空』の時点で伏線をしいていた帝国の話ということで、わくわくはするのですが、ちょっとね、手を出せないかも。
     シリーズ累計でプレイ時間数百時間(笑)という 
  • 22年ぶりの続刊発売決定! 田中芳樹『タイタニア』とはどんな小説なのか。(3209文字)

    2013-07-05 18:04  
    53pt




     田中芳樹『タイタニア』の続刊が出るらしいという噂が亜光速でネットを駆け巡ったのは、つい先日の話。否。噂ならいままで何度となく流れた。今度は田中芳樹さんの秘書から流れた確定情報だというから恐ろしい。
     何度となく噂に惑わされて人間不信がつのっている田中芳樹読者の面々も、今度ばかりは歓喜の雄叫びをあげた、かというとそんなはずはなく、やはり「信じないぞ」と呟きつづけたのであった。
     その秘書さんのブログを見てみよう。

     大変、大変長らくお待たせしてしまいましたが、ようやく『タイタニア』第4巻の原稿が完成しまして、さきほど講談社の編集さんにお渡し致しました。
     実は昨日の段階で原稿は完成しておりまして、それをTwitterで呟いたところ、皆さん「今日は4月1日じゃないぞ」とか、「実際に本が出るまで信じない」とか。
     いや、ごもっとも。
    http://a-hiro.cocolog-nifty.com/diary/2013/06/4-44ee.html

     はい、まことにごもっとも。何しろ『タイタニア』の前巻が出たのは1991年6月、つまりは22年前のことである。このシリーズは実に22年の間、刊行が止まっていたのだ! 
     人気がなくて打ち切られたのなら仕方ない。残念無念だが血の涙を飲むよりほかにない。しかし、そうではないらしいのだ。
     何しろ『タイタニア』はこの22年間に何度となくべつの出版社から形を変えて出ているのである。新書版も出たし、文庫版も出た。人気がないとは思われない。
     つまり、ひたすら作者が書かないために止まっていただけなのだ! なんてこったい、神も照覧あれ、ぼくは赦さないぞ。
     しかし、一読者が、あるいは何万もの読者がいかに怨嗟の声を上げようとその声が作者にとどくことはなく、時はむなしく過ぎ、だれもが絶望のうちにタイタニア一族の物語を読むことはもう二度とないだろうとあきらめていたのだった。起こらないから奇跡っていうんですよ?
     しかし、ときにはたしかに奇跡が起こることもあるようだ。なんと『タイタニア』最新刊は見事脱稿し、刊行へ向けて進んでいるという。
     快挙というか壮挙というか、とにかくすごい話で、近代出版史上いくつも例がないことなんじゃないかな。ふつうは22年も止まっていたら二度と復活できませんって。
     そもそも22年も止まっていてそのあいだちゃんと人気が維持されるということがおかしい。常識では考えられない話である。まあ、22年間も放置された物語がうまく接続できるのかという問題はやはりあるのだが、この際、贅沢はいわない。ただ新刊が出ればいい。
     作者が書き、出版社が出し、そしてぼくたち読者が読む。きわめて健全なトライアングルで、それが機能しているうちは読者もそれほど文句はいわないのだ。
     往々にしてその循環が止まるときにこそ読者は涙する。いままでいくつのシリーズが面白さの絶頂で止まってきたことか……。
     偶然ではあるが、今年は『星界の戦旗』や『十二国記』といった長らく止まっていたシリーズの新刊が刊行された年でもある。『タイタニア』が刊行される(であろう)ことも、星のめぐり合わせなのかもしれない。
     それにしても、これだけの長い沈黙の時期を経てなお、熱い支持の声が消えやらない『タイタニア』とはどんな話なのか。