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記事 30件
  • 『銀英伝』は短編でできている。

    2018-05-11 03:04  
    50pt
     小説を書きたい。物語を綴りたい。そう思うのですが、まともに成功した試しがありません。
     まあ、才能がないのはしかたないにしろ、なぜここまでうまくいかないのだろう?とずっと考えていたのですが、ある本を読んだところ、「物語を「あらすじ」ではなく、キャラクターやイメージから作ろうとしているからだ」と書いてあり、あ、これだな、と感じました。
     動物が骨と肉でできているように、一般に物語は「あらすじ」と「細部」からできあがっています。
     もちろん、どこまでを「あらすじ」とし、どこからを「細部」とするかは恣意的な区分に過ぎませんが、この「あらすじ」から始める姿勢と努力がぼくには欠けていたようなのです。
     「あらすじ」にも色々と程度があるでしょうが、最もシンプルなものは一、二行程度にまとまります。
     たとえば、『ロミオとジュリエット』のいちばんシンプルな「あらすじ」は、「敵対しあう名家にうまれたロミオ
  • 庵野秀明のオリジナル幻想と奈須きのこの偽物論。

    2018-02-13 12:54  
    50pt
     『ファイブスター物語』の第14巻が出ました。今回は魔導大戦序盤のベラ国攻防戦。ソープとラキシスを初め、オールスターキャストが関わる豪華な巻となっています。
     また、今回は一巻まるまる戦争ということで、凄まじい量のキャラクターが登場し、情報量も膨大です。
     憶え切れない読者をかるく振り落としていくこの傲慢さ。これぞ『ファイブスター物語』という感じですね。
     前巻の総設定変更で不満たらたらだった読者にもこの巻は好評のようです。作家が実力で読者をねじ伏せてしまった印象。
     『HUNTER×HUNTER』なんかもそうだけれど、読者の不満を無理やり封じ込めてしまうくらいの実力って凄いですよね。
     ここには作者が神として君臨する形の作品の凄みがあります。
     ぼくはソーシャルゲームの『Fate/Grand Order』を遊んでいるのですが、『ファイブスター物語』のような古典的な作りの作品とはまるっきり印象が違う感じです。
     『FGO』はどちらかといえば作り手と受け手、そして受け手同士のコミュニケーションに面白さがあると思うのですよね。
     つまり、作り手が作品を投げかける。すると、読者がそれを二次創作を初めとするあらゆるやり方で消費していく。それが『FGO』のようなコンテンツの魅力。
     『FGO』のシナリオが傑出して面白いとはぼくは思わないのだけれど、膨大なキャラクターを使ってしょっちゅう「お祭り」を繰りひろげている楽しさはたしかにある。
     いま、『ファイブスター物語』のスタイルを「古典的」と書きましたが、さらに時代をさかのぼればおそらく物語は作り手と受け手のコミュニケーションのなかで可変的に綴られていたはずなのですよね。
     作家が神のごとく作品世界をコントロールするようになったのは紙の本による出版というシステムが成立してからでしょう。
     その意味では、『FGO』のようなスタイルは超古典的といえなくもないかもしれない。
     何百年も何千年も昔、人々が焚き火を囲んで話しあい物語を紡いでいったことのデジタルな再現というか。
     実はいまから20年以上前、1996年の段階で、庵野秀明さんがこれに関して鋭い指摘をしています(https://home.gamer.com.tw/creationDetail.php?sn=863326)。

    庵野秀明:
    『ガンダム』のとき、すでに(監督の)富野由悠季さんが、自分の仕事とはアニメファンにパロディーとしての場を与えているだけではないかという、鋭い指摘をなされていた。僕もそれを実感したのは『セーラームーン』です。あのアニメには中味がない。キャラクターと最低限の世界観だけ、つまり人形と砂場だけ用意されていて、そこで砂山を作ったり、人形の性格付けは自由です。凄く使い勝手のいい遊び場なんですよ、アニメファンにとって。自分たちで創作したいのに自分から作れないという人たちにはいいんでしょうね、アニメーションは。(作品が)隙だらけですから。『エヴァ』もその点でよかったようです。所詮(キャラクターは)記号論ですが。

     
     ぼくのいい方をすると、庵野さんは「神」としてオリジナルな作品を作りたいのに作れないということで悩み、最終的に「自分自身の人生だけがオリジナル」ということでああいう物語を作りだしていったわけです。
     この後、20年かけて「人形と砂場」の方法論は洗練されていき、『FGO』のようなコンテンツというか「場」が生み出されることになった。
     それはもちろん「小説家になろう」あたりとパラレルだし、とても現代的な現象ではあるのだけれど、ひょっとしたら庵野さんあたりは苦々しく考えているかもしれない。
     ただ、オリジナルな表現という幻想だとか、作者が「神」として完成されたコンテンツを送り出すというシステム自体が近代独特の特殊な方法論でしかないことを考えるなら、『FGO』的な作品を一概に非難することもできないはずです。
     さらにはこういう意見もあります。

    興味深いのは、ここで、僕の中で逆転現象が起きたこと。
    基本、アニメ・マンガが大好きで、その話がしたくて、「場」を求めていたんです。
    それは今も変わりません。未だにプリキュア5とかけいおん!とかアイマスとか凸守とか山田葵とかみつどもえとかガルパンとか上坂すみれとかアスカとかアスカとかアスカとかの話したくて、うずうずうずうずしてますよ。
     
    でも、「今期何見てる?」って言うようになってる自分にも気づきました。
    もう話す「仲間」がいるから、そこで会話の題材となる作品を、逆に「場」にしているんですよ、ぼくが。
    「題材があるから場を求めている」んじゃなくて、「自分のいる地点で、砂場となる題材を求めている」にひっくり返っていることが稀にある。
    これ自体が、意外にも楽しいじゃないかと。
    http://makaronisan.hatenablog.com/entry/20130423/1366738022

     うん、まあ、わかる。じっさい、砂場と人形さえあればいくらでも楽しめることはたしか。LINEで『FGO』の話をしてTwitterで二次創作漫画をあさっているだけで十分に楽しいもの。
     庵野さんふうにいうなら、『FGO』は現代日本で最も成功した砂場で、英霊たちは最も魅力的な人形なのだと思います。
     しかし、そこではかつての奈須きのこの才能の鋭さは陰をひそめている。ちょっと残念ではありますね。
     『Fate/stay night』では「偽物」という言葉がひとつのテーマになっていました。
     庵野さんがオリジナルにこだわるのに対し、より下の世代の奈須きのこは「偽物」でしかありえない自分をより肯定的に受け止めようとしているように見える。その果てに『FGO』がある。
     そうだとすれば、『FGO』を否定的に捉えることはできないのかもしれない。ぼくはどうしてももうひとつ物足りないのだけれど……。
     作者が「神」として振る舞う宗教型コンテンツと作者も含めて「場」を楽しむ砂場型コンテンツ。現時点ではどちらが優れているともいえませんが、今後、状況がどう変化していくのか、注目したいところです。 
  • 大晦日だよ。好きなキャラクターランキング男女別ベスト20。

    2017-12-31 01:39  
    50pt
     質問箱で「好きなキャラクターランキングを教えてください。」(https://peing.net/q/8acd316f-e553-4950-8c0b-b082c571a50d)という質問をいただいたので、作ってみました。
     けっこう苦労しました。当然、好きなキャラクターは枚挙にいとまがないほどいるわけですが、ランキングをつけるのって大変だよね。ぼくが好きなキャラクターは男女を問わず、何らかの形で「戦っている」という特徴があります。与えられた運命に対し、果敢に抵抗しているキャラクターが好きですね。下のほうにくわしい解説をつけておきます。
    〇男性編
    1位 ヤン・ウェンリー(『銀河英雄伝説』)
    2位 イシュトヴァーン(『グイン・サーガ』)
    3位 ダグラス・カイエン(『ファイブスター物語』)
    4位 尼子司(『SWAN SONG』)
    5位 土方歳三(『燃えよ剣』)
    6位 令狐冲(『秘曲笑傲江湖』)
    7位 オスカー・フォン・ロイエンタール(『銀河英雄伝説』)
    8位 森田透(『翼あるもの』)
    9位 ジークフリード・キルヒアイス(『銀河英雄伝説』)
    10位 伊集院大介(『伊集院大介の冒険』)
    11位 ルルーシュ(『コードギアス』)
    12位 沖田総司(『燃えよ剣』)
    13位 田島久義(『恋愛』)
    14位 上杉達也(『タッチ』)
    15位 ジュスラン・タイタニア(『タイタニア』)
    16位 グリフィス(『ベルセルク』)
    17位 衛宮士郎(『Fate/stay night』)
    18位 グイン(『グイン・サーガ』)
    19位 碇シンジ(『新世紀エヴァンゲリオン』)
    20位 ジョン・スノウ(『氷と炎の歌』)
    〇女性編
    1位 比良坂初音(『アトラク=ナクア』)
    2位 沢渡真琴(『Kanon』)
    3位 ヴィアンカ(『OZ』)
    4位 黒猫(『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』)
    5位 ラキシス(『ファイブスター物語』)
    6位 姫川亜弓(『ガラスの仮面』)
    7位 シルヴィア(『グイン・サーガ』)
    8位 躯(『幽☆遊☆白書』)
    9位 白鐘直斗(『ペルソナ4』)
    10位 美樹さやか(『魔法少女まどか☆マギカ』)
    11位 アトロポス(『ファイブスター物語』)
    12位 久慈川りせ(『ペルソナ4』)
    13位 綾波レイ(『新世紀エヴァンゲリオン』)
    14位 ユーフェミア・リ・ブリタニア(『コードギアス』)
    15位 真賀田四季(『四季』)
    16位 長谷川千雨(『魔法少女ネギま!』)
    17位 アウクソー(『ファイブスター物語』)
    18位 鹿目まどか(『魔法少女まどか☆マギカ』)
    19位 川瀬雲雀(『SWAN SONG』)
    20位 サーバル(『けものフレンズ』)
     男性版1位のヤン・ウェンリーはもうしかたないというか、30年近くファンやっているもので、どうしようもないですね。歳を取ってから見てみると、驚くほど繊細なバランスでできているキャラだと気づきます。この頃の田中芳樹のすごみですね。
     2位のイシュトヴァーンは若き日の野生、たけだけしさ、行動力、与えられた運命に果敢に抵抗していくところもさることながら、後半の殺人王へと堕ちていくくだりも好きです。人生で最も心配して眺めたキャラクターといっても過言ではないかも。
     3位のカイエンは、まあ自分のハンドルネームのもとにするくらいで、それはもう大好きです。非常に男性的な、「男」という生きものの長所と短所というものがもしありえるとすれば、それを凝縮させたようなキャラクターですよね。ひたすら男のロマンを追求したようなというか。かっこいい。
     第4位は『SWAN SONG』の司。やっぱりあまりにも過酷な運命に抵抗しつづけるところが好きですね。人間として強い。強すぎる。ランキングには入っていないけれど、鍬形も好きです。リアリティありすぎ。
     第5位、土方歳三。まあ、ぼくの読書人生でいちばんといっていいくらいかっこいいキャラクターですね。切ないほどの男らしさ。そしてやっぱり行動力が好きです。アクティヴなキャラクターが好きだということですね。
     第6位、令狐冲。いい奴(笑)。とにかくいい奴。あまりにもいい奴すぎてヒーローというより被害者じゃないかという気もするのですが、とにかく気のいい兄ちゃんです。大好き。金庸のキャラクターは他にも魅力的な人がたくさんいます。
     第7位、『銀英伝』からふたり目。ロイエンタール。こいつもかっこいいよなあ。破滅的に生きて、結局破滅する悲劇性が好きですね。女嫌いのくせに女にはモテるところとか、矛盾した性格に惹かれます。
     第8位、栗本薫の初期の名作『翼あるもの』より森田透。この人はね、とても優しい人ですね。9位のキルヒアイスもそうなのだけれど、優しい人が好きです。自分も優しい人間でありたいと思っています。少しは優しくあれているといいのですが、どうだろうなあ。
     で、第10位、伊集院大介。はい、この人も優しい人ですね。栗本薫の作品全作を通じての最大の名探偵であり、弱い人々の守護者のような存在です。意外にも、名探偵キャラクターからはこの人しか入っていませんね。金田一耕助とかも好きは好きなんですけれど。
     第11位は『コードギアス』からルルーシュ。「反逆の」ルルーシュというくらいで、やっぱり運命に抵抗する系統のキャラクターですね。ぼくはとことんこの手の反逆者キャラクターが好きなようです。
     第12位は『燃えよ剣』の沖田総司。土方歳三の相棒ともいうべきキャラクターですが、そのあまりの透明さ、哀切さは強く印象にのこっています。こんなキャラクターをさらっと生み出してしまうのだから、司馬遼太郎という人もたいがい天才ですね。
     第13位、ぼくの最も好きな漫画のひとつ、『恋愛』から主人公の田島久義。狂気のような情熱の持ち主で、一歩間違えばストーカー以外の何ものでもありませんが、そういうところが好きです。
     第14位のキャラクターは『タッチ』の上杉達也。まあ、この人に関してもあまりいうことはないですね。とても辛い、重い運命を背負って、それをだれのせいにもせず、ひとりで孤独に戦い抜いたところが好きです。
     第15位、ジュスラン・タイタニア。いやー、すごいキャラですよね。「中途半端な美形」といういちばんダメになりそうなキャラを、ここまで魅力的に描いてしまう全盛期田中芳樹の凄まじさよ。キャラクターの造形に関してはほんとにものすごい作家だと思います。
     で、第16位なのですが、ガッツではなくグリフィスを持ってくるところがぼくらしいと思ってほしいですね。イシュトヴァーンを好きなのとほぼ同じ理由で好きです。運命に対する抵抗。
     第17位は『Fate』から士郎。まあ、奈須きのこユニバースからひとり持ってくるなら、やっぱり士郎になるのかなあと。凛も桜もセイバーも好きですが、士郎の狂気はすごく好きです。ぼくは狂的なパッションを持っているキャラクターが好きらしい。
     第18位、グイン。まあ、みんなのお父さん的な存在ということで、出てくると安心感がありますよね。あまりにも無敵すぎるのでかれが活躍するとあっというまに問題が片付いてしまうのですが。やっぱり好きは好き。
     第19位はシンジくん。ぼくはかれのことはかなり評価しています。だって頑張っているじゃないか! そりゃ弱音は吐くけれど、それでも戦っているわけで、もう少し評価されてもいいはず。まあ、状況が過酷なんだよね……。
     そして第20位はジョージ・R・R・マーティンの『氷と炎の歌』からジョン・スノウ。非常に人気があるキャラクターですね。ティリオン・ラニスターとどっちにしようか迷ったのだけれど、ジョンのほうにしておきました。ティリオンも好きです。
     女性編の第1位は『アトラク=ナクア』の初音お姉さま。もうダントツで好きですね。邪悪さと可憐さ、攻撃性と被害者性が一身に両立しているところが好きです。これは、男性キャラクターでもそういうキャラクターが好きですね。ぼくの好みなのだと思う。
     で、第2位の真琴。この子はね、純粋にいたいけな無垢の象徴みたいなキャラクターですよね。これは異性として好きというより完全に子供として好きなんですね。ぼくの子供好き(怪しい意味じゃない)が端的に表れているキャラクターだと思います。
     第3位、ヴィアンカ。妹のフィリシアも好きですが、この子の浮かばれなさが好きです。チョロイン属性というか、作者にもあまり愛されていないっぽいところが好き。不遇萌えの窮みみたいなところありますね。
     第4位、黒猫。可愛い。以上。いや、可愛いよね、黒猫。ぼくはフィクションのキャラクターに萌えても恋愛感情は感じないんだけれど、この子だけはちょっとべつで、普通に付き合いたい(笑)。年齢差何十歳あるんだって感じですが……。好きですね。
     第5位はラキシス。まあ、天真爛漫のプリンセスですね。アトロポスやエストも好きなのだけれど、この子のまったくファティマらしくない自由奔放さが好きです。好き勝手にやっているキャラクターが好きなのかも。
     第6位、姫川亜弓。努力の人ですよね。やっぱり「運命に対する抵抗」が好きなんだと思う。マヤのような傑出した天才を持ち合わせていないことを、懸命な努力でどうにしかしようとするその姿勢に強く強く惹かれます。マヤも好きですが。
     第7位、シルヴィア。非常に悲惨な目に遭っている少女ですが、それでもなお、愛を求め、幸福を求め、地獄のような環境のなかであがき、もがいているところが好きですね。『グイン・サーガ』におけるジョーカーのようなキャラクターなのだと思います。
     第8位は躯(『幽☆遊☆白書』)。彼女も被害者性と加害者性を両立させているキャラクターですよね。非常に好きです。ただ、キャラクターとしてあまりに完結してしまっているので、ランキングとしてはそこまで上にはなりません。いいキャラクターですけれど。
     第9位、白鐘直斗。大好きなゲームである『ペルソナ4』からひとり選んでおきたいということで、彼女にしました。非常に知的でそつがなく、女性的なところを抑圧していて、しかしそれがしだいに解放されていくというところが好きです。
     第10位、美樹さやか。『まどマギ』のなかではこの子がいちばん好きです。ぼくはだいたい酷い目に遭っているキャラクターを好きになる傾向が強いようですね。もちろん、それ自体ではなく、その状況に対する抵抗にこそ共感するわけです。
     第11位にはアトロポス。これも不遇萌えに近いかもしれない。妹のラキシスに比べ不幸な人生を送っているように見えますが、そういうところが魅力的です。でも、ドラゴンに惑星を亡ぼさせようとするのはやめろ。ものすごく迷惑だぞ。
     で、すいません、『ペルソナ4』からひとりといいましたが、第12位にりせちーも選んでしまいました。本来、ぼくの好みではないはずのキャラクターなのですが、不思議と好きですね。たぶん、あのグループのなかでこそ輝くキャラクターなのだと思います。
     第13位、ぼくたちの綾波。まあ、あの儚そうなところに惹かれるわけですね。彼女については既に山ほど論考があるのでいまさら語りませんが、やはり加害と被害、サディズムとマゾヒズムが同居したキャラクターだと思います。そこに惹かれます。
     第14位、『コードギアス』のユーフェミア・リ・ブリタニア。非常に「女の子らしい」ままであのルルーシュを敗北に追い込んだというところに凄みを感じます。男性的にならないままで運命と戦っているところが好きですね。
     第15位は真賀田四季。これは『四季』の少女四季に一票、ということにしておいてください。まあ、いろいろな意味で非常に画期的なキャラクターなのですが、ぼくは完璧になる前のわずかに欠けたところがある幼い四季が好きです。
     お次は第16位。えーと、長谷川千雨(『魔法少女ネギま!』)。みごとネギと結ばれてしまった勝ち組キャラクターなのですが、あの劣等感を抱えたまま戦っているところに共感します。ぼくも似たようなものなので。オタクキャラですね。
     第17位、アウクソー。ラキシスとアトロポスは女神なので例外と考えるとして、ほぼファティマ代表ですね。あのダメ男に仕えて幸せそうにしているけなげなところが気に入っています。エストとどっちにしようか迷ったけれど、まあ、アウクソーかな、と。
     第18位、まどか。ヒーロー。ザ・ヒーローというイメージです、ぼくのなかでは。この人を「普通の女の子」として捉える人もいるだろうけれど、ぼくのなかでは普通じゃない異常な人ですね。その異常さに惹かれます。でもさやかより順位は下。
     第19位。川瀬雲雀。ひばりん、かわいいよなあ。強いし。田能村のプロポーズに対し即座に「いいよ」と答えるところに惚れました。いい女だぜ! 
     第20位、サーバルちゃん(『けものフレンズ』)。この子はもっと順位が上でもいいかもしれませんね。このラインナップのなかで今年のキャラクターはこの子だけじゃないかな。やっぱり優しさ、懐の広さ、包容力というところが好きなのだと思います。
     以上、好きなキャラクターランキングでした。まあ、暫定版というか、いまの気分に多分に影響されているランキングですが、だいたいこんな感じだと思います。うーん、参考になるかな? 質問者さんに届いていれば幸いです。 
  • 「自分の人生」という物語を避けることはできない。

    2016-06-13 23:56  
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     本を読んでいます。
     村瀬学『宮崎駿再考』と城戸義明『科学とは何か 科学はどこへ行くのか』と出口治明『仕事に効く教養としての「世界史」』を並行して読み進めいるところです。
     こう書けば聞こえはいいですが、ようするに読んでは投げ出し、投げ出しては読んでいるわけ。
     一冊の本に集中し切れない注意力の散漫さはぼくの欠点だとも思うのですが、しかし一方では幾冊もの本の内容が絡みあい、補いあい、あたかも一冊の本であるかのように響きあう楽しさがあることもたしかなのです。
     妙なる調べ響きわたる活字の交響楽。まあ、それはぼく一人にしか聞こえず、感じ取れない孤独の音楽であるわけですが、このようにして本をよむとき、ぼくはとても幸せだったりします。
     以前にも書いたように、本という本は必ずほかの本への「ハイパーリンク」が張り巡らされたネットワーク的情報源です。
     だからこそ一冊の本を読めばべつの本への興
  • 殺人は正義、不殺は悪。『ファイブスター物語』の壮絶なる倫理感。

    2016-05-21 18:25  
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     永野護『ファイブスター物語』が面白いです。
     いま、連載では、ジョーカー太陽星団を揺るがす大戦争・魔導大戦(マジェスティック・スタンド)が中盤に差し掛かったところ。
     これからハスハを構成する一国ベラを巡って壮大なゴティックメード戦が勃発しようとしている状況なのですが、きょうはそれとはちょっと違う話をしたいと思います(本編未読の方は何をいっているのかわからないと思いますが、まあ、説明し始めると長いのでそういうものだと思ってください)。
     今回、ぼくが語りたいのは、魔導大戦の一方の雄である黒騎士デコース・ワイズメルの話です。
     デコースは物語の序盤から登場している天才騎士で、星団でも屈指の実力の持ち主。かれに対抗できる者は、すべての騎士のなかでも数人しかいません。
     剣聖ダグラス・カイエン亡きいま、「星団最強」を名乗ってもおかしくない地位にいるといってもいいでしょう。
     まあ、剣聖並かそ
  • 「才能」は「可能性」でしかなく、「結果」に繋がらない限り何も意味しない。

    2016-05-10 16:37  
    50pt

     10日ですねー。毎月10日は、ぼくにとっては『月刊ニュータイプ』の発売日。『ファイブスター物語』が読める日です!
     いま、『ファイブスター物語』は単行本第14巻に収録されるであろうベラ国攻防戦を描いています。
     分裂したハスハのいち小国ベラを守るエープ騎士団のもとにあらわれた天才スライダーのレディオス・ソープ(&妻のファナちゃん)。
     そこにさらに幾人もの騎士たちが集まってきて、ついに歴史に残るベラ国防衛戦が始まる――のか?というところ。
     このあと、ヨーン・バインツェルとパルスェットの物語が始まるはずなのですが、その前に大規模集団GTM戦が見られそう。
     数十年後のマジェスティック・スタンド終戦に至るまで、どんなドラマが見られるのか楽しみです。
     それにしても、永野さんももう50代半ばになるはずなのですが、衰えませんねー。
     普通、このくらいの歳になると構成力が衰えてくるのですが、いまのところ『ファイブスター物語』はきわめてタイトに構成されているように見えます。
     あくまで緊密なショート・エピソードに拘り、「大長編を短編の集合として構成する」という意識で描いているところが素晴らしい。
     さすがわかっているなあ、と思ってしまう。
     『グイン・サーガ』がそうでしたが、大長編を無計画に書いていくとどこかで「ゆるみ」が出てきて冗長さが増してしまうのですよね。
     というのも、ぼくがよくいうように長編は後半へ行けば行くほど処理しなければならない情報が増えていくからです。だから放っておけば必ず大長編は冗長になる。
     ぼくはこれを「長編病」と呼んでいますが、それを避けるためにはあらかじめ緊密に構成しておくことと、必要ではない情報を非情にカットすることが必要になる。
     『ファイブスター物語』はとりあえずいまの時点ではその短編意識の徹底によって「長編病」を回避できているように思います。
     これは凄いことです。
     作り手にしてみれば、タイトな構成など考えず、筆の乗るままに描いていくほうがよほど楽だし、気持ちいいはずなのです。
     その誘惑に乗らずにあくまで自分にとって辛い、きびしい道を歩きつづけるということは、大変なことです。
     だれにでもできることではない。
     もちろん、いっとき、天才的ともいえる輝きを示す作家は大勢います。しかし、その大半が「時の審判」に耐えられず消えていく。
     それなのに、永野護は30年間を超えていまなおトップクリエイターのままです。これはほんとうに凄いことなのですよ。
     なぜそんなことができるのか? 生まれつきひとより優れた才能に恵まれていたからなのか? ぼくはそうは思いません。
     長いあいだトップに立ちつづけるために必要なもの、それは「才能」ではありません。「姿勢」です。
     永野護はたしかに天才的な才能の持ち主なのだろうけれど、ただ才能があるだけの人ならほかにもいる(まあ、めったにはいないだろうけれど……)。
     ほんとうに驚くべきなのはその「才能」を常に錆びつかないよう砥ぎつづける「姿勢」のほうなのだと思います。
     「長期的に結果を出しつづける」クリエイターに共通しているのはこの「姿勢」のきびしさです。
     どこまでも自分を甘やかさないこと。鍛錬しつづけること。そして向上しつづけること。それが長い期間にわたって実力を発揮するための条件。
     「同じ実力を保つ」ことは時の流れのなかで衰えることと同じでしかありません。
     「さらにさらに成長を続ける」者だけが「超一流(プリマ・クラッセ)」でありつづけることができるのです。
     「天才でありつづける」ことは「天才である」ことよりもっとむずかしいということです。
     ぼくは、ほんとうは「才能」など何も意味してはいないのかもしれないとも思います。
     ひとより優れた「才能」を持っていても、何かしらの「資質」に欠けていたためになんの「結果」も残さずに終わる人は大勢います。
     そして、 
  • 『HUNTER×HUNTER』と強さのインフレ、デフレ、そしてランダムウォーク。

    2016-04-27 12:05  
    50pt

     『HUNTER×HUNTER』が連載再開してしばらく経ちます。
     いまさらいうことではないかもしれませんが、めちゃくちゃ面白いですね!
     今週号はなつかしの「天空闘技場」を舞台とした、ヒソカとクロロの死闘。
     最初に「どちらかが死ぬまでやる」と宣言され、いったいふたりのうちどちらが勝者となり、敗者となるのか、目が離せません。
     普通に考えれば、両者とも物語にとっての重要人物であるわけで、ゴンやクラピカと無関係のところであっさり死んでしまうはずはないと思えるのですが、そこは『HUNTER×HUNTER』、予断を許しません。
     おそらく、この戦いが終わったとき、どちらか片方は闘技場に斃れることになるのでしょう。あるいは、両者ともが闘技場の土となる運命化も。
     この、先の予想をまったく許さない展開こそが『HUNTER×HUNTER』の本領です。
     ああ、戻ってきたのだな、という気がしますね。おかえりなさい。
     ただ、クロロにしろ、ヒソカにしろ、いままでの物語のなかでは最強の存在であった「キメラアントの王」メルエムと比べれば、実力的には劣るはずです。
     いかに「念能力に強弱という概念はない」とはいっても、メルエムはあまりに強すぎた。
     だから、いまさらクロロ対ヒソカ戦をやってみたところで、盛り上がりに欠けることになる――はずなのですが、じっさいにはそうはなっていません。
     この上なく緊張感のある死闘がくり広げられています。
     結局のところ、「もっと強く、もっともっと強く」という方向性だけが面白いわけではない、ということなのですね。
     たしかに、読者は一般に「もっと強いやつ」を求める傾向がある。
     しかし、その読者の声に応えつづけていると、はてしなく強さは数的に上がっていくことになってしまう。
     その「強さのインフレ」をまさに極限までやったのが『ドラゴンボール』であるわけですが、そこには「同一パターンのくり返し」でしかないという問題点があった。
     で、『ドラゴンボール』以降の漫画はそこから何かしら学んで、同じことをくり返さないようにしているわけです。
     その端的な例が『HUNTER×HUNTER』ということになる。
     この世界では、いったん極限まで行った強さの表現が、ふたたび下のレベルに戻ることがありえるのです。
     これについては、ペトロニウスさんが昔、『BASTARD!!』を例に「強さのデフレ」という言葉で説明していました。

     「強さのインフレ」ならよく聞きますが、「強さのデフレ」とはなんでしょうか?

     こういう表現を考える時に、視点の落差、、、、具体的に言うと、萩原一至さんの『BASTARD!!』を思い出すんですよね。ぼくこの第2部が、とても好きで、、、第2部って主人公が眠りについた後の、魔戦将軍とかサムライとの戦いの話ですね。何がよかったかって言うと、落差、なんです。『BASTARD!!』は、最初に出てきた四天王であるニンジャマスターガラや雷帝アーシェスネイなど、強さのインフレを起こしていたんですね。普通、それ以上の!!!ってどんどん強さがインフレを起こすのですが、いったん第2部からは、彼らが出てこなくなって、その下っ端だった部下たちの話になるんですよね。対するサムライたちも、いってみれば第1部では雑魚キャラレベルだったはずです。しかし、同レベルの戦いになると、彼らがいかにすごい個性的で強い連中かが、ものすごくよくわかるんですね。
     強さがいったんデフレを起こすと僕は呼んでいます。
     これ、ものすごい効果的な手法なんですよね。何より物語世界の豊饒さが、ぐっと引き立つんです、要は今まで雑魚キャラとか言われてたやつらの人生がこれだけすごくて、そして世界が多様性に満ちていて、下のレベルでもこれほどダイナミックなことが起きているんだ!ということを再発見できるからです。なんというか、世界が有機的になって、強さのインフレという階層が、役割の違いには違いないという感じになって、、、世界がそこに「ある」ような感じになるんですよ。強者だけが主人公で世界は成り立つわけではない!というような。
    http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20131228/p2

     世界は、絶対的強者だけで成り立っているわけではないということ。
     「頂点」の戦いがすべてで、そのほかの戦いには価値がないというわけではないということです。
     「底辺」は「底辺」で、きわめて熱いバトルをくりひろげているわけで、その「底辺」を描き出すこと(=強さをデフレさせること)は、「世界の豊饒さ」を描き出すという一点において、大きな意味を持ちます。
     つまり、ひたすら「強い奴」にフォーカスしている世界より、強い奴もいる、弱い奴もいる、それぞれがそれぞれのレベルで懸命に生きているということがわかる世界のほうが、より豊かに感じられるということだと思います。
     『HUNTER×HUNTER』の場合、ヒソカにしろクロロにしろ、「底辺」には程遠い最強の一角を争うひとりであるわけですが、メルエムのレベルには及ばないであろうことは間違いありません。
     しかし、そのふたりが、これほどの実力を持っているのだ、ということを示すことによって、世界はあらためて豊饒さを取り戻すのです。
     ところで、「レベル1のときにレベル99の敵が現れるかもしれないリアルな世界」のことを、ぼくたちはLDさんに倣って「新世界系」と呼んでいました。
     新世界系の物語は、「突然、異常に強い敵が現れるかもしれない物語」であるわけですが、いい換えるなら、「強い敵と弱い敵があらわれる可能性がランダムに設定されている物語」ということもできそうです。
     つまり、そこではひたすら「もっと強く、もっともっと強く」という方向には物語は進まない。
     「レベル1のときにレベル99の敵が現れるかもしれない」ともいえる一方で、その逆、「レベル99のときにレベル1の敵が現れるかもしれない」ということもできるわけです。
     これは、一見するとつまらないようにも思える。レベル99のときにはレベル1の敵なんて相手になるはずがありませんからね。
     しかし、「強さのデフレが豊饒な世界をもたらす」という視点で見ると、意味があることであるように思えてきます。
     ようするに、新世界の物語とは、強さが単純にインフレしたり、デフレしたりするのではなく、その時々で乱高下する「強さのランダムウォーク」の物語であるということです。
     『HUNTER×HUNTER』はだんだん 
  • 平均点を拒絶せよ! 永野護『リッターピクト』の選択。

    2016-02-24 23:03  
    50pt
     永野護の『ファイブスター物語』デザイン集第五弾『LITTER.pict ジョーカー太陽星団棋士図鑑』を読んだ――というか、読みつづけている。
     100点を超える新デザインにあいかわらず膨大な設定が付されており、すぐには読み終えることも大変なのだ。
     前回の『覇者の贈り物』が既出のデザインの集大成的な内容で、「もう少し見せてよー」と思わせるものであっただけに、今回のボリュームはまずは満足。
     あえていうなら新作ゴティックメードのデザイン画が少ないのが不満というところか。
     なんといっても『ゴティックメード』あっての『ファイブスター物語』だからね。
     モーターヘッドからゴティックメードへの全面的な設定改変には、いまだに戸惑い、困惑し、あるいは怒っている読者もいるようだが、作者はそういう人に対して配慮するつもりはまったくないようだ。
     さすがである。それでこその永野護であり『ファイブスター物語
  • 「サポーター男子」の時代が来る。

    2016-02-20 12:57  
    50pt
     ども。何度目かのダイエット中の海燕です。
     今度こそ!の思いを胸に、とりあえず3週間で4.4キロ減らしました。
     ちょっと減らし過ぎかな。でも、減らせる時に減らしておかないといけないですからね。
     具体的に何をしたかというと、間食をやめただけなんだけれど、それでも減るものですね。
     ダイエットって、体重を減らすことは実は簡単で、それを維持することが大変なんだよなあと思います。
     リバウンドを計算に入れずにただ体重を減らすだけだと、岡田斗司夫さんみたいになってしまう。
     やっぱり食事制限だけで体重を落とすことには無理があって、運動しないといけないのだと思います。
     しかし、いまの体重でジョギングしたりするのは辛いし、足に負担がかかる。
     そこで、ぼくはいまいわゆる「アニメダイエット」を試みています。アニメを見ながら踏み段昇降をするというダイエットですね。これが意外に効果があるらしい。
     もちろん、見るのがアニメである必要はないわけで、ぼくはNHKの朝ドラ『あさが来た』を見ながら踏み段しています。
     ぼく、このドラマ、好きなんですね。好みはもちろんあるけれど、最近の朝ドラのなかではかなり面白いほうに入ると思う。
     単純明快といえばそれまでながら、気分がいやになるエピソードがないのがいい。
     朝から気分が落ち込むようなドラマを見たくないですからね。
     このドラマでは公私ともに主人公あさを助ける「五代さま」を演じたディーン・フジオカがブレイクしましたが、ぼくは玉木宏演じるあさの夫・新次郎が好きです。
     ほとんど仕事をしない遊び人ではあるものの、ワーカホリック気味の妻を愛し、彼女をさまざまな形でサポートしていく良き夫。
     なるほど、いまの時代はこういう人物が理想的な夫なのだなあ、と思わせられますね。
     普段は温厚ながら、妻が侮辱されるとちゃんと怒るあたりも格好いい。
     やっぱり夫はこうでなくてはいけません。自分の妻の悪口をいわれてへらへらしているようではダメです。
     まあ、 
  • 話題の新作ガンダム『鉄血のオルフェンズ』、第1話は少々駆け足の印象。

    2015-10-05 00:21  
    50pt

     いまの時代、ロボットアニメといえば何はなくとも『ガンダム』、というわけで、『機動戦士ガンダム』シリーズの最新作『鉄血のオルフェンズ』第1話を観ました。
     テレビでは見逃してしまったのでiOSアプリ「ガンダムファンクラブ」を落としてそこから動画を見たという次第。
     いやあ、便利な時代になったものです。
     まあ、いくら見逃し作品を後追いできるようになったとはいっても、作品そのものが面白くなければどうしようもないわけですが。そこらへん、『鉄血のオルフェンズ』はどうなのか?
     うん、まあ、なかなかじゃないですか(偉そう)。
     物語が始まる舞台はどうやら地球の植民地と化しているらしい火星。
     詳しい説明はありませんが、テラ・フォーミング後数百年とか経っていそうな印象で、普通に人々が生活しています。
     もっとも、例によって生活環境は劣悪であるらしく、主人公と思しい少年たちは奴隷のようにこき使われています。
     人権などまったくないといっていい奴隷労働状態。
     かれらがこの劣悪な状況からどうやって抜け出していくのか、あるいはさらなる絶望が待ち受けているのか、なかなか興味をそそる展開です。
     ちょっとメキシコ独立革命か何かを思い起こさせる舞台設定で、これから『怪傑ガンダム』、じゃない地球圏からの独立戦争の物語が展開していくのだと思われます。
     おっさん的にはなつかしの『ヴィナス戦記』とか思い出させる初期設定ですね。
     ふっるいなー。ぼくは見ていないけれど、『アルドノア・ゼロ』とかもそういう話だったんですかね(ほんとうに知らない)。
     なぜいまの時代にこの設定を持ってきたのかということは第1話ではよくわからない。追々わかってくるのだと思います。
     まあ、地球からの独立戦争というテーマを設定した時点で泥臭くなってくるのは仕方ないところで、あまり美少年らしい美少年も登場しない、わりあいに地味な『ガンダム』になっています。
     もっともそれだけにガンダムの美しさが映えるということもいえるので、この段階では一概に良いとも悪いともいえませんが……。
     おそらく敵役として活躍するであろう地球の守護者「ギャラルホルン」の側は美形キャラがぞろぞろ出て来てほしいところではありますが、さて、どうなるやら。
     うん、まあ、スタートダッシュの第1話としてはまあこんなものかな、と思いますよ(やっぱり偉そうだな)。
     悪くない。続きも見てみたいと思います。
     ただ、あえていうならいろいろな説明を容赦なく織り込んでいるせいでシナリオが駆け足になっているところは否定できないでしょう。
     今回、脚本はぼくらの岡田『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』麿里さんが努めていて、監督も『あの花』の長井龍雪さんらしいのですが、いやー、第1話に相当詰め込んできたなって感じ。
     マクロ的な状況説明からミクロ的な心情描写まで詰め込んで、ともかくも成立させているあたりはなかなかに見事なシナリオではあるんだろうけれど、その代償としてひとつひとつのエピソードに「ため」がなく、軽い印象になっていることはどうにも否めない。
     ロボットアニメの、というか『ガンダム』を題するタイトルの第1話である以上、ラストまでにガンダムが動き出さなければならないというミッションを背負っているわけで、脚本に「枷」があることは仕方ない。
     その上でどう情報を処理し、見せるべきものを見せるかというところが芸の見せどころであるわけですが、その点でいうと今回の物語はもう少し、というところ。
     いや、もちろんわかるんですけれどね。ラストのガンダム出陣を際立たせるために戦争の絶望を描いておきたかったということは。
     ただ、その展開がいかんせん駆け足になってしまっている。
     これ、『ファイブスター物語』の第7巻から第8巻あたり(リブートの第5巻あたり)の展開そのまんまの脚本意図なんですよね。
     地上で兵士たちが互角の戦いをやっていて、そこへ超存在であるロボットが登場して絶望を植え付けて、しかしそこに味方ロボットが出て来てさらに逆転する、という、戦闘ロボットの花やかさ、格好良さを段階的に演出するシナリオ。
     ただ