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映画『未来のミライ』は存在のマトリクスの交点に自己を見いだすミニマムな冒険の物語だ。
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映画『未来のミライ』は存在のマトリクスの交点に自己を見いだすミニマムな冒険の物語だ。

2018-07-25 20:07
     細田守監督の新作映画『未来のミライ』を観て来た。タイトルやCMからはまったく期待を抱けなかった作品ではあるが、じっさい見てみたところ、うん、いや、素晴らしいんじゃないですか。

     いままでの細田守の集大成にして未踏の地を切り拓く新境地、見るに値する映画だと思う。

     ただし、「未来のミライ」というタイトルはあまりにもミスリード。未来のミライちゃんが現代にやって来て、時空を超えた冒険に旅立つとか、そんなストーリーでは全然ありません。

     むしろ、ひとつの小さな家庭にフォーカスしたミニマムサイズのシナリオともいえるので、『サマーウォーズ』とか『バケモノの子』のようなエンターテインメントムービーを期待すると肩透かしを食うかも。

     だが、それでも、否、それだからこそぼくはこの映画を高く評価したい。ある意味で挑戦的かつ実験的な作りなので、賛否両論が飛び交うのは必然ではあるだろうが、でも、だれが何といおうとこれは傑作だ。

     何といっても、最初から最後まで一貫して4歳の子供の世界のみを描き切ったことはそれだけでひとつの映像的冒険といえるだろう。4歳の子供の視点で世界を捉えなおすことによるセンス・オブ・ワンダーは、ちょっと『よつばと!』あたりに通じるものがある。

     子供にとって、世界はファンタジーそのものだ。この映画の作中で起こる出来事を、現実に起こったことと捉えるか、それともくんちゃんの空想のなかのイベントと捉えるかは観客に任せられているが、4歳の子供の視点で見た世界の不思議さを良く描きだせていると感じる。

     しかし、この映画の主人公のくんちゃんは年相応にどこまでも幼くわがままで、よつばのように聡明ではない。その意味で、この映画をリアリティ増し増し版『よつばと!』と見ることはできそうではある。

     何しろ、くんちゃんの性格が徹底的に幼稚なうえになかなか成長しないので(じっさいに子供だからあたりまえなのだが)、かれの子供心に共感できない大人の観客は少なくないだろう。

     しかし、現実の子供とは大人にとって都合が良くないものなのだ。映画は、くんちゃんにとって最初の「異物」である妹の未来ちゃんが家にやって来るところから始まる。

     それまで両親の溺愛を独占していたくんちゃんは、未来ちゃんの存在を受け入れることができない。これはつまり、ひとりの子供が、すべてが満たされていた万能感の世界から一歩抜け出し成長するまでのストーリーだと捉えることができるだろう。

     ここら辺の子育て(というか子育ち)のリアリティは、良くも悪くもいかにも作りごとめいていた『おおかみこどもと雨と雪』から格段に進歩している印象で、細田監督がじっさいに育児を経験したことが大きく活きているものと思われる。

     そして、くんちゃんは何やら不思議なことがいくつも起こるかれの家の庭で、家族の歴史をかいま見る。

     この庭の秘密は作中でほとんど説明されないので、先述したように、ほんとうにタイムトラベラーの未来ちゃんが未来からやって来たのか、それともすべてはくんちゃんの内面世界での葛藤に過ぎないのかは最後までよくわからない。

     映画は終始、ダブルミーニングの解釈を許すように作られている。だが、それはどうでも良いことなのだろう。

     初め、万能感が支配する幼児の世界から突然に放り出されたくんちゃんはどうしても未来ちゃんのことを受け入れることができないが、やがて、自然と未来ちゃんの兄としての自分のアイデンティティを発見することになる。

     そして、それは、はるかな時の彼方の父や母、曾祖父や曾祖母にまで連なる時空間を超えた家族関係のネットワークへとつながっているのだ。

     ある家庭の庭で始まり、そして終わることになるミニマムなドラマが、おそらくは何億年と続く生命の歴史へと直接に接続されるこの展開は、あまりにスリリングかつ感動的だ。

     これを血縁を重視する保守的な家族観の表れと見ることはあまりに表面的な理解というべきだろう。くんちゃんがここでおぼろげながら理解したものは、人はひとり孤独に存在しているのではなく、いわば時間的、かつ空間的に延々と続く関係性の網の目の交点として生きているということなのだ。

     それはおそらく、くんちゃんを通じ、あるいは未来ちゃんを通じて、さらに未来のミライまで遠く続いていくものであるのかもしれない。その目が眩むような雄大なヴィジョン。

     これは作中ではっきりそうと明言されているわけではないので、あるいは理解しづらいものであるかもしれないが、それでもこのいち場面には圧倒的なカタルシスがある。

     過去のカコから未来のミライまで、どこまでもはてしなく続く人間の(生命の)関係のマトリクスのなかに自分という存在を見いだすということ。その神秘に想いを馳せること。それが、このちょっと不思議な映画のテーマなのではないだろうか。

     一時期、ポストジブリと騒がれた細田監督だが、この映画はたしかに少しジブリ映画を思わせるところがある。ただし、宮崎駿ではなく高畑勲の系譜だろう。ある意味で、ファンタジー版『おもいでぽろぽろ』といえなくもない。

     いや、すごい映画でした。この暑すぎる夏、オススメの一作といえるかどうかは微妙だが、少なくともぼくはすごく楽しめた。大好きな作品になったと思う。まあ、タイトルはもうちょっと何とかしてほしかったとは思うけれどね。
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