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見えない都市 (河出文庫)

 いまさらいうまでもないことだけれど、小説を読むことが好きである。市井のシロウトが書いたものから、一流のプロフェッショナルが技芸を凝らした作品まで、小説であれば片はしから読む。

 なぜこんなにも好きなのだろうかと考えると、そこに自由があるからではないか、と思える。美文に淫するにしろ、物語を開花させるにしろ、小説はほんとうに自由だ。

 何もジェイムズ・ジョイスやらの実験文学の話をしているのではない。そこらのあたりまえの小説にも、奔放な自由は渦巻いている。

 だって作家が生み出すまではまったく白紙の世界に、言葉だけで広い王国が創造されるのだ。まさにひとの身にして神をまねる所業じゃないか。しかもその国の風景はどんなに破天荒でもかまわないと来ている! これほどの自由があるだろうか。

 ぼくには小説を書きあげる才能はない。しかし、その自由に対しては、つよい憧憬を抱いている。「もしもピアノがひけたなら」ではないが、もしも小説が書けたならさぞ楽しいだろう。ぼくは日がな一日、王国の手入れをして過ごすのではないか。

 それぞれの王国は、その領土の大きさにかかわらず、地上に唯一無二の独立国である。ある国は荒廃し、またある国は夢のように栄えているかもしれない。しかし、いずれにしろ、それぞれがユニークであることに変わりはない。

 小説という王国ほど、ぼくがつよくつよくあこがれる国は他にない。可能なら自分の力で国をひらき、王として君臨してみたい。ああ、どうしてぼくはその才能を持って生まれなかったのだろう。まったく、嘆かわしい。

 まあ、そうはいっても小説のほかにも国はある。この記事にしてからがひとつの小さな国家の領土だ。こうしてぼくもぼくなりの方法で国を築いているのだから、必ずしも不幸とはいえないだろう。