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記事 5件
  • 書評:ノーベル賞経済学者の大罪

    2018-12-12 23:56  
    書評:ノーベル賞経済学者の大罪 ディアドラ・N・マクロスキー 著、ちくま学芸文庫  https://amzn.to/2LgLkdj  私と財務省OBの有地浩が、「人間経済科学研究所」(https://j-kk.org/)を発足したのは今年(2018年)の4月である。  「すでに終わった」マルクス経済学はともかく、その他既存の経済学も、やたら数式を振り回して「意味のないこと」を真剣に論じるのはばかげたことであると感じたのがその理由である。  アダム・スミスが国富論と道徳感情論(二つの本は一体のものとして企画された)で述べているように、<経済とは人間の営み>であり、人間性=徳とは切り離せないものである。  本書の著者も、間違った前提(意味の無い前提)を基にながながと論証する「ノーベル賞受賞経済学者」の大罪を暴いている。  著者が述べる「黒板経済学」がなぜこうもはびこるのか?それは、生殺与奪の
  • 書評:徳の起源 他人を思いやる遺伝子

    2018-02-09 11:48  
    書評:徳の起源 他人を思いやる遺伝子 マット・リドレー 箸、翔泳社  http://amzn.to/2EKbx0u ■「利己的な遺伝子」(ドーキンスが主張するのと同じ意味)  私も含めた人類は「自分の利益を最大化するため」に行動する。これは決して間違いではありません。実際、自然淘汰というのはそれぞれの個体(遺伝子)が自己利益を最大化する結果生じるものです。  ところが、この自然界の「自分さえ良ければいい」という部分だけに着目し「合理的経済人」(という妄想)を産み出した経済学がほとんど機能しないのも事実です。  本書は、「人間は自分のことだけを考える悪人なのか?それとも他人のことを常に気にかける善人なのか?」という古くて新しい課題=<性悪説VS性善説>的な観点を踏まえて、人間の<徳>について論じています。  興味深いのは、著者が得意とする遺伝子的な観点からの考察。例えば同じ血縁集団の中であ
  • 書評:真説 アダム・スミス

    2018-02-02 00:34  

    書評:真説 アダム・スミス ジェイムズ・バカン 箸 日経BP社  http://amzn.to/2rQFAkm  グラスゴー大学の道徳哲学の教授であり、当時は「道徳感情論」の方がはるかに有名であったアダム・スミスが「国富論」のような経済に関する画期的な書物を執筆したことは、現代人にとっては不可解です。  しかし、たった250年前のスミスの時代には、現在「経済」と呼ぶような活動はほとんどなく、農業と貧弱な工業(現代で言えば手工業)、それに帆船による貿易が存在した程度です。  もちろん、銀行業、手形、為替(融通手形という好ましくないものも…)といった基本的な金融技術はすでに存在していましたが、現在のように社会の末端まで(少なくとも先進国では)浸透していたわけではありません。あくまで社会の一部の出来事で、基本は農業です。スミスも「重農主義」ではありませんが、農業が一番資本効率の良いビジネスで
  • 書評:国富論(下) 国の豊かさの本質と原因についての研究

    2017-12-21 15:27  

    書評:国富論 (下) 国の豊かさの本質と原因についての研究 アダム・スミス 日本経済新聞出版社  http://amzn.to/2AXTG3i[「経済学」の本格的始動]  物理学と呼ぶべきものがギリシャ時代・ローマ時代に無かったわけではありません。しかし、現代物理学の基礎を構築しその後の発展をもたらしたのがサー・アイザック・ニュートンであることに異論はないでしょう。  同じく「進化論」の礎を築き、「進化」という全く新しい概念(今では当たり前のことのように思われていますが、キリスト教的世界観が根強く支配していた当時は、簡単に言えば「エデンの園を追われた人類はどんどん退化しているのだから、元の完全な状態に戻らなければならない」というような世界観が支配していました)を生み出したのが、チャールズ・ロバート・ダーウィンです。  同様に、それまで混沌としていた社会・経済を冷静かつ鋭い分析力で整理整頓
  • 書評:道徳感情論(第4部~7部)

    2017-11-10 01:31  
    道徳感情論(第4部~7部) アダム・スミス 箸、村井章子+北川知子訳、日経BP社  http://amzn.to/2z5HPCm  本書を読了して感じたのは、あくまでアダム・スミスは、ギリシャのアリストテレスやエピクロス、ローマのキケロ等に連なる(道徳)哲学者であるということです。  彼は本書の中で、共感=(社会への)同調の重要性を説いています。日本的な表現で言えば「世間様」「お天道様」に恥じない行為こそが、各個人に求められるのだという主張を繰替えしているわけです。  自分の本能を適切にコントロールすることが、個々人の「徳」を高めるのに極めて重要であり、それができない本能が優勢な人間は、「下劣な下司野郎」だというわけです。  スミスの定義によれば、銀行・証券を含む金融機関のほとんどの人間は下劣な下司野郎ですし、金儲けに血眼になっている投資家の大半も同様です。  しかし、スミスが、利己心を